この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第9話「この大罪人と共に救出劇を!」

 今回の目的だった、フーガダンジョンの最奥に眠るお宝を回収したクリスとバージル。

 ダンジョン崩壊に巻き込まれそうになるも、無事ダンジョンから脱出することができた。

 ふと見上げれば、太陽は既に身を隠し、星が点々と輝く夜空に色を変えていた。

 少しばかり眠気も覚えていたクリスは、バージルに野宿を提案する。断られるだろうかと思いながらの提案だったが、バージルは特に文句も言わず承諾してくれた。

 

 そして今、2人は休息のできる場所を探していた。

 クリスは『敵感知』『暗視』『千里眼』を使い、モンスターとの戦闘を避けながら山の中を歩く。

 無駄な戦闘を避けつつ、歩き続けて1時間後――2人が歩く下り坂の先に、ほんのり明るい光と空に昇る煙を見つけた。

 

「誰かが焚き火を焚いてる……人? 冒険者かな?」

 

 視線の先、パチパチと音が立つ場を見ながら、クリスは目を細めて呟く。

 彼女の後をついていたバージルも、同じくそこへ目を向ける。

 バージルは半分が悪魔なため、五感も人より優れている。こういった夜道でも、遠くにいる相手の顔を視認することができていた。

 

「(奴等は……)」

 

 そして、焚き火がされている場所に見知った人物がいることに、バージルは気が付いた。

 

「あっ! あの人達は――!」

 

 暗視と千里眼を併用して見ていたクリスも気付いたのか、焚き火の場所へ駆け出す。バージルもその後ろを黙ってついていった。

 

 上り坂の先にいる人物達。駆け寄るクリス達によって草木が揺れ、接近を察知した彼等は警戒態勢を見せる。

 しかしクリスが茂みから出た途端、相手は驚いて声を上げた。

 

「クリスじゃねぇか! なんでここに……ってバージルもか!」

 

 焚き火をしていた4人は、ダンジョンに来る途中で遭遇したダスト達であった。

 彼等が構えていた武器を降ろしたのを見て、クリスは四人のもとへ駆け寄る。少し遅れてきたバージルも静かに歩み寄った。

 

「まだ山の中にいたの?」

「あぁ、巣の調査が終わったついでに、ここら辺をもうちょっと探索しようと思ってよ。気付いたらこんな時間になっちまった」

「だから私は早く帰ろうって行ったのに……」

「ま、まぁいいじゃねぇか。高く売れそうなお宝や素材も手に入ったんだしさ」

 

 やれやれとため息を吐くダストを見て、後ろにいたリーンが不満そうに呟く。ダストがリーンに睨まれてたじろぐ傍ら、キースがクリスに尋ねてきた。

 

「んで、アンタ達はなんでここに?」

「アタシ達は、さっきダンジョン探索を終わらせてきたところ。一旦野宿して帰ろうかと思って、場所を探してたんだ」

「なら俺達と一緒に野宿をするのはどうだ? 見張り番もあるし、人数は多い方がいい」

 

 キースの質問に答えると、テイラーが共に野宿することを提案してきた。クリスとしては願ってもない提案だ。

 

「さっすがテイラー。話が早いね。バージルもそれでいい?」

「あぁ」

 

 一応バージルに確認を取ると、彼は静かに答える。テイラー側も、バージルがいるならば安心だと思っていたのだろう。彼の返答を聞いて満足そうに笑った。

 

 

*********************************

 

 

「はへぇー! じゃあさっきの揺れはダンジョン崩壊が原因だったのか!」

「よく無事に脱出できたな」

「いや、わりとギリギリだったよー。私もバージルも何とか出れたって感じ」

「そっちも大変だったんだなー。で、手に入れたお宝はどんなだ?」

「クリスちゃんのポーチから魔力を感じるんだけど、もしかして?」

「リーンちゃん正解! 流石魔法使いやってるだけのことはあるね。ま、どんなのかは教えてあげないけどね」

「なんだよー。ちょっとくらい教えてくれたっていいじゃんかよー」

「ざんねーん。禁則事項でーす」

 

 火を囲み、クリスは四人と楽しく冒険者話を語る。その中で、少し離れて木にもたれかかって座るバージルを横目で見た。

 が、彼は自分の右手に目を落として黙り込んだまま。ダンジョンを出てからずっとこの調子だ。

 

