この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第16話「この協力者達に真実を!」

 太陽は既に山の向こうへサヨナラし、幾つもの家の灯りが一種のアートを描いているアクセルの街。その中心に建つ冒険者ギルドの酒場では、今日も冒険者達が酒を飲みにやって来ていた。

 職員は忙しなく働いており、冒険者の出入りが絶えない。しばらくは賑やかであろう酒場の、隅の席に座るパーティーがひと組。

 

「ふぅ……イケメンを泣かせた金で飲むシュワシュワは格別だな」

「キメ顔で言う台詞ではないと思いますが。まぁ私も、あの男は嫌いだったので構いませんけど」

 

 シュワシュワを堪能していたカズマ。彼の周りにはいつも通りアクア、めぐみん、ダクネスの姿が。

 普段より多く注文しているが、彼等にはミツルギから奪った魔剣を売っぱらった金と、アクアがカツアゲした十万エリスがある。他人の金で食べる飯は旨いとはよく言ったものだとカズマは思う。

 

 横で突っ込んでいるめぐみんも、キッチリ食べる物は食べていた。むしろ誰よりも食べている。ダクネスは程々に。

 そしてアクアは、いつも通りシュワシュワを飲みまくっているのかと思ったが、一杯目のグラスがまだ空いていなかった。

 

「どうしたアクア? お前にしては全然飲んでないじゃないか」

「アクアが節制を覚えるとは、明日は槍でも降ってきそうだな」

「そりゃあ私だって飲みたいけど、めぐみんに禁止されてるのよ。ところでダクネス、今私のことすっごく馬鹿にしなかった?」

 

 アクアの言葉を聞いて、二人はめぐみんに視線を向ける。野菜炒めをリスのように頬張っていためぐみんは、よく噛んで口の中の物を飲み込み、先程とは打って変わって真剣な表情で理由を話した。

 

「実は、私とアクアから話しておきたいことがあるのです。二人にしか話せないので、酔っている間に話を忘れたり、勢い余って大声で話さないよう、アクアにはお酒を控えてもらっていました」

 

 いつになくマジな雰囲気。カズマは空になったジョッキを机に置き、めぐみんの話に耳を傾ける。

 めぐみんは一度酒場内を見渡してから、先程よりも小さい声量で話し始めた。

 

「少し前に起こった地震についてです」

「地震って……三週間前ぐらいに起きたアレか?」

 

 カズマの言葉に、めぐみんはコクリと頷く。

 

 この地域で起こるのは珍しく、街の住民は驚いていたが、高い建物は少なく長い揺れではなかったため、そこまでの被害は出ていなかった。

 

 また地震の際、森林地帯から強大な魔力を感じたと多くの魔法職から報告が上がった。

 ギルドは古城に住み着いた魔王軍幹部のデュラハンが原因ではないかと推測。その頃、魔王軍幹部討伐を目的として派遣された冒険者達が来ていたので、彼等に調査を依頼。

 

 翌日、帰還した騎士隊から報告されたのは、古城の最上階で、魔王軍幹部のデュラハンが何者かに討伐されていたことであった。

 

 思わぬ朗報にアクセルの街は大盛り上がり。また、あの古城はとある領主のものらしく、古城奪還のために冒険者を雇って派遣させていた。それが何者かによって無駄金に終わり、デュラハンを討伐した謎の人物を酷く恨んでいるとか。

 

「多くの魔法職が強い魔力を感じた地震でしたが、当然アークウィザードであるこの私も感じ取りました」

「巷では、デュラハンが魔力を開放して地震を起こし、その拍子に落ちてきた瓦礫に頭を打って死んだのではないかと噂されているそうだが」

「いえ、あの時感じたのはデュラハンとは違う別の魔力でした。魔王軍幹部がかわいく思えるほどの、強大な魔力です」

「魔王軍幹部よりも強そうな人か……」

 

 話を聞いていて脳裏に浮かんだのは、一人の男。

 地震が起きた日にも話した冗談を思い出し、カズマはまさかと思いながらも口にした。

 

「もしかして、本当にバージルさんがやっちゃったとか?」

 

 彼の名前を告げた時、めぐみんはおもむろにこちらを見てきた。その目に驚愕の色は見られない。

 彼女の反応を見て、話の本題を理解したカズマは恐る恐る尋ねた。

 

