憑依に失敗して五河士道が苦労するお話   作:弩死老徒

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――――オレはイマ、ナニをしてるんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――………ナニもしてない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――オレに……ナニかできるのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――よくわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――ナニかやりたいことがあったような……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――ナンだったっけ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――思い出せない……ナニも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――大切なコトだった……ような。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――大切……? じゃあナンで思い出せない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――大切……じゃないから?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――そんなコトは…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――というかココはどこだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――ナニも…………………………………………………ナイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――ナニもナイなら、やりたいこともナイ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――…………そうかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――なら、ナニもしなくていいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――このまま、ナニもしないでいよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――このまま………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――このま…ま……………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――、のま……ま―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――…………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――、て……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――……………………ン?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――おきて……っ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――………ダレの、コエ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おきてっ……おきてよ! ねえ、おきてよ…………っ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――……………呼ばれてる?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんでっ……、なんでこんな……っ、こんなことになったんだ……っ

 

 

 やっとっ、また会えたのに……っ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――泣いてるのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうしてあんなことを……っ? 

 

 ……いや、どうしてあんなことが君にできるんだ? 君は……君に一体何が起こってるんだ…っ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――ナニを、言ってるんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうして<灼爛殲鬼(カマエル)>の炎が付かないんだ? 

 あんなになって何も起きないなんて、ありえな………いや………あれ、……<灼爛殲鬼(カマエル)>? ………なんで………なんで<灼爛殲鬼(カマエル)>が……出てくるんだ……? 

 

 <灼爛殲鬼(カマエル)>は……――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――……ナニを、言ってるんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………まさか……………いや、………………でも……………それ以外考えられない…………君は、……まさか……君は……―――――――――――っ!!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――え……おい……………どうした? おい?

 

 

 

 

 

 

 

 

 明確になる思念。鮮明になった自我。

 バラバラに渦巻いていた意識が、不明瞭な〝声〟によって元に戻ってきた。爽快とは言えないが、鉛の様なダルさが少々でも抜けたのはありがたい。

 しかし意識が戻ったのと併せるように〝声〟は聞こえなくなってしまった。

 なにを言っていたのか、もしかして自分のこと(・・・・・・・・・・)を知っていたのか(・・・・・・・・)と期待していたのだが、〝声〟だけでなく気配も消えてしまっていた。

 何者か分からない〝ナニカ〟の御蔭で意識を取り戻したのはいいが、此処が何処なのかの手掛りが居なくなってしまって、途方に暮れるしかなかった。

 

 此処は……暗い所、だ。

 周りが見えない。自分も見えない。誰もいない。無音。

 何も無い。再認識する寂寥感に、如何にかなってしまいそうだった。

 でもこういう感覚は初めてではない気がした。

 ずっと昔に感じたもので………ごく最近感じたような気もする。

 それがなんなのか………まだ居残ってる倦怠感が頭の歯車を鈍らせる。……身体が見えないのに頭が働かないというのは、可笑しいかもしれないが。

 

 ……いけない。

 考えなければまた意識が飛んで自我が消えてしまいそうだ。此処は思考すらも無くしてしまう場所なのだとついさっき味わったばかりではないか。

 

 ……とにかく、考えてみる。

 此処が何処なのかは相変わらず分からないから置いておこう。

 考えるのは、〝何故自分が此処に居るのか〟。

 なにが理由で、どういう経緯で、どんな理由で、此処に居るんだろう。

 ………………………………………………………。

 ………………………………………………………。

 ………………………………………………………。

 ……………………………思い出せない。

 思い出せない、というより、〝思い出したくない〟が正確かもしれない。鍵が掛かったドアが開かないみたいに、なにも出てこないのだ。

 でも、鍵の掛かった……それは、……鍵が掛かったドアというのは、やっぱり……中に入ってはいけない(・・・・・・・・・・)ということなのか?(・・・・・・・・・) 

 中に入ったら、どうなってしまうのか。中に何があるのか……気になる。恐いもの見たさに惹かれるように鍵を開けようとするが、危機感が一時の向見ずな行動を止める。〝開けてはいけない〟と諫めてくる。

 

 仕方が無い。別のことを考えようと切り替える。

 此処が何処なのか分からない。

 何故ここに居るのかも分からない。

 

 じゃあ次は――――どうやって此処から出ようかを考えてみる。

 

 こんな場所は早く脱出したかった。此処は退屈過ぎる。人も居なくて娯楽もない。暇潰しができるようなものが何も無い。

 また自我が消えてしまうんじゃないかという恐怖が忙しなくさせる。

 此処から抜け出そうにも足が無い。手で這いつくばって匍匐前進もできない。 

 ……まずい。打つ手が見当たらない。このままでは本当に、消えてしまいそうだった。

 

 考えなければ、考えなければいけないが、なにを考えればいいのか、それすらも無くなっていっている。

 どうしようと考えていられる今の内しかチャンスはない。でなければ直ぐにでも自分を失う。

 切羽詰まった思考に焦るのを感じる……こんな状態ではいい案など浮かばない。

 

 どうするか……少し、考え方を変えてみようと思った。

 思考するのではなく――――想像をしてみることにした。

 

 此処を出た後のことだったり、此処がどういう処だったら良かったのかを、想像してみた。目標というか願いというか、此処を出るための希望を見出そうとする。

 

 

 そうだな。たとえば、こんな無色な空間じゃなくて、………………………青蒼(あおあお)とした空や海なんか良いなと思う。

 

 

