この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第14話「この魔剣の人に鉄槌を!」

「こんなところで再び会えるなんて……ところで女神様、隣にいる男は?」

 

 突然話しかけてきた茶髪の男性。アクアは不思議そうに首を傾げているが、男性はお構いなく話を続けて、バージルを差して尋ねてきた。

 アクアは一度バージルの顔を見ると、再び茶髪の男に視線を戻して答えた。

 

「お兄ちゃんだけど?」

「お兄さん!?」

「兄ではない」

 

 即座にバージルは否定する。しかし相手の男は聞いていないようで、酷く驚いた様子を見せている。

 

「で、では、女神様の後ろに立っている人達は?」

「私のパーティーメンバーよ」

「パーティーって、女神様ここで冒険なさっているんですか!?」

「そうだけど?」

 

 よほど衝撃的な事実だったのか、アクアの言葉を聞いて茶髪の男は更に驚く。対するアクアは、再度首を傾げながら男に問いかけた。

 

「ところで、貴方は誰?」

「ええっ!?」

「知らなかったのかよ!?」

 

 茶髪の男のみならず、後ろで聞いていたカズマも思わず声を上げた。

 男は慌てて腰元に添えていた剣を取り、アクアに見せる。

 

「僕ですよ! ほらっ! 貴方にこの『魔剣グラム』を託されてこの世界に来た『()(つるぎ)(きょう)()』ですよ!」

「魔剣だと?」

 

 気になる言葉が聞こえ、今まで帰る気満々だったバージルがここにきて反応を示し、耳を傾けた。

 

「あー、確かそんな人もいたような、いなかったような……多分いたわね、うん」

「思い出してくれましたか!?」

「いや思い出せてねーぞソイツ。多分って言ったぞ」

 

 アクアは困ったように頬をかきながら言葉を返したが、ミツルギは思い出してくれたと勘違いしたまま、嬉しそうに話を続けた。

 

「女神様。貴方の仰せのままに、僕は魔剣グラムを手に魔王討伐を目指しています。幾度か危険な目に遭いましたが、この魔剣グラムと、僕の仲間達が助けてくれました。ほらっ、二人共挨拶を」

「私はクレメア! 職業は戦士よ! アンタがキョウヤの言ってた女神様って人? いくら女神様でも、キョウヤは渡さないからねっ!」

「わっ!? やめろよクレメア! よりにもよって女神様の前で!」

「いいじゃん別に」

「むー……あっ! 私はフィオ! 職業は盗賊! 皆はなんて名前なの?」

 

 緑髪ポニーテールの女性、クレメアはアクアに見せびらかすようにミツルギの腕に抱きつく。そんなクレメアを、赤髪の三つ編み少女ことフィオは羨ましそうに見つめたが、すぐにアクアを含めた五人へ名前を尋ねてきた。

 

「私はアクアよ。職業はアークプリースト。で、隣にいるのがお兄ちゃん」

「バージルだ。職業はソードマスター」

「我が名はめぐみん! アクセルの街随一のアークウィザードであり――!」

「佐藤和真。冒険者だ」

「私はダクネスだ。職業はクルセイダー。三人ともよろしく」

「カズマ! 私の名乗りを邪魔するとはどういうつもりですか! 爆裂魔法で爆裂四散したいんですか!」

「お前の名乗りは一々長いんだよ。あと相手が引く」

 

 自己紹介を促されたカズマ達は、各々名前と職業を口にする。五人の自己紹介を聞き終えると、ミツルギは何やら気になる素振りを見せ、カズマへ話しかけてきた。

 

「サトウカズマという男以外は、全員上位職か……まさか君、女神様のご好意につけ込んで、上位職に囲まれながら楽に甘い蜜を吸っている害悪寄生冒険者じゃないだろうな?」

「(あっ、コイツやな奴だ)」

 

 レベルの低い冒険者が、レベルの高い冒険者のパーティーに入り、クエスト時は自分だけ隠れて何もせず、何の労力もなくレア素材や報酬を得る寄生行為。仲間内でない限り、数多くの冒険者から嫌われる行為である。

 カズマは最弱職と言うべき冒険者。他は全員上位職。ミツルギの言う通り、傍から見れば寄生に思えるのも仕方ないであろう。しかし――。

 

「(楽な思い? 甘い蜜? そんな経験一度も! したことが! ないんだが!?)」

 

