<chapter15:カズマとアグニとルドラ>
佐藤和真は冒険者である。
アクセルの街に住む最弱職の冒険者でありながら、苛烈な戦いを仲間と共に生き抜き、数多の功績を残した。
魔王軍幹部の撃破、機動要塞デストロイヤーの破壊、クーロンズヒュドラの討伐。誰も成し遂げられなかった功績を次々と。仲間の力もあってだが、指揮を執っていたのは彼だ。
更にはベルゼルグ王国の第一王女や、ダスティネス家の令嬢と親交が深く、貴族にも顔が通る。そして、稀代の剣士と謳われる魔剣の勇者にも、一度ならず二度、三度勝ったという。
きっと王女様ともお似合いな、非の打ち所がない素敵な好青年なのだろう。顔も知らぬ者が噂を聞けば、誰もがそう思うであろう。
「あー……ゴロゴロするのって最高」
そんな稀代の冒険者は、今日もベッドに寝転がっていた。
冒険者としてクエストにも出かけず、鍛錬に励むこともせず。これが佐藤和真の実態である。
「弟よ、今日も小僧は怠惰に過ごすつもりのようだ」
「怠惰の極みを見せてくれるのか」
「小僧はダンテとよく似ている」
「魔力は天と地ほどの差であるが」
堕落した生活を送るカズマを見て、部屋に置いてあった双剣のアグニとルドラが話し合う。
彼等が喋る度に「静かにしてくれ」と注意したのだが、しばらくすればその約束を忘れ、こうして喋り出す。鬱陶しいことこの上ない。
今日もカズマの怒号が響き渡る──と思われたが、彼はおもむろに起き上がると、ベッドに腰掛けたまま双剣に話しかけた。
「ずっと気になってたんだけど、そのダンテって人もそんなにぐーたらしてたのか?」
彼等が何度か口にする男の名前。ダンテ──タナリスの話によれば、バージルの双子の弟だ。
以前にもネヴァンが話していた。週休六日で滅多に働かないと。カズマにとっては、とてもシンパシーの感じる男だった。
「家にいてもぐっすり眠っておった」
「もしくはピザとやらをいつも食べておった」
双剣はダンテのぐーたらエピソードを話す。久しく聞いたピザという言葉に、カズマは懐かしの味を思い出す。この世界にもあるだろうか。
「果てには金に困り、我らを売ったのだ」
「我らは金の為に売られたのだ」
「他の者は質草としてであったが」
「我らはそのまま売りに出されたのだ」
「我らを巧みに扱っていたというのに」
「我らと共に戦ったというのに」
二人は話を続け、自分達の不遇な扱いをぼやく。
話だけ聞くと、ダンテという男からはダストと同じ匂いを感じる。あのバージルの弟とは到底思えない。
ひと目でも見てみたいが、叶わぬ願いであろう。カズマはダンテの姿を想像しながら思う。
それはそれとして──。
「……やっぱ売るのもアリだよな」
「待て小僧。早まるな」
「我らはもう売られたくない」
カズマの呟きを聞いて、双剣が慌てて引き止めてきた。
すぐにカズマは冗談だと伝えておいたが……もしこの先、また莫大な借金を背負うことがあれば、コイツ等を真っ先に売ろうとカズマは思った。
<chapter16:めぐみんとネヴァン>
ある日の早朝、屋敷の広間にて。
「ネヴァン! 今日も行きますよ!」
元気よく開かれた扉の音と共に、めぐみんの声が響き渡った。
声の届け先は、ソファーで寛いでいたネヴァンへ。彼女は振り向くと、とても嫌そうな顔でめぐみんを見た。
「日課の爆裂なら、貴方には悪いけどパス。金髪の子かワンちゃんに頼みなさい」
「ぬぁっ!? な、何故ですか!?」
「だって私、いつも貴方を運んでばかりじゃない。力は使えないわお肌も荒れるわで、私に良いことひとつも無いんだもの」
