彼は『日本』と呼ばれる国に住む、どこにでもいる普通の高校生だった。
昔から、困っている人は放っておけない性格で、たとえ自分が犠牲になろうとも相手を助けるために動く、正義感に満ち溢れた少年。
高校生になってもそれは変わらず、不良に絡まれている同級生の女子や、トラウマを抱えていた女子、自分と対立する女子……数えたらキリがない。とにかく彼は真正面から立ち向かい、多くの人々を救ってきた。
加えて(本人は自覚していないどころか酷い部類だと思い込んでいるが)学校でも一、二を争うイケメンで、女子からの人気は凄まじく、彼が救ってきた女子達はもれなく彼に惚れ、彼の隣に立ちたいと願い、日々猛アタックしてきた。
しかし彼は、ハーレムになろうとも彼女達の気持ちに一切気付かない、超鈍感であった。一緒に風呂に入ってきたり夜這いされたりなどの猛アピールも、友達のスキンシップとしか見ていないほど。
それ故か、逆に男からの人気は低かった。毎日のように、彼に嫉妬した男達が襲いかかるが、彼は(特に鍛えてはいないが)喧嘩が強く、またハーレムの中に喧嘩が鬼のように強い不良系女子がいたこともあり、男達はいとも簡単に撃退された。
正義感が強く仲間思いなイケメンで、美少女達から囲まれるが彼女達の気持ちに気付かない鈍感で、モブとも呼ぶべき男達から喧嘩を売られる。
御剣響夜はラブコメ作品から飛び出してきたかのような『主人公』と呼ぶべき存在だった。
そんな、ラブコメ主人公ライフを無意識に過ごしていたミツルギだったが――高校二年生の春、彼は若くしてこの世を去った。
通学途中、彼はトラックに轢かれそうになっていた女子を助ける代わりに、自身がトラックに撥ねられてしまった。
周りが悲鳴を上げる中、彼は意識を手放し、世界が暗転する。
次に彼が目を覚ましたのは、見知らぬ空間だった。
自分は木造の椅子に座っており、彼の前には、見る者全てを魅了するような、水色の羽衣を纏った清楚で可憐な女性が座っていた。
彼女は、日本で若くして亡くなった魂を導く女神だと名乗り、ミツルギは死んでしまったことを告げられた。
重くのしかかる『死』という言葉。二度と学校の友達や家族に会えないことを知り、途方もない悲しみに打ちひしがれるミツルギ。しかし女神曰く、ミツルギが最後に助けた女性は無事だったようで、自分の死が無駄ではなかったことに彼は安堵を覚える。
そんな彼に、女神は三つの選択肢を与えた。
天国――何もない場所でのんびり老人のようなゆったりとした時間を過ごすか。
転生――記憶も身体もリセットし、元の世界で生まれ変わるか。
異世界転生――自分がいた世界とは異なる世界に行き、魔王を倒す冒険者となるか。
女神が異世界と呼ぶ場所では、魔王軍の侵略によって日に日に人間が減り続けており、加えてその世界で死んだ魂のほとんどが「あんな過酷な世界にいたくはない。あんな酷い死に方は二度とゴメンだ」と生まれ変わりを望まず、人口減少に拍車をかけている。
それを危惧した天界は特例として、記憶も身体も引き継いだ、異世界からの転生を許可した。
しかし、それでも魔王を倒す者は未だ現れず。このままでは世界が魔王によって支配されてしまうと、女神は泣きながら話した。
死した者に訪れる大きな転機。多くの者は思考に時間をかけるが、ミツルギの決断は早かった。異世界に行き、魔王を倒す冒険者になることを決めた。
全ては、魔王に怯える人々を守るため。女神の涙を止めるため。
その後ケロッと女神が泣き止んだことにはビックリしたが、彼女は喜んでくれたのでミツルギは気にしなかった。
すると女神から、転生特典として何でも好きな物を一つ持って行ってもいいと告げられた。伝説の剣だろうが盾だろうが、特殊能力だろうが何だろうが。
それを聞いたミツルギは、ある物を思い浮かべた。漫画やアニメによく出てくるような、自分だけの武器。自分にしか扱えない、必殺の剣。
そして、彼は手にした。幾万の敵を一振で殲滅し、強大なボスでさえ一刀両断できるほどの力を持った神器『魔剣グラム』を。