 いや――ダンジョンでクリスを助けた時からか。

 

「……さってと」

「んっ? どこに行くんだリーン?」

 

 聞き役になっていたリーンがふと立ち上がる。キースが尋ねると、彼女は服についた土を軽く払いながら答えた。

 

「確か、この近くに小川があったでしょ? そこで身体洗ってこようと思って」

「「――ッ!」」

 

 リーンの返答を耳にした途端、ダストとキースの目つきが鋭くなった。

 しばらく固まっていたが、二人は武器を片手に立ち上がると、いつになくマジな顔でリーンに詰め寄った。

 

「一人じゃ危険だ。ここは責任を持って、俺が付き添ってやるよ」

「待て。二人だけじゃ心許ない。ここにはバージルがいるし、テイラーとクリスのことは任せて、俺もダストと一緒に護衛してやるよ」

「当然のようについてこようとすんな変態」

「お前等な……」

 

 リーンは心底軽蔑する目を二人に向ける。テイラーも呆れるように呟いた。クリスはただただ苦笑いを浮かべ、バージルは興味がないのか、依然自分の右手に視線を落としたまま。

 

「クリスちゃん、悪いけど付き添い頼んでもいいかな?」

「いいよ。単独行動は危険だからね」

「馬鹿! 女の子二人とか尚更危険だ! ここは俺達も行かねばなるまい!」

「あぁ! 俺の千里眼なら遠くにいる敵も狙撃できるし、遠方からサービスシーンを覗くこともウオッホンッ! とにかく護衛なら任せな! テイラーとバージルはここの守護を頼むぜ! んじゃあ行ってくる!」

「クリスちゃん、二人が後ろからついてきてたら遠慮なく教えて。『ライトニング』ぶちかますから」

「アハハ……ま、まぁここは私に任せて、皆は大人しく待っててね」

「テイラー、ダストとキースの監視は任せたよ」

「うむ、了解した」

 

 食い下がる男達だったが、リーンからバッサリと断られる。前科でもあったのだろう。彼女は二人を信頼するつもりはサラサラないらしい。リーンはクリスを連れて、その場から離れていった。

 

 

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「で、アイツ等には絶対に来るなって言ってるのに、毎回あの手この手で覗こうとするのよ! ホント最低!」

「そこは、パーティーに入ってる女冒険者の辛いところだねぇ」

「ハァ……クリスちゃんはいいなぁ。バージルさんみたいな人とパーティー組めてさー」

「いやー、これでも結構苦労すること多いよ? 勝手に行動するし融通きかないし、時にはこっちの心臓が持たないようなことやっちゃうし」

「……クリスちゃんも大変なんだね」

 

 森の中、クリスとリーンは女冒険者ならではの苦労話を交えながら川辺へ進む。

 冒険者はパーティーを組むのが定石だが、そこに女性が一人でもいた場合、衣食住を共にする男冒険者は、どうしても悶々としてしまう。悲しきかな男のサガ。

 もし、下着を何も着ていないように見える際どい美少女と、見る者全てを萌えに引きずり込む魔性の美少女と、出るとこ出ているスタイル抜群の美少女のパーティーに、男一人投入されて衣食住を共にした場合、男の悶々も並々ならぬものになるだろう。

 

「(今のところ罠は無し、かな)」

 

 当然、雑談しながらもクリスは警戒を緩めない。常に『罠感知』と『敵感知』を使い、周囲の様子を伺いながら進む。

 

「あっ! 小川が見えてきたよ!」

 

 リーンの嬉しそうな声がクリスの耳に入る。あと少しで目的地に到達する――そんな時、クリスは不意に足を止めた。

 

「クリスちゃん? どうしたの?」

 

 突然止まったクリスに気付き、隣で歩いていたリーンもクリスから少し離れたところで足を止める。不思議そうに見つめながら尋ねてくるリーンに、クリスは小さな声で答えた。

 

「敵が一体、こっちに近付いてくる」

「えっ!?」

 

