この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第25話「I need more power ~力を欲する者~」

 紅魔族の長の娘、ゆんゆん。

 いずれは紅魔族を率い、紅魔の里を守る長となる者。ゆんゆんも、その使命を果たすために冒険者となった。

 しかし、今の自分では紅魔族の長など程遠い。たとえ上級モンスターが相手でも、苦戦しないほどに強くならなければならない。

 だから――。

 

「お願いします! 先生!」

 

 この街で出会った蒼白のソードマスター、バージルから、彼の戦い方を教わる必要があった

 ゆんゆんは頭を下げ、前方で椅子に座っているバージルへ願い求める。

 

 彼が持つ、見慣れない形状の剣を使った剣術。

 街の近くの平原で、金髪の騎士と稽古をしていたのを偶然見た時に、かなり洗練されていると感じた。

 そして昨日、彼の技を間近で目にしたことで、彼の動きは、自分の思い描く理想像とほぼ一致していたことに気付いた。

 

 きっと彼についていけば、自分は今よりも強くなれる。そして、人の出会いは一期一会。これを逃すべきではない。

 そう思い、ゆんゆんは何度も頼み込んでいるのだが、一向にバージルから声は上がらない。

 ここは一度日を改めるべきだろうか、と思いながら、ゆんゆんは頭を上げてバージルの顔を伺う。

 

「……ヒッ……!?」

 

 そして、いつの間にか表情が一変していたバージルを見て、ゆんゆんは小さく悲鳴を上げた。

 先程まで鬱陶しそうな顔を見せていたのが、打って変わって厳然とした、誰もが見たら彼女のように怯えそうな鋭い目つきで、ゆんゆんを睨みつけている。

 

「……力が欲しい……か……」

 

 しかし彼は一度目を伏せると、先程ゆんゆんが放った言葉を復唱する。

 その言葉に思うところでもあったのだろうか。ゆんゆんは内心怯えながらも、バージルの様子を見守る。

 すると彼は、おもむろに椅子から立ち上がり、ゆんゆんへ告げた。

 

「今日の夜、アクセルの街正門前に来い。武器は何も持ってくるな」

「えっ……?」

 

 バージルが出した指示を聞き、ゆんゆんは首を傾げる。

 正門前に――恐らくそこに集合した後、街の外に出るのだろう。

 武器も無しに、街の外へ出て何をするつもりなのか。彼女が疑問に思う中、バージルは言葉を続けた。

 

 

「俺の授業を受けるに相応しいか否か、テストしてやろう」

 

 

*********************************

 

 

 青い空が、夕暮れを過ぎて星が浮かぶ夜空になった頃。

 冒険者達が酒を飲みにギルドへ集まる中、ゆんゆんは真逆の方向、正門へと歩いて行った。

 夜にしか出てこないモンスターもいるので、冒険者が夜に街の外へ出るのは不思議ではない。チラリと見はするものの、すれ違う冒険者や街人は特に疑問を抱かなかった。

 

 何事もなく、正門付近へ到着したゆんゆん。そこでは既にバージルが待っており、あの時持っていた剣も装備していなかった。

 同じくゆんゆんも、いつも装備しているワンドと短剣は宿に置いてきた。

 条件に従った姿のゆんゆんを見たバージルは「ついてこい」とだけ言って、街を出る。

 ゆんゆんは気を引き締めながら、バージルの後を追っていった。

 

 しばらく歩いて辿り着いたのは、夜風が吹き抜ける、街から離れた草原地帯。

 夜でもこの辺りは安全なのか、モンスターの気配はしない。それを確認したところで、バージルは足を止める。ゆんゆんもピタリと止まり、少し離れた場に立つバージルを見る。

 向かい合う2人。ゆんゆんがゴクリと息を呑む中、バージルが先に口を開いた。

 

「今から俺と貴様、1対1で体術を用いた戦闘を行う。貴様は、1発でもいいから俺の顔に当ててみろ。内容次第では、特別にこれからも貴様を、無料で見てやってもいい」

「む、無料で!? ていうか体術……ですか?」

 

