憑依に失敗して五河士道が苦労するお話   作:弩死老徒

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「おにーちゃんが早起きしてるなんて珍しいねー。せっかく私が寝ているおにーちゃんを踏みつけながら起こそーとしたのに~」

「兄への敬意が全く感じられない起こし方だなおい。早起きが三文の徳だって初めて思ったぞ」

 

士道は兄を体操マットか何かと勘違いしているであろう妹、真っ赤な髪をツインテールにして快活と小動物チックな印象を受ける―――――五河琴里と軽口を交わしながらパンを口に運んでいる。

あれから暫くしてこのまま二度寝をする気分でも無かった為、六時前であったにも拘わらずに朝食の準備を速いうちから取り組み、こうして妹と共に朝食を摂っていた。

寝起きの悪い士道としては些か新鮮な気分でいたのだが、そんな士道を起こす担当をしている琴里としては少なからず遺憾があるようだった。

 

(手間が省けたって喜ぶとこじゃないのか………いや、省けたから不満なのか)

 

抜けているというかズレているというか、まあそんなところが可愛いところなんだと納得しながら何時も通りの琴里を見つめた。

 

「でもホント―にどうしたの?おにーちゃんがはやく起きるなんて。いつも『とりあえず後10分寝ていないと妹をくすぐり地獄の刑に処してしまうウィルス』、略してT‐ウィルスに感染してるのに」

「甘いな琴里。何度も何度もT‐ウィルスに感染している俺は既に対T‐ウィルス専用抗体AntiT‐ウィルスが出来あがっている。でもこれは――――――」

『――――今日未明、天宮市近郊の―――――』

「うん?」

 

朝起こされてやらなかった代わりにとちょっとした戯れをしようとした矢先、点けていたテレビからアナウンサーが告げた自分が住んでいる街の名前が出たことで口を噤んだ。しかもかなり近所に近かった。

 

「空間震――――か」

 

ニュースの内容はこの世界で最も被害規模が高いとされる広域震動現象――――空間震だった。

これは文字通りの空間の振動・地震の現象であり、原因、時期といった対抗策に必要な情報がほぼ不明といわれる災厄なのだ。

初めて確認された空間震はおよそ30年前、ユーラシア大陸のど真ん中がまるまる消失し、死者約一億五千万人という未曽有の災害だった。

今では世界で地下シェルター普及率が上昇し、空間震の兆候を観測する手段も手に入れているが、空間震そのものに対する手段は今だに確立されていなかった。精々が被災地に対する再建が迅速に行える程度のモノしかない。人類はまだ、空間震の恐怖から抜け出せずにいるのだ。

 

「なんか、最近空間震多くないか?しかもここ一帯に――――」

 

その恐怖に追い討ちを掛けるようにテレビ画面から映ってくる惨状に、士道は言葉を失った。

 

「んー、そーだねー。ちょっと予定より早いかな……………………ん?」

「―――――――――――――」

「おにーちゃん?どーしたの?」

 

相槌を打ちながら琴里が意味深な言葉をつい言ってしまい、そっと兄の様子を見やると当の士道は驚愕の顔を張りつけてテレビに釘付けになっていた。

おかしな様子の兄に声を掛けるも士道は全く聞いている様子はない。どうもテレビの中の被災地に夢中のようだった。

 

「―――――――――――――」

「おにーちゃん、おにーちゃん。どーしたの、ねえ?」

 

返事をしない士道に訝しげな視線を送る琴里にも全く気付かない。

傍から見れば奇妙な光景だったろう。空間震による被害地の惨状は確かに酷く、言葉を失うのも無理はない。建造物も道路も壊れ果て、瓦礫の山と化しているのは戦争がはじまったと思うほどだ。

だが30年前を皮切りに空間震は度々発生しており、ニュースにもなる。士道の世代ともなればそれはある意味〝あたりまえ〟に起きてしまうものと納得してしまっている。こんな画面の中でしか現状を知らない者が見たって表面上の感情しか出てこない筈だ。

琴里の呼びかけは露知らず、士道はテレビ画面を見つめている。

士道にとってこれは画面上の出来事とは思えなかったのだ。

 

(………これって)

 

映し出されるのはクレータ状に消し去られた地面、街の一角が廃土となった風景。

こんな光景を士道はついさっき見てきた。

そう、彼女……十香の背景を彩っていたあの光景はまさに空間震が起きた後の惨状に似ていた。

 

「おにーちゃん!」

「ごっほぉ?!」

「オランダの画家じゃないよ!何でムシするのー!朝からオカシいよおにーちゃん!私がチュッパチャップスくわえてたのにもスルーしてるしー!」

「おま、ちょっ、ボコボコ叩くな結構痛い。というか飯の前にお菓子食べるなって言ってるだろ」

「何よー!今の今まで気付かなかったクセにー!」

 

