紅魔族の長の娘、ゆんゆん。
いずれは紅魔族を率い、紅魔の里を守る長となる者。ゆんゆんも、その使命を果たすために冒険者となった。
しかし、今の自分では紅魔族の長など程遠い。たとえ上級モンスターが相手でも、苦戦しないほどに強くならなければならない。
だから――。
「お願いします! 先生!」
この街で出会った蒼白のソードマスター、バージルから、彼の戦い方を教わる必要があった
ゆんゆんは頭を下げ、前方で椅子に座っているバージルへ願い求める。
彼が持つ、見慣れない形状の剣を使った剣術。
街の近くの平原で、金髪の騎士と稽古をしていたのを偶然見た時に、かなり洗練されていると感じた。
そして昨日、彼の技を間近で目にしたことで、彼の動きは、自分の思い描く理想像とほぼ一致していたことに気付いた。
きっと彼についていけば、自分は今よりも強くなれる。そして、人の出会いは一期一会。これを逃すべきではない。
そう思い、ゆんゆんは何度も頼み込んでいるのだが、一向にバージルから声は上がらない。
ここは一度日を改めるべきだろうか、と思いながら、ゆんゆんは頭を上げてバージルの顔を伺う。
「……ヒッ……!?」
そして、いつの間にか表情が一変していたバージルを見て、ゆんゆんは小さく悲鳴を上げた。
先程まで鬱陶しそうな顔を見せていたのが、打って変わって厳然とした、誰もが見たら彼女のように怯えそうな鋭い目つきで、ゆんゆんを睨みつけている。
「……力が欲しい……か……」
しかし彼は一度目を伏せると、先程ゆんゆんが放った言葉を復唱する。
その言葉に思うところでもあったのだろうか。ゆんゆんは内心怯えながらも、バージルの様子を見守る。
すると彼は、おもむろに椅子から立ち上がり、ゆんゆんへ告げた。
「今日の夜、アクセルの街正門前に来い。武器は何も持ってくるな」
「えっ……?」
バージルが出した指示を聞き、ゆんゆんは首を傾げる。
正門前に――恐らくそこに集合した後、街の外に出るのだろう。
武器も無しに、街の外へ出て何をするつもりなのか。彼女が疑問に思う中、バージルは言葉を続けた。
「俺の授業を受けるに相応しいか否か、テストしてやろう」
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青い空が、夕暮れを過ぎて星が浮かぶ夜空になった頃。
冒険者達が酒を飲みにギルドへ集まる中、ゆんゆんは真逆の方向、正門へと歩いて行った。
夜にしか出てこないモンスターもいるので、冒険者が夜に街の外へ出るのは不思議ではない。チラリと見はするものの、すれ違う冒険者や街人は特に疑問を抱かなかった。
何事もなく、正門付近へ到着したゆんゆん。そこでは既にバージルが待っており、あの時持っていた剣も装備していなかった。
同じくゆんゆんも、いつも装備しているワンドと短剣は宿に置いてきた。
条件に従った姿のゆんゆんを見たバージルは「ついてこい」とだけ言って、街を出る。
ゆんゆんは気を引き締めながら、バージルの後を追っていった。
しばらく歩いて辿り着いたのは、夜風が吹き抜ける、街から離れた草原地帯。
夜でもこの辺りは安全なのか、モンスターの気配はしない。それを確認したところで、バージルは足を止める。ゆんゆんもピタリと止まり、少し離れた場に立つバージルを見る。
向かい合う2人。ゆんゆんがゴクリと息を呑む中、バージルが先に口を開いた。
「今から俺と貴様、1対1で体術を用いた戦闘を行う。貴様は、1発でもいいから俺の顔に当ててみろ。内容次第では、特別にこれからも貴様を、無料で見てやってもいい」
「む、無料で!? ていうか体術……ですか?」
サラリと、合格すれば授業料無しでと言われて驚いたが、それよりも彼女は、バージルが告げたテスト内容に反応を示した。
体術は、ゆんゆんが学生時代最も得意としていたものだ。
いつもはめぐみんに総合成績を抜かれるが、体術だけは常に1番だった。めぐみんが、体術を扱う体育の授業だけサボっていたのもあるが。
確かバージルには、体術が得意だということは話していた。それを覚えていたから、テストに体術を持ってきたのだろう。
