憑依に失敗して五河士道が苦労するお話   作:弩死老徒

5 / 19
1-4

鎧の荘厳さとドレスの美麗さを見事に調和させた服装はコスプレなどというチャチなものでは断じてなく、それ単体が神話に出てくる神獣の如き脈動を発している。

そしてそれを操り纏っている彼女は女神………いや女神すら霞む力強さと美しさを十二分に持っていた。

闇色の長い髪は流星で瞳は宝石。顔の造形など言うまでもなく、人智では説明しようがない美しさが士道の先に存在している。

 

夢じゃなかった、幻じゃなかった、白昼夢じゃなかった。

そんな曖昧で不確かな映像越しで見たものより、確かな自分の眼で見た彼女は天と地ほどの違いで士道の意識を、心を奪っていった。

 

本当に、十香は居た。

根拠のない、願望に近かった確信故に彼女と出会えた衝撃と感動を未だに士道は口に出来ず、行動にも移せなかった。

何をすればいいのか分からない、一時の混乱。

一方で、冷静になっていた思考の一部が前面に出て、疑問をせき立てた。

そもそもにして、何で空間震警報が鳴っているのに十香は此処にいるんだ?

しかも爆発の中心点たるクレーターの真ん中にいるなんて―――――――

 

空間震警報が鳴っている最中に起った爆発。

………その結果が街の廃墟化。

十香に気を取られて気付かなかった一連の事態の関連性。

さっきの爆発………アレこそがまさに空間震なのではないか?

そうだとしたらその中心点に居た十香は、なぜ傷どころか汚れすらついていないのだ?

状況を見るに爆発した後に中心点に現れたのではないか?

 

それは、つまり。

 

(十香が空間震の中心点………十香が空間震を引き起こした?)

 

信じられないが、それ以外に説明がつかない。

奇しくも彼女の人間離れした美貌と威圧(オーラ)が説得感を増していた。

でも、それだと益々分からなくなってくる。

十香は、一体――――

 

(お前は、何者なんだ…………十香?)

 

士道の頭が疑問に満ちた時、―――――――朝に感じたものと似たような耳鳴り(・・・)が聞こえてきた。

 

「ぐ――――ッ?!――――――あ」

 

ノイズのようで囁きのような、そんな音が耳をジャックしようとする。

今現在認識している世界が急に静かになり、閉塞感が士道の全身を包む。外の世界の音が聞こえない訳ではないが、それ故に視覚(げんじつ)と聴覚の不協和があった。

 

永いようで短い耳鳴りが終わり、幾つかの周波を纏って鼓膜に響いてくる。

 

 

『あれは精霊。私が倒さなければならないもの』

 

『彼女はこの世界には存在しないモノであり、この世界に現れるだけで本人の意思とは関係なく辺り一帯を吹き飛ばすの。〝空間震〟って呼ばれる現象は彼女みたいな精霊がこの世界に現れるときの余波なのよ』

 

 

ついさっき聞いてきたような声と随分と聞き慣れた…ような声が鼓膜を震わす。

声の主達はほぼ士道の考えを裏付ける説明をしてきた。

朝の時と違い、眩暈じゃなく耳鳴りだった為か、目に映る世界は変わらなかった。

同じだったのは誰かからの知識を借りている感覚と、それを何故か確信してしまっていること。

精霊――――異世界より現れる天災的怪物。世界を殺す災厄。それが十香の正体。

 

(精霊…………十香が?)

 

確信はしても理解が追いつかず、士道は呆然としてしまう。

空間震――――世界最大の災害現象。その正体にして原因が……精霊。

十香の容姿を見れば、なるほど確かにその方が同じ人間と言われるよりも違和感はないだろう。

神とは自然災害が形を変えたものというのは良くある話だ。精霊とて似た扱いがある。

〝美しい〟とは、それだけで畏怖を与える。とりわけ十香は暴力的な美しさ(・・・・・・・)を持っている。それも彼女がこの世界にもたらす影響と比例していると言わんばかりにだ。

 

誰もが彼女を見惚れるだろう。

誰もが彼女を恐れ戦くだろう。

彼女が望むならば世界の総てを在るがままに支配し、思うがままに人々を扇動し、自由気ままに力を振るう暴君となることも可能だろう。陳腐な言い方をすれば、世界征服も夢ではない。

