ニャル様のいうとおり   作:時雨オオカミ

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に ゃ あ ん

           にゃあん

 

        にゃあん

 

                     にゃあん

 

    にゃあん

 

            にゃあん

 

 にゃあん

 

                    にゃあん

 

       にゃあん

 

 

「子猫の声?」

 

 夕暮れ時、道を通りかかった女性がその声に振り返る。

 しかしそこには僅かな茂みとツタのような植物がいくらか幹の表面に巻きついている常緑樹のみがあるばかり。しかし、確かにその常緑樹の根本から子猫の鳴き声がしていた。

 

 寂しそうな、哀愁漂う鳴き声。まるで誰かが自分を拾ってくれないかと、同情を誘うような声。

 

「巡り合わせってあるものなのね」

 

 女性は長年連れ添った猫を亡くしたばかりである。

 世の中には猫を亡くした人間の元にこそ、子猫が目の前に現れると言ったようなジンクスが存在する。

 

「これが俗に言う『ニャニャニャネットワーク』ってやつかしらね」

 

 そのジンクスの名を口にし、女性は頬に手を添えて嬉しそうに笑った。

 

『ニャニャニャネットワーク』とは、世の中には猫で構成された裏組織があり、日夜猫を預けるに相応しい人間をリストアップして猫を派遣すると言われている猫好きの間でまことしやかに語られる噂話である。

 その噂は猫を亡くした直後に亡くした猫とそっくりな子猫と出会ったり、猫好きに限って子猫を拾う。そんな偶然の話がネット上で散見されることから広まったものなのだ。

 猫好きであり、ネットでまとめサイトなどを見ることのある女性はそれを知っていた。故に運命だなんだと冗談を言いつつ、しかし確かに沈んだその気持ちが持ち上がったのである。

 

「あの子が新しい体を手に入れて帰ってきてくれたのかもしれないわ」

 

 喜色の浮かぶ声をあげて、女性は常緑樹に近づいていく。

 

「どこかしら? 猫ちゃ〜ん」

 

 飼い猫のために普段から持ち歩いていたポシェット。その中には未だに捨てられぬまま数日が経過した猫用の煮干しが収まっている。賞味期限は全く問題ないため、必要がなくなってしまったあとも女性はなんとなく持ち歩いていたのだが、もしやこのために無意識に持ち歩いていたのかと浮かれた気持ちで歩み寄った。

 

 そして、樹木の真下を覗き込む。

 

「ここかしら? 茂みの中かな」

 

 にゃあん

 

 頭上で声がした。

 

「あら、もしかして木に登っちゃって降りられなく……」

 

 にゃあああああん

 

 そこには、葛の葉が垂れ下がっていた。

 いや、正確には葛の葉のようなものである。

 

 何故なら、その葛の葉の先端がサボテンのような分厚い多肉植物のようになっており、さらに上下に割れて中から真っ赤な舌のようなものが出ていたからだ。

 

 にゃあああん

 

「ひっ」

 

 彼女の頭上には、樹木に張り付いて枝から垂れ下がる無数の葛の葉が目に入った。そして、その全てが女性に向かってメリメリと葉の先端を上下に……まるで蛇の口のように開き、抑揚のない声を漏らす。

 

 

           にゃあん

 

        にゃあん

 

                     にゃあん

 

    にゃあん

 

            にゃあん

 

 にゃあん

 

                    にゃあん

 

       にゃあん

 

 

 口々に、そして交互に鳴き声を漏らす葉に、女性が後退る。

 しかし、なにかに躓いた彼女はその場に大きく尻餅をついた。

 

「あ、いやっ、ひっ!?」

 

 躓いたものの正体に気がついた女性が大きな悲鳴をあげる。

 そこには、葛の葉のツタに覆われた小さな小さな白い棒。そして真っ赤に濡れた小さな頭蓋骨。

 

 女性はそれを知っている。

 何故なら、数日前に自身の猫を弔うために目の前で焼いてもらい……そしてその目で見た遺骨と大きさがとてもよく似ていたからだ。

 赤に塗れたその細く、白い棒。いや、骨が猫のものであると女性は直感し、声にもならぬ悲鳴をあげる。

 

 そして涎を垂らしながら焦点の合わない瞳で目の前にずらりと()()()()()光景を見ながら大声で笑い始めた。

 

「あはっ、あはははははっ!」

 

 精神的に追い詰められた女性は身動きもせずに笑い続ける。

 それに合わせてか目の前で揺らめく葛の葉達がその鎌首(ツタ)をもたげ、鳴き声を輪唱させていく。

 

 

           にゃあん

 

        にゃあん

 

                     にゃあん

 

    にゃあん

 

            にゃあん

 

 にゃあん

 

                    にゃあん

 

       にゃあん

 

 

「あははははは!」

 

 にゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあんにゃあん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 にゃあん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、女性に向かって一斉に襲い掛かった葛の葉は、一陣の風と共にその()が散らされた。

 

「紅子さん! その人の避難を」

「はいはい、とりあえず安全なところまで運んでくるよ。発狂もしちゃってるし、寝かせておけば夢だとでも思ってくれるかな」

 

 その場に現れたのは二人の人影。

 

 一人は薔薇色に輝く打刀を構える青年。

 もう一人は紅色のマントを翻した少女。

 

 ツタのいくつかが斬り伏せられ、葛の葉の蛇は戸惑うようにゆらゆらと身を揺らしながら鳴き声を漏らす。

 

 

               にゃあん

 

        にゃあん

 

                     にゃあん

 

    にゃあん

 

            にゃあん

 

 にゃあん

 

                    にゃあん

 

       にゃあん

 

 

「失礼するよ」

「あは、あはははは」

 

 狂気に染まった女性の瞳には、まるでヒーローが助けに現れたかのようにその光景が映っていた。

 


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