この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第3章 守る力と闘う力
第18話「この異世界に新店舗を!」★


 ――秋。それは食欲の秋、読書の秋、スポーツの秋と、人によって様々な色を見せ、冬の知らせを待つ季節。

 この世界にも秋が到来し、冒険者達は寒い寒い冬に備えるため、今日もクエストに出かけている。対するモンスターも、冬眠に備えて活発に活動していた。

 そんな、あちらこちらも騒がしい季節の時期。

 

 

「……Humph……」

 

 この男――バージルはとても困っていた。

 特別指定モンスターどころか魔王軍幹部さえもソロで倒せる、もうあいつ1人でいいんじゃないかなと言える実力を持ちながら、高い知力を合わせ持つ彼に、困ることなんてあるのだろうか。

 

 否――1つだけある。

 

 

「(……鉱石が足らん……)」

 

 刀の維持に使う為の、鉱石だった。

 雷刀アマノムラクモは、バージルの要望通り頑丈な設計がなされているが、一切傷がつかないわけではない。使い続ければ刃が綻び、欠けることもある。

 

 そう、以前バージルが使っていた愛刀――閻魔刀のようにはいかないのだ。

 うっかり閻魔刀を使う感覚で、魔力を込めて振ったこともあり、刀が追いつかず壊れることもしばしば。

 その度に、バージルは鍛冶屋ゲイリーのもとへ行って修復してもらうのだが……そのためには、多くの鉱石と電気系のモンスターの素材が必要となる。

 

 モンスター素材は問題なく回収できるのだが……そう、鉱石が集まらない。まるで、物欲センサーに四六時中監視されたハンターの如く。

 石ころや鉄鉱石ならたんまりあるが、当然そんな物はアマノムラクモの修復に使えない。

 完璧主義なバージルとしては、少しの欠けも気になるので、すぐにでも直したいところなのだが、鉱石がなければどうすることもできない。

 

「(……他の奴から集めるか……)」

 

 そこで、バージルは考え方を変えてみる。自分で集められないのならば、他の冒険者から集めればいい。

 1番手っ取り早いのは、鉱石を高く買い取ることだが……鉱石にあまり金は使いたくないので除外。まだまだ大量に金はあるのに。この男、意外と守銭奴である。

 金以外の等価交換で鉱石を得るとしたら何が良いか……そう考えていた時、1つの案が頭を過った。

 

「(……また、奴の真似事になるのは癪だが……)」

 

 それは、かつての自分なら即刻消していただろう案。

 しかし、今の自分には必要だと思える案を。

 

 

*********************************

 

 

 ――コンコンッと、バージルが住む家の前にいた人物は、軽く扉をノックする。

 しかし、家の中からは声が聞こえず、扉も開かれる様子を見せない。

 

「おかしいなぁ……鍵は開いているから、バージルさんもいると思うんですけど……失礼しまーす」

 

 そう呟いた銀髪ショートの女性――クリスに扮したエリスは、一声かけてから家の中に入る。

 整理整頓された清潔な部屋を見渡すが、バージルの姿は見当たらない。やはり留守なのだろうか。

 

「バージルさーん。いませんかー?」

 

 しかし、几帳面な彼が鍵をかけ忘れて外出することは考えられない。エリスは部屋の中でバージルを呼んでみる。

 するとその時、部屋の奥から物音がしたと思いきや、その先にあった扉がガチャリと開いた。

 

「……エリスか」

「あっ、バージルさ――」

 

 そこから、バージルの声が聞こえてきた。彼の声を耳にしたエリスはそちらへ顔を向け――。

 

「――って、ななななんで上半身裸なんですかーっ!?」

 

 バージルの鍛え上げられた身体を目撃してしまい、顔を真っ赤にして叫び、すぐさまバージルから目を背けた。

 風呂にでも入っていたのだろうか。彼の髪は乾いておらず、いつものオールバックな髪も降ろされ、彼の弟と瓜二つな髪型になっている。

 そして、上半身は何も着ていないトップレスで、あるのは首にかけたタオルとエリスが渡したアミュレットのみ。結果、奥様もウットリな引き締まった身体をガッツリ露出させていた。

 一応、しっかり下は履いているのだが……この女神様には、上半身だけでも刺激が強過ぎたようだ。

 