 クリスの警告を聞いたリーンは、驚きながらも杖を構える。クリスもナイフを抜いて『敵感知』に引っかかった相手がいる方へ身体を向ける。

 更に『暗視』を使い様子を伺う。ゆっくりとだが、敵は間違いなくこちらに近付いていた。

 20メートル、15メートル、10メートル。忍び足で敵は近付き――。

 

 

 突如、リーン目掛けて走り出した。

 

「リーンちゃん! 逃げ――!」

「きゃあっ!?」

 

 慌ててクリスはリーンに駆け寄ろうとするが、敵の方が早かった。横の茂みから飛び出してきた敵は、リーンを片手で捕まえると脇に抱え、クリスと向かい合う。

 

「くっ……!」

 

 自分がいながら何という醜態。リーンを助けられなかった自分を恨みながら、現れた敵を睨む。

 

 同時に『敵感知』で周りを確認。目の前にいる一匹以外反応しないのを見るに、襲ってきたのは目の前にいる敵だけのようだ。

 しかし、すぐにでも仲間を呼ばれるかもしれない。ここは早々にリーンを助け出し、二人でバージル達がいる場所へ戻るのがベスト。

 助け出した後の行動は決めた。あとは、如何にしてリーンを助けるか。

 

 ロープを使い『バインド』で動きを止めるか。木々に隠れ、『潜伏』を使い陰から襲いかかるか。一か八か『スティール』でリーンを奪い取るか。

 様々な作戦を頭の中で立てるクリスの前、リーンを抱えた敵は、おもむろに口を開けた。

 

 

「安心して。貴方達を傷付けるつもりはないわ」

 

 

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「悪いテイラー、ちょっと小便」

「俺も」

「行かせん」

 

 その頃一方。諦めの悪いダストとキースが覗きを働こうとするも、テイラーに首根っこを掴まれて阻止された。女性陣が小川へ向かってから、かれこれ十回以上は同じやり取りを繰り返している。

 

「なぁテイラー、よく考えてみろよ。あの二人が何も身につけていない姿で水浴びをしてんだぞ? 胸は乏しいが、それでも見たいと思わないか?」

「同じ男なら、俺達の熱い思いもわかる筈だ! 頼む! 行かせてくれ!」

「開き直って覗きを正当化しようとするんじゃない」

 

 覗きを巡って男三人はやんややんやと騒ぐ。そんな彼等とは対照的に、バージルは未だ沈黙したままであった。彼は腕を組んで目を瞑ったまま、二人が戻って来るのを待つ。

 

「──ムッ」

 

 とその時、人の接近を察知したバージルは目を開き、茂みへと顔を向ける。少し間を置いて、バージルが見た方向から茂みをかき分ける音が立つ。

 騒いでいた三人も気付いたのだろう。彼等は咄嗟に武器を取って警戒態勢を取る。

 接近する何者かに警戒心を高めていると──茂みの中から、四人の見知った人物が現れた。

 

「ダスト! キース! テイラー! バージルさん!」

「リ、リーン!?」

 

 茂みから出てきたのは、息を荒げて戻ってきたリーンだった。彼女はダスト達の前に出ると、膝に手をついて息を整え始める。彼女と一緒に小川へ行ったクリスの姿はない。

 仲間の三人はすぐさまリーンに駆け寄る。息を整えられたのかリーンは顔を上げると、酷く慌てた様子で伝えた。

 

「クリスちゃんが……オークに拐われたの!」

「んなっ!?」

 

 オーク──それは、豚の頭を持つ二足歩行型のモンスター。

 ファンタジー物では性欲溢れる者として描かれることの多いモンスターだが、この世界も例に漏れず、欲望に忠実な生き方を貫いていた。

 そんな凶悪モンスターに、見た目は年端もいかない女性のクリスが拐われたのだ。誰彼構わず女と身体を交わすイメージの強いオークに。

 もしここに、異世界物に精通したオタクがいたら、その者は容易く想像しただろう。バッドエンドとも言える最悪のビジョン──数多のオークに囲まれ、あられもない姿を晒して女性のプライドを傷つけられるクリスを。

 

 バージルも、放っておけばそうなるだろうと予想していた。元の世界で「オークは繁殖力が強く、人間の女が犠牲者として描かれることが多い」と知っていたからだ。

 しかし、その未来を悲観はしない。ただの協力者が犠牲になるだけで、彼の感情が揺さぶられることはないのだから。

 