魔剣を手に、彼は心の中で女神に誓う。必ずや魔王をこの手で倒し、世界を救ってみせると。
そして彼は旅立ち、異世界生活が始まった。
魔剣グラムの力により、レベルが低いにも関わらず強力なモンスターを次々と薙ぎ倒し、あっという間にレベルを上げていくミツルギ。そんな大型ルーキーに、注目は集まらない筈がなかった。
持ち前の人の良さもあってか、冒険者達からはすぐに受け入れられ、特に女性からは何故か人気を得始めた。
一ヶ月も経った頃には、彼は新米冒険者から『アクセルの街の切り札』と呼ばれるようなっていた。
そして、仲間もできた。本当に強い奴かどうか確かめると言われて勝負を持ちかけられ、勝負に勝つと仲間になり、優しく接している内に何故か過剰にスキンシップを求めるようになってきた緑髪ポニーテールの戦士、クレメア。
盗みを働いていた子を捕まえて説教してやると、動けない両親を楽させるために盗んでいたと重い事情を話し、彼女を助けるために自ら動き問題を解決すると、仲間になるどころかクレメアと同じくスキンシップを取るようになった赤髪三つ編みの盗賊、フィオ。
二人とも、自分が異世界から女神によって転生させられた身だという突拍子もない話を聞いても、自分を信じてついてきてくれた。
更に驚くべきことに、アクセルの街にて、あの女神と再び会うことができた。
魔剣グラム、クレメアとフィオ、アクセルの街の人々――そして女神。
大切な仲間と、大切な人と共に、これからも順風満帆な冒険者生活を送るものかと思われた。
その矢先――彼は、とある鬼畜王の所業により魔剣を手放してしまった。
奪われるどころか売り捌かれ、手の届かないところまで行ってしまった魔剣グラム。そのショックは非常に大きく、彼の冒険者生活を破綻させるには十分過ぎた。
もう二度と、魔王を倒すための旅に出ることはできない。そう落ち込んでいた時、思いもよらぬ形でチャンスが訪れる。
女神と再会した時、一緒にいた女神の兄――バージルと名乗る冒険者から、勝てば魔剣グラムを返してくれるという、三対一の勝負を挑まれた。
武器はバージルから渡された両刃剣しかないが、こちらは三人。何より、再び魔剣を手にするためには戦うしかない。ミツルギはこれをすぐさま引き受け、剣を取った。
手強いモンスターならまだしも、相手は刀と大剣を持った人間。決着も早々に着くものと思われた。
が──現実はまるで違っていた。
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「ハァ、ハァ……くそっ!」
ミツルギは肩で息をし、剣を握る力を強めて前方を睨む。両隣にいるクレメアとフィオも同じく疲れが見えている。
彼らの視線の先にいるのは、ミツルギ達とは対照的に涼しい顔でいるバージル。
三人は幾度となく攻撃を仕掛けた。一人だけの突撃だけでなく、複数人での同時攻撃もだ。しかしこの男は、彼等の攻撃をものともせず刀で防ぎ、避け、蹴り飛ばしていた。
勝負を始めてから今まで、一切その場から動かずに。
「(ようやく思い出した。銀髪に青コート……蒼白のソードマスターか!)」
彼は、駆け出し冒険者なんかではない。ステータス診断で高ステータスを叩き出し、デビューして間もなく特別指定モンスターを狩った超大型新人──蒼白のソードマスターだった。
アクセルの街で、冒険者達が盛り上がって話していたのをミツルギは思い出し、無名の冒険者だと思っていた数分前の自分を殴りたい衝動に駆られる。
「Humph……
「舐めるなぁああああっ!」
「クレメア!」
バージルの挑発を受け、怒りを覚えたクレメアは突撃する。一人では危険だと判断したミツルギも、後を追うように走り出した。
クレメアは『身体強化』スキルを用いて自身の俊敏性を高める。一気に加速し、勢いのまま片手剣をぶつけたが、バージルは容易く刀で受け止めた。
続けざまに攻撃し、後から来たミツルギも加わって二対一に持ち込むが、それでもバージルに傷を与えることはできなかった。
「遅いな」
「ぐあっ!」