「……何をそんなに動揺している?」

「いいから早く服着てください! 早く! 今すぐにっ!」

 

 

*********************************

 

 

 しばらくして、バージルは髪を乾かしいつものオールバックに戻すと、黒い服と青いコートを纏って浴室から出る。

 バージルが椅子に座る前で、エリスは季節が秋であるにも関わらず、両手でパタパタと顔を仰いでいた。

 

「で、何の用だ」

「なんでそんな普通に話せるんですか……もうっ……」

 

 あんな事が(バージルにとっては何でもない事だが)あったにも関わらず、平然と話を進めるバージルに、エリスは呆れるようにため息を吐く。

 もう文句を言っても仕方ないだろう。そう思ったエリスは気持ちを切り替え、バージルに用件を話し始めた。

 

「今日も『神器回収』を手伝ってもらおうと思いまして」

 

 『神器回収』――それは、以前までエリスが『お宝探し』と称していた仕事だ。

 バージルは、クリスが女神エリスだということを知っている。ならば、彼にはもう隠す必要がないだろうとエリスは判断し、お宝探しの真の目的を話していた。

 

 この世界に転生させられた者達――その中でも、とある異世界の、エリスの先輩が管理していた国の若者達。

 彼らが転生前に女神から、様々な武器や防具を特典として受け取っているが、その中でもとりわけ強力な物を『神器』と呼ぶ。

 それらは、この世界のバランスを崩す程に強大な力を秘めている。そういったチートじみたものを転生特典にするのはダメだと天界規定で言われていた筈なのだが、どうやらエリスの先輩は忘れていたらしい。

 一応、神器は持ち主にしか扱えないように施されているのだが、完全に使えないわけではない。少し能力が低下するものの、他者にも扱うことができるのだ。

 

 そして、この世界には持ち主が死亡した、または不意の事故で手放す羽目になり、持ち主のもとから離れてしまった神器が数多く存在する。

 完全に力は引き出せないにしろ、その片鱗だけでも強力な神器。それが邪な者の手に渡れば、必ず災いが起きてしまうだろう。

 その為、エリスは盗賊に扮して下界に降り、お宝探しと称して神器を回収していたのだ。

 

 ……因みに、ちゃっかりバージルはクリスのことをエリスと呼び、エリスはクリスの格好でありながら口調が素になっているが、彼女が女神だと他の者にバレてしまうのは混乱を招くので、こういう2人だけの時にしかやっていない。

 2人きりに限り呼び方や口調を変えるなど、傍から見れば恋人のそれである。もっとも、バージルにその気は雀の涙ほどもないだろうが。

 

「悪いが今日は忙しい」

「あら、珍しい……理由を聞いてもいいですか?」

 

 神器回収の誘いには必ず乗ってくれた彼だったが、今日は珍しく断られた。気になったエリスは、その訳を尋ねてみる。

 対するバージルは、いつものように腕を組みつつ答えた。

 

 

「――便利屋を開こうと思ってな」

 

 

*********************************

 

 

「……で、鉱石を集めるのを主な目的とし、報酬は金以外でも構わん便利屋を経営しようと考えた」

「(鉱石集め、だなんて言ってるけど……バージルさんなりに、人と接しようとしているんですね……素直じゃないなぁ)」

「……何を笑っている」

「いえいえ、なんでもありませんよ」

 

 バージルが便利屋を開くことになった経緯を聞き、その真意を汲み取っていたエリスは小さく微笑む。

 そんな彼女が気に食わないと思ったのか、バージルはフンッと鼻を鳴らした。

 

「とにかく、今はその準備で忙しい。店の名前もまだ決めていないからな」

「名前……ですか……」

 

 店の名前は、謂わば顔だ。親しみやすく覚えやすい名前ならば、街の人にもすぐ覚えてもらえるだろう。その逆も然り。

 今日は邪魔しちゃいけないだろう。そう思ったエリスは、しばらく神器回収は1人でやろうと考え、この場から去ろうと動き出す。

 

「エリス、何かいい名前はあるか?」

「……えっ?」

 

