この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第93話「Downfall ~悪夢の中へ~」

 ここが現実ではないと知らせるように、赤く染まった空が頭上に広がる。

 主も召使も存在しない城の一角、噴水広場でゆんゆんと対峙するのは、得体の知れない黒豹。

 初心者殺しより身体は一回り小さいが、放たれる圧は比べ物にならないほど強大であった。

 気を抜いたら足がすくみそうになる。しかしゆんゆんは地面を強く踏みしめ、黒豹を睨み返していた。

 魔銃も、短剣も、杖もある。男に突き落とされた時は咄嗟に唱えたが、魔法は使用できた。魔力も充分。手札は揃っている。

 

 黒豹は威嚇しながら一歩一歩と近付いてくる。ゆんゆんは武器を取ろうと、腰元に差していた短剣の柄を左手で握る。

 その瞬間、黒豹は地を蹴って急接近し、凶爪を振りかざしてきた。

 

「ッ!」

 

 真っ向から受けるのは危険と感じ、ゆんゆんは剣を抜かずに横へ飛び退く。

 黒豹の爪は届かず──と思われたが、黒豹の前足が鈎爪のような形に変化し、ゆんゆんの足首を掠めた。

 一筋の赤い線が刻まれ、苦痛に顔を歪めるゆんゆん。地面を転がりつつ、敵に身体を向けるように身体を起こして剣を抜く。一方の黒豹はこちらに顔を向けると、その場で身体を横向きに回転させた。

 同時に黒豹の尻尾が長く伸び、先端を鎌の形状に変化させながら横に薙ぎ払ってきた。

 ゆんゆんはこれに驚くが、素早く上に飛び上がって回避。しかし相手の攻撃は止まらない。

 黒豹の背中から触手のようなものが飛び出すと、先端を棘のように尖らせ、宙に身を投げているゆんゆんを突き刺さんと瞬時に伸びた。

 

「くっ!」

 

 ゆんゆんは短剣で棘をいなす。続けて二撃、三撃と狙ってきたが、これも凌いで着地した。

 すると、対面にいた黒豹の肉体が大きく変容。身体の前面部分が二つに分かれると、おびただしい量の棘が生えた口を開け、こちらへ迫ってきた。

 これをゆんゆんはすぐに避けようとせず、ギリギリまで引き付ける。眼前まで敵が迫り、黒豹の口に飲み込まれる寸前、ゆんゆんは『エアトリック』で姿を消した。

 移動したゆんゆんが立っていたのは、最初に黒豹と対峙した時の立ち位置。黒豹が攻撃を仕掛ける前に、あらかじめ自分の魔力の塊を地面に残しておいたのだ。

 

「『ボトムレス・スワンプ』!」

 

 黒豹の背後を取ったゆんゆんは、相手の足元に泥沼魔法を放つ。黒豹の足が泥沼に沈み、隙が生まれた。

 

「『カースド・ライトニング』!『インフェルノ』!」

 

 今こそ好機と、ゆんゆんは上級魔法を叩き込んだ。黒豹の身体に黒い雷が落ち、業火に包まれる。

 敢えて三発目は狙わず、ゆんゆんは様子を伺う。前方の炎が静まると──泥沼にいた筈の黒豹は姿を消していた。今の魔法で木っ端微塵になった、とは当然思っていない。

 ゆんゆんは周囲を警戒する。そんな時、泥沼からひとつの影が地面を這う形で飛び出した。影の中には、二つの赤い光が。

 黒い影は瞬時に伸び、ゆんゆんの足元へ。危機を感じたゆんゆんは飛び退くと、影の中から天にめがけて鋭い棘が飛び出した。

 影はしつこくゆんゆんを追いかけ、次々と棘を伸ばしてくる。ゆんゆんは走りながら、赤い目が潜んでいる影に向かって手をかざした。

 

「『フラッシュ』!」

 

 彼女の手から眩い光が放たれる。すると伸びていた棘が引っ込み、影から黒豹が飛び出した。

 実体を持たない影のような敵。もしや光が苦手なのではと予想したゆんゆんだったが、どうやら的中したようだ。彼女はかざしていた手を空に向ける。

 

「『ライトニング・ストライク』!」

 

