太陽が山の向こうへ落ちた頃、アクセルの街にあるギルド内の酒場にて。
「おいアクア! 今私の肉を取っただろう! 返せ!」
「同じパーティーメンバーなんだし、肉の一つや二ついいじゃない」
「ぐっ……そうかわかった。アクアがそう来るのであれば、これは私が頂こう」
「あーっ!? 私が楽しみに取っておいたデザート!」
「お前等は黙って食うことができないのか」
「いいじゃないですかカズマ。こういう食事、私は楽しくて好きですよ?」
人目も気にせず、賑わって夕食を取るカズマパーティ。取っ組み合いを始めるアクアとダクネスを、カズマは呆れた目で見守りながら料理に手を伸ばす。
「そういや、あの魔王軍幹部が襲来してからもう二週間経ったけど、本当に『死の宣告』は解かれてたんだな」
そんな時、以前この街に襲撃してきた魔王軍幹部のことをふと思い出したカズマは、アクア達に話題を振った。
「なによカズマ。まだ私が呪いを解いたこと疑ってたの?」
「そりゃあな」
「即答しましたね」
「心配しなくとも、身体に異常は無い。こうして今もカズマ達と団欒できているのはアクアのおかげだ。ありがとう」
「私にかかればあんな安っぽい呪い、チョチョイのチョイよ。そんなことより、私のデザートを今すぐ返しなさい!」
結局騒ぐのをやめない二人。カズマは思わずため息を吐くが、ダクネスを救ってくれたことには彼も感謝していた。
感謝の言葉を伝えたら調子に乗ってアレやコレやと命令してきそうなので、絶対に言わないが。
と、その横で話を聞いていためぐみんも口に含んでいた食べ物を飲み込み、口を開いた。
「ダクネスの命が奪われることがなくなったので、私も心置きなくあの城に爆裂魔法を放てていますからね。感謝していますよ」
「……んっ?」
が、その内容が引っかかりカズマはめぐみんに顔を向けた。流れに乗ってうっかり口にしてしまったのか、めぐみんは慌ててカズマから目を逸らす。
「おい、今なんつった?」
「ワ、ワタシハナニモイッテマセン」
彼女はカズマから顔を逸らしたまま、見事な棒読みで言葉を返す。それを聞いたカズマは、無理矢理彼女の顔を自分に向かせると、その両頬を手で思いっきり引っ張った。
「お、ま、え、なぁー! あんだけ怖い目に合わされて、まーだ性懲りもなくやってんのか!? また魔王軍幹部が来たらどう責任を取るつもりだ!?」
「いふぁいいふぁいいふぁい! ふぁなしてふだふぁい!」
グリグリと両頬を引っ張りながらカズマはめぐみんに説教をする。気の済むまで引っ張ってから手を離すと、涙目になっためぐみんは両頬を痛そうにさすりながら、理由を話した。
「だって、今までは平原の上でするだけで満足だったのに、カズマと一緒に行ったあの日からは、硬くて大きいモノじゃないと満足できなくなって……」
「誤解を生みそうな発言を頬染めながらするなよ!? つーか、付き添いの俺がいないのにどうやって行ってきたんだ! 誰か付き添いがいた筈だ!」
爆裂魔法を一度使えば歩けなくなる問題点は、今も解消していない。となれば、倒れためぐみんをおんぶしていった共犯者がいることになる。
カズマが再度めぐみんを睨んで問い詰めていると──その横で、何故か取っ組み合いをやめて固まっているアクアとダクネスを見つけた。
「おい、お前らまさか……」
共犯者の話をした途端に固まった二人を見て、怪しく思ったカズマは視線を向ける。見続けられた二人は冷や汗を垂らし──。
「ヒュー、ヒュー」
「フー、フー」
物凄く下手な口笛を吹いた。
「お前らかぁああああああああっ!」
「「アイタタタタタタタタタタタッ!?」」
確信したカズマは、身を乗り出して前の席に座っていた二人の頭を掴み、精一杯の力でアイアンクローを繰り出した。
「だってアイツ、私のことを無視したのよ! で、ムカついたからちょっかい出してやろうと思って、めぐみんを使ってイタァアアアアアアアッ!?」
「お前が元凶かこの駄女神! なんでお前はそう毎回毎回トラブルを引き起こそうとするんだ!?」
「あっ! あぁっ! そ、そんないきなり頭を掴んで、なんと大胆な……んんっ!」
アクアを怒鳴る横で、ダクネスが案の定ご褒美として感じ始めているが気にしない。カズマは気が収まるまでアイアンクローを味あわせてから、二人を解放してやった。