 その実態は、話を聞かず突っ走る穀潰しと、一度放てば動けなくなる爆裂魔法以外を覚えようとしない中二病、自ら危険に突っ込む命中率ゼロなドMという、むしろ上位職が足を引っ張りまくっているものである。

 そんな苦労も知らず、恐らく転生特典で貰ったチート武器を使い、楽に冒険者生活を堪能してきた男に罵られるのは黙ってはいられなかった。

 

「そんなクソみたいな行為やったことないんですけど。つーか、このパーティーじゃ俺がリーダーだし」

「何っ? 君が?」

 

 不機嫌になったカズマは、少々口調が荒くなりながらもミツルギに言葉を返した。信じられなかったミツルギは、本当なのかと尋ねるように、カズマの側にいためぐみんとダクネスに顔を向ける。

 

「はい、パーティーを結成してからずっと、指揮権はカズマが握っています」

「今回もカズマの素晴らしい案で、ブルータルアリゲーターが住む湖の浄化を終わらせてきたんだ」

「あの高難易度クエストを? 一体どうやって?」

 

 湖の浄化クエストについてはミツルギも把握していたようで、驚きながら尋ねてくる。すると横にいたアクアが、ボロボロの檻を指で差しながら答えた。

 

「私が檻の中に入って、檻ごと湖に放り込んで、私の力で浄化したのよ」

「ハァアアアアッ!?」

 

 それは、あまりにも危険で無礼極まりないものであった。ミツルギはいてもたってもいられずカズマの胸ぐらを掴む。

 

「君っ! 女神様を檻に閉じ込めて湖に漬けるなんて、一体何を考えているんだ!? いや、そもそも女性を囮に使うような真似をするなんて、君に人の心は無いのか!?」

「ちょっと! 結果上手くいったんだから別にいいのよ! 確かに襲われた時は怖かったけど、お兄ちゃんが助けてくれたし!」

「助けたわけではない。貴様がさっさと浄化しないからだ。そして兄と呼ぶな」

 

 ミツルギがグワングワンとカズマを揺らす中、カズマは鬱陶しそうに嫌な顔を見せる。アクアのフォローも聞こえていないようで、彼はカズマを掴んだままアクアに告げた。

 

「女神様! こんな残虐非道な作戦を平気でする男と一緒にいるのは危険です! 早く元の世界にお帰りください!」

「帰りたくても帰れないんですけど。カズマに転生特典としてこの世界に連れてこられたんだから。帰るためには、魔王を倒さなきゃいけないの」

「……はっ?」

 

 彼にとって、本日何度目かになる衝撃発言。錆びたブリキの音が聞こえそうな動きで、ミツルギはカズマに再度顔を向ける。

 

「き、君……」

「本当だよ。むしゃくしゃしてやった」

「貴様ぁああああっ!」

「や、やめてよ! 私としては結構楽しく暮らしているし、ここに連れて来られたのはもう気にしてないから!」

 

 吐き捨てるように答えたカズマを見て、ミツルギの怒りが頂点に達した。

 アクアのフォローは一切耳に入らず、彼は声を震わせながらも再度アクアに尋ねた。

 

「因みに、寝泊りはどこで?」

「カズマと二人で馬小屋に――」

「ゴルァアアアアッ!」

「(あーもうコイツ面倒くさい)」

 

 トドメの一言を貰い、ミツルギの怒りが大噴火を起こした。大声で怒号を発し身体を揺さぶってくる彼を、カズマは心底鬱陶しく思う。

 しばらく揺すった後、ミツルギはカズマから離れ、憎しみのこもった目を向ける。

 

「ダメだ。君のような鬼畜外道に女神様を預けるわけにはいかない。 女神様、魔王討伐が目的ならば、こんな男から離れて僕と一緒に行きましょう。パーティーメンバーの方と義兄さんもどうです? 僕は彼のように冷酷無比なことはしないし、仲間を大切にします。僕と一緒に冒険へ行きましょう」

 

 アクア達の安全を気遣い、ミツルギはアクアだけでなくめぐみんとダクネス、更にはバージルも勧誘した。ミツルギの提案を受けた、カズマを除く四人は――。

 

「ねぇカズマ、この人思った以上に痛いんですけど。ぶっちゃけ行きたくないんですけど」

「撃っていいですか? 爆裂魔法撃っちゃっていいですか?」

「私でさえも攻めに回って殴りたくなるような男だな」

「俺はコイツ等のパーティーメンバーではない。そして兄でもない」

「というわけで、全員アンタのパーティーには入りたくないそーです」

 

