ーーペリペット通りの噴水広場で黒ウサギの帰りを待っていたジンは、はっと顔を上げた。
「ジン坊っちゃん!新しい方を連れてきましたよ!」
「お帰り、黒ウサギ。そちらの女性3人が?」
「はい、こちらの四名様が―――」
そう言って黒ウサギはくるりと振り返り……そのまま硬直した。
「あ、あれ? 十六夜さんはどちらに?」
「ああ、彼なら"世界の果てを見てくる"とか言って駆け出して行ったわよ」
あっちの方に、と飛鳥が十六夜が走り去った方向を指差す。アインは上空から落ちる時に見た断崖絶壁を思い出した。
「な、なんで止めてくれてなかったんですか!」
「"止めてくれるなよ"と言われたもの」
「どうして黒ウサギに教えてくれなかったんですか!」
「"黒ウサギには言うなよ"と言われたから」
「嘘です! 実は面倒だっただけでしょう!」
「「うん」」
「あのヘッドホン男一人くらい、いなくても問題ないでしょう」
「問題大アリです!」
その後、案の定十六夜の暴走を黙って見送ったことがバレて叱られる一行。
その場で紹介されたコミュニティのリーダーであるジン・は、蒼白になって叫んだ。
「た、大変です! 『世界の果て』にはギフトゲームのために野放しにされている幻獣が──」
「幻獣?」
「ギフトを持った獣の通称で、特に世界の果て付近には強力なギフトを持ったものがいます!」
「ジン坊ちゃん、申し訳ありませんが残りの方々のお守りをお願いしますね!」
「わ、わかった。黒ウサギはどうする?」
黒ウサギに怯みながらも、ジンは問い掛ける。
やがて黒ウサギは怒りのオーラを全身から噴出させ、艶のある黒い髪を淡い緋色に染めていく。
「問題児を捕まえに参ります! この『箱庭の貴族』と謳われるこのウサギを馬鹿にしたことを骨の髄まで後悔させてやりましょう!」
そう言うと、彫像を足場にして飛び上がっていき、外門の柱に水平に張り付く。
そして自慢の脚力でそのまま水平へ跳躍して、緋色の弾丸と化した。あっという間に一行の視界から消え失せたその速度が、黒ウサギの逸脱した身体能力を物語っている。それを見た飛鳥が呟いた。
「……箱庭の兎は随分速く跳べるのね」
「ウサギたちは箱庭の創始者の眷属ですから」
「さて、黒ウサギも堪能くださいと言っていたし、お言葉に甘えて先に入ることにしましょう。エスコートはあなたがしてくれるのかしら?」
「あ、はい。よろしくお願いします」
ーー黒ウサギの身体能力を見たアインは、既に彼女の力を把握していた。だからこそ、彼女がこのジンと言う子供に従っているのが不思議だった。
「(まぁ、色々事情があるのかな?)」
と、納得し、彼女程の力を持つ存在を従えるこの少年を見極めることにした。
──箱庭2105380外門・内壁。
一行は噴水広場の近くにある、清潔感のある洒落たカフェテラスのひとつに腰を落ち着けていた。ジンが適当なものを頼んでいるところに耀が連れていた三毛猫が口を挟んだことで、箱庭には三毛猫の言葉が分かるものたちが居ることに耀が驚き、耀はあらゆる生物と意思疎通ができることに飛鳥とジンが驚くことになった。
「それは素敵ね。じゃあそこに飛び交う野鳥とも会話が?」
「うん、きっと出来…………る? ええと、鳥で話したことがあるのは雀や鷺ぐらいだけど…………ペンギンがいけたからきっと…」
「「ペンギン!?」」
「う、うん。水族館で知り合った。他にもイルカ達とも友達」
耀の言葉を遮るように飛鳥とジンの二人が声を上げた。
二人が驚いた点は同じだ。空を駆ける野鳥と出会う機会ならそれこそ数多にあるだろうが、まさかペンギンと会話する機会があるとは思ってもいなかったのだろう。
ジンもまた飛鳥と同様に驚愕を隠せないままに口を開く。
「し、しかし全ての種と会話が可能なら心強いギフトですね。この箱庭において幻獣との言語の壁というのはとても大きいですから」
「そうなんだ」
「はい。一部の猫族やウサギのように神仏の眷属として言語中枢を与えられていれば意志疎通は可能ですけど、幻獣たちはそれそのものが独立した種の一つです。同一種か相応のギフトがなければ意思疎通は難しいというのが一般です。箱庭の創始者の眷属にあたる黒ウサギでも、全ての種とコミュニケーションをとることはできないはずですし」
ジンがそんなことを話していた時、アインは戦慄していた。
「(ヤバイ、これは春日部さんのお株を奪ってしまうかもしれん…)」
全く同じという訳ではないが、類似のギフトーーーと言うより、アインの持つギフトの効果に含まれている、というのが正しいか。このパターンだと最悪の場合、自分以外全員のお株を奪ってしまう羽目にもなりかねなかった。
そんなことをぼんやりと考えていたとき、飛鳥が小さな声でつぶやく。
「そう…………春日部さんは素敵な力があるのね。羨ましいわ」
まるで自分の持つ力を恥じ入るかのようにも聞こえる言葉を言いながら、憂鬱そうに飛鳥は耀に笑いかける。
耀は困ったように頭を掻く。まだ会ってから少ししか時間が経っていないのだが、どうにもその様子は彼女らしくないと彼女は思った。
「久遠さんは」
「飛鳥でいいわ。よろしくね春日部さん」
「う、うん。飛鳥はどんな力を持ってるの?」
何かしらの話題が欲しいと思って、耀は飛鳥に質問を投げかけた。
だが、今度は飛鳥が困ったように苦笑を浮かべる。どうにもこの手の話題はタブーだったらしい。
しまったと思う耀だったが、それよりも早く飛鳥が口を開いた。
「私? 私の力は……まあ、ひどいものよ。だって……」
と、飛鳥が話をしているその途中で。
「おんやぁ? 誰かと思えば東区画の最底辺コミュ〝名無しの権兵衛″のリーダー、ジン君じゃあないですか。今日はオモリ役の黒ウサギは一緒じゃないんですか?」
唐突に、その会話は中断されることになった。
品のない上品ぶった声が、ジンの名を呼ぶ。振り返ると、2mを超える巨体をピチピチのタキシードで包む変な男が、そこに立っていた。