「それで、彼女を取り返したければ、南方に山を降りた先にある集落に来いって……!」

 

 泣きそうな表情のまま告げられた彼女の言葉を聞き、ダスト達の顔が酷く歪む。三人の表情の変化にバージルは些か違和感を覚えたが、特に気にせず耳を傾ける。

 

「よりによってオークとは……とんでもないモンスターに拐われてしまったな」

「どどどどうしよう!?」

「んなもん、助けるに決まってんだろうが。一筋縄じゃいかねぇのはわかってるが、助けられた恩もあるしな」

「俺達だけじゃ正直厳しいが……」

 

 キースはそう口にしながら、未だ口を開かないバージルを見た。

 オークは、中級冒険者でも苦戦するモンスター。それが何体も住んでいる集落に突っ込むとなれば、危険度は高難度クエストに匹敵する。

 だが、バージルが協力してくれるのならば──コボルトの集団をものともせず戦った彼がいれば。そんな期待を抱きながら、四人はバージルを見つめる。

 バージルはしばし彼等と視線を交える。と、やがて諦めたようにため息を吐いた。

 

「世話の焼ける女だ」

 

 

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 バージル達が野宿をしていた場所から、南方へ山を降った先。

 そこには木材と藁、石で作られた家が立ち並び、松明につけた火で夜を照らしている集落──オークの住処があった。

 よほど自信があるのか無防備なのか、どうぞお通りくださいとばかりに門は開かれており、門番も見張り番もいる様子はない。

 開けっ放しな集落を、門の正面にある茂みから覗きながら、ダスト達は作戦の最終確認を行った。

 

「まず、バージルが正面から突っ込んで囮になる。で、警備が薄くなったところを俺達四人が潜入。で、捕まってるクリスを探し出す。以上」

 

 一人を囮役にするなど普通は考えられない行為だが、担うのはバージル。彼の強さを知っているからこその配役だ。

 それを聞いたバージルも、その方が性に合うと不敵な笑みを浮かべて賛同した。何故かバージルの返答を聞いて、ダスト達は心底驚いた様子を見せていたが。

 

「んじゃあ、キツイ戦いになると思うが頼むぜ」

「フンッ」

 

 託すように告げるダストに、心の中で望むところだと呟きながら、バージルは動き出す。

 茂みから出た彼は左手に刀を握り締めて歩き、堂々と集落の正門から入っていった。

 

 本当に見張り番もいないようで、バージルは難なく正門を潜り、集落内を歩き続ける。

 左右に家が並ぶ一本道を通り抜け、集落の広場らしき場所に出たところで、バージルは足を止めた。

 

 眼前に広がるのは、待ってましたと言わんばかりに武器を構えて立ち並ぶオーク達。

 イメージ通り豚の顔をした者ばかりだったが、頭には犬耳だったり猫耳だったりうさ耳だったりと自己主張の激しい物を皆が身につけている。多種多様過ぎるオーク達を見て、バージルは少しばかり面食らう。

 そんな中、一匹のオークが前に出ると、心底嬉しそうな声でバージルに話しかけてきた。

 

「ウフフ……まさか貴方が一人で来てくれるなんて、願ってもないことだわ」

「何っ?」

 

 思わず顔を歪めてしまうような、酷く耳につく甲高い声。バージルは嫌悪感を覚えながらも聞き返す。

 

「貴方のことは、山に偵察に行っていた仲間から聞いているわ。コボルトの集団を相手に一人で無双した男がいたって。青いコートに銀髪……貴方のことよね?」

 

 確認してくるオークに、バージルは頷きもせず無言のまま睨み返す。その反応を肯定と見たオークは、舌なめずりをして話を進めた。

 

「何人か勇ましい男はいたけど、貴方は別格ね。私達がマークしてたコボルトのリーダーもやっつけちゃったそうじゃない」

「で、興味が沸いた私達は貴方を誘い出すために、貴方の仲間を捕えたんだニャン。仲間を捕えれば、必ず助けに来るだろうと踏んで。まさか、大本命が一人で来てくれるとは思ってニャかったけど」

 

 リーダーらしきオークに続き、猫耳のオークがそう語る。

 捕えたクリスはあくまで餌。となればバージルは、オーク達が吊るした餌にまんまと騙されて食いついた獲物だ。しかし彼は焦る様子を見せないどころか、余裕有りげに笑った。

 