自分の得意分野を試されると聞いて、ゆんゆんはより緊張感を高める。
「ただし、このテストで貴様が不甲斐ない姿を見せたら、当然不合格と見なす。そうなった時は――以降、二度と俺に教えを乞いに来るな」
「……ッ」
そう告げながら、バージルはギラリと鋭い目で睨みつけてきたた。彼の目を見て、ゆんゆんは思わず尻込みしそうになる。
体術のテストは、学校で散々やってきた。同じ生徒との試合、先生との組み手など。
しかし今回のテストは、きっと今までのテストが生ぬるいと感じるぐらい、厳しいものになるだろう。
以前、コカトリスを討伐した時の動きだけでも垣間見えた、彼の類まれなる身体能力。
恐らく、武器を用いない体術にも心得はあるだろう。自分とは比べ物にならない程に。
だが――。
「(正直言って、怖い……だけど――!)」
自分は、やらなければならない。強くならなければならない。
その理由が、自分にはあるのだから。
「……お願いします!」
ゆんゆんは決して逃げ出そうとせず、体術で戦う際の構えを取った。
対するバージルは、特に構えを取ろうとはせず、突っ立ったままゆんゆんを睨む。
モンスターも人もいない、静かな夜の草原。2人は睨み合い、息を呑んでその時を待つ。
――先に動いたのは、ゆんゆんだった。
「やぁっ!」
ゆんゆんは勢いよく駆け出すと、右ストレートをバージルへ繰り出す。
が、バージルはあっさりと片手で受け流す。
「はぁっ!」
簡単に防がれてしまうことは想定済み。ゆんゆんは怯むことなく、続けて攻撃を仕掛けていく。
両手だけでなく両足も使った、絶え間ない連撃。学生時代、そして冒険者として積んだ経験を活かした動き。
だが――それすらもバージルは受け流し、避け、防いできた。
「(っ……! 崩せない……!)」
攻撃を仕掛けながら、未だバージルの防御を崩せないことに、ゆんゆんは焦りを見せる。
馬鹿正直に顔だけでなく、背後や足元を狙って体勢を崩そうとしているが、そのどれもが防がれるか、避けられてしまう。
まるで、こちらの思考を全て読んでいるかのように。
「――たぁっ!」
だが、そこで諦めていては、攻撃を当てることなど夢のまた夢。
ゆんゆんは繰り出す連撃から流れるように右足を上げ、バージルへ後ろ回し蹴りを繰り出した。
――しかし、その右足は空を切る。
前に立っていたバージルは、素早く後ろへ下がって攻撃を避けた。
また避けられた。ならば次はと、ゆんゆんは思考を働かせる。
「フンッ!」
「なっ――あうっ!?」
しかしその時、バージルは前へ移動すると同時に、素早い動きで右ストレートを出してきた。
バージルの反撃を予想していなかったゆんゆんは、それを避けることができず顔面に衝撃を受ける。
「誰が攻撃しないと言った?」
「ッ!」
痛みに顔を歪ませる中、前方からバージルの声がした。
慌てて前を見ると、既に距離を詰めていたバージルが、左拳で顔を狙ってきていた。
ゆんゆんは上半身を後ろに下げ、彼の拳をギリギリ避けると同時に両足を上げ、バージルの左手を蹴り上げる。
その勢いで後方に、連続でバク転をして距離を離したが、彼女が着地した時、バージルは素早く距離を詰め、ゆんゆんに連撃を仕掛けてきた。
「くぅっ……!」
自分とは明らかに違う、速くて重い拳と蹴り。ゆんゆんはただひたすら両腕を使って防ぐ。
しかし、このまま防戦一方では勝てない。防御しながらも、反撃のチャンスを伺う。
「くっ……やぁああああっ!」
そして、バージルの左パンチをなんとか避けつつ、今度は左足で後ろ回し蹴りを見せた。
だが、バージルはそれをしゃがんで避け、同時にゆんゆんの軸足を華麗に足払いで崩す。
「っ! しまっ――!?」
足を払われ、ゆんゆんの身体が宙に浮かぶ。
防御もできない無防備な状態。そこに、バージルがすぐさま詰め寄ると――。
「――フンッ!」
「……ふぐっ……!?」
ゆんゆんの顔を右手で掴み、そのまま地面に強く打ち付けた。
後頭部に強烈な痛みを受け、ゆんゆんは呻き声を上げる。
少しして、ゆんゆんの身体が地面についた時、バージルは右手に力を入れたまま、ゆんゆんの身体を持ち上げる。
顔を掴まれたまま身体を起こされ、地面からゆんゆんの両足が離れる。
