突如、森林地帯で起こった大地震はアクセルの街にも爪痕を残していた。
もっとも深刻な被害は出ておらず、酒場にあった大量のガラスコップが割れたり、家にあったコレクションが全部落ちて台無しになったと嘆く人がいた程度。
その一方でギルドは、地震で目覚めたモンスターの襲来を危惧していたが、現実は真逆。何かに怯えるように隠れてしまったとのこと。
そして冒険者達。特に魔法職から、地震の際に大きな魔力を感じたという報告が相次いでいた。
報告を受けたギルドは、アクセルの街に襲来してきた魔王軍幹部の仕業だと推測。国から手練の冒険者を派遣してもらい、目的の古城へ調査に向かわせた。
だが、帰還した冒険者からの報告は──古城にモンスターは一匹もおらず、最上階では、魔王軍幹部のデュラハンと思わしき者が何者かによって既に倒されていた、というものであった。
人知れず脅威は去り、アクセルの街が平和な日々を取り戻してから数日後。
「……フム」
その魔王軍幹部を倒した冒険者であり、大地震を引き起こした張本人であるバージルは、呑気に読書していた。
長いこと読んでいたのか、机上には3冊ほど分厚い本が積み重ねられている。彼の背後にある白い壁には、以前手に入れた『魔剣ベルディア』が飾られていた。
この部屋には、彼以外誰もいない。それもその筈。ここは、ようやく完成した新住居なのだから。
アクセルの街郊外にある自然地帯。レンガで建築された2階建ての住居で、内装は木材を中心としてデザインされている。
近くに建てられていた無人屋敷が気になったが、建て直す時間を待つのも面倒であったので、変更を申し出ることはしなかった。
読んでいた本が最後のページを迎え、バージルは静かに本を閉じる。木が軋む音を鳴らして椅子から立ち上がると、机に置いていた三冊も一緒に持って奥の部屋へ移動。
扉を開けると、そこには幾つもの本がずらりと並ぶ書斎が。バージルは迷うことなく本を元あった場所へ戻す。
ここの本は全て、バージルがこの世界に初めて来た日に偶然見つけた図書館から買い取った物である。図書館の館長はそろそろ閉館を考えていたので、渡りに船と二つ返事で承諾してくれた。
リビングに戻り、窓の外へ目を向ける。窓からは日差しが漏れており、外がまだ明るいことを知らせてくれている。
「(ギルドに行くか)」
自宅で寛いだバージルはそう思い立ち、壁に立てかけていた雷刀アマノムラクモを手にする。ベルディアとの戦いで少々刃こぼれしたが、既にゲイリーのもとで修復してもらったため問題ない。修復に必要な鉱石集めで時間を食ったが。
そして、魔剣ベルディアにも視線を向ける。未だ実践では使っていない。丁度いい機会だと思い、バージルは魔剣を手に取って背負った。まるで使われることを喜ぶかのように、魔剣に宿る魔力が少し高まったように感じる。
扉を開けてバージルは外に出る。強い日差しに目を細めた後、彼は戸締りをしてからギルドへ向かった。
*********************************
特に顔見知りと出会うことはなく、ギルドに着いたバージル。
「……チッ」
掲示板に目ぼしいクエストが貼られていないと知り、彼は苛立ちを表すように舌打ちした。
しかし、ここは駆け出し冒険者の街。そんな街の掲示板に、駆け出しではどうにもできない高難度クエストが貼り出されるのもおかしな話であろう。時たま高レベル推奨の物もあったりするが。
唯一、彼の目に止まったクエストは『湖に蔓延るブルータルアリゲーター10匹の討伐』──前にバージルが行こうとしていたクエストである。どうやらまだ残っていたようだ。
『ブルータルアリゲーター』──ジャイアントトードの例でいくなら、バージルの世界にもいた『
性格は獰猛で、ひと度奴等のいる水の中に入ってしまえば、四肢を引きちぎられて食われてしまう。そして、奴等は汚染された水のある場所を住処にしており、倒された際には毒性のガスを放出する。危険度の高いモンスターである。
退屈しのぎにはなるだろうと、バージルはブルータルアリゲーター討伐クエストの紙を無造作に取る。