 想像してみて、意識の奥が刺激された。

〝鍵の掛かったドア〟とは別のドアが開かれた感覚だった。

青蒼(あお)い空。青蒼(あお)い海。

 そんな綺麗な光景を、自分は確かに見たことがあった。

 清純で、純粋で、大らかな心をもった地球(ほし)を、自分は行ってみたいと思ったことがあった。心地好いと、いつまでも其処に居たいと思ったことが、確かにあったはずだ。

 寂寥感がもどかしさに成り変わり、むずむずとした疼きに火照ってくる。

 ホンのちょっぴり思い出した記憶。それはこんな殺伐な世界に居たら、恋しくて、恋焦がれすぎて胸が苦しくなってくる。

 

 

 ああ、行きたい。其処へ、あの場所へ行きたい。

 足を動かす想像(イメージ)を。

 手を伸ばす想像(イメージ)を。

 海の底から這い上がっていく想像(イメージ)を。

 空を翼で羽ばたく想像(イメージ)を。

 星に足を着ける想像(イメージ)を。

 何も無いから、想像で補う。

 

 目指す場所が決まった。

 此処から出て、自分は其処へ行くんだ。

 想像だけでも、意識が其処へ行こうとしていく。

 段々虚無感が晴れていき、無から青蒼(あお)へと変わっていく。

 世界が彩る。自分が存在するのが分かる。

 手があり、足がある。身体の感覚が戻っていく。

 自分以外のヒトが居るのを感じる。

 

 ああ、辿りついた。退屈な場所から脱出したのだ。

 

 あとは覚醒するだけ。

 

 戻った身体の触覚から目を開けようと試みる。

 

 目を開ければきっと―――

 

 新しい世界が広がっている筈だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○ ○ ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上からシトシトと小さな衝撃が背中を打つ。下から潤った固い感触が添っている。

 

「ぅ………ぅぅ」

 

 寝心地最悪の環境からの目覚めは小さな呻き一つで充分に表れていた。ベットでは決してない冷たさ(・・・)は、一拍の遅れから家ではなく外で、しかも雨の中寝ていたということに吃驚する。

 

「っ?! 冷た……っ―――ん?」

 

 バッと起き上り、膝立ちで両手を着いた状態で目に入ったのは、狭い路地のアスファルト道、外壁と外壁に挟まれた狭さは人の気配を感じない袋小路。

 そして、曇り空から降ってくる……雨。

 こんな場所で寝ていて、大粒の雫が身体を濡らしていたら風を引くどころか変な病気に罹りそうだが―――

 

「………………なんだコレ……? 冷たいけど、寒くない……。それに、服は濡れてない……?」

 

 雨は今も降り続けて世界を濡らしている。でも自分は濡れていない。あの服が身体にこびり付く気持ち悪さを感じていないのだ。

 一体どんな雨合羽(レインコート)を着ているのかと、着ている服すら忘れてしまい自身の身体を見やる。

 

「………………………………………え?」

 

 茫然と声が出たのは予想外の物を着ていたからだった。

 着てるのは雨合羽ではなく外套。鮮やかな緑色をした、右手の袖口の余る少し大きめのコートだ。

 余っているのは右手だけ。左手はその境目が分からなかった。

 なぜなら左手には、先客が居たからだ(・・・・・・・・)

 コミカルな意匠で造られている眼帯付きのウサギのパペットが、左手に装着されている。パクパクと口を動かせる使用になっているのは腹話術をするためなのは明白。あとは腕を動かすくらいのものか。

 雨模様の天気で出掛けるには相応しくない格好……なのに、寒くはなかった。外套は瑞々しく光り、冷たいとは感じるのに、濡れていないのだ。まるで透明な膜に護られているかのように、身体に害となる物を遮断しているような感覚だった。

 

 しかし――――しかしだ。

 

 茫然と声を出したのは、着ている服が予想外なもので、覚えのない(・・・・・)ウサギのパペットを付け、物理的じゃない雨避けが施されている事ではあるのだが―――それは一割程度でしかない。

 

 

 残り九割の茫然とした正体は、

 

 

「………………………………………………え?」

 

 

 自分のものではない、高い声。

 

 

「…………………………………え?」

 

 

 自分のものではない、小さな体。

 

 

 

「………………………………え?」

 

 

 自分のものではない顔を見つけた事によるものだ。

 

 

「……………………………………え?」

 

 

膝が着いた水溜まりの鏡が反射したのは(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)、それはそれは可愛らしい少女であった。

 ふわふわとした手入れがいきとどいた青蒼(あお)い髪は見惚れるくらいに綺麗だ。

 優しげな顔立ちと瞳からは少女の穏やかな性格がそのまま前面に出ているように整っている。もしこんな顔で罵りや見下しの言葉を吐かれたら一生立ち直れない自信がある。

 

「…………………………………………………え?」

 

 自分は、この少女に声を掛けるべきだ。

 こんな至近距離で見つめ合って「驚かせてゴメン」と言い、頭を下げるべきだ。

 

 この少女が他人だったらの話だが(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「え……………え、……え、え………え?」

 

 可笑しい、妙だ。

 水溜まりが反射して映っているのが(・・・・・・・・・・・・・・・・)この愛らしい少女の顔……つまり自分は、この少女と向かい合っているのではない。

 

 自分が右手を挙げれば、少女も右手を挙げる。

 自分が左手のパペットを動かせば、少女も左手のパペットを動かした。

 自分が顔をベタベタと確かめるように触れば、少女も顔をベタベタと確かめるように触わる。

 

 自分の動きに合わせて、少女も身体を動かしてくる。パントマイムも顔負けの完璧な形態模写に拍手を送りたく―――――ならない。

 

 拍手など送ったら、それこそ本物のピエロになるであろう。

 度し難いナルシストか、騙す気ゼロの詐欺師かと笑い者にされるからだ。

 

 

 だってこの少女は、

 

 

 

 

 

 

 この少女は(・・・・・)―――――――オレだったからだ(・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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