「みんなー! ここまで一緒に盛り上げてくれて、ありがとう!」
「次で最後の曲になるけど、もっともーっと盛り上げていくよ!」
「かわいいワタシを一瞬でも見逃さないようにね!」
「え、えーっと……アタシも最後まで頑張るね!」
「ほら、めぐみんも笑顔笑顔。急に難儀な顔してどうしたんだい?」
「いえ……我が爆裂魔法が大いに輝く瞬間を逃してしまっているような気が……」
アクセルハーツと新たな踊り子達のライブは、いよいよ終盤を迎えていた。ステージの袖で、カズマは彼女達の輝く姿を見守る。
めぐみんの爆裂欲が度々爆発しそうになる件を除けば、滞りなく進んでいる。観客の熱も下がることはなく、まさに大盛況。あとは一度幕を下ろした後、アンコールに応えてもうひと盛り上がりを残すのみ。
街での催しも軒並み評判は良かった。今年のエリス祭は大成功と謳っても過言ではない。何事もなく終わればいいがとカズマが思った矢先であった。
「カズマ!」
自分を呼ぶ、焦りを感じる声が聞こえた。カズマは踊りから視線を外して声の主を確認すると、視界に入ったのは慌てた様子で駆けてきたリーン。彼女にはメインイベント以外の催し周りを任せていたのだが、トラブルでもあったのだろうか。邪魔にならないようカズマは舞台の袖から離れる。リーンの息が整うのを待ち、やがて彼女は用件を告げた。
「大変よ! 今アクセルの街にトロールが二体現れて、アクア祭の方でやってた舞台劇で暴れてるそうなの!」
「なんて?」
あまりにも突飛な出来事が劇場の外で起こっていたと知り、一回で理解が及ばなかったカズマはたまらず聞き返した。
「アクセルハーツのライブを見に来たってトロールが、会場を間違えてあっちに乱入したみたいで……しかも一人は魔王軍幹部候補だとか言っててるみたいなの!」
「いやなんで魔王軍のトロールが急に?」
「私に聞かれても知らないわよ! その場にいた人達でトロール討伐にあたってるみたいだけど……トロールの目的がアクセルハーツならいずれこっちにも来そうだし、今のうちにライブを中断して避難した方がいいんじゃないの?」
このままではアクセルハーツにも危害が及ぶと警告するリーン。顔も知らない連中だが、はた迷惑な奴等だとカズマは眉間を押さえる。
今の楽曲が終わったところで一度ストップを掛けるべきか。しかしライブの熱を冷ましたくはない。しばし悩んだカズマであったが――ふと気付いた彼は、リーンに尋ねた。
「なぁ、襲来したトロールはアクア祭の舞台劇の会場に現れたって言ったよな? で、近くにいた冒険者で対処してるって」
「えっ? えぇ、そうだけど」
「じゃあライブは続行だ。トロールはそいつ等に任せよう」
「はぁっ!?」
トロール襲来を無視してライブ続行の判断を下したカズマに、リーンは信じられないとばかりに驚く。
「さっきも言ったでしょ! そいつらはアクセルハーツを狙ってるって! ここに来たら彼女達だけじゃなく観客も危険に――」
「大丈夫大丈夫。そいつらが辿り着くことは無いから」
「なんでそう言い切れるのよ!」
「あっち側にいるメンバーを忘れたのか?」
「メンバーって……あっ」
楽観的な態度を取るカズマにリーンは怒りを露わにしていたが、舞台劇に参加しているとされるメンバーを思い出したのか、彼女の文句がピタリと止まった。
アクアのみなら不安になるのも仕方ないが、あちらにはバージルにゆんゆん、魔剣の人が揃っている。むしろ彼等と戦う羽目になったトロール達が無事に帰れるのか心配になるほどだ。
「……なんか、慌ててた私が馬鹿に思えてきた」
「だろ?」
過剰すぎる戦力が向こうにいると知り、リーンも冷静になってくれたようだ。
「とりあえずリーン達は会場の外を見張っててくれ。もし誰かが避難するよう言いに来たとしても、大丈夫だって突っぱねるんだ。まだ警報は鳴ってないけど、もし鳴ったとしても観客の声が凄まじいから劇場内には聞こえないだろう」
「冒険者としてどうかと思うけど……わかったわ。ダスト達にも伝えておくね」
入ってきた時とは打って変わって、落ち着いた足取りでリーンは去っていく。彼女を見送った後、カズマは再びステージへと目を向けた。
*********************************
アクア祭の舞台劇会場。女神と魔王の決戦を謳った舞台劇は、踊り子を求む蛮族と魔王の戦いへと発展していた。
「
バージルの冷たい声と共に、凶刃が振り下ろされる。勇者達ですら見切ることも叶わなかった攻撃に鈍重なトロールがついていける筈もなく、狙いのキングトロールことダニエルの肉体に斬撃の跡が次々と刻まれていく。
「ぬぅ……! なんという速さ……!」
「ダニエル様! 今助けに参ります!」
「ちょっと! 私を無視して行こうとすんじゃないわよ! 怒りの『ゴッドブロー』!」
「ぬぐぁっ!」
主を救いに行かんとしたチャーリーを、相手していたアクアが殴って止めた。余程怒りが溜まっていたのであろう。分厚い肉を持つトロールを殴ったとは思えない痛快な音が響く。配下を彼女に任せ、バージルはトドメの一振りを放ったが――。
「うぉおおおっ! ダニエル様ぁああああっ!」
チャーリーは殴られた反動を利用してダニエルの場所まで飛び、彼の前へ。ダニエルの腸を狙った刃は、チャーリーがその身に引き受けた。裂かれた彼の肉から血が吹き出し、チャーリーは苦痛の声を上げる。
「ぐぅっ……!」
「チャーリー!」
「お気遣いは無用ですぞ、ダニエル様。この程度の傷、アクセルハーツを……シエロちゃんを思えばなんのその!」
「Humph……たかがトロールとみて加減し過ぎたか」
傷口を手で押さえながら立ち上がるチャーリーを前に、バージルは舌打ちをする。
舞台劇の為に用意された野外ステージは半壊し、彼等の舞台は観客席へと移っていた。観客達は既に避難したが、彼等の戦いを見守りたいと少し離れた場所で野次馬のように観戦している。
戦況は、言うまでもなくバージル達が優勢であった。バージルがいなくとも十分な戦力だが、ミツルギとゆんゆんは先の決闘で消耗しているのでバージルとアクアが主に戦っていた。すぐに片付けるつもりでいたが、トロール由来の耐久力と推しを愛する力が合わさり、何度でも立ち上がるタフネスを彼等は見せてきた。
しかし、決して不死身ではない。このままだと嬲り殺しにされるだけなのは、相手も理解していた。
