リアの承諾を得て、ついにアクセルハーツを引き入れることに成功したカズマ。早速、エリス祭の準備へ取り掛かった。
約束通り彼女達のプロデュースも手掛けていくが、同時進行は流石の彼でも骨が折れる。その為、ライブ会場の準備はダストとリーンを主軸に、他の催し準備は商店街やエリス教の方々に任せ、カズマは主要な会議に出席するのみに留めていた。
が、その会議も一筋縄ではいかず。熱意故に仲間同士での衝突もあったが、主な理由は──。
「どうしてアクア様大感謝祭で使用できる敷地がエリス祭の半分にも満たないのですか! そっちは毎年執り行っているんだから、今年ぐらいアクシズ教に譲ってくれたっていいじゃない! というわけで敷地の拡大を要求するわ!」
新たに参入してきたアクシズ教である。アクアの采配であろうか、会議に来るのはカズマとも面識のあるセシリー。よりにもよって何故彼女を交渉役にしたんだと、カズマは頭を悩ませる。
「例年通りエリス祭のみで開催する予定だったのを無理矢理共同開催にさせてもらいながら文句言ってんじゃねーぞ!」
「まぁ! 女神エリスが今の地位まで上り詰めたのはアクア様の目こぼしがあったからなのに、その歴史から都合よく目を逸らしてアクシズ教を蔑ろにするというの!? なんて薄情な連中なのかしら!」
「聞いたことないぞそんな歴史! 勝手に書き換えんな!」
「つーかこの改善案、ほとんどの敷地がアクア祭側で塗りつぶされてんじゃねーか! こんなもん却下だ却下!」
「あぁ! 私が徹夜で塗り塗りした計画書がビリビリに! あとアクア様大感謝祭よ! ちゃんと敬意を持って言い直しなさい!」
会議に参加していた商店街の人達が一様に怒鳴るも、セシリーは引き下がらない。と、彼女の隣に座っていた赤髪の女性がおずおずとセシリーに声を掛けた。
「セシリーさん。流石にその辺にしたほうが──」
「いいえフィオさん! 今は張る時よ! ここで引いたらアクア様に合わせる顔が無いわ! アクシズ教教義! 押してダメでも押し通せ! 貴女も同志としてしっかり覚えておきなさい!」
「それ以前に要望が無茶振り……って、勝手にアクシズ教徒扱いしないで!? あの、違いますから! 私の身は潔白ですから! そんな蔑んだ目で私を見ないで!」
カズマの記憶が正しければ、魔剣の人にベッタリな側近であったか。セシリーを引き止めようとするが、気圧されて何もできず。
議論に進展が見えなかったカズマは、しょうがねぇなと小声で呟き、興奮状態のセシリーを宥めるべく立ち上がった。
「なぁセシリー。お前の言いたいこともわかるが、今回のアクア祭は急遽の開催だった。敷地を十分に用意できなかったのもしょうがないさ」
周囲の注目を浴びる中、カズマは冷静な声色でセシリーに語りかける。顔見知りだからか、セシリーは騒ぐのをやめてこちらに耳を傾けてくれた。これで収まってくれることを願いながら、カズマは続けた。
「それに、見方を変えればチャンスだと思わないか?」
「チャンス? どういう意味よ?」
「エリス祭よりも狭い敷地、少ない催し物。それでエリス祭より収支も盛況も上回ることができたら、まさに完全勝利。来年も共同開催……いや、アクア祭単独での開催も夢じゃない。そう思わないか?」
「……今の言葉、嘘じゃないでしょうね?」
期待通り、セシリーは食いついてくれた。返事を待つ彼女に、カズマは肯定の意を込めてニヤリと笑う。
セシリーはしばらくカズマと睨み合い──やがて、椅子を倒すほどの勢いで立ち上がった。
「だったらこんな所で時間を潰している場合じゃないわ! 行きますよフィオさん! アクア様大感謝祭をより盛り上げる改善案を考えるのよ! 我らアクシズ教の未来の為に!」
「えぇっ!? ちょ、ちょっと待ってよセシリーさん! あと私は入信してないからね!?」
セシリーは大急ぎで会議室から飛び出していった。フィオも「お騒がせしてすみませんでした!」と頭を下げてから、慌ててセシリーの後を追った。二人の足音が届かなくなったところで、会議室から安堵の息が漏れる。
「けど、あんなこと言って良かったんですか? もしこれでアクア祭が大盛況なんてことになったら……最悪、アクセルの街がアクシズ教に占拠されてしまうのでは?」
「ああでも言わないと帰ってくれそうになかったからな。けど大丈夫。こっちが一層盛り上がればいいだけの話だ」
臆することはないと、未来を危惧する商店街の人達にカズマは告げる。
「敷地も人数もこっちに分がある。しかし相手はアクシズ教だ。油断してたら足元をすくわれるだろう。今年のエリス祭は、過去最高のお祭りにする気概でやるぞ!」
「……そ、そうだ! アクシズ教なんかに負けてられるか! エリス祭を、アクセルの街を俺達の手で守るんだ!」
「俺達はカズマさんを信じるぜ! 良い催し案があれば何でも言ってくれ!」
セシリーという名の嵐は会議に混沌をもたらしたが、同時に団結力も与えてくれた。エリス祭側の人間は同じ志を胸に抱き、議論を再開。
会議はいっそう熱を帯びていったが、カズマの仕事は他にもある。彼はキリの良いところで会議を抜け出し、次の目的地へ向かった。
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街の商業区から道を外れ、路地裏を進んだ先。男にとっては秘密の花園として有名な、サキュバスの喫茶店。
会議の後、カズマはそこに足を運んでいた。普段は夢の内容を妄想し嬉々悠々と店に入るのだが、今日は違った。エリス祭の人員を確保する為である。
彼が目をつけていたのは、喫茶店の裏メニュー……もとい試作スイーツを提供してくれたパティシエサキュバス。彼女のスイーツをエリス祭の催しで出せば間違いなく売れるとカズマは考えていたが──。
「いない?」
「はい。先日バージルさんが店に来て、彼女を連れていきましたよ。アクア祭の催しに必要だって」
計画は出鼻を挫かれた。店番をしていたロリーサから話を聞いてカズマは落胆する。
彼もパティシエサキュバスをスカウトに来るとは予想していなかった。バージル自ら出向いたのは、サキュバスの店が女性陣に知られない為にであろう。
「バージルさんの為に始めたスイーツ作りでしたからね。本人から頼まれたらそりゃあ行くしかないでしょう。私だってバニル様からお手伝いをお願いされたら、予約待ちのお客様をほっぽり出して行きますもん」