「……マジ?」

「マジです。昨日、バージルがブルータルアリゲーターと戦っていた時に感じた魔力……規模はまるで違いますが、その質は同じでした。それにバージルが背負っていた大剣からは、あのデュラハンの魔力を感じられました」

「……あっ!」

 

 バージルがどうやって背負っているのかわからない大剣。それを思い浮かべていた時、カズマははたと気付く。あの大剣は、アクセルの街に襲来してきたデュラハンが持っていたものだと。ダクネスも思い出したのか、口に手を当てて驚いている。

 

 めぐみんの話はここまでと思われたが……彼女は未だ真剣な表情を崩さず。むしろ、ここからようやく本題に入るのであった。

 

「カズマ、ここまではあくまで『前置き』です。ではアクア、ここからはお願いします」

「わかったわ」

 

 めぐみんは、今まで黙っていたアクアと語り手を交代する。事前に打ち合わせでもしていたのだろうか、アクアはすぐさま承諾すると、真正面にいるカズマと向かい合った。

 

「お前が話すと全部嘘っぽく聞こえるから嫌なんだけど」

「引っ叩くわよアンタ」

 

 最近は魔王討伐の目標を忘れかけているなんちゃって女神を見て、カズマから思わず本音が漏れる。

 アクアは喉を潤すようにシュワシュワを一口だけ飲むと、めぐみんと同じく真剣な眼差しで話し始めた。

 

「こんな形で私の秘密を話すことになるとは思わなかったけど……めぐみん、ダクネス。私は女神なの」

「……めぐみん、これは反応してあげた方がいいのか? 出だしから子供でもわかる嘘を吐かれたのだが」

「今だけはこの嘘に付き合ってあげてください。でなければ話が進みません」

「このシリアスムードを自前のギャグでぶち壊そうとしているならグーで殴るからな」

「なんで信じてくれないのよ!? あとそんなつもりないから! 私も真剣に話してるんだから!」

 

 出鼻を挫かれ、おまけに二人から女神だと信じてもらえずアクアは半泣きに。いきなり雰囲気ぶち壊しである。

 

「すまないアクア。自称女神であることは一応信じるから、続きを話してくれ」

「だそうですアクア。私も貴方が自称女神なのは一応信じていますので、気兼ねなく続きを話してください」

「ほら自称女神。カワイソーなお前の嘘にわざわざ付き合ってあげてるんだ。さっさと話せ」

「自称女神じゃなくて本物の女神なのー! 今に見てなさいよ! いつか必ず、私が本当に女神だってわからせてやるんだから!」

 

 

*********************************

 

 

 ギャンギャンと騒ぎ立てるアクアであったが、めぐみんが話の続きを促すことで静まった。幸い、周りの冒険者にもいつものことかと怪しまれずに済んだ。

 気持ちが落ち着いたアクアは涙を拭い、続きを話した。

 

「貴方達は天界、魔界、人間界について知っているかしら?」

 

 アクアの問いに三人は小さく頷く。といっても名前を聞いたことはある程度の知識。アクアは念のため、簡単に説明した。

 

「天界は死んだ人の中でも良き働きをした魂と、それを管理する天使、女神が住んでいるわ。人間界は今私達がいる現世ね。そして魔界は、生前悪い働きを行った魂と、悪魔がひしめき合っているクソ溜めみたいなところよ」

「魔界好きな人に怒られるぞ」

 

 説明の中でさりげなく魔界をディスるアクアに、カズマはツッコミを入れる。しかしアクアは悪びれる素振りなど一切見せずに説明を続ける。

 

「で、天界と魔界、天使と悪魔は、謂わば縄張り争いをしているマンティコアとグリフォン。絶対に分かり合えない関係なの」

「わかりやすいようでわかりにくい例えだな」

「あまりに嫌いなもんだから、天使達は悪魔寄りのクズ達には敏感になっているの。敵感知的なアレがね。女神たる私も例外ではないわ」

「で、その女神ことアクア様が地震の時に何か感じ取ったとでも?」

 

 女神であることを強調するアクアが鼻についたため、カズマは皮肉を込めながら尋ねる。

 するとアクアは、まるでここからだと言わんばかりに真剣な顔で答えた。

 