 見事に全員否定派であった。

 しかし、自分の都合の悪いことは聞こえない耳なのか、ミツルギはカズマを睨んで話を進める。

 

「ではサトウカズマ、僕と勝負しろ。僕が勝てば、女神様と後ろのめぐみんさん、ダクネスさんをこちらに貰う。いいな?」

 

 ミツルギはカズマに、自然な流れとばかりに決闘を申し込んだ。意地でも引き入れるつもりでいるミツルギを、カズマ側の女性陣は流されていないトイレを見るかのような目をしている。ちゃっかりバージルはハブられていたが、本人は気にも止めていない様子。

 そして、喧嘩を売られたカズマはというと――。

 

「いいぜ、やってやるよ勝負開始だオラァッ!」

「うおうっ!?」

 

 カズマはミツルギに歩み寄ると、腰元に据えていた短剣で不意打ちを仕掛けた。しかしミツルギはギリギリで避ける。

 

「き、君っ! 卑怯卑劣にも程があるぞ! 冒険者として恥ずかしくないのか!?」

「うるせぇナルシスト! 所詮この世は勝利が全てなんだよ!『スティール』!」

 

 カズマの短剣ラッシュを避けながらも説教をするミツルギだが、彼には一切響かない。カズマは、ミツルギが後ろに距離を離した瞬間『スティール』を放った。

 眩い光を受け、ミツルギは思わず目を瞑る。光が収まった時、カズマの手に握られていたのは――。

 

「おぉ、やっぱ俺って持ってるな」

「なっ!?」

 

 あろうことか、ミツルギの転生特典である魔剣グラムだった。

 盗賊スキル『スティール』は、発動した対象の所有物を一つだけ強制的に奪うことができる。

 しかし、奪える物は自分で選べない。スキルレベルが上がれば狙った物を奪える成功率は上がるが、相手が所有物を多く持っていれば、成功率はガクッと下がる。

 

 そんな時『スティール』の成功を左右させるのは、冒険者には不要と言われていた、運ステータスである。

 運の数値が高いほど、相手のレベルがあまりにも高くなければ、たとえスキルレベルが1だろうと狙った物を奪える成功率は高まる。その逆も然り。

 そしてカズマの運ステータスは、バージルとアクアの運ステータスを足して倍にしても届かないほど高かった。

 

「それは僕の剣だ! 頼む! 返してくれ!」

 

 ミツルギは魔剣を奪われた途端、急に弱腰になってカズマに魔剣を返すようせがむ。

 しかし、カズマにその気は一切ない。これで自分もチート武器を使って、順風満帆な冒険者生活に駆り出せる……と考えていた時、めぐみんが話しかけてきた。

 

「カズマ、それは本当に魔剣なのですか?」

「だってコイツ、散々魔剣魔剣って言ってただろ」

「しかし、その剣からは何の魔力も感じられませんよ」

「えっ?」

 

 カズマはまじまじと魔剣グラムを見つめる。しかし、魔法に疎い彼が魔力を感じられる筈もなく、さっぱりわからないと首を傾げる。

 するとミツルギが、情けない声を出しながら魔剣グラムについて話した。

 

「それは僕にしか使えないようになっているんだ! 僕以外の人が持っても、魔剣グラムに宿る力は扱えない!」

「マジで?」

「そうだ! 君が持っていても意味はない! だからお願いします! その剣を僕に返してください! 何でもしますから!」

 

 魔剣グラムがチート武器になりえないことを知り、カズマは落胆する。チート能力が使えないのであれば、そこらにある剣と変わらない。精々、序盤でもらえる無属性で切れ味のいい武器といったところか。

 だが、ミツルギが今何でもすると言ったので、これをいいことに高値の武器やアイテムを買ってもらい、色々と毟ってやるのもいいかもしれないと、独りゲスな思考をカズマは張り巡らせる。

 

 ――と、その時だった。

 

「……あれ? バージルさん、どうしたんすか?」

 

 ミツルギが弱腰になってからずっと静かにしていたバージルが、突然カズマの前に出た。彼は二人の間に入る。

 無言のまま眼前に立つバージルを、ミツルギは見上げる形で目にする。しばし二人が見つめ合うと──。

 

 バージルは、ミツルギの鳩尾に強烈な拳を入れた。

 

「ガッ……!?」

 

 突然の出来事に、ミツルギの後ろにいたクレメアとフィオどころか、カズマ達も思わずビクリと驚く。

 そして、バージルのパンチを鎧越しでありながらも食らったミツルギは、バージルが手を離した瞬間、その場にうつ伏せで倒れた。

 

