東方短篇集   作:紅山車

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リクエストをくれる際、一言でも良いので感想を添えていただけるとモチベーションが上がります。些細なのでもいいんで、オナシャス。


早苗短篇

 うだるような暑い日に草むしりなんて、考えついた奴は何処の誰だ。どうせ体育の佐山だろ。あぁ、あいつは脳味噌まで筋肉だもんな。のーきんだ、のーきん。

 愚痴りながら、使われそうにないスコップを手に持ちブラブラと揺らしていた――が、その佐山に一喝され、すごすごと草をむしり始めるクラスメイト達。

 と、廊下から楽しげな笑い声が聞こえてくる。見ると、三組(うち)の女子が笑いながら窓に向けてクリーナーを噴き付け、絵を描いていた。

 いーねぇ、女子は。苦行なんかとは無縁で。羨ましい事この上ない。

「おい、手が止まってんぞー」

 いかん、のーきんの標的がこちらに移りそうだ――地面とのにらめっこを再開する。

 

 うちの学校では、二ヶ月に一度、放課後の時間を使ってこういった校内の清掃をする。

 掃除は嫌いではない。周りが整頓され、綺麗でいることは、見ていて気持ちが良いものである。

 しかし、不運にも今回うちの男子が担当することになったのは、綺麗にしても綺麗にしてもキリがないグラウンドであった。草ぼーぼーのところは抜いて整え、けつまづきそうな石は拾い、ゴミがあれば掃除する。しかしこれだけならまだ我慢もきく。グラウンド清掃はうちのクラスの男子だけではなく、他のクラスの者――これまた男子――も参加しているので、一人ひとりの仕事量がそう多いというわけではない。

 問題は、今日の気温が三十度をとうに超えているということである。この炎天下の中、身体を守る装備品はゴムがよれよれの麦わら帽子と、端がほつれたタオルのみである。スポーツドリンクぐらいは、学校側が用意してもいいもんだとは思うんだが。思うんだが。

 そんな状況の中で活動するのは、決して体育会系ではない自分には堪える。

「あっちい……」

 体操服の袖で汗を拭う。タオルは、既に噴き出した汗でびしょ濡れになり使い物にならなくなった。あとで水で濡らして絞ってくるとしよう。

 顔を上げると、まだ結構な範囲で草が生い茂っていた。もういいんじゃないすか、後は野球部なりサッカー部なりがやりゃいいじゃないすか。なんで普段体育の時間くらいしか使わないのにこんなことまでせにゃならんのですか。そもそも草がなにをした。ただ生えていただけなのに、色も緑で綺麗なのに、ただ邪魔だからと根っこからぶち抜くのは人間のエゴだ。許してやれよ、許してやれって。あいつだって頑張ってんじゃねえかよ。そしてそろそろ開放してくれ。

 そんな念――ただ変な顔で佐山を睨んでいただけであるが――が通じたのか。おーし、ここまでにするか、お疲れさんと、待ちに待った号令が掛けられる。

「あ゛ー」

 変な声を出しながら座り込む。疲れた。普段はだりーだりーと想いながら受けていた授業が、こんなにも恋しくなるものとは思わんかった。あ、でもだからってこれから授業なんて言わないでくれよ。このまま黙って帰して下さいお願いします。