 サラリと、合格すれば授業料無しでと言われて驚いたが、それよりも彼女は、バージルが告げたテスト内容に反応を示した。

 

 体術は、ゆんゆんが学生時代最も得意としていたものだ。

 いつもはめぐみんに総合成績を抜かれるが、体術だけは常に1番だった。めぐみんが、体術を扱う体育の授業だけサボっていたのもあるが。

 確かバージルには、体術が得意だということは話していた。それを覚えていたから、テストに体術を持ってきたのだろう。

 自分の得意分野を試されると聞いて、ゆんゆんはより緊張感を高める。

 

「ただし、このテストで貴様が不甲斐ない姿を見せたら、当然不合格と見なす。そうなった時は――以降、二度と俺に教えを乞いに来るな」

「……ッ」

 

 そう告げながら、バージルはギラリと鋭い目で睨みつけてきたた。彼の目を見て、ゆんゆんは思わず尻込みしそうになる。

 

 体術のテストは、学校で散々やってきた。同じ生徒との試合、先生との組み手など。

 しかし今回のテストは、きっと今までのテストが生ぬるいと感じるぐらい、厳しいものになるだろう。

 以前、コカトリスを討伐した時の動きだけでも垣間見えた、彼の類まれなる身体能力。

 恐らく、武器を用いない体術にも心得はあるだろう。自分とは比べ物にならない程に。

 だが――。

 

「(正直言って、怖い……だけど――!)」

 

 自分は、やらなければならない。強くならなければならない。

 その理由が、自分にはあるのだから。

 

「……お願いします!」

 

 ゆんゆんは決して逃げ出そうとせず、体術で戦う際の構えを取った。

 対するバージルは、特に構えを取ろうとはせず、突っ立ったままゆんゆんを睨む。

 モンスターも人もいない、静かな夜の草原。2人は睨み合い、息を呑んでその時を待つ。

 

 

 ――先に動いたのは、ゆんゆんだった。

 

「やぁっ!」

 

 ゆんゆんは勢いよく駆け出すと、右ストレートをバージルへ繰り出す。

 が、バージルはあっさりと片手で受け流す。

 

「はぁっ!」

 

 簡単に防がれてしまうことは想定済み。ゆんゆんは怯むことなく、続けて攻撃を仕掛けていく。

 両手だけでなく両足も使った、絶え間ない連撃。学生時代、そして冒険者として積んだ経験を活かした動き。

 だが――それすらもバージルは受け流し、避け、防いできた。

 

「(っ……! 崩せない……!)」

 

 攻撃を仕掛けながら、未だバージルの防御を崩せないことに、ゆんゆんは焦りを見せる。

 馬鹿正直に顔だけでなく、背後や足元を狙って体勢を崩そうとしているが、そのどれもが防がれるか、避けられてしまう。

 まるで、こちらの思考を全て読んでいるかのように。

 

「――たぁっ!」

 

 だが、そこで諦めていては、攻撃を当てることなど夢のまた夢。

 ゆんゆんは繰り出す連撃から流れるように右足を上げ、バージルへ後ろ回し蹴りを繰り出した。

 

 ――しかし、その右足は空を切る。

 前に立っていたバージルは、素早く後ろへ下がって攻撃を避けた。

 また避けられた。ならば次はと、ゆんゆんは思考を働かせる。

 

「フンッ!」

「なっ――あうっ!?」

 

 しかしその時、バージルは前へ移動すると同時に、素早い動きで右ストレートを出してきた。

 バージルの反撃を予想していなかったゆんゆんは、それを避けることができず顔面に衝撃を受ける。

 

「誰が攻撃しないと言った?」

「ッ!」

 

 痛みに顔を歪ませる中、前方からバージルの声がした。

 慌てて前を見ると、既に距離を詰めていたバージルが、左拳で顔を狙ってきていた。

 ゆんゆんは上半身を後ろに下げ、彼の拳をギリギリ避けると同時に両足を上げ、バージルの左手を蹴り上げる。

 その勢いで後方に、連続でバク転をして距離を離したが、彼女が着地した時、バージルは素早く距離を詰め、ゆんゆんに連撃を仕掛けてきた。

 