「いやそれはダメだろ」
愛するバニルへ思いを馳せるロリーサにツッコみつつ、カズマはどうしたものかと思い悩む。
他にスイーツを作れるサキュバスがいないであろうか。質は劣るかもしれないが仕方ない。早速ロリーサに思い当たる人員がいないか尋ねてみた。
「なぁ、あのサキュバス以外に適任なヤツっているか?」
「あっ、それなら私が手伝いましょうか?」
「へっ?」
すると、彼女自ら立候補してきた。カズマはまじまじとロリーサを見つめた後、言葉を返す。
「お前、料理できたのか?」
「失礼過ぎません? ここは表向き喫茶店として出していますからね。メニューにある物は作れますよ。スイーツも担当の子から熱血指導してもらってたので、腕に自信はあります!」
任せてくださいと、ロリーサは自身の胸を叩く。
本人は自信満々であったが、心配の方が勝ったカズマはお試しとして、ひとつスイーツを作ってもらうよう頼んだ。
しばらく待って、ロリーサから差し出されたのはシンプルなショートケーキ。試しに食べると、彼女の自信が自惚れではないとカズマは確信を得た。
ロリーサにエリス祭の喫茶店を任せることを決意。ついでにこれから向かう先に差し入れを持っていきたいとお願いし、一口ケーキをいくつか梱包してもらったカズマは、喫茶店を後にした。
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差し入れを片手にカズマが向かったのは、郊外に建てられた一軒家。カズマが住む屋敷からは離れた位置にある。
しかし彼は躊躇いなくドアノブを回し、家の中に入った。
「よう。差し入れ持ってきたぞー。今回は甘い一口ケーキだ」
ドアが開く音と共に、軽快な挨拶が一階に響き渡る。彼の声を聞いて振り返ったのは、三人の女性。
「ありがとうカズマ。ちょうど糖分が欲しかったんだ。お金は後で──」
「いいっていいって。いつも言ってるけど、プロデューサーとして当然のことをしたまでだ」
「どれどれ……へぇー、結構かわいらしいケーキじゃない。あっ、私一番大きいヤツがいい!」
「とっても美味しそうですね。どこで買ってきたんですか? 後でボクも行ってみようかなぁ」
「あー、これは知り合いに作ってもらったヤツで、売り物じゃないんだ。悪いな」
アクセルハーツの三人である。ケーキと聞いて真っ先にエーリカが飛びつき、後からシエロも近寄って袋の中を見つめている。カズマは紙袋をリアに渡しながら近況を尋ねた。
「それで、踊りの方は順調か?」
「私達はいつも通りかな。残りの三人だけど、全員物覚えがいいから予定よりも早くレッスンが進んでいるよ。もっと難しめなダンスでもよかったかもしれないな」
リアは楽しそうに話すと、ついてきてくれとカズマを奥に案内する。リアと進んだ先にあったのは裏口の扉。カズマは再び家の外へ。
扉の向こうに広がっていたのは、雑草が抜かれ土を顕にしていた庭。そこで汗を流し、踊りの練習をしている三人の女性を発見。リアが声を張って三人に告げた。
「めぐみん! クリス! タナリス! 一旦休憩しよう! カズマが差し入れを持ってきてくれたぞ!」
同じくエリス祭側の三人であった。リアの指示を聞いて三人は練習を止め、タオルで汗を拭きながらこちらへ歩み寄る。カズマは感心しながらタナリスに声を掛けた。
「今日も良い汗かいてるな。リアから聞いたぞ。練習は順調みたいだな」
「リア達の教え方が上手いだけさ。どうしても無理そうな時はすぐに振り付けを修正してくれるし」
彼女達は、アクセルハーツと共にステージへ立つ踊り子として日々練習していた。
三人ともアクセルハーツと並んでも遜色ないほどには顔が整っている。そこでカズマは、三人も今回は踊り子としてステージに立ってみないかと提案した。
目立ちたがりのめぐみんは即決。タナリスも面白そうだと乗り気に。クリスだけは最初断ってきたが、カズマの必死な説得によって考えを改めてくれた。リーンはダストのお目付け役もあったので加わらず。
アクセルハーツのライブだけでも盛り上がるかもしれないが、今回はいっそう特別感を出していきたい。きっと三人の存在は良いアクセントになってくれるであろう。
もっとも、彼女達を踊り子にした理由はもうひとつあるのだが。
「私としてはもっと派手に踊りたいのですが……カズマ、本番では歌の最後に爆裂魔法を放つ演出も入れていいですか?」
「駄目に決まってんだろ。劇場ぶっ壊す気か。そもそも主役はアクセルハーツなんだよ。めぐみん達はあくまでバックダンサーだってことを忘れるなよ?」
でしゃばりなめぐみんにピシャリと言い放つ。当日は杖を取り上げておいた方がいいかもしれない。脇役呼ばわりが不服なめぐみんから目を離し、今度はクリスへ声を掛けた。
「クリス、調子はどうだ? レッスンにはついていけてるか?」
「アタシは大丈夫だよ。けど強いて言うなら……シエロちゃんの基礎トレがベリーハードなことかな」
「ダンスの基本は身体作りからですよ! クリスさん!」
「ダンス習得のついでに素手でモンスター倒せそうな勢いなんだよねぇ」
控えめにクリスが話し、隣で聞いていたタナリスも同意の意見を口にする。
アクセルハーツの中では一番小柄なシエロであったが、侮ることなかれ。フィジカルは三人の中で群を抜いていた。
腕立て伏せ、腹筋、スクワットの筋トレセット百回など生ぬるい。カズマも最初は試しにやってみたのだが、一時間と保たずにリタイアした。
それだけならまだいいが、筋トレ中のシエロは鬼教官と化す。途中で休もうとすれば「自分に甘えない!」と、言葉の鞭を打ってくるのだ。その時はカズマも大人気なく泣いてしまった。
「シエロの気持ちもわかるが、身体を壊したら元も子もない。本番まで時間も限られているし、基礎トレは控えめにしてダンスレッスンを多めにしてやってくれ」
「むぅ……わかりました。プロデューサーがそう言うのなら」
「こう見えて、クリスとタナリスは冒険者家業でそれなりに鍛えられてるんだ。大丈夫さ」
「おい、ちゃっかり私を省いた理由を聞こうじゃないか」
波風を立たせないようシエロを説得する。背後からめぐみんの鋭い視線を感じたがカズマは気にせず、再びクリスへ向き直る。