ネヴァンがめぐみんの使い魔となってから、日課の爆裂魔法に付き合わされていた。
初めはめぐみんの派手な魔法に興味を示していたが、その度にめぐみんは倒れるので、ネヴァンが彼女を連れて帰っていた。
一方、空を渡るネヴァンの運搬方法にめぐみんは味を占めたようで、こうしていつもネヴァンにお願いしていたのだ。
めぐみんなりに気を遣って、まだ日が高くない早朝に出かけるようにしているが、ただのタクシー役はネヴァンにとって刺激が少なすぎた。
「むぅ……残念ですね。今回は私が考えた合体技を試したかったのですが」
「合体技?」
そんな時、めぐみんの口から気になる言葉が聞こえた。興味を示したネヴァンは聞き返すと、待ってましたとばかりにめぐみんはマントを翻して言い放った。
「我が爆裂魔法と汝の力が融合せし時、新たな伝説を切り開かん!」
前に手をかざして決めポーズを取るめぐみん。爆裂散歩の中で紅魔族のノリに慣れてきていたネヴァンは、めぐみんが合体技に相当な自信があると読み解く。
そこまで言われたら気になってしまうというもの。ネヴァンは悩んだ末、今日もめぐみんの日課に付き合うことにした。
そして場所は移り──街から少し離れた平原。
「『エクスプロージョン』!」
めぐみんの高らかな詠唱がこだまし、つんざく音を立てて爆裂魔法が放たれた。
その場にたまたま居合わせていたジャイアントトードはもれなく巻き込まれ、爆炎の中で消し炭と化す。
その光景を──めぐみんは上空から見下ろしていた。
「ハーハッハッハッ! 空から放たれし我が爆裂魔法! 敵は我に近づくことも叶わず業火に身を焼かれる
めぐみんは力の入らない身体をだらんとさせながらも、口だけは威勢を保っている。
そんな、高笑いする彼女を──ネヴァンは虚無の表情で担いでいた。
「予想通り、素晴らしい合体技でしたね! 空から見る爆裂魔法も趣があっていいですね! 世界が我が物になったかのような、魔王になった気分を味わえて最高です!」
めぐみんは満足げに頷いているが、単にネヴァンによって上空へ飛び、空から爆裂魔法を放つという、合体技と呼べるのか怪しいものであった。勿論、ネヴァンは雷ひとつ出していない。
空襲爆裂か、エアエイド・エクスプロージョンがいいかと、めぐみんが合体技の名前に悩んでいる中、ネヴァンは思った。
「(……契約先、考え直そうかしら)」
<chapter17:ダクネスとケルベロス>
とある日、カズマ達の屋敷にあるダクネスの部屋。そこで対峙する人間と犬──否、悪魔がいた。
世界を渡り、新たな主のもとへ辿り着いた三ツ首の獣、ケルベロス。本来ならこの部屋に入りきらないほどの大きさであったが、魔界から人間界へ渡る弊害で魔力が制限され、身体は室内犬並に小さくなっていた。
ケルベロスは顔を上げ、眼前に立つ新たな主のダクネスを見る。彼女はケルベロスに向けて手をかざし、命じるように言い放った。
「おすわり!」
ダクネスの声が部屋に響く。が、ケルベロスは見上げたまま動こうとせず。
「お手!」
続けてダクネスは命じるも、ケルベロスは態度を変えず。右の首はそっぽを向き、左の首はあくびをした。
「図に乗るなよ小娘。我は貴様の使い魔となっているが、貴様を認めたわけではない。我が従うのは、力ある者だけだ」
ケルベロスは怒りを含ませてダクネスに釘を刺す。言うことを聞かないケルベロスを前に、ダクネスは悲しそうに項垂れた。
「いざケルベロスのことを聞かれた時に、飼い犬と答えても問題ないようにしておきたかったのだが……」