「くぅっ……!」

 

 自分とは明らかに違う、速くて重い拳と蹴り。ゆんゆんはただひたすら両腕を使って防ぐ。

 しかし、このまま防戦一方では勝てない。防御しながらも、反撃のチャンスを伺う。

 

「くっ……やぁああああっ!」

 

 そして、バージルの左パンチをなんとか避けつつ、今度は左足で後ろ回し蹴りを見せた。

 だが、バージルはそれをしゃがんで避け、同時にゆんゆんの軸足を華麗に足払いで崩す。

 

「っ! しまっ――!?」

 

 足を払われ、ゆんゆんの身体が宙に浮かぶ。

 防御もできない無防備な状態。そこに、バージルがすぐさま詰め寄ると――。

 

「――フンッ!」

「……ふぐっ……!?」

 

 ゆんゆんの顔を右手で掴み、そのまま地面に強く打ち付けた。

 後頭部に強烈な痛みを受け、ゆんゆんは呻き声を上げる。

 少しして、ゆんゆんの身体が地面についた時、バージルは右手に力を入れたまま、ゆんゆんの身体を持ち上げる。

 顔を掴まれたまま身体を起こされ、地面からゆんゆんの両足が離れる。

 

 そして――バージルは右手に力を込め、握り潰すようにアイアンクローをしてきた。

 

「がっ――あぁあああああああああああああああああああああっ!?」

 

 頭に酷い激痛を覚えたゆんゆんは、大きく悲鳴を上げる。

 抵抗としてバージルの腕を掴み、拘束から逃れようとするが、バージルは決して力を弱めない。

 手に持ったリンゴを握り潰すように。バージルはゆんゆんを逃そうとせず、力を加えていった。

 

 

*********************************

 

 

「(……まだだ……まだ足りん)」

 

 目の前でゆんゆんが悲痛な叫びを上げる中、バージルは右手に力を込め続ける。

 

 人は追い込まれた時、どうしようもない絶望を前にした時、初めて本当の姿を見せる。

 そこで理性を保つことは不可能。化けの皮は剥がれ、本心を色濃く映し出す。

 

 この少女――ゆんゆんも同じだ。

 

「……ぁ……」

 

 痛みのあまり、彼女はいつの間にか叫び声を上げなくなっていた。

 それを見たバージルは、右手に込めた力を解き、パッと彼女の頭を離す。

 ようやく地獄の苦しみから解放されたゆんゆんの、両足が地面につき――。

 

「――フンッ!」

「……ごふっ……!?」

 

 その瞬間、バージルは左手を握り締め、彼女の顔に拳を入れた。

 続けて右手に握り拳を作り、今度は彼女にボディーブローを食らわせる。

 一瞬背中が盛り上がるほどの衝撃を受け、ゆんゆんは口から少量の液を嘔吐する。

 バージルは手を引っ込めると同時に、左足、右足と順に『日輪脚』で蹴り上げながら宙に舞う。

 そして最後に『流星脚』を繰り出し、ゆんゆんに強烈な一撃を食らわせた。

 

 地面に叩き落とされたゆんゆんの身体は、草原の上を転がっていき、うつ伏せの状態で止まる。

 その傍ら、バージルは華麗に着地すると、地面に突っ伏している彼女の様子を伺った。

 

「(……ここまでか)」

 

 そして、倒れたまま動かないゆんゆんを見て、バージルはどこか残念そうにため息を吐いた。

 

 

 力を欲す――レベルという概念がある冒険者なら、大抵の者が抱える思いだ。ゆんゆんもそうだろう。

 別にそれ自体は構わない。力を求めるのは個人の勝手だ。

 しかし彼女は、あろうことかその節をバージルに伝え、彼に教わりたいと言ってしまった。

 元の世界で、誰よりも力を欲し、誰よりも力に拘っていた彼に。

 