「えぇ、とびっきり強大な悪魔の存在を」

 

 仮にも女神である彼女ですら、強大と言わしめる悪魔の存在。カズマ達は思わず息を呑む。そして、めぐみんとアクアが何を言わんとしているのか、カズマとダクネスは理解した。

 

 魔王軍幹部はデュラハンであり、アンデッド族。つまりアクアが感じた魔力は幹部の物ではなく、幹部を倒したであろう誰か。

 これに、めぐみんの話を照らし合わせたら――。

 

「バージルさんの正体は……悪魔」

 

 カズマの言葉に、めぐみんは静かに頷いた。

 

「でも不思議なのは、お兄ちゃんと一緒にいても悪魔特有の不快感を覚えなかったのよね。そこだけはまだわからないわ」

 

 アクアは疑問を口にするが、カズマはそれを耳に入れておらず独り俯く。

 

 彼女の話は、あまりにも飛躍した話だ。しかしバージルが悪魔だと聞いた時、カズマは妙に納得してしまった。

 

 駆け出しであり、転生特典無しであのステータス。彼が悪魔であるならば説明がつく。

 そして昨日、魔剣の人を腹パンした時に見せた、背筋も凍りつく冷たい目。あれが悪魔の片鱗だとしたら。

 ふとめぐみんとダクネスに目を向けると、二人も俯いていた。顔は見えないが、恐らく自分と同じことを思っているのだろう。

 

 いつか、バージルが悪魔の姿を見せ、自分達を襲うのではないか。

 

「……これで話は終わり。わかってると思うけど、お兄ちゃんに直接言っちゃダメだからね?」

 

 アクアは人差し指を口にあて、カズマ達へ釘を指す。三人が何度も頷いたのを見て、アクアは我慢していたシュワシュワを一気に飲む。

 ダンと机に樽瓶を叩きつけた後、彼女は自慢気な顔で仲間に尋ねた。

 

「どう? これで少しは私が女神だって信じてくれたかしら?」

「そうだな。最初は女神から程遠い、とんだ自堕落女と思っていたが、少しはできるようだ」

「でしょー! さぁ、これを期に私を女神と崇め奉り――」

 

 ――空気が凍った。

 アクアに同調するように話した男の声。カズマの声ではないが、聞き覚えのある声。

 彼等は油のさしてないロボットのように、おもむろに顔を動かす。

 

「悪魔共を貶すのは構わんが、場所は選べ」

 

 腕を組み、いつものしかめっ面で話すバージルを見て、四人は思わず叫びそうになった。

 彼の背後にはクリスもおり、アクアの話を聞いていたのか、驚いた顔でバージルとアクアを交互に見ている。

 咄嗟に口を塞いでいたカズマは手を降ろし、恐る恐るバージルに尋ねた。

 

「……いつから?」

「貴様等が魔王軍幹部について話していた所からだ」

「つまり、アクアの話は?」

「全て聞いていた」

 

 つまり、アクアがバージル悪魔説を唱えていたところをガッツリ耳に入れていたということ。話していたアクアも、まさか本人が気づかぬ内に近づいていたとは知らなかったのか、ダラダラと冷や汗を流している。悪魔感知センサーとは何だったのか。

 もはや言い訳して逃げ出すことなど不可能。どう切り出そうとカズマが必死に頭を回していた時、ダクネスが声を小さめにして口を開いた。

 

「……バージルは、その……本当に……アレなのか?」

 

 ダクネスが隠した部分――それが何を意味するのか、アクアの話を聞いていた者達はすぐに理解した。

 幸い、バージルとクリス以外には聞こえていなかったようで、酒場にいる冒険者達は酒を交わして談笑している。

 彼女の質問を聞いたバージルは、一度酒場内を見渡すと、カズマ達にだけ聞こえる声で言葉を返した。

 

「……ここは人が多い。食事が終わった後、貴様等は外で待っていろ。俺とクリスの食事が終わり次第、人気のない場所へ行く。そこで話すとしよう」

 

 バージルは一方的にカズマ達へ告げると、踵を返して空いているカウンター席に向かっていった。バージルの後ろにいたクリスは、カズマ達とバージルを交互に見つつも、最終的にはバージルの方へ駆け寄っていく。

