RAIL WARS!~警4にもう一人少年が居たら~ 作:鶴雪 吹急
「鶴見~、鶴見~、ご乗車ありがとうございます」
国鉄205系の扉が開かれ、乗客が一斉に降りる。
一度遅れたりしてしまうとそのままどこか別の場所へ押し流されてしまいそうな流れに乗って、今まで読んでいた本を鞄に仕舞いこみながら列車を降りる。生麦とは違う乗客の数に、俺は列車を見送る事を諦め、改札へ向かう。
「…ああ、総持寺の踏切過ぎたところだよ」
歩きながら、電話の向こうの人物に返事をする。
車の流れに注意しながら、横断歩道を渡って、歩道がある道路の反対側に移動する。
「今日はNゲージを持っていくから、レール出しといてね」
ゴソゴソと作業している音をバックにこちらに電話してきているのは六浦。見計らったかのように、駅を出てから電話を掛けてきた。何でも、メールしたはいいが、書き忘れがあったらしく、電話してきたらしい。
別にメールでも良かったのにと言ったが、あんたメールじゃすぐに気付かないでしょといわれてしまった。
「おう、分かった」
「前みたいな感じでよろしくね」
前みたいな感じって…、
「まーたあれやるのか」
俺が呆れるような反応を示すと、六浦が電話の向こうでむくれたような声を上げた。
「むぅ。別にいいでしょ、前にやったら楽しかったんだから」
「今度こそトラブル起きるぞ」
「大丈夫、大丈夫。気をつけるから」
ったく、人が注意を促しても良く平気な返事が出来るもんだな。まぁ、あいつがその調子で返事をした後、失敗したためしは無いんだけどな。
「分かったよ」
その後、一方的に話された学校での近況報告に適当に相槌を打って電話を切った。
気付けば、家まで続く坂のところまで来ていた。
「ただいまー」
相変わらず家には誰も居ない。いつもの事だからあまり気にはしていないのだが、自分の知らない本心は正直なのかただいまと言ってしまう。近くのスーパーで買い物してきたものをキッチンに置き、自分の部屋へ戻る。
「…ふぅ」
部屋に戻るとどうしても一回はベッドに倒れこみたくなる。両親がいればそこで一眠りしたりしたいのだが、生憎一人暮らしのため、そんな暇は無い。そのため、普段はそこで一息ついてから夕飯の準備だったりをするのだが、OJTという成れない事をしたからか、段々眠くなってきて…。
「…起きて、久里浜起きて、久里浜ぁ?」
結局そのまま寝てしまった俺の次の記憶は、ベットに横になっている俺を揺する六浦の顔のアップだった。身体が揺すられるたび、六浦の茶色の髪が揺れ、顔に掛かる。
「…んっ、あぁ。六浦か…」
「六浦か、じゃありません!人が来るってのに、自分の部屋で呑気に寝ちゃって…。今夜何作ろうとしてたの?」
人が目を覚ましてすぐ、六浦は捲くし立てる勢いで話しかけてくる。起きてすぐにそんなに頭働きませんって…。そんな事いったところで、止めないのが六浦であるんだが…。
「えっと、肉じゃがだったか…。まさかお前、作る気か?」
「作る気か?って私だって女子です!料理くらい出来ます!」
寝ぼけ眼に口からこぼれる言葉一つ一つに六浦が段々ヒートアップしていく。…幾ら尺に触るからってそんなに激しくベットを揺すらないでもらえますかね。
しかし、六浦はそんな事知らないと言う様に、一度立ち上がりこちらに視線を合わせると、俺の腕を掴み、グイグイと扉の方へ引っ張っていった。
横になっている人間をそのまま引きずらないでいただけますかねぇ。おかげさまで、ベットから落ちて、引っ張られながら起き上がる形になる。
「ほーらっ!いつまでも横になってないで、料理作るの手伝って!」
扉を勢い良く開け放つと、そのままドシドシと廊下をキッチンの方向へ進んでいく。
グイグイ引っ張られるため、その痛みから目が覚めていく。最高に目覚めやすく、最悪に悪い目覚め方だ。
「分かったから、そうやっていつも人の腕を引っ張っていくなって!」
「人のことを偏った目で見る人なんて知りません」
何とかひねり出した言葉を一蹴されると、俺はキッチンまで引っ張り出された。
そしてその後、夕食が出来上がるまでキッチンから出る事を許されず、アレやれコレやれとこき使われた。
「はい、次はレール準備してきなさい!あなたどうせあのまま寝ちゃったんでしょ」
一通り、夕食がさらに盛り付け終わると、菜箸でこちらを指し、俺の部屋の方向へ先端を払う。
とことん人使い荒いのなと思いながらも、手を挙げて返事をすると、そのまま自分の部屋に戻った。今回はベットに倒れることなく、棚からレールが仕舞われている引き出しを箱ごとと、自分の車両をいくつか引っ張り出す。
それを纏めて抱えると、そのまま部屋を出て今度はリビングへ向かう。
「やっと戻ってきた。今回は新作持ってきたから、早く敷いて」
やっとって結構早く戻ってきたつもりなんですがねぇ。
そこには、鞄から模型の箱を取り出してうずうずしている六浦がいた。その先のローテーブルには、手前に料理が詰めるように並べられ、奥にスペースが広く空けてあった。
「料理がこぼれたりしても知らないぞ」
「だから、大丈夫って言ってるでしょ。今日のおかずからは跳ねそうなものは抜いてあるし」
最終確認を取るが、六浦は相変わらず、平気な様子で返事を返す。こりゃ、一度痛い目遭わないと気付かんな…。
奥に広げられたスペースにレールを敷きながら、今日の夕飯を再確認する。確かに食べる際に跳ねる心配があるようなものは並んでいないて言ってたな。
…って、おい!