「他に困ってることはないか? 悩みがあったら、いつでも俺に言ってくれ」
「だ、大丈夫だって。カズマ君ったら心配性だなぁ」
「プロデューサーにとって踊り子は大事な存在だ。心配するのは当たり前さ」
カズマは柔らかな口調でクリスに語りかける。少しグイグイ行き過ぎたか、クリスはのけぞりながらも答えた。
ひとまずはこんなところかと思っていると、背後から再びめぐみんの声が聞こえてきた。
「最近思うのですが……やけにクリスにだけ甘いですよね」
「そんなことないぞ。俺はプロデューサーだからな。踊り子には満遍なく接しているつもりだ」
めぐみんの指摘にカズマは即答する。彼女は正面に回り込んでジト目で見つめてくるも、カズマは気にしない素振りを見せる。
が、内心彼は冷や汗をかいていた。彼女の指摘は、あながち間違いではなかったのだから。
三人を踊り子にさせたもうひとつの理由。それがクリス──もとい、エリスとの交流である。
彼女は、カズマがこの世界に来てようやく見つけた、ただ一人の正統派ヒロイン。彼女とのルートを逃すわけにはいかない。
しかしクリスとは、パンツ剥ぎ取りという最悪の出会い方をしてしまった。本人は気にしていない素振りだが、好感度は低めであろう。ルート突入のために、少しでも上げておきたい。
そこで考えたのが、彼女を踊り子にすることだ。これでクリスとカズマは、踊り子とプロデューサーという立場になる。
カズマは元の世界で、プロデューサーがアイドルと親睦を深めるゲームをいくつもやってきた。あの経験を活かせば、きっと良好な関係を築ける筈だ。あわよくばフラグが立つことを期待しながら。
「ところでリア、前に話していたライブ開催の宣伝兼握手会についてなんだが……」
めぐみんからの追求を避けるように、カズマはリアに話を振る。
アイドルといえば握手会。ファンとの交流や新規獲得には持って来いのイベントだ。日本のアイドル文化を知るリアがいるなら既にアクセルハーツも取り入れているのだと思い、提案していたのだが──。
「すまないカズマ。色んな方法を試してみたんだが……やはりシエロには難しそうだ」
メンバーのひとり、シエロに問題があった。名前を出されて、和やかにしていたシエロの表情が曇る。
彼女は、男性恐怖症であった。男性と接するどころか、近寄っただけで拒絶反応を起こしてしまう。ただ拒絶されるだけならまだ何とかなったであろうが、先も話題に上がったようにシエロはかなり鍛えている。
故に、男性が迂闊にシエロの間合いへ入ろうものなら、彼女の嫌がる声と共に磨き上げられた拳の一撃を受ける羽目になるのだ。
因みにカズマも、男性恐怖症のことを知らずに近寄って洗礼を受けてしまったことがあり、その時は意識が飛びそうになった。
「シエロが目を瞑っても気配で悟るし、ダストに女装をさせても見破ってしまった」
「逆にクリスや僕が男装して接近したら全然平気だったんだ。どうやら見た目で反応してるわけじゃないみたいだね」
「二人の男装した姿、カズマにも見せたかったわねー。超カッコよかったんだから! ま、アタシのかわいさに勝るものはないけど!」
リアと共にタナリスが経過を報告する。横でシエロが申し訳無さそうに俯いているが、こればかりは責められない。
「一応、ギリギリ耐えられた例はあるんだ。シエロが何十枚も手袋を着けて、相手と顔を合わせないというものだが……」
「握手会、とは言えないよなぁ」
「ごめんなさい……頑張って耐えようとしているんですが、どうしても手が出てしまって……」
本人もファンとの交流は大事だと思っているようで、努力はしているようだが実る気配は無し。ファンは会話できるだけでも満足してくれるかもしれないが、新規獲得は難儀するであろう。
どうにかシエロの男性恐怖症を改善できる方法はないか。カズマは空を見上げて思考を巡らす。
まず、シエロは男性に慣れる必要がある。しかし近寄れば重い一撃で吹き飛ばされる。回復はプリーストのシエロがしてくれるとしても、彼女が慣れるまで何度も殴られにいけるかと言われたら答えはノーだ。
では──シエロの一撃を受け止められるほどの男がいれば?
「……あの人ならいけるか」
「何か思いついたのか?」
「あぁ。荒療治になるだろうが、試してみる価値はある」
尋ねてきたリアに、きっと上手くいくとカズマは答える。とにかくまずは彼を探さねば。
ここで待っていてくれとリア達に伝え、カズマは街中へと出かけていった。
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商業区のとある一角。そこに建てられた簡素な外観の、こじんまりとした家。
そのキッチンにて、緊張感を漂わせる二人の男女がいた。
男の前には、皿に盛り付けられた様々なスイーツがズラリと並んでいる。その横でパティシエの扮装をした金髪の女性が、固唾を飲んで見守っている。
男はスプーンを動かし、透明なグラスに詰められた艶のある黄色いスイーツ──マンゴープリンを一口。目を閉じ、口の中に広がる甘みをじっくり味わう。
何度も咀嚼して十分に味を理解した後、男はパティシエの女性に告げた。
「これも追加だ。メニューに載せるスイーツは以上で構わん」
「了解しました。お客様に甘い一時を送れるよう、精進してまいります」
バージルは、喫茶店に出すスイーツを吟味していた。店から引き抜いてきたパティシエサキュバスは、彼の言葉を受けて丁寧な口調で応える。出会った当初のミーハー感はどこへやら。
アクア祭の開催敷地内にあった貸家を利用し、アクア祭開催期間限定でスイーツ主体の喫茶店を開店。厨房に必要な物はサキュバス喫茶店から許可を得て借りてきた。
メニューの厳選を終えたバージルはサキュバスを置いて厨房から出る。フロアに出ると、三人の女性──新たな協力者となったミーア、エイミー、メリッサが、メイド服を着て店内の飾り付け作業をしていた。座れる席は少ないが、家庭的な雰囲気を味わえる装いとなっていた。
メリッサがバージルに反応し、作業の手を止めて声をかけてきた。
「やっと出てきたわね。随分と吟味してたみたいだけど」
「フロアの指揮は貴様に任せる。いいな?」
「いきなり上から目線ね。ま、構わないけど。モフモフちゃんと一緒に働けるんだから」
