「ついにこの日が来ましたね。チャーリー」
ダニエルの城、城庭にて。ダニエルは待機するワイバーン二体の前で、隣に立つチャーリーへ声を掛ける。
「えぇ……しかしダニエル様、向かうのは結局我々のみですか」
「仕方がありません。私達の崇高なる愛を理解できる者は数少ない。故に魔王城からも追い出されたのですから」
彼等に付き従う部下はいるが、アクセルハーツを推しているのは彼等のみ。ダニエルは気にしていないと態度を崩さず。
「それに、今の魔王様は侵略に消極的な意志を見せています。人間にとって大事な拠点であるアクセルの街を勝手に襲撃すれば、魔王城出禁だけでは済まないでしょう。むしろ少人数の方が都合はいい。目的はあくまでアクセルハーツを連れ去ることですから」
「街へ着く頃には、アクセルハーツのライブが始まっている……しょうがないとはいえ、ライブを見逃すのは心苦しいですね」
「必要な犠牲です。それに、こう考えてはどうでしょう。アクセルハーツを連れ去れば、いつでも何度でも、アクセルハーツのライブを間近で見られるのだと」
ダニエルは不敵に笑う。彼の目指す理想郷を垣間見たチャーリーは、目を輝かせて同調した。
「お、おぉ……! おっしゃる通りですねダニエル様! 生シエロちゃんにファンサしてもらえる日々……あぁ! 想像しただけで胸の高まりが止まりません!」
「同感です。朝はリアにおはようと言って起こされ、昼はワイバーンに二人乗りして上空デート、夜はリアの素敵な子守唄で寝かしつけてもらえる‥b…なんて素敵な毎日なのでしょう! もう魔王城に戻れなくたっていい!」
ダニエルは意気揚々とワイバーンへ乗っかる。チャーリーも同様にもう一体のワイバーンへ跨ったところで、ダニエルは帽子を被り直して告げた。
「さぁ行きますよチャーリー! 推し……いいえ、伴侶を迎えに!」
「はい! ダニエル様!」
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ついに開催された、エリス祭とアクア祭。互いに切磋琢磨し準備を進めていったおかげか、アクセルの街は今年一の盛り上がりを見せていた。
アクアとカズマから伝わっていったのか、どちらも日本の祭りを彷彿とさせる催しをいくつも開いており、住民は物珍しさに惹かれて足を止め、催しはどこも盛況。
しかし肝心のカズマ達はというと、祭りの間もアクセルハーツのライブ練習を行っていた。タイトなスケジュールなのもあり、ライブの通しリハーサルを終えたのは最終日の昼となっていた。
最後の練習を終えた五人のアイドルを前に、カズマは労いの言葉を掛ける。
「今日までよく頑張ってくれた。あとはゆっくり祭りを楽しんで、本番に望むとしよう」
「いいの? 通しリハもう一回やっておいた方がいいんじゃない?」
「俺の見立てではもう十分だ。リアもそう思うだろ?」
「あぁ。シエロとエーリカは勿論、クリスとタナリスは初めてのダンスなのに、ここまで完成度を上げられるなんて思ってもみなかったよ」
話を振られたリアは、彼女等へ自信をつけるように称賛する。真正面から褒められ、照れくさそうに頬を掻くクリスに、自慢げに鼻を指で擦るタナリス。
「それに、せっかくのお祭りなんだ。せめて一日ぐらい楽しみたいだろ?」
「……ま、それもそうね! リア! シエロ! 早速祭りに飛び込むわよ! ついでに宣伝もして、かわいい私をもっと知ってもらうのよ!」
「待てエーリカ! 勝手に一人で突っ走るな!」
「えっと……ぷ、プロデューサーさんもお祭りを楽しんでくださいね!」
アクセルハーツの三人はカズマの気遣いを素直に受け取り、街の商業区を目指して駆け出していった。彼女等を見送った後、タナリスがぐっと伸びをしてからカズマに話した。
「じゃあ僕はゆんゆんを探しに行くよ。友達との約束は守らなくっちゃね」
「おう、こっちの約束の時間も忘れずにな」
「僕を誰だと思ってるんだい? いくつものバイトを掛け持ちしながら、遅刻ゼロのバイト戦士だよ?」
「なら安心だな。どこぞの飲んだくれ女神と大違いだ」
タナリスも別行動を取ることになり、そそくさと離れていった。残ったのはカズマ、クリス、めぐみんの三人。
──チャンスは今しかない。カズマは意を決し、隣にいるクリスへ視線を移した。
「さてと……クリス、よかったら俺と一緒に行くか?」
「えっ?」
カズマから突然のお誘いを受け、クリスは驚いた表情を見せる。
今日までカズマは、プロデューサーとしてクリスと友好な関係を築いてきたつもりだ。しかしこのままでは、ただのアイドルとプロデューサーで終わってしまう。クリスもといエリスルートへ進むためには、最後のひと押しが必要だ。
そのひと押しとして最終日のお祭りデートをするべく、クリスを誘ったのだが──。
「えーっと、アタシはちょっと用事があって……」
クリスはバツが悪そうに答えた。いつものカズマなら素直に引き下がる場面であるが、今は張る時だ。
「せっかくの祭りなのにか? それとも先約でもいたか? 当ててやるぞ。ダクネスだろ? なら用事が終わるまで俺も待ってやるよ」
カズマは半ば強引に食い下がる。カズマの経験則からして、クリスは意外と押しに弱い。このまま押し通せば折れてくれる筈。
グイグイ迫るカズマの圧に、クリスはたまらず後ろへ仰け反る。あと少しで承諾の言葉が出てきそうだとカズマは期待したが──ここで第三者が割って入った。
「クリスは用事があると言っているでしょう。邪魔にならないうちに行きますよ!」
ここまで静観していためぐみんが、もう我慢の限界だとばかりにカズマの腕をぐいと引っ張った。不意のことだったのでカズマは抵抗できず体勢を崩し、クリスと引き離される。
「待ってくれめぐみん! もうちょっとだけ! あと少し粘らせて! ここで誘えなきゃ丹精込めて丁寧に建てたフラグが折れちまう!」
「何をわけのわからないことを言ってるんですか! クリスの邪魔をする暇があるなら私の用事に付き合ってください!」
「お前の用事なんて爆裂魔法しかないだろ! 俺はわかってるんだ! お前と行っても甘酸っぱい雰囲気にはならないって! 毎回毎回変な期待させんじゃねーよ!」
「あーそーですか! いいでしょういいでしょう! だったらお望み通り撃ってやりますよ! なのでカズマはいつも通り私をおんぶしながら祭りを楽しむがいい!」
「なんでせっかくのお祭りにお前を抱えながら歩かなきゃ……っておい待て! 爆裂魔法撃ったら今日のライブに間に合わなくなるだろ! 絶対撃たせねぇからな! ちょっとでも詠唱を始めたらお前の杖を奪って質に入れてやっからな!」
なぜめぐみんが怒り気味なのかは不明だが、勝手に爆裂魔法を撃たれてはライブに支障が出る。カズマは仕方なくクリスとのデートを諦め、めぐみんに付き合うこととなった。
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同じ頃、アクア祭のメインイベントが行われる屋外ステージの舞台上にて。
「……よし、ちゃんと脚本は皆の頭に入っているようだね。一名、台詞を放棄した者もいたが」
あるえは手元にある紙の台本から目を離し、その場にいたアクア、ミツルギ、ゆんゆんに視線を配り、最後にバージルへ向ける。