「キョウヤ!?」

「キョウヤ! しっかりして!」

 

 仲間の二人は気絶したミツルギにすかさず駆け寄り安否を確認するが、ミツルギは気絶したまま。

 それを確認したバージルは何も言わず立ち去ろうとする。しかし、大好きなミツルギに暴力を加えたバージルに文句を言いたかったクレメアは、キッとバージルを睨んだ。

 

「ちょっとアンタ! いきなり何してんのよ!? 怪我でもしたらどう責任取るつもり――!」

 

 が、彼女はそこで言葉を止めた。

 バージルの、人を見ているとは思えないほど冷たく、かつ怒りのこもった目を見て。

 クレメアとフィオは小さく悲鳴を上げる。彼女達だけではない。その後ろにいたカズマ達でさえも、バージルの目を見て恐怖を覚えていた。

 怯え切った二人を見たバージルは、何も言わず目線を前へ向け、再び歩き出す。しばらくして二人は我に返ると、ミツルギを抱えて逃げるようにこの場から去っていった。

 

「お、おい。お前がしつこくお兄ちゃん言うから、バージルさんキレちまったんじゃ……」

「えっ!? 私のせい!? で、でもでも! ここに来るまでお兄ちゃん全然怒らなかったじゃん! 私悪くないもん!」

「確かに、アクアの呼び方が嫌ならもっと早く怒ってもいい筈です。私にはあのミツ……なんとかに怒ったようにも見えましたが……」

「私もあの男には少々怒りを覚えはしたが、あそこまでではなかったな……しかし今の目、何というか、そこはかとなく良かった」

「ウッソだろお前」

 

 

*********************************

 

 

 それから時間は経ち、翌日の朝。アクセルの街に住む冒険者達が集まるギルドにて。

 

「なんでよぉおおおおっ!?」

「やめてください! そんなに揺らしたら、溢れちゃっ……!」

 

 甲高い声で悲痛の叫びをあげ、ギルドの受付嬢ルナに絡んでいたアクア。泣いているのを見るに、彼女にとって不利益になるトラブルが起こったのであろう。

 アクアにこれでもかと揺らされて、ルナの豊満なアレは服から溢れそうになっており、酒場にいる男冒険者達はその瞬間を拝もうと熱烈な視線を向けている。

 そして、アクアの声を聞いてため息の漏れる声が。

 

「今の声、アクアだったな」

「またか。アイツは騒ぎを起こさないと気が済まないのか?」

「そう言いながら受付嬢の胸をガッツリ見ないでください。変態です」

「みみみ見てねーし!? いつまでも叫んでるアクアを哀れな目で見てるだけだし!?」

「ムッ、アクアがこっちに戻ってきたぞ」

 

 朝食を取りに来ていたカズマ達であった。しばらく離れた席で傍観していると、アクアはルナから手を放し、重い足取りでカズマ達のところへ。

 そのまま彼等のいたカウンター席に座ると、やがて目を潤わせ、机に顔を伏せてエンエンと泣き始めた。

 

「アクア、一体何があった?」

「湖浄化の報酬三十万、檻の修理費を差し引かれて十万エリスだって……私が壊したんじゃないのにぃいいいいっ!」

「あの檻そんなに高かったのか」

「この行き場のない怒りと悲しみ、どこにぶつけたらいいのよぉおおおおっ!」

 

 ギルドから借用した檻は、かなり硬い鉱石をもとに作られている。普通に使えば問題ないのだが、カズマ達は正しい用法を守らず、天井は凹み、格子もひしゃげた。そのツケが回ってきたのである。

 顔を上げたアクアは、二十万エリスを失った悲しみと怒りを込めて拳を握りしめる――とその時。

 

「いた! 探したぞ佐藤和真!」

「んっ? あっ、昨日の痛いやつ――」

「っしゃあ丁度いいサンドバッグ発見! ゴッドブロォオオオオッ!」

「はぁああああんっ!?」

「「キョウヤー!?」」

 

 背後からカズマに声をかける者が現れたが、カズマは振り返ったとほぼ同時に、アクアが彼の顔面へと『ゴッドブロー』を食らわせた。

 情けない悲鳴をあげながら殴り飛ばされたのは、昨日カズマに魔剣グラムを貢いたミツルギ。彼の取り巻きもいる。

 彼女の怒りと悲しみがこもった拳を食らったミツルギは、その場に仰向けで倒れる。そしてアクアは彼に馬乗って胸ぐらを掴んだ。

 