 黒豹の頭上に魔法陣が浮かび、先程よりも巨大な雷が落ちた。光に目を奪われ、反応が遅れた黒豹は雷を避けられず。まとも受けた黒豹の顔は崩れ、黒い泥が蠢いていた。

 ゆんゆんは腰元の魔銃に手をかけつつ走り出す。黒豹との距離が近づくにつれ、魔銃にゆんゆんの魔力が溜まっていく。

 至近距離で渾身の一撃を。ゆんゆんは魔銃をホルスターから抜いて黒豹に銃口を向けた。

 

 刹那、崩れていた黒豹の身体から一本の鋭い棘が、ゆんゆんめがけて飛び出した。

 トドメの一撃を狙わんとする相手の隙を突いた、狡猾な一手。黒豹が繰り出した攻撃は──虚しく空を切った。

 

「ごめんね。私は、負けるわけにはいかないの」

 

 一撃を狙いながらも警戒していたゆんゆんは、棘が出た瞬間に飛び上がり、攻撃をよけつつ棘の上に着地していた。

 ゆんゆんは銃口を目下にいる黒豹へ向け、引き金を引く。高圧縮された魔弾が、つんざく音を響かせて放たれた。

 魔弾を受け、黒豹の身体が弾け飛ぶ。すると、黒い影の中から禍々しい光を放つ球体が現れた。

 突然のことにゆんゆんは驚いたが、すぐに察する。これが、黒豹の(コア)なのだと。

 

「(これを壊せば……この子を倒せる。使い魔にできる)」

 

 核を壊すべく、ゆんゆんは再び魔銃に魔力を溜める。核は未だ顔を出したまま。早く撃たなければ、核は再び影に隠れてしまうかもしれない。

 ゆんゆんは銃口を核に向け、引き金に指をかける。深く呼吸をし、魔銃越しに核を見つめる。

 力を示し、屈服させる。力を是とする悪魔を従わせるには、力で応えるしかない。

 

「(……本当に?)」

 

 が、そこでゆんゆんの指が止まった。

 力を得るためには倒さなければならない。夢の案内人を名乗っていた黒髪の男も、力を示せと言っていた。

 使い魔は従わせるもの。それが常識なのだが──里の学校で使い魔の授業を受けていた時も、ゆんゆんは疑問に思っていた。

 それが、本当に正しい使い魔との関係なのだろうか、と。

 真っ当な紅魔族なら、躊躇なく引き金を引けたであろう。しかし彼女は、紅魔族随一の変わり者。

 故に彼女は銃口を降ろし、核に優しく手を置いた。

 

「貴方のことを、私に教えて」

 

 ゆんゆんは柔らかな口調で語りかける。魔銃に込めていた魔力も沈まり、彼女は核から離れようとせず。

 やがて、周りを漂っていた黒い霧は影となり──ゆんゆんを呑み込んだ。

 

 

*********************************

 

 

 暗闇に覆われた世界、遠くで金属のかち合う音が響く。

 その音を耳にして、意識を取り戻したゆんゆん。深い眠りから覚めたかのように、思考はぼんやりとしていた。

 霞んだ視界が思考とともにクリアになっていく。光のない黒の世界は徐々に色を帯びていき、その光景を映し出した。

 足元には激しい水が流れ、夕暮れ時の太陽に見えたソレは、巨大な目のようでもあった。

 この世とは思えない空間。地獄──そう呼ぶに相応しい禍々しさが広がっている。

 その中心で、ゆんゆんが聞いた金属音の発生源を見つけた。

 

 川の中心に、二人の男が剣を交えていた。一人は赤いコートを、もう一人は青いコートを纏っており、後者はゆんゆんもよく知る人物。

 だったのだが、ゆんゆんの知る彼とはまるで別人であった。その目は激しい怒りに染まり、相手の首を狙わんと剣を振る。

 赤い男は彼の剣を受け止め、弾き返す。青い男の振るう刃は一向に届かず、やがて彼は地に膝をつかされ、赤い男を睨みつけた。

 対する赤い男は大剣を肩に置き、静かに見下ろしている。彼とよく似た、ゆんゆんの知らない男。

 

 その時、赤い男の身体にノイズが走った。ノイズに包まれながら、男の姿が変容していく。

 大剣は、赤い魔石を施した杖に、赤いコートは、茶色いローブへ。紅い両眼がノイズの中で光る。

 銀髪の男は、小柄な黒髪の少女──ゆんゆんのもっともよく知る人物へ。

 

「めぐ……みん……?」

 