アクアの手で作り上げられた精巧な魔王城のセットを背景にして、完成した台本をもとに劇の通し稽古を行っていたのだが、魔王が女神に倒される展開のところでバージルは稽古を放棄した。不真面目と捉えるか、彼の性格を鑑みて稽古に参加しているだけでも温情と思うべきか。
「お兄ちゃん、この劇はあくまで女神アクアの栄光を称える物語なの。本番はちゃんとやられ台詞まで言ってよ?」
「貴様の仲間とやらの実力次第だな」
バージルはアクアに詰められるも反省の色は見せず。また、ミツルギとゆんゆんは彼の発言を挑発と受けたのか、表情が少し強張った。
「まぁいいわ。それじゃあ今日はここでお開き! あとは本番までお祭りを楽しみましょ! ほら行くわよぐり帝!」
「オイ離しやがれババァッ! テメェに抱えられるとピリピリすんだよ!」
これ以上の稽古は不要と判断したアクアは皆にそう伝えると台本をあるえに預け、舞台の端で呑気していたぐり帝をすくい上げ、抱えながら走っていった。
「女神様、お待ち下さ──」
「キョウヤ! 今日こそは私達に付き合ってもらうわよ!」
「ずっと楽しみにしてたんだから!」
ミツルギはアクアを追いかけようとしたが、すかさず舞台の外で控えていたクレメアとフィオが両側から彼を捕える。女性に強く出れないミツルギは彼女等の強引なお誘いを断りきれず、戸惑いながら連れて行かれた。
「わ、私はタナリスちゃんを探しに行ってきますね」
「では、私は見聞を広めに街を散策するとしよう」
ゆんゆんは友達を探しに、あるえは回収した台本を携えてこの場から離れていく。残ったのはバージルと、セットの玉座に座り足をプラプラとさせていたネヴァンのみ。
「で、バージルはどうするの? どうせ一人なんでしょ? 私が付き添ってあげようかしら?」
「悪魔の気遣いなど不要だ」
「あらそう。じゃあ私は坊やにでもついていこうかしら」
バージルはキッパリ断ると、食い下がるかと思われたネヴァンはあっさり引き下がり、ミツルギが向かっていった方角へと飛んでいった。
一人残されたバージルは、空に浮かぶ太陽を見る。頂点を過ぎたのを見るに、時刻は昼頃であろう。
「……噴水前の広場だったか」
ポツリと呟いたバージルは舞台を飛び降りると、街中に向かって歩き出した。
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街はどこもかしこも祭りで賑わっており、静かな場を好むバージルとしては鬱陶しいものであったのだが、普段から喧しい連中と一緒にいたせいか、以前ほど気にならなくなった。
賑やかな商業区を抜け、目的地の噴水広場へ。いつもより人が多く活気に溢れる中、噴水前で周囲を見渡している女性を見た。
バージルは真っ直ぐ女性のもとに向かう。足音に気付き、バージルと目が合った彼女はにこやかに笑い、されどどこか硬さもある表情で手を振った。
「……や、やっほー」
「誘ったのは貴様だろう。その顔は何だ?」
「いやー、正直ホントに来てくれるとは思ってなかったからさ……」
待ち合わせていたのはクリスであった。彼女は頬を掻き、バージルから目を反らしつつ話す。
始まりは、バージルがシエロの男性恐怖症対策に協力した後のこと。クリスは唐突に、もし時間が合えばお祭りを回ってみないかとバージルに提案してきた。
普段なら突っぱねる彼だが、街の外を警戒するのと台本に目を通す以外することはなく、喧しい連中に絡まれるよりはマシだと考え、クリスの誘いに乗った。返答を聞いたクリスは、自分から言い出しておきながら大層驚いていたが。
「で……ど、どこに行こっか?」
「プランすら考えていないときたか。まぁいい。腹ごしらえのついでに寄っておく場所がある。ついてこい」
バージルは呆れながらもクリスにそう伝えて歩き出す。クリスも慌てて後を追い、祭りの中を歩いていった。
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二人は商業区から外れて郊外方面──アクア祭の敷地内へと移動。エリス祭側どころか祭られる本人であったクリスは、肩身の狭い思いを顔に出しつつ、バージルからはぐれないようついてくる。時折クリスに視線を配りつつもバージルは止まることなく進み、時間もかからず目的地へと辿り着いた。
郊外に建てられた一軒家だが、紙飾りや草花で鮮やかに彩られており、窓から中を見ると人がテーブル席に座り食事を嗜んでいるのが確認できた。
「こんなところに喫茶店なんてあったんだね」
「祭りの間だけだ。協力できる奴を集め、メニューは俺が選んだ。客はそれなりに入っているようだな」
「ってことは、バージルのプロデュースした喫茶店ってこと? へぇー……」
バージルの話を聞いて興味を持ったのか、クリスは喫茶店をまじまじと見つめる。二人はそのまま喫茶店の中に入ると、真っ先に飛んできたのは元気な獣人の声であった。
「いらっしゃいませー! ミーアが席へ案内するぞ……ってあれ!? バージルだ! 遊びに来てくれたのか!」
「単なる腹ごしらえだ。貴様等がサボっていないかの視察も兼ねているがな」
「ミーア達は真面目にけっぱってるぞ! でも、お客さんが美味しそうに食べているのを見てたら……ミーアもお腹が空いてきたぞ」
ミーアは腹を擦って空腹をアピールする。と、奥から接客を済ませたエイミーがこちらに近寄ってミーアに声を掛けた。
「ミーアちゃん、もうお昼になるから休憩室でご飯食べてていいわよー」
「ホントか!? やったー! ゴハンだゴハンだー!」
エイミーの一言で元気を取り戻したミーアは、駆け足で喫茶店の奥に消える。我が子のように優しい眼差しで見送った後、エイミーはこちらに向き直った。
「いらっしゃい、バージルさん。クリスさん」
「ど、どうも……」
「空いている席はあるか?」
「ちょうど壁際の席が空いてますよ。ご案内しますねー」
エイミーはにこやかな表情で応え、二人を案内する。程なくして席についた二人は手作りのメニュー表に目を通す。
「結構ちゃんと喫茶店してるんだね。ランチ系はそこまで多くない……かな?」
「下手に種類を増やして質が落ちるよりはマシだろう。五種類もあれば十分だ」
「でもデザートやスイーツ系はかなり多い……これ全部バージルが決めたの?」
「あぁ。作っているのは、俺が知る中では腕の立つ職人だ。奴の実力であれば十分可能な数だろう」
「へぇー、ふーん……」
バージルがメニュー表を見ながら答えると、クリスは何故か口を尖らせやや不満そうな顔でメニューを見始める。その表情が示す意図を理解できなかったバージルは、不思議に思いながらもメニューに視線を戻す。
お互い注文する品が決まった頃、二人の前に店員が近寄ってきた。これでもかと胸元を強調した着方で客を魅了する、メリッサであった。
「誰かと思ったらクリスじゃない。白昼堂々見せつけてくるなんて、アンタも悪い女ねぇ」
「ちょっ!? 変な誤解が生まれる言い方しないでよ! むしろアタシが連れてこられた側だからね!?」
「あら、そうなの。アンタ、女に興味なんて一切ありませんみたいな雰囲気醸し出しておきながら、意外と積極的じゃない」
「目的はあくまで腹ごしらえと視察だ。それと、初めに誘ってきたのはクリスの方だ。愚かにも無計画だった故に、こうして俺の用事に同行しているわけだが」
「うぐっ……!」