 とその時、バージルから名前の案がないかと尋ねられた。それを聞いたエリスはその場で固まる。

 長いこと女神として生きているが、こういった何かの名前を決めるのは、あまり経験したことがない。

 正直言うと、自信はない……が、折角バージルからお願いされたのだ。女神として、協力者として、ここは1つ自分も名前を考えなければ。

 元から断れない性格の彼女は、思いつかないと言わず、バージルが経営する便利屋にピッタリな名前を考え始めた。

 

 

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 ――5分後。

 

「(やっぱりバージルさんの要素を織り交ぜたいですよね……となれば青をイメージさせるような……)」

「……」

 

 

 ――10分後。

 

「(ブルーローズ……ちょっと違うかな? なら今度は悪魔路線の方で……)」

「……オイ」

 

 

 ――15分後。

 

「(ダンスウィズデビル……うーん、なんか違う……悪魔……デビル……うぅーっ……)」

「……思いつかんのなら構わんが……」

 

 あれからかなり熟考しているが、中々良い案が頭に思い浮かばない。

 いい加減待つのが面倒になってきたのか、頭から湯気が出ているように幻視させるエリスを見かねて、バージルは声を掛ける。

 

「――あっ!」

「ムッ?」

 

 とその時、何か名案でも思いついたかのように、エリスはパァッと顔を明るくして両手をパンッと叩いた。

 バージルが少し驚く中、エリスは人差し指を立てると、思いついた名前を告げた。

 

 

「『デビルメイクライ』……なんてのはどうでしょう?」

「……『Devil may cry』?」

 

 彼女が口にした名前案をバージルが復唱すると、エリスは「はい」と言って頷く。

 

「悪魔は、どんなことがあっても泣くことのない種族だと聞いたことがあります。そんな悪魔が……もしかしたら魔王でさえも、泣いて許しを請いてしまうほどの力を持つ、バージルさん……そんな意味を込めてみたんですが、どうでしょうか?」

 

 「血も涙もない悪魔」という言葉を聞いたことはあるだろうか。

 血も涙もないとは、人間とは思えない、残酷で無慈悲な行動や言動を行った者によく言われる言葉だ。それに合わせて、悪魔がよく挙げられている。

 しかし、それは紛れもない事実。エリスが話した通り、悪魔には人間らしい感情など一切ない。怒りや喜びはあれど、悲しみや恐怖は一切ない。当然、それを感じて流す涙などある筈がない。

 そんな悪魔を、恐怖で泣かせてしまうほどの圧倒的な力――その意味を込めた名前。それが『デビルメイクライ(悪魔も泣き出す)』だ。

 彼女の解説を聞いたバージルは、顎に手を当てて少し考える。

 

「……悪くない名前だ」

 

 すると、その名前が気に入ったのか、彼は小さく笑って感想を口にした。

 その言葉を聞いたエリスは、とても嬉しそうにニッコリと笑う。

 

「(本当は……いつかバージルさんが、誰かのために泣ける悪魔になれますように……という意味なんですけどね)」

 

 

 まさかその名前が、既に――しかも、彼の弟が使っていたことなどいざ知らず。

 ここに『デビルメイクライ異世界ベルゼルグ王国アクセル支店』が誕生した。

 

 

*********************************

 

 

 ――それから数日後。バージルはせっせと開店準備を進めていた。

 業者に頼んでもらい、扉の上にこの世界の文字で「デビルメイクライ」と書かれた看板を立て、事務所は完成を迎えた。

 無事開店したところで、エリスは「早速友達に紹介してくる」と言って、街の中へ駆け出した。

 そう、口コミというヤツである。

 クリスから発信し、その知り合いから知り合いへ、またその知り合いから知り合いへと、アクセルの街にオープンした便利屋の名は、段々と広まっていくだろう。

 いずれ来るだろう客人を待つため、バージルはクエストに行かず、ゆったり本を読むことにした。

 

 

 ――そして、エリスが口コミを始めてから数時間後。

 

「……ムッ」

 

 バージルが読書を進めていた時、扉をノックする音が聞こえた。

 まだ1日も経っていないのに、もう依頼人が来たのだろうか。バージルは本を机に置き、扉の前へ移動する。

 そして彼は扉を開け、家の前に現れた人物を見た。

 

 

 ――白と黄色の鎧を纏う、金髪ポニーテールの女性を。

 

「やあ、バージル」

「帰れ」

 