「はい、お疲れ様です。……やだ、魂抜けてる」

 ……このまま黙って帰して下さいお願いします、なんでもしますから。と。

 そうは、問屋が、卸さないらしい。

「東風谷……東風谷よぉ。いますぐそのドヤ顔をやめてどっか行け」

「あら。それなら、このスポーツドリンクは要らないんですか?」

「訂正。今すぐそのスポーツドリンクを置いてどっか行け」

「はぁい」

 にんまぁーっと、下卑た笑いを浮かべる東風谷からペットボトルを引ったくる。

「ドヤ顔やめろっつってんだろ」

「べつにぃ? ドヤ顔なんて、してませんけど」

「……もういい。突っ込む気力もねえや」

 ニコニコ顔の東風谷を尻目に、ドリンクの蓋を開けてぐびぐびと半分ほど一気に飲む。

「あ゛ー……うんめっ。やっべえ。生き返る」

「飲みましたね。じゃあ、はい」

「……念の為に聞いておくけど、その手はなんだ」

「なにって、お金ですよ。まにーまにー」

「カネ取んのかよ」

 ドリンクはてっきり学校側の最後の温情かと思ったが、どうやらきゃつらは血も涙もない連中らしい。じゃあ東風谷が良い奴なのかというと、閉口するけれど。

「あー、しまったなー。財布、教室だわー。本当は今すぐにでも払いたいのになー。無念だわー。というわけで、ツケといてくれ」

「トイチですよ?」

「なんでスポドリごときでトイチの利息を付けられにゃならんのだ。すぐ払うって」

「ちなみに10分で1割の方のトイチです」

「タチわりいなおい」

 どこのヤクザでもそんな利息ふっかけねえわ。

「さあ、はやくしないと私に返すスポーツドリンクが500mlから550mlに増えますよ! さあ! さあ!」

「増えるのは金じゃなくてドリンクの方かよ!」

 ずいぶんと庶民的なヤクザであった。

「わかったよ、後で飲みもん奢り返してやるから」

「ふーん……?」

 と、どこか不満そうな顔をする東風谷。

「なんだよ」

「いえー、別にぃ? ただ、他にも奢りたいっていうんなら、奢られてあげても構いませんよ?」

「他にも奢れってか」

「強制はしませんよ、お・ね・が・い♪」

「………………」

 こいつは。

「ちょーしに」

「あぃ?」

「のるなっ」

 ほっぺたにゅーん。

「あぃあぃあぃあぅぁぅ」

「おー、伸びる伸びる」

「ふぁふぁひふぇふふぁふぁいふぉー!」

「あっはっはっは」

 ぜーんぜん何いってんだかわかんねえ。

「東風谷、東風谷。お前、学級文庫って言ってみ、学級文庫」

「………………」

 と、ぴたりと黙る。

「どした? ほれ、学級文庫だよ、がっきゅうぶ」

「ふぁっきゅー」

 頭突きが飛んできた。

 

 

 