勝手に事実を書き換えるなとバージルは釘を刺す。狼狽えたクリスはバージルの鋭い視線から逃れるように、メニュー表で顔を隠した。そんな二人の様を見て、メリッサは愉快そうにクスリと笑った。
仲良しなのはわかったから早く注文して頂戴とメリッサに忠告され、クリスはまた慌てて否定しながらも、バージルは平静なまま注文を彼女に告げる。
お冷を口に運びながら待っていると、二つの皿を両手に乗せた金髪の女性店員ことパティシエサキュバスが二人の席に来た。
「お待たせしました。ご注文のメロンパフェにメロンケーキでございます」
彼女は凛とした佇まいで、注文の品を机上に置く。パフェを注文していたバージルは、添えられたパフェ用スプーンをすぐに取ってひと口食べる。
「……問題なく及第点は出せているようだな」
「はい。祭りの間ではありますが、引き続き精進して参ります」
バージルは素直に感想を述べる。女性は礼儀正しく頭を下げると、厨房へと戻っていった。
サキュバスだと周りにバレないよう尻尾は隠してあったが、クリスには気付かれていないだろうかと視線を向ける。クリスは店員を見送った後、目の前にあるケーキをしばらく懐疑的に見つめ、やがてフォークを手にとって口に運んだ。
「──ッ!? 待ってこのケーキすっごく美味しいんだけど!? 一口目からこんなに美味しいケーキ初めて食べたよ!」
どうやらスイーツサキュバスのケーキは彼女の口に合ったようだ。やや過剰なリアクションでケーキの感動を伝えてくる。
「言った筈だ。腕の立つ職人に任せていると」
「いやでも、ここまで美味しいとは思わなくって……どこであんな逸材見つけてきたの?」
「さぁな。企業秘密とだけ伝えておこう」
サキュバスの喫茶店を明かすわけにもいかず、バージルは適当にぼかしてパフェを食べる。追求してくるかと思われたが、クリスは店員の個人的な事情と捉えたようで、質問することはせずケーキを食べる。
「私も練習したらこれぐらい……ムムム……」
「何か言ったか?」
「べっつにー」
スイーツでテンションが上がったかと思えば、再び不満げな口調でクリスは返してくる。
叫んだり不機嫌になったりと忙しい奴だと思いながら、バージルはその原因に気付くこともなく、黙々とパフェを食べ続けた。
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「うぅ……美味しいから思わず食べ過ぎちゃったよ」
「貴様等のメインイベントはダンスだったか。それすらも忘れて貪るとは、実に愚かだな」
「十個以上もスイーツを食べてたバージルには言われたくないんだけど」
苦しそうにお腹を擦るクリスに、バージルは呆れた奴だとため息を吐く。
喫茶店を後にし、二人は商業区をのんびり歩く。バージルの用事も終わり、後はお互いのメインイベントまで時間を潰すのみ。
せっかくの祭りだから気になった催し物を見ようと、もはや無計画を反省する色すら見せなくなったクリスに再三呆れるも、バージルはついていくことにした。
「ほらっ! あそことか人がいっぱいいるよ! 見に行ってみようよ!」
クリスが指差した方向を見ると、確かに人集りができていた。クリスが駆けていくのを、バージルは黙って後を追う。
近づくにつれて人集りの中心から声が聞こえ、やがて声の主を発見した。
「らっしゃいらっしゃい! ウィズ魔道具店出張店舗へようこそ! 今しか手に入らない、祭り限定発売の目玉商品に特価品! アテもなくフラフラと立ち寄って我輩の顔を見た途端ゲンナリした銀髪凸凹コンビもいかがかな?」
「げっ……」
ピンクのエプロンに白黒仮面がトレードマークのバニルであった。彼に声を掛けられ、二人は揃って顔をしかめる。
バニルの前には商品がズラリと並び、集まっていた人は次々と手にとって会計を済ませていく。バニルの隣では、バージル達に気付かぬほど忙しなく接客しているウィズの姿もあった。バニルは接客をウィズに任せ、バージル達のもとへ歩み寄る。
「閑古鳥が常に鳴き続けていた店とは思えん盛況ぶりだな。客全員が役者というわけでもないようだ」
「そのような悪質な手口に頼るほど落ちぶれたつもりはない。どこぞの狂信者と同類にされるのは心外であるな」
「言っとくけどエリス教はそんなことしてないからね。街の人達に変なこと吹き込んでたらナイフで仮面をズタズタにするから」
「別にエリス教だとは一文字も言ってないであろう。そこまで強く否定するということは、逆にやましい事を隠しているのではないか? 自ら誘っておきながら盛り上げられず悪戦苦闘している悩み多き貧相娘よ」
バニルのふざけた態度にクリスは思わず腰元のナイフに手を掛けたが、寸でのところで踏み留まり手を下ろす。
「それで、この人集りの要因は何だ?」
「無論、商品が飛ぶように売れているからである。主に人気なのは、器用貧乏小僧の様々な発明品と、女神の聖水を混ぜた飲料水であるな」
「ちょっと待って。今聞き捨てならない商品名が聞こえたんだけど?」
クリスはずいとバニルに迫り、詳細を尋ねる。対してバニルは狼狽える素振りも困った様子も見せず、淡々と答えた。
「騒音女神から取ったダシ汁を水に薄めて販売してみたのだが、これが飛ぶように売れてな。特に近所のマダム達や御老体の方々からは膝の曲げ伸ばしが楽になって肩こりも取れたと好評であるぞ」
「何してるんですか先輩……」
どういう経緯があってアクアはダシを取らせたのか。クリスは独り頭を抱える。説明を終えたバニルは話題を切り替えるようにパンと手を叩き、二人に告げた。
「折角立ち寄ったのだ。何か買っていくといい。おすすめはこの時期にピッタリな『うちわ』と呼ばれるアイテムであるぞ。こうして仰げば心地よい風が発生し、涼しさを感じられるというものだ」
「この店のことだ。ロクな機能がついているとは思えんな」
「警戒心が高いのは実に良いことだが、安心するといい。これは器用貧乏小僧が開発したものだ。貧乏店主の絶望的な感性は加えられておらん。持ち運ぶのならこちらの『せんす』もオススメであるぞ」
カズマ経緯の商品であるとバニルは強調して答え、商品を二人に見せてきた。取っ手がついた扇形の木に薄い紙が貼り付けられている。
カズマのいた日本ならではのアイテムなのであろう。手に取って仰いでみると、確かに心地よい風が顔に当たった。扇子も試したが同様の効果が得られ、うちわよりもかさばらず持ち運び可能。バージルは独り「ふむ」と唸る。
「悪くない。ひとつ買ってやろう」
「へい毎度あり! そちらの小娘もいかがかな? 今ならお揃いの柄がひとつだけ残っておるぞ?」
「……じゃあひとつ。君から買うのはすっごい癪だけどね」
「毎度あり!」
無事扇子二つお買い上げとなり、バニルは声高らかに礼を告げて金を受け取り、扇子を二人に渡す。
これ以上話すことは特にない。バージルは早々に去ろうとしたが、そこでバニルが彼を呼び止めるように告げてきた。
「買ってくれた礼に我輩からひとつ助言を送ってやろう。汝が常に警戒している無粋な悪魔共が祭りの間に訪れることはない。純粋に楽しむが吉である」
ピタリと、バージルの足が止まった。しかしバニルへ振り返ろうとはせず、バージルは背を向けたまま彼に言葉を返す。
「悪魔の助言ほど信用できない物はない……が、片隅程度には留めておいてやろう」
