アクセルの街、人々が行き交う大通りから外れた小道。
土地勘の無い者が入れば迷子必至な裏路地を、立ち止まることなく進む男が一人。はやる気持ちを抑えきれないのか、歩幅は大きく、一歩一歩の速さも徐々に早まる。
やがて男は、小道の終点へと辿り着く。袋小路の奥にはひとつの扉。その先に広がるのは、街の男達だけが知る秘密の花園。
男は咳払いをし、緊張していない風を装ってから扉を開けた。
「いらっしゃいませー。あら、カズマさんじゃないですか」
「やあ、今日もお美しいですね。お姉さん」
「当然ですよ。私、サキュバスですから」
佐藤和真はサキュバスの店に来ていた。
王女様に拉致され、王都から帰ってきたらダクネスの件が起こり、また王都に連行されたかと思えば悪魔との戦いに巻き込まれたりと、最近は慌ただしい日々を送っていた。
気付けばサキュバスの店もご無沙汰に。ようやく腰を落ち着かせる日々が戻ってきたので、彼は久々に顔を出した。
が、目的はそれだけではない。
「お姉さん、ロリーサはいるかな?」
「えぇ。今呼んできますね」
受付のサキュバスに伝えると、彼女は店の奥へ。しばらくして、桃髪の小さなサキュバスことロリーサが入れ替わりで現れた。
「カズマさん! ここに来るのも久しぶりじゃないですか? 皆心配してたんですよー」
「皆のことを忘れるわけないじゃないか。それよりも……俺がここに来た理由、わかってるよな?」
「サービスのご利用ですよね。それじゃあ奥の席へどうぞー」
ロリーサは手慣れた対応で案内する──が、カズマは入口から動こうとしなかった。ついてこない彼に気付き、ロリーサは振り返る。
「カズマさん? どうしたんですか?」
「おいおい、もう忘れちまったのか? 俺はいつものサービスを受けるつもりはないぜ?」
「はい? じゃあなんでここに来たんですか?」
言い回しが鼻についたのか、鬱陶しそうに聞き返す。
カズマとしては、ロリーサに思い出すよう促したつもりであったのが、どうやら本気で忘れているようだ。
非があるのは彼女の方なのに、そんな顔を向けられるのは心外だと思いながら、カズマはここへ来た目的をハッキリと伝えた。
「裏メニューだよ。裏メニュー。前に約束しただろ? バニルを助けた報酬として、裏メニューを提供してくれるって」
「……あ、あぁー! そうでしたよね! 勿論覚えてましたよ!」
「おい、絶対今思い出しただろ」
わかりやすく動揺するロリーサに、カズマは怪訝の視線を送る。
「いいですよ。ではお席へご案内しますね」
しかし彼女はすぐ平静を取り戻すと、止まっていた足を進めた。カズマは黙って彼女についていく。
通常席では、男冒険者達が妄想を膨らませながらペンを走らせている。カズマは彼等を横目に見ながら移動するが、全員妄想で忙しいのか、カズマに声を掛ける者はおらず。
やがて店の奥──スタッフ用の出入り口を通され、廊下を少し歩いて辿り着いたのは、応接間のような部屋であった。
「ここで座ってお待ち下さい」
ロリーサはそれだけ告げると、カズマを置いて扉の向こうに姿を消す。カズマは部屋を見渡しながら、一人用のソファに腰掛けた。
夢の内容を記入する紙もない。完全にお任せのサービスなのだろうか。まだ見ぬ裏メニューを想像し、ソワソワしながら時を待つ。
やがて扉の外から足音が聞こえると、おもむろに扉が開かれた。
「お待たせ致しました」
入ってきたのは、先のロリーサとは別のサキュバス。金髪でロリーサよりも大人な体型。
彼女が纏うのは、欲情をそそる淫らな身体が強調されたサキュバスの正装──ではなく、白い服に黒ズボン、腰から下を隠す赤いエプロンと、露出度など捨て去った服装。
銀のお盆を片手に持つ彼女の姿は、どこからどう見ても立派なパティシエであった。