「ふふーん」

 右手にアイスを、左手にジュースを携えた東風谷はさながら最強に見えた。

「くそ、なんだってアイスまで奢ってやらにゃならんのだ……」

 財布を覗く。数枚の十円玉と一円玉がコンニチワしていた。何度見てもお金は増えない。わかっていても、ため息をつきたくなる。

「いいじゃないですか。こーんなカワイイ女の子に、奢ってあげられるんですよ?」

「自分で言うかよ、それを」

「ふふーん」

 清々しいほどのドヤ顔を見せつけてくる。もう一回ほっぺたにゅーんしてやろうか、こいつは。

「もう、しょうがないなあ。はい」

「ん」

 見ると、セパレートアイスの片方がこちらの方を向いていた。辿って行くと、東風谷が器用に口でもう片方のアイスを咥えながら、こちらにアイスを渡そうと頑張っている。

「これもトイチか?」

「違いますー。あんまりにも可哀想だったから、半分分けてあげるって言ってるんですー」

 言ってんべっ、と舌を出す。可愛くねえ。

「……あぁ、そうか。お前この間、女子と話してたもんな」

「? なにがですか?」

「いや、太ってスカート入らなくなったって」

「ファッキュー!」

 膝が飛んできた。レミー・ボンヤスキーばりの膝であった。たまらぬ、たまらぬ膝であった。

「いってえな何すんだよ」

「デリカシーってものがないんですか貴方には!」

「ケント・デリカットがどうしたって?」

「もう。知りません」

 ぷいっ、とソッポを向く東風谷。

「悪い、悪かったって。ほら、アイスやるから」

「わざとやってるでしょう」

「バレたか」

 言いながら、アイスを口に入れる。甘ったるいミルクコーヒーの味が、疲れた身体に染みこんでいった。

「………………」

「………………」

 沈黙。

 何がそうさせたのかはわからないけれど、話題が途切れるのって、得てしてこういう時なんだと思う。

「なぁ」

 口を開く。

「はい?」

 東風谷がこちらを向く。俺はそちらを見ず、問う。

「いつ、ここを出るんだ?」

「………………」

 また、沈黙。

「もう一週間もしないうちに、ですかね」

「そっか」

 そっけなく見えただろうか。

 あっけなく聴えただろうか。

 沈みかけた夕陽が、なんだか酷く寂しく見える。

「寂しくなるな」

「でしょうねえ」

「自分で言うかよ、それを」

「いや、だって、ねぇ?」

「なんだよ」

「私、カワイイですし」

「あーはいはい、そうですね。ドヤ顔が素敵な女の子ですねえ」

「そうでしょう」

「褒めてねえよ」

 東風谷が笑う。これも、あと数日だ。

「どこに引っ越すんだっけ?」

「ここではない、ずーっと、ずーっと田舎の方ですね」

「そっか」

「そうですよ。もう、夏なんかものすごーく暑いところらしいです」

「ここよりもか」

「ここよりもですよ」

 他愛もない話。

 切り出そうとしても、切り出せないで、仕方なくしている、話。

「そっか」

「…………あの」

 にゅ、っと、視界の橋から東風谷の顔が出てくる。

「なんだか、落ち込んでません?」

「………………」

 本当に。

 こういう時だけは、鋭い。

「んなことねぇって、気のせいだ」

「……そうですか?」

「そうです」

「なら良いです、けど!」

「?」

 言うと東風谷は、途端にスカートを翻し、走りだした。

「おい、っ、おい! 待てって」

「待っちっまっせーん!」

 追いかけるが、もともと東風谷は足が女子の中でもダントツに早い。その上こちらは疲れが半端ではなく残っているので、どんどん引き離されていく。

「あー、っくそ、疲れた……はぁ」

 結局、東風谷に追いつく為に随分と走ってしまった。

「おい、なあ東風谷。なんでいきなり走り出したりなんか」

「早苗」

 同じように、肩で息をしながら東風谷は――こちらを振り向かずに、言う。

「早苗って、呼んで下さい」

「……どうした、お前。いきなり」

「ずっと、苗字呼びって、なんか、他人行儀じゃ、ない、ですか?」

 表情は見えない。

 けれど、その声は、少し震えていた。

「……私、ここが、好きなんです。離れたく、無いんです」

 それは。

「でも、ね。進まなきゃいけないんです。前に歩き始めなきゃ、いけないんです」

 俺が、ずっと言おうとしていて、言えなかったことであった。

「だから。少しでも前に進むために。今、ここから、呼び方を変えて下さい」

 

 東風谷。

 

 なぁ、東風谷よ。

 

「早苗」

 

 振り返った早苗の頬には、薄っすらと涙が伝っていた。

 

「……呼び方変えたついでに、頼みがあるんです」

「なんだよ」

「さっきから脇腹が痛いんですけど、助けてください」

「………………」

「わ、笑いごとじゃないです! 怒りますよ、はぅっ」

「そりゃ、アイス食ってすぐ走ったりしたらそうなるわ」

「なら、なんで貴方は痛くなってないんですか」

「鍛え方が違うんだよ。それよりも、東風谷」

「……早苗って呼んでくださいって、さっき言ったじゃないですか」

「嫌だ。そうして欲しいなら、こっちにも条件があるぞ」

「……一応、聞いてあげます」

「お前、人のことを貴方だとか、お前のほうこそ他人行儀じゃねえの?」

「これは、癖みたいなもので」

 

「じゃあ、次会う時までに直せ。言ってみろ、俺のこと、名前で呼んでみろ」

 

「………………」

「また、会えるんだろ。会うぞ」

 何年後、何十年後、何百年後でも。

「また会えたんなら。そんときゃ、アイスでもなんでも奢ってやるよ」

「……あははっ」

 笑われた。やっぱ、途方も無いことを言っただろうか。

「大丈夫ですよ。また、会えます。私が保証しますから」

「お前の保証とか、不安しか無いんだが」

「どーんと任せて下さい」

 

 なんたって、と前置いて。

 

「私、神様ですからね!」

 

 そうドヤ顔で言い切り、笑う早苗の顔が。

 

 俺が見た、早苗の最後の姿であった。

 

 

 

「お帰り、早苗」

 帰ると、諏訪子様が出迎えてくれた。

「はい。ただいまです」

「……早苗、なんかあったのかい?」

「え、なにがですか?」

「いや、うーん。ねぇ、神奈子?」

 見ると、奥で寛いでいた神奈子様も立ち上がってこちらを見ていた。

「そうだね、なんだか吹っ切れたみたいな」

「うん。決心がついたというか」

「……私、そんなに不満たらたらでしたっけ?」

「口では言ってなかったけどね」

 自分では、そんな気はなかったんだけれども。

 

 

 

「ま、好きな男の子と青春して、悔いもなくなったかね?」

 

 

 

「………………え」

「うんうん。あの時の早苗、今まで見せたことないような顔してたねぇ」

「え?」

「アイスを分けあったり追いかけっこしたり」

「青春だねえ。こっちまで恥ずかしくなっちゃった」

 