「まんまと誘き出されたわけか。で、これからどうするつもりだ?」

 

 やるならば受けて立つ。そう伝えるかのように、バージルは刀を握る。

 口調と声からして、このオーク達は恐らく雌だろう。そんな彼女等は、バージルの力に興味を持ち、闘争本能を刺激された身だと、バージルは推測していた。

 力を振りかざすだけの、低脳なモンスターの考えそうなことだ。バージルは心の中で彼女等を見下す。

 

 

 ──が、その予想は少し外れていた。

 彼女達が刺激されたのは『闘争本能』ではない。

 

「そりゃあ勿論、貴方なら私達の『プレイ』に耐えてくれるでしょうし、存分に楽しませてもらうわ」

「ウフフ……想像したら濡れてきちゃった」

「──ッ!?」

 

 バージルは戦慄した。無意識の内に、片足を後ろへ下げてしまう程に。

 立ち塞がる彼女達の目が、強者を求める、力に溺れた者の目ではないことに気付いて。

 あのダクネス(HENTAI)と同じように、自分を性的な目で見ていることに。

 

「「「さぁ、私をイカせて!」」」

How repulsive(悪趣味な)……!」

 

 

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 オーク──ファンタジー物では、ある意味欠かせない存在となっているモンスター。

 名前を聞けば、ファンタジー物の作品を知るほとんどの者が想像するだろう。美しい女騎士、女戦士を捕え、欲望のままに身体を交える姿を。

 

 しかし、この世界のオークは違う。雄ではなく雌が、欲望に忠実なのだ。

 欲望を満たそうと幾多の雄と身体を交えるも、雄の方が耐え切れず干からびる。気付けばオークの雄は絶滅危惧種と化していた。

 生まれることは生まれるのだが、赤子から成長し、世間一般で言うショタの時期になると、雌が耐え切れずハーレムおねショタプレイを開始。そんな地獄に子供が耐え切れる筈もなく。

 

 もはや、同じ種族に自分達を満たしてくれる雄はいない。そう思った彼女等は――他種族にまで手を出した。

 犬だろうと猫だろうと、リザードランナーだろうとコボルトだろうと何だろうと。彼女達は欲望のままに突き進み、子孫を残してきた。オークなのに獣耳が生えているのはそのせいである。

 聞いただけなら、なんと羨まけしからんと思うだろうが、彼女達はオーク。つまりどうあがいても豚顔。

 声はブヒれるほどかわいらしいので、目を閉じれば脳が溶ける甘いボイス天国だが、目を開ければ一転、豚顔が息を荒げてムスコを狙ってくる地獄と化す。

 余程の物好き絶倫ケモナーでもない限り、彼女達の愛を受け止めるのは不可能だろう。

 

「アナタ素敵! 私と良い事しましょっ!」

「うぉおおおおおおおおっ! 狙撃狙撃狙撃狙撃ィイイイイイイイイッ!」

「そのハチマキも厳つい顔に似合ってチャーミング! 嫌いじゃないわ!」

「ぬぉおおおおおおおおっ! お断りだぁああああああああああああっ!」

「貴方は……女か。ま、仕方ないから相手したげる」

「そこまで残念そうにされると超腹立つんだけど!?」

 

 彼等もまた、オークの愛を受け止められない者達であった。

 迫り来るオーク達をキースは一心不乱にアーチャースキル『狙撃』で撃退し、テイラーも珍しく大声を上げて剣を振りかざす。女のリーンはハズレ枠として扱われ怒り気味。

 

「あぁ……イイッ! イイわ! 貴方の剣が、私の中にズブズブ入ってぇ、頭おかしくなっちゃうぅううううううううっ!」

「気持ち悪ぃ声上げてねぇで、さっさとくたばれやぁああああああああああっ!」

 

 ダストも強い拒絶感を顔に出しながら、一匹のオークのドテッ腹に剣を突き刺した。

 バージルが暴れ、守りが薄くなったところで四人は潜入したが、薄くなっただけでゼロではない。待機を命じられていたであろうオーク達と遭遇し、戦いながら進んでいた。

 