「そういえば、バージルの姿が見当たりませんね」
「んっ? あぁ、言われてみれば確かにそうだな」
アクアが痛そうに、ダクネスが名残惜しそうに頭をさする中、めぐみんが酒場内を見渡しつつ零した。
この時間帯にバージルはいつも食事を取りに来る筈だが、一向に現れる気配を見せない。
クエストが長引いているのか、夜限定のクエストに行っているのか。仲間の三人が気にしている中、カズマはちょっとした冗談を口にしてみた。
「人知れず、魔王軍幹部のとこへ行ってたりして」
「バージルがですか? しかし一人では流石に……いやでも、あのステータスなら……」
「ソロで修羅の洞窟最深部にいた特別指定モンスターを倒したと、クリスは言っていたな」
「そういえばアイツ、あの幹部が街に来た時、ニヤリと笑ってたような……」
三人の意見を耳にしたカズマは、独り黙り込む。
「(いやいやまさか……ねぇ?)」
そう思う自分とは裏腹に、魔王軍幹部とたった一人で対峙する彼の絵面が、カズマには容易に想像できていた。
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カズマ達が楽しく夕食タイムを過ごしていた頃──話題にも上がっていた魔王軍幹部が根城としている古城の最上階にて。
「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
二人の魔剣士による、激しい死闘が繰り広げられていた。
巨大な剣を振るのは、城の主である魔王軍幹部がひとり、デュラハンのベルディア。
対照的に細い剣を振るのは、青いコートに身を包む蒼白のソードマスター、バージル。
ベルディアは右手に持った大剣を、力強くバージルへと振り続ける。そのひと振りひと振りが全て、隙あらばバージルの命を奪わんとする、研ぎ澄まされた攻撃。
しかしそれをバージルは難なく受け止め──否、受け流していた。
バージルの細い剣は、ベルディアの大剣を真正面から受ければ真っ二つに折れてしまいそうなもの。だからこそか、この男はベルディアの攻撃をいなす様に剣を振っていた。
相手の動きや癖を見て予測し、更に力の流れを読み、正確に剣を振らなければ攻撃はいなせない。レベルの高いソードマスターでも、スキルを使わなければ難しい技術
それをこの男は、スキルを一切使わずやってのけると同時に、ベルディアに攻撃を加えていた。
「(コイツの剣筋、この俺の目をもってしても見えんとは……っ!)」
傍から見れば押しているのはベルディアだ。しかしバージルには傷一つ付かず、逆に自身の鎧に刀で切られた跡が増えていく。
ベルディアが纏っている鎧は、ただの鎧ではない。自身が仕える絶対君主である魔王から、特別な加護を受けている、レベルの高い冒険者による攻撃でも傷付かない、超強化された鎧だ。自身の弱点でもある神聖属性への耐性を中心に、耐性も底上げされている。
なのに、だ。この男は、自身の弱点ではない雷属性の武器を使って、強力な浄化魔法を受けた時のようなダメージを与えてきていた。
その原因は、この男が刀に纏わせている魔力だ。彼は自身の魔力を刀身に纏わせ、剣の威力と強度を底上げしている。
『勇者殺し』の二つ名を持つベルディアが、恐ろしく思う程に。
「(仕方がない……『アレ』を使うか)」
ベルディアは、一度バージルの刀を弾いてから玉座のある後方へ飛んで退避する。バージルは追撃はしようとせずに刀を納め、様子を伺っている。
「ここまでやるとは思っていなかったぞ! 蒼白のソードマスターよ! その腕に見込んで──少し本気を出してやろう!」
ベルディアは不敵に笑い、左手に持っていた自身の頭を上空へと放り投げた。
投げ飛ばされたベルディアの頭は、部屋全体を見下ろせる位置で止まる。刹那、甲冑の下から見える赤い目が光ると、部屋を覆うように赤黒い幕が、ベルディアの頭から広がった。
上空に留まるベルディアの頭を、バージルは柄に手をかけたまま見ている。そこを隙と見たベルディアは、魔力を少し開放し、バージルへと突っ込んだ。
「よそ見とは余裕だな!」