「えっと……その格好は?」
「私の正装ですが、何か問題でも?」
「いえ何でもないです」
試しに尋ねてみるも、相手のサキュバスから真剣な目で睨み返されたので、それ以上は追求せず。
一方でパティシエサキュバスはこちらに歩み寄ると、お盆に乗せていた物をカズマの前に差し出した。
ガラス容器に入れられた、白いクリームにイチゴやキウイとなどのフルーツが盛り込まれた小型のパフェ。
「こちらが裏メニューになります。御賞味ください」
「舐めてんのか!」
カズマはたまらず叫んだ。騒ぎを聞きつけてか、それともこうなることがわかっていたのか。姿を消した筈のロリーサが部屋に戻ってきた。カズマはすかさず彼女へ突っかかる。
「おいロリーサ! どうなってんだ!」
「どうもこうもありません。これがウチの裏メニューです。特別な人にしかお出ししていない、試作段階のスイーツですよ」
「ふざけんな! 俺がどんな気持ちでここまで来たと思ってんだ!」
「そもそも裏メニュー自体、私も初耳だったんですけど。いったい誰からそんな話を聞いたんですか?」
「ダストが言ってたんだよ! VIPにしか案内していない裏メニューが存在するって!」
「あぁ、なるほど。まったくあの人は……」
ダストの名前を聞いて、ロリーサは頭を抱える。怒りが収まらないカズマだが、ロリーサは慌てる様子を見せず。
「この店に、バージルさんが来ていることは知ってますか?」
「バージルさん?」
何故ここでバージルの名前が出るのか。首を傾げるカズマに、ロリーサは理由を話した。
突然彼が喫茶店を訪れるも、サキュバスのサービスはお気に召さず。しかし彼の要望で喫茶店としてのメニューであるスイーツを出したら大層気に入ってくれたこと。
以来、彼は時々スイーツを嗜みにここへ訪れ、今やパティシエサキュバスの試作スイーツを食べ、メニュー改善に貢献してくれていたことを。
「じゃあ、ダストの言ってた裏メニューっていうのは……」
「試食をしに来ていたバージルさんを見かけて勘違いしたんでしょうね」
噂の真相を知り、カズマはガックリと肩を落とした。ダストに金返せと迫ってやりたいが、彼のことだ。カズマが渡した情報料は、とっくに溶かして無くなっているであろう。
ともあれ、頼んだのは自分だ。食べないと勿体ない。傷心したカズマは癒やしを求めるように、目の前に置かれた試作スイーツを口に運ぶ。
「ってうんまっ!?」
瞬間、口の中に心地よい甘味が広がり、カズマはたまらず声に出した。
くどくない甘さに、優しい食感。スイーツに疎い彼でも一口で理解させられる上質さ。
少し崩してしまったが、見た目もかなりこだわっているように思えた。高級店で出しても恥ずかしくない代物であろう。
騙された怒りはとうに忘れ、カズマは興奮気味にサキュバス達へ感想を告げた。
「めちゃくちゃうまいぞこのスイーツ! 王都で店を出しても全然渡り合えるレベルだ!」
「ありがとうございます。しかし独立する予定は今のところありませんので」
「バージルさんにスイーツを出してから、この子はすっかりスイーツ作りにハマっちゃって……最初の頃は、バージルさんに気に入られたいからって言ってたのに」
淡々と言葉を返すパティシエサキュバスに、ロリーサは呆れた様子で語る。
「けど、こんなにうまいスイーツがあるって知られたらヤバくないか? スイーツ好きの女性にここを知られたりしたら……」
「あっ、ご心配なく。裏メニューはバージルさんか、本当は甘いものが好きだけど表立って言えない強面の冒険者さん達の数名にしかお出ししていません。スイーツのことは口外しないよう約束もしていますので」
不安を口にするカズマへ、ロリーサは問題ないと答える。この店を知る男冒険者は揃って口が堅い。彼女がそう言うなら大丈夫かと、カズマはスイーツを口に運ぶ。