 彼女の名を口にした瞬間、ゆんゆんの見ていた景色が変わった。真っ黒な空間の中、ゆんゆんはいつの間にかめぐみんの前で、地に膝をついて彼女を見上げていた。

 悪夢に呑まれ、悪魔と戦い、更に悪夢の中へ行った先で出会っためぐみん。彼女の顔を見て、ゆんゆんが抱いたのは驚愕でも安堵でもない。

 

 今まで抱いたことのない──赤黒く燃える憤怒であった。

 

「まだ……負けてない」

 

 ゆんゆんの口から声が漏れる。と同時に、彼女は自分の発した言葉に驚いた。今のは本当に、自分が思って口に出したのだろうか。

 自分自身にゆんゆんが戸惑っていると、前にいためぐみんがこちらに背を向け、暗闇の道を歩き出した。

 

「ま。待って!」

 

 ゆんゆんはすかさず追いかける。道なき暗闇の中を走り、先を歩くめぐみんへ手を伸ばす。

 だが、その手は一向にめぐみんへ届かない。やがてめぐみんの姿は闇の中へ消え、ゆんゆんは足がもつれて前方へ倒れた。

 痛みを感じながらも、ゆんゆんは立ち上がって前を見る。すると、何も無かった筈の黒い空間は景色をガラリと変えていた。

 

 森の中、数多の敵を前にしても勇敢に立ち向かう魔法使い。いや、魔法使い見習いと言うべきか。

 まだ杖も持たぬ彼女はその右手を敵へ向け、紅い瞳を輝かせて高らかに叫んだ。

 

「『エクスプロージョン』!」

 

 めぐみんの放つ爆裂魔法はつんざく爆裂音を立て、敵の軍団を爆炎へと包み、文字通り粉塵と帰した。

 遅れてくる爆風に耐えながら、ゆんゆんはめぐみんの姿を確認する。魔力を枯らして倒れためぐみんは、彼女等が通っていた学園の制服に身を包んでいた。

 

 めぐみんが、初めて爆裂魔法を覚えた日であった。

 

「ここが、最初の敗北」

 

 傍から声が聞こえた。ゆんゆんはそちらに顔を向けると、いつの間にか自分の隣に女性が立っており、相手の顔を見てゆんゆんは驚いた。

 めぐみんと同じ制服を纏い、三つ編みに赤いリボンをつけた、自分と瓜二つの顔を持つ紅魔族。

 過去の自分──そう呼ぶ以外に言葉が見つからなかった。少女はめぐみんが倒れている先を見つめたまま、淡々と語る。

 

「めぐみんには色んな勝負を挑んで負けたけど、あくまで遊びの延長線。でもこれは違う。この日を境に、めぐみんは魔法使いとして私よりも一歩先を歩き始めた」

「……私だって、本当は上級魔法を覚えようとしてた」

「でも、覚えなかった。めぐみんとの繋がりを捨てられず、私は機を逃した」

 

 突きつけるように、少女は言葉を返す。

 かつて学園に通っていた頃、森で魔物の襲撃に遭い、ゆんゆんはめぐみんを守る為に中級魔法を覚えた。

 紅魔族は、上級魔法を覚えて初めて一人前と見なされる。学園に通っていたのもそれが理由だ。

 友達を守る為に仕方なく、と思えるかもしれない。だが彼女はめぐみんと一緒に卒業したいが為に、敢えて学園から貰えるスキルポイントを調整していた。機を逃したと言われても、否定できない。

 ゆんゆんが下を向いて黙っていると、少女は気にせず言葉を続けた。

 

「めぐみんが覚えたのは、ただの魔法じゃない。優れた魔法使いでも会得したところで魔力が足らず発動できないと言われてた、爆裂魔法」

「でも……めぐみんは撃てた」

「たとえ一発だけでも、めぐみんには撃てるだけの素質があった。その時から私は、めぐみんとの力の差を感じ始めた」

 

 少女が言葉を紡ぐと共に、目の前の景色が移り変わっていく。

 旅の道中、襲ってきた悪魔をめぐみんが爆裂魔法で消し飛ばした時。アクセルの街近辺に現れた上位悪魔を、めぐみんが爆裂魔法でトドメを刺した時。

 美味しいところを持っていく紅魔族の流儀もあるが、彼女は決めるべき所をキッチリ決めてきた。自分の爆裂魔法は誰にも負けないという、絶対の自信があってこそ。

 ゆんゆんが立ち上がった時、目の前に映っていたのは、アクセルの街から離れていく自分の姿だった。

 

「だから私は、めぐみんから離れた。このまま一緒にいたら、めぐみんに追いつけなくなると思ったから」

 