 酒場は変わらず賑わっているが、カズマ達がいる席だけはしんと静まり返っていた。カズマがほのかに感じていた酔いも、とうの彼方へ飛んでいた。

 

「(……あぁ……終わったかも……)」

 

 バージルは全く表に出していなかったが、多分アレは怒っている。そう感じたカズマは、心の中で死を悟った。

 しかし、もしかしたら怒っていないかもしれない。その僅かな望みにかけながらも、カズマは止めていた食事を重々しくも取り始めた。

 

 

*********************************

 

 ――あの後、終始無言で夕食を取り終えた4人は、バージルの言われた通りギルドの入口で待機した。そろそろ秋が近づいてきているのか、夜風が少し肌寒い。

 15分ほど経ったところで、夕食を取り終えたであろうバージルとクリスがギルドから出てきた。カズマ達がいるのを確認したバージルは、「ついてこい」とだけ言って先頭を歩き始め、カズマ達は言われるがままにバージルの後を追う。

 ギルドから、住宅街から離れて郊外に出た6人はしばらく歩き、1つの2階建ての家に辿り着いた。バージルはノックも何もせず入ったので、カズマ達も黙って中に入る。

 外はレンガで作られていたが、中は木造になっており、2階へと続く階段、奥の部屋へ続く扉もある。

 

「貴様等を家に入れたくはなかったが……仕方がない。ここなら、部外者を気にせず話せるだろう」

 

 バージルはそう言いながら、背中に背負っていた大剣を壁にかけ、いつも持っていた刀を自分の傍にかけた。そして長机の傍にあった椅子に座り、腕を組んでカズマ達を見た。

 まさかバージルの家に行けるとは思っていなかったのか、カズマ達だけではなくクリスまで、落ち着きがなさそうにキョロキョロと家の中を見ている。

 5人が物珍しそうに家の中を見ている中、バージルは自ら話を切り出した。

 

「……で、早速本題に入るが……確か……俺が悪魔か否か……だったな?」

「……ッ」

 

 バージルが確認する形で尋ねた瞬間、カズマ達の視線が一斉にバージルへ向けられる。その中で、ダクネスは応えるようにコクリと頷く。

 全員が固唾を呑んで待つ中――バージルは目を閉じ、静かに答えた。

 

 

「貴様等が懸念している通り、俺は悪魔だ……半分はな」

「……えっ? 半分?」

 

 返ってきたのは、カズマ達が予想していたものと少し違うものだった。

 半分とはどういう意味なのか。カズマが思わず聞き返すと、バージルは懐に手を入れながら話を続ける。

 

「親父は悪魔……母は人間……その間に生まれたのが俺……つまり、悪魔と人間の間に生まれた、半人半魔だ」

 

 自分を半人半魔だと称したバージルは、そう言いながら懐から取り出したものを机の上に置く。一見古びた紙のように見えるが、かなりの性能を持っている、冒険者になくてはならない物――冒険者カード。

 それを見たカズマは、バージルの行動を不思議に思いながらも冒険者カードを手に取り、近寄ってきたアクア達と一緒に見る。

 何故冒険者カードを見せたのかと疑問に思っていたが……とある名前を目にしたところで、カズマはその意味を理解した。

 

 スキル一覧にある――『Devil Trigger(デビルトリガー)』と書かれた文字。

 内容はどういったものかわからない。しかしカズマは、このスキルがバージルの内なる悪魔を引き出すスキルなのだと、直感で理解していた。

 

 カズマはゴクリと息を呑み、恐る恐るバージルに視線を戻す。

 悪魔と人間のハーフなんて、それこそゲームや漫画でしか見たことのない存在だ。それが今、目の前にいる。

 バージルの秘密を知ったカズマは、一層彼に恐怖を抱いた。

 

 何故なら、カズマが日本で見てきた二次元の人外と人間のハーフは――大概、人外の力を暴走させている。

 

 もし、バージルが悪魔の力を暴走させてしまった時、止められる奴などいるのだろうか。魔王軍幹部さえも1人で倒してしまう彼を。

 カズマが独り、バージルに危険性を感じていた時――その横から小さく声が漏れた。

 

「なるほど……確かにあの、人を人として見ていない目は、悪魔にしかできない所業だ……」

「……ムッ?」

 