 

なのに…………

 

それだけのモノを持っているのに………………

 

「…………どうして、そんな悲しそうな顔をしているんだ?」

 

朝と同じ呟きを士道は漏らす。

あの時と全く同じだ。十香の顔はひどく物憂げに歪んでいる。それでも失われない美貌は、だからこそ痛ましさが張り付いている。

迷子になった子供みたいに、今にも泣きだしそうになっている。

 

もう何も信じられるものがない顔をしている。

 

「ッ……!」

 

気付けば、士道は十香に向かって走りだした。

 

おかしい。

 

オカシイ。

 

可笑しすぎる。

 

何なんだ俺は。何で俺は根拠も動機も理由も証拠もないのに変わった世界を、見覚えのない少女を、非現実の存在と出来事を認めているんだ?

思いだすのは、あの夢―――――〝五河士道〟に憑依しようとして失敗したアレは、本当は俺の事で〝今の俺〟は〝五河士道〟ではなく、全く別の人格になっているのではないか。

背筋が凍る。自分が……〝五河士道〟か何なのか分からなくなっている。

昨日までの俺と今日の俺が合っているのか(・・・・・・・)自信が無くなっている。

怖かった。恐ろしかった。自分が自分でないだなんて、こんなに気持ち悪い事だなんて知らなかった。

 

―――――でも、でもッ!

 

(十香は、あいつは、今あそこに居る。今、俺の眼に映ってて、あんな顔して、たった独りで、あそこに立ってるッ)

 

それは紛れもない現実。揺るぎない本物。

疑いようがない、疑ってはいけない、目を逸らしてはいけない。

 

(ならこれも後回しだッ、悩むのも考えるのも全部!!五河士道(不確かなもの)よりも、先に十香(確かなもの)を何とかしろッ!!)

 

そう自分に言い聞かせ、迷いを断ち切る。

それでいい。これでいいんだ。鬱々となった顔をした人がいたら問答無用に絡む。それが五河士道(オレ)の筈なんだ。

あんな悲しそうに、寂しそうにしている女の子を放っておいて手前(テメー)の悩みに構ってなんていられない。そんなの男じゃない。

なんともキザったらしいこと考えてる自身に、この時だけはセクシャルビーストの称号を受け入れようと思った(誰かに言われた気がするが誰だったか?)。

 

とにかく、今は十香なのだ。

 

「十香!!」

「………………?」

 

走りながら叫んだ士道に十香は身体と目を向けてきた。こちらに反応し、初めて面と向かって合わせた顔にやはりこれは現実なのだと安心する。

 

「――――――――――――――」

 

士道に気付いた十香はこっちを見てくる―――――だけでなく、玉座の背もたれに生えていた柄みたいなのを握り……幻想が創ったとしか言いようがない剣を引き抜き……

 

士道に向かって振り抜いた。

 

「いぃいぃぃ!?!?」

 

みっともなく悲鳴を上げながら咄嗟に頭を下げて斬撃を避ける。士道と十香の距離は未だに開いている。剣の間合いが届かないくらいにだ。

でも避けなければ痛い(・・)と、危機感が士道を緊急回避させる為に勝手に動き出したのだ。

その直後に幾つもの崩れる音が聞こえてくる…………恐る恐る後ろを見れば、数々の建造物は、あの斬撃によって皆高さを均等に調節させられていた。

 

「あ、アブね―――――」

 

戦々恐々と十香に向き直って、動きを止める。否、止められた。

何時の間にか目と鼻の先にまで近づいてきた十香が手に持った巨大な剣の切っ先を士道の顔面に定められていたのだ。

 

「ちょ……ッ! と、十―――」

「何だおまえは。何者だ?」

「あ」

 

何故攻撃されたのかがわからないまま、如何わしげに鋭く細められた瞳に睨み突かれ、ハッと士道は悟った。

そうだ。士道が十香のことを知っていても十香は士道のことを知らないんだ。

それを初対面の人間に無遠慮に名前を呼ばれれば警戒してくるのは当然だ。

抜かっていた。たけど………剣を使うのはやり過ぎなんじゃないでしょうかとは言いたい。

だがそれより自分が無害であることを証明しなければならない。

改めて士道は十香と向かい合う。

 