 強い力を求める者には、それ相応の覚悟がいる。

 それこそ、バージルのような力を求めるならば、死線を超えるほどの覚悟が必要となる。

 彼女には、果たしてその覚悟があるのか。それを確かめるべく、バージルは彼女を追い込んでいた。

 先も言ったように、追い込まれた者の多くはそこで本性を現す。ある者は逃げ惑い、ある者はヤケクソに襲い掛かり、ある者は必死に助けを求める。

 まだ彼女は動いていないが、起きればすぐに本性を現すだろう。そしてバージルは、その姿を既に予想していた。

 

 

 ――もう嫌だと泣き喚き、自分から逃げるゆんゆんの姿を。

 

 彼女はまだ幼い。身体的に強くとも、心が弱いままだ。

 今回、バージルに教えを乞いに来たのも、その幼さが故だろう。強い力に憧れ、自分もそういう風になりたいと夢見る、無垢な子供と同じ。

 そんな者が、本当に強い力を得られる筈はない。必ずどこかで挫折するか――力に溺れ、支配されてしまうか。

 ならば、下手に力を与えるよりも、その道を閉ざしてしまった方が、彼女にとっては幸福だろう。

 

「……チッ」

 

 そこまで考えて、彼はゆんゆんを見ながら――されどゆんゆんに向けてではなく、自分に対して舌打ちをする。

 今思えば、何故自分はこんなテストなど行ったのか。この結果になることは、テストをせずともわかりきっていただろうに。

 さっさと終わらせよう。そう思い、バージルはゆんゆんに歩み寄った。

 

 

*********************************

 

 

「(……頭が痛い……お腹も……身体のアチコチも……)」

 

 視界がボヤける中、ゆんゆんは辛うじて残っていた意識を保ち、状況を確認する。

 耳に入るのは、どんどん大きくなる足音。間違いなくバージルのものだろう。

 

 ――私は何をしているの?

 嫌だ。里に帰りたい。

 どうしてあんなこと言ったんだろう。

 

 ゆんゆんの心に、様々な負の感情が芽生えていく。

 このまま逃げてしまいたい。そうすれば、どんなに楽だろうか。

 

 

 ――しかし、それら全てを潰してしまうほどに膨らむ、思いがあった。

 

「(……良かった……先生は……本当に強い人なんだ……)」

 

 ゆんゆんは再び力を入れ、ボロボロになった身体に鞭を打って立ち上がる。

 もう気力も残っていない。彼女の身体を動かすのは、ただ1つの強い思い。

 

「(先生みたいに……強く……なりたい……!)」

 

 昔、憧れた人のように。

 今、憧れている(バージル)のように。

 強い自分になるために――彼女は欲す。

 

「(力を……もっと力を……!)」

 

 

 立ち上がったゆんゆんは、顔を上げて前方へ目を向ける。

 案の定、少し前にはバージルがおり、その足を止めていた。彼の表情は、どこか驚いたようにも見える。

 しかし、今のゆんゆんにはそんなことに気付ける余裕などなく、再び拳を握り締めて構えを取った。

 

「お願い……します……!」

 

 まだやれる。その意思を、ゆんゆんは強く睨みつけることでバージルへ示す。

 身体は酷く傷付いているが、彼女の目は――今まで以上に紅く輝いていた。

 ボロボロになりながらも、強い意思を宿すゆんゆんを見ていたバージルは――。

 

「……いいだろう」

 

 そう言って小さく笑うと、彼は両手を上げ、ここに来て初めて構えを取る。

 奇しくもそれは――ゆんゆんの構えと同じものだった。

 

「フッ!」

「――っつうっ!」

 

 先に仕掛けたのは、最初と違いバージルからだった。

 ゆんゆんは、彼のパンチをボロボロになった両腕でカードし、うめき声を上げながらも次の攻撃に備える。

 彼は変わらず速い連撃を仕掛けるが、ゆんゆんは瞬きすることも忘れ、バージルの動きを見、防いでいた。

 