しばらく二人の攻撃を受けていたバージルは、飽きたようにミツルギの剣を弾く。ミツルギが体勢を崩している内に、バージルはクレメアの攻撃を受け止め、彼女を蹴り飛ばした。
クレメアは草原の上を転がっていく。バージルはそれを一瞥してからミツルギに視線を移す。クレメアを心配しながらも、ミツルギは負けじと睨み返した。
バージルの背後に忍び寄るフィオを、決して見ないようにしながら。
クレメアとミツルギによる猛攻撃でバージルの注意を引きつけている間、フィオは『潜伏』で気配を消し、彼の背後に回っていた。彼等のコンビネーション攻撃のひとつである。
バージルがフィオに気付いている素振りは見られない。フィオは息を殺し、腰元に据えていた短剣を逆手に持ってバージルの背中めがけて斬りかかった。
が、バージルは振り返ることなく背中へ刀をまわしてフィオの攻撃を防いだ。
「なっ!?」
「気付かないとでも思ったか?」
まさか防がれるとは思っていなかったのか、斬りかかったフィオ、そして仲間のミツルギとクレメアは思わず声を出して驚く。
彼女の攻撃を簡単に止めたバージルは、彼女の腹部に蹴りを入れて後方に飛ばした。先程のクレメアと同じく草原を転がったフィオは、苦しそうに咳き込む。
バージルは再びミツルギを睨む。ミツルギはさっきと打って変わり、彼の睨みを見て思わず尻餅をつきそうになっていた。
まだコンビネーション攻撃のバリエーションはある。しかしどれも容易く受け止められる未来しか見えない。
バージルは、最初に立っていた場所から一歩も動いておらず、背負っている大剣も一切抜いていない。刀もこちらの攻撃を防ぐ時にしか使っておらず、蹴りでしかダメージを入れていない。
つまり、相手は一度も本気を出していないのだ。
「どうした? もう終わりか?」
ミツルギを睨んだまま、バージルは挑発する。何とか形成を逆転させたいとミツルギは頭を働かせるが、何一つとして打開策は思いつかない。
仲間が痛みに苦しむのを見てか、バージルを相手に何もできずにいる自分の無力さを痛感してか。意図せずミツルギの口から言葉が漏れた。
「魔剣グラムさえあれば……」
直後──ミツルギは自身の腹部に違和感を覚えた。
フィオとクレメアは目を見開いてこちらを見ている。何をそんなに驚いているのか。不思議に思ったミツルギは、ゆっくりと腹部に目を落とす。
ミツルギの腹には、バージルが持っていた刀が鎧を突き破って深く刺さっていた。
「ッ――!?」
そこで初めて自分が刺されていることに気付き、激しい痛みが襲いかかる。
頑丈な素材で作られた筈の鎧を、ミツルギの身体を抜け、彼の背中から剣先が飛び出している。
腹部が血で生暖かく感じる。ミツルギは、痛みに耐えながらも顔を上げた。
ミツルギに刀を刺したバージルは、見る者の心を凍らせるような、冷たい目を見せていた。
「愚かだな、ミツルギ」
「グハッ……!?」
「――愚かだ」
バージルは刀をさらに深く突き刺す。ミツルギの口から血が吐き出され、腹部から溢れる血と共に草原を赤く染める。
「力こそが全てを制する。力なくては何も守れはしない」
バージルは淡々と言葉をかける。彼の言葉を聞いて、腹を刺されている筈なのに、心臓を刺されたかのような感覚に陥った。
そしてバージルは、目を見開き固まっているミツルギの肩に手を置くと――。
「自分の身さえもな」
その手でミツルギを突き飛ばすと同時に、彼の身体から刀を引き抜いた。
ミツルギは、力なくその場に仰向けで倒れる。辛うじてまだ意識はあるのか、痛みを感じる腹部に手を当てながら、興味が失せた目で自分を見下ろしているバージルを見た。
「キョウヤァアアアアッ!」
「そ、そんな……」
草原に倒れ血を流すミツルギを見て、クレメアは悲鳴を上げる。フィオも信じられない、信じたくない光景を目の当たりにし、身体を震わせていた。
ミツルギの血で赤く染まったバージルの刀。剣先から血が滴り落ちる中、バージルはミツルギを見下ろしたまま口を開く。
「貴様はそのまま、仲間とやらを守れず殺されるのを見て、自身の無力さを悔み、嘆きながら死ぬがいい。愚か者にはふさわしい末路だ」
「……ッ!」