 声を上げたのは、バージルが自身を半人半魔だと言った時から俯いていた、ダクネス。

 彼女は小さな声でそう呟くと、下を向いていた顔をバッと上げ――。

 

 

「なっ……ならっ! これからはバージルの悪魔的な仕打ちを期待してもいいのだな!?」

「……っ!?」

 

 とてもとても嬉しそうな顔で、ヨダレを垂らしながらそう聞いてきた。彼女の顔を見てバージルは引いた表情を見せ、カズマは呆気に取られる。

 そんな中、ダクネスの両隣にいた人物――めぐみんはキラキラと紅い目を輝かせてバージルを見て、アクアは両腕を組み、何故か納得した顔でウンウンと頷いていた。

 

「やはり……やはりバージルは我が同胞だった! 何か隠された力を抑えているとは常々思っていましたが、まさか悪魔だったとは……! さぞや、日々右腕や目の疼きに苦しんでいることでしょう!」

「そっか、なーんでお兄ちゃんからは悪魔から感じる不快感がないのかなーと思ってたら、人間が混じってたからなのね。納得納得」

 

 2人とも、目の前にいる男が半人半魔だったと判明したにも関わらず、身の危険など微塵も感じていないような反応を見せている。

 反応は違うが、どれも全く危機感のなさすぎる3人を見て、クリスは苦笑いを浮かべ、バージルは呆れたようにため息を吐いた。カズマも、自分だけ怖がっていることが馬鹿らしくなってくるほどだ。

 

「悪魔なら、呪いの1つや2つは持っているのだろう!? なら私にかけてくれ! あのデュラハンがかけた物よりハードコアでバイオレンスでクレイジーな物でも構わないぞ!」

「貴様の期待しているような技は持っていないしするつもりもない」

「バージル! 今度私と一緒に眼帯を探しましょう! バージルに似合いそうな青い眼帯がある筈です!」

「必要ない。戦闘の邪魔になるだけだ」

 

 少し興奮気味に話してくる2人を、バージルはいつものように軽くあしらう。しかし、2人のテンションが収まる様子は一向に見受けられない。

 やがて相手するのもが面倒になってきたのか、バージルが2人から視線を外し、3人の様子を見ていたカズマを見た。

 バージルと目が合ったカズマは、3人のせいで彼に対する恐怖などとうに消え失せた状態で言うのが、正直申し訳ないと思いながらも、控えめにバージルへ尋ねる。

 

「……俺達を襲ったりはしない……ですよね?」

「……貴様だけはまともでいてくれて助かる……」

 

 怖がりながら聞いてくるカズマを見て、バージルは安堵するようにそう呟いた。

 すると、先程まで頷いていたアクアが、バージルを危険視している発言を聞き、ため息混じりに話し出した。

 

「何言ってんのカズマ。お兄ちゃんがそんなことする筈ないわ……けど、悪魔の力が暴走する可能性は否定できないわね」

 

 バージルが自発的に人を襲うことなどする筈はないと、バージルを信じきった意見を話す。余程あのブルータルアリゲーターから守られたことで信頼度がガッツリ上がったのだろう。

 しかし、もしバージルの中に宿る悪魔が意図せず暴れ出せば、人々を傷つける暴徒と化す。その危険性もなくはないと、先程カズマが危惧していたものと同じことを話す。

 アクアを除く5人が黙ってアクアに視線を向ける中、そう話したアクアはカズマからバージルへ顔を向けると、ビシッとバージルを指差し、声高らかに告げた。

 

「だからっ! 女神を代表してこの私がお兄ちゃんを監視するため――!」

「断る」

 

 が、まるでバージルが得意とする居合の如く、バッサリと断られた。

 一刀両断されたアクアは少し固まると……机を迂回し、バージルのもとへ行き彼にすがりついた。

 

「お願ぁああああいっ! もう馬小屋生活は嫌なのぉおおおおっ! 寒くなる前に屋根のあるあったかーい家で住みたいのぉおおおおっ!」

「何故俺が貴様の面倒を見なければならん」

「可愛い妹を見捨てないでよお兄ちゃぁああああんっ!」

「兄ではない」

 

 アクアは泣きながら泊めてもらうよう懇願するも、バージルは意見を変えようとしない。

 本当に女神とは思えない醜態を晒すアクアを見て、呆れ顔を見せるカズマ。しかし、しばらくその様子を見ていた彼は、何か大事なことを思い出したかのようにハッとすると、バージルに話した。