「警戒すべきは魔剣の勇者だけかと思っていましたが、銀髪の剣士……貴方のような手練れがいるとは想定外でした」
『ずっと踊り子のパンツばかり追いかけていたから、情報が古いんだろうな。この男は、たった一人で俺を打ち負かした。幹部候補止まりの貴様では太刀打ちできん。さっさと帰って推し変したらどうだ?』
「ベルディア……貴方は今、私の怒りを三つ買いました。私は貴方のように下品な心で踊り子を追いかけたことはありませんし、推し変など言語道断! 私はアクセルハーツを、リアを誰よりも愛しています!」
ベルディアの発言がダニエルの逆鱗に触れてしまったようで、彼は怒気を帯びた声で言い返す。
「そして三つ目。私を幹部候補止まりと言いましたね? 私は、推し活の時間を確保する為に敢えて幹部候補で留まっていたのです。本気を出せば、幹部どころか魔王すら私の敵ではありません! チャーリー! 今こそ我らの真の力を見せつける時です!」
「はっ! ダニエル様、よろしいのですね?」
「今よりも更に醜くなってしまうので、アクセルハーツと会うまでは避けたかったですが……もはや出し惜しみは無用! 全力で彼等を叩き潰します!」
ダニエルはチャーリーに指示を出すと、チャーリーは彼の隣へ。彼等は力を込めるように声を絞り出すと、彼等を中心に魔力の風が吹き荒れ――。
「「合体!」」
二人の声が合わさった瞬間、身体が光り輝いた。皆がたまらず目を反らす中、バージルは光の先をじっと見つめる。やがて収まった光の中から現れたのは、変わり果てた怪物の姿であった。
トロール然とした先の体格よりも数倍巨大になり、腕も数本生え、もはやトロールと呼ぶには収まらない何か。
「我が道を阻む者は、全て蹂躙する!」
「ほう。随分と大口を叩くものだと思っていたが、あながち嘘でもないようだ」
膨れ上がったダニエルの魔力を感じ、バージルは少し関心を寄せる。さてどうやって片付けようかと思案していた時、後ろで待機していた筈のミツルギとゆんゆん、ネヴァンがバージルの前に出てきた。
「……何のつもりだ?」
「師匠、ここは僕等に任せてください。さっき予定があると言ってましたよね?」
「先生は早く行ってあげてください。私達は十分休めたので大丈夫です」
「気遣いのできる、いい生徒達を持ったじゃない。先生としてここは甘えてあげたら?」
ここからは自分達が引き受けると、二人はダニエルと対峙する。ミツルギは『ソウルリンク』を、ゆんゆんは『黒獣化』を再度発動。ネヴァンはゆんゆんの隣に立ち、共にダニエルへと向かっていった。
「舐めるなよ! 小童どもが!」
変身したダニエルは、その巨腕で大剣をミツルギ達に振りかざす。が、身体強化された彼等には生温い。難なく避けてダニエルに攻撃を加えていく。ネヴァンもゆんゆんの攻撃に合わせるように雷を落としていた。
「ぬぅうっ! 猪口才な!」
苦戦の色を見せるダニエル。このまま彼等が押し切るものだと思われたが――そこへもう一人、戦いに割って入る者が姿を現した。
「も、もう我慢できん! おいダニエルとやら! この私が相手になってやる! 貴様の巨体から振りかざす攻撃で私を満ぞ……倒してみせろ!」
「ちょちょちょダクネスさん!? いくらクルセイダーでも危ないって!」
「戻ってきてダクネスさん! ほら、こめっこちゃんとシルフィーナちゃんも心配して――」
「やっちゃえ! おっきなお姉ちゃん!」
「え、えっと……ママ! 頑張って!」
「なんで応援しちゃうの二人とも!?」
どうやらダクネスも舞台劇を観覧していたようで、ダニエルの強烈な一撃を浴びるべく自ら戦場に飛び込んだ。そんな彼女を引き戻そうと、ふにふらとどどんこが声を掛ける一方で、こめっことシルフィーナは彼女に声援を送る。
「えっ? マ……えっ?」
「だ、だだだダクネスさんに娘さんが!?」
『嘘だろ……あのキチィ騎士に娘が? あの小僧か? あの小僧との子なのか?』
「あら、あの坊やったらヘタレに見えてヤることヤってたのね」
こちらはこちらで、シルフィーナのことを知らない者達が衝撃のママ発言に面食らっていた。手が止まるミツルギ達を前に、ダニエルすらも困惑した様子で彼等を見る。
緊張の糸が一度切れた中――先に動き出したのはバージルであった。
「どいつもこいつも勝手に割り込んでいるが、この俺が奴を始末するのに時間が掛かるとでも? 侮るのも大概にしておけ」
ミツルギ達は親切心から割って入ったのだが、バージルにとっては余計なお世話でしかない。彼の右手には魔氷剣が、左手には抜身の聖雷刀が握られていた。バージルの声に彼等が振り向いたと同時に、バージルを中心に魔力の嵐が吹き荒れる。
敵も味方も観客も瞬時に理解した。彼は、大技を放つ気だと。
「な、なんだこの膨大な魔力は!? 貴様はいったい……!?」
「舞台上の役は魔王だそうだ。もっとも舞台は既に壊れ、貴様はここで死ぬ。名乗る必要もないだろう」
「……いいや! 私は貴様を倒し、必ずやリアを! アクセルハーツを我が物にする! 邪魔をするなァアアアアッ!」
変身したダニエルの巨体では避けようがない。防御も捨て、手にある獲物を振りかざそうとするダニエルに向かって、バージルは駆けた。
「
剣の切っ先を前に向け、自身の身体を回転させながらの突進。同時に刀を、自身を軸に回転させるように振り回す。道塞ぐ者全てを蹂躙する、
向かってきたバージルの剣先が彼の身体を突き刺し、抉り、貫いた。ダニエルの悲鳴が響こうと、バージルは攻撃をやめない。背中から飛び出した彼は旋回して再び貫き、肉を裂く。
「ハァッ!」
ダニエルの正面へ回った彼は最後の一撃と剣を振り抜き。ズタズタになったダニエルの身体を真っ二つに断ち切った。
重たい音を立てて、かつてダニエルだった肉塊は地に落ちる。アクセルハーツを独占しようと目論んだ
バージルは剣を背に、刀を鞘に納めると、呆然と立ち尽くしていたミツルギ達へ顔を向けてから口を開いた。
「さて、邪魔者は片付いた。次は女神とドラゴンを片付けるとしよう」
「いやマテマテマテ!? まだ劇続いてたのかよ!? ここは共通の敵を協力してブッ倒して、仲良しこよしのハッピーエンドで終わらせるところダロ!?」
「馬鹿を言え。貴様等と手を取り合うなど、魔王の役としても俺自身としても願い下げだ」
