虚無の栄光   作:因幡の白ウサギ

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06,留守番って難しい

 06,留守番って難しい

 

 

 どうしてこうなった。

 

 湯船に浸かりながら、レンはぼんやりとした頭でそう思った。オレンジ色の電球の輝きが、やけに眩しくレンの目に入る。

 

「ええ湯加減やなぁ〜」

 

 そんな彼の右隣にはジークリンデが居る。言うまでもなく全裸だ。タオルなんていうアニメにおけるお風呂回の鉄壁は存在せず、その長いツインテールは、今は湯船に着かないように結い上げられている。

 そんなジークリンデは、レンの右腕をちょこんと掴んで頬を赤らめながら可愛らしく笑った。

 その可愛らしさといったらもう、場所が場所だけにコレがR-18作品かエロゲだったらそのままイベントシーン待った無しである。もちろん、当作品はエロゲでもなければR-18タグも無いのでそんな事は非常に残念ながら起こらないのだが。

 

「うん……そうだね」

「あったまる〜〜」

 

 そう言いながらジークリンデは、本人的にはさり気なく──しかし第三者から見ればワザとらしく──レンの腕を抱き寄せたりなんかしている。

 健全な男子であるならば、そこで何かしらの反応を返すのが正しいのであろうが、生憎とレンはこの行動に慣れきっている。反応を返す事は無かった。

 

 ここまでは良い。ここまでならば毎日……そう、()()起こっている事なのだ。レンが心配だからとジークリンデがレンと風呂に入るのも、それをレンが拒まないのも、いつも通りなのである。

 それで今まで若さ故の過ちが起こらなかったのは、ジークリンデが初心だった事とレンの感性が未だに小学生並みである事に起因するのだが……それは今は関係ないので置いておく。

 

 閑話休題(とにかく)、今日はそのいつも通りに一つだけ、いつも通りではないモノが混じっていた。

 

「少し熱いくらいが丁度いいのよね」

「それにしても、ヴィクターが湯船に浸かってる所を見るのって新鮮やなぁ」

「同意……シャワーだけで、済ませるのかと」

「よく勘違いされるけれど、実は私は湯船派よ」

 

 ヴィクトーリアである。普段はダールグリュン邸に戻ってからシャワーを浴びている(エドガー談)彼女が、この日は何故かレンの家で湯船に浸かっていた。ちなみに場所はレンの左隣。

 此方も言うまでもない事であるが、タオルは無い。その年齢(15歳)に良い意味で相応しくない豊満なボディを惜しげも無くさらけ出している。それを見るのが2人だけというのが実に惜しまれるくらいだ。

 

 風呂場で両隣を美少女に囲まれるという、世の男が羨んで仕方がない状況のレンは、しかし表情を変えずにこう言った。

 

「どうしてこうなった……?」

 

 

 

 

 

 

 さて、レンがどうしてこんな状況に陥ったのかという事を語るには、少し時計の針を戻さねばならない。

 

 レンが洗濯物の山に埋もれて20分ほど経過し、暇潰しに羊を数えていたらいつの間にか寝入っていた頃、無事に参加申請を終えた3人は駐車場へと歩を進めていた。

 

「それにしても、あの人誰だったんやろな?」

「さあ?でも、覚えていないという事は、あの不良娘は別にどうでも良い奴という事ですわ」

 

 なんていう、この場にハリーが居たらガチ泣き間違いなしな会話をしながら、地下の駐車場へ向かう。

 

「そういえば、レン君に終わったって連絡しとかなアカンよね?」

「そうね。もしかしたら、私達からの連絡を心待ちにしているかもしれないし」

 

 ジークリンデはジャージのポケットから携帯端末を取り出すと、そこからレンの携帯端末の番号を呼び出した。

 

 1コール……2コール……

 

「そういえばヴィクター。今日、近所のスーパーで安売りしてへんかった?」

「安売りって何をよ?」

 

 3コール……4コール……

 

「お菓子」

「買わないわよ」

 

 5コール……6コール……

 

「ええ〜、ええやん。レン君だって食べたいって思っとるって」

「ならレンに聞いてみようかしら?」

 

 7コール……8コール……

 

「……で、ジーク。そのレンはまだ電話に出ないのかしら?」

「まだなんよ……」

 

 9コール……10コール……

 

「……レン君、どうして出ぇへんの?」

 

 段々とジークリンデの眼からハイライトが消え始めた。冷房の風が、やけに冷たく3人の間を駆け抜ける。

 

「まさか、何かあったとか……」

「ま、まだ待ちなさい。もしかしたら引き出しの中に居て、まだ電話に出れないかもしれないじゃない」

「お嬢様、引き出しに人は入れませんよ?」

 

 フォローになってるのか分からないヴィクトーリアの言葉は、錯乱寸前のジークリンデの耳には届かない。

 というか、言ってるヴィクトーリアも自身が何を言っているのか分かっていないようであった。指を髪に絡ませながら──これは、ヴィクトーリアが焦っている時にする癖だ──ジークリンデの持つ端末を凝視している。

 

 レンには端末を常に持ち歩くようにという約束であったし、レンは約束を破るような男ではないのは、今までの付き合いから良く知っている。

 そんなレンが電話に出ないとなると、きっとレンの身に電話に出れないだけの何かが起こったのだ──という思考に3人が至るのに、そう時間は必要無かった。

 だがそれは、その時点ではあくまで疑念でしかなかった。ここでレンが電話に出れば、全ては丸く収まったのだ。自分達の心配は杞憂であったと笑えたのだ。

 

 しかし、無情にも無機質なコール音はやがて『お掛けになった電話番号は──』という留守番電話の音声へと切り替わる。

 