そして――バージルは右手に力を込め、握り潰すようにアイアンクローをしてきた。
「がっ――あぁあああああああああああああああああああああっ!?」
頭に酷い激痛を覚えたゆんゆんは、大きく悲鳴を上げる。
抵抗としてバージルの腕を掴み、拘束から逃れようとするが、バージルは決して力を弱めない。
手に持ったリンゴを握り潰すように。バージルはゆんゆんを逃そうとせず、力を加えていった。
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「(……まだだ……まだ足りん)」
目の前でゆんゆんが悲痛な叫びを上げる中、バージルは右手に力を込め続ける。
人は追い込まれた時、どうしようもない絶望を前にした時、初めて本当の姿を見せる。
そこで理性を保つことは不可能。化けの皮は剥がれ、本心を色濃く映し出す。
この少女――ゆんゆんも同じだ。
「……ぁ……」
痛みのあまり、彼女はいつの間にか叫び声を上げなくなっていた。
それを見たバージルは、右手に込めた力を解き、パッと彼女の頭を離す。
ようやく地獄の苦しみから解放されたゆんゆんの、両足が地面につき――。
「――フンッ!」
「……ごふっ……!?」
その瞬間、バージルは左手を握り締め、彼女の顔に拳を入れた。
続けて右手に握り拳を作り、今度は彼女にボディーブローを食らわせる。
一瞬背中が盛り上がるほどの衝撃を受け、ゆんゆんは口から少量の液を嘔吐する。
バージルは手を引っ込めると同時に、左足、右足と順に『日輪脚』で蹴り上げながら宙に舞う。
そして最後に『流星脚』を繰り出し、ゆんゆんに強烈な一撃を食らわせた。
地面に叩き落とされたゆんゆんの身体は、草原の上を転がっていき、うつ伏せの状態で止まる。
その傍ら、バージルは華麗に着地すると、地面に突っ伏している彼女の様子を伺った。
「(……ここまでか)」
そして、倒れたまま動かないゆんゆんを見て、バージルはどこか残念そうにため息を吐いた。
力を欲す――レベルという概念がある冒険者なら、大抵の者が抱える思いだ。ゆんゆんもそうだろう。
別にそれ自体は構わない。力を求めるのは個人の勝手だ。
しかし彼女は、あろうことかその節をバージルに伝え、彼に教わりたいと言ってしまった。
元の世界で、誰よりも力を欲し、誰よりも力に拘っていた彼に。
強い力を求める者には、それ相応の覚悟がいる。
それこそ、バージルのような力を求めるならば、死線を超えるほどの覚悟が必要となる。
彼女には、果たしてその覚悟があるのか。それを確かめるべく、バージルは彼女を追い込んでいた。
先も言ったように、追い込まれた者の多くはそこで本性を現す。ある者は逃げ惑い、ある者はヤケクソに襲い掛かり、ある者は必死に助けを求める。
まだ彼女は動いていないが、起きればすぐに本性を現すだろう。そしてバージルは、その姿を既に予想していた。
――もう嫌だと泣き喚き、自分から逃げるゆんゆんの姿を。
彼女はまだ幼い。身体的に強くとも、心が弱いままだ。
今回、バージルに教えを乞いに来たのも、その幼さが故だろう。強い力に憧れ、自分もそういう風になりたいと夢見る、無垢な子供と同じ。
そんな者が、本当に強い力を得られる筈はない。必ずどこかで挫折するか――力に溺れ、支配されてしまうか。
ならば、下手に力を与えるよりも、その道を閉ざしてしまった方が、彼女にとっては幸福だろう。
「……チッ」
そこまで考えて、彼はゆんゆんを見ながら――されどゆんゆんに向けてではなく、自分に対して舌打ちをする。
今思えば、何故自分はこんなテストなど行ったのか。この結果になることは、テストをせずともわかりきっていただろうに。
さっさと終わらせよう。そう思い、バージルはゆんゆんに歩み寄った。
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「(……頭が痛い……お腹も……身体のアチコチも……)」
視界がボヤける中、ゆんゆんは辛うじて残っていた意識を保ち、状況を確認する。
耳に入るのは、どんどん大きくなる足音。間違いなくバージルのものだろう。
――私は何をしているの?