 ダクネスを見た瞬間、バージルは即座に扉を閉めて鍵をかけた。

 

「なっ!? 開けてくれ! バージルが何でもやってくれる便利屋を始めたと聞いて、すっ飛んできたんだ!」

「今日はもう閉店だ。帰れ」

「まだ昼だぞ!?」

 

 ダクネスは扉をガチャガチャと構い開けようとするが、絶対に開ける気はないとバージルは告げる。

 そういえば、彼女はエリス……いや、クリスの知り合いだった。となれば、彼女がダクネスにバージルの便利屋を紹介するのはごく自然なこと。

 ダクネスのことを失念していた自分を恨むように、バージルは独り舌打ちをする。

 

 ――と、もう諦めたのか、扉を開けようとする音が静まり、ダクネスの声は聞こえなくなっていた。

 しかしまだ安心できない。ここで開ければホラー映画よろしくバンッと隙間から手を出し、扉をこじ開けてくるかもしれない。

 バージルは鍵をかけたまま扉から離れ、再び椅子に座る。そして、先程まで読み進めていた本へ手を伸ばした。

 

 

「折角依頼しにきたのに締め出すなんて、嬉しいことをしてくれるじゃないか」

「……ッ!?」

 

 不意に、横から聞こえない筈の、そして聞きたくなかった声が聞こえ、バージルは酷く驚いて横を見る。

 そこには、腕組みをして立ち、凛々しい顔で変なことを話す――さっき締め出した筈のダクネスが。

 

「貴様……どうやって……」

「裏にあった浴室の窓の鍵、空いていたぞ?」

「……チッ!」

 

 どうしてこの非常事態に限って、鍵を閉め忘れていたのか。自分の失態にバージルは再び舌打ちをする。

 もっとも、たとえ鍵が空いていてそこから潜入したとしても、バージルに悟られることなく横に立つことは、潜伏スキルでも使わない限り不可能なのだが……HENTAIとは恐ろしい生き物である。

 

「貴様の依頼など聞き入れるつもりはない。失せろ」

「んっ……ま、まぁそう邪険にせず……まずは報酬だけでも見てくれ」

 

 彼女の依頼は絶対ロクでもないことに違いない。バージルは両目を閉じて腕を組み、さっさと帰るよう冷たく言い放つ。

 ダクネスは少し頬を染めながらも、机周りを迂回してバージルの正面に立つと、片手に持っていた大きめの袋を机に置いた。

 バージルは目を開けて様子を見る。ダクネスは縛っていた紐を解くと、バージルに袋の中身を見せた。

 

「ッ……これは……」

「鉱石に困っているとクリスから聞いてな。これが報酬だ」

 

 それは、バージルが掘っても1日に1個取れるか否かの、青く輝く鉱石。

 刀の修復に必要な鉱石の1つだ。それがギッシリと詰められていた。

 バージルでさえも、思わずゴクリと息を呑んでしまうほどの量。彼はしばし鉱石を見つめた後、ダクネスに目を向ける。

 

「……話は聞いてやる」

 

 鉱石の欲に負けたバージルは、せめて話だけでも聞くことにした。

 彼の返答を聞いたダクネスはフッと笑うと、胸に手を当て、バージルに依頼内容を話す。

 

「……私に、剣の稽古をつけてくれないか?」

 

 それは、彼女にしてはえらくまともな内容の物だった。

 騎士として強くなるために、同じ剣の使い手であるバージルから教わりたい。その思いを胸に、ダクネスはバージルに稽古をつけるよう依頼した。

 

 

 ――と、彼女を知らない者が見たら、誰もがそう思うだろう。

 

「罵倒罵声を浴びせつつ……か?」

「流石バージル。よくわかっているじゃないか」

 

 やっぱりこの女はダメだった。

 

「何故俺が貴様の変態趣味に付き合わなければならん。帰れ」

「んっ……! 変態……趣味っ……!」

 

 ダクネスの依頼を下衆な趣味だと、バージルはハッキリと言い切って断りを入れる。

 その容赦ない言葉に、ダクネスは感じて身体を震わせる。その姿には、バージルも思わずゾッとしていた。

 しばらくして、ダクネスは落ち着きを取り戻すと、未だ荒い息を吐きながら、バージルにこう告げた。

 

 