「チクショウ交渉する気が微塵もネェ! オイ女神様! テメェが言い出した舞台劇だ! 最後はテメェで片付けやがれ!」
「へっ!? ちょ、ちょっと待ってお兄ちゃん! 台本は頭に入ってるわよね? 最後は私が勝利を収める結末だってわかってるわよね!?」
アクアは必死に呼びかけてくるが、バージルは一切応じず。台本無視でかかってくる気だと悟ったアクアは、本意かどうかはさておいて戦闘態勢を取る。
女神と魔王による、世界の命運を賭けた最終決戦が今始まる――誰もがそう思った中、バージルは刀から手を離した。
「……が、どうやら娘が貴様等をえらく気に入ったようだ。娘の力を、貴様等がどのように扱うのか興味もある」
ゆんゆんの隣にいたネヴァンに目をやった後、バージルは彼等に背を向ける。
「力をモノにできたなら、再び挑んでくるがいい。それまで世界と女神の命は、貴様等に預けておいてやる」
魔王としての役を守り、台本から逸脱した女神敗北エンドを回避し、彼等と再戦を望む形で幕引きにする。それがバージルの考えであった。
この後の予定もある。それを弟子の二人も察したのか、バージルに言葉を返した。
「……はい! 今度こそ、先生に追いついてみせます!」
「僕も、次こそは師匠に一撃浴びせてみせます! さらなる力を得て、一人前の剣士となった時に!」
人間でありながらここまで追い縋るのは、彼等ぐらいであろう。再戦を望む彼等の声を背中越しに受け、バージルは小さく笑う。
舞台劇の後始末はアクア達に任せ、バージルはその場を後にした。
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「アンコールまで聞いてくれた皆。本当に、本当にありがとう!」
「次の曲でホントにホントの最後だけど、カワイイ私を見逃さないでね!」
アクセルハーツのライブは、いよいよ最後の曲を迎えようとしていた。壇上に立ち並ぶアクセルハーツと今夜限りの新人踊り子三人組を前に、観客は別れを惜しみ涙を流す。
「最後の曲を歌う前に、今日一緒に踊ってくれた踊り子達からも感想を聞きたいな! まずはめぐみんさんから!」
「フフフ……爆裂魔法の使い手として名を馳せていた私ですが、今宵は踊り子として私の新たなカッコよさを存分に披露でき、街の住民もさぞ私の虜になったことでしょう!」
「カッコよさは無かったけどかわいかったぞー! 爆裂狂めぐみん!」
「頭のおかしい爆裂娘から、頭のおかしい爆裂踊り子にランクアップしたな!」
「もっと身長伸びてスタイルもよくなったら推しにしてやるよー!」
「ほう! そこまでして私に喧嘩を売るつもりですか! いいでしょういいでしょう! 今声を上げた三人に向かって爆裂魔法のファンサービスです! 我が恩恵に感謝しながら焼け死ぬがいい!」
「めぐみん、あんまり暴走するようならカズマが袖からスティールかますって言ってたから、その辺にしといた方がいいよ」
今にも観客席に飛び込んで喧嘩を始めそうになっためぐみんを、タナリスが腕を掴んで引き止める。最後の最後に騒がしい踊り子達であったが……ただひとり、静かに俯いている踊り子がいた。
「(……結局、来てくれなかったなぁ)」
彼の来訪を望んでいたクリスは、それが叶わない事実に落胆していた。
そもそも、向こうには長引きそうな用事があった。早めに終わったとしても、彼の性格を考えれば期待は薄い。始めからわかりきっていたことだ。それでもクリスは、歌いながら観客席を見渡していた。が、どこにいても目に付く青いコートは見当たらなかった。
「僕等は今回限りだけど、アクセルハーツのことはこれからも応援してあげてね。はい次、クリスの番」
「えっ?」
いつの間にかタナリスのコメントも終わっていたようで。話を振られたクリスは一瞬ポカンとしたが、状況を把握して慌てて観客席を見た。
「えっと、アタシは――」
踊り子体験の感想を語ろうとした時――クリスは見た。
一方向を見たまま彼女はしばらく固まっていたが、やがてその表情に笑みが浮かび、ぽつりと言葉を続けた。
「……こんなに観客がいる中でもファンの顔はよく見えるってアクセルハーツの三人から聞いて、正直半信半疑だったんだけど、実際ステージに立ってみると、本当だったんだなぁって感動したんだ」
アクセルハーツを推すファンや、初めて踊り子を見に来た者。観客席は様々であるが、中には信心深いエリス教徒の顔もあった。頻繁に祈りを捧げていたので、クリスも顔を覚えている。
観客席はステージと違い照明を下ろされていないが、それでも舞台上から見る観客の顔は、驚くほど鮮明に見えた。最前列は勿論、後方の壁際までも。
「アタシも今回限りだけど、今日ステージから見た光景は絶対に忘れないよ。だから、皆も最後まで楽しんで聴いていってね!」
最初の照れや緊張はどこへやら。クリスは踊り子らしく観客へ呼びかけ、観客もそれに応える。全員のコメントが終わったところで、進行役のリアが続いた。
「改めて、ここまで一緒に盛り上げてくれてありがとう! 最後は盛大に楽しんでいこう! 響け!『ファンタスティックカーテンコール』!」
リアの合図で、コンサートの最終曲が始まった。リア達の歌声と音楽が響き、ファンは大いに声援を上げて観客席と一体になる。
クリスも練習通りに歌と踊りを披露しつつ、観客席に向かって笑顔で手を振る。ファンサを受けて喜ぶ者、涙を流しながら歌を口ずさむ者。一人一人の顔を目に焼き付けながら。
そんな中、ただひとり――壁に背を預け、盛り上がりもせず仏頂面でステージを見る男がいた。いつの間にか会場に入っていた観客。その男に気付いていたクリスは彼に目を合わせると、この日一番の笑顔を送った。
クリスの中で一層色濃く映った、銀と蒼に向かって。
*********************************
史上初となったエリス祭とアクア祭の同時開催は、無事大盛況で終わりを迎えた。
エリス教とアクシズ教の対抗心が功を奏し、催し物はどちらも好評。商店街も例年と比べ数倍の益を生むことが確実とされ、カズマさんの言った通りだったと会長もご満悦であった。
そして肝心のメインイベント。どちらも大勢の客入れを成し遂げ、大成功に終わった。勝負は引き分けかと思われたのだが――。
「なんでよぉおおおおおおおおっ!」