「み、て、たん、ですか?」

 

「うん。ばっちり」

「どどどどどどどどこからっ、どこから!?」

「疲れてる男の子にスポーツドリンク渡すとかさあ、もう部活のマネージャーと部長みたいな感じでさぁ」

「もーっ、付き合っちゃえよーって感じで見てたよ」

「最初からじゃないですかああああああああああああああ!!!!」

 迂闊だった、迂闊だった。

 最後だからって、少したがを外し過ぎた。

 今までのあれやこれやが、全部、見られていたと思うと――。

「~~~~~~っ!!!!!!」

「わー、顔真っ赤。あんたのそんな顔も初めて見るわ」

「忘れて下さい忘れて下さい忘れて下さいーっ!」

「えー、やだよこんな面白いことー」

「そんな――」

「それにさ」

 

 

 

「「また、会うんでしょ?」」

 

 

 

「「だったら、忘れちゃ駄目でしょ」」

 

 

 

 どうやらこのお二人には、何もかもがお見通しのようだ。

 

「………………は、いっ」

「んもー、早苗ったら。泣いちゃ駄目でしょー?」

「な、泣いてません! これは、ちょっと、脇腹が痛くて」

「うんうん、アイス食った後全力疾走はねー。若いなあ」

「そうだねー。その後笑顔でお別れなんて、若いねえ」

「だ、だからそのことはっ」

「『早苗って、呼んで下さい』ってねぇー」

「あそこで告白できないのが早苗らしいっちゃ早苗らしいけどねぇ」

「こっこここここここここ」

「あっはっはぁ、幸せだねぇ。あんたも、あの男の子も」

 そう言って神奈子様はお酒をくいっと煽った。

「そういえば、あの子の名前はなんて言うの?」

「お、それあたしも気になる。なんせ、次に会った時は名前で呼ばなきゃなんでしょ?」

「ちょ、ちょっと、お二人とも酒臭いですよ」

 しかも結構な量を飲んでる匂いだ、これは。

「えーだってねぇ。あんなクッサイの見せられてねえ」

「こっちは飲まなきゃやってられないってのよ!」

「えぇぇぇー……」

 そっちが勝手に見てたんじゃないのか、という突っ込みをする前に、二人はまた新しい瓶を開け始めていた。

「んで、なんて名前なの?」

「そーそー。ほら、予行演習のつもりで、言ってみなさい?」

 酔っぱらい二人の勢いに、がっくりと肩を落とす。

「わかりました、言います、言いますからお酒を飲まそうとしないで下さいーっ!」

 

 

 

 

 

 あの日のように、暑い日だった。

 ジリジリと太陽が照りつけ、汗はダラダラと流れ出し、木陰のような休む所なんてどこにもない。

「…………お」

 そんなとこに、わざわざ来るのはまともなのじゃない。

 でも、残念ながら。

「こんにちは、お久しぶり……ですね」

「おう、久しぶりだな」

 誠に残念ながら。

 俺とこいつは、まともではないらしい。

「背、大きくなりましたよね。でも私のほうがまだ勝ってます」

「お前は変わんねえな。そのドヤ顔も、相変わらずだ」

「そうですかー?」

「褒めてねえよ」

 数年、数十年、数百年ぶりの遣り取り。

「ここまで来んの、大分手間取ったけど」

「本当に。どうやって来たんですか」

「それはお前、アレだよ。色々とあったんだよ」

「そうでしょうね」

 けれど不思議と、懐かしいとは思わなかった。

「まぁ、積もり積もった話はお互いあるだろうけどさ」

「はい」

「まずは、この一言から始めようか」

 

 

 

「好きだ。付き合ってくれ。早苗」

 

 

 

「はい。喜んで、お付き合いさせて頂きます――」

 

 

 

 少し間を置いて出た、俺の名前に。

 

 なんだかむず痒く感じてしまった。

 

「ぎこちねえなあ」

「締まりませんねえ」

 そう言って笑う早苗の顔に、俺はこう言った。

「お前って、可愛かったんだなあ」

「そうですよー」

「自分で言うかね、それを」

 

 やっぱり、可愛くねえ。

 

 心でそう毒づいてから、俺達は、語り合うのであった。

 

 今までのことと、これからのことを。

 

 

 

 

 

「ところで早苗さ、お前、そんな格好で恥ずかしくねえの?」

「ふぁっきゅー」

 星が飛んできた。

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