「ちょっと待ってくれ、落ち着いてくれ、俺は敵じゃない。怖くない怖くない、俺、君のトモダ―チ――ってうオぉぉォォ?!!!」

 

返答は攻撃だった。

剣による刺突が繰り出されてコンマ単位で首を動かし何とか避けるも、続けざまに袈裟斬り横払いと息つく暇もなく過激なダンスを踊らされた。その度にアスファルトの地面がひび割れ、近くにあった電柱、建物が破壊しつくされていく。既に廃墟と化した街が更に細々に壊されていくさまを士道は見ている余裕すらない。ほんの一秒以下の時間でも気を抜いたら待っているのは〝死〟のみなのだから。

 

「待てッ、待てまてマテっくれ!? ゴメンなさいすいませんふざけ過ぎたすっごい剣呑な空気になってるから少し緩和したほうがいいかなって思ってやっただけで別に馬鹿にしてる訳じゃないしおちょっくてる訳でもないから落ち着いてくださいお願いします!!!」

「………………………………」

 

継ぎ接ぎに繋ぎとめた弁明をこいて漸く十香はピタリと剣を士道の眼前に止めた。

琴里みたくやるのは失敗だった、というかフレンドリーになるのは怪しさ満点だと悟ったのになんであんな対応してしまったのか………多分この胸の内にある高揚と戸惑いが、訳も分からない状況にテンパりを起して支離滅裂な思考経路になったのだ。

 

そう納得したから士道は気付けなかった………自分が人外の速度を放つ攻撃を避け続けられた事実と異常さに。それが十香を余計に警戒させていた事に。

 

「もう一度聞く。お前は何者だ?」

「………俺は五河士道。歳は十六歳。血液型はAO型のRh+。身長は一七〇・〇センチ。体重は五八・五キロ。座高は九〇・二センチ。視力は右〇・六、左〇・八。握力は右四三・五キロ、左四一・二キロ。血圧は―――――待て落ちつくんだ十香そのおおきく振りかぶっている剣を止めるんだそんなことしたら俺の上半身と下半身がサヨナラホームランしちゃうからイヤマジで冗談抜きで死んじゃいますんでお願いします」

 

額にピクピクと青筋を浮かせながら振り子打法をブッぱなそうとしている十香に必死で謝る士道。

冷静になろうとしても直ぐになれるほどに胆力は高くなかったはずだが、懲りずにこんな自己紹介をしているのだからそうでもないかもしれない。

自分でもらしくないと思う。これも〝アレ〟の影響なのかもしれない。

やっぱり士道は………………

 

(……ッ、やめろ、考えるな。俺のことは後回しって言ったろッ)

 

「これが最後だ。答える気が無いなら始末させてもらう。お前は何者だ?――――――お前も私を殺しに来たのか」

「――――――、」

 

聞き慣れない言葉だが、十香の口から聞くソレは今ので二度目だった。あの時に聞いた物騒な言葉だ。

聞く事は億劫で、答えは解りきっていても、それでも聞かずにはいられない。

自身が否定される存在であると分かっていても、それでも誰かに認めてほしい。

剣を向けている相手(士道)も今までと例外なく自分(十香)を殺しにやってきた者と、そうに違いないと負の信用をするしかできない。

でも、もしかしたら、違うんじゃないかと、殺しに来たんじゃないのかもしれないと、なけなしの希望を抱いている…………そんな声。

 

「俺は―――――」

 

だったら、まだ大丈夫だ。コッチの声はまだ届く。だって士道は殺されずにこうして命の猶予を与えられている。

ならその猶予の間になんとかする。

士道が大っ嫌いなあの顔を――――ぶっ壊す。

 

「さっきも言ったけど俺は五河士道。ただの高二の学生だ。ここに来たのは……お前に会うためだ」

「……やはりか、お前も私を――――」

「違うッ!!!」

 

士道の〝会いに来た〟という言葉に的を得たと険しい顔をしながら剣を握り直した十香に対し力一杯否定する。

予想外の返答と声量に十香はビクッと瞠目したが士道は構わず続ける。

 