思考に入り浸っていた士道を現実に引き戻したのは何時の間にか隣に移動してきた琴里の容赦ないボディーブローだった。その後も人の頭をモグラ叩きみたいにドついてきて中々やめてくれない。如何見ても無視され構ってくれない兄に業を煮やして爆発したのだろう。

 

結局、何とか琴里の機嫌を直そうと、士道は今日の昼食は外食にすることに決めた。大好物の『デラックスキッズプレート』と連呼する琴里を見て現金なヤツだと溜息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

○ ○ ○

 

 

 

 

 

「ぁ~~………」

 

何時もより余裕の時間帯で学校に着いたのに士道は重労働を終えたばかりの疲労感を味わっていた。

もちろん体ではなく精神の方がだ。今日見た夢から始まり、起きた時は摩訶不思議な体験、そして琴里の制裁パンチ。今日が始業式でよかったと切実に感謝するのは初めてだった。

 

廊下に張り出されたクラス表に二年四組に記された自分の名前を見つけクラスへと向かうも、士道の頭の中を埋めるのは新しく編成されるクラスメイトの事でも、一年間お世話になる先生が誰になるかでもなく、未だに割り切ることが出来ない十香についてだった。

 

(夢の方は本当に訳が解らなかったけど、その中で出てきた【原作知識】ってのを思い浮かべた瞬間に眩暈がして、風景が変わってて、十香がいたんだよな……)

 

原作知識というのは要するに物語の中の大筋とか設定のことを指しているのだろう。ならば十香は創作の中の登場人物である可能性が高い。

 

(アレ?夢よりも十香の事が気になるなんて………もしかしなくても頭がどうかしてるのか?)

 

十香が現実の人物でない可能性が高いのにこうも頭の中を占めていくなんて……普通は夢は夢と割り切るだろうに、士道はそうしなかった。

テレビで見た空間震の被災地を見て現実味が増したというのもあるのだろう。でもそれ以前に、不思議現象の時に感じた妙な確信が士道にはあったのだ。

 

十香は居る、と。

 

「―――っと、此処か」

 

目的地に辿りついた士道は危うく通り過ぎようとしたことに苦笑しながら何となしに二年四組の教室に入っていった。

 

「――――――――――――」

 

その瞬間、士道はデジャブを覚えた。

当然と言えば当然だ。この高校、都立来禅高校は都立とは思えない充実した災害用設備が整えられ、地下シェルターまであるが、その他の教室などの設備は特別に変わった物はなく、一年から三年までの教室は総て似たような構造になっているのは不思議ではない。

だから士道が一年の時に世話になった教室と今目の前に広がる教室に対して〝同じだ〟と思うことは可笑しくない。

 

違うのは〝同じだ〟と思っていたのは教室ではないこと。

同じなのはテレビで見た空間震の被災地を見た時の心情。

此処は十香が自身の名を告げた時と同じ場所……

 

「五河士道」

「――――ッ」

 

家に居た時と同様に、外部からの干渉で士道は現実へと戻った。

今度は妹の声ではなく、聞き覚えのない淡々とした抑揚のない声だった。扉に突っ立ていた士道を邪魔に思っている訳ではないが無視できることではないから話しかけたような声音。

後方へと目を向けると少女が直立不動で立っていた。不動なのは身体だけでなく、人形の如く整えられた顔は正しく人形のように一ミリたりとも微動だにしない。そのままじっと立っていれば一分の一スケールの人形でいられると思えるほどにだ。

 

彼女が士道を呼んだようだが、士道には聞き覚えが無い声だったし、彼女の顔も見覚えが無い。

どこかで会ったか?そう思って記憶に検索を掛けると、

 

世界が暗転した。

 

「あ―――――」

 

其処から先は朝に感じたものと同じ。

脳が揺さぶられ、視覚が支配され、世界が変わる。

 

 

 

 

 

『――――――ずっと、ずっと探してきた。

やっと見つけた。殺す。絶対に殺す。

私の五年間は、この瞬間のために―――――』

 

 

 

 

 

 

「あ――――――が」

 

白色で構成された部屋、薬品の匂い、典型的な病室で呪われた声が身体を強張らせる。

呪詛、怨念、怨嗟、憎悪、悲憤、そして絶望。

負の感情が士道に容赦なく向けられ蝕んでいく。久しく忘れていた自身に罹る絶望感が沸き上がってくる。

朝の時と同じだ。コレは知識、士道はまだこの場面に到達していない(・・・・・・・・・・・・・・)しコレは自分に向けられたものじゃない。その筈なのに………

この声はあまりにも真っすぐに言葉を向けてくる。

この声はあまりにも真っすぐに憎しみを向けてくる。

 

そしてそれは直接士道に向けてぶつかってくるも同然になり―――――

 

 

 

士道は意識を手放した。

 

 


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