「ちょっとアンタ! 私のこと崇拝してるっていうんなら、今すぐ私に三十万エリス払いなさい! 三十万よ三十万! それ以下は認めないわ!」

「ハ、ハイ、すみませんでした……」

 

 檻の修理費二十万エリスに、ちゃっかり十万エリスプラスしてミツルギへと請求する。その姿はまるでカツアゲするいじめっ子のよう。

 相手がアクアだからか、ミツルギはすんなり懐から三十万エリスをアクアに渡した。魔剣グラムというチートで散々楽してきたからなのか、お金は持っていたようである。

 

「フンフン……OK、キッチリ三十万頂いたわ! すみませーん! シュワシュワとカエルの唐揚げ山盛り、おっねがいしまーすっ!」

 

 ミツルギから三十万エリスを巻き上げたアクアは、先程とは打って変わって上機嫌に。

 注文の品を待つアクアの横で、自分に用があると突っかかってきたミツルギに、カズマは席を降りて自ら話しかけた。

 

「おーい、俺のこと探してたって言ってたよな? 何か用か?」

「いつつ……ハッ! 佐藤和真!」

 

 カズマに声を掛けられたミツルギは、すぐさま立ち上がってカズマと向かい合う。そして、昨日と同じく頭を下げて懇願してきた。

 

「頼む! 昨日君が奪った魔剣を返してはくれないか!? その代わり、店で一番良い剣を買って――」

「まずこの男が既に魔剣を持っていない件について」

 

 そこへ、めぐみんは口を挟んでカズマを指差した。彼女の言う通り、カズマが装備している物には、昨日ミツルギから奪った魔剣グラムの姿が見当たらない。

 

 最悪のビジョンが見えたミツルギは、恐る恐るカズマに尋ねた。

 

「さ、佐藤和真……ぼ、僕の魔剣グラムは?」

「んっ? あぁ、あの魔剣?」

 

 ミツルギに尋ねられたカズマは懐に手を入れて、ジャラジャラと金属の音が鳴る袋──自身の財布を見せ、平然と答えた。

 

「売った」

「ちくしょぉおおおおおおおおっ!」

「「キョ、キョウヤー!?」」

 

 ミツルギは涙を流し、その場を全速力で走り去っていった。取り巻きの二人も慌ててミツルギを追いかける。

 終始情けない姿を見せる羽目になった彼だが、アクセルの街では有名人である。魔剣グラムによる力と、彼自身の人の良さから、多くの冒険者達に好かれていた。主に女性から。

 そんなミツルギが泣いて走り去る姿は珍しいもので、酒場にいた冒険者達は何があったのかとミツルギを心配していた。

 

「……チッ」

 

 その様子を、酒場の二階席から見下ろしていた一人の男は、苛立ちを表すように舌打ちをした。

 

 

*********************************

 

 

 それから更に時間は過ぎ、夜。アクセルの街では人通りの少ない通路にて。

 

「僕はもう戦えない……冒険者失格だ」

「そんなことないわよ! 剣ならまた買えばいいじゃない! 幸いお金はあるわけだし、私達と一緒に新しい武器を探しましょ!」

「そうよ! キョウヤなら魔剣グラムがなくったって大丈夫! 私達も頑張ってサポートするから!」

「アレじゃなきゃ……魔剣グラムじゃなきゃ駄目なんだよぉ……」

 

 通路の脇にヘタリと座り込み、子供のように泣いているのは、魔剣を奪われて意気消沈しているミツルギ。彼の傍には仲間のクレメアとフィオが、彼を泣き止まそうと励ましていた。

 しかし、カズマに魔剣を奪われたどころか売り捌かれたダメージは深く、一向にメンタルは回復する兆しを見せない。

 ひとまず今日は、彼を抱えてでも寝床まで帰るしかない。そう考えた二人はミツルギを立たせようと屈み込む。

 

「ミツルギキョウヤ」

「……へっ?」

 

 その時、ミツルギを呼ぶ男の声が不意に聞こえた。カズマの声ではない。三人は、声が聞こえた方向を見る。

 

 通路の先にある暗闇から現れたのは、銀髪のオールバックに青いコートを着た男。左手には天色の刀を、右手にはそこらの武器屋で売ってある剣を、そして浅葱色の大剣を背負っている――昨日、ミツルギをパンチ一発で仕留めたバージルであった。

 