 ひとりで旅をして経験を積み、上級魔法を習得した。出会った師から戦い方を学んだ。

 里にいた頃よりも、街を出た時よりも強くなった──筈なのに、めぐみんはいつも先を歩いていた。

 

「私はいつも追いかけてばかり。学園にいた頃から何も変わっていない」

 

 ゆんゆんの見ていた景色が変わる。アクセルの街で出会った仲間と共に前を歩くめぐみん。そんな彼女を、ゆんゆんはずっと遠巻きに見ていた。

 いつも仲間に囲まれていて、楽しそうで──。

 

「そんなめぐみんが羨ましくて、妬ましくて……憎かった」

「ち、違っ──」

「違わないよ。貴方は私だから」

 

 否定しようとしたゆんゆんに、少女は詰め寄ってくる。

 自分の姿など鏡で見慣れている筈なのに。相手の紅い瞳に吸い込まれ、ゆんゆんは視線を外せずにいる。

 

「どうしてめぐみんばかり。私だってたくさん頑張ってるのに、注目されるのはいつも彼女。私はいつだって蚊帳の外」

「違う……違うっ!」

 

 少女の声が聞こえると同時に抱く、負の感情。醜く、卑しく、悍ましい、真っ黒な感情。

 黒い何かが彼女の心を蝕んでいく。目に見えない恐怖に怯え、身体が震え出す。ゆんゆんはたまらず拒絶の声を上げたが、少女は足を止めない。

 

「貴方は心の底で、誰よりもめぐみんを妬んでいた。誰よりも憎んでいた」

「やめて!」

 

 ゆんゆんはその場でしゃがみ、耳を塞ぐ。しかし少女の声は手を通り抜け、頭の中に響く。

 やがて、彼女は気付く。自分を蝕む黒い感情は、流れ込んできているのではない。心の奥底から、溢れ出ていたのだと。

 少女はゆんゆんの隣に立ち、彼女の耳元で囁いた。

 

「めぐみんさえいなければ──」

 

 

 

 ──震えが、止まった。

 ゆんゆんは、自身の耳を塞いでいた手を下ろす。そしておもむろに立ち上がると、彼女は少女と再び向き合った。

 

「──違う」

 

 拒絶ではない、明確な否定。少女を見つめるゆんゆんの眼に、恐れはない。

 

「今の私がいるのは、めぐみんがいたからなの」

 

 ゆんゆんが強く応えた時、辺りの景色が再び姿を変えた。

 青い空が広がる晴天の下、紅魔の里の田舎道。ゆんゆんが見つめる先には、ひまわり畑の前に佇んでいる一人の幼き少女──過去の自分。

 ゆんゆんが、里の学校へ入るよりも前のこと。彼女の後ろを女性が通り過ぎた。

 妹を連れた、自分と同い年の紅魔族。その女性は途中で立ち止まると、不意にゆんゆんの方へ振り返って歩み寄る。

 そして、バケツに入ったザリガニをゆんゆんへ差し出した。お腹が空いてそうだからと、彼女は妹に言いながら去っていった。

 

 ちょっと変わった紅魔族と出会った日。でも、ゆんゆんにとっては忘れられない大切な記憶。

 ゆんゆんが、初めてめぐみんと話した日のことであった。

 

「他人から見たら、記憶にも留めない事かもしれない。めぐみんにとっても、単なる気まぐれだったと思う。でもそれが、私にはとても嬉しかった。そしてめぐみんと一緒に学園に入って、めぐみんと話して……私もいつか、めぐみんみたいになりたいと思うようになった」

 

 映っていた思い出が蜃気楼のように消えていく。再び暗闇の中に戻ったゆんゆんは、過去の己と向き合う。

 

「貴方の言う通り、妬みはあったと思う。憎しみも……きっとあった。けど、めぐみんさえいなかったら良かったなんて、一度だって思ったことない」

 

 人間を救った魔剣士のように──めぐみんは、輝いて見えたのだから。

 

「めぐみんは、私のもうひとつの原点だから」

 

 揺るぎない意志をゆんゆんは示す。今の彼女の眼は、烈火の如き光を灯していた。

 やがて、もう一人のゆんゆんは安心したように微笑んだ。

 

「貴方は、私が思ってたよりも強かったのね」

 

 彼女はそう言うと、暗闇の先へ手をかざす。すると何もなかった空間に裂け目が生まれ、白い空間への入口を出現させた。

 