嫌だ。里に帰りたい。
どうしてあんなこと言ったんだろう。
ゆんゆんの心に、様々な負の感情が芽生えていく。
このまま逃げてしまいたい。そうすれば、どんなに楽だろうか。
――しかし、それら全てを潰してしまうほどに膨らむ、思いがあった。
「(……良かった……先生は……本当に強い人なんだ……)」
ゆんゆんは再び力を入れ、ボロボロになった身体に鞭を打って立ち上がる。
もう気力も残っていない。彼女の身体を動かすのは、ただ1つの強い思い。
「(先生みたいに……強く……なりたい……!)」
昔、憧れた人のように。
今、憧れている
強い自分になるために――彼女は欲す。
「(力を……もっと力を……!)」
立ち上がったゆんゆんは、顔を上げて前方へ目を向ける。
案の定、少し前にはバージルがおり、その足を止めていた。彼の表情は、どこか驚いたようにも見える。
しかし、今のゆんゆんにはそんなことに気付ける余裕などなく、再び拳を握り締めて構えを取った。
「お願い……します……!」
まだやれる。その意思を、ゆんゆんは強く睨みつけることでバージルへ示す。
身体は酷く傷付いているが、彼女の目は――今まで以上に紅く輝いていた。
ボロボロになりながらも、強い意思を宿すゆんゆんを見ていたバージルは――。
「……いいだろう」
そう言って小さく笑うと、彼は両手を上げ、ここに来て初めて構えを取る。
奇しくもそれは――ゆんゆんの構えと同じものだった。
「フッ!」
「――っつうっ!」
先に仕掛けたのは、最初と違いバージルからだった。
ゆんゆんは、彼のパンチをボロボロになった両腕でカードし、うめき声を上げながらも次の攻撃に備える。
彼は変わらず速い連撃を仕掛けるが、ゆんゆんは瞬きすることも忘れ、バージルの動きを見、防いでいた。
目を凝らせ。
相手を見ろ。
敵の動きを予測しろ。
必ずどこかに――勝機はある筈だ。
「ハァッ!」
「うぐっ……!」
バージルのパンチを防ぐも、勢いを殺せずゆんゆんは後ろに下がる。
そこへバージルは詰め寄り、右足を軸として勢いのある回し蹴りを放った。
「(ッ! 今だ!)」
ここが、最初で最後のチャンス。ゆんゆんは更に目を開き、全神経を集中させる。
迫り来るバージルの蹴り。それをギリギリまで引きつけ――。
顔に当たる寸前、ゆんゆんは流れるように後ろへ下がった。
「ッ!」
これは想定外だったのか、攻撃をかわされたバージルは目を見張る。
対するゆんゆんは――既に腰を落とし、右手に力を込めていた。
「やぁああああっ!」
先程、バージルが見せたバックステップからの『ストレイト』――それを模倣し、ゆんゆんは身体を前に移動させながら右手を突き出す。
バージルの足は、まだ片足しかついていない。その姿勢で避けることは困難だ。
ゆんゆんは右手に力を込め、バージルの顔面を狙う。
――だが、彼女の拳が当たる直前、バージルの姿が瞬時に消えた。
「なっ!?」
これならいけると内心思っていた攻撃が、驚くほどにアッサリと避けられて、ゆんゆんは面食らう。
今のは、昨日自分へ見せてくれた瞬間移動だ。しかし、彼は必要となる幻影剣を一度も出していない。
ならば一体どこへ、どうやって。彼女は思考を働かせつつ、後ろを振り返ろうとする。
が、その時――彼女の首筋に、トンッと手刀が当たった。
「かっ――」
軽い痛みだったが、それを受けた瞬間に彼女の身体から力が抜ける。
もうほとんど力が残っていなかったゆんゆんは、糸が切れた人形のように倒れ――気を失った。
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「……んっ……ううんっ……?」
一体どれだけ眠っていただろうか。
意識を取り戻したゆんゆんは、まだ頭が目覚めないまま目を開ける。
最初に視界へ映ったのは、枯葉がまだついている枝と、その後ろで浮かぶ夜空。