メリッサは作業をしている獣人達をうっとりした表情で見つめる。暴走しないか些か心配であったので、手を出せば即解雇だと念の為に釘を刺しておいた。バージルは彼女の傍を通り過ぎると、数少ない席に座って赤い液体をストローで飲んでいた赤毛の少女──行くところがなかったのでついてきていたネヴァンに声をかけた。
「用事は済んだ。さっさと行くぞ」
「ん、ちょっと待ってて。このトマトジュース飲み干すから」
椅子の座高が高く、足をプラプラさせながらジュースを嗜んでいたネヴァンは飲むペースを早め、あっという間にガラスコップの中を空にした。コップを机に置き、フワリと椅子から飛び降りる。
「ごちそうさま」
「あら、もう行くの? ネヴァンちゃん、お味の方はどうだったかしら?」
「中々いいんじゃない? もっと濃くしたら私も血の代用として飲み続けられそうだわ」
「血の代用? なんかよくわからないけど、気に入ったのならミーアも嬉しいぞ!」
サムイドー産のトマトで作ったトマトジュースは、ネヴァンのお気に召したようだ。ネヴァンは二人と言葉を交わし、バージルの側へ。二人は共に喫茶店を出た。
「で、次はどこに行くのかしら?」
「正門だ。祭りの最中、悪魔や魔王の手先が忍び込まないとは限らんからな。無論、貴様もその一人だ」
「さっき血をトマトジュースで我慢しようと奮闘していた姿が見えなかったのかしら?」
「その割には随分と気に入っていたようだが」
「だって美味しかったのは事実だもの。これじゃ、高級お肉を嗜むどこかのワンちゃんと同じね」
人のこと言えないわと、ネヴァンは自嘲的に笑う。もっともそれは、先程までスイーツを吟味していたバージルにも言えることなのだが。
彼は言葉を返さず足を進める。アクア祭において自身の担当は喫茶店周り。しかしリーダーは先の通りメリッサに任せた。
劇の台本もまだ手元に届いていない。しばらくは正門の上で待機していようと足を進めていた、そんな時であった。
「バージルさーん!」
自分を呼ぶ、聞き覚えのある男の声が耳に届いた。バージルは声を聞いた途端たまらず苦い顔になる。
無視して立ち去ることも考えたが、後々面倒になると思った彼は嫌々ながら振り返る。案の定、こちらへ駆け寄るカズマの姿が見えた。
「何の用だ」
「ちょっと協力してもらいたいことがありまして……モンスター討伐とかじゃないんですけど、バージルさんぐらいの力がある人じゃないと難しそうっていうか」
どうやら荒事を頼みにきたようだ。しかしバージルはアクア祭側の人員。エリス祭側のカズマに協力する道理はない。
もっとも、アクアに気を遣う理由が無いのもまた事実であったのだが。
「アンタのところに行くってことは、当然めぐみんもいるのよね? だったら私はパスよ」
と、横で聞いていたネヴァンが割って入った。彼女はめぐみんのもとから絶賛家出中。その件はカズマも理解していたのか、彼女の返答を聞いても焦りの色は見せずに答えた。
「お前がギターの形に戻ってくれたら正直助かるんだけど、めぐみんの扱いに嫌気が差したんだもんな。別に止めやしないよ」
「あら、意外と話がわかるわね。もっと必死に引き止めてくるのかと思っていたけれど」
「こちとらアイツの爆裂道には散々付き合ってやってんだ。気持ちは十分に理解できる」
俺が背中を押してしまった面もあるしと、カズマはため息混じりに零す。
「それじゃあ私は、バージル先生のかわいい教え子ちゃん達の様子でも見に行こうかしら」
「勝手にしろ」
おちょくるような口調で告げたネヴァンに、バージルは冷たく返す。面白くないわねと零しつつ、ネヴァンは踵を返してバージルから離れていった。
バージルも、舞台の脚本が届くまでは外敵の警戒以外に特別することはない。仕方がないから付き合ってやると、彼はカズマについていくことにした。
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道中、カズマから依頼の概要を聞いた。
カズマは踊り子ユニットと出会い、彼女等のライブをエリス祭のメインイベントにする予定であること。その宣伝を兼ねて握手会を開きたいが、メンバーの一人が男性恐怖症であり、近寄ろうものならカズマもダストも一発KOな重たい拳を食らう羽目になることを。
様々な手を施したが改善には至らず。そこで荒療治として、バージルに協力を求めることにした。
内容はシンプル。その女性に近寄り、飛んでくる鉄拳を受け止める。一撃だけで終わらないようなら、彼女がバージルに慣れるまで受け止め続けるというものだ。こちらからの反撃は一切無しで。
どれほどの力なのかは未知だが、期待するほどのものではないだろう。バージルは面倒に思いながらもカズマと目的地へ。
拠点としている郊外の一軒家。その裏庭で、バージルはカズマの話していた踊り子三人組と、見知った顔の二人と対面した。
「何故貴様まで踊っている?」
「アハハ……カズマ君の指示で、アタシも踊り子としてステージに立つことになっちゃって」
「僕とめぐみんも、アクセルハーツの後ろで踊る予定さ」
動きやすい服装で汗を流していたクリスとタナリス。訪れた時には丁度踊りの練習をしていた所で、振り付けでターンをした際にバージルの存在に気付いたクリスは、顔を真っ赤にして驚嘆した。
二人と会話を交えた後、バージルは三人の踊り子へ視線を移す。
「ちょっとカズマ! あんなおっかなそうなのが知り合いだなんて聞いてないわよ! ホントにシエロの相手をさせる気!? 殴り返したりしないでしょうね!?」
「そこはちゃんと念押しして伝えたから大丈夫……だと思う」
「大丈夫じゃないかもしれないなら困るんだが!?」
桃髪と黒髪の女性はカズマの傍に寄って心配の声を上げる中、金髪の小柄な少女だけは固唾を呑んでこちらを見つめていた。彼女が男性恐怖症を抱える、シエロという女性であろう。
「貴様が相手か」
「お、押忍! よろしくお願いします!」
尋ねると、シエロは声を震わせながらも気合を入れた挨拶で返す。カズマ等が巻き込まれないよう、バージルは彼等から数歩離れた位置に移動。シエロもバージルとは一定の距離を保ったまま同様に移動する。
十分に間隔を空けたところで、バージルはシエロのもとへ歩み寄る。一歩、また一歩と近づく中で、シエロの表情が強張っていく。
やがて手を伸ばせば届きそうな位置まで来たところで──シエロに限界が訪れた。