ベルディアは水平に剣を薙ぐ。接近に気付いたバージルは、すかさず刀を抜いて攻撃を防いだ。二本の剣は再び交わり、火花を散らす。
先程よりも速度や攻撃力がはね上がり、頭を手に持たなくなったことで両手が使える。並大抵の冒険者が相手であれば、瞬く間にこのベルディアに身体を両断される。
しかし、それでもこの男には届かなかった。
「フンッ!」
ベルディアは大剣を横へ薙ぎ払う。対してバージルは刀でいなすことはせず、真上に跳んで避けた。
ベルディアは内心驚いたが、同時にチャンスだと判断。地上に足をつけているこちらの方が俄然有利だからだ。
絶好の好機を逃すまいと、ベルディアは剣を両手で握り締めて斬り上げる。彼の大剣がバージルの目前まで迫り──。
瞬間、バージルの姿が目の前から消えた。
「何っ!?」
バージルの姿が消えたことに驚くベルディア。その背後には──刀を構えるバージルが。
瞬時にベルディアの真後ろに移動していたバージルは、気付かれぬ内に死角から斬るべく刀を振るう。
「見えているぞ!」
が、その攻撃をベルディアは防いだ。
完全なる死角からの攻撃であったが、ベルディアには文字通り見えていた。何故なら彼の頭部は、宙に浮いて部屋を見下ろしていたからだ。首なし騎士だからこそできる芸当である。
これにはバージルも少々驚いた様子。一方でベルディアは防いでいた大剣で剣を弾き、勢いのままにバージルへ向けて横に一閃。
バージルは咄嗟に後方へ跳び剣を避ける。が、彼の腹に剣先が掠り、傷を負わせた。
「まだ終わらんぞ!」
玉座を背後に、斬られた腹を見て顔を歪ませるバージル。そこへ休む間もなく、ベルディアは左手に魔力を溜め、バージルに向けて左拳を突き出した。
手に溜められた魔力は一つの弾となって放出され、目にも止まらぬスピードでバージルのもとへ。彼の目前に迫った瞬間、つんざく音を立てて爆発した。
「クククッ……少しやり過ぎてしまったかな?」
玉座の間が煙で満たされる中、ベルディアは笑みを浮かべる。頭部は依然として空に浮かんだまま。
悪魔の力を半分持った人間であっても、今の魔弾をまともに受ければただでは済まない。ベルディアは剣を降ろし、部屋に広がった煙が消えるのを待つ。
煙が晴れて見えた光景は──予想していたものと全く異なっていた。
「なっ……!?」
魔弾を食らった筈のバージルは、まるで何ともなかったかのように立っていた。更には腹の傷も癒えていた。
そして、剣を鞘に納めていた彼は──見たことのない光る装具を付けた右手を、こちらに突き出していた。
「(なんだあの武器は!? それにあの構え……まさか相殺したとでも!?)」
驚きのあまり固まるベルディア。対するバージルは何も言わず、右手に付けていた装具を消す。
「チィッ! ならこれでどうだ!」
ベルディアは再び右手に魔力を込めると、再び魔弾を放った。今度は三発連続で、バージル目掛けて飛んでいく。
これを見たバージルは鞘から剣を抜き──刀を風車のように回し、魔弾を巻き取った。
「んなぁっ!?」
奇想天外な防ぎ方にベルディアは思わず声を上げる。バージルは魔弾を全て絡め取ると剣を振り、斬撃としてひとまとめに返してきた。
「なんの!」
ベルディアは咄嗟に大剣を振り、迫ってきた魔弾を縦に一刀両断した。二つに分かれた魔弾はベルディアの後方で大きな爆発を起こして消える。
が、安堵する間もなく彼は襲いかかってきた。
「まだ終わらせん」
先程返した魔弾はあくまで囮。そう言わんばかりに、ベルディアが剣を振ったのとほぼ同時に、バージルは懐へ飛び込んできた。
その両足には、先程見た光る装具が。
「フンッ!」
バージルはベルディアの腹に右足で蹴りを入れ、蹴り上げた。あまりにも衝撃が強く、ベルディアの身体は真上に飛ばされ、浮かんでいた自身の頭もろとも天井を突き抜けた。
数々の星が光る夜空をバックに、ベルディアは背中にあった頭を左手で握り、真下の古城へ顔を向ける。
そして、恐るべきスピードでこちらに向かって飛んできているバージルを見た。
「(空中では上手く剣が振れん! 反撃せずに、ここは防御を……!)」
わずかな時間でベルディアは判断し、バージルの追撃を耐えるように剣で防御の構えを取る。ベルディアを睨みつけたままバージルは目前に迫り――再び姿を消した。