「犬扱いするな。そして我は貴様の指図など受けるつもりはない。肉はいただくが」
悪魔だと公言すれば問題があるようだが、ケルベロスにとっては関係のないこと。飼い犬に成り下がるつもりはないと突っぱねる。
「仕方ない。では……」
するとダクネスは部屋の奥へ移動し、物音を立てて何かを探し始める。
そこまで時間はかからずダクネスが戻ってくると、彼女の手には赤い首輪が。
「フン、その程度の首輪で我を縛れると思うか?」
命令を聞かないなら無理やり聞かせるまで、ということであろう。しかしケルベロスも抵抗せず首輪をはめられるつもりはなく。
力で示すなら望むところだと、ケルベロスは臨戦態勢を取る。そんな彼の前でダクネスは、手に持っていた首輪を自分の首につけた。
もう一度言おう。彼女は、手に持っていた赤い首輪を自分につけたのだ。
「……小娘よ、何をしている?」
ケルベロスもこの展開は予想しておらず、困惑しながらもダクネスに尋ねる。彼女は至極真面目な表情で、ケルベロスに告げた。
「さきほど私が出したのを同じ命令を、今度はお前が私にしてみせろ」
ますます意味がわからなくなった。ケルベロスは首を傾げるが、ダクネスはじっとこちらの動きを待っている。
命令など聞く気はないと啖呵を切ったばかりであったが、今回は命令の意図が全く読み取れなかったため、ケルベロスは恐る恐るダクネスへ告げた。
「……おすわり」
「ワンッ!」
命じた瞬間、ダクネスは待ってましたとばかりに甘美の声を上げ、その場へ座り込んだ。
ダクネスは息を荒げ、期待の眼差しを向けて指示を待っている。ケルベロスは困惑したまま、次の指示を出した。
「お……お手」
「ワフゥンッ!」
またもダクネスは嬉しそうに声を出し、ケルベロスの手に自身の手を被せた。
目の前で起きている出来事に理解が追いつかず固まるケルベロス。その前で、ダクネスは涎を垂らし、実に恍惚とした顔で口を開いた。
「あ、あぁ……! 飼い犬から逆に命令されて従うこの感覚! 悪くない! 悪くないぞ! むしろ良い! 新感覚だ!」
──ケルベロスは、身の毛がよだつ恐怖を感じた。
単なる力の差ではない。むしろ力なら圧倒的に自分の方が上だ。では、この恐怖はいったい何なのか。
未知──彼の知らない世界、得体のしれない存在への恐怖。
思い返せば、初めて彼女が自分に触れた時もそうだった。触れられないよう冷気を放った筈が、彼女は逆に強く握っていた。あの時も、今と同じ表情を浮かべていた。
もしやこれが、人間本来の姿なのだろうか。もしくは人間でも悪魔でもない、別の『何か』なのか。
「このまま飼い犬に手綱を握られた私は、四つん這いになって街中を散歩させられ、それを街の住人に見られて──くぅうううんっ!」
ただひとつ言えるのは──自分はとんでもない
<chapter18:アクアとぐり帝>
夜、カズマ達の屋敷にあるアクアの部屋。グリフォン改めぐり帝は、机上で丸まって眠っていた。
悪魔だった時は睡眠など必要なかったが、今の彼はただのニワトリ。生物の本能には逆らえない。
自身の羽毛に顔を埋め、静かに朝を待つのみ──だったのだが。
「こんのっ! ふぬっ! よしチャンス──ってうわっ! 危ないじゃないのよ!」
部屋の主が、それを許さなかった。夕食と風呂を済ませ、寝巻きに着替えていたアクアはベッドの上に座り、小さな機械を両手で持ちながら騒いでいる。
これだけ騒がしい中で眠れというのも無理な話だ。おかげで感じていた眠気は覚め、寝るのを諦めたぐり帝は机上からアクアの隣へ飛び移った。