「な、ならっ……この10倍は払う……と言ったら?」

「……ッ!?」

 

 10倍――目の前にある大量の鉱石の、10倍の数を払うと。

 ダクネスは紛う事なき変人だが、嘘を吐く女ではない。短い期間だが、ダクネスと関わっていたバージルは、彼女の性格を見抜いていた。

 素直。実直。そして欲望に忠実。彼女は本気(マジ)に10倍の数を払うつもりなのだ。バージルと稽古をするためだけに。

 

「頼む! バージル! ほんの1時間だけでもいい!」

「……ッ」

 

 最初は絶対に受けるつもりはないと構えていたが、ここでバージルに迷いが生じた。

 依頼を受ければ一気に鉱石が溜まる。しかしその代わり、大切な何かを失ってしまいそうな気がする。

 ダクネスの依頼を受けるべきか否か。バージルは目を閉じ、しばらく熟考する。

 彼が選ぶのは、自身のプライドか――鉱石か。

 

 

「……1時間……だけだ」

 

 

*********************************

 

 

「寝ている暇があるならさっさと立て、クズが」

「んんっ……! あぁっ……! 倒れているところを蹴り上げるなんて……!」

 

 

「そんな剣裁きで騎士を名乗るだと? 呆れて物も言えんな」

「くぅぅ……っ! ま……まだまだぁっ!」

 

 

「どこを見ている。俺の身体に掠りすらせんぞ? やる気があるのか?」

「ふっ……! くっ……! ハァ、ハァッ……!」

 

 

「っ……どうした? もう終わりか?」

「あっ……あぁあああっ……! 顔を地面につけられ、その上から足で踏まれるなんてぇええええ……っ!」

 

 

*********************************

 

 

 ――1時間後。

 

「ハァ……ハァ……しゅごいぃ……」

 

 アクセルの街近くにある平原。その上で、鎧が所々壊れ、下に着ていた黒いボディスーツも破れ、土で汚れた肌を露出させたダクネスが横たわっていた。

 彼女の顔はとても幸せそうで、情けなくヨダレを垂らし、ビクンビクンと身体を脈打たせている。その目は半ば虚ろだが、心なしかハート型になっているように見える。

 その近くにいるのは、小さな岩の上に腰を置き、刀を杖のように立て――後悔するように、柄の底に額をつけているバージル。

 

「(……俺は何をしているんだ……)」

 

 どう見ても事後です。本当にありがとうございました。

 

【挿絵表示】

 

 

*********************************

 

 

 ――デビルメイクライが開店してから、初めての依頼を受けた翌日。

 バージルは、今日も静かに自宅で本を読みつつ、依頼人を待っていた。

 昨日あんなことがあったのに、よく冷静でいられるなと思うだろうが、逆だ。バージルは本に没頭することで、昨日のことを忘れようとしていた。

 

「……ムッ」

 

 とその時、真正面にあった扉がガチャリと開く。デビルメイクライ、2人目の依頼人だ。

 バージルは本から目を離し、開いた扉へ向ける。

 中に入ってきたのは、緑色のスカーフと白い服に茶色い靴を身につけた、どうにも冴えない茶髪の男。

 

「ども、バージルさん」

「カズマ……貴様か」

 

 バージルの協力者の1人、カズマだった。彼は大きめの袋を背負い、店に入ってくる。

 彼は、バージルと協力関係なのをいいことに、バージルへアクアを擦り付けようとしたが、それに目を瞑れば、あの4人の中では1番まともな男だろう。

 ダクネスの時と違い、バージルはすぐに店を閉めることなく、本を閉じて机に置き、机の前に来たカズマと向き合う。

 

「クリスから聞きましたよ。便利屋開いたって……バージルさんがそんな店始めるなんて、珍しいっすね。しかもデビルメイクライなんてシャレオツな名前つけて。ウチの中二病にも見習って欲しいですよ」

「……そうだな」

 

 カズマの言葉に、バージルは同意するように呟く。わかっていると思うが、ネーミングセンスが壊滅的な中二病のことではない。

 

 バージルは、まさか自分がこのような仕事を始めるとは思ってもみなかった。生前は悪魔として生き、人間を殺してきた自分が、だ。

 しかし、これは自分で選んだ道。便利屋を開こうと思ったのも、人間に歩み寄ろうと思ったのも……エリスの与えた罰もあるが、結局は自分で決めたこと。

 だからこそ、バージルは後悔していなかった(初めての依頼から目を背けつつ)