ギルド併設の酒場にて打ち上げが行われる中、アクアはシュワシュワ片手に泣いていた。騒がしい彼女を前に、カズマもシュワシュワを一口飲んでから話しかけた。
「せっかくイベントは大成功だったのに、崩壊した野外ステージの修繕費を請求されるなんてな。ま、おかげでエリス祭の勝利になったから、俺としてはありがたいけど」
「不可抗力なの! 勝手に乱入してきたアイツ等をぶちのめす過程で壊れたんだから! なのに請求するなんておかしくない!? そもそもあいつら、アクセルハーツ目的で来てたのよ! なんでこっちがとばっちりを受けなきゃならないのよ!」
「知らねーよそんなの。そのトロール達とは会ったことすらないんだから」
「というかお兄ちゃんはどこにいったの!? 実際戦って壊してたのはお兄ちゃんなんですけど!」
「こういう場には来ないだろうな。デストロイヤー撃退の祝勝会にも来なかったし」
「あーもう! こんなの酒飲まなきゃやってられないわ! 店員さーん! おしゃけー!」
真っ赤に染まった顔と呂律の回らない声でアクアは酒を注文する。この調子では悪酔い一直線だと感じたカズマは、面倒な絡みをされる前にと席を外す。
酒場では各々が思い思いに楽しんでいた。そんな中には、エリス祭の功労者とも言えるアクセルハーツの姿もあった。まずは彼女達をねぎらうべくカズマは歩み寄った。
「よう、お疲れさん」
「あっ! プロデューサー!」
カズマの声掛けにシエロが反応する。エリス祭が終わった今プロデューサーもお役御免なのだが、プロデューサー呼びは気持ちが良かったので指摘しないでおく。
「カズマ、今回は本当にありがとう。エリス祭のイベントを通して、私達も踊り子として一歩成長することができたよ」
「話を持ち掛けられた時はショージキ疑ってたけど、あたしのカワイイをここまで引き出せた以上、本物だって認めるしかないわね」
「いや、全てはアクセルハーツの努力の賜物だ。俺はただお前達を後押ししただけに過ぎないさ」
「それにしても……本当にプロデューサーとしてやっていく気はないのか?」
「気持ちはありがたいけど遠慮しておくよ。俺が教えられることは全て教えた。お前達だけでも十分にやっていける」
彼女達はこれからも踊り子として一層輝きを増していくであろう。王都で脚光を浴びるのも時間の問題かもしれない。
プロデューサーを続けたいのは山々だが、実際にやってみてプロデューサー業がいかに大変かを実感した。ゲームでするのとは訳が違う。生半可な気持ちでは彼女達の足を引っ張るだけだと、潔く身を退くことにした。カズマの返答を聞き、リアは寂しそうに俯く。
「カズマだけじゃない。クリスとタナリス、めぐみんも今回限りだと思うと惜しいよ」
「特にあのクリスって子! かわいいアタシほどじゃないけど、かなり光るものを感じたわ!」
「俺もクリスには続けてほしいと思ったんだけどな……ところでそのクリスがどこにいるか知らないか?」
そして、忘れてはならないことがひとつ。エリス祭と並行して進めていた、クリスもといエリスルートへ進むための好感度上げだ。その成果を知るべくクリスと話したかったのだが、酒場内に見当たらなかった。リア達に所在を尋ねるも、三人は首を横に振る。なら他の人達にも挨拶がてら聞いてみるかと、カズマはアクセルハーツのもとから離れた。
一番知っていそうなのは先輩女神のタナリスだろう。目星をつけたカズマは黒髪黒装束の少女を探し始めると、大して時間も掛けずに見つけられた。カウンター席で寛いでいた彼女の傍には、獣人らしき人物二人と紫髪の大人な女性が。三人とも見慣れない人物であったが、カズマは気にせず声を掛けた。
「よっ、タナリス」
「おや、カズマじゃないか。それともカズPって呼んだ方がいいかい?」
「略した途端急激にダサくなったな」
いつもの茶化しで返してくるタナリス。カズマは周囲を確認するが、やはりクリスの姿はない。
「その様子だと、誰かお探しかな?」
「クリスに踊り子として参加してくれた礼を改めて伝えようと思ってたんだけど、タナリスは見てないか?」
「少なくとも酒場では会ってないね。どこかでのんびりしてるんじゃない?」
期待とは裏腹に、あっけなく空振りに終わった。バージルと違い、彼女はこういった飲みの場には参加するイメージだが、いったいどこへ行ったのか。
他にアテがないか模索していると、タナリスと同席していた獣人達の視線にカズマは気付く。この街では見かけたことのない顔。互いに物珍しそうな目で見合っていた時、タナリスが彼女等を指して話を続けた。
「そういえばカズマとはまだ会ってなかったね。小さい子がミーアちゃんで、色々と大きい方がエイミーさん。サムイドーっていう遠い地方からやってきたんだ」
「聞いたことない地方だな……えっと、俺は佐藤和真。この街ではそれなりに名の通った冒険者だ」
「ミーアだ! タナリスの友達か? ならミーアの友達だ!」
「私はエイミー。よろしくね、カズマさん」
ミーアは活力溢れる声で、エイミーは優しく包み込む声で挨拶を返す。するとタナリスは、次にカズマを指しながらミーアに告げた。
「ミーアちゃん。この人が前に話した、ニホン料理を作れる数少ない人だよ」
「おぉ! カズマ、ニホン料理作れるのか!?」
「えっ? まぁ簡単なものだったら作れるけど。今回の祭りにも屋台で出してた焼きそばとか」
「ヤキソバ! あれニホン料理だったのか! 味濃くってなまらうまかったぞ! また作ってくれるのか!?」
「あぁいいぞ。他にもラーメンっていう伝統の日本料理があるんだ。今度はそれを作ってやるよ」
「ラーメン! 名前からして旨そうな響きがするぞ!」
どうやら本人の知らぬ場で紹介されていたようで、ミーアが興味津々に見つめてくる。小さな子に甘い傾向のあるカズマは、喜んでミーアと約束した。その後、彼女が相当な大食らいでカズマは後悔することになるのだが、それはまた別のお話。
「ちょっと、この私を無視してミーアちゃんと馴れ馴れしくするとは良い度胸ね?」
ミーアの元気に癒されていた時、黙っていた紫髪の女性が不機嫌な声で突っかかってきた。カズマは女性に視線を移し、見せてますよと言わんばかりの谷間をチラと見てから尋ねた。
「えっと、どちら様で?」
「メリッサよ。アンタの探してるクリスとは同業兼ライバルのトレジャーハンター。あとミーアちゃんとエイミーちゃんの保護者よ」