「い……いやぁあああああっ!」
彼女は悲鳴を上げ目を瞑りながら、されど素早く正確に、バージルの鳩尾めがけて拳を繰り出した。
並の男ならば反応も間に合わず吹き飛ばされるのみ。しかしバージルはこれを片手で受け止めた。
乾いた音が鳴り響き、両者を中心に軽く風圧が起こる。彼女の疾く重い衝撃をバージルは受け止めた手から感じ取り、不敵に笑った。
「ほう、あながち嘘ではなかったか」
「──ッ!? きゃぁあああああっ!」
拳を受け止められたことと、男性を直に触ってしまったこと。二つの衝撃がシエロに襲いかかり、彼女は一層大声で叫びながら二撃目を繰り出す。
確かに疾い。が、あくまで人間の中ではの話。バージルは二撃目も容易く受け止めた。
「やぁあああああっ!」
両手を掴まれたシエロは足を上げ、膝をバージルの顎に入れようとする。受けたところでダメージは無いが、みすみす受けるつもりもなかった彼はシエロの手を離し、彼女の背後に回った。
シエロから見ればバージルは一瞬で姿を消したように見えたであろう。しかし背後の気配を感じ取ったのか、すぐさま裏拳を放ってきた。バージルはこれを受け止め、乾いた音が響く。
「その程度か?」
「たぁああああっ!」
彼の挑発を受けてか恐怖症からか、シエロは更に力と速度を上げて拳を繰り出してくる。対してバージルは依頼通り反撃を一切行わず、彼女の攻撃を受け止め続けた。
シエロは感情のままに力を振ってきているが、それとは裏腹に拳は正確に急所を狙ってくる。一朝一夕で得られる動きではないと、バージルは拳を受けながら感じていた。
二人の組み手は続き──やがて一時間は経った頃。
「はぁっ、はぁっ……」
「どうした? もう終わりか?」
「ま、まだまだ……!」
常に全力で拳を振るっていたからか、スタミナの底が見えてきたシエロ。一方のバージルは涼しい顔をしたまま。
バージルは挑発すると、シエロはまだやる気のようで再び向かってきた。迫る拳を受け止め続けるが、拳のキレは落ちてきていた。
そろそろ頃合いかとバージルが思った時、遠くで見守っていたカズマがこちらに駆け寄りながら声を掛けてきた。
「バージルさん! シエロ! ちょっとストップ!」
向こうも同じ事を思っていたようだ。彼の声を聞いたシエロは拳を止め、バージルも戦闘態勢を解いて腕を組む。
カズマだけでなくクリスとタナリス、他の踊り子二人も駆け寄ってきた。傍まで来た所で、エーリカが二人を見て驚嘆の声を上げた。
「す、凄い! シエロがあんなに男性と近いのに平然としている!」
「えっ?」
エーリカの指摘を聞いて、シエロはバージルに視線を送る。最初は確実に拳が飛んできた距離であったが、シエロの男性恐怖症は発症していない。
シエロ自身も驚いた表情を見せる。試しに彼女は恐る恐るバージルへ一歩近寄ったが、それでも拳が飛び出すことはなかった。
「おめでとうシエロ。荒療治だったが、男性恐怖症は克服できたな。これでお前は踊り子として、ひとつ上のステージに上がれたんだ」
これを見たカズマは満足そうな顔で拍手を送り、シエロへと歩み寄る。最後の仕上げだと、カズマがシエロへ握手を求めるように手を差し伸べると、彼女は下ろしていた手を上げ──。
「ダメェええええっ!」
「ぶべらっ!?」
悲鳴と共に渾身の一撃が放たれた。体力を消耗しキレも落ちていたとはいえ、カズマ相手には十分過ぎる威力。鳩尾に食らったカズマは後方へとすっ飛んでいった。これにエーリカはたまらず困惑の声を上げた。
「なんで!? 克服できたんじゃなかったの!?」
「ごごごごめんなさい! ボクも握手できるかなと挑戦してみたんですが、我慢できなくて──!」
「けど、その人には近寄っても平気なんだな。どういうことだ?」
シエロ自身も理解できていないようで、殴り飛ばしたカズマと隣のバージルを交互に見る。リアも考える仕草を見せるが、答えは出ず。
すると、様子を見守っていたタナリスがシエロに声を掛けてきた。
「もしかしたら、バージルとは拳を交わしたことで心を開けたんじゃないかな?」
「いや先輩、拳を交わしたからってそんな格闘家みたいな──」
「言われてみれば……この感覚、父上と一緒にいる時と似ている気がします」
「えっ? シエロちゃん、お父さんと今みたいな組手をしてたの?」
彼女の言葉を受け、シエロは納得した表情を浮かべた。サラリと明かされたシエロの家庭事情を聞いてクリスは困惑していたが。
「師匠、先生……どれも違う。父上が一番近いけど、私の父上はただ一人……」
するとシエロはブツブツと独り言を呟き始めた。ここまで置いてきぼりであったバージルは、内心帰りたくなっていたが黙って見守る。
やがて思いついたのか、彼女は隣に立つバージルを見上げ、輝く眼差しを彼に向けた。
「兄上!」
「誰が兄だ」
バージルに新たな妹が誕生した。兄上と呼ばせてくださいと懇願するシエロに、勝手に家族認定するなとバージルは突っぱねる。
急展開にリアとエーリカは戸惑い、タナリスは愉快そうに笑う。一撃食らったカズマは未だ回復せず地に伏していた。
「……むぅ」
ただ一人、新たな女性と仲良さそうにしているバージルを見て、クリスが不満げにしていたとはいざ知らず。
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カズマ達がいる場所からは離れた郊外の一角。アクア祭の開催区域に、野外ステージがポツンとあった。
曲芸人やマジシャンなどのエンターテイナーが芸を披露する場として使われることもあったが、しばらく利用者は現れず。が、今回アクア祭の演劇で使用することになり、アクア自ら手を加えていた。
背景のセットから小道具まで。紙パックや木材など安めの素材を使っているにも関わらず、その外観はハリボテと思えないほど精巧に作られていた。
白いタオルを頭に巻き、薄着でトンカチを片手に作業を続けるアクア。その側で見守っていたぐり帝がポツリと零した。
「女神サマのくせに随分と手慣れてんなァ。工事員の格好がサマになってやがるぜ」
「フフン、親方の下でしばらく修行してたのよ。この程度、私にかかればちょちょいのちょいよ!」
「褒めたつもりはなかったんだが?」