すると突然、ロリーサは思いついたように手を叩いてカズマに告げた。
「せっかくだし、カズマさんが知ってる他所の美味しいスイーツをこの子に教えてあげてくださいよ!」
「えっ? なんで俺が?」
「いろんな街へ冒険に出かけてるカズマさんなら、いろんなスイーツを知ってるんじゃないかと思って。さっきは王都で張り合えるレベルとか言ってましたし」
スイーツ作りに貢献してほしいとの願いを聞いて、どうしたものかとカズマは悩む。
ロリーサが期待するほどカズマはスイーツを知っていない。が、パティシエサキュバスの腕には光るものを感じる。もっと言えばビッグビジネスの匂いが。
元の世界の発明品をバニルへ委託したように、まだこの世界にないスイーツを作ってもらえれば。それに合致するスイーツを思いつくのに、時間はかからなかった。
「ここらじゃあまり見かけないけど、和菓子ってのが俺の国にはあったな」
「ワガシ?」
案の定聞き慣れない言葉だったようで、サキュバス二人は頭上にハテナを浮かべている。
「俺みたいな変わった名前の人にとっては懐かしの味を楽しめるスイーツだ。中には花を象った、見た目も楽しめるようなものもあるぞ。多分、バージルさんも好きなんじゃないか?」
念を入れて、カズマは最後の一言を付け加える。その時、パティシエサキュバスの目が見開くのをカズマは見た。
「カズマさん、でしたね。その和菓子の作り方はご存知なのですか?」
「拘ったものは流石に無理だけど……団子とか羊羹ぐらいならいけるかもな。素材があればだけど」
「なるほど……ありがとうございます。ではまた後日、都合のよい時で構いませんので、ワガシなるスイーツを伝授していだだきたく思います」
パティシエサキュバスは礼儀正しく頭を下げると、そそくさと部屋から出ていった。扉が閉まった後、ロリーサが「あーあ」と声を漏らす。
「これはまたスイーツ作りに没頭しそうですね」
「さっきも話してたけど、そんなにハマってるのか?」
「それはもう、精気を摂るのも忘れて朝になっても休まず研究するぐらいには」
どうやらあのサキュバスは、身も心もパティシエになっているようだ。だからこそプロ顔負けのスイーツを作れたのであろう。
ゆんゆんや魔剣の人とは違った方向性だが、こんな所にもバージルの影響を受けた人物がいたんだなと、カズマはスイーツを嗜みながら思った。
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アクセルの街から少し歩いた先の野原。地を覆う草は穏やかな風に揺れ、空から眩い太陽が大地を照らす。
そこにポツンと立っていた男が一人。魔剣の勇者、ミツルギである。彼はクエストを受けたわけでもなく、街の外に出ていた。クレメアとフィオは街で留守番をしている。
背負っていた魔剣を構えることもせず、ミツルギはじっと野原を見つめる。モンスターもいない、のどかで平和な場所であるが、彼にとっては忘れられない記憶が刻まれた、もうひとつの始まりの地。
『長いこと物思いに耽っているな』
魔剣からぬるりとベルディアが顔を出す。ミツルギは声に反応して顔を合わせるが、再び野原へ視線を戻す。
『貴様の記憶によれば、ここで初めてバージルと剣を交えたのだったな』
「交えた、というのもおこがましいけどね」
魔剣グラムを失い、冒険者として生きる意味も見失いかけたあの日。
バージルから勝負を持ちかけられ、完膚なきまでに叩きのめされた。と同時に、己は何のために剣を振るうのかを自覚した。
彼と剣を交えたことで、ミツルギは剣士として再び歩き出すことができた。ゆえにミツルギは彼を師と呼び、尊敬している。
だからこそ──タナリスから聞いた話は、あまりにも衝撃だった。