「いきなりこんなこと言ったって信じられないのは分かってる。馴れ馴れしく話しかけてくるのが気に食わないのも分かってる。俺が怪しさ満点の人間だってのも承知済みだ。

けど、それでも言わせてもらう。俺はお前をからかうつもりはないし、ましてや殺そうなんてミジンコ以下にも思ってない。俺はただお前に会いに、十香と話をするために来たんだ」

「?、??」

「お前が会ってきた人間はお前は死ぬべきだって言ったかもしれない。でも、人間すべてがお前を、十香を否定している訳じゃない。俺がその一人だ。仮にすべての人間が十香を否定したとしても俺は十香を否定しない。だから――――」

「ま、待て、ちょっと待てッ!! 何なのだお前は!?突然出てきて訳の分からんことを抜かして!!大体さっきから言ってる〝トーカ〟とは何―――――――ッ」

 

興奮醒め止まぬ感情をそのまま吐き出す士道に今度は十香が待ったを掛ける。彼女からすれば言葉の善し悪し以前に言葉の暴力に晒されたに等しいのだろう。混乱していると一目でわかるほどうろたえている。

 

だがその顔が急に緊迫したものへと変わる。

――――――2人だけの世界に侵入者達がやってきた。

 

「なんだ………あれ…?」

 

十香が言葉を切って、上空を見上げたのに釣られて士道も視線を投げる。

 

空から人が落ちてきた……いや、降りてきてるのか?

奇妙なアンダ―スーツに機械のパーツを付けている、文字通り人間兵器染みた数人の女がこちらに向かってきている。機械のパーツはロボットアニメなんかでよく見るビームライフルやミサイルポッド、飛行ユニットのようにも見える。

ああ、あれは降りてきてるんじゃなくてちゃんと飛んでるのか。あの人たちはどっかの秘密組織か企業かの特殊部隊なんだろう………なんて暢気に考えてる時ではない。どう見てもまともでも友好的でもない姿だし、何やらミサイルポッドみたいなのを起動させて―――――コッチに向かって撃ちだしはじめてるし。

 

「って、えええぇぇッ?!」

「…………ふん」

 

数十発の軍事兵器を何らの容赦もなく撃ちこまれて狼狽する士道だったが、十香は軽く息を吐き出し、心底馬鹿にした声音で呟く。

うろたえた顔を、再び憂鬱な顔に戻しながら。

 

「―――そんなものは無駄と、何故学習しない」

 

言って十香はミサイルが迫ってきている上空へと慣れた動作で剣を掲げる。

何をする気かは分からない。でも何となくミサイルを無力化する力を行使するつもりでいるのは自明の理。十香は人間を超越している最強者。何気ない一挙一動ですら力を帯びている。

案じる必要などない。十香の言う通り、あんなもの使ったって傷もつかないし、倒すことなど思いあがりも甚だしい。税金の無駄遣いだ。

士道に出来るのは巻き込まれないように十香から離れることくらいだろう。

 

十香がまたあんな顔をしなかったらの話だが。

 

「………そんなこと」

 

出来ない。離れるなんて、出来ない。

このまま十香を放っておいたら、このまま戦わせたら今よりもっとひどい顔になる。

そんな顔にさせたくない。でも何が出来る?何が出来ると言うのだ?この状況で十香のために何が出来る?今にも着弾しそうなミサイルに対して何が出来る?

 

―――――逃げるしかない。

走馬灯に陥っているような時間感覚の矛盾の中、スローモーションになっている世界の中で結論を出す。

士道は人間だ。出来る事は限られている。迫りくるミサイルを迎撃して撃ち落とすなんて出来ない。十香の代わりに戦うことも出来ない。

 

士道に出来るのは精々、十香を連れて此処から(・・・・・・・・・・)逃げることしかできない(・・・・・・・・・・・)

 

「消えろ…………一切合切、消え――――」

「十香、逃げるぞ!」

「ぬおォッ!? な、なにをするッ?!離せ!!!」

 

十香の腕を掴み、此処から逃げるために走った。こちらの手を引き剥がそうと踠いているが力で強引に引っ張っていった(・・・・・・・・・・・・・)

 

「ッ、お前は………一体」

「くそッ!!」

 

驚愕と疑問の呟きが十香から聞こえてきたが既に一〇メートルを切った距離にまで近づいてきたミサイルを前に気にする余裕すらない。

 

万事休す………このままでは当たる。

もっと、もっと。

 

 

――――――――――もっと遠くへ逃げないと(・・・・・・・・・・・)!!!