「保護者というよりは、重度のモフモフ好きなんだ。性格は……女版バージルって言えば伝わるかな?」
「なるほど把握」
要はドSかとカズマは瞬時に理解した。ダクネスとはすこぶる相性が良いであろう。
「どれだけモフモフ好きかというと……おっ、ちょうどいいところにモフモフがやってきたね」
タナリスはカウンター側とは反対を指差して皆に告げる。カズマもそちらを見ると、冒険者達の足を器用に搔い潜りながらこちらへやってきた、赤いトサカと白い羽毛がトレードマークの口うるさいモフモフを見た。
「ったく、人が多くてかなわねェな! お利巧ワンちゃんのところに行きゃあよかったか……っと、よう! カズマにタナリスじゃねぇか! オマケにケモノの嬢ちゃん達もいて……ゲェッ!」
顔見知りを見つけたぐり帝は安心した様子で駆け寄ったが、メリッサの顔を見た途端にその両足が固まった。まるで天敵を見つけたかのよう。
一方のメリッサはぐり帝を見つけると、その目を光り輝かせながらぐり帝に向かって飛び込み、彼を強く抱き締めた。
「ピヨピヨちゃあああああんっ! また会えたわねぇえええええ!」
「ヒィッ!? 出会い頭に抱き締めてくるんじゃネェ! あとナンだその呼び方! 俺様はグリフォンだ! 誰かマトモに呼んでくれるヤツはいねェのか!?」
メリッサから熱い抱擁を受けるぐり帝。たわわな胸に押し潰されて男性からすれば羨ましい限りだが、元悪魔現ニワトリのぐり帝にとっては自分を窒息死させかねない凶器となった。
「クッソ、無駄に力がつぇえっ! カズマ! ボアっと見てネェで助けやがれ!」
「なぁタナリス、クリスが他に行きそうな場所は?」
「んー、あの子のプライベートまではあまり把握してないからなぁ。僕よりも、親友のダクネスに聞くのが早いんじゃないかな?」
「おぉ、確かにそうだ。サンキュー」
「おいテメェ! ナチュラルに無視すんじゃネェ!」
騒がしいニワトリとモフモフ狂いはタナリス達に任せ、カズマはそそくさと離れていった。ぐり帝の悲鳴を背中に浴びながら、カズマは次にダクネスの姿を探す。
と、ギルドの端の方にダクネスらしき金髪を発見した。カズマは手を振りながらそこへ駆け寄る――が、到着したところでカズマはため息を吐いた。
「なんだ、セシリーにダストか」
「ちょっと! こんな麗しい美人プリーストに自分から声を掛けておきながらその態度は何っ!? 女神アクア様の天罰が下るわよ!」
「兄弟、そりゃねぇだろ! 俺達親友じゃねぇか! なんでそんな残念そうなんだよ!?」
「アンタみたいなのと親友なのが嫌なんでしょ。いい加減気付きなさいよ」
ダクネスと見間違えた金髪は、セシリーとダストであった。傍にはミツルギに取り巻き二人組。ダストの付き添い係のリーン。そして初めましての紅魔族が一人。彼女の紅い眼に視線が合うと、彼女は自ら名乗りを上げた。
「我が名はあるえ! 紅魔族随一の発育にして小説家を目指すもの!」
「おう、俺はサトウカズマ。よろしくな」
「……おかしいね。そけっとからは紅魔族の挨拶に乗ってくれる理解のある男だと聞いていたのだが」
あるえと名乗った少女は不思議そうに見つめてくる。そけっととは、紅魔の里にいた占い師であろうかとカズマは思い出す。あの時は郷に入っては郷に従えを実践しただけで、ここはアクセルの街。わざわざ合わせる必要などない。
それよりも、あるえという名前には聞き覚えがあった。どこで聞いたかと記憶を探り――やがてカズマは彼女を指差しながら大声を発した。
「思い出した! ゆんゆんに予言と偽って自作小説送り付けてたのはお前か! あの手紙のせいでこちとら恥ずかしい勘違いしたんだぞ!」
「予言? あぁ、紅魔族英雄伝のことかな。読者だとは知らなかったよ。今は第十章まで書いているんだが、よければ君の好きな章を教えてくれるかい?」
「第一章しか読んでねぇよ!」
紅魔の里へ足を運ぶきっかけにもなった、予言の手紙を寄越した張本人。当時の怒りが蘇り怒号を発するも、あるえは何が気に障ったのだろうかと首を傾げる。カズマは勢いのまま問題の第一章について話そうとしたが、すんでのところで言葉を喉に引っ込めた。
あるえからすれば、カズマのことなど知りもしないで第一章を書いたのであろう。その後、文面のまま受け取って勘違いしたのは自分とゆんゆんだ。それにこの場で、自分がどういう勘違いをしたのか明かすのは流石に憚られる。
よく我慢できたと自画自賛する中、あるえに対する絡みが気に障ったのか、ミツルギとベルディアが割り込んできた。
「何を勘違いしたのかは知らないが、初対面の女性に失礼かつ乱暴極まりないぞ。サトウカズマ」
『紳士の風上にもおけん態度だな。貴様はわきまえている人間だと思っていたのだが』
「うるせぇな、ナルシ剣士に変態幽霊。ちょっと文句を言っただけだろ」
「ミツルギだ!」
『ベルディアだ! 誰が変態だ! せめて紳士幽霊と呼ばんか!』
「いや変態でしょ。それよりもアンタ! いい加減キョウヤの名前を覚えなさいよ! ベルディアは別にいいけど!」
「そうよそうよ! 王都での知名度だったらアンタなんかボロ負けのくせに! ベルディアは別にいいけど!」
『せめて貴様等は味方でいろ! 全員まとめて『死の宣告』かけてやろうか!?』
カズマは恒例行事とばかりに二人の間違え、取り巻き二人の怒りを買う。鬱陶しいと指で耳栓しながら、カズマは考える。
彼等がクリスの所在を知っている期待値は低い。ならダクネスの場所を尋ねてみよう。カズマが口を開こうとしたが、先にダストが思い出したように声を上げ、ミツルギに向かい合った。
「兄弟の登場でうっかり忘れちまいそうになったが、おいナルシスト野郎! さっさと勝負しやがれ!」
「そのまま忘れてくれれば良かったものを……本当にやるつもりかい?」
「あったりまえだ! テメェに舐められたままじゃあ、街のドンたるダスト様の名が廃るってモンよ! そして勝った方がそこの紅魔族のねーちゃんをいただく!」
どうやらカズマが来る前に、ミツルギとダストの間でひと悶着始まっていたようだ。手をポキポキと鳴らすダストの背後で、リーンが呆れたように息を吐く。
「楽しそうに談笑していたところに割り込んできたダストが完全に悪いし、私が引っ張っていくべきなんだろうけど……一回痛い目見た方がよさそうね。悪いんだけどミツルギさん。ダストの勝負受けてくれない? コイツが勝つのは万が一にも無いってわかってるから」