今回はダクネスの邪魔が入らなかった。警戒してギルド内を見渡したが、他メンバーの姿も見えない。何事もなくクエストを進められそうだと安心しながら、バージルはクエストカウンターに向かう。冒険者はおらず空いており、受付を担当していたいつもの金髪受付嬢ことルナは、スムーズに受注処理を済ませた。
「ハイ、確かに受注しました。では行ってらっしゃいませ」
ルナは冒険者カードをバージルに返す。相変わらず無表情のバージルは黙って受け取り、速やかに立ち去ろうとしたが、それをルナが呼び止めてきた。
「あの、バージルさん」
「何だ?」
「魔王軍幹部の討伐報酬は後日、こちらのクエスト報酬とご一緒にお渡ししますね」
ルナから耳打ちで聞かされ、バージルは口ごもる。彼が魔王軍幹部のデュラハンを討伐したと、冒険者カードの討伐モンスター欄を見て気付いたのであろう。
小声で伝えてきたのは、バージルが周りから称賛されるのを嫌うタイプだと知っての気遣いか。
バージルは言葉を返さず小さく頷き、クエストカウンターから離れていった。
*********************************
上には白い雲がゆっくりと流れていく青空。下には心地よい風に揺られる黄緑色の草原。のどかな自然地帯を歩き続けて小一時間。バージルは湖の広がる場所へと来ていた。今回のクエスト、ブルータルアリゲーターが住む湖である。
周りに広がる美しい風景とは相反した、一面茶色く濁った湖。バージルは独り顔をしかめる。
が、その理由は湖にあらず。
「おーいアクアー! 進捗はどんなもんだー!?」
「浄化は順調よー!」
「トイレ行きたくなったら言えよー!」
「め、女神はトイレなんて行かないし!」
「因みに紅魔族もトイレなんて行きませんから」
「私もクルセイダーだからトイレは……トイレは……うぅ」
「お前らは昔のアイドルか」
陸地近くの水辺には、何故か檻に入れられて体育座りをしている、紅茶のティーバッグ状態のアクアと、それを遠くで見守るカズマ、めぐみん、ダクネスという、意味不明な光景を目撃していたからだ。
「(またコイツ等か……)」
以前の爆裂魔法の件に続いて二回目の遭遇。更にアクア&ダクネスも一緒にいる。どうしてこうタイミングが良いのかと、バージルは頭を抱える。
日を改める選択肢が頭に過ぎったが、再びここへ来るのも面倒に思い、仕方なくカズマ等のもとへ歩み寄った。
「揃いも揃って何をしている」
「んっ? 誰……ってバージルさん!? なんでここに!?」
「クエストの目的地がここだからだ」
バージルの姿を見て仰天するカズマ。横に居ためぐみんも驚いており、ダクネスは思わぬドSの登場に喜んでいた。それをバージルは当然無視。
そして、独り檻の中でブツブツと鉄格子の棒の数を数え始めたアクアを見ながら、バージルはカズマに尋ねた。
「不法投棄か?」
「やっぱそう見えます?」
*********************************
バージルはカズマから、ここへ来た経緯を聞いた。
最近稼ぎを増やせずにいた彼等は、高難易度クエストに挑むことに。
しかし、高難易度クエストに挑むにはレベルも装備も乏しく、無策で行けば屍になるのがオチ。討伐クエストは全て却下した。
そこでアクアが目をつけたのは『湖を浄化する』だけというもの。湖には『ブルータルアリゲーター』という危険なモンスターがいるため、高難易度に分類されていた。
アクア曰く「私クラスの女神なら水に触れているだけで浄化できる」とのこと。それを聞いたカズマは、アクアがモンスターに殺される危険もなく、安全にクエストをクリアできる方法を思いついた。
「それがあの檻か」
「そういうことっす」
バージルの言葉に、カズマはコクリと頷く。
ギルドからモンスター捕獲用の檻を借りアクアを入れて湖につからせる。檻は、余程の力がなければ壊れない強度を持っているので、ブルータルアリゲーター相手でも心配はいらない。非人道的であることを除けば名案であるが、それを迷わず実行できるのは、流石カズマといったところであろうか。
「しかし、今のところモンスターが現れる様子はないので、案外あっけなく終わるかもしれませんね」
「馬鹿お前、そういうフラグくさい台詞を言うなって!?」
安心しきった言葉を呟くめぐみんを、カズマは慌てて咎める。その時だった。
「ひぃやぁああああっ!? なんか来た!? ねぇなんかいっぱい来たぁああああっ!?」