皮肉を褒め言葉と受け取った能天気さに、ぐり帝は呆れた息をつく。アクアに無理矢理連れてこられた彼だが、たかがニワトリにできる仕事など時報代わりに元気な鳴き声を響かせるのみ。
アクアを放置してどこかへ飛んでいってやろうか。そんなことを思いながら遠くを見ていると、その先から見知った人物がこちらに向かってきていたのを発見した。
黒いスーツに身を包んだ金髪の女性。普段着を纏ったダクネスだ。彼女の右隣にはケルベロスを侍らせ、左隣にはダクネスと手を繋ぐ金髪の少女が。
「アクア」
近くまで来て、ダクネスはアクアへ声を掛ける。作業に集中していたのか、アクアはようやくダクネスに気付き、作業の手を止めてステージから降りた。
「あら、ダクネスじゃない。もしかしてアクア祭に全面協力してくれる気になった?」
「そのつもりは一切ないが……用事のついでに、アクアが真面目に取り組んでいるのか視察しにきたんだ」
「やーねぇー。どこかのヒキニートじゃないんだから」
「ワンちゃんも随分とお利口なペットが似合ってきたな! 首輪とリードがありゃカンペキなのによ!」
「言葉が過ぎるぞ鶏風情が。我は飼い犬に成り下がったつもりなどない。ただ……この女が持つ底知れぬ何かが気になったから、しばらく様子を見てやっているだけだ」
おちょくるぐり帝に対し、ケルベロスは歯を剥き出しにして威嚇する。その傍ら、金髪の少女が怯えるようにダクネスの影に隠れた。
「さっきから気になってたけど、隣にいる子は?」
アクアはダクネスが連れてきた少女について尋ねる。ダクネスは隠れた少女を前に出しながら紹介した。
「ほら、シルフィーナ」
「こ……こんにちわ」
シルフィーナと呼ばれた少女は、控えめに挨拶をした。改めて少女の顔を見ると、どことなくダクネスに似ている。歳は十にも満たないであろうか。
しばらくシルフィーナの顔を見つめたアクアは、やがて確信を得たかのようにハッとした表情を浮かべ、ダクネスに尋ねた。
「まさか……隠し子!?」
「違う! 私の従姉妹だ! どうしてそうややこしい方向に勘違いするんだ!」
口で手を押さえて驚嘆するアクアに、すぐさまダクネスが声を荒げて訂正する。
それを聞いてアクアが安堵の息を吐く。だがその時、シルフィーナがダクネスのスカートを軽く引っ張り、彼女を見上げながら口を開いた。
「ママ……この人怖い」
「マッ……!? 今この子、ダクネスのことをママって言ったわ! やっぱり隠し子なのよ! 号外だわ! 早く皆に知らせなくちゃ!」
「待て待て待て! 従姉妹だと言っているだろう! 変な噂を勝手に広めようとするな!」
衝撃の事実に興奮し、作業を放り出して街に行こうとするアクア。ダクネスによる必死の抵抗により、どうにか噂の広まりを阻止した後、改めてシルフィーナについてダクネスは話した。
曰く、彼女は早くに母を亡くし、ダクネスが面倒を見ていたという。故にシルフィーナからはママと呼ばれ懐かれているようだ。
彼女は以前からエリス祭に参加したがっていた。今年はアクア際も開催され、例年より楽しさを増した祭りになるだろうと予見していたダクネスは、彼女を連れて来ることに。早めにアクセルの街へ来たので、折角ならとアクア達にも紹介しようとここを訪れたのであった。
経緯を聞いて落ち着いたアクアは、シルフィーナと目線が合うよう屈む。ぐり帝もシルフィーナの近くへ寄り、合わせて自己紹介を始めた。
「すっかり自己紹介が遅れちゃったわね。私はアクア。麗しき水の女神、アクア様御本人よ。このことは皆には内緒ね。けど、我慢できなくなったら言いふらしてもいいのよ?」
「黙っていてほしいのか知られたいのかどっちなんだテメェはよ。俺はグリフォンだ。今はこんなナリだが、本当の姿はドラゴンすら凌駕する大悪魔様だぜ!」
「ちょっと、子供に嘘を吹き込むのはやめて頂戴! シルフィーナちゃん、この子はぐり帝って言って、将来私を乗せられるぐらい大きなドラゴンになる才能を秘めているの! いつかシルフィーナちゃんも乗せてあげるから楽しみにしててね!」
「いい加減ドラゴンの夢は諦めろっつってんダロ! 刷り込みでこの嬢ちゃんにドラゴンだって覚えられたらどうすんだ!」
相変わらずドラゴンだと言い張るアクアにぐり帝は突っつきながら声を荒げる。そんな中、シルフィーナはぐり帝とケルベロスを交互に見た後、ダクネスに尋ねた。
「この喋るニワトリさんは、ケルちゃんより凄いの?」
「ケルちゃん?」
「ブフッ!」
聞き慣れない呼び名にアクアが首を傾げる。一方で、シルフィーナによるケルベロスの呼び名だと察したぐり帝は、耐えきれずに吹き出した。
「イーッヒッヒッヒッ! ケルちゃんだってよ! さっきは飼い犬にはならねぇって言ってたくせに、随分とかわいらしいお名前じゃねーの! 短くて呼びやすいから俺も呼ばせてもらうぜ! おしゃべりワン公ケルちゃんよぉ!」
「小娘が勝手に呼んでいるだけだ。それ以上我を侮辱するつもりなら、そのクチバシを噛みちぎるぞ」
地面に転がって笑うぐり帝を、ケルベロスは今にも噛みつきそうな剣幕で睨む。ダクネスがケルベロスをどうどうと宥めている中、アクアは屈んだままシルフィーナに言葉を続けた。
「初めましての暁に、お姉ちゃんが良いこと教えてあげるわね。汝、何かの事で悩むなら、今を楽しく生きなさい。楽な方へ流されなさい。水のように流されなさい。自分を抑えず、本能のおもむくままに──」
「のあぁああああっ!」
だが途中でダクネスが割り込み、シルフィーナをアクアのもとから離した。
「ちゃっかりアクシズ教の教義を覚えさせようとするな! シルフィーナを悪道に導くつもりか!?」
「ちょっと! ウチの子を悪者扱いしないでくれる!? シルフィーナの目を見て思ったのよ。この子は、アクシズ教徒になる為に生まれてきた子なんだって!」
「勝手な言いがかりをつけるな! そもそもダスティネス家は先祖代々エリス教だ!」
改宗を目論んだアクアであったが、ダクネスに阻まれた。ダクネスは引き離したシルフィーナをケルベロスの側に置き、真剣な眼差しでケルベロスに告げた。
「私がアクアを食い止めておく! お前はシルフィーナを乗せ、急いでここから離れるんだ!」
「断る。我は貴様の飼い犬になったつもりはないと何度言えば理解するのだ」
しかしケルベロスは指示を聞かず、そっぽを向く。とその時、横にいたシルフィーナが期待の眼差しをケルベロスに向けた。