「おいリーン! 味方なんだから応援しろよ!」
「あるえさんに下心丸出して絡もうとした酒臭いアンタを応援する気なんて微塵もないんだけど」
リーンの言葉から察するに、酔ったダストがあるえにナンパし、先に彼女と話していたミツルギが止めに入るもダストが喧嘩を売られたと思い、こうなってしまったのだろう。ミツルギのことは気に入らないが、こればかりはカズマも同情する。もっともリーンの言う通り、二人の勝負などあっという間に終わってしまうだろう。
「わかった。君の勝負、受けて立とう。僕が勝ったら速やかにあるえさんから離れてもらうよ」
「そして勝った方がこの美人プリーストセシリーちゃんのお婿さんになるのね! で、負けた方はアクシズ教に入信して修行の日々へ! とってもワクワクする展開じゃない!」
「「えっ」」
セシリーが余計な条件を付けたことで、そうもいかなくなってしまった。ダストとミツルギは寝耳に水と声を上げる。
勝っても地獄。負けても地獄。セシリーの一言でダストはすっかり酔いが醒めたのか、先程までとは別人のように冷静な態度で告げた。
「あー、確かに俺が悪かったかもな。うん。つーわけでこの勝負は棄権して――」
「そしたら不戦敗ってことで魔剣の人がセシリーと結婚、ダストはアクシズ教徒になるけどいいか? あっ、無効試合も無しな」
「うぉいカズマ!? 助けるどころかなんで退路まで塞いじまうんだよ!?」
傍で見ていたカズマは敢えてセシリーに味方した。ダストだけでなく、ミツルギも酷く驚いた様子でこちらを見る。何故と言われても、愉快だったから以外に理由などない。自分が二人の立場だとしたら、たまったものではないが。
しかし、その条件を呑めないのは当事者の二人だけではなかったようで。ミツルギの取り巻き二人が声を荒げてきた。
「私達の許可もなくキョウヤのお嫁さんになるなんて、そんなの認めないわ!」
「キョウヤ! セシリーさんの言った条件は無視していいから! ほら、あるえさんも言ってやってよ!」
「いいや、このまま続行したまえ。戻ることも進むことも許されない極限状態で、二人の冒険者はどのような決断を下すのか……素晴らしい物語が生まれる予感がするよ」
「あるえさん!? 小説のネタになりそうだからって焚きつけないで!?」
反対する取り巻き二人の意思と反して、あるえはメモを片手に勝負を促してきた。退路を塞ぐ壁をしっかり補強され、当事者の二人は冷や汗をダラダラ流す。
『大変なことになってしまったな。精々頑張れミツルギよ。俺は魔剣の方に帰らせてもらって――』
「あっ、ミツルギさんが私の旦那様になったらゴーストの貴方はアクア様に消してもらうから。アクシズ教徒になる場合でも、アクア様へのお祈りにゴーストは邪魔になるから消えてもらうわね」
『待て待て待て! それだと俺だけ消滅不可避なんだが!?』
「おーいアクアー! 今から魔剣の人とダストが勝負するから審判頼むー! もしベルディアがミツルギの中から出ようとしたら浄化魔法なー!」
『小僧貴様ァ! 俺の退路まで塞ぎおって! 鬼畜! 悪魔! 人でなし!』
逃げようとしたベルディアも捕まえるため、カズマは大声でアクアを呼んだ。たまたま近くにいたのか、アクアは程なくして姿を見せた。相当酔っているようで、千鳥足でこちらに歩み寄る。
「なになにー? 私が審判やればいいのー? いいわよー! さぁさぁ見合って見合って! 男なんだから逃げたら負けよ! もし逃げたら私のゴッドブローが火を噴くわ!」
『あぁクソもう来やがった! おいどうするんだミツルギ!』
「女神様の前で無様な姿は見せられない。しかしベルディアが消されるのは僕も望まない。どうすればいいかはわからないけど……とにかく今はやるしかない!」
「マジかよ……ただかわいいねーちゃんがいたから声かけただけなのに、どうしてこうなっちまったんだ!」
「……ま、調子乗ってたら痛い目を見るってのを学べてよかったんじゃない? 巻き込んじゃったミツルギさんには本当に申し訳ないけど」
審判役のアクアだけでなく野次馬もぞろぞろ群がり、いよいよ勝負を始めるしかなくなった。意図せずミツルギを巻き込んでしまったことにリーンは罪悪感を覚えている様子。
囲まれたダストとミツルギは恨めしそうにこちらを睨んできたが、カズマは知らんぷり。そして自分も巻き込まれないよう、野次馬を掻き分けて場所を離れた。
誰にも止められることなく抜け出したカズマは、再びダクネスを捜索。先程の騒動で冒険者達が一か所に集まってくれたおかげか、大して時間も掛けずダクネスを見つけることができた。
酒場の壁際の席に座っていたダクネス。彼女の足元にはケルベロスが座っている。そんな二人が見つめる先には、言い争う二人の少女。
「魔王のほうがかっこいい。異論は認めない」
「ゆ、勇者のほうがかっこいいもん! 魔王のほうが強かったけど、次はぜったい勝てるもん!」
「魔王は絶対的強者、最凶の悪魔。取るに足らぬ人間どもなどチリに等しい!」
めぐみんの妹こめっこと、ダクネスの姪シルフィーナ。シルフィーナのことは祭りが始まる前に本人から紹介されていたので、特に驚きはせず。紹介された時はダクネスの子だと勘違いしてしまったが。
二人は何やら言い争っており、それをダクネスが傍で微笑ましく見守っていた。カズマは議論の内容が気になり、ダクネスに話しかける。
「ようダクネス。なんかこめっことシルフィーナが口論してるけど、何の話してんだ?」
「あぁ、カズマか。今日見に行った舞台劇を、二人はとても気に入ってくれたようでな。シルフィーナに友達ができて喜ばしい限りだ。祭りに連れてきて正解だったよ」
血縁上は姪っ子だが、シルフィーナがママと呼ぶように、ダクネスもまた母親のように接してきた。立場上友達ができにくい彼女に、同年代の友達ができたのはダクネスとしてはこの上ない幸せであろう。
「そしてこの私も、いずれ上位悪魔を従えし大魔法使いになる者! 手始めにそこのイヌッコロ、我が家来となれ。勇者シルフィーナを亡き者にするのだ!」
「断る。勝手に我を巻き込むな。それに我が主は貴様ではない」
「そうよ! ケルちゃんは私の味方なの! 私を背中に乗せてくれる優しい子なの! 魔王の手先になんかならないわ!」