鵜呑みにしたわけではないと伝え、バージルは再び足を進めた。
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「ね、ねぇバージル」
バニル達のもとから離れた後、後ろから追いかけていたクリスが呼び止めてきた。心配そうな声色からして、先程のバニルの発言に気がかりな点があったのであろう。
バージルはため息を吐き、足を止めてクリスへと振り返る。
「奴の話を信用するつもりはないと言っただろう。それとも貴様は、悪魔の戯言を信じるとでも?」
「そういうことじゃないけど……」
クリスは俯き、指をしきりに動かしながら言い淀む。騒いだり落ち込んだりと忙しい奴だと思いながら言葉を待つ。やがてクリスは顔を上げ、おずおずと心境を語った。
「もしアイツの言ってたように、常に気を張ってるのなら……折角のお祭りなんだし、せめて今だけは何も気にせず楽しんでほしいなーって……」
ただこの祭りを楽しく過ごしてほしい。頬を掻きながら話したクリスを、バージルは言葉も返さず見つめる。
エリス祭、アクア祭の同時開催とだけあって人々の信仰心は高まり、悪魔も容易に近づけないであろう。しかしアーカムの目的は女神の力。逆に信仰心が高まっている今を狙う危険もある。
できない相談だ。そう答えればいいのだが、どうしてかバージルはキッパリと言えず、黙ってクリスから目を反らした。
再び足を進めようとしたが、バージルは前方に見知った顔がいるのを発見した。黒いスーツに身を包んだダクネスと、隣を歩くケルベロス。そして彼等の傍には、見慣れない金髪の少女が一人。
「あれ? あそこにいるのってダクネスとケルベロスに……一緒にいる子は誰だろう?」
クリスも気が付いたようで、目を細めて少女を見る。しかしクリスの記憶にもない少女だったようで、彼女は気になってダクネスのもとへ。バージルもクリスの後を追う。
二人と一匹が露店で風船を受け取っているところに、クリスが声を掛けた。
「やっほ、ダクネス。お祭り楽しんでる?」
「あっ。エリ……クリスだったか。最終日になってようやく落ち着けたのでな。この子……私の従姉妹と街を巡っていたんだ」
ダクネスは隣にいた少女へ視線を落とす。少女はおずおずと前に出て、自ら名乗った。
「は、初めまして。シルフィーナといいます」
「初めまして、シルフィーナちゃん。ダクネスと同じで可愛い名前だね」
クリスは目線を合わせるように屈み、シルフィーナへ笑いかける。名前を弄られたダクネスは指摘するように咳払いをした。
「アタシはクリス。ダクネスの親友だよ。で、こっちはバージル。怖い顔してるけど悪い人じゃないから安心して」
クリスはバージルのことも含めてシルフィーナへ挨拶を返す。対するシルフィーナはクリスとバージルの顔を交互に見た後、クリスへ尋ねた。
「二人は兄妹? それとも夫婦?」
「んなっ!?」
「確かに、こうして二人並んでいる姿を見るとそうにしか見えないな」
「ちょっ!?、ダクネスまで何いってんの!」
シルフィーナからの純粋な質問を前に、クリスはたちまち顔を赤くする。ダクネスも追い打ちをかけるように言われ、受け身を取れずクリスがあたふたとする一方、バージルはというと──。
「すっかり飼い犬が板についているようだな」
「貴様もあの喧しい鳥と同じことを言いおって……誰も好き好んで成り下がったつもりはない」
立派な忠犬となっているケルベロスに茶々を入れていた。どうやら既にぐり帝から散々イジられた後のようで、ケルベロスは酷くうんざりした顔でため息を吐く。
バージルは目線をクリス達へ移す。クリスは未だ慌てふためき、それをダクネスがからかい、シルフィーナは不思議そうに見つめ、その隣に立っていた黒髪紅眼の少女がポツリと呟いた。
「おとなのいちゃいちゃ。あいびき」
「あああ逢引だなんて変なこと言わな……へっ?」
黒髪の少女に気が付いたクリス達が一斉に彼女を見る。白い服に黒のサスペンダー、頭に星のペンダントを着けてマントを纏う少女。一番に声を上げたのはダクネスであった。
「こめっこ!? どうしてアクセルの街に!?」
「おまつり楽しみにきた。ついでにうまいもんいっぱい食べて飢えをしのぐために」
めぐみんの妹、こめっこがどこからともなくやってきた。彼女とは初対面であったクリスは再び屈み、こめっこをまじまじと見つめる。
「へぇー、めぐみんさんの妹かぁ……アタシはクリス。ダクネスの親友だよ」
「我が名はこめっこ! 紅魔族随一の魔性の女にして、やがて上位悪魔を使役する予定の者!」
「悪魔を使役するのはあんまりオススメしたくないかなー」
「やだ。悪魔の方がかっこいい」
「貴様が探していたのは巨大なゴブリンの悪魔だったか。その様子では進展も無いようだな」
「おとなはせっかち。でも、もうすぐ会える予感がする。我が眼は未来を見通す眼なり」
こめっこは片目に手をかざしつつ答える。謎の自信だけ無駄にあるのは姉と同じだなとバージルは思う。
そんな中、こめっこはシルフィーナと目が合ったようで、じっとシルフィーナを見つめた後ダクネスに尋ねた。
「おっぱい大きいおねえちゃんと似てる。おねえちゃんの妹?」
「正確には従姉妹だが……私は妹のように思っているから、同じようなものだな」
「おねえちゃんの妹。こめっことおんなじ!」
シルフィーナに興味を抱いたこめっこは、自ら彼女の前に立つ。シルフィーナは勢いのあるこめっこに狼狽えながらも、自分から名乗った。
「わ、私はシルフィーナ。よろしく、こめっこちゃん」
「イマイチ。二十点」
「えぇっ!?」
いきなり辛口評価を下され、シルフィーナは勿論のこと傍で聞いていたクリス達も驚く。
一方でこめっこはシルフィーナへ手本を見せるように、両手を頭にかざすポーズを取りながら告げた。
「紅魔族との挨拶はもっと派手に! この私のように!」
「え、ええっと……わ、わが名はシルフィーナ! ママの大事な妹にして──!」
「シルフィーナ、それは覚えなくてもいいことだ。こめっこも変なことを教えないでくれ」
危うく紅魔族のノリを覚えようとした従姉妹をダクネスは引き止める。こめっこが面白くなさそうに頬を膨らます中、ふと疑問に思ったのかクリスはこめっこに尋ねた。
「ところでこめっこちゃん、もしかして一人で来たの? お姉ちゃんのめぐみんさんは?」
「ねーちゃんは忙しい。だから忠実なるしもべを連れてきた」
「しもべ?」
こめっこの言葉にクリスが首を傾げていると、こめっこは前方を指し示す。彼女の指差す方向に皆が視線を向けると、そちらから二人の少女が「見つけたー!」と叫びながら駆け寄っていたのを発見した。
「ぜぇ、ぜぇ……もう! 勝手にほっつき歩いちゃダメだって何度も言ったじゃない!」
「ちょっと目を離したらいなくなっててビックリしたよ……あれ?」
息を荒げてこめっこの前に来た、紅魔族の少女達。こめっこと合流できて胸を撫で下ろした二人であったが、ふとバージルと目が合う。
どこかで会っただろうかとバージルが疑問に思っていると、二人はバージルとクリスを交互に見てから、一斉に声を張り上げた。
「ちょっとアンタ! その女は誰!? ゆんゆんという可愛い彼女がいながら!」
「不倫よ不倫! ゆんゆんの純情をたぶらかしたんだわ!」
「貴様等は何を言っている」
「ふりっ……! ねぇバージル! ゆんゆんちゃんをたぶらかしたってどういうこと!?」