「また、ケルちゃんに乗ってもいいの?」
「オイオイオイオイ! この嬢ちゃん、またって言ったぞ! つまり一回は乗せてるってことだよな!? 口ではツンケンしながらも、俺達のいない場所ではちゃーんとお利口ワンちゃんをまっとうしてんじゃネーか! お手とおかわりも覚えたか? 待てはできるか? 上手にできたらお腹をナデナデしてもらわねぇとな!」
「そうか。そこまで死が望みか。ではひと思いに食い千切ってやろう。ちょうど昼の肉だけでは足りないと思っていたところだ」
「ケルちゃん! 鶏さんを食べたらダメだよ! ママに怒られちゃう!」
「そうだそうだ! 拾い食いは下品だぜケルちゃんよ! おウチに帰ってお嬢ちゃんからジャーキーを恵んでもらいな!」
「シルフィーナちゃん! 今ならまだ間に合うわ! 若いうちに改宗しておけば何かとお得なの! エリスを推してたっていいことなんかひとつもないんだからってイタタタタッ! ダクネス待って! 身体から変な音がした! これ以上反られたら後戻りできなくなると思うのぉおおおお!?」
「いくらアクアでも、これ以上エリス様を侮辱するのは見過ごせん! しかもシルフィーナのいる前で!」
押さえるダクネスに悲鳴を上げるアクア。一方で笑いながら逃げるぐり帝に追いかけるケルベロス。それを更に追いかけるシルフィーナ。まとめ役が誰もいない現場は、混沌を極めていた。
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場所は移り、紅魔の里。アクア祭のメインイベントとなる舞台劇の脚本を任されたあるえは、執筆の為に里の自宅に戻っていた。
「今宵は宴だ。勇者どもよ、我が手で滅ぼされることを光栄に思うがいい! ふむ……悪くないな。あとは台詞を役者に寄せれば完璧だ」
橙の光で灯された自室で、あるえは台詞を口にしながらペンを走らせる。執筆は順調に進み、終盤の展開まで差し掛かっていた。
書き終わった後は、役者に合わせて台詞を修正。場合によっては話の流れも変えなければならない。その為には各々への取材が必要不可欠。
そろそろ街へ戻る頃合いかと考えていると、玄関方面から扉を叩く音が聞こえた。来客に気付いた彼女はペンを置き、外していた眼帯を付けてから玄関へ。
扉を開けると、外に立っていたのは二人の女性。同級生のふにふらとどどんこであった。
「やっほ。お邪魔するわよ」
「もしかして執筆中だった?」
「構わないよ。何か用かい?」
「この前さ、ゆんゆんが里に来てたでしょ? どこに行ったか知らない?」
「ゆんゆんなら、ちょうど私を訪ねにきてたんだよ。脚本を頼まれてね」
「脚本? どういうこと?」
アクア祭のことなど知らなかった二人は、脚本の話に興味を持つ。あるえは二人へ、脚本を頼まれた経緯について話した。
最初は興味津々で聞いていた二人であったが、アクシズ教の名前が出た途端に顔色が変化し、話が終わる頃には青ざめた表情であるえに詰め寄ってきた。
「ホントに大丈夫? アクシズ教徒から変なことされたりとか……」
「脚本製作にかこつけてあれやこれやと頼まれてない? 相談ならいつでも乗るよ?」
「君達が心配するのも理解できるが、勧誘にさえ気をつけていれば大丈夫さ。むしろ見聞を広げる良い機会になっているよ」
不安を募らせる二人を安心させるようにあるえは話す。不安は拭いきれない様子であったが、あるえがそう言うならと二人は引き下がった。
「ところで、二人はゆんゆんに用事があると言っていたが、どうしたのかな?」
「えっと……実は私達も、今年のエリス祭はアクセルの街で楽しもうかなーと思ってて」
「ついでにこめっこちゃんも連れて行くわ。むしろこめっこちゃんがアクセルの街に行きたがってたから、私達が同伴することになったんだけど」
どうやら彼女達も祭りへと興じるようだ。話を聞いたあるえは、無論止めることはせず二人に応える。
「わかった。街に戻ってゆんゆんに会ったら伝えておくよ。今は演劇に備え、血の滲む厳しい稽古をしている最中だろうけどね」
「血の滲むって、どんだけハードな舞台劇をするつもりなのよ?」
「私が綴るのはあくまで仮定された運命。筋書き通りに未来が進むのか、運命は覆されるのか。全ては舞台に立つ彼等次第だよ」
女神に選ばれし勇者と鍛錬に励んでいるであろうゆんゆんへ、あるえは思いを馳せる。ふにふらとどどんこが不思議そうに見ていたが、あるえは天井を見上げたままであった。
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アクセルの街から少し離れた森林地帯。そこで汗を流す二人の冒険者がいた。
「今日はこの辺で終わりにしようか」
「そうですね……ネロア、お疲れ様。ゆっくり休んでていいよ」
舞台劇で共に戦う、ミツルギとゆんゆん。ゆんゆんは側にいた、通常の黒豹サイズで姿を現していた使い魔のネロアへ声を掛ける。ネロアは一声鳴くと身体を崩し、影となってゆんゆんの足元へ。彼女の影と同化した後、白一色であったゆんゆんの髪色はたちまち漆黒に染まった。
「まだ修行を始めて数回なのに、ここまで息を合わせられるなんて驚いたよ。使い魔との相性が良い証拠だね」
「あ、ありがとうございます……でも、ミツルギさんとベルディアさんみたいにはまだいかないなぁ」
「僕等だって、長い時間をかけてようやくここまで息を合わせられるようになったんだ。意思疎通ができ始めた時は、何回乗っ取られかけたことか」
『力は俺より遥かに下だが、精神は思いの外タフだったんで手こずってしまった。結局、こういう形に収まったわけだが』
ミツルギの横で浮かぶベルディアも会話に混ざる。口では喧嘩し合う二人だが、戦いとなれば即座に魂を共鳴。余程の信頼関係が無ければできない芸当だ。
ネロアとも強固な絆を結べるだろうかとゆんゆんが思いを馳せつつ空を見上げる。すると、進行方向の上空に翼をはためかせる人影が。
赤毛に黒いドレスの少女。バージルと行動を共にしていた筈のネヴァンであった。彼女は自分たちを探していたのか、目が合うなり地上へと舞い降りてこちらに歩み寄ってきた。
「ネヴァンさん? どうしてここに?」
「バージルと一緒にいても全然喋らなくてつまらないから、貴方達の様子を見に来たのよ」
「アハハ……師匠は相変わらずですね」