睡眠の邪魔をするなと耳元で叫んでやろうかとぐり帝は思ったが、アクアが必死になって操作している手元の機械が気になり、彼は尋ねた。
「誰にも相手にされなくて、ついにひとり芝居でも始めたのかと思えば……何やってンだ?」
「知らないの? 日本じゃ知らない人はいない、モンスターを狩るアクションゲームよ」
アクアは機械に映された画面から目を離さずに答える。
異世界にもゲームはあるのかと尋ねると、これは転生者が作ったもので、紅魔の里にあったのをカズマが発見し、こっそり持ち帰ったとアクアは話した。
長い話になりそうな予感を覚えたので、ぐり帝はゲーム機について追求せず。アクアの隣に立ち、ゲーム画面を覗き込む。
画面中央にはアクアの操作する狩人が剣を持ち、飛行型モンスターと戦っている。モンスターの身体は狩人と比べて数倍大きく、強靭な肉体を持っていて──。
「なんつーか……俺に似てんな」
「何言ってるの。貴方はドラゴンでしょ。今は悪しきリッチーと悪魔の呪いでニワトリにされちゃったけど」
「現実逃避もここまで来るとアッパレだぜ。正直、俺もそう思いてーけどよ……おぉっ!? コイツ雷が使えンのか! なんだか応援したくなってきたぜ!」
モンスターは上空から雷を放ち、狩人を追い詰める。雷の使い方もかつての自分とよく似ていて、ぐり帝は勝手に親近感を覚える。
「あっ、また空に逃げた! そっちばっかりズルいわよ! 地上に降りてきて正々堂々勝負しなさいな!」
「翼があンのに使わねぇバカがいるかよ! 悔しかったらロケランでも持ってきな!」
「遠距離武器は性に合わないの! マズイ、体力が少ないわ。今は回復──ってちょっと! 人が回復してる時に攻撃してこないで!」
「敵の前で呑気に回復してっからだ、マヌケ女! いいぞ鳥野郎! そのままソイツをぶっコロセ!」
必死にプレイするアクアの隣で、ぐり帝は興奮気味に羽をバタバタ動かしてモンスターに声援を送る。
やがて回復アイテムも無くなり、全力で逃げ回っていた狩人へ、雷の刃がモンスターによって振り下ろされ──狩人は力尽きた。
「あぁああああーっ!」
「ヨッシャーッ! 勝ったぜー! ざまぁ見やがれってンだ!」
悲鳴を上げるアクアとは対照的に、勝利の雄叫びを上げるぐり帝。対戦をしていたわけでもないのに、まるで自分が勝ったかのよう。
「久々に良い気分だ! なぁアクア、コイツの相手を他の奴等にもさせてやろうぜ!」
ご機嫌なぐり帝は、アクア以外の連中もこのモンスターにやっつけてもらおうと画策する。勝ったからといってぐり帝のステータスが上がるわけでもないのだが、本人は気分が良くなるだけでも満足であった。
まだ寝るには早い時間。お子ちゃまなめぐみんならまだしも、カズマなら起きているであろう。ぐり帝はそう考えていたが、アクアは彼へ忠告してきた。
「別にいいけど……カズマだけはやめておいた方がいいわよ」
「アァ? なんでだ?」
「カズマ、このゲーム超やり込んでたって話してたもの。どんなモンスターでもアッサリ倒しちゃうんじゃないかしら」
「そんな話を聞いてこのグリフォン様がビビると思ってンのか? あの野郎、俺様を唐揚げだの焼き鳥だのとバカにしやがってるからな! コイツでお灸を据えてやるぜ!」
しかしぐり帝は止まらず。アクアの背中を突っつき、部屋から出るよう促す。
心配するアクアだったが、ぐり帝は無視。意気揚々とカズマのもとへ向かった。
その後、部屋にいたカズマへ渡すと、彼は防具無しアイテム無しの縛りプレイで挑み、一切ダメージを受けることなくモンスターを討伐したため、ぐり帝の心は深く傷付いた。