彼の言葉を聞いて、ミツルギは思わず閉じかけていた目を見開く。
バージルは確かに言った。今ここで、自分の目の前で――仲間を殺す、と。
「よくも……よくもキョウヤをっ!」
「やめろ……クレメア……!」
怒りのあまり我を忘れたクレメアが、バージルに向かって走り出す。ミツルギは掠れた声で呼び止めるが、彼女には届かない。
クレメアはバージルに斬りかかる。が、先程とは違って無闇に突っ込んだ攻撃。バージルは横にかわすと、クレメアの腹部に膝蹴りを入れた。更に肘打ちで地面に叩きつける。
草原の上にうつ伏せで倒れるクレメア。その横に立っていたバージルは、未だ血に濡れた刀の剣先を下に向け――。
「ガァアアアアアアアアッ!?」
ミツルギへ見せつけるように、クレメアの右足へ突き刺した。クレメアは稲妻のような痛みにたまらず悲鳴を上げる。
しかしバージルは無表情のまま刀を抜くと、今度は左足に刀を突き刺した。
「アァアアアアアアアアッ!」
「クレ……メア……ッ!」
またも響き渡るクレメアの悲痛な叫び声。それをミツルギは、刺された痛みを伴いながら、彼女を助けられず、ただ見ることしかできなかった。
しばらくして、彼女の叫び声がおさまる。バージルが左足の次に右腕、左腕を刺したところで、クレメアは声を発さなくなっていた。
バージルは刀を振り、草原に血を飛ばしてから鞘に納める。次に草原で座り込んでいたフィオへと歩き出した。
「あっ、あぁっ……」
「に……げろ……フィオ……!」
このままでは彼女が殺される。ミツルギは声を絞り出して伝えるが、フィオは恐怖のあまりに腰が抜け、立つことができなかった。
バージルは無言のフィオの前で足を止める。彼女は涙を流して怯えていたが、バージルは気にも止めず手を伸ばし、彼女の首を絞めたまま片手で持ち上げた。
「グッ……アッ……!」
地に足がつかず、宙に吊るされたフィオは苦しそうにもがく。バージルの手を叩いても、彼は力を一切緩めようとしない。
クレメアが刺され、フィオが絞め殺されそうになっているにも関わらず、ミツルギは何もすることができない。
「(あの魔剣があれば……!)」
魔剣グラムさえあれば、二人を助け出せる。あの男を倒せる筈なのに。
幾多のモンスターを狩ってきた、無敵の魔剣がありさえすれば――。
「(魔剣グラムが……あれば……?)」
だがその魔剣は、たとえ心の底から願おうとも、運良く神様が持ってくることも、突然ここに現れることもない。
「(いや……)」
魔剣グラムがなければ、モンスターを倒す力もない。バージルの言う通り、誰かを守ることもできない。二人を守ることができない。
「(違う……!)」
が――二人を『守らない』理由にはならない。
そう考える頃には、既に身体が動いていた。ミツルギは剣を再び握り、傷を抑えながら立ち上がる。穴の空いた鎧から血が流れ落ちるが、彼は構わず前へ歩き出す。
クレメアは、未だに起き上がる様子を見せない。バージルに首を絞められているフィオも抵抗をやめ、両手を力なく垂らしている。
もしかしたら、もう手遅れなのかもしれない。しかしそうとも限らない。まだ助けられるのなら――どこまでも自分を信じてついてきてくれた二人を守れるのなら。
「(僕が……守るんだ!)」
たとえ――この身が朽ち果てようとも。
「やめ……ろ」
一歩、一歩とミツルギは歩みを進める。思考はぼんやりしており、視界も霞んでいる。それでもミツルギは真っ直ぐバージルに向かっていった。
バージルはフィオの首から手を放し、向かい来るミツルギを見る。彼の背後で横たわるフィオは、目を開ける様子を見せない。
「これ以上……手を出すな」
「愚かな。力を持たない貴様に、今更何ができる?」
「守る……僕が……守るんだ」
「言った筈だ。力がなくては何も守れはしない、と。魔剣を失った無力な貴様では誰も守れない」
バージルの言葉が、ミツルギに重くのしかかる。
確かに、今の自分に誰かを守れるほどの力はない。むしろこっちが足でまといになるだろう。
しかし、それでも――。
「それでも……僕が……守るんだぁああああああああっ!」