「これが最後。でも、私に呑まれなかった貴方なら大丈夫」

「……ありがとう」

 

 どうやら夢も終わりが近いようだ。ゆんゆんは過去の自分へ礼を告げると、開かれた裂け目へ足を進める。

 たまらず目を細めながらも前へ進み、暗闇から光の中へ。しばらくして目を開けると──先程とは正反対の、真っ白な空間へ彼女は立っていた。

 後ろを振り返ると、通ってきた筈の裂け目は既に閉ざされていた。進むしかないと、ゆんゆんは再び前を見る。

 

 自分以外誰もいない──と思っていたが、視線の先に人影が見えた。ゆんゆんは導かれるように歩を進める。

 近づくにつれ、もうひとりの存在が明瞭になる。身体中に傷を負った、銀髪の少年。その手には子供にとって大きすぎる細身の剣。

 少年は、紅く染まっていた両目でゆんゆんを見る。そして警戒するように、握っていた剣をこちらに向けてきた。

 

「ご、ごめんなさい! 驚かせるつもりはなかったの!」

 

 ゆんゆんは慌てて両手を上げ、自分に敵意は無いことを示す。しかし目の前にいる少年は剣を下ろそうとしない。

 心を開いてもらうには自分から。まずは名前を知ってもらうべく、ゆんゆんは大きく息を吸って──。

 

「我が名はゆんゆん! 紅魔族随一の魔法の使い手にして、やがて紅魔族の長を継ぐ者!」

 

 ポーズもしっかり決めて、紅魔族流の自己紹介をした。白い空間に、ゆんゆんの声が響き渡る。

 二人の間に静寂が続いた時、ゆんゆんは初手から大失態を犯したことに気付いた。

 

「えっと、違うの! いや名前は違わなくて、こんなつもりじゃなかったというか──!」

 

 ただ名前を伝えるつもりだったのだが、紅魔族であるが故にいつもの自己紹介をしてしまった。耳まで真っ赤に染まったゆんゆんは早口で弁明する。

 一方で少年は刀を構えたままだが、呆気に取られた様子でゆんゆんを見ていた。形は酷かったが、警戒は少しだけ解けたようだ。

 自分を落ち着かせるべく、ゆんゆんは胸に手を当てて深呼吸をする。そして、相手の顔を真っ直ぐ見つめた。

 

 彼によく似た風貌の少年。見るだけで痛々しい傷跡をいくつも負っているが、彼は何ともない顔で立っている。

 彼が、この世界の主だ。黒き獣と戦い、悪夢に呑まれ、過去の己と向き合い、ようやく辿り着いた。

 自分は何の為にここへ来たのか。ゆんゆんは己の心に従い、言葉を紡いだ。

 

「私は……強くなりたくて、ここに来たの」

 

 悪魔にも負けない、強い魔法使いになるために。

 

「魔法をたくさん覚えて、戦い方も学んで、レベルも上げて、武器も増えて……それでも、私の理想には届かない。守りたい人を守れない。貴方の力が必要なの。だから──!」

 

 ゆんゆんは頭を下げながら、少年へ手を差し出した。

 

「私と──お友達になってください!」

 

 共に戦ってくれる、使い魔(友達)を求めて。

 きっと、他に掛けるべき言葉はあったのだろう。しかしゆんゆんの中で真っ先に浮かんだのは、彼と友達になりたいという願望であった。

 主と使い魔の関係として、正しくはないのかもしれない。それでも、ゆんゆんは差し伸べた手を引こうとはせず。

 彼女はしばらく待ったが、伸ばした手に感触はなく。恐る恐る顔を上げると、少年は困惑した表情でこちらを見ていたが、その剣でゆんゆんの手を斬ろうとはせず。

 やがて少年は剣を下ろすと、こちらへ語りかけるように口を動かした。が、声は聞こえない。

 

「えっ? 今なんて──」

 

 ゆんゆんが聞き返そうとしたその時、強烈な睡魔が彼女を襲った。

 意識がおぼろげになり、目を閉じればそのまま手放しそうになる。ゆんゆんは必死に耐えながら、少年の声を聞こうとする。

 そして、彼女の意識が眠りに落ちる間際──少年の声を耳にした。

 

「名を──」

 

 

*********************************

 

 

「んん……」

 

 靄のかかった意識が明瞭になり、ゆんゆんは目を開ける。

 視界に入ったのは、木で出来た天井に、ゆんゆんの顔を覗き込んでいた黒髪の少女とニワトリ。

 