 

「ま、まぁまぁ……俺も、いつまでもアクアを馬小屋にいさせるのは、女の子として色々と良くないと思いますし……ここは1つ、アクアの頼みを聞いちゃくれませんか?」

「……いくら貴様の頼みであろうとも無理だ」

「そう言わずに……ほらっ、普段の貸しを返すと思って――」

「それとこれとは話が別だ」

「むぐっ……」

 

 カズマはアクアを泊めてもらうよう頼むが、それでもバージルは意見を変えない。アクアを気遣うかのように交渉しているのに、アクア達が気色悪い物を見るかのような目でカズマを見ているだけで、カズマが日頃彼女達からどのように思われているのかが伺える。

 しかし、カズマはそんなこと気にせずバージルの傍へ寄ると、お互いにしか聞こえないよう耳打ちで話し始めた。

 

「……いいんですか? 協力関係破棄しちゃっても。あの変態からもう守ってやりませんよ? それでもいいんですか? 変態から追われているのを見ても、俺は知らんぷりしますよ?」

「……確かに、奴に絡まれるのは極力避けたいところだ……」

「でしょ? なら――」

「だが、そこは我慢するしかあるまい」

「えっ」

 

 自分はバージルと、ダクネスから守る代わりに力を貸すという契約を交わしている。その切り札をカズマはここで切ったが、予想外の返しをしてこられ、カズマは思わず声を上げた。

 そこで、カズマは少し冷静になって考えてみる。もし……もし、ここでそのまま契約を破棄したとしよう。バージルにとってはダクネスの脅威に晒される機会が増えてしまうが……デメリットはそれだけだ。バージルの言う通り、我慢するだけで何とかならなくもない。

 では、自分はどうだろうか。バージルをダクネスから守る役目を放棄できるが、ダクネスは自分と同じパーティーメンバー。自分とバージル、標的にされる数は今でも自分の方が多い。たとえ協力関係を破棄しても、自分がダクネスの標的にされることは今後も変わらないだろう。

 それに、アクアもいつも通り自分と馬小屋生活になることに変わりはない。協力関係を破棄すれば、それこそ自分達とは無関係になり、そんなアクアを泊めてといっても、バージルはOKするとは思えない。

 そして、特別指定モンスターや魔王軍幹部をソロで倒せるほどの、悪魔の力を持ったバージルという、これ以上ない助っ人がいなくなってしまう。これは非常に大きな損失だ。

 

 

「……すみません、今の話はなかったことに」

「賢明な判断だ」

 

 どちらが引き下がるかは明白だった。

 

「(クソッ、ここでアクアを本格的に擦りつけられると思ったのに……いや、焦るな佐藤和真。まだチャンスはある筈だ。じっくりと機会を待つんだ)」

「(この女を俺に当てつけるつもりだったろうが、そうはいかん。いくら貴様と言えど……な)」

 

 

*********************************

 

「なんで!? なんでお兄ちゃんが悪魔だってことは信じるのに、私が女神だってことは信じないの!?」

「大丈夫だ。わかっている。わかっているさアクア。君は正真正銘の女神だ」

「まさか事前にバージルが悪魔だと調べておいて、あたかも自分が女神の力を使って見抜いたかのように演出するなんて……流石、女神を自称するだけのことはありますね」

「信じてないでしょ!? それ明らかに信じてないわよね!?」

「もう諦めろ駄目神。自称女神であることは信じてもらえたんだから。あっ、お邪魔しましたー」

 

 しばらく時間が経ってから、アクア達はやいのやいのと騒ぎながらバージルの家を出る。最後の最後まで騒がしい連中である。

 残ったのは、未だ椅子に座っているバージルと、猛抗議をするアクアを見て苦笑いを見せるクリス。

 扉が閉まり、少ししてアクアの声が聞こえなくなった後、クリスは腰に手を当ててため息を吐く。

 

「にしても……まさかバージルが半人半魔だったなんてねー……でも納得かな。君の抜刀術と、ドラゴンと戦ってた時の動き。アレ絶対人間やめてるって思ったもん」

 