「へー、お利巧なワンちゃんじゃないか。ケルちゃんなんて呼ばれてさ」
「揃いも揃って我を犬扱いするな!」
ケルベロスは文句ありげに唸ってきたが、見た目が柴犬同然なので全く威圧感がない。はいはいと流した後、ダクネスに向き直る。
「ところでダクネス、クリスを見かけなかったか?」
「クリス? いや、ギルドの中では見ていないが……どうかしたのか?」
「いや、ただ話をしたかっただけなんだ。因みに、どこか行きそうな場所とかは?」
「ふむ……クリスにとって踊り子は慣れない体験だっただろうから、今は『上』でゆっくり休んでいるのかもしれないな」
「『上』?」
ダクネスの言葉にカズマは首を傾げる。が、彼女が懐から取り出したエリス教のペンダントを見て、カズマはその意味を理解した。
クリスはステージから降りた後、実に晴れやかな表情ではあったが疲れも見えた。そして彼女が確実に一人で休める場所となれば、ダクネスの言う『上』しかないであろう。カズマもクリスの立場を考慮し、それ以上は何も言わず。
今日はクリス捜索を諦め、こめっことシルフィーナのやり取りを見守るべくカズマは席に腰を下ろそうとしたが――それに待ったをかける者が現れた。
「ちょっとちょっと! アンタって確かめぐみんの仲間よね!」
「んっ?」
自分に向けられている言葉だと受け取ったカズマは、声が聞こえた方へ振り向く。そこには二人の紅魔族。どちら様かと首を傾げていると、相手も察したのか、素早くポーズを取って名乗りを上げた。
「我が名はふにふら! 紅魔族随一の弟思いにして、ブラコンと呼ばれし者!」
「我が名はどどんこ! 紅魔族随一の……何だっけ?」
「おう、俺はカズマだ。よろしく」
「ちょっと! そこは紅魔族流に返しなさいよ! それでもめぐみんの仲間なの!?」
「カズマって言ったら確か、あの人が良い感じのイケメンだって紹介してた名前のような……ハァ、結局ハズレだったのね」
「誰が好んであの挨拶をするかよ。あと、どどんことかいう奴は後でビンタな」
出会い頭に非イケメン認定してきたどどんこにイラッとしながらも、カズマは実際に手を出す真似はせずに二人へ用件を尋ねた。
「で、そんな慌ててどうしたんだ? めぐみんがまた何かやらかしたのか?」
「そうだった! めぐみんがゆんゆんと喧嘩してて、私達じゃ止められないの! とにかく来て!」
「まだ口喧嘩で済んでるけど、これ以上放置してたらあの子絶対手を出すから、早く早く!」
どうやらめぐみんとゆんゆんの喧嘩の仲裁を求められているようだ。面倒には思ったが、カズマは仕方なく二人の後を追うことに。
先程の席からさほど離れていない場所で、二人の話した通りめぐみんとゆんゆんの姿があった。そして二人の間には、席に座って呑気にトマトジュースを飲んでいるネヴァンが。
「こんなの無効です! 主である私の許可なくネヴァンと契約するなどあってはなりません!」
「だって、ネヴァンさんから言い出してきたし、あの時は協力も必要だったから……そもそも、めぐみんの日頃の行いがいけないんじゃない!」
「そーよそーよ。ゆんゆん、もっと言ってやんなさい」
妹に負けじと、こちらも激しい口論を繰り広げていた。中立のように見えたネヴァンであったが、どうやらゆんゆん側にいる様子。
いったい何があったのかと眺めていると、カズマの存在に気付いためぐみんが、仲間を求めるようにこちらへ駆け寄ってきた。
「聞いてくださいカズマ! ゆんゆんが私の使い魔であるネヴァンと勝手に契約を果たし、奪ってきたのです! 私に何の一言も告げずにですよ! 酷いと思いませんか!?」
「だから私から言い出したんじゃないの! おまけにその時めぐみんは踊り子としてステージに立ってたんだから、伝えようがないじゃない!」
被害者面で同意を求めてくるめぐみん。どうやら自分の使い魔が何故かゆんゆんに取られてしまったようだ。そしてゆんゆんの証言によると、ネヴァンから持ち掛けてきたとのこと。
カズマは事の発端であるネヴァンに目を向ける。トマトジュースをコップ半分ほど飲んでいた彼女は一旦机に置き、カズマに事情を話した。
「劇の中でゆんゆんと坊やがバージルに挑んでたけど、いまひとつ押し切れてなかったから、私が協力することにしたの。この子の素質には期待が持てるし、誰かさんみたいに便利な運送屋さんみたいな扱いはしなさそうだったから」
「爆裂魔法を撃った後の私が動けない以上、ネヴァンに運んでもらうしかないではありませんか! それに、折角編み出した私との合体技はどうなるのですか!?」
「合体技って、ただネヴァンさんに持ってもらいながら空中から爆裂魔法撃ってるだけでしょ! ネヴァンさんから聞いたわよ! そんなことばっかりしてるから見限られたんじゃない!」
「なにおう!」
相容れることはなく、めぐみんとゆんゆんは睨み合う。三人の言い分を聞き終えたカズマはじっくりと考え、やがてめぐみんの方を見て口を開いた。
「これがNTRか……」
「どういう意味かさっぱりですが、なんとなく馬鹿にされているのだけは理解しました! カズマまで喧嘩を売るつもりなら買ってやろうじゃないか!」
彼の一言によってめぐみんの怒りの炎は更に燃え上がった。めぐみんは獣の如く襲い掛かってくるも、カズマは腕を伸ばしてめぐみんの頭を手で止める。攻撃が届かず、めぐみんは駄々っ子のように腕を振り回すのみ。
「……ったく、しょうがねーな」
クリスが下界にいない以上、今は彼女達と祭りの余韻に浸るとしよう。内心まんざらでもないかったカズマはそう呟き、めぐみんの相手をしてやることにした。
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同刻、アクセルの街の正門の上にて。騒がしい場所を嫌う男バージルは、ひとり静かに佇んでいた。
外壁の縁に腰掛けるように、片膝を立てて座る。空を見上げれば月が照らし、星が満遍なく広がっている。ここまでの夜景は中々お目にかかれないであろう。
平原も静けさに包まれている。話によれば例年虫が襲来するとのことであったが、夏場にミツルギも同行した虫狩りの効果か、それともバージルの魔力を本能的に感じてか、羽音を立てて侵入する者は見えなかった。