 疑念が確信へと変わった瞬間だった。

 

「レン君!!」

「待ちなさいジーク!!」

 

 ヴィクトーリアの静止も虚しく、ジークリンデはあっという間に駆け出して行った。

 

「エドガー!私もレンの家に向かいますから、通話回線は常に開けておきなさい!!」

「承知しました!!」

 

 エドガーにそう指示を出すと、ヴィクトーリアもジークリンデを追って街中を走り出す。

 施設の外に出た途端に豪雨が全身を容赦なく濡らすが、そんな事に気を配るだけの余裕は今のヴィクトーリアには無かった。そんな事よりも遥かにレンの方が大事だからだ。

 

 ──下手をすれば、間に合わないかもしれない。

 

「嘘でしょうレン……嘘だと言いなさい……!」

 

 ヴィクトーリアは己の選択を後悔していた。あの時、此方も意地でもレンを連れて来るかジークリンデを留守番に置いて来ればよかったのだ。

 唇から血が出るほど強く噛み、ヴィクトーリアは更に速度を上げる。

 

 それが勘違いである事など、知らないままで。

 

 

 ────────

 

 

 一方、レンはというと……

 

「ジーク……おでんは、おでんは違う……」

 

 寝言を言えるくらいには、グッスリであった。

 

 

 ────────

 

 

「レン君!!」

 

 全身濡れ鼠になりながら家に帰り着いたジークリンデは、震える手で鍵を開けると靴を脱ぎ捨てて勢い良くリビングへ通じる扉を開けた。

 しかし、ジークリンデの視界に入ったのは電気が消えて薄暗くなったリビングだった。レンの姿など、どこにも見えない。

 

「何処や!?レン君!!」

 

 泣き叫びながら台所や浴室、トイレなどを見て回ったが、やはりレンの姿は見えない。

 当然だ。レンが居るのは二階である。

 

「ジーク!!」

「ヴィクター!!レン君が、レン君が何処にも居らへんのや!!」

「二階は探したの!?」

 

 追い付いたヴィクトーリアに半狂乱のジークリンデはそう言うが、ヴィクトーリアはまだ可能性を提示する。

 

「……!そうか、二階!!」

「もう少し落ち着いて周りを見なさい!!」

 

 ジークリンデとヴィクトーリアは階段を駆け上がって二階まで数秒で到達する。

 

「ジークは手前から!私は奥から見ていきますわよ!!」

「分かった!」

 

 そこから1分でヴィクトーリアとジークリンデは一部屋を除いて全部屋を確認した。勿論、レンの姿は無い。

 

「レンの部屋からは何か見つかった?」

「何も。書き置きも携帯端末も、何もあらへんかった」

 

 ジークリンデのその報告に、ヴィクトーリアは一つの可能性に行き当たる。

 

「まさか……」

「なんや!?何か分かったんか!?」

「レンは……誘拐されたのかもしれないわ」

「な、なんやって!?」

 

 震え声でそう言ったヴィクトーリアにジークリンデが反応する。

 お察しの通り唯の勘違いであるのだが、その時の2人にとっての真実はそれであったのだ。

 

「もしそれが本当だとしたら……(ウチ)、もう自分を抑えられへんかもしれへんわ」

 

 居もしない誘拐犯の死が決まった瞬間である。

 

「万が一よ。まだこの部屋があるわ」

「せやった。まだ希望はあるんや」

 

 2人は同時に頷くと、ヴィクトーリアはブロイエ・トロンベを、ジークリンデは鉄腕を装着して扉を開けて特殊部隊のように突入した。

 その先に2人が見たのは──

 

「なっ……!?」

「これは……」

 

 ──開け放たれたままの窓

 

 ──風にたなびくカーテン

 

 ……ここまでであれば、ヴィクトーリアの予想は正しかった事になる。が、しかし、この部屋にはあと一つだけ目を引く物がある。

 

 それは──山積みになり、今もなお風雨に晒され続けている洗濯物の山だった。

 

「「……は?」」

 

 2人は思わず間抜けな声を出してしまった。ヴィクトーリアはブロイエ・トロンベを床に落としてしまっている。

 

「……どういう、事や……?」

「えっ、ちょ、えっ?」

 

 2人が呆然としていると、不意にその山がモゾモゾと動いた。レンがヴィクトーリアがブロイエ・トロンベを落とした音で目が覚めたのだ。

 

「うひゃあ!?」

「な、なんや⁉︎新手のスタンドか何かなん!?」

 

 2人が身構えていると、段々とモゾモゾが大きくなり、そしてそこからレンの手が飛び出した。

 

「ひやぁぁあぁぁ!?」

「アカン!?これはアカン奴や!!」

 

 レンの手を幽霊か何かの手だと思い酷く怯えるヴィクトーリアとジークリンデ。もうさっきまでの威勢は何処にも無い。

 若干忘れがちだが、2人はまだ年頃の乙女なのだ。その手の話は普通に怖いと思うし、ましてやそんな現象に直面して冷静で居られはしない。

 

「ん……ジーク?」

「その声……まさか、レン君が埋まっとるん!?」

「何をどうしたらそうなるんですの!?」

 

 しかし、レンの声を聞いた途端に2人は洗濯物の山を崩して、そこからレンを救出したのだった。

 

 

 

 

 

 そこからジークリンデにガチ泣きされながら抱き着かれたり、若干涙目のヴィクトーリアに抱き着かれたり、遅れて到着したエドガーに呆れられたりして、今がある。

 

「……ねえジーク、ヴィクター」

「なんや?」

「何かしら?」

 

 やけに疲れた今日という日を振り返って、レンは一つの感想を抱いた。それは……

 

「留守番って、難しいね……」

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