『俺達が会った道化師の主人格と協力し、結果的に魔界への扉を開いた……悪魔の力を持っているとはいえ、人間にそのような芸当ができるとはな』
想像を絶するほどに苛烈で、血に塗れたバージルの過去。
悪魔に家族を奪われ、悪魔を憎んでいた筈の男は、悪魔の力を求めて魔界を開いた。
アーカムという人物に騙されはしたが、魔界を開くために協力したのは事実。世界がどうなろうと、己が力の為に彼は動いた。
その後、弟に敗れ魔界に堕ちたバージルは、魔帝と呼ばれる存在に魂を支配され、再び弟と対峙。敗北したことで魂は解放され、タナリスのもとへ辿り着いた。
彼の道を阻む者は、躊躇いなく殺していたという。悪魔だろうと人間だろうと。更には魔界を開き、人間界を混沌に陥れた。
故にタナリスは、バージルを地獄へ送るつもりであったのだが、女神の気まぐれでこの世界に誘われ──ミツルギ達と出会った。
タナリスから話を聞いて時間が経っているが、未だに衝撃が残っている。
しかし一方で、納得する自分もいた。この野原で、彼と初めて戦った時──ミツルギ等を躊躇なく刺した、彼の冷たい眼の理由に。
『で、貴様の願っていたバージルの過去は聞けたわけだが、これからどうするつもりだ?』
「過去は聞いた。けど、その時師匠が何を思っていたのか……何の為に力を求めていたのかを僕は知らない」
ベルディアからの問いに、ミツルギは野原を見つめたまま返す。
あくまでタナリスから聞かされたのは、バージルの過去。彼の心中までは教えてくれなかった。
悪魔に家族を奪われた筈なのに、どうして悪魔の力を欲したのか。何故今も、自分達と共に戦ってくれるのか。
『本人に直接聞いてみるか? 俺ごとバラバラにされるのはゴメンだぞ?』
「今の師匠はそんなことしないよ。タナリスさん共々、痛い目は見そうだけど。そもそも教えてくれそうにないし」
『だったらどうするつもりだ?』
バージルの心境は気になる。しかしそれを本人に聞くのは流石に気が引ける。
だが、何も言葉で語り合う必要はない。むしろもうひとつの方法なら手っ取り早く済み、自分の迷いも断ち切れるかもしれない。
ミツルギは背中の魔剣を手に取ると、太陽の光を反射する剣身に目を向けたまま、ベルディアに答えた。
「久々に、師匠と剣を交えたい」
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太陽が落ち、暗闇の空に星々が煌めく夜。
冒険者が酒場で賑わう時間帯、街の住人御用達の大衆浴場へ向かう少女が一人。
暗い街中で一際目立つ紅眼を持つ紅魔族、ゆんゆんである。
「(今日はどっと疲れたなぁ……)」
ゆんゆんの口から疲れが漏れるようにため息が出る。
この日、彼女は新たな力を得た。悪夢を乗り越え、人ならざる者の力をその身に宿すことができた。
今も自身の中に、己の物とは別の魔力が渦巻いているのを感じる。不思議な感覚ではあったが、嫌いではなかった。
それはそれとして、今日は悪夢でかなり精神を削られた。ゆんゆんが零した疲れも精神的な意味合いが強い。
腹は空いていたが、先に風呂で寛ぎたい。ゆんゆんは道中の定食屋にも寄ろうとせず、真っ直ぐ浴場へ向かう。
しばらくして、目的地へ到着。ぼっち故にドギマギしながら受付を済ませ脱衣所へ。利用客の少ない隅の方へ行ったのだが、今回は先客がいた。
ゆんゆんは一瞬戸惑ったが、そこにいたのが見知った人物だと気付き安堵する。荒くれ冒険者ダストの保護者役、リーンである。
勇気を振り絞って自分から話しかけようとしたが、先にリーンの方が気付き、向こうから話しかけてくれた。
「誰かと思ったらゆんゆんじゃない。髪、また黒に戻したのね」
「あっ、これは戻したというか、戻ったというか……」