「おい、しらたきはどうした?肉じゃが用に一緒にかって置いたんだが」
「食べるときに一緒にお汁が跳ねそうだから、今回は入れるの止めた」
はぁ?!しらたきを入れるのやめただと!?
確か、作ってるときは入れるの確認したのにわざわざ取り出したのか!?
「はい?!あれを肉じゃがの汁に浸して食べるの楽しみにしてたのに入れなかったのか!?」
「一様鍋には入れてあるから、今度食べるときにでも食べておきなさい。今回は我慢して」
俺の驚愕の声に、淡々と答えながら自分の鞄から車両の入ったケースを取り出し、俺の敷いたレールに自分の車両を並べ始める。
しらたき取り出したんじゃなく皿に取り出さなかっただけか。ならまぁ、いいか。
「よし、出来た」
しらたきが捨てられてなくてほっとした俺の前に、赤色に白の太帯―窓回り白塗りの800形が姿を見せた。
「…また800か」
「またって何よ。これはクーラー作り直したりして、手を加えたんだから他に感想無いの?」
他に感想って言われたって、お前と模型屋に走らせに行く時だって何するにも800形を目にしなかった例が無いんだが…というか800形しか見てない気が。そんな見すぎた800形に感想を求められたって、ねぇ。
細部を確認し終えた六浦は席に着いて、茶碗をもってご飯を食べ始める。
「まぁ、俺の700のクーラーから型とって付け直しただけあって、少しは実写に近づいたんじゃないか?」
「そうでしょ、そうでしょ。けっこう時間掛かったんだから」
とりあえず、六浦が一番この800形で自慢したいであろうクーラー周りを褒めておく。六浦はその言葉に満足そうに頷くと、肉じゃがを摘み始めた。実際、クーラー以外にも足回りの汚しやらその他機器部分も改修が加わっているし、なかなかいい出来なのには違いがない。
俺も部屋から持ってきた自分の車両を800形の隣に並べた後に席に着いてご飯を食べ始める。
「人にまたとか言っておいて、久里浜もまた旧1000形なのね」
おかずを口に運びながら、六浦が言う。
旧1000形で悪いかよ。俺はこいつが一番好きなんだての。
…でも、人に800形ばかりとか言っておきながら自分も何かと模型関係ですぐに引っ張り出してくるのは旧1000形だったな。旧1000形だけで少なくても三編成はいるから持ち出す確立が高いんだが。
「俺の一番お気に入りなんだからいいだろ、それに今回のは700形中間車が組み込まれた仕様にしてある」
「ほんとだ、模型でも帯はずれるのね」
「あぁ、実際に700形から余剰になったもん使ってるから、それも実車に近いな」
それに、今組み込んである700形のほかの車両はとって置いてあるから、戻そうと思えば戻せる便利仕様というおまけもあったり。
「後もう一つ聞いていい?」
六浦は一通り旧1000形を見回した後に、その奥―机の端に置かれた車両を指した。
「何なの、あの二連の旧1000形」
他のNゲージより短く、二連――二両編成でやっとNゲージ一両と同じ長さの車両であり、700形との混結旧1000形の影に隠れていたそいつを。
気付いちゃったか。結構ちっこいし、分からないだろうと思って一番端にひっそり置いていたんだが。
「あぁ、アレか」
その旧1000形はいつもより車両の長さが短い上に、いつもの白帯ではなく、朱色に黄の太帯を纏っていた。
「アレは、ギャラリー号作ったときの余剰で作ったギャラリー号増結バージョンだ。あのBトレ、四両で一セットだろ?六連作るときは先頭二両が余剰になるし、品川方と浦賀方両方の先頭車が作れるからそうしたんだ」
Bトレ―Bトレインというものは、普通のNゲージ一両の半分の長さを一両編成とし、Nゲージより手軽に鉄道模型を楽しめるというものだ。
その塗装の車両は実際に三年くらい前に一年間だけ運行された京急110周年バージョンのBトレで、六連である1309編成は実際に存在した編成だった。それをBトレで作るとなると、四両セットが二つ必要で、先頭車二両が余剰として出る。それの余剰がもったいなく、ちょうどBトレでも旧1000形の二両編成が欲しいと思っていた時期なので作った車両がこの二連であり、今日レールと車両をとりに行ったときに目に入ったため、持ってきたという事だ。