酒の一つでも持ってくればよかったかと思っていた時、背後から足音が聞こえた。バージルは振り返らずとも声の主を悟り、名を呼んだ。
「……クリスか」
「隣、失礼しますね」
クリスの問いにバージルは何も答えず。しかし彼女がそのまま隣に座っても、彼は追い返そうとしなかった。
「なんとなくここにいそうだなーと思って来てみたら、大当たりでしたね。デストロイヤー迎撃の祝勝会の時もそうでしたし」
「騒がしい連中を避けたい時にはうってつけだ。貴様はてっきり酒場にいると思っていたが」
「あっちも楽しそうだなーと思ったんですが……今日は踊り子で疲れちゃったから、のんびりしたいなーと」
女神の口調でクリスは言葉を交わした後、バージルに習って空を見上げる。広がる星空に感銘を受けたのか、クリスは感嘆の声を上げた。
「綺麗ですねぇ。お月様も真ん丸で……お酒持ってくればよかったなぁ」
「持ってこなかったのは賢明な判断だったな。酔い潰れた貴様の相手をせずに済む」
「言ってませんでしたっけ? 私、結構強いんですよ」
自信ありげな声で語るクリス。挑発的に「勝負してみますか?」と誘われたが、バージルは黙って応えようとしなかった。
クリスとは目を合わせず、バージルは夜空を見つめる。会話もなくのんびり眺めるだけに終わるかと思われたが、クリスは少し間を置いた後に別の話題を振ってきた。
「そういえば、舞台劇はどうでしたか? ミツルギさんとゆんゆんさん、強かったですか?」
「喧嘩を売ってきたわりには拍子抜けだったが……出会った頃と比べれば、少しはマシな目をするようになった」
「その口ぶりだと、バージルさんの想像以上に強くなっていたんでしょうね。素直に褒めてあげればいいのに」
「言葉通りの意味だ。それ以上の意味などない」
見透かすような口ぶりで話すクリスに、バージルは吐き捨てるように返す。もっとも、ゆんゆんに与えた力があのような進化を遂げ目を見張ったのは事実であるが。
「じゃあ、私の踊り子姿はどうでしたか?」
するとクリスは、流れるように自分の踊り子に対しての評価を尋ねてきた。きっと今の彼女の表情は、返答を心待ちにする子供のようであっただろう。バージルは空を見上げたまま、淡々と答えた。
「感心したな。よくもあの醜態を客前に晒せたものだと」
「褒めの要素がひとつも無い!? さっきみたいに、素人よりはマシかぐらい言ってくださいよ!」
「褒めるべき所が皆無な奴のどこを褒めろと? めぐみんとタナリスは些かマシであったが」
「どうして二人だけ褒めるんですか! まぁ……確かにあの二人みたく堂々と踊れなかったのは否定できませんけど……」
クリスが反省の声を漏らす。アクセルハーツは勿論のこと、めぐみんは目立ちたがり故に、タナリスは対応力の高さで踊り子らしく振舞えていたのだが、クリスだけは踊りに照れを消しきれずにいた。動きのぎこちなさは、素人目のバージルでも感じるほどであった。
それでも新人踊り子ではクリスが一番人気であったのだが、あくまで女神としての存在感が漏れていただけ。踊り子クリスの評価には入らない。
バージルの辛口評価に落胆の息を漏らすクリス。だが彼女は楽しそうな声色のまま、バージルに告げた。
「でも……見に来てくれて、嬉しかったです」
クリスの感謝を受け、バージルは彼女の顔を見る。彼女はこちらに微笑みかけていたが、そこでバージルは彼女がいつもと雰囲気が違うことに気が付いた。
彼女の左耳にかけられた、一輪の紫色の花。バージルはそれを見つめ、口を開く。
「その花は……」
「えっ? あぁ、これですか。ここに来る途中、道端の子供から貰ったんです。アクセルハーツのステージを見て、感動しましたってお礼で」
クリスは耳にかけていた花を取ると、慈しむような目で手元の花を見つめる。
「この花の名前は『クリス』……私の人間としての名前は、この花から付けたんですよ。花言葉は――」
「諦めない心、だろう」
バージルが花言葉を先に言い当てると、クリスが驚いた様子でこちらを見た。バージルは花に目を落としたまま言葉を返す。
「花に関する依頼を受け、文献を漁っていた時にその名を見た。人間好きな貴様らしい安直な名だ」
「……ふふっ、そうですね。よければバージルさんも一輪どうですか? 街のお花屋さんで買ってきますから――」
「いらん。花を飾る趣味はない」
「いいじゃないですか、一輪くらい」
クリスは不満そうに頬を膨らます。どうして女神というのは揃いも揃って子供じみているのか。鬱陶しいと思いながらも、アクアやタナリスとは違って無理矢理追い払う真似はしなかった。
「平和ボケしてインテリアに気を配るのは、全てが終わってからにしろ。奴等との戦いはまだ終わっていない」
それに、気を休めるにはまだ早い。別世界の悪魔を召喚する異分子アーカムは、今もこの世界のどこかにいる。祭りを巡る時のみならず舞台劇の最中でも警戒を怠らなかったが、仮面の悪魔の予言通り姿を現すことはなかった。悪魔以外の厄介者は現れたが。
そして魔王。幹部の一人ウォルバグ曰く、魔王軍はアーカムと協力関係にはない。アーカムもまた自身の判断でシルビアやハンスに接触を図っていた。もっとも王都での戦いでは、魔王軍に続くように上位悪魔が姿を現していたので、その後同盟を結んだ可能性もある。
いずれにせよ、魔王ともバージルは戦うつもりでいた。異界の魔王の力を確かめる――バージルが転生を選んだ理由のひとつでもあるのだから。
真っ当な理由を聞き、クリスは寂しそうに俯く。しばらく手元の花に視線を落とした後、再び顔を上げて言葉を返した。
「戦いが終わったら、今日みたいなお祭りが開かれることでしょう。その時は、また一緒に楽しみませんか? バージルさんもきっと、心から楽しめますよ」
エリス祭が終わったばかりだというのに、なんとも気の早いお誘いをするクリス。呆れたバージルはいつものように「愚かな女だ」と言いそうになったが、開きかけた口を一旦閉じて――。
「……気が向けばな」
クリスから目を離し、夜空を見上げながら返答した。その後クリスから返ってきた言葉はなく、ようやく静かになったかとバージルは星を見る。
その隣にいたクリスが、空に煌めく星々よりも輝かしい笑顔でいたとは知らずに。
このファンのキャラ達は一旦ここで終了となります。
因みにアグルドは前々話でカズマに見つかった後、再び家に戻されてずっとお留守番していました。世知辛い。