 

 

そう頭に満ちた時とミサイルが着弾した時は同じだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○ ○ ○

 

 

 

 

「…………当たった?」

 

呆気なく目標に着弾したミサイルを見て日下部鐐子一尉は拍子抜けというよりかは疑惑に満ちた思いを零した。

彼女自身を含め、周りには数名の人間が同じボディースーツを着込み、同じ機械を装備し、宙を飛んでいる。

 

対精霊部隊(アンチ・スピリット・チーム)。通称AST。

精霊を狩り、捕らえ、殺すために機械の鎧を纏う超人――――魔術師。それが彼女達の所属する部隊であり正体である。

人間では考えつかないほどの戦闘力を有し、人類の中では限りなく精霊に近しい存在ともいえる者たち。それを可能としているのが顕現装置(リアライザ)、ひいては戦術顕現(コンバット・)装置搭載(リアライザ)ユニット―――CRユニットと呼ばれるコンピューター上の演算結果を、物理法則を歪めて現実世界に反映する奇跡とも呼べる技術によるものだ。無論、制限はあるものの想像を現実にするという大変な技術、『魔法』を再現するシステムは破格と言えるだろう。

尤も、コレを人類が手にしたのは30年前の大空災。

日々の歩みと共に顕現装置(リアライザ)も進歩してきているが、それでも空間震、その原因たる精霊には太刀打ちできず、良くて撃退できるのが限界であった。

 

故にAST・日下部鐐子隊長は被害を最小限に抑え、無駄な危険を冒さず、出来うる限り早く精霊を撃退するのを信条としている。隊長の責任、義務として誰よりも精霊の力を理解し、分析し、的確な指示を出す必要がある。

だからこそ腑に落ちなかった。あのAAAランク精霊。識別名<プリンセス>がなぜ牽制程度の攻撃に当たったのがわからなかった。

 

「不気味ね……あの<プリンセス>が何の抵抗もしないなんて。―――総員、気を緩めないで集中しなさい。反応がありしだい攻撃開始よ」

 

『了解』と通信越しに聞こえてくる部下の声を聞きながら鐐子は硝煙が立ち込める眼下を見定めている。

何とも間抜けな話だが、自分達の牽制で放ったつもりのミサイルが当たってしまって<プリンセス>を視認できなくなってしまっているこの状況。

裏をかかれたのか、煙に乗じてこちらを一気に倒す算段なのかはわからないが<プリンセス>がこれで終わりだとは到底思えない。

全隊員が次のアクションに備えて構えるが、未だに反応がない。

 

誰もがおかしいと思いながらも緊張を解かないうちに時間は過ぎていき、徐々に煙が晴れてくる。

まさかとは思うが、本当にあれでやられたのかと鐐子ですら頭によぎったのだが、確認するまでは気を抜いてはいけない。それだけ精霊と言う化物は恐ろしいのだ。

 

 

そして完全に硝煙が晴れる。

そこにあったのは―――――――ミサイルによる破壊痕だけで、他には何も無かった。

 

『<プリンセス>が………いない?』

『これって、消失(ロスト)したってこと?』

「本部!そっちの観測はどうなってるの?」

『――――消失(ロスト)の確認はありません。ですが、其方の中域において<プリンセス>の反応も確認出来ません』

 

部隊を支援する基地本部へ問い掛ける鐐子だったが返答は予想外の斜め上を遥かに通り過ぎていった。

消失(ロスト)とは精霊が隣界と呼ばれる異空間に帰る事を指している。AST隊員が装着している顕現装置(リアライザ)にも当然策敵機能はあるが本部に搭載されている専用の顕現装置(リアライザ)が搭載されている観測機を使った方が確実であり、身を潜めているかどうかを調査するのに適している。