使い魔のことは言い出せず、ゆんゆんはリーンの言葉に口ごもる。リーンは不思議そうに見つめていたが、追求はしてこなかった。
「これからお風呂? よかったら一緒に入る?」
「えぇっ!? い、いいんですか!?」
「全然いいわよ。同じ魔法使いとして色々聞いてみたいこともあるし……胸の成長についてとかも」
リーンからのお誘いに、ゆんゆんは心の底から喜ぶ。最後にリーンが小さな声で何か呟いていたが、ゆんゆんの耳には届かなかった。
感じていた疲れはどこへやら。ゆんゆんは何を話そうかとワクワクしながら上着を脱ぐ。
折角ならお友達っぽいトークをしてみたい。スイーツについてはどうだろうか。彼女も食いついてくれるだろうかと、ゆんゆんはチラリとリーンの顔を伺う。
隣にいたリーンは、着替えていた手を止め──絶句した顔でこちらを見ていた。
「り、リーンさん? どうしたんですか?」
「どうしたって、それはこっちのセリフよ! その身体どうしちゃったのよ!?」
「えっ? な、何か変なものがついてましたか?」
「そりゃあもうビッシリ! ていうか気付いてないの!?」
随分と慌てた様子でリーンは話す。今日はクエストも授業も受けていないので痣などはない筈。何かがくっついている感触もない。ゆんゆんは視線を下に向けて身体を確認する。
「……えっ?」
ゆんゆんは、自分の目を疑った。
下着で見えない部分もあるが、身体には黒い紋様が皮膚と同化して刻まれていた。両腕にもビッシリと。
ゆんゆんは慌てて下着のホックを外して脱ぎ捨てる。脱衣所の洗面台前へ走って移動し、大きな鏡で自分の姿を確認した。
「い……いやぁああああああああっ!?」
変わり果ててしまった身体を見て、ゆんゆんは悲鳴を上げた。
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同刻、街郊外にある便利屋、デビルメイクライ。
既に夕食を済ませて自宅に帰っていたバージルは、上着のコートを壁にかけ、いつもの席に座っていた。
普段なら本を読んで寛ぐところだが、彼の眼前には来客がいた。浅葱色のマフラーを首に巻く銀髪盗賊、クリスである。
「こんな時間に来るとは珍しいな」
「お邪魔だったら、また日を改めましょうか?」
「手短に済む話ならこの場で構わん」
様子を伺ってくるクリスへ、バージルは話を続けるよう促す。
もっとも、彼女が手にしているモノを見て用件は既にわかっていたのだが。
「頼まれていた刀です。ご希望通り、しっかりと加護をつけさせてもらいましたよ」
クリスはバージルの前に、青い鞘に納められた刀を差し出す。バージルの聖雷刀である。
アクアのつけていた加護が薄まっていたため、バージルはクリスに加護をつけるよう頼んでいた。思っていたより早かったなと、バージルは口にしながら鞘を握る。
刹那──燃えるほどの激しい熱を手のひらに感じた。想像以上の熱さに、バージルの顔が少し歪む。
「ごめんなさい……ちょっと張り切り過ぎちゃいましたか?」
「いや……これでいい」
クリスが心配そうに声を掛けてきたが、バージルはなんでもないと示すように、刀を握ったまま立ち上がる。
机の前へ移動すると、感じる熱に耐えながら刀を抜く。刀身は傷一つなく、変わらぬ輝きを放っていた。
徐々に刀の熱も慣れ、その内に宿る魔力を感じる。アクアの加護とよく似た強い光であったが、不思議と拒絶感のない光であった。
「アクアが最初につけた時以上の加護だが……奴よりは幾分かマシだ」
バージルは刀を鞘に戻し、クリスへ感想を伝える。クリスは安堵の息を漏らすと、どこか嬉しそうにこちらを見てきた。
調子のいい奴だと、バージルは鼻を鳴らして席に戻る。刀は机に立て掛け、机上に置いていた本に手を伸ばそうとした、その時であった。