 バージルが半人半魔だと判明した時、クリスは終始黙っていたが、カズマと同じように恐怖を覚えていたわけではないようで、独り納得したように呟く。

 その中で、クリスはチラリとバージルを見るも、彼は扉の方を向いたまま黙っている。クリスは横目でそれを確認すると、バージルに聞こえるよう声をかけた。

 

「それじゃ、アタシも帰ろっかな。明日からもよろしくね、バージル」

 

 あまり深く聞くべきではないと思っているのか、特に悪魔については聞こうとはせず、クリスはそれだけ言ってバージルの家から出ようと動く。

 ぐーっと両腕を上に伸ばすと彼女は笑ってバージルに手を振ってから、外へ出ようと扉に向かって歩き――。

 

 

「待て」

「……?」

 

 扉に手を掛けた時、ずっと黙っていたバージルがクリスを呼び止めてきた。

 クリスは扉から手を離し、クルリと後ろを振り返ってバージルと目を合わせる。

 

「貴様にはまだ用がある」

「アタシに? ……ま、まさか!? 自宅に連れ込んだのをいいことに、アタシにあんなことやこんなことをするつもりじゃ……!?」

 

 バージルにそう言われ、クリスは不思議そうに首を傾げる……が、しばらくすると何か察知したのか、自分の身体を守るかのように肩へ手を回し、怯えた顔を見せる。

 対してバージルは、あんなことやこんなことに全く興味がなさそうな顔でジッとクリスを見つめると、少し間を置いてから口を開いた。

 

 

 

「俺は奴等に真実を話した……そろそろ貴様も、隠し事をするのはやめたらどうだ……女神」

「……ッ!」

 

 まるで――相手のことを全て見透かしているかのように。

 バージルに女神だと呼ばれたクリスは、口を閉じて黙っている。

 黙秘するつもりだと捉えたのか、バージルはクリスを睨んだまま、クリスを女神と称したその理由を話した。

 

「初めて貴様と出会った時から、貴様に違和感を覚えていた。他の人間とは違う……妙な力を貴様は隠していた。そして……俺をこの世界に送った女神、それとアクアからも微量だが、同じ力を感じた」

「ッ!」

 

 バージルの推測を聞いたクリスは、酷く驚いた素振りを見せた。目は見開き、声を上げそうになったのか口を手で隠している。バージルの推測が当たっているか否かは明らかだった。

 クリスの正体を暴いたバージルは、今まで以上に鋭い目でクリスを睨む。それは、バージルがクリスと初めて出会った時と同じ、怪しい動きを見せれば殺すと警告するかのような――敵を見る目。

 その目で見られたクリスは、少し寂しそうな顔を見せると、扉から離れてバージルに近付き、机越しに彼の正面に立つ。

 

「……これでも、バッチリ隠したつもりだったんですけどね」

 

 そう呟いた瞬間、クリスの身体が暖かい光に包まれた。バージルは特に動こうとはせず、しかし警戒は解こうとせず、横にかけていた刀を握り、黙って目の前にある光を見続ける。

 次第に光は弱まっていき――光の中から、1人の女性が現れた。

 先程までクリスが着ていた露出度の高い衣装と打って変わり、長袖に膝下まで隠されたスカートという露出度の低い、白と明るい紺色でデザインされた衣装に包まれ、獣耳のような物がついているベールで頭を隠し、そこからはクリスと同じ銀髪だが、腰より下まで伸びた長髪が見える。

 そして――姿はまるで違うものの、クリスと全く同じ顔を持っていた。

 突如、目の前に現れた神聖な雰囲気を纏う女性は、クリスと同じアメジストの瞳でバージルを見ると、手を前に組んで軽くお辞儀をし、口を開いた。

 

 

「初めまして、バージルさん。私はこの世界で亡くなった魂を導く女神……エリスです」

 

 お辞儀をして顔を上げた彼女――エリスはそう名乗り、ニコッと微笑んだ。

 女神エリス――この世界では知らない人はいないであろう、国教にもなっている女神。

 慈悲深く、そして愛に満ち溢れた女神と言い伝えられており、数ある女神の中でもダントツに信者の数が多い。

 クリスの正体が女神なのは勘付いていたが、まさか1番メジャーな女神エリスだとは思っていなかったのか、バージルは少しだけ驚いた。

 

「ほう……まさか女神エリスだったとはな。で、何故貴様は女神であることを隠し、俺に近づいた?」

 