「なっ!? 消え──!?」
程なくして、ベルディアの背中に鈍痛が走る。ベルディアより更に上空へ移動していたバージルが、背中目掛けてかかと落としを繰り出してきたのだ。
ベルディアは隕石の如く真下に墜落。先程突き破ってできた城の天井の穴へ吸い込まれるように落ち、勢いのままに幾つもの床を突き抜け、城の地下まで落とされた。
手痛い追撃をもらったが、まだ彼は立ち上がる。ベルディアは空を見上げ、穴の空いた天井を睨む。
「まさか剣術だけでなく、体術にも長けているとは──」
「よそ見とは余裕だな」
「なっ!?」
背後から聞こえた冷たい声。ベルディアは咄嗟に振り返る。そこには、先程自分を蹴り落とした筈のバージルが。
防衛本能のままに大剣を振る。しかしバージルは容易く左手で防ぐ。彼の両手足には光る装具が。
ガラ空きになっていたベルディアの腹に、蹴りを入れられる。ベルディアは後方へ飛ばされ、壁に背中を打ち付けた。不覚を取ったとベルディアは自分を戒め、前方にいるバージルを睨みつける。
刹那、ベルディアの身体が斬り刻まれた。
「がっ……な、何が……!?」
バージルとベルディアの距離は離れている。しかしバージルは、斬り終えた後のように剣を構えていた。
まさか、空間を斬ったとでもいうのか。想定外の攻撃を受けてよろめくベルディア。これにバージルはベルディアの前へ移動すると、装具を着けていた右足で再び蹴り上げた。
ベルディアはまたも天井を突き抜けていき、玉座の間まで飛ばされる。
幾度もバージルに攻撃を許してしまい、ズタボロになってしまったベルディア。追撃されないよう場所を移動する。玉座を背に、自分が突き破ってできた入口付近の穴を睨む。
そこからバージルが飛び上がり、玉座の間に現れた。もう追撃するつもりはなかったのか、光る装具は消えていた。
「まさかここまでの強者だとは思っていなかった……もう手加減はせん! 我が魔力を全て開放し、貴様をたたっ斬る!」
これほどまでに叩きのめされて、黙っていられるほど甘くはない。ベルディアは怒りに声を震わせ、隠していた魔力を開放した。久しく表に出すことのなかった、自分の全力だ。
この場にいる者どころか、城の外にいても感じられるほどの巨大な魔力。だがバージルはそれを見て、楽しそうに笑みを浮かべた。
「ほう。俺の全力を見ても笑っていられるか」
「久々に骨のある奴が現れたと思ってな。魔王軍幹部が全て貴様のような者なら、この世界も捨てたものではなさそうだ」
「この世界? 貴様、一体何を言っている?」
バージルの意味深な言葉を耳にし、ベルディアは思わず聞き返す。
「冥土の土産に教えてやろう。俺は、この世界の住人ではない」
「……どういう意味だ?」
バージルから告げられたのは、聞いた上でも理解できない言葉であった。
他の世界──異世界が存在しているなど、ベルディアにはにわかに信じがたい。だが、バージルが嘘を吐いているようにも思えない。ベルディアが静かに言葉を待っていると、バージルは自ら異世界ついて語った。
「俺がいた世界には、人間界、天界、魔界が存在していた。無論、悪魔もだ。その中に、飛び抜けて強い力を持った悪魔がいた。その名は、魔剣士スパーダ」
「スパーダ? 聞いたこともない名前だな」
「当然だ。この世界の悪魔ではないからな。奴は、魔界を支配する王の右腕とも呼ばれるほどの力を持っていたが……魔界が人間界の侵略を始めた時、突如スパーダは反旗を翻した。スパーダは人間界を守らんと戦い、魔界の王を封印した。この世界で言えば、貴様が仕える魔王とその軍勢に、たったひとりで戦い勝利した、といったところか」
「ほう、そのような悪魔が貴様の世界に……是非とも戦ってみたいものだな」
彼から語られた、スパーダという悪魔。興味を持ったベルディアは素直に言葉を返す。
そんな彼の言葉を待っていたかのように、バージルは告げた。
「では──望み通り見せてやろう」
バージルを中心として、青白い雷が走る。風が吹き、城も揺れ出す。
そして──彼の内から感じられた魔力が、次第に膨れ上がっていった。
「
ノイズのかかったバージルの声。魔力は止まることを知らず、更に上へ、上へ──戦慄を覚えるほどに膨れ上がっていく。