その観測機が消失(ロスト)をしていないといえばそうだし、中域に反応がないということはそういうことだ。

よって………

 

「〝逃げた〟っていうの?…………弱虫<ハ―ミット>ならともかく、あの<プリンセス>が?」

 

信じられないと言った声を漏らす鐐子に他の隊員達も同意した。

今まで敵対した精霊の中でも<プリンセス>は周囲への被害規模はもとよりASTに対する敵対意思が特に顕著に見られる個体で、大怪我を被った隊員も少なくない。

その<プリンセス>が現れるだけ現れて攻撃もしないで逃げていった。しかも今までに見せなかった神速の力を持ってして。

 

(………妙ね、こんな速くに戦線離脱できる能力がありながら今までソレを使わなかったの?)

 

精霊の基礎身体力は軽く人間を超えているが、今見せつけられた速さは尋常じゃない。戦いの最中で使われたらひとたまりもないだろう。

いや、そもそもにして速さによる逃亡なのだろうか?鐐子には本当にその場から消えた(・・・・・・・・)ようにしか思えなかった。だからこそ本部へ消失(ロスト)したかどうかを聞いたのだ。

 

『隊長、私たちはどうすれば……?』

消失(ロスト)が確認出来ない以上安全とは言えないわ。各員天宮市を隈なく捜索して見つけ次第報告。それでも見つからなければ一旦帰投するわよ」

 

やはりあの<プリンセス>がこれで終わりだとは思えない。だが同時に何か戦闘を避けなければならない理由があるのではないかとも思う。あわよくば弱点のようなものが発見できるかもしれない。

思考を切り替え素早く指示を飛ばす鐐子に部下たちが一斉に各方面に向かった。鐐子自身も動き出そうとしたが―――――

 

「………? 折紙?」

「…………………」

 

その中でただ一人動かなかった人物―――――鳶一折紙一曹がクレーターと破壊痕が残った大地を見つめたまま固まっていたのを見て訝しむ。

 

「どうしたの、何か気になることでもあるの?」

「…………何も」

 

そう短く答えると命令通りに折紙も探索へと向かっていった。どこか釈然としないものの今は<プリンセス>だと割り切り、本部にも周辺反応を調べるようにと指示を出した。

 

 

 

 

 

「………………………」

 

<プリンセス>探索へと乗り出した折紙だったが内面では全く別の事を考えていた。

AST全員が放ったミサイル。その対象先に人影が見えた気がしたのだ。

丁度自分たちの視界からは<プリンセス>が陰になってて見えなかったが<プリンセス>が誰かに手を引かれたかのように後退していったように折紙には見えた。

 

しかも辛うじて見えた人影は彼女がついさっきまで一緒にいたあの少年の輪郭と似ていた。

 

「…………五河士道」

 

彼のように見えた、でも彼が此処にいるわけがない。直接見てはいないが彼はシェルターに避難している筈だ。身体に異常はなかったから此処に来られなくもないが来る理由がない。

 

今日の朝、彼が折紙を覚えているのかどうかを聞こうとして、扉の前で茫然と立っていた彼に声を掛けてコッチを見たと思ったらフッと糸が切れたように倒れてしまった時は本当に焦ってしまった。

倒れた音に何事かと騒ぎ、集まり始めた有象無象の人垣を〝喝〟の一声で黙らせ緊急時以外使用禁止の小型デバイス、基礎(ベーシック)顕現装置(リアライザ)にて魔法を使うための領域――――随意領域(テリトリー)を展開して迅速かつ早急に保健室へとお姫様抱っこで運び出した。

一般人が大勢いる中で秘匿事項を破るのは愚行と言うのも生ぬるいが、魔術師の標準装備たるワイヤリングスーツなしでの随意領域(テリトリー)の展開は脳に多大な負担をかけ、下手をすれば廃人か死体に成り果てる可能性すら無視した凶行はもはや言葉にならない。が、一般人が居る前でワイヤリングスーツを装着する事は出来ないと辛うじて冷静な部分はあった。

 