木の傍で寝転んでいた彼女は、何度か瞬きしながら頭を目覚めさせていく。
「……はっ!? そうだ! テストは――!?」
そこで、まだバージルとのテストの最中だったことを思い出し、ゆんゆんはガバッと起き上がった。
「……起きたか」
「ッ! あっ……先生……」
その時、横から男の声が聞こえ、ゆんゆんはそちらへ顔を向ける。
そこにいたのは、木にもたれて片膝を立てて座る、バージル。彼はゆんゆんに声を掛けたが、顔をこちらに向けようとせず、夜空を見上げている。
そんな彼の姿を見て、ゆんゆんは先程までのことを思い出す。
あの時自分は、かなりの重傷を負っていた筈。しかし今の自分を見ると、その傷は一切無くなっていた。殴られた痛みも全て消え、まるで先ほどのことがなかったかのよう。
そしてその理由は、バージルが回復してくれたからだと、ゆんゆんは察していた。
と同時に、彼女は理解する。既にテストは終わっていたことを。
「……っ」
ゆんゆんはバージルから顔を逸らし、三角座りをして顔を俯かせた。
彼女の顔に、喜びの色は一切見られない。ゆんゆんは悲しげな表情で地面を見つめる。
思わず涙が流れ落ちそうになった――その時。
「何故……貴様は力を求める?」
「……えっ?」
ここでそんな質問をされるとは思っていなかったのか、ゆんゆんは思わず顔を上げて聞き返す。
しかし、彼は二度言おうとせず、彼女の言葉を待つように夜空を眺めている。
自分が力を求める理由――それを問われたゆんゆんは、小さな自分の左手に目を落としながら答えた。
「……私……まだ数は少ないですけど……友達がいるんです」
ゆんゆんは静かに語り出す。バージルは何も言わず、黙ってゆんゆんの話を聞き続ける。
「ふにふらさん……どどんこさん……そして……めぐみん。私にとっての、大切な友達……できることなら、いつまでも一緒にいたい」
里にいる2人の友達。そして、自分と一緒に冒険者を志してアクセルの街に来た、ライバルであり友でもある、めぐみん。
彼女達の顔を思い浮かべたゆんゆんは、里での出来事を思い出して小さく微笑む。
「けど……ふと思っちゃうんです。もしその友達が……モンスターに殺されたりでもしたら……って……」
しかし、この世界にはモンスターが数多く蔓延っている。人間に危害を加える強力なモンスターや、里に襲撃してくる魔王軍。
もしも、里の人間達でさえどうしようもないモンスターが襲ってきたら……瞬く間に里は壊滅し、友達も殺されてしまうだろう。
そして、めぐみんは危険と隣り合わせの冒険者だ。彼女の命の危険性は、里にいる友達よりもグンと高い。
今はパーティーメンバーがいるとのことだが、それでも何が起こるかわからないのが冒険者稼業だ。
何の前触れもなく唐突に、パーティーメンバーが全滅――なんてことも起こりうる。
「もし、私の目の前で、ふにふらさんやどどんこさん……めぐみんがいなくなっちゃったらって……考えただけでも、泣きそうになるんです」
友達を大切に思う彼女にとって、友達を失うことは酷く辛いもの。
友達だけではない。里に住む人々、彼女の両親……それらが突然失われた時、彼女は悲しみに打ちひしがれ、絶望するだろう。
では、その未来を防ぐために、自分は何ができるのか? その答えは1つしかない。
「だから私は……大切な友達を守れるように、強くなりたいんです。友達だけじゃない。お父さん、お母さん、里の皆を守れるように……」
自分が守れる程に、強くなればいい。
それこそ、数多の敵を前にしても、強大な敵を前にしても、真っ向から立ち向かっていけるほどに。
「紅魔族の長の娘だからじゃない。私が守りたいから……私は……私にとって大切なものを守れる強さが……力が欲しいんです……!」
だからこそ彼女は、力を
その力を得るために、バージルへ剣術を教えて欲しいと願い、こうしてテストを受けたのだが……。