ベルディアが一歩も動けずにいる中、バージルは溜め込んでいた魔力を開放するかのように、握り締めていた拳を横へ振り払った。
「
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「うおっ!? 何だ!? 地震!?」
アクセルの街にあるギルドこと酒場にて。夕食を食べ終えて雑談をしていたカズマ達だったが、突然酒場内が大きく揺れ始めた。酒場にいた冒険者達とギルド職員は皆パニックに陥る。
地震大国こと日本に住んでいたカズマだが、ここまで大きな揺れを見せる地震は体験したことがない。カズマも冒険者達と同じように慌てていた。
「み、みなさーん! 揺れが収まるまで、近くの机の下に隠れてくださーい!」
この世界でも地震が起きれば机の下に隠れて落下物から頭を守る風習はあったのか、ギルド職員が大声で冒険者達に促す。それを聞いた冒険者達は、急いで酒場に多く設置された机の下へ。
机上にあった皿や、棚に並べられたガラスコップが落ち、割れる音が鳴り響く。
「お、おいダクネス! この時期は地震が起きやすいのか!?」
「いや、そんな筈はない! そもそもここら辺は地震など滅多に起きないんだ!」
「じゃあこの揺れは何なんだよ!?」
「わ、私に聞くな!」
机の下に隠れていたダクネスとやり取りするが、彼女もこういった自体には弱いようで、泣きそうな表情を見せている。
しばらく静まりそうにない地震に二人が騒ぐ傍ら、めぐみんとアクアは、人知れず険しい表情を見せていた。
「(ここから離れた位置に、超巨大な魔力が……ていうか大き過ぎませんか!?)」
「(この魔力の感じは……!)」
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古城を中心に発生していた揺れは収まった。
その最上階に位置する玉座の間。ベルディアは、バージルが発した眩い光に思わず目を閉じていた。
瞼の向こうから光が消えたのを感じ、揺れもなくなった事を知ったベルディアは、おもむろに目を開ける。
そこに、先程まで戦っていたバージルの姿はなかった。
代わりに立っていたのは、青い鱗を纏うコートのようなものを身につけ、左手には鞘が腕と同化した剣が。
頭は銀色に光り、人間のものとは思えない鋭い歯を剥き出しにしている。
その姿を見た者は、誰もがこう口にするだろう。
──『
「ハ……」
彼は言っていた。人間と悪魔の間に生まれた子だと。
そして理解した。眼前に立つ怪物は、他の誰でもない。『
恐ろしい程に増幅された彼の、圧倒的な『魔』を前にして、ベルディアは確信した。
どう足掻いても覆すことのできない力を前にした者の行動は単純だ。
ある者は足がすくみ、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる。ある者は逃げ出し、ある者は命乞いをし、ある者は死を悟って武器を捨てる。
悪魔であろうと恐怖を覚え、ひれ伏すバージルの姿を見たベルディアは──。
「ハハハハハハハハッ!」
笑った。死を前にして狂い出した笑いでもなければ、乾いた笑いでもない。心の底から喜び、笑ったのだ。
「それが貴様の力か! 素晴らしい! 素晴らしいぞ! その力、是非とも味わいたくなった!」
人間をやめた頃からか。それとも、騎士であった頃にも持っていたのか。
常軌を逸する彼の力を目にし、ベルディアの中にある闘争本能が刺激されたのだ。
ベルディアは高らかに笑うと、自身の魔力を最大限に高めた。ここが最後の戦場だとばかりに。
前方に佇む悪魔が、静かに剣の柄に手を添える。ベルディアは右手に持っていた大剣に力を込め、駆け出した。
「行くぞ! バァアアアアジルゥウウウウーッ!」
地を蹴り、飛びかかるように突撃する。微動だにしない悪魔へと、ベルディアは力を込めて大剣を振り下ろした。
──その刃は、彼に届かず。
「……あっ?」
この場に似合わず、ベルディアは呆気ない声を上げる。目の前にいた悪魔は、いつの間に抜いたのか、右手に持った剣は刃先を上に向けていた。
ふと、自身の右半身に違和感を覚えた。ベルディアはおもむろに右側へ目を向ける。