バージル達の耳に、アクアの甲高い悲鳴が入ってきた。全員がの方へ目を向ける。
湖の中から顔を出したのは、赤い目を光らせてゆっくりと近づく巨大ワニ──ブルータルアリゲーターが計十五匹。檻の中のアクアへ迫っていた。
ブルータルアリゲーター達は、人を簡単に丸呑みできそうな口をカパッと開け、檻を壊さんと噛み付いた。更に身体を回転させ、盛大に檻が揺れる。
「ひゃぁああああっ!? いやぁああああっ! カズマさーん! カズマさぁああああああああんっ!」
パニック映画さながらのシーンに巻き込まれているアクアは、泣き喚いてカズマに助けを求めている。絶体絶命のピンチに遭っているアクアを見ていた仲間達は──。
「ほう、あれだけの攻撃を受けても壊れんとは」
「超硬い鉱石を素材に作られているらしいですからね。流石はギルドが保証する捕獲用檻といったところでしょう」
「あの中……ちょっと楽しそうだな」
「行くなよ?」
「ところで、長くなりそうだと思ってお昼ご飯を持ってきたのですが、バージルもどうですか?」
「ひとつ貰おう」
「じゃあ、俺達は昼食にしますか」
「くぅ……私もあの中に入ればよかった」
誰も心配していなかった。
またバージルは、ブルータルアリゲーター討伐が目的なので、湖の浄化を待つ意味はないのだが、モンスターに弄ばれているアクアを見ていると、日頃溜まっていたストレスが解消されていたので、カズマ等と待つことにした。
********************************
「ピュリフィケーション! ピュリフィケーション! ピュリフィケーション! ピュリフィケーひぃっ!?」
ブルータルアリゲーター出現から四時間後。一刻も早くこの危機的状況から抜け出したいのか、アクアは女神としての浄化能力だけでなく、アークプリーストの浄化魔法を一心不乱に使いまくる。
しかし、敵が黙って見過ごすわけがなく。アクアを喰う為に檻を壊そうと体当たりしたり、檻を咥えて身体をスクリュー回転させていた。
「……まだか」
「モンスターに邪魔されながらなので、時間は掛かりそうですね」
昼食を食べ終え見学していたバージル。めぐみんの返答を聞き、不機嫌そうに舌打ちをする。
最初はまだ待てていたのだが、敵の攻撃に一々叫んで作業の手を止めるアクアを見ていて、ストレス解消どころか逆に溜まり出していた。
「おーい! ギブアップならそう言えよー! 湖から檻ごと引っ張り上げてやるからー!」
「ひぃああああっ!? 今檻からメキャッって音が! 聞こえちゃいけない音が聞こえたんですけどぉおおおおっ!?」
「私達の声が聞こえていないな」
「一度戻して落ち着かせるべきではないでしょうか?」
「ったく、しょうがねぇな」
緊急用として檻に縄を結んでおり、いつでも湖から引っ張り上げられるようにしている。カズマ等が冷静に考える中──。
「(……もう我慢ならん)」
バージルの限界が先に来た。彼は組んでいた腕を解くと、隣にいたカズマへ刀を差し出す。
「カズマ、刀を持っていろ」
「へっ? いいですけど、どうしたんすか?」
バージルはカズマへ半ば強制的に刀を預けると、独り湖へと歩いていく。取り残された三人は、バージルの背にある大剣に既視感を覚えながらも彼を見送った。
*********************************
「ピュリフィケーション! ピュリフィケーション! ピュチョッギプリィイイイイッ!?」
アクアは懸命に湖へ浄化魔法をかけ続ける、ブルータルアリゲーター達も、この女が自分達の住処を奪おうとしていることに気付いたのか、妨害が更に荒くなる。
檻を囲む棒はへしゃげ、歯型がつき、天井も凹んでいる。滅多なことがない限り壊れないと言われていた檻だが、この事態は想定されていなかった故か、今にも壊れそうになっていた。
その時、暴れているブルータルアリゲーターの集団にいた一匹が檻から遠く離れ始め──。
「いやぁああああっ!? こっちきたぁああああっ!?」
ラストアタックだとばかりに、檻へ向かって全速力で泳いできた。
この突進を食らったら終わる。本能で感じたアクアは浄化魔法を連発する。しかしブルータルアリゲーターは止まらない。