「貴様も貴様で鵜呑みにするな。ただの戯言だ」
更には勘違いをしたクリスも騒ぎ立てたので、バージルはキッパリと否定する。
やがてこめっこの連れてきた二人が、紅魔の里で会ったゆんゆんの友達であるふにふらとどどんこであったと知り、二人の勘違いも解けたところで、ふにふらが尋ねてきた。
「ねぇ、めぐみんかゆんゆん見なかった?」
「めぐみんさんならカズマ君と一緒かな」
「ゆんゆんはタナリスと街を巡っている。奴等のことだ。今頃バッタリ会っていることだろう」
そしてカズマが彼女等に振り回されているであろう。クリスもその絵面を想像したのか、苦笑いを浮かべた。
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その頃、エリス祭が開催されている敷地の商業区にて。
「これで十個目──!」
「させません! 紅魔族アタック!」
「きゃあっ!? ちょっと邪魔しないでよめぐみん! あと一発当てたらで十連続命中だったのに!」
「敵の勝利を前に手段など選んでいられません! そもそもゆんゆんは魔法職でありながら、どうしてテッポウをそんな簡単に使えるんですか!?」
「たまたま私の使ってる武器が同じなんだからしょうがないでしょ! 修行の賜物なの!」
射的と呼ばれる催しの露店で勝負をしていためぐみんとゆんゆん。随分と白熱しているようで、めぐみんの妨害行為にゆんゆんは異議を唱える。
「二人とも元気だねぇ」
「こんなことならエリス様とお祭りを回りたかったよ」
そんな紅魔族達を少し離れた場所のベンチに座って見守っていたのは、カズマとタナリス。途中の店で買ったりんご飴を舐めるタナリスの隣で、カズマは深くため息を吐く。
最初はめぐみんに連れられる形で街を巡り、これはこれでいいかと思っていた所でゆんゆん達とバッタリ遭遇。共に行動することになって以降、催し物を見つける度にめぐみんとゆんゆんが勝負するように。今の射的で十戦目は超えるであろうか。
ライブが始まる前には終わらせてくれよと願いながら眺めていると、一緒に眺めていたタナリスが話を振ってきた。
「せっかくの機会だ。カズマ君に話しておきたいことがあってさ」
「んっ? なんだよ急に」
カズマは目線をめぐみん達に向けたまま、露店で買った焼き鳥を頬張りつつ耳を傾ける。
「どうやら各地で悪魔を呼び出してる奴が、女神の力を狙っているみたいでさ」
「ブホァッ!」
世間話のノリで告げられた衝撃の事実を聞き、カズマは飲み込みかけていた焼き鳥をむせて吐き出した。
「で、僕も狙われるのかなと思ってたんだけど、どうやら僕は女神の力を封印されてるからってことで、彼の興味から外れてるみたい」
咳き込みながら戸惑うカズマの横で、タナリスは構わず話を続けた。
「だから、アクアとエリスのことを君も見守っていてほしい。それを伝えておきたかったんだ」
「いや……だからってめでたい祭りの最中に言うもんじゃないだろ」
「ごもっともだね。実を言うと、僕がエリス祭側に回ったのもクリスを見守っておく為だったんだよね。アクアはバージルが見てくれているから」
「……とか言いながら、クリス放っておいてゆんゆんと遊んでたじゃないか」
「四六時中見てたら疲れるからね。友達との約束もあったし、クリスはクリスで用事があったそうだし。まぁ大丈夫でしょ」
呑気に語るタナリス。話を聞き終え、落ち着きを取り戻したカズマは考える。
アルダープの一件があった時、彼の失踪についてカズマは真実を告げられていた。各地で悪魔を召喚する黒幕が彼に接触し、魔獣化させた。魔獣化したアルダープを抑える一方で、バージルとタナリスは黒幕に会っていた。彼等が話したのはそこまでだ。
正直なところ巻き込まれるのは嫌だったので、カズマはそれ以上聞こうともしなかったのだが……不意打ちとはいえタナリスから聞かされた以上、答えておかねばならない。
「エリス様のことは俺も注意して見とくよ。アクアは……放っておいても大丈夫そうだけどな」
「あはは、あの子なら確かにそうかもね」
カズマの言葉を聞き、タナリスは屈託なく笑う。
アクアはともかくとして、エリスはカズマにとって数少ない正統派ヒロイン。守らねばならぬ対象だ。実際悪魔が迫った時に庇えるかはわからないが。そう思いながら、カズマはめぐみん達の方へ向き直る。
「当たらぬ。なにゆえ当たらぬのだ」
「兄者よ。我も同じだ。この武器は扱いが難しい」
「ダンテは易々と当てていたというのに」
「我らに剣以外の武器は難儀なり」
「諦めるのが早すぎますよ! まだ五発も撃ってないというのに!」
「アグニさん、ルドラさん。落ち着いて狙えば大丈夫ですよ!」
「っておい!? 何やってんだお前ら!?」
いつの間にかめぐみんとゆんゆんの傍にいた双子の小人を見て、カズマは慌てて駆け寄った。めぐみんがアグニの剣を、ゆんゆんがルドラの剣を持っており、カズマの声に応じて二人が振り返ると共に剣の柄にあった小人の顔もカズマへ向けられた。
「見よ、新たな主が我らの存在に気付いたぞ」
「我らを置き去りにし祭りに興じていた薄情な主が来たぞ」
「確かにお前らのことすっかり忘れてたけど……そもそもどうやって来たんだよ?」
「無論、剣を引きずりながら走ってきた」
「片手では重たいので両手で引きずってきた」
アグニとルドラの話を聞いて、カズマは深くため息を吐く。街中を駆け回った顔無し小人の噂は、あっという間に広まるであろう。祭りが終わった後はしばらくギルドへ通い詰めることになりそうだ。
「私とゆんゆんでは決着が付きそうになかったので、私はアグニに、ゆんゆんはルドラに命運を託して射的をさせていたのです」
「ちょっと! 私が勝てそうだったのをめぐみんが無理矢理中止にさせて、ルール変更してきたんじゃない!」
「とか言いながらゆんゆんは素直に勝負を引き受けたんだな」
「だ、だって……こういう時のめぐみんは何言っても聞いてくれないから」
「この武器、ダンテがよく使っていた得物だな」
「我らも一度は使ってみたかったのだ」
めぐみん等が見守る中、アグニとルドラは射的を楽しむ。露店の店主が首なし小人に大層驚いていたので、カズマが危険のない使い魔だと念押しして説明しておいた。
やがてタナリスもこちらに歩み寄り、時間がくるまで大所帯で祭りを楽しむこととなった。
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その頃、街の酒場にて。
「さぁさぁ、よーく見ててください。今こちらの布に隠した筈のエリス神像は……ハイ! あっという間にアクア神像へ早変わり!」
「あぁっ! なんという早業! 流石ですアクア様!」
「こりゃあ確かに凄い芸だ。ところで、お渡ししたエリス神像は返してもらえるのだろうか?」
「無いわよ? だって変わっちゃったもの。だから貴方には、このアクア神像をプレゼントするわ!」
「ふざけんな! あれいくらしたと思ってんだ! 俺の大事なコレクションをこんな陳腐な像に変えやがって!」
「ちょっと待ちなさい! 我らがアクア様を模した美しき神像が陳腐ですって!? 貴方の眼は節穴ですか! あんな薄汚いエリス像なんかより、こっちの方が何十倍も値打ちがあるのよ!」