顔見知りの筈だが、関係は自分たちと然程変わらないようだ。ネヴァンは肩をすくめる仕草を見せ、横でミツルギが苦笑いを浮かべる。
と、ネヴァンはゆんゆんをじっと見つめてきた。何か言うわけでもなく観察され続けたので、ゆんゆんは我慢できず尋ねる。
「え、えっと、どうかしましたか?」
「いえ、バージルが目をつけるだけのことはあるなーと思っただけよ」
『子供の時点で既にコレだからな。将来性皆無なおチビちゃんのお前にとっては羨ましい限りだろう』
「はっ倒すわよ」
茶々を入れてきたベルディアにネヴァンが怒り混じりにツッコむ。何のことを言っているか理解できなかったゆんゆんとミツルギは、互いに首を傾げるのみであった。
ネヴァンは自分達の修行を観に来たようであったが、今日は既に切り上げてしまった。しかしネヴァンは特に文句も言わず、ゆんゆん等と一緒にまた街へ戻ることに。
森を抜け、道中のモンスターを狩りつつ、のどかな平原を歩く。何事もなくアクセルの街に一行は帰ってきた。
門番に挨拶を交わし、街の中へ。バージルが担当しているという喫茶店で休憩しようかと話しながら歩いていると──。
「……あの人、誰だろう? この街じゃあまり見かけない人だけど」
ミツルギが前方を指差しながら口にする。ゆんゆんも差された方向に目をやると、その先にいたのは一人の紳士服に身を包んだ男性。辺りをキョロキョロと見回し、何かを探している様子。
困っているのならば放ってはおけないと、ミツルギは自ら男性に接近。ゆんゆん達も後を追った。
「どうかされましたか?」
ミツルギが紳士風の男に話しかける。声を掛けられた男は帽子を取ると胸元に置き、ミツルギと向き合った。
「失礼しました。近日この街でアクセルハーツのイベントがあると聞いて下見にやってきたのですが、会場が見当たらず……どちらで行われるのか、ご存知ではありませんか?」
「えっと……すみません、実は僕達もよく知らなくて。こちらから声を掛けたのに、お力になれずすみません」
「そうでしたか。いえ、謝らずとも結構ですよ。あわよくば本人達に会えないかと期待していたのですが……当日のお楽しみとしてとっておきましょう」
それではと、男は一礼した後に帽子を再び被って街の正門方向へ歩いていった。ミツルギ達は去りゆく男の背中を見送る。
やがて彼の姿が見えなくなった後、ミツルギが口を開いた。
「ゆんゆん、今の人……」
「はい。ただならぬ魔力を秘めているように感じました」
「でも私とお仲間には見えなかったわね。悪魔以外でも人間に化けられるのかしら」
ゆんゆんも彼の言葉に同意する。彼女もミツルギもアクセルハーツのイベントについては知っていたが、警戒して教えようとはしなかった。
ネヴァンもただの男ではないと感じていたようだが、彼女の感覚だと悪魔ではないらしい。少なくとも人ならざる者であると、彼女等の中では確信していた。
『うーむ、どっかで見かけたことがあるような……』
「ということは、魔王軍の人? まさか幹部だったりとか──」
『いや、恐らくそれはない。幹部集会で見かけた覚えはないからな。おおよそ、幹部候補止まりだろう』
どうやらベルディアによると魔王軍関連の人物ではあるようだ。しかし確たる証拠はないので、警戒するようギルドに伝えても容認しかねるであろう。せめてカズマにだけは伝えておくべきか。
紳士風の男を追うことはせず、彼女達は予定通り喫茶店へと向かっていった。
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数日後、アクセルの街から遠く離れた地の城にて。
「えぇっ!? ダニエル様一人でアクセルの街に向かわれていた!?」
大声を上げたのは、従者トロールのチャーリー。彼の前には玉座に腰を下ろしていたダニエルが。
街に行くのは当日だと聞いていたにも関わらず、従者には黙って足を運んでいた主に、チャーリーは怒りの声をぶつけた。
「下手に動いて街に入れなくなるかもなんて言っておきながら、なんで勝手に乗り込んでるんですか!?」
「落ち着きなさいチャーリー。目的はあくまで会場の下見ですよ。まぁ、あわよくばリアと街中でバッタリ出会ってランデブーが始まることをうっすら期待はしていなくもなかったのですが」
「メチャクチャ期待してたじゃないですか!? 抜け駆けなんてズルいですよ! それで、アクセルハーツとは会えたんですか!? 生シエロちゃんは見れましたか!?」
「残念ですがチャーリー。アクセルハーツはおろか、会場の下見すら叶いませんでした。まさか魔剣の勇者とバッタリ会ってしまうとは」
謝罪の言葉、あるいはシエロに関する新しい情報を期待していたチャーリーであったが、ダニエルの口から出てきたのは思いもよらぬ名前であった。チャーリーはたまらず聞き返す。
「魔剣の勇者って、あの魔剣の勇者ですか? 奴は王都にいる筈では?」
「どうやら今は街に滞在しているようです。長居していたら目をつけられていたでしょう。なので、まともに散策もできませんでしたが……辛うじて、野外ステージが準備中であるという話を住民から耳にしました」
流石は主というべきか、何の収穫も無しに帰ってきたわけではないようだ。有益な情報を聞き、チャーリーは思案する。
「野外ステージならば、踊り子と愛の逃避行作戦もうまくいきそうですね! 魔剣の勇者がネックですが、数とスピードで押し切れば機はあるかと!」
「えぇ、わざわざ戦う必要などありません。我らの目的は踊り子のみですからね」
ダニエルは不敵に笑った後、胸元からリアの写真を取り出す。チャーリーもシエロの写真を取り出し、写真の向こう側にある輝かしい笑顔に思いを馳せた。
「あぁ、リア……! もうすぐ迎えに行きますからね!」
「シエロちゃんシエロちゃんシエロちゃん! 世界一可愛いシエロちゃんを愛でる日が目の前に……!」
二人揃ってヨダレを垂らし、とても踊り子達には見せられない恍惚の顔を浮かべた。
熱心な踊り子ファンのトロール二人が盛り上がっている一方、アクセルの街ではエリス祭の者達が一層祭りを盛り上げるべく奮起し、アクア祭の者達も負けじと熱を上げる。
準備はお互い順調に進み──やがて、祭りの日は訪れた。
このファンがサ終したにも関わらずこのファンキャラを出していくスタイル。