迫り来る恐怖を前にして、アクアは思わず目を瞑った──その時。
「
声と共にアクアの前で強い衝撃が起こり、水面を大きく揺らした。一体何が起こったのか。アクアは恐る恐る目を開ける。
檻の前には、身体を真っ二つに切られ血を流して死んでいる、ブルータルアリゲーターが一匹。
そして、青いコートを身に纏い、身の丈以上の長さを持つ大剣を持った男。
「バー……ジル?」
どうして彼がここにいるのか。何故ブルータルアリゲーターを倒してくれたのか。様々な疑問が浮かぶも頭が上手く回らず、掠れた声でバージルの名を口にする。
すると、バージルはアクアに背中を向けたまま、不機嫌そうな声色で言葉を掛けてきた。
「貴様の悲鳴が耳障りだ。さっさと湖を浄化しろ。モンスターは俺が始末する」
「ふぇ?」
思わず変な声を出してしまうアクア。バージルは水面に叩きつけた大剣を手に持ったまま、ブルータルアリゲーター達を睨む。
突如として現れて仲間を一刀両断した謎の男へと、ブルータルアリゲーター達は襲いかかった。
「フンッ!」
バージルは大剣を横に薙いで迎撃。敵が吹き飛んだのを確認し『エアトリック』で移動。追撃を仕掛けていく。
身の丈以上の大剣を巧みに操りつつ、敵の攻撃を難なくかわしていく。底の深いところに行ったかと思えば、彼はブルータルアリゲーターを足場にして立ち回っていった。
バージルの華麗な戦いにアクアは少し見入っていたが、ふと我に返り湖の浄化を再開させる。
が、それを敵は見逃さない。バージルに傷を負わされながらも、彼の目を掻い潜り水中に逃げた一匹は、バージルにバレないよう静かにアクアのもとへ移動する。
「ピュリフィケーション! ピュリフィケ……ヒッ!?」
そして檻の前まで行った所で姿を現し、檻を壊さんと大きな口を開けた。アクアは小さな悲鳴を上げて浄化の手を止める。
「ギュオッ!?」
が、その敵は檻に噛み付く前に悲鳴を上げ、その場に仰向けで倒れた。
その前方では、左手を突き出していたバージルが。彼はアクアから顔を背け、周囲のブルータルアリゲーター達との戦いを再開させる。
「(これが剣の能力か)」
その中で、バージルは魔剣の力を把握し始めていた。
先程、バージルはアクアに背を向けていた。しかし、アクアへ接近したブルータルアリゲーターは見えていた。それは、彼が振るっている魔剣ベルディアの能力によるものであった。
以前ベルディアと戦った時に見せた力――『空中視点』の能力が、この剣にも宿っていた。
剣士としてはありがたい能力であろう。しかしバージルは、魔剣の力を使わずとも背後からの気配や殺気を感じ、対応できる。あまりアドバンテージにならない能力であるため、積極的に使うことは無いだろうとバージルは考えていた。
*********************************
「......終わったか」
バージルは大剣を背負い、辺りを見渡す。
湖は、底も見えるほど透き通った水で満たされていた。そして湖の外周にある草原の上には、バラバラになったブルータルアリゲーター達が転がっている。
ブルータルアリゲーターには、息絶える時に毒素を撒き散らす習性がある。故に、バージルは死体が湖に落ちないよう外へ出してから殺していた。
また、湖に死体が一匹落ちることもあったが、流石は女神というべきか。アクアはその毒素もまとめて浄化していった。
バージルは綺麗になった湖から背を向ける。振り返った先にあったのは、今にも壊れそうな檻の中にいるアクア。バージルの視線に気付いたアクアは、おもむろに顔を上げる。
涙で顔はクシャクシャ。髪は乱れており、服も濡れている。酷く荒れたアクアを見下ろし、バージルは口を開いた。
「勘違いしないよう言っておくが、貴様を助けたわけではない。さっさと浄化を終わらせなかったから――」
「……わ……かった」
バージルが話している途中、アクアが小さく何かを呟いた。それを耳にしたバージルが思わず言葉を止めると、アクアはワッと泣き出した。
「うわぁああああああああんっ! 怖かったよぉおおおおおおおおっ!」
「喚くな。喧しい」
*********************************
場所は変わり、アクセルの街にて。