「俺がエリス神像を卸したオークションで、アクア神像が競りに出されてたのを見たが、値下げされてもなお誰も手を挙げようとしてなかったぞ! 大嘘吐いてんじゃねぇぞ!」
「いいえ嘘ではありません! なぜなら貴方がアクシズ教ではないからよ! アクシズ教に入れば、この神像がいかに精巧かつ美麗で崇高な代物かがわかる筈! というわけでこの入信書にサインを──!」
「するか馬鹿野郎! これだからアクシズ教徒は嫌なんだ! 芸だけは達者だったがチップを払う気にもならねぇ!」
「ちょっと! 私の芸を褒めてくれたのも嬉しいしおひねりは結構だけど、私のかわいい教徒を馬鹿にするのだけは見過ごせないわ! ほらっ、ぐり帝からも言ってやって!」
「テメェの自業自得にオレを巻き込むんじゃネーよ。隣のイカレた金髪ネーチャンがいればジューブンだろ」
「ぐり帝ちゃん、私の名前はセシリーお姉ちゃんってさっきも教えたじゃない! 貴方は将来アクシズ教のイメージキャラクターになるんだから、アクシズ教徒の名前は覚えておいた方がいいわよ?」
「うぉい!? そんな話聞いてネーぞ!? 勝手にマスコットに仕立て上げようとするイカレ野郎共によるイカレ宗教のイカレた看板なんざ誰が背負うか! あのクソッタレ魔帝の配下に戻る方がずっとマシだぜ!」
大勢の酔っ払いがひしめく中、アクアは芸を披露し、観客から反感を買っていた。付き人のセシリーが騒ぎ出し、ずっと傍に置かされていたぐり帝もついでに巻き込まれる。ぐり帝だけでは暴走する二人を止めることも叶わず、場が混沌に包まれていく。
「君達は長らく魔剣の勇者と旅を共にしているそうだね。よければ取材をしてもいいかな?」
「別に私は構わないけど……キョウヤじゃなくていいの?」
「本人だけでなく、仲間の話もあった方がよりリアリティーは生まれるからね。それに、君達も相当の手練れと聞いている。是非話を聞いてみたいと思ってね」
「私達にまで目をつけるだなんて、貴方見る目があるわね!」
そんな混沌には見向きもせず、アクア達から離れた席で、あるえがクレメアとフィオに独占取材。気を良くした二人は喜んで応じ、ミツルギについて語り始める。
『せっかく綺麗なお姉さんと戯れられると思ったら取材を始めて、傍にいるのは成長性の欠片もない小娘一人。祭りなのに何も楽しくないんだが?』
「もしかしなくても私のこと言ってるのよね? 言っておくけど、この姿は魔界から人間界に渡って力を抑えられた結果で、元はイイ女なのよ?」
『ハイハイ、妄想お疲れ様でーす。ったく、これだから胸の無いガキンチョは……ミツルギ、お前もそう思うだろ?』
「僕に変な話を振らないでもらえるかな?」
そんな彼女等を眺めていたベルディアとネヴァン、そして間に挟まるミツルギ。
最初はクレメア、フィオと祭りで賑わう街を巡っていたが、一際賑わっていた酒場にてアクア達を発見。得意げに芸を披露するアクアを遠巻きに眺めていると、そこへあるえとネヴァンが合流し、今へと至る。
「そういえば貴方、これから舞台劇でバージルとヤリ合うのよね? 自信の方はどうかしら?」
ベルディアと話すのに嫌気が差したのか、ネヴァンはミツルギへと尋ねてきた。ミツルギは手元の水で喉を潤してから答えを返す。
「正直、やってみなければわからないかな。でも今回は僕だけじゃない。ゆんゆんも一緒にいるからね」
『おい、さらっと俺の存在を忘れてるんじゃないぞ』
あるえに夢中と思われていたベルディアもしっかり聞いていたようで、指摘してきた彼にミツルギは小声でごめんねと謝る。
「確かに、あのゆんゆんって子もイイもの持ってるわよねぇ」
『同感だな。もう少し年齢が高ければミツルギを通して、たわわな果実に顔を埋めてやりたかったのだが』
「変態幽霊は黙っててくれないかしら?」
今にも雷を落としそうな剣幕でベルディアを睨むネヴァン。どうどうと彼女を落ち着かせた後、ミツルギはゆんゆんの話題へと戻す。
「ネヴァンはゆんゆんのことを気にかけているんだね。何か思うところでもあるのかい?」
「そりゃそうよ。同じ種族のめぐみんに散々付き合わされて家出中の身なんだから」
ため息混じりに話すネヴァンに、ミツルギはめぐみんへのフォローもできず苦笑いを浮かべるのみ。
「それに、バージルから授かったっていう悪魔とも上手くいってるみたいだし。使い魔の身としては羨ましいことこの上ないわ」
待遇の差を羨むネヴァン。そんな彼女の口から再びバージルの名が出たのを聞いて、ミツルギは待ち受ける決闘に思いを馳せる。
「(剣を交えればきっと、師匠への迷いを晴らせる)」
かつては力を求める罪人であったというバージル。彼が今、何を思ってこの世界に残り、共にいてくれるのか。剣を通して感じられるかもしれない。
と同時に、今の自分はどこまで彼に近付けたのか。それを知る絶好の機会だ。
迫るバージルとの対決に、ミツルギの心中はいつになく高揚していた。
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時は過ぎ、時刻は夕方へと差し迫ってきた頃。エリス祭敷地内にあった喫茶店にて。
「……こっちの店も悪くはない。作ったのはあの桃髪の女か?」
「そうよー。カズマがどこからともなく連れてきた子で、スイーツ担当で入ってもらってるの。ダストやキースとも面識があるみたいだけど、どこで知り合ったのかしら? バージルとも会ってるみたいだったけど、何か知らない?」
「さぁな」
再びスイーツを食していたバージルと話すのは、ウェイトレスの格好をしたリーン。彼女は不思議そうに首を傾げるが、桃髪の少女──サキュバスのロリーサとダスト達が知り合いなのは必然。しかしサキュバスの事は女性に他言無用の為、バージルも適当にとぼけておいた。
目の前にあるフルーツがたっぷり盛られたアイスをバージルは一口食べる。黙々とスイーツを堪能する彼の前に座っているのは、水の入ったコップだけ手に、ため息を吐くクリスであった。
「せっかく誘ったのに、結局まともにできたのはスイーツ巡りだけ……仮面の悪魔に絡まれた時間さえ無ければ……」
何故か落ち込んでいたクリスは、ブツブツと仮面の悪魔に向けて八つ当たり気味の文句を垂れている。
ダクネス達と鉢合わせた後、こめっことシルフィーナが共に祭りを巡ることとなり、それぞれの保護者としてダクネス、ふにふら、どどんこが同行。バージルとクリスは再び街を巡ろうとしたが、メインイベントの時間も迫っている為、最後に寄れる場所を探した結果、バージルの希望でエリス祭側の喫茶店へ寄ることとなったのだ。
バージルがスイーツを頼む中、クリスは特に注文せず落ち込むのみ。面倒に感じたバージルは彼女を放置しスイーツへ手を進める。と、見かねたのかリーンがクリスへ声を掛けた。
「そんな落ち込んでないで、気持ち切り替えなよ。これから踊り子としてステージに立つんでしょ?」
「そ、そうだね。せっかく練習したんだから、迷惑かけないようにしなきゃ」
リーンの声を聞いて我に返ったのか、クリスは思考を振り払うように頭を振ってから自身の頬を両手で叩く。
そういえば、彼女も踊りの練習をしていたなと思い出したバージルは、スイーツを食べていた手を止めてクリスに話しかけた。
「ガサツな貴様が踊り子とはな。群衆の前で醜態を晒さなければいいが」