 もしもダンテが今のバージルを見たら――

 

「なんだよバージル。見ない間に随分と良い子ちゃんになったな。ようやく反抗期が終わったか?」

 

 ――と、いつもの相手を小馬鹿にした顔で笑い、バージルを弄り倒すことだろう。兄弟喧嘩勃発待ったなしである。 

 

「それと……ダクネスからも聞きました。その……お疲れ様です」

「……その話は触れるな……思い出したくもない……」

「そっすよね……すんません……」

「で……何の依頼だ?」

 

 危うく封印していた記憶が掘り起こされそうになりながらも、バージルは話を進める。

 カズマが何の用もなく、店だけを見にここへ来たとは思えない。それは、彼が持っている大きめの袋からでもわかることだった。

 バージルに尋ねられたすカズマは、キリッと真剣な表情を見せると――勢いよく頭を下げた。

 

 

「お願いします! 1日だけ俺と代わってください!」

「断る」

「うぐぅっ!?」

 

 カズマの依頼内容を聞いた瞬間、バージルはバッサリと断った。

 

「た、たった1日だけでいいんです! 安らぎが欲しいんです! アイツ等に振り回されない平和な1日を過ごしたいんです!」

「貴様の気持ちは十分にわかる。だが、奴等と共に行動するのは無理だ。諦めろ」

 

 カズマは涙目になりながら、一生に一度のお願いと言わんばかりに頼み込むが、バージルは断る姿勢を崩さない。

 1日カズマと代わる。つまり、1日もあの問題児3人と行動を共にしなければならないということだ。それならば、まだ魔界に行って悪魔達と四六時中殺し合った方がマシというもの。

 いくらカズマに恩があるとしても、そして彼の気持ちが痛いほど理解できるとしても、それだけは受け入れられなかった。

 

 何度頼まれても断固拒否する――そう思っていた時、カズマは頭を上げてこう告げた。

 

「報酬を見ても……ですか?」

「ムッ……?」

 

 まるで駆け引きをするように、カズマは報酬の話を持ち出してきた。

 カズマは背負っていた袋を、ドンッと音を立てて机上に置く。

 そして、てっぺんで結ばれていた紐を解き、中身をバージルに見せた。

 

「ッ……こ、これは……」

 

 なんということか――袋に入っていたのは、まさにバージルが欲していた、刀の修復に必要な鉱石――その中でも使用数が少ない、つまりは希少価値の高い緑色の鉱石が、たんまりと入っていた。

 バージルがいくら掘ろうとも、全然掘り起こすことができない代物。1週間に1個取れれば良い方だ。

 それを、カズマがこれほどまでに所持している事実に、バージルは驚きを隠せずにいた。

 

「これが報酬です。依頼内容は、1日だけ俺とバージルさんの生活を入れ替える。どうですか?」

「……ッ」

 

 狙い通りだったのか、劣勢から一転攻勢へ。カズマはニヤリと笑って、バージルにもう一度依頼内容を告げる。

 バージルは目を閉じ、じっくりと考える。

 あの問題児達と行動するのは、ロクなことにならないのが目に見えているため、断りたいところだ。

 しかしこの依頼をこなせば、欲しかった鉱石がたんまりと手に入る。

 昨日に引き続き、バージルはまたも選択を迫られる。自分の気持ちか、鉱石か。

 バージルは悩みに悩み続け――答えを出した。

 

 

*********************************

 

 

 ――場所は変わり、ギルドのクエスト掲示板前。

 

「というわけで、今日1日だけ、俺の代わりにバージルさんがお前達と行動することになったから」

「「「……えっ?」」」

 

 バージルの横でカズマがそう話し、目の前にいた3人――アクア、めぐみん、ダクネスは素っ頓狂な声を上げた。

 




挿絵:のん様

因みにバージルが掘っても掘っても掘れない鉱石は、モンハンでいうとマカライト鉱石レベルの物です。それを、バージルは上位クエストに行っているにも関わらず掘り当てられません。ほとんど石ころか鉄鉱石。よくて大地の結晶。つまりはそういうこと。

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