「ねぇ聞いてよお兄ちゃん。アイツ等ったら酷いのよ? 私が丸腰だからいい気になって、檻ごと私をぶん回したり叩きつけたり、しまいにはスクリュー回転させられたのよ!? スクリューよスクリュー! デスロールよ!」
「……おい」
「ま、それだけ私を食べようと躍起になってたってことでしょうね。私の可憐で美しい美貌を見て、さぞ美味しい肉だろうなーって。そこは褒めてあげるけど、女神を食べようだなんて不届き者にも程があるわ! お兄ちゃんもそう思わない?」
「おい、アクア」
「んっ? なにお兄ちゃん?」
「その呼び方をやめろ。虫唾が走る」
「別にいいじゃない。お兄ちゃんはお兄ちゃんなんだから」
ボロボロになった檻を乗せた台車を馬が引っ張り、その横をカズマ、めぐみん、ダクネスが歩く前方で、アクアはバージルの隣を歩き、妹のように話しかけていた。バージルは青筋を浮かべているが、アクアはお構いなし。
バージルがアクアを助けた形になってしまった後、どういうわけかアクアはバージルを『お兄ちゃん』と呼ぶようになり、こともあろうに懐かれてしまった。
あのままアクアを放置し、浄化が無事終わっていれば、アクアは檻の外が怖くなるほどの廃人になるだけで済んでいたであろう。しかし彼は襲われていたアクアを助け、檻よりも大きな安心感を彼女に与えてしまったのだ。
アクアが襲われる前にブルータルアリゲーターを討伐していれば、こうはならなかったであろう。つまりこの現状はバージル自身が招いてしまったもの。不運ステータスの効力もあるだろうが、まさに自業自得。
今までとは違う形でしつこく絡んでくるアクアを鬱陶しく思いながらも、ダクネスの道案内を好き嫌いで断ってしまった時と同じように、一時の感情で行動してしまう失態を犯したことを深く反省し、後悔していた。
「それにしてもビックリですね。まさかアクアのお兄さんがバージルだったとは」
「いや違うから。アクアがそう呼んでるだけだから。まぁなんでそう呼び始めたのかは俺もわかんないけど」
「か、カズマ! これはもしかしたらもしかしなくても、調教というヤツではないか!? そんな羨ましいことをしてもらえるなんて、やはり私も檻に入ればよかった......」
「そしてお前は相変わらずだな」
その後方で、カズマ達は二人の様子を見守りながら会話を交える。そんな中、カズマは前方で仲良く話している二人をジッと見つめる。
共に異世界へと旅立った美少女が、突然現れた別の異世界転生者である男に懐く。
異世界転生者主人公としては、相手の男を妬むべきイベント。ラノベなら間違いなく読者から反感を買い、人気が急転落下するほどだ。
そんなイベントを目の当たりにするどころか、直に体験していたカズマは――。
「(これはチャンスだ。普段から問題児を抱えながらも苦労して頑張っている俺に、神様が与えてくれたチャンスだと、俺は受け取った)」
嫉妬しないどころか、逆に感謝していた。
傍から見れば、アクアはカズマのメインヒロインに見えるだろう。しかしその実態は知ってのとおり酷いものだ。話は聞かない、文句は言う、足を引っ張る、金遣いは荒い、宴会芸という無駄スキルを覚える、不運。控えめに言っても、彼女はヒロインの風上に置けない。
当然、彼女に好かれたい気持ちはカズマの中に毛ほども無く、彼女の呪縛から逃れられないだろうかと悩んでいたほど。そんな時に起こったのがこのイベントだ。
「(バージルさん、すまない! 俺のために生活費的な意味で死んでくれ!)」
全てはこの世界で生き残るため。カズマが人知れず駄女神オサラバ計画を企てていた、その時。
「女神様! 女神様じゃないですか!」
「んっ?」
突然、横から男の声が聞こえてきた。何かと思ったカズマは馬を止め、声が聞こえた方向を見る。
「どうして女神様がこんなところに!?」
「(……なんだろう、ムショーに殴りたい奴だ)」
そこには、傍に緑髪のポニーテール女子と赤髪の女子を侍らせてた、青い鎧と黒いマントを纏う、腰元に剣を据えた茶髪の爽やか系イケメンが立っていた。
これにてアクア様に駄女神、穀潰し、宴会の神様に加え、干物妹という称号が加えられました。
青い、美形、プライド高い、敵を煽る、話し合いより先に手が出る、自分は悪魔だ女神だと言い張る、不運と、なんだかんだ似てますからね。