……言い訳を述べれば学校で折紙は〝永久凍土〟 〝マヒャドデス〟といった異名通り、どんな相手でもの冷めた感情表現しかしてこなかった。

そんな折紙が普段のキャラとは想像もしない大きな声で「そこをどいてッ!!!」なんて荒ぶる獣の如く咆哮を浴びて周りの生徒たちは色んな驚愕やらで畏縮やらで、折紙の異常な力と速さには全然気が付いていなかった。

随意領域(テリトリー)に関しても五河士道を心配するあまり、脳への負担が皆無になり、むしろ今まで展開してきた中で一番上手く、質の高い、思い通りの領域が造れたとさえ思っていた。

 

保健室に運んだ後は彼の身体に異常がないかどうかを念入りに、念入りに、ね・ん・い・り・に調べまくった。

仕方がない事だ、何せ幸う―――ではなく不運にも養護教諭が急用で休んでいたのだから代わりに折紙がやるしかなかったのだ 。

身体が汚れていては精神衛生上よろしくないので全身隈なクンカクンカス―ハ―スーハーし。

しっかりと耳を胸に当て心音を測り(正確に聞こえるように士道の制服を脱がして行った)。

熱がないかどうかを全身を抱きしめて測り(正確に感じるために士道のみならず折紙も脱いだ )。

 

そのあと●●●(ピー)●●●(ピー)したり●●●(ピー)●●●(ピー)して●●●(ピー)を動かし●●●(ピー)を確かめて●●●(ピー)●●●(ピー)●●●(ピー)●●●(ピー)として●●●(ピー)●●●(ピー)●●●(ピー)●●●(ピー)を挟み●●●(ピー)●●●(ピー)みたく動かし●●●(ピー)のように●●●(ピー)が出て●●●(ピー)●●●(ピー)●●●(ピー)●●●(ピー)●●●(ピー)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくお待ちください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――と、2,3時間くらい経ち、漸く検査が終わって問題無しと判断した(2人ともちゃんと服は着ていた)。

丁度その時になって二年生担任になった岡峰珠恵教諭が始業式の終りに保健室へと訪れ、恐らくはただの寝不足か何かだろうと伝えるとホッとして顔を綻ばせ、折紙に看病してくれた礼を言ってきた。折紙としてはこっちがお礼を言いたい気分だし、士道が目を覚ますまではここを離れる気が無かったので「いえ」と軽く返して自分が彼を見ているから教室に戻ってかまわないと丁重に、て・い・ちょ・う・に・お引き取り願った。………岡峰教諭は若干涙目になっていた。

 

そこから数分して五河士道は目を覚ました。彼は固い対応をしていて折紙のことを覚えていなかったのは残念に思えたが仕方がないといえば仕方がない。一方的にこちらが覚えているだけなのだから。

……だから空間震が鳴ったとき、折紙がASTとして戦場に向かおうとした時に彼がこちらを心配して声を送ってくれたことは嬉しかった。

まるで専業主夫とキャリアウーマンの新婚みたいで天にも昇る気分とはこの事かと思ったし、今日こそ精霊を倒せる気すらした。

 

ならばこそ気になった。彼のあの表情が、まるで折紙がこれから何処へ行って何をしようとするのかを分かっていたような心配顔が。

そんな風に考えていたからかもしれない、人影が五河士道に見えてしまったのは。彼は折紙が心配で心配でしょうがなかったからシェルターにいなかった折紙を外へと探しに行ったと、そう思いこんでしまっていたのかもしれない。

可能性としては十分に有りえるがやはり違うだろう。そもそも人影が本当にあったかどうかすら定かではないし、今回<プリンセス>が見せた逃げ足の力を個人にだけ使うなら兎も角、一緒に居合わせただけの人物にも一緒に行使したとは考えられない。それだけ<プリンセス>は人間に攻撃的なのだ。

 

仮に居たとして、人影のほうが力を使った………それこそありえない。

精霊の反応は<プリンセス>のみであったし、この天宮市に折紙たち以外の魔術師が居る報告はない。

一番考えられるのが避難に遅れた一般人だろうが―――――やはりありえない。<プリンセス>の心境の変化よりもありえない。

 

 

それは一般人ではないし、魔術師以上に人間かどうかも怪しくなるのだから。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。