「急に話してくれたと思ったらガサツは失礼過ぎない!? アタシ結構綺麗に整頓してるほうなんだけど!?」
「誘った側でありながら何も計画を立てていない奴をガサツと言って何が悪い」
「それは申し訳ないけど、ガサツとは言わないんじゃないかな!? せめて無計画ぐらいに留めてよ! 女の子に対して失礼だからね!?」
バージルのガサツ女呼ばわりに反応し、過剰に声を荒げるクリス。彼女が元気を取り戻したと思ったのか、はたまた別の理由か。リーンは「ごゆっくりどうぞー」と伝え、二人の傍から離れていった。
彼女の声で冷静になったのか、クリスは水を一口飲んでから落ち着かせるように深呼吸をした後、バージルに向き直る。
「そう言うバージルも舞台劇をやるんでしょ? 何役で出るの?」
「台本上では、女神率いる勇者一行に倒される魔王役だそうだ。負ける気など毛頭無いが」
「いや台本無視しちゃってるじゃん。そこはちゃんと倒されなきゃダメでしょ」
「側近の奴等次第だな」
クリスが真っ当な指摘をしてくるも、バージルは聞く耳を持とうとせず。舞台劇であり勝負も兼ねているなど知らないクリスは、バージルの言葉に首を傾げるのみ。
「けど、バージルが演劇かぁ……舞台上で演じてる姿なんて想像できないかも」
「貴様がステージで舞う姿よりは想像しやすい筈だ」
「言っておくけど、アタシ結構頑張ったんだよ? シエロちゃんのハードな基礎トレに、リアちゃんのダンスレッスンに、エーリカちゃんのかわいい踊り子ポーズレッスン。精神的にはエーリカちゃんのが一番キツかったけど……踊れる自信はまぁまぁあるんだから」
クリスは胸を張って答える。しかしすぐに肩をすぼめると、彼女は残念そうに呟いた。
「でも、イベントの時間がどん被りなんだよねぇ……バージルの魔王役、見てみたかったなぁ」
エリス祭とアクア祭、どちらのメインイベントも同時刻で開催される。より客を引き込め、盛り上がったのはどちらか。お祭り対決の総決算の役割を担っているのだ。
「人の演劇に気を削ぐ暇があるなら、せいぜい陳腐な踊りにならないよう鍛錬しておけ」
「バージル、アタシがそれなりに踊れるの全然信じてないでしょ? 実際に見てもらうのが手っ取り早いけど、チケットが無いと会場に入れないんだよね」
「では今ここで披露するか? 俺以外にもオーディエンスは揃っている」
「流石に一人で踊るのは恥ずかしいかな……だから、ハイこれ」
クリスはそう言うと、バージルの前に一枚の紙を差し出した。手描きの絵と文字で構成された手作り感満載のそれは、アクセルハーツのライブチケットであった。
「踊り子特権でカズマ君から一枚貰ったんだ。ダクネスに渡しそびれちゃったから、バージルにあげるよ。途中入場も受付可能だからさ、もしそっちの劇が早めに終わったら……来てくれたら嬉しいかなーって」
頬を掻き、徐々に小声になりながらもクリスは話す。バージルは空いた手でチケットを取り、じっと見つめる。クリスに視線を移すと、彼女はしきりに目線を合わせたり外したりしながら、返答を待っている。
「……暇があれば考えておこう」
やがて彼はチケットを懐にしまい、再びスイーツへの手を進めた。返答を聞いたクリスは、今日一番の笑顔をバージルへ見せた。
「そういえばリアちゃんから、ライブ中にファンを見つけるコツも学んだんだ。もしバージルが来た時にはちゃんと見つけて手を振ってあげるから、楽しみにしててね!」
「いつ貴様のファンになったと言った? 図に乗るな」
「もう! ちょっとは話を合わせてくれたっていいじゃん! 今ならアタシのファン一号になれるチャンスだよ?」
「必要ない」
見に行くと言ったわけでも観覧が決まったわけでもないのに、頭の幸せな女だと、バージルはスイーツを食べながらクリスの話を聞いていた。
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祭りの楽しい時間はあっという間に過ぎていき、日暮れに差し掛かってきた時刻。エリス祭とアクア祭。それぞれのメインイベントは開幕を迎えようとしていた。
エリス祭の敷地にあった小劇場。カズマ達の宣伝努力も相まってか、過去一番の盛況を見せていた。
劇場内の席は満員で、壁際に立って観覧する者も。席の前方ではアクセルハーツのグッズを纏ったファン達がひしめき合っている。
その様子を横幕から覗き込んでいたカズマは、始まる前でありながら確かな手応えを感じていた。
「どうだカズマ。会場の様子は」
「おかげさまで満席だよ。あとは、ほとんどが男性客ってところか。案の定、女性客はあっちに持っていかれたっぽいな」
尋ねてきたリアに会場の様子を伝える。そもそもアイドル業は男性人気が強く、アクア祭側には女性冒険者向けのアンケートでいつも一位二位の二人がいる。この客層になるのは必然と言えるであろう。
「うぅ……さっきまでへっちゃらだったのに心臓バクバクしてきた」
「大丈夫ですよクリスさん! 今までの鍛錬を思い出してください!」
「もしトチっても、アタシのかわいさで全部カバーしてあげるから安心しなさい!」
緊張の色を見せるクリスを、先輩踊り子のシエロとエーリカが励ます。と、彼女等の様子を傍で見ていたタナリスが感心の声を漏らした。
「流石は本職だ。場数を踏んでるから肝が据わってるね」
「むしろなんで先輩はそんな落ち着いていられるんですか……」
「ここまで来たらなるようになれってね」
同じ初踊り子である筈のタナリスは、クリスとは対照的にいつもと変わらぬ調子。頼れる先輩達の姿を見て、クリスの緊張も少しずつ解れてきたのか小さく笑う。そんな中、めぐみんが声を上げた。
「クリス、緊張をほぐす良い方法がありますよ。私と共に叫ぶのです! せーのっ! エクス──!」
「やめろ馬鹿! うっかり発動しちまったらどうするんだ!」
杖を持っていないとはいえ、爆裂魔法を唱えそうになっためぐみんの頭をカズマは思い切りはたく。
文句ありげに睨んでくるめぐみんを余所に、カズマはプロデューサーとして踊り子達をライブへ送り出すべく、激励を放った。
「いよいよライブ本番だ。短いスパンの中で、皆よくやってくれた。俺から言えるのはただひとつ。思いっきり楽しんでこい!」
ここまで来たら、自分の仕事は背中を押してやるのみ。彼の熱い言葉を受け、踊り子達は笑顔で応えた。
そして会場は暗闇に包まれ、ライブの始まりを告げるイントロが流れ出す。踊り子達はカズマに背を向け、一様にして舞台へと上がっていった。
各々が立ち位置につき、準備が整う。イントロが流れ終わった所で、リーダーのリアが口火を切った。
「みんなー! 今日はライブに来てくれてありがとう! いつも通り、まずは私達の挨拶から!」
会場に響いたリアの声で、前列のファン達が熱狂する。やがて舞台上に三つのスポットライトが落ち、アクセルハーツの姿を観客の前に披露した。
「クールにホット! リアでほっとひといきついてね!」
「教えろ教えろシエロちゃん!」
「世界の可愛いが大集合! エーリカちゃんでーす!」
ファンにとっては何度も聞いた口上であろう。しかしそれこそ彼等が求めているもの。ファンは曲前だというのに大盛り上がりし、新規勢と見られる後列の観客も、キャッチーな自己紹介に食いついている様子。
「そして今日だけの特別ユニット! 私達と一緒に踊ってくれる子達を紹介するよ!」