「「ヒッ!?」」

「あ、貴方は……女神様の義兄さん」

「兄ではない。何度も間違えるな」

 

 彼に良い思い出など無かった三人は、彼の姿を見て怯え始める。しかしバージルは構わず話を続けた。

 

「少し顔を貸せ」

「へっ!? えっ、どうして──」

「いいから黙ってついてこい」

「「「は、はいっ!」」」

 

 拒否権はないとばかりにバージルは告げると、背中を向けて来た道を戻る。

 一体どこに連れて行かれるのか。下手したら殺されるのではないだろうか。三人は酷く怯えながらも、バージルの後を静かについていった。

 

 

*********************************

 

 

 会話も無しについていくと、彼等はそのまま街を出て、点々と輝く星が空に広がる平原にへ辿り着いた。アクセルの街周辺は安全で、かつ夜にクエストへ出る冒険者も少ないため、ここには人もモンスターもいない。

 ゆるやかな夜風が四人の間を吹き抜ける中、ミツルギに肩を貸していたフィオが恐る恐る尋ねた。

 

「あの……私達に何か用でしょうか?」

「魔剣グラム、売りに出されたそうだな」

「は、はい。奪っていったあの男が……」

 

 魔剣グラムについて確認してきたバージルに、フィオは正直に答える。その横で、魔剣グラムという言葉を聞いたミツルギは独り顔を俯かせる。

 

 すると、バージルの口から信じられない言葉が飛び出してきた。

 

「その魔剣、俺が取り戻してやってもいい」

「……えっ?」

 

 彼の言葉を聞き、ミツルギはバッと顔を上げる。横にいた二人も驚いていた。

 

「ほ、本当ですか!?」

「ああいった高値が付きそうな『お宝』に詳しい奴を知っている。そのツテを使えば、魔剣の在り処もわかるだろう」

 

 思わず聞き返すと、バージルは魔剣を取り戻す方法がちゃんとあることも話してくれた。

 思いもよらない転機を前に、ミツルギは思わず笑顔を見せる。一度手放してしまったあの魔剣を、再びこの手に取れる。再び魔王討伐に向けて歩き出し、女神様のために戦えることを喜んでいた。

 

 もっとも──タダで手に入るような、うまい話ではないのだが。

 

「ただし、貴様等が俺と戦い、勝てたらの話だ」

 

 バージルは振り返ってミツルギに向き合うと、右手に持っていた剣をミツルギの前に放り落とした。

 彼の冷たい眼差しを見て、クレメアとフィオは再び怯え、ミツルギも思わず気圧されてしまう。

 しかし、この戦いに勝てば魔剣グラムが返ってくる。戦う理由はそれだけで十分であった。

 

「いいですよ。その勝負、受けて立ちましょう!」

 

 すっかり元気になったミツルギは、バージルが渡してきた剣を拾い、鞘を抜いてバージルに剣先を向けた。

 魔剣グラムと同じぐらいの大きさを持つ両刃剣。魔剣グラムのような力は出せないが、剣を振るう面では問題ない。

 

 そして、相手は自分と同じソードマスターだが、容姿に聞き覚えはあるものの、アクセルの街で自己紹介されるまでは知らなった無名の冒険者。それにしてはやたら風格があるように見えるが、気のせいであろう。

 対してこちらは、様々な場所で冒険をし、数多の強力なモンスターを倒してきた。こちらの方が場数を踏んでいる。剣の扱いも、こっちが先を行けるだろう。

 

 一度、彼には鳩尾を殴られて一発KOさせられたが、あれは油断していた上にノーガードだったからだ。それでも鎧越しに相手を気絶させられる力は厄介なものだが、それにさえ気をつけていれば問題ない。

 

 加えて数もこちらが上。本当はタイマンでも構わないのだが、これは魔剣グラムを取り戻すための戦い。今後の冒険者生活を左右するターニングポイントだ。ここは相手の言葉に甘え、三人で行くのがベスト。

 

「うぅ……正直怖いけど、キョウヤとならたとえ火の中水の中! どこまでも一緒についていくわ!」

「私達ならやれる!」

「あぁ! 僕達の力を見せてやろう!」

 

 クレメアとフィオも意を決し、各々の武器を構える。ミツルギも、魔剣を奪われた時のテンションとは打って変わって、自信に満ち溢れた顔で剣を構える。

 

「(実に……醜い)」

 

 そんな彼を見て、怒りを抑えられないかのようにバージルは刀の柄を強く握った。




相手はミツルギであるにも関わらずシリアスです。すみません。

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