<chapter19:ゆんゆんとネロア>
夜、アクセルの街にある宿屋にて。
冒険者達が夕食や入浴を済ませている中、お一人様用の部屋に佇む少女が。黒髪紅眼の紅魔族、ゆんゆんである。
彼女は右手を前にかざし、内に宿る魔力が腕を伝っていくのを感じながら、名を呼んだ。
「おいで、ネロア」
瞬間、彼女の手のひらから黒い泥が飛び出す。泥は重力に従って落下しながら形を作る。
やがて床に落ちた時、無形の黒い泥だったものは、両手で軽々と抱き上げられそうな、愛くるしい子猫になった。
「にゃう」
ネロアはゆんゆんを見上げ、小さく鳴く。バージルから授かった悪夢の力であり、初めての使い魔。
通常はもっと大きな体格だが、ゆんゆんは出力を調整することで子猫の姿でも召喚できるようになっていた。力を授かって日は浅い筈だが、流石は魔法の扱いに長けた紅魔族というべきか。
黒い髪からは僅かに色が抜け、白髪混じりに。初めて見た時はおばあちゃんみたいだと思った反面、ちょっと格好良いかもと思う自分もいた。
そんなことよりもと、ゆんゆんはしゃがんでネロアと顔を見合わせる。ネロアがお利口に座って待つ中、ゆんゆんはポーチから木の実を取り出した。
「こ、これ、キリの実っていうんだけど……ひと口食べてみる?」
ゆんゆんは右手に木の実を乗せて、ネロアに差し出す。
悪魔にも食事という概念があるのか不明だが、もし食べてくれるのならと、ゆんゆんは街の郊外地帯にある木から採ってきた。
ネロアは使い魔であるが、友達でもある。これからも仲良くしてくださいという思いを木の実に込めて。ゆんゆんはじっと待つ。
一方でネロアは、つぶらな赤い瞳で木の実をじっと見つめる。
刹那、ネロアの顔が泥のように崩れ、泥はゆんゆんの手もろとも木の実を包んだ。
「ヒュッ」
ゆんゆんの手がすっぽりと黒い泥に飲み込まれ、ゆんゆんは声にならない悲鳴を上げる。
右手に冷たい感触をしばらく感じた後、黒い泥はスポンとゆんゆんの手から抜ける。手のひらにあった筈の木の実は手品のように消えていた。
木の実を食べているのであろうか。ネロアの顔は崩れたまま、黒い泥が蠢いている。と、ネロアの尻尾がゆらゆらと横に揺れ出した
「あ、う、うん。気に入ってくれた……のかな?」
文字通り顔は見えないためわかりにくいが、喜んでくれたのだと捉えるゆんゆん。
お近づきの印にあげた物を気に入ってくれた。プレゼントは大成功であったが──。
「(お……思ってたのと違う!)」
想像していた猫ちゃんへの餌やりとはかけ離れた光景。餌をあげる時は毎回こうなるのだろうかと、ゆんゆんは頭を抱えた。
そんな彼女の前で、ネロアは満足そうに尻尾を揺らしながら、顔だった部分の泥をモッキュモッキュと動かしていた。
<chapter20:ミツルギとベルディア>
「そうらっ!」
「くっ!」
とある古城の最上階、玉座の間で二人の剣士がぶつかる。
現実とは違う夢の世界で、ミツルギはベルディアと剣を交えていた。
今まではベルディアの召喚した骸骨剣士を相手にしていたが、『ソウルリンクLv3』を使えるようになってから、ベルディア自ら相手をしてくれるように。
これまでの相手とは比にならない、ベルディアの力強い剣。ミツルギは精一杯いなしながら、剣を振り続ける。
「こいつでどうだ!」
「ぐあっ!」
やがてベルディアの一振りを正面から受け止め、力負けしたミツルギは後方に吹き飛ばされた。倒れたミツルギはすぐさま立ち上がり、剣を構え直す。