突然、扉を強くノックする音が響き、その向こうから声が届いた。
「先生! 先生はいますか!?」
声の主はゆんゆんのようだ。使い魔を手にして満足そうに帰っていった筈だが、何か不都合でもあったのか。
バージルは外にいるゆんゆんへ向けて「入れ」と一声掛ける。次の瞬間、扉は勢いよく開かれ、飛び込むように入ってきたゆんゆんはそのままバージルの前に駆け寄ってきた。
「酷いですよ先生! あんな紋様が出るなんて一言も教えてくれなかったじゃないですか!」
ゆんゆんは机をバンと叩き、紅い眼を輝かせて怒りをぶつけてきた。彼女らしくない激昂を前に、バージルは面食らう。
「えっと、まず落ち着いてゆんゆんちゃん。いったいどうしたの? ていうか、いつの間に黒髪に戻したの?」
ゆんゆんの隣に立っていたクリスが、落ち着かせるように優しく話しかける。クリスがいたことに今気付いたのか、ゆんゆんは彼女の顔を見て驚く。
しかし、落ち着きは取り戻せたようで。ゆんゆんは一度深呼吸してから、ここへ来た理由を話した。
「今日、先生から悪魔の力を授かったんです。黒髪になったのはその関係で……」
「待って」
「そっちは全然気にしてなかったんですけど……さっきお風呂に入ろうとしたら、身体にビッシリと黒い紋様が入ってたんですよ! こんなの聞いてないです!」
「お願い待って。情報量が多すぎる」
今日ここで起きていた出来事を全く知らなかったクリスは、話についていけず頭を抱える。
「正確には悪夢の力だ。アクアの持っていた卵に魔力を流し、俺の中にいたグリフォンという悪魔の思念がヒヨコへ宿ったように、ゆんゆんへ魔力と共に悪夢を流し込んだ。結果、奴は悪夢に呑まれることなく力に変えた」
「人が混乱してる時に新しい情報追加しないで。悪魔の思念を宿したヒヨコって何っ?」
「今は立派なニワトリになっている。朝も夜も構わず喧しい奴だ」
「ごめんホントに待って。頭痛くなってきた」
てっきりカズマかダクネスから聞いていると思っていたが、どうやら彼女はグリフォンのことも知らなかったようだ。
そういえば湖の様子を見に行った際も、こちらからは話さなかったなとバージルは思い出す。
「悪夢云々ついては後で色々と聞かせてもらうから、ひとまず置いといて……ゆんゆんちゃん、その紋様ってどういうの? 見せてもらえる?」
今はゆんゆんの用件を優先すべきと判断したのか、クリスは話を戻す。
実際に見たほうが早いと、クリスはゆんゆんを連れてシャワー室へ。面倒なことになりそうな予感を抱いていたバージルは、読もうとしていた本を再び机上に置く。
数分後、扉が吹き飛んでしまいそうなほど強く開かれると、鬼の剣幕でクリスがバージルに迫ってきた。
「ちょっとバージル! 女の子の身体になんてものを刻ませてるのさ!?」
「紋様については俺も知らん。俺は力を与えたまでだ」
「そもそも、悪夢の力を流し込むってどういうつもり!? 私聞いてないんだけど! ちょっとくらい相談してくれてもよかったんじゃないの!?」
「何故わざわざ貴様に確認を取る必要がある。力を欲したのは奴の意思だ」
「先生! この紋様ってもう消えないんですか!? 折角お風呂でリーンさんと仲良くお話できそうだったのに、紋様を見た係の人から止められて入れなくなったんですよ! 私、もう皆と一緒にお風呂へ入ることができないんですか!?」
可愛い子を傷つけられた親の如く、捲し立てて文句をぶつけるクリス。加えてシャワー室からゆんゆんが出てきて、クレームは更にヒートアップ。
ゆんゆん一人ならつまみ出せば済む所であったが、説教モードに入ったクリスにはどうしてか強く出られず。
悪夢の力についてもクリスから追求され、怒りの声はしばらく収まらなかった。
カプコン超選挙、DMC二冠おめでとうございます。