「(……でも……)」
その結果は、あまりにも酷いものだった。
結局自分は、バージルに1発も顔へ当てることができず、倒れてしまった。いけると思った最後の攻撃も、簡単にかわされてしまった。
自分が不合格なのは、誰が見ても明らかだろう。
「――先生! もう一度だけテストを受けさせてください! お願いします!」
しかし、ここで諦めるわけにはいかなかった。
虫がいいことは重々承知している。不合格なら、二度と申し込みに来るなと言われていたのも覚えている。
でも、諦めたくない。彼女は立ち上がり、バージルへ頭を下げて再テストを懇願する。
そんな彼女を――バージルは夜空からこちらへ目を向け、不思議そうに見つめていた。
「何故、再テストを受ける必要がある?」
「……えっ?」
予想していなかった言葉を聞き、ゆんゆんは顔を上げる。
再テストを受けさせてくれない。そんな風にも聞こえるが、その必要はないとも取れる言い方だ。
まさか――いや、ありえない。自分にそう言い聞かせながら、ゆんゆんは答える。
「だ、だって、さっきのテストは……不合格で……」
「誰が不合格だと言った?」
「……えっ!?」
彼の言葉を聞いて、胸に抱いた微かな希望が一気に膨れ上がった。
しかし、それなら何故なのか。ゆんゆんはあたふたしながらも、慌ててバージルに言葉を返す。
「で、でもでも! 私、先生の顔に1発も入れられなくって――!」
「誰も、俺の顔に1発入れることが合格条件だと言っていないだろう」
「えっ!? ――あっ!」
そこで初めて言われ、ゆんゆんは思い出す。
確かに彼は、顔面に1発入れられたら合格だと明言していない。
彼は――内容次第で合格か否かを決めると言っていた。
となれば、彼が言わんとしているのは――溢れ出そうになる感情を抑えながら、バージルを見つめる。
彼はおもむろに立ち上がると、木の下から数歩離れ、ゆんゆんには顔を向けずに言葉を続けた。
「貴様の技は、まだまだ荒削りだ……しかしセンスは悪くない。物覚えもいいようだ。貴様になら、授業をつけてやってもいいだろう」
「……ッ!」
彼の口から出たのは、合格の意を示す言葉。
不合格だと思ってたゆんゆんは、思わぬ展開を前にし、感情を抑えきれなかった。
感極まり、両目から涙が零れ落ちる。
「……受けるか否かは貴様が決めることだが……どうする?」
そんな中、バージルは顔だけ後ろに向け、ゆんゆんに尋ねてくる。
対するゆんゆんは、拭っても拭っても溢れ出る涙で視界がボヤけながらも、しっかりとバージルを見て言葉を返した。
「……こ、これからっ……よろしく……お願いしますっ!」
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あの後、ゆんゆんがようやく泣き止んだところで、彼女を連れて街に帰った。
未だ街を歩く住民から怪しげに見られたが、バージルは気にせずにいた。
目元を赤くしたゆんゆんを見送った後、バージルは自宅へ足を進める。
その道中――彼は、ゆんゆんについて考えた。
バージルとゆんゆん――2人とも力を欲し、力を必要としていた。
しかし、2人には決定的な違いがある。
バージルは
そして、その目的をバージルはいつしか忘れていて――ゆんゆんは今も覚えていた。
似ているようで、全く違う。だからこそ、自分はゆんゆんに授業をつける気になったのかもしれない。
自分とはまた違う道を進むであろう、ゆんゆんの行く末を見るために。
「(……しかし……どうしたものか……)」
だがしかし、毎日授業をつけることはできない。バージルにも仕事はある。
便利屋稼業との兼ね合いを考え、どのようにゆんゆんに授業を受けさせていくか。
それを考えながら、バージルは家に向かって歩き続けた。
バージル戦2戦目ということもあって、ミツルギ回と似たような感じになったかもしれない。