 目を凝らせ。

 相手を見ろ。

 敵の動きを予測しろ。

 必ずどこかに――勝機はある筈だ。

 

「ハァッ!」

「うぐっ……!」

 

 バージルのパンチを防ぐも、勢いを殺せずゆんゆんは後ろに下がる。

 そこへバージルは詰め寄り、右足を軸として勢いのある回し蹴りを放った。

 

「(ッ! 今だ!)」

 

 ここが、最初で最後のチャンス。ゆんゆんは更に目を開き、全神経を集中させる。

 迫り来るバージルの蹴り。それをギリギリまで引きつけ――。

 

 

 顔に当たる寸前、ゆんゆんは流れるように後ろへ下がった。

 

「ッ!」

 

 これは想定外だったのか、攻撃をかわされたバージルは目を見張る。

 対するゆんゆんは――既に腰を落とし、右手に力を込めていた。

 

「やぁああああっ!」

 

 先程、バージルが見せたバックステップからの『ストレイト』――それを模倣し、ゆんゆんは身体を前に移動させながら右手を突き出す。

 バージルの足は、まだ片足しかついていない。その姿勢で避けることは困難だ。

 ゆんゆんは右手に力を込め、バージルの顔面を狙う。

 

 

 ――だが、彼女の拳が当たる直前、バージルの姿が瞬時に消えた。

 

「なっ!?」

 

 これならいけると内心思っていた攻撃が、驚くほどにアッサリと避けられて、ゆんゆんは面食らう。

 今のは、昨日自分へ見せてくれた瞬間移動だ。しかし、彼は必要となる幻影剣を一度も出していない。

 ならば一体どこへ、どうやって。彼女は思考を働かせつつ、後ろを振り返ろうとする。

 

 が、その時――彼女の首筋に、トンッと手刀が当たった。

 

「かっ――」

 

 軽い痛みだったが、それを受けた瞬間に彼女の身体から力が抜ける。

 もうほとんど力が残っていなかったゆんゆんは、糸が切れた人形のように倒れ――気を失った。

 

 

*********************************

 

 

「……んっ……ううんっ……?」

 

 一体どれだけ眠っていただろうか。

 意識を取り戻したゆんゆんは、まだ頭が目覚めないまま目を開ける。

 最初に視界へ映ったのは、枯葉がまだついている枝と、その後ろで浮かぶ夜空。

 木の傍で寝転んでいた彼女は、何度か瞬きしながら頭を目覚めさせていく。

 

「……はっ!? そうだ! テストは――!?」

 

 そこで、まだバージルとのテストの最中だったことを思い出し、ゆんゆんはガバッと起き上がった。

 

「……起きたか」

「ッ! あっ……先生……」

 

 その時、横から男の声が聞こえ、ゆんゆんはそちらへ顔を向ける。

 そこにいたのは、木にもたれて片膝を立てて座る、バージル。彼はゆんゆんに声を掛けたが、顔をこちらに向けようとせず、夜空を見上げている。

 

 そんな彼の姿を見て、ゆんゆんは先程までのことを思い出す。

 あの時自分は、かなりの重傷を負っていた筈。しかし今の自分を見ると、その傷は一切無くなっていた。殴られた痛みも全て消え、まるで先ほどのことがなかったかのよう。

 そしてその理由は、バージルが回復してくれたからだと、ゆんゆんは察していた。

 

 と同時に、彼女は理解する。既にテストは終わっていたことを。

 

「……っ」

 

 ゆんゆんはバージルから顔を逸らし、三角座りをして顔を俯かせた。

 彼女の顔に、喜びの色は一切見られない。ゆんゆんは悲しげな表情で地面を見つめる。

 思わず涙が流れ落ちそうになった――その時。

 

 

「何故……貴様は力を求める?」

「……えっ?」

 

 ここでそんな質問をされるとは思っていなかったのか、ゆんゆんは思わず顔を上げて聞き返す。