 バージルは椅子に座ったまま、エリスに問いかける。

 彼女が真の姿を見せた瞬間、彼女の力が飛躍的に上がった……が、それでも自分より力は劣る。戦闘になっても、力だけ見れば確実に勝てるだろう。

 しかし、相手は悪魔の対となる存在……その中でも上位に位置する女神だ。悪魔では抵抗できない、予期せぬ力で消しにかかる可能性もある。バージルは刀を握る力を強め、エリスの言葉を待つ。

 するとエリスは、前に手を組んだまま、決してバージルを襲う素振りは見せず答えた。

 

「……貴方がこの世界に来た時、私は貴方を送った女神から、貴方に関する情報を見させていただきました……人間界を救った英雄、伝説の魔剣士の息子でありながら、魔界を開き、人々を混沌の渦に巻き込んだ大罪人……バージル」

「……」

 

 エリスは決してバージルから目を逸らさず、彼を真っ直ぐ見つめたまま話す。

 伝説の魔剣士、そして大罪人という言葉を聞き、バージルは少し眉を潜めるも、彼女の話を黙って聞き続けた。

 

「本来なら、そのような大罪人は問答無用で地獄に送る……そう、天界規定で決められていた筈なのに、あの人はどうして天界規定を無視してこの世界に送ったのか……それを知るために、そして貴方が不審な行動を起こさないよう監視するため、貴方に近づきました」

「俺と協力関係を結んだのもその為か」

 

 エリスは、少し間を置いてからコクリと頷く。

 

「その中で、貴方の力をしかと見させていただきました……悪魔の力も……」

「……ベルディアとの戦いも見ていたか」

「……はい」

 

 あの戦いをのぞき見していたのかと聞くと、エリスは申し訳なさそうに俯きながら答えた。

 悪魔の力――バージルがデビルトリガーを引いた姿を、彼女は見たのだろう。

 ならばわかっている筈だ。如何にバージルが強く――危険な力を持っているのかを。

 

「貴方の力は……強大です。もし貴方が魔王軍に寝返ったらと思うと……ゾッとします」

「フンッ、ならば今の内に地獄へ送るか?」

 

 流石の女神でも、あの悪魔の力には恐怖を覚えていたのか、エリスは怯えたように話す。

 彼女が話したように、バージルが魔王軍側につきでもしたら、この世界は三日と経たない内に魔王に支配されるだろう。

 それを止める方法は1つ。バージルが魔王軍へ寝返る前に、彼をこの世界から追放すること。

 きっとエリスは、それを最終目的としているのだろう。そう考えていたバージルは、エリスを挑発するかのように自ら案を出す。

 バージルの言葉を聞いたエリスは、下唇をキュッと噛むと、俯いたまま言葉を返した。

 

「……そう……ですね。確かにそれがいいのかもしれません……しかし、そのためにはまだ、知らなければならないことがあります」

「……?」

 

 悲しそうに、そして寂しそうにエリスが話した言葉を聞いて、バージルは不思議に思いながらエリスを見つめる。

 てっきりエリスは、自分を地獄に送る気満々でいるのかと思っていたが、どうにも今の彼女を見て、そうは思えなくなってきた。

 話が予想と外れた方向に行き始めたことを疑問に思うバージルを他所に、エリスは小さく深呼吸をして顔を上げる。

 薄暗い空間の中で光る、アメジストの瞳にバージルが映し出される中、彼女は口を開いた。

 

 

「貴方の話を……聞かせてくれませんか? 貴方がどのように生きたのか……最初から最後まで……貴方の口から、聞きたいんです」

 

 あの世界で、バージルは何を見、何を得、何を失ったのか――エリスは澄んだ瞳でそう尋ねた。

 沈黙する2人――この空間が少しの間静寂に包まれた後、彼女の願いを聞いたバージルはおもむろに口を開く。

 

「……いいだろう」

 

 どういう目論見かはわからないが、バージルは敢えてエリスの願いを聞き入れてやった。彼は腕を組み、刀を持ったまま両目を閉じる。

 そして、彼はポツポツと語り始めた――元いた世界で――悪魔が潜むあの世界で繰り広げた――バージルの物語を。

 




こんな感じで終わってますが、1回番外編挟みます。

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