「(すまねぇバージル! もう少しだけ耐えてくれ!)」

 

 集落内を突き進みながら、ダストは心の中でバージルに詫びる

 バージルの力を最大限に発揮させ、クリスを早急に助け出せると踏んでの作戦であったが、あのオーク相手に囮として出すのは、同じ男として気が引ける。嫌と言われたら、すぐさま別の作戦を考えるつもりだった。

 しかし彼は嫌がることなく囮役を担ってくれた。楽しそうに、不敵な笑みを浮かべて。自分達を気遣っての演技か、戦えるなら誰でもいい変態なのか。

 

 とにもかくにも、今はクリスを見つけなければ。ダスト達はいくつかの家を通り過ぎ、集落の奥地へ。

 

「あっ! いた!」

「何っ!?」

 

 すると、リーンが右方向を指差して歓喜の声を上げる。ダスト達は足を止めてリーンが指した方向を見る。鋼鉄の檻が地面にドンと置かれており、中には銀髪の女性──クリスが座り込んでいた。

 テイラーとリーンが真っ先にクリスのもとに駆け寄る。彼女も四人に気付いたのか、こちらに目を向けた。

 

「クリス! 無事か!」

「ごめんねっ……! 私がもっとしっかりしてたら……!」

「ううん、アタシの方こそごめん。敵を確認した時点で逃げるべきだった。それと、助けに来てくれてありがとう。ダストとキースもありがとう。オーク相手に大変だったでしょ?」

 

 クリスは後方にいた二人にも礼を告げる。対するダストとキースは、檻の中にいた彼女と目を合わせると──。

 

「なんで裸じゃねぇんだよぉおおおおおおおおおおっ!」

「そこは剥がれた姿を見られて嬉し恥ずかしになる場面だろぉおおおおおおおおおおっ!」

「最っ低! アンタ達ホント最低! いっぺんオークに囲まれて死ね!」

「お前達な……」

「ア、アハハ……」

 

 

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 その後、クリスからダストが道中で倒したオークが鍵を持っていたと聞き、また起き上がってくるのではと恐怖しながらも、死体のオークから鍵を回収。

 無事にクリスを救出し、喜びを分かち合う四人。そんな彼等の前で、クリスはキョロキョロと辺りを見渡しながら尋ねる。

 

「あの……バージルは?」

「彼は今、囮役として動いてもらっている。あのオーク達を相手に、一人で戦っていることだろう」

 

 クリスの質問に、テイラーは北の方角を見て答える。それを聞いていたダストが思い出したかのように声を上げた。

 

「そうだった! こうしちゃいられねぇ! 早くバージルを探すぞ! 一刻も早くオークハーレムから開放させてやるんだ!」

 

 男として、これ以上彼を苦しませるわけにはいかない。ダストはすかさず武器を持って四人を急かす。その思いを同じ男であるキースとテイラーも察したのか、コクリと頷いてダストの後を追う。

 

「クリスちゃん、私達も行こう」

「……うん」

 

 リーンはクリスの手を引くように、彼女へ声を掛ける。対するクリスは、どこか歯切れの悪い返事をしながらも、ダスト達を追いかけた。

 

 

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「凄くイイッ! 貴方凄く逞しいわ! 何が何でも手に入れたいィイイイイッ!」

「フッ!」

「お願い! 先っちょだけ! 先っちょだけでいいから合体させましょ!」

「ハァッ!」

「すごーい! ねぇ! 私と毎晩良い事し合うフレンズになりましょ!」

Fall(堕ちろ)! scum(クズが)!」

 

 オークが住む集落の広場にて。バージルは刀を振るい、女の目をして襲いかかるオーク達を次々と斬り倒していく。

 彼女等と戦闘を始めてしばらく経つが、未だ敵のオークは尽きず。が、周りを見る限り今ここにいるオーク達で最後だろう。

 

 状況は、この間のコボルト狩りと同じ一対多だが、彼女等はコボルトと違い、仲間達をいくら斬り殺そうとも退こうとしない。むしろ更に欲情して攻撃の激しさが増す始末である。仲間を殺されても何とも思わず、力を求めて襲いかかるのは悪魔と同じだが、欲情はしなかった。

 一刻も早くここから抜け出したい気持ちに駆られながらも、バージルは刀を振り続ける。

 