「おはよう、ゆんゆん」

「ヨォお嬢ちゃん! 良い夢見れたか? 必要ならコーヒーくらい淹れてやるぜ。ブラックがお子ちゃまのお口に合えばいいけどな!」

 

 タナリスとぐり帝の声を聞き、思考も鮮明になっていく。

 どうやら、悪夢から無事目覚めることができたようだ。ゆんゆんはソファーに預けていた上体を起こすと、眠気の残る目を指で擦る。

 と、こちらに歩み寄る足音が。顔を上げると、バージルがソファーの側に立ってこちらを見下ろしていた。

 

「ようやく終わったか」

「可能性は半々だったけど、上手くいったみたいだね」

「ついでにイメチェンも終わったみてーだな! 真っ黒な髪に染まっちまってよ!」

「えっ?」

 

 ぐり帝の言葉に疑問を抱くと、タナリスがいつの間にか用意していた手鏡を差し出してきた。

 鏡を手に取り、自分の髪を確認する。銀色に染めていた筈の髪は、元の黒色に戻っていた。前よりも更に黒く染まっているようにも見えたが。

 髪の変化に驚いていると、タナリスが肩をつついてきた。

 

「早速見せてよ。君の使い魔を」

「あっ……う、うん!」

 

 ゆんゆんはソファーから立ち上がり、入口付近の開けた場に向かって手をかざす。

 使い魔の召喚などやったことはないが、何故かイメージはできていた。魔法を放つのと同じ要領で、身体の中から手のひらへ。

 

「来て!」

 

 願いを込めて言い放った瞬間、彼女の手から黒い影が飛び出した。

 影は空中で変化し、地に足をつける頃には姿を形成していた。

 悪夢の中で戦った、紅い眼を持つ黒豹。ゆんゆんの新たな使い魔を見て、バージルが呟いた。

 

「成程。ソイツが貴様の使い魔に選ばれたか」

「あの島にいたネコちゃんか! 気性の荒い気分屋だったと思うが、だいぶ懐いてるみてェだな! やみつきになるオヤツでもくれてやったか!?」

 

 どうやらバージルとぐり帝は黒豹のことを知っているようだ。彼の悪夢から形成されたのだから当然とも言えるが。

 召喚した黒豹を見つめると、黒豹も同じくゆんゆんを見つめ返してきた。何か、言葉を待っているかのように。

 

「ねぇゆんゆん、その子の名前は?」

 

 隣にいたタナリスが尋ねてくる。使い魔といえど、名前が無ければ不便だ。ゆんゆんは再び黒豹の顔を見て、名前を考える。

 考案にはかなりの時間を要すると思われたが──ふと、彼女の中にひとつの名が浮かんだ。

 

「……ネロア」

 

 ポツリと呟いた名に、黒豹は片耳だけピクリと動かした。

 

「へぇ、どうしてその名前に?」

「えっと……パッと思い浮かんだのがこれで、深い理由は無いんだけど……」

「テメェによく似た女と同じくトンチキな名前をつけるか、クロちゃんなんて安直なネーミングセンスを披露するかの二択だと張ってたが、意外と悪くネェのを思いつきやがったな。俺の親も見習って欲しいぜ」

「あ、あはは……」

 

 ぐり帝の言葉に、ゆんゆんは苦笑いを浮かべる。ネロアの後に、クロという名前も頭に過ったとは言えず。

 タナリスは黒豹の顔をまじまじと見つめると、納得したように頷いた。

 

「うん、いい名前だね。バージルもそう思わない?」

「何故俺に聞く」

 

 後方で見守っていたバージルは話を振られ、鬱陶しそうに顔を歪めた。

 思いつきで名前をつけてしまったが、元はバージルの悪夢だ。彼に許可を得てからの方がよかったのではと、ゆんゆんは様子を伺うようにバージルを見る。

 ゆんゆんの視線に気付いた彼は、ため息を吐いてからゆんゆんに告げた。

 

「貴様の使い魔だ。貴様の呼びたいように呼べばいい」

 

 バージルはそう言って、奥の席へ戻る。彼の許可を得たところで、ゆんゆんは黒豹と向き合う。

 

「よろしくね。ネロアちゃん」

 

 新たな使い魔(友達)の名を、ゆんゆんは優しく呼ぶ。

 名を得た黒豹は、長い尻尾をゆらゆらと揺らしていた。

 




ネロにしようか迷ったのですが、書いててややこしくなりそうだったので一文字加えました。
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