「……ふむ、そろそろ終わるか」
が、ベルディアの方から稽古の終了を告げられた。ミツルギは惜しみながらも剣を下ろす。
「やっぱり強いな、ベルディアは。僕の剣が全然通じないよ」
「俺は元魔王軍幹部、勇者殺しの異名を持つベルディアだぞ? 貴様とは年季が違うんだ」
ベルディアは自慢気に言葉を返す。再スタートしたあの頃と比べ、ミツルギは遥かに強くなったが、それでも素の戦闘力ではベルディアに及ばない。
まだまだ剣技を磨かなければ。ミツルギがそう考えている中、ベルディアは「しかし」と言葉を続けた。
「貴様の剣も中々の仕上がりになってきたのは事実。そろそろ次の段階にいってもよさそうだ」
「次の段階?」
「俺達の『ソウルリンク』は、互いの魂を限りなくひとつに近い形で重ね合わせる技だ。魂同士の質が近ければ近いほど、その効果は大幅にアップする。そうだな?」
「うん、だからベルディアに近づけるよう剣技を磨いているんじゃないか」
「剣技だけが魂の違いではないだろう。互いの思考、意識も魂の質に関わると俺は考えている。そこで──」
ベルディアは後ろにあった玉座へ近付くと、剣を玉座へ立てかけて本人はその裏へ。間を置いて出てきたベルディアの手には、短い足が取り付けられた丸机。
彼はそれをミツルギの前に置き、あぐらをかいてその場に座った。
「いっちょサシで語り合おうじゃないか」
「……どうしてちゃぶ台がここに?」
「古城の地下に隠されていた魔道具だ。机として使用も可能だが、怒りが溜まった時にひっくり返すことで、ストレス解消の効果がある。俺も幹部時代は愛用していた」
といっても俺の夢で作り出した偽物だがなと、ベルディアはちゃぶ台を擦りながら語る。
この世界の一般家庭にもありそうで、魔道具と呼べるか怪しいものだが、きっと実際にちゃぶ台を返したら怒りが収まったので、魔道具だと思い込んでいるのであろう。ミツルギは何も言わず、ベルディアの対面に座った。
「でも、今更何を語り合うんだい?」
「俺の人生を賭ける値する、あるモノについてだ。それに対してお前も熱い思いを抱いてくれれば、より思考は近付き、パワーアップに繋がるだろう」
ベルディアは頭を机上に置き、熱のある声で話す。甲冑から見える眼差しも真剣そのもの。
これに息を呑んだミツルギは、静かに耳を傾ける。対してベルディアは拳で机を強く叩き、ミツルギへ告げた。
「ウィズのパンツだ!」
「帰る」
聞くだけ無駄な話であった。ミツルギは即座に立ち上がり、ベルディアに背を向ける。
「おい待て! なんだその冷めた態度は! 幹部時代、何度もアイツの足元に頭を転がして覗こうとしたが叶わなかった、ウィズのパンツだぞ!? 俺の夢と言ってもいい!」
「僕はベルディアのような変態になりたくないし興味もない。稽古がないなら早く帰らせてもらうよ」
ベルディアの必死な呼びかけをミツルギは聞き流し、玉座の間から出ようとする。
夢での特訓を終わらせる時は、いつも扉から出ていた。ミツルギは同じ用に扉へ手をかけたが──扉はビクリとも動かなかった。
「あ、開かない! どうして──」
「馬鹿め! ここは俺の作り出した世界だ! 夢を終わらせる決定権は俺にある! 俺のパンツ講義を聞くまでは絶対に帰さんぞ!」
「この……! だったらベルディア! お前を倒してここから出させてもらうよ!」
「ほう! さっきの手合わせでも俺に敵わなかった小僧が大きく出たな! いいだろう! ただし負けたらみっちり三時間、ウィズのパンツについて語らせてもらうからな!」