ミツルギは力を振り絞るように叫び、地面を踏みしめる。腹の傷が一層痛むのを感じながらも、バージルに向かって駆け出した。
静かに刀を構えるバージル。ミツルギは彼に向かって、力のままに剣を振る。が、その攻撃はバージルにいとも簡単に刀で止められた。
しかしミツルギは構わず、バージルへ何度も斬りかかる。力む度に傷が痛むが、ミツルギは気合でそれを跳ね除ける。
彼は全力で剣を振っていたが、その速さは一般冒険者でも難なく避けられるほど。それをバージルは刀で受け止め、弾き返し、ミツルギの身体を斬りつける。ミツルギは痛みに顔を歪ませるが、彼は決して手を止めなかった。
「うぉおおおおおおおおっ!」
ミツルギは叫び、全力で斬りかかる。それをバージルは真正面から刀で受け止めた。
二人のつばぜり合い。交差する剣は火花を散らし、互いに睨み合う。
「今の貴様に力は残されていない。なのに何故貴様は剣を振る? 勝てないとわかっていながら、何故貴様は立ち向かう?」
剣を交えながら、バージルはミツルギへ問いかけてきた。どうして自分は剣を振るうのか。力の差をわかっていながら、何故逃げないのか。
彼の問いに、ミツルギは感情のままに、魂の叫びを放った。
「大切な仲間だからだ……! その仲間が……殺されそうになって……黙ってられるわけ……ない!」
ミツルギの剣が、バージルの刀を押し始めた。これにはバージルも驚いたのか、少し目を見開いている。
「守るんだ……! 僕が……僕がぁああああああああっ!」
ミツルギは魂の咆哮と共に、バージルの刀を弾き返した。
バージルの身体がガラ空きになる。チャンスは今しかない。そう感じた時には、既にミツルギは剣をバージルの胴体めがけて振り下ろそうとしていた。
「フンッ!」
が――剣は届かず。
バージルは、今までとは比べ物にならないほどの速さで刀を振るい、ミツルギの剣を弾き飛ばした。
ミツルギの手から離れた剣は宙を舞い、草原の上に突き刺さる。
剣を弾かれた勢いで、身体が後ろに傾く。もはや踏ん張る力すらも残っていなかったミツルギは、再び草原の上で仰向けに倒れた。
「チクショウッ……!」
今の自分には剣を取りに行くどころか、再び立ち上がる力すら残っていない。最後の抵抗も、バージルには届かなかった。
目の前には、剥き出しの刃を手に自身を見下ろすバージル。今から、あの刀で自分は無残にも斬り殺されるのだろう。そして、彼の言った通り、自分の無力さを嘆いて死にゆくのだと。
もはや、意識を保つ力もない。ミツルギは二人を守れなかった自身を恥じ、悔み――暗闇に覆われた。
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「うぅ……」
意識を取り戻したミツルギは瞼をおもむろに開く。目の焦点が合わず瞬きを二、三回して見えたのは、小さな光が点在する夜空。
上体を起こし、下には緑が生い茂る草原が広がっていたことに気付く。最後に意識を手放した場所と、全く同じ。
「生きて……いるのか?」
それとも、既に自分は死んでいて霊体になっているのか。そんなことを考えていた時――。
「「キョウヤァアアアアッ!」」
「ゴホフッ!?」
突然、女性の声が耳に入ってきたかと思うと、背後からキツめの衝撃を受けた。あのバージルの蹴りといい勝負かもしれない。
背中の痛みに耐えながらも、一体何事かと思いミツルギは振り返る。
「ク、クレメア? それにフィオも……」
「うわぁああああんっ! キョウヤが生きてるぅううううっ!」
「私達、キョウヤが死んじゃったのかと心配してて……」
そこにいたのは、涙をこれでもかと流して目元を赤くしているクレメアとフィオ。二人とも、バージルに気を失うほどの傷を負っていた筈なのにピンピンしている。
守れなかったと思っていた仲間の姿を見たミツルギは、二人を包み込むように両腕で強く抱きしめた。
「キ、キキキキキョウヤッ!?」
「どどどどどうしたの!?」
「……えっ? あっ! ご、ごめんっ!」
無意識に抱きしめてしまったミツルギはすぐさま離れる。突然抱きしめられた時は二人とも慌てていたが、いざ離れられると名残惜しそうな顔に。
