ニャル様のいうとおり   作:時雨オオカミ

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エピローグ「心臓から咲く紫陽花」

「ああ、見てよれーいちくん。あの桜切り倒されちゃったんだってさ。かわいそうに…… くふふふふ」

「はあ!?」

 

 急いでネットの海に潜れば、すぐにそれは見つかった。

 噂の狂い咲き桜が一晩で散り、さらに大量の花が地面に落ちることもなく文字通り消えていたことから、それを怪奇現象だと騒ぎ立てた人間が現れたらしい。

 それらは全員庭木に関わる業者達で、代表の敦盛春樹が桜の木を伐採、掘り起こしてあの丘を公園にする企画が進んでいるとか。

 もしかしなくとも、敦盛春樹その人の策略だろう。

 

「うっわ」

 

 それしか言えなかった。

 これでは青葉ちゃんは……

 

「依り代の桜の木が壊されたんじゃもうだめだろうね。植え替えなら死ななかっただろうけど……まあ、ヴルトゥーム君のカケラもカケラだし不老ではあっても不死性なんかないよ」

 

 そうか、やっぱりそうなんだな。

 ちょっと気になることはあるが、青葉ちゃんがもうこの世にいないというのは事実だ。

 

「お前が殺したのさ」

 

 なんでこいつはこうも、俺を責め立てようとするのか。

 だが、俺が殺したようなものなのは変わらないか。いや俺達が、かな。

 

「そんなこと言ってるとおやつ作りませんよ」

「そんな話で引き下がるとでも思うのかな? お前は」

「じゃあ今日はデザートなしですね」

「その首輪でお前を助けてやっただろう?」

「う、それは……」

 

 やっぱりあれ、こいつだったのか。

 

「はい、私の勝ちー」

「神の威厳もクソもない勝利宣言はやめてください」

「くふふ、だって最近れーいちくんの絶望する顔観れてないしー」

 

 ごくごく最近見たばっかりだろ。それもお前が全ての元凶で! 

 

「さーて、次はなにしてもらおうかな」

「しばらくはやめろください!」

 

 俺が必死に休暇を求めていると、窓の外で雨が降り始めた。

 

「あ、洗濯物!?」

「すっかり主夫だね」

「うるさい!」

 

 結構雨が強い。洗濯物は部屋干しにするしかないな。

 取り込んだときには既にびしょ濡れになっていて、もう一度洗濯し直すはめになった。

 今日はテンションが下がることが多い。

 

「大雨になるな……」

「天気予報は晴れだったのにね」

 

 空模様を見ながら言った俺に、ニャルラトホテプ(やつ)がそう返した。

 ところでさっきこいつが言っていたヴルトゥームとは誰のことだ。絵本にあった〝空を流れていった花の神様〟がそれか? 

 あとで調べておこう。

 

 

 

 翌日、俺が朝起きて朝食をヤツの元へ運んでいると、ちょうどニュースが流れていた。昨日の大雨のニュースだ。

 川の決壊などでだいぶ被害が出たらしい。

 

 ―― 次のニュースです。◯◯町の洪水により…… 造園業を営む敦盛春樹さん(46)の工房が倒壊し、家主の敦盛春樹さんが遺体で発見され ――

 

「はあ!?」

「くふふふ、死んでも道連れにするなんて、神様は怖いね」

 

 お前が言うな! なんてツッこむ暇もなく再びネットの海に潜ると、詳しい情報が載っていた。

 オカルト掲示板でもどうやら取り沙汰されているみたいだ。

 

「れーいちくん、電話来てるみたいだけど?」

「ん? あ、ああ…… もしもし」

 

 電話の相手は秘色(ひそく)さんだった。

 

「こんにちは、ニュース見ましたか?」

「ああ、見たよ。敦盛さんが……」

「ええ、桜子さんに現場まで行って確認してもらいましたけど、すごく奇妙なことになっていたようですよ」

「奇妙…… ?」

「オカルト掲示板にも書き込まれていますけど、今から話しますね」

 

 どうやら、電話に出る直前に見つけた掲示板にも情報があるようだ。

 

「桜子さんが見たときには、敦盛さん…… 胃の中から紫陽花が生えて死んでしまっていたそうで」

 

 本日一番の衝撃だった。

 

「正確には心臓を根が覆っていて、そこから胃を貫通して口から紫陽花が出ていたそうです」

 

 声すら出ず、一拍置いてから生返事気味に言葉を絞り出す。

 

「そう、か」

「桜でないことに違和感がありますよね?」

 

 いや、状況があまりに異様でそれどころじゃないんだが。

 

「紫陽花の花言葉には〝 移り気 〟があるんですよ。きっと、浮気に怒ったんでしょう」

「そういう問題か?」

 

 せっかく守ったはずの人が死んだなんて、俺達がやったことはいったいなんだったんだよ。そんな思いがぐるぐると巡る。

 

「と、言われましても…… 元凶の青葉さんももういませんし、呪いだけ残されていたようなものです。神様が相手ですし、無傷で終われる方が珍しいですから……」

「慣れてる…… のか?」

「ええ、まあ」

「そっか」

 

 大学生の彼女が慣れてしまうほど、そんなことに関わっているのか。

 それも問題だが、俺もどうにか乗り越えるしかない…… か。

 

「やりきれないな……」

「人間関係でもやりきれない出来事なんてザラにあるじゃないですか。それと変わりません。あちらも、こちらも、根本ではなにも変わらないんですよ」

 

 どちらも欲があるし、嘘もつくし、できることが多いか少ないかだけで根本的には同じもの……

 

「だって、〝 人でないもの 〟は人間の信仰が産み出したんですから。人間くさいのは当たり前でしょう? 下土井さんの所のヒトは、外来のヒトだから違うかもしれませんけれど」

 

 〝 同盟 〟の理念は、自分達が存在するために人に認識され、寄り添うこと。そうか、そうだよな。そんなに大それて考えることはないのか。

 

「人外との諍いは毎回が初めての経験なんです。初めから上手く行くことなんてありませんよ」

 

 次に活かせばいい。彼女の言葉はそう続けられた。

 もちろん悲しくないわけじゃない。

 だけど、秘色さんと話していると少しだけ心が救われる気がした。

 歳下の女の子に励まされてしまうとは、情けないことだけど。

 

 通話しながら退屈しているだろうニャルラトホテプ(あいつ)の方を見ると、ソファから少しだけ覗いた黄色い目玉がスッ、と細められた。

 

「おもしろくない」

 

 その黄色い目玉の持ち主はは立ち直りかけている俺に、心底嫌そうな顔をして言った。

 無造作に纏められた黒く、長い三つ編みがゆらゆらとソファからはみ出て揺れている。

 

「おもしろくなくて結構だ」

「お役に立てたなら良かったです」

「ありがとう、秘色さん」

 

 人間の友達がいるって、いいな。

 

 …… そして俺は通話を切った。

 

 

 

 

 

 

 


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