「へぇー、ちなみに編成番号はいくつで?」
「そこまでは考えてなかったな。というか架空車だし、編成番号はつけなくてもいいかなとか思ってたりする」
「下三桁を久里浜の誕生日とかしてもいいと思うんだけど」
「それも考えたけど、それもなんかおかしかったから付けなかった。…シールの加工が面倒だったこともあるけど」
「それ後者が本音よね」
その後も他愛の無い会話をしながら夕飯の時間を過ごし、二人だけの走行会へとリビングは様相を変えていた。
ローテーブルは端に寄せられ、床にお座敷のレイアウトが広げられる。
「そういや、そっちのOJTはどんな感じなんだ?」
さっきまで展示してあった700形混結の旧1000形を、レイアウトの内回り側で走行させながら、俺は六浦に聞いた。
六浦の方もアテンダント志望でOJTを受けていたが、俺が研修に行く前は六浦のOJTは始まってなかったため、そっち状況が少し気になったこともあった。
「んー。ぼちぼちってとこかな」
六浦はレイアウト端に用意された車庫で自分の走らそうとしている車両から、視線を動かさずに答えた。
「ぼちぼちって何だよ。何かこれがあったーとか無いのか」
「無いのかって言われても、特にこれと言って話せるような出来事も無かったし、会ったとすれば東京駅のレストランで研修が始まるぐらいかな」
「東京駅か、そしたら会う機会もあるかもな」
「会う機会があるって、久里浜も東京駅で研修してるんだ」
「あぁ、東京駅の公安隊員としてな。でもあまり言いふらすなよ?」
「大丈夫よ、そのくらい弁えてるわ」
そこまで言うと、六浦は走らせていた800形を車庫に引っ込ませて、新たに六連細帯の800形を走らせた。本当に800形ぐらいしか、こいつのNゲージ見ないな。
「…それじゃあ、またいつか走行会やろうね」
一時間ほど色々な車両を走らせた後、お開きの時間になった。
六浦は靴を履き終えると、立ち上がってこちらに向き直る。
「ああ、そうだな。時間がとれればまたやろう」
「あ、あと、行こうとしてた私鉄を使った鉄道旅のことなんだけど、OJTも始まって忙しくなりそうだし、こっちもまた今度の機会にってことでいいかな」
そして思い出したように、聞いてきた。
そう言えば、そんな約束もしてたな。色々な事がありすぎて忘れていた…。
「別に構わないよ。こっちも忙しくなりそうだし」
あっそうっと六浦は答えると、片手を振りながら、玄関の外へ歩き出した。
「じゃあね、久里浜。また今度」
「ああ」
六浦を見送った後、片付けのためにリビングに戻った。
「あれ?」
そして、リビングで皿を纏めて重ねたときに気付く。
「あいつなんで家の中まで入ってこれたんだ?」
合鍵を渡した覚えも無いのに人の家の中まで上がりこんだ六浦が気になったが、明日もOJTがあるのを思い出して、そのことはまた六浦に会ったときに聞いてみる事にして頭の片隅に追いやった。
――解説――
・Nゲージ
レールの間隔(軌間)が9mmで縮尺が1/148-1/160の鉄道模型規格である。
小型の鉄道模型の中では、海外ではHO(レール軌間16mm)が主流であるが、日本ではNゲージの方が普及している。
・京浜急行700形(二代目)
かつて京急に在籍していた通勤型電車。
京急旧1000形に前面は似ているが、四ドア(一両に四つドアがある)であるなど違いが多くある。作中にあった帯の高さが違うのもその一つである。
・京浜急行1000形(初代)
かつて京急に在籍していた通勤型電車。
現在運行中である、1000形(二代目)と一緒に運行されていた時期があるため、京急内やファンの間で、作中のように、旧1000形や初代1000形と呼称されている。また、それに対して、二代目の方は新1000形やN1000形と呼ばれている。
・京浜急行800形
京急に在籍している通勤型電車。
一灯式の前照灯やアンチクライマーなど、京急の伝統を多く残す形式。この車両も四ドアであったりする。
最近は置き換えが進み、引退も近い。
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誤字脱字等ありましたらご報告くださると有り難いです。
ご感想ご意見等ありましたら、お気軽にどうぞ。