それには一切気付くことなく、ミツルギは彼女達の後方に見知った壁を見つけた。モンスターから街を守るために、囲うように作られたアクセルの街の城壁。
ここは天国でも地獄でもない。紛れもなく、自分達がいた世界だ。
「僕達、死んでいないのか?」
「そうみたい。武器もちゃんと触れるし」
「クレメアなんてあんなに酷い傷だったのに、いつの間にか癒えてるし……ほらっ、キョウヤもお腹刺されたけど、綺麗に塞がってるよ?」
「えっ?」
フィオに指摘されて、ミツルギはようやく自分の傷が綺麗サッパリなくなっていたことに気付く。
鎧に穴は空き、所々刃の痕が刻まれているが、肌に傷は見当たらず。まるで回復魔法をかけられたかのよう。
一体誰がと、ミツルギは辺りを見渡す。しかし三人以外誰も見当たらない。
そう――あのバージルの姿も見えなかった。
「……んっ?」
その時、近くに何かが落ちていたことに気付く。
手に取ってみると、それは空になった瓶が三つ。体力回復や魔力回復の粉を入れる際に使われるものである。
「まさか……」
ミツルギは空き瓶を手に持ったまま、アクセルの街を見る。
彼の頭に浮かんでいるのは、意識を手放す前に見た、最後の光景。
ほんの少し笑みを浮かべ、刀を納めた彼の姿。
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アクセルの街、正門前。ポツポツと灯りが点っている街へ入ろうとしている男が一人。バージルである。
バージルは独り正門へ向かっていた時、視線の先に見覚えのある人物を見つける。
正門の壁にもたれてかかっていた、銀髪ショートにアメジストの瞳を持つ女性――バージルの数少ない知り合いであり協力者、盗賊クリスであった。
「おかえり、バージル」
入口手前まで近付くと、彼女は優しい声で出迎えの言葉をかけた。何かハッピーなことでもあったのか、とても嬉しそうに笑みを浮かべている。
「知らない三人を連れて外に出るのが見えたから『潜伏』を使って、最後まで見させてもらったよ」
「……チッ」
先程手合わせした盗賊の『潜伏』はレベルが低く、警戒を怠っていなかったので気付けたが、クリスの『潜伏』はレベルが高い上に戦闘外でのことだったので気付けなかった。気にくわないスキルだと思いながら、バージルは街へ入る。
「彼に刀を突き刺した時は目を疑ったけど……最初から鍛えるのが目的だったんだね」
「馬鹿を言え。奴が魔剣を扱う者として愚かな姿を晒し続けているのが気に入らんかっただけだ」
後ろからついてくるクリスの言葉に、バージルは反論する。クリス全てお見通しとばかりに小さく笑ったが、すぐに少し怒ったような表情に。
「でも、あそこまでやる必要はなかったんじゃないかな? 下手したら死んでたかもしれないよ?」
「奴にはあれぐらいが丁度いい」
「いやでも……まぁ最後は回復してくれたから、私も見なかったことにしてあげるけど」
本来なら冒険者同士の流血沙汰があったとギルドに報告しなければならないのだが、バージルは協力者だからか、今回のことは見逃すとクリスはため息を吐きながら話す。
「で、彼はどうだった?」
「弱すぎる。剣の腕はにわか仕込みもいいとこだ。魔剣の力に溺れていたのが容易に想像できる」
バージルの口から出たのはミツルギに対する辛い評価。クリスは思わず苦笑いを見せる。
「だが……最後のは悪くなかった」
が、バージルは小さくそう口にして歩を進めた。脳裏に過るのは、ミツルギの悪あがき。
手加減はしていたものの、彼は一度バージルの刀を押しのけた。彼はがむしゃらに戦い抜いた。仲間を、大切なものを守るために。
あの時に見せた彼の目、気迫、力を思い出し、バージルは心の中で呟く。
「(人間の力……か)」
斬られていない筈の横腹を、右手で抑えながら。
ミツルギが格好良くなってもいいじゃない。
また、二次創作SSでは色んな解釈のバージルがいますが、ここでのバージルはこんな感じで進めていこうと思います。キャラ崩壊してるけど気にしない。