リアは舞台の奥へ手をかざす。すると新たに三つのスポットライトが落ちて、アクセルハーツの後方にあった一段上の足場に立つ、エリス祭限定新人踊り子達を映し出した。
「我が名はめぐみん! アクセルの街随一のアークウィザードにして、爆裂魔法を操りし者! 今宵の宴にて、我が紅蓮の舞いを刮目せよ!」
「僕はタナリス! ある時は漆黒のバイト戦士。ある時は冒険者。今回は踊り子になって華麗に登場!」
「あ、アクセルのキュートな銀髪盗賊。クリスでーす……」
新人踊り子達は練習通り、観客の前で口上をやってのけた。因みにクリスの口上はエーリカ直伝で、一人だけ可愛い系なのはカズマの指示によるものである。恥じらいながらも両人差し指を口角に持ってくるポーズを決めるクリスを見て、カズマの心中は拍手喝采であった。
「オイ! アイツ、頭のおかしい爆裂娘だぞ! 毎日爆裂魔法撃ってる頭のおかしいアークウィザードが、頭のおかしい踊り子にジョブチェンジしやがった!」
「タナリスちゃーん! いつも酒場で見てたよー! 衣装似合ってるー!」
「あの銀髪ショートの子誰!? シンプルにかわいいんだが!? 結婚してくれー!」
「おい! 私だけ頭のおかしい子呼ばわりされる理由を聞こうじゃないか!」
新人踊り子の第一印象は上々のようで、新規の客は勿論、アクセルハーツのファンも温かく迎え入れている様子。
一人だけコメントがおかしいと異議を立てるめぐみんをタナリスとクリスが抑える中、リアは観客に向けてライブの始まりを宣言した。
「それじゃあ早速行ってみよう! 最初は勿論この曲! アクセルハーツで『ブライトショー』!」
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小劇場で踊り子達の煌びやかな幕が上がった一方。
アクア祭のメインイベント──郊外にある野外ステージにて、既に舞台劇の幕は上がっていた。
「女神と勇者達は、いよいよ魔王城へ乗り込んだ。闇に覆われた道を女神が照らし、立ち塞がる魔物を勇者達が薙ぎ倒す。女神の恩恵を受け、熾烈な戦いを幾度も繰り広げ……彼等は、遂に魔王の待つ部屋へと辿り着いた」
女神率いる勇者御一行の冒険譚は、終局を迎えていた。
しかし舞台劇としてはまだ始まったばかり。序章や道中は手短に済ませ、勇者対魔王に最大限時間を割くという、あるえの大胆な脚本によるものである。
あるえの感情を乗せたナレーションが会場に響き、舞台上には物語を彩る登場人物達が。
「いよいよ魔王との決戦よ。皆、準備はいいかしら?」
「このミツルギ、女神様にどこまでもついて行きます!」
「わ、私も頑張ります! 紅魔の里、次期族長の名にかけて!」
『まさか魔王城に、このような形で帰ってくるとはな。堂々と刃向かうことになるが、覚悟はできている』
「ショージキ俺は帰りてーンだが? 鳥の丸焼きになって食われるのはゴメンだぜ?」
「こらゼル帝! 台詞が違うでしょ! 私の腕に乗って、ゼルゼルーって元気よく鳴く場面じゃない!」
「勝手に変なキャラ付けすんじゃネェよ! なんだよゼルゼルって! まだコケコッコーってみっともなく鳴いてた方が百倍マシだぜ!」
女神アクアと勇者ミツルギ、魔法職のゆんゆん。ミツルギの剣に宿りし元魔王軍幹部のベルディアと、女神の使いゼル帝。
役は本人そのままで、それぞれ台本通りに台詞を口にする。一匹、役に不本意なまま舞台に上げられた鳥もいたが。
ミツルギの姿を見て、観客席から黄色い声が上がる。会場は彼をひと目見ようと訪れた女性客が多く、おかげで満員御礼となっていた。
会話を終えた所で、舞台セットの大きな扉が描かれた背景が左右に分かれる。セットの後ろから姿を現したのは、禍々しい椅子に座す、青いコートの男。
「愚か者が死にに来たか」
魔王役のバージルが登場し、会場から再び黄色い声が。彼の隣には、魔王の娘役としてネヴァンが立っていた。
「随分早かったわね。城にいた子達じゃ満足できなかったかしら?」
「女神アクア様の力を舐めてもらっちゃ困るわよ! 次はおにい…魔王の番よ! 覚悟しなさい!」
うっかりいつもの呼び方をしそうになりつつも、アクアはバージルを指差して高らかに告げる。
「どうする? 私が先に出てもいいけど」
「いや、奴からのご指名だ。貴様はそこで見ていろ」
「フフッ。パパの格好いいところ、期待してるわよ」
役通りとはいえ、わざとらしくパパ呼びするネヴァンの声にバージルは僅かに顔をしかめながらも椅子から立ち上がる。すると舞台の袖から二本の剣が飛び出し、バージルのもとへ。彼が『ソードコントロール』で呼び寄せた魔氷剣と聖雷刀である。
「さて……先に死にたいのは誰だ?」
魔氷剣を背に、聖雷刀を片手に携えてバージルはアクア達を睨む。劇とわかっていながらも、彼の鋭い目に気圧されたアクアは、僅かに声を震わせながらも堂々と告げた。
「そ、そうね! 私が直々に倒してあげてもいいけれど、まずは私の仲間達が相手よ! ゆんゆんに……えーっと…魔剣の人と背後霊! やっちゃいなさい!」
「ミツルギです。女神様」
『ベルディアだ。覚える気無いだろ貴様』
指名を受けたミツルギとゆんゆんが前に出る。ベルディアも魔剣の中へ姿を隠し、臨戦態勢に。
「魔王。戦う前にひとつ問う」
一触即発の雰囲気が漂う中、ミツルギは魔剣を構えながらバージルに問いかけた。
「貴方はかつて、僕とゆんゆんの師であった。僕達と共に、魔王を倒す為に立ち上がった勇者だった。なのにどうして、貴方は魔王として剣を握るのですか?」
「……えっ? そんな設定だったの? ちょっとあるえ! 私聞いてないんですけど!?」
「生憎と私も初耳だが……物語に一層深みを与える良い設定だ。このまま見届けようではないか」
ミツルギの問いを聞いてアクアが慌てて舞台袖にいるあるえへ尋ねたが、支障は無いと劇を続行。さり気なくアクアとゼル帝が彼等から距離を取ったところで、バージルが言葉を返した。
「知りたければ、力尽くで来い」
「……そう言うだろうと思いましたよ」
たとえ舞台の上だろうと、彼は多くを語らない。彼らしい返答にミツルギは安堵すら覚え、小さく笑う。
ならば予定通り、剣で語るまで。ミツルギは魔剣に神経を集中させ、力を開放した。
「『ソウルリンク
ミツルギを中心に突風が吹き乱れる。片目が赤黒く染まった彼の姿と膨大な魔力を前に驚愕する者もいれば、推しの新形態支給を受け止めきれず声にならない歓喜の悲鳴を上げる者も。
しかし、目の前にいるバージルは顔色ひとつ変えていない。既にこの姿を見たことがあるのだから、当然であろう。
ミツルギは視線を横に移す。ミツルギの隣には、魔力の圧に臆さず立っていたゆんゆんの姿が。
「私も戦います。先生から授かった技と力で!」
ゆんゆんはそう言い放つと目を閉じ、呼吸を整え──使い魔の名を呼んだ。
「力を貸して──ネロア!」
ゆんゆんが目を開けた刹那、彼女の足下から黒い影が溢れ出た。影はゆんゆんの身体を覆い、飲み込み尽くしたかに見えたが──やがて影の中からゆんゆんの姿が見えた。
紅魔族を示す髪はより漆黒に、紅き眼は輝きを増し、獲物を狙う獣が如く縦に。
彼女の両手両足には黒い影が装具のように纏い、背にはゆらりと揺れる黒の尾が。頭には獣を司る両耳が。
「『
次話を戦闘回にしようと思ってたら詰め込みすぎてしまった。