ミツルギとベルディアは再び剣を手に取り、全力でぶつかり合った。
その翌日──ミツルギはかなり疲れた顔で起き、夢の内容はいっさい覚えていなかったという。
<chapter21:クリスとタナリス>
「確かこの辺りにある筈……」
アクセルの街、ある日の昼下がり。商業区域を歩いていた銀髪盗賊ことクリスは、独り言を呟きながら目的の建物を探していた。
武器屋、アイテム屋、酒場などで溢れる中、クリスはひとつの建物の前で足を止める。他より明るめの装飾と色合いの外装で、男冒険者が入るには少し勇気がいる場所。
勿論、女性であるクリスは何の躊躇いもなく中に入る。内装も明るくオシャレで、中にいた他の客は全員女性。男冒険者が酒を片手に肩を組む酒場とは対極の雰囲気。
そんな彼女等の前にあるのは、フルーツパフェ、タルト、ケーキ──女冒険者にとって数少ない憩いの場。スイーツも食べられる喫茶店であった。
「いらっしゃいませー。お一人様ですか?」
入口で待っていると店員から声を掛けられた。クリスが頷くと店員は「かしこまりましたー」と、空いている席へ案内した。
窓際の四人席。クリスは椅子に腰掛け、メニュー表を眺める。ランチに最適な料理もあるが、スイーツの方が種類は多め。女性人気が高い理由も頷ける。
やがて注文を決めたクリスは、手を上げて店員を呼ぶ。少し間を置いて、先程とは別の店員が駆けつけてきた。
ウエイトレスの制服に身を包んだ、黒い髪にアホ毛が一本立った、とても見覚えのある女性。
「いらっしゃいクリス。ご注文はお決まりかな?」
「……もう先輩がどこでバイトしてても驚かなくなりましたよ」
「バイト戦士の異名を持つ者としては光栄な言葉だよ」
クリス、もといエリスの先輩、タナリスであった。ある時は酒場の店員、ある時は八百屋の声掛け少女、ある時は魔道具店のバイト。彼女が経験したバイトは数知れず。
タナリスはガラスコップに入った水とおしぼりをクリスへ差し出す。
「君がスイーツを食べにくるなんて珍しいね」
「アタシだってれっきとした女の子なんですよ。スイーツぐらい嗜んでもいいじゃないですか」
「別にダメとは言ってないよ。お客様なら大歓迎さ」
タナリスはいつもと変わらない、飄々とした態度で話す。彼女とは長い付き合いだが、焦る姿など見たことがない。
自分と話す時も、こちらがおちょくられてばかり。クリスは言葉を返そうとせず、水に口をつける。
「ただ僕はてっきり、気になる男性と同じ話題を持ちたいが為に街のスイーツを調べているのかと思って」
「ぶっ!」
タナリスの言葉を聞いて、クリスは飲もうとしていた水を思わず吹き出した。周辺の客も音に驚き、こちらの様子を伺っている。
「おや、急に吹き出してどうしたんだい?」
「な、なんでもありません」
クリスは咳込みながらも、手元にあったおしぼりで汚した机を拭く。
きっとタナリスはニヤニヤと笑ってこちらを見ているであろう。クリスは決して彼女の顔を見ようとせず、拭き終えたところでメニュー表に視線を移す。
早く注文を取って奥に行ってもらおう。そう考えていた時、タナリスが再び口を開いた。
「先輩からのアドバイス。思いを伝えるなら早いほうがいいよ。他の人に取られる前にさ」
「何の話かわかりません。それよりも、このストロベリーサンデーをひとつ」
「はいはい、それじゃあ外でも眺めながら待っててね。水のおかわりはカウンターにあるからご自由にー」
先輩の助言を突っぱね、クリスはメニュー表を指差して注文を取る。タナリスは手元のメモに記入すると、そそくさと厨房へ移動していった。