「このままだと全滅ね。皆! アレ行くわよ!」

「「「えぇ!」」」

 

 このままでは負けてしまうと危惧したオークが、大声で周りの仲間に声をかける。それ合わせ、仲間達も声を上げる。

 彼女等は一度バージルから離れると、彼を四方から囲むよう円上に並び、すかさずバージル目掛けて走り出す。

 助走をつけて飛び上がり、一斉にバージルへ襲いかかった。

 

「さぁ! 私達のラストアタックを受け止めて!」

 

 四方八方からバージルへ向かい来るオーク達。その様は恋する乙女の如く。

 

 が──ケリをつけようと思っていたのはバージルも同じ。

 彼は右手に持っていた抜き身の刀を逆手に持つと、刃先を地面と垂直になるよう向け、刀に魔力を宿らせていく。

 高まる魔力に呼応するように、刀身は青く光り始め、バチバチと青白い雷が走る。

 そして、刀が許容できる最大限まで魔力が充填した瞬間。

 

It's over(終わりだ)!」

 

 魔力が込められた刀を地面に刺す。と――バージルを包み込むように、ドーム状の青白い光が放たれた。

 高出力、高圧縮の雷でできた光をモロに浴びたオーク達は、身体を真っ黒に焦がして吹き飛ぶ。

 地面をえぐりながら転がる者、木をへし折りながらも吹き飛び続ける者、建物に突っ込んで崩壊させる者。吹き飛び方を見るだけでも、その威力は相当のものだとわかる。

 次第に光は薄れていき、その中心を映し出す。

 

「身の程を知れ」

 

 雷光に包まれていたバージルは、無傷のまま刀を納めていた。

 もうバージルへ向かってくるオークは1匹もおらず、先程吹き飛ばされたオークも動く様子を見せない。

 

「……ムッ」

 

 その時、気配を感じたバージルは後ろを振り返る。そこには、口をあんぐりと開けて立っているダスト達が。彼等の傍には、クリスの姿もある。

 目的達成を確認したバージルは、足元に転がるオークの死体を踏み越えて彼等のもとへ。

 

「そっちも終わったか」

「終わったけどよ、今の何だよお前……心配してた俺の気持ち返せよ」

「囮役が殲滅させるって、それもう囮じゃねぇよな」

「ねぇテイラー、ソードマスターにはあんなスキルもあるの? 今、スッゴイ魔力を感じた気がするんだけど」

「さぁ……少なくとも俺は見たことがない」

 

 軽くひと仕事終えた感じで話しかけてくるバージルに、四人は困惑の色を見せている。

 コボルトに引き続きオークを相手に無双した姿を見て、彼は規格外過ぎる冒険者だと改めて理解した。

 

「ならさっさと帰るぞ。もうここにいる意味はない」

「あ、あぁ。もう当分オークは見たくねぇ。早く野宿した所に戻ろうぜ」

「つってもよ、もう日が明けそうだぜ?」

「えっ?」

 

 キースの言葉を聞いた四人は、彼が指差す方向へ目を向ける。

 夜空に煌く星は身を隠し、東側がほんのりと明るみを増している。いつの間にか、夜明けを迎えていたようだ。

 

「マジか……そういやオークと戦ってたからか、眠気もすっかり覚めちまったなぁ」

「私も……早く街に帰ってお風呂入りたい」

「なら、野宿はやめて早く街に戻るとしよう」

 

 夜明けを告げる薄明かりの空を見て、ため息混じりに話すダスト。リーンも眠気はないものの疲れはあるようで、女の子らしい愚痴を溢す。

 

「ま、どっちにせよテント回収しなきゃなんねぇから、あそこに戻らねぇとな。バージルとクリスはどうすんだ?」

 

 ダストの質問を聞いたバージルは、無言のままクリスに目を向ける。

 「お前に任せる」とアイコンタクトを受け取ったクリスは、一歩前に出て答えた。

 

「アタシ達も正直眠くないし、このまま帰ろうかな」

「そっか。ならアクセルの街まで一緒に帰ろうぜ。その方がお互いに安心だ」

「そうだね」

 

 結果、皆でアクセルの街へと戻ることに。会議が終わった所で、キースがぐっと腕を伸ばす。

 