大剣を振るっていた筈の右腕は、宙に舞っていた。
「ガッ──!?」
斬り離された自分の右腕に気を取られていた時、悪魔は剣を素早く斬り下ろした。鎧越しに深い傷を負い、ベルディアは痛みに声を上げる。
しかし、まだ終わらない。悪魔は剣を鞘に納めず構えると、耳に残るノイズのかかった声で告げた。
「
悪魔は、ベルディアの身体を斬り刻む。その刃は、もはや目で追うことも叶わない。
彼が斬りつける度に、浅葱色の剣が現れる。それは切っ先をベルディアに向けて宙に浮かび、待機している。
永遠に思えるほど長い、怒涛の剣撃。最後に悪魔は横に一閃すると、ベルディアから背を向ける。
「
剣が鞘に収まる音が鳴った途端──ベルディアを囲っていた浅葱色の剣が、一斉に突き刺さった。
*********************************
「……見事だ」
ベルディアは、掠れた声で満足気に話す。
彼の自慢の鎧は、今の古城のようにボロボロになっており、斬られた右腕は、床に突き刺さっていた大剣の横に転がっていた。左手に持っていた頭は手から離れ、床に転がっている。甲冑の下から見える赤い目は、弱々しく光っていた。
戦う力など残されていなかったベルディアを、バージルは黙って見下ろしていた。
「満足だ……満足な戦いだった。最後に貴様と戦えて……誇りに思う」
弱々しくも、どこか安らいだ声。バージルは静かに見守る。
「このまま果てるのもいいが……お前の行く末を、見てみたくなった」
ベルディアは最後の力を振り絞り、左手に魔力を溜める。そして、自身が振っていた大剣に向けて放った。彼の魔力が、大剣を覆うように纏われる。
「持っていけ……俺はそこで……見届ける」
糸が切れた人形のように、上げていた左腕がパタリと落ちる。
目の光が次第に弱まっていく中、ベルディアは最後の質問とばかりにバージルへ尋ねた。
「貴様は……人間か? それとも……悪魔か?」
彼と戦う前に聞いたものと同じ問い。
バージルは、悪魔として生きてきた。その生き方は、これからも変わることはない。
そう──変えられる筈がない。
「……悪魔だ」
バージルは少し間を置いて答える。彼の返答を聞いたベルディアは小さく笑い、消えそうな声で呟いた。
「……惜しいな」
「何だと?」
ベルディアの声を聞き、バージルは思わず聞き返す。しかし、ベルディアから言葉は返ってこない。
甲冑の下から見えていた赤い目が、二度と光を放つことはなかった。
ベルディアが物言わぬ屍になってしまったのを見たバージルは、視線を横に向ける。その先には、ベルディアが魔力を残していった大剣が。
バージルは静かに大剣へ近寄ると、柄を持って引き抜いた。
大剣からは、ベルディアと同じ魔力が伝わってくる。それは、バージルが持っているベオウルフ──魔具と似た感覚であった。
「フンッ!」
バージルは大剣を両手で持ち、力を込めて振り始めた。剣は空を斬り、ひと振りする度に強い風圧が沸き起こる。
『魔剣ベルディア』──彼から授かった武器を手に、バージルは玉座の間を後にした。
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古城を出たバージルは、アクセルの街に向けて歩いていく。振り返ることもなく。
「……バージルさん」
その後ろ姿を、一人の女性が見ていたとも知らず。彼女は、森の中へと消えゆくバージルを見つめる。
彼女は、バージルがアクセルの街から出たのを見つけ、気配を消して後を追っていた。
そして、ベルディアとの戦いで彼女は見た――彼の、悪魔の姿を。
しかし、そのことに彼女は驚いていなかった。彼女は知っていたからだ。彼が人間と悪魔の間に生まれた半人半魔であり、異世界の住人であることも。
彼女の脳裏に浮かぶのは、戦いの後に彼がベルディアと交わしていた言葉と、それを口にした時の、彼の表情。
「貴方は……本当に悪魔なんですか?」
闇の中に消えてしまったバージルへ向けるように、彼女は寂しそうに呟いた。
ここまでは最低書くぞという目標まで来れました。
このすばでシリアスとか馬鹿じゃねぇのかスティールかますぞと思われるかもしれませんが、ご了承ください。