彼女の姿が見えなくなったのを確認し、クリスは頬付をついて窓から外の景色を眺める。
「それができたら苦労しませんよ……」
決してタナリスには聞こえないよう小さな声で、クリスはため息混じりに呟いた。
<chapter22:バージルと>
目を開けると、バージルは見覚えのある草原に立っていた。
先程まで自分は家で眠っていた筈。とすればここは夢の世界。そう考えるのが妥当であろう。
おまけに、ここへ来たのは初めてではない。夢の世界での記憶が徐々に蘇り、バージルは後ろを振り返る。
後方に立っていたのは、黒髪色白で細身な男と、頬杖をついて巨大な椅子に座る大男。彼等を見て、バージルはため息を吐いた。
「何度俺を呼び出せば気が済む。話し相手が欲しいなら、貴様の背後にいる木偶の坊と談笑していろ」
「無口な奴と喋っていてもつまらんだろう。ここに図書館でもあれば退屈しないんだが」
「俺の記憶が正しければ、近辺に公園があった筈だ。数は少ないが遊具もある。退屈しのぎには丁度いいだろう」
「そういえば、そんな場所もあったな。散歩がてら今度行ってみるとしよう」
黒髪の男と言葉を交えるバージル。ここへ来た時は、決まって悪夢を見せられていた。まだ見残しがあったのだろうか。
「あの小娘を高く買っているようだな」
と思っていたが、黒髪の男が口に出したのは全く別の話であった。
彼が言う小娘が誰を指すのか。既に理解していたバージルは鼻を鳴らして言葉を返す。
「奴は力を求めた。だから与えた。それだけだ」
「だとしても、以前のお前なら力を与えることは絶対にしなかった。世界を渡り、随分と角が取れたようだ」
「腑抜けた、とでも言いたいのか?」
「いいや、おかげで俺はここにいるのだから。お前は、心のままに進めばいい」
強く睨みつけるも、黒髪の男は動揺する気配も見せず、逆に助言を与えてきた。
わざわざ言われるまでもない。バージルは心の中で呟く。
「話は終わりか? ではとっととここから出せ」
「せっかちな奴だ。談笑の少しくらいいいだろう」
「立ち話を延々と続ける気はない」
バージルは黒髪の男に背を向ける。呼び止めようとする男の声を無視し、立ち去ろうとする。
──と思いきや、彼は足を止めて再び黒髪の男へ振り返った。
「遊び相手になれというなら、少し付き合っても構わんが」
既に握られていた刀を抜き、バージルは刃を黒髪の男へ向けた。
黒髪の男は、目の前にある刃をじっと見つめ──刀身の背を手で押さえて刃を降ろさせた。
「興味はあるが、また今度にしよう。遊び相手が欲しくなったら、またこちらから呼ばせてもらう」
「……チッ」
黒髪の男と、背後の巨人。どれほどの力を持つのか試してみたかったが、向こうにその気は無かったようだ。
バージルは大人しく刀を鞘に戻す。一方で黒髪の男は何も無い空間へ手をかざす。すると、黒い裂け目が空間に開かれた。
出口を開いてくれたのだろうと察し、バージルは礼も言わず裂け目を通る。振り返らず歩いていくと、裂け目が閉じ始めたのであろう。背中から差していた光が徐々に消えていく。
やがて裂け目は閉ざされ、真っ黒な世界へ。バージルは目を閉じ、意識を眠りの中へ。
彼が夢の世界を去る直前──黒髪の男の声が微かに聞こえた。
「『天使の導きにより、猛き獣の怒りは消えた。我等は共に、不滅の日々を歩むだろう』」
ネロア、もといシャドウたんは子猫形態にも変化可能です。
先に投稿されていたDMC×このすば二次小説と被ってしまい、申し訳なく思います。
どうしても子猫ちゃんにしたかったんです。