「っしゃ! ならさっさとテント回収しに行こうぜ!」

「ほら歩けリーン! そもそも、お前が身体洗いに行く時にちゃんと護衛をつけてたら、こんな面倒なことにならなかったんだからな!」

「うっ……それは悪かったって思ってるわよ」

「気にするなリーン。コイツ等は、これに乗じて覗きを正当化しようとしてるだけだ」

「馬鹿野郎! 俺達は心の底からリーンの身を案じているだけだ!」

「本当は?」

「護衛という正当な理由をつけて堂々とガン見したいです!」

「……サイッテー」

 

 駆け出すキースを皮切りに、ダストとその仲間達は楽しそうに会話を交えながら集落を後にする。

 

「行くぞ」

「……うん」

 

 遠ざかっていくダスト達の背中を見て、バージルはクリスへ声をかける。クリスはすぐに言葉を返したが、どこかぎこちないものだった。

 

 

*********************************

 

 

「……意外だね」

 

 オークの集落を出て数分、再び山の中を歩いて北へ歩くバージルとクリス。

 前方でダスト達が騒いでいるのとは対照的に、二人は無言のまま街に向かっていたが、その沈黙をクリスが破ってきた。

 

「正直言うと、バージルが助けに来てくれるとは思ってなかったの。多分、見捨てて帰っちゃうんじゃないかなーって」

 

 バージルが助けに来てくれたことが意外だとクリスは話す。

 

 しかし、それはバージルも同じだった。

 過去の自分なら、きっとクリスを見捨てて先に帰っていただろう。もしダスト達が連れて行こうとするなら、彼らに刃を向けていただろう。

 そんな自分が、クリスを見捨てず助けに来た理由は──。

 

「……今回、宝探しに付き合った分の情報を、まだ貴様から貰っていない。貴様を助けた理由など、ただそれだけだ」

 

 クリスがバージルにとって、利用価値のある者だから。この世界を知る上で必要な者だからだ。それ以外に理由は存在しない。

 そう──あの時、落ちかけたクリスの手を咄嗟に掴んだのも、そして拐われたクリスを「助けない」選択肢を端から考えなかったのも、彼女がただの協力者だったからだ。

 

「(俺は……)」

 

 自分は悪魔だ。今までも、そしてこれからも変わることはない。

 ましてや、人間を助ける――人間に歩み寄る――人間を求めることなど、あってはならないのだ。

 

 たとえそれが――『(ダンテ)』が『勇者(スパーダ)』になり得た理由だとしても。

 

「……フフッ」

 

 その内を知ってか知らずか、クリスはバージルの言葉を聞いてクスリと笑う。

 

「何を笑っている」

「ううん、なんでもない」

 

 そもそもこうなった原因は貴様だろうとバージルは目で訴えたが、クリスには通じていないようだ。

 クリスは、活発な彼女らしくニッと歯を見せて笑うと、バージルに告げた。

 

「ありがとう、バージル」

「……フンッ」

 

 彼女のお礼を聞いたバージルは、特にこれといった反応を示すわけでもなく視線を前に戻した。

 

 

*********************************

 

 

「いや、アタシもオーク一匹ならイケると思ったんだよ? でも相手がリーンを人質に取っちゃってさー」

「……待て、ならば何故貴様が捕まった?」

「リーンちゃんが捕まるよりもアタシが捕まった方が、脱走できる可能性があると思って。で、アタシが直接オークに交渉したの。代わりにアタシを捕えてくれって」

「脱出はできたのか?」

「ぜーんぜん。監視の目がキツイのなんのって。女だから甘く見てくれると思ったんだけどねー」

「貴様という奴は……」

 

 街への帰り道、クリスは自分が捕まった経緯を話しながらバージルと歩く。

 行きの時とは違い、クリスはいつもより話しかけていたが、バージルは呆れながらも話に乗ってくれている。

 まるで、互いの溝を埋めるかのように。バージルにその気はないだろうが、少なくともクリスは彼に歩み寄ろうとしていた。

 

 

 ――端から見れば、の話だが。

 

「(……貴方がどういう人なのか、確かめさせてもらいますよ)」

 

 バージルが前方を見つめて歩く中、クリスは独り決意を固めていた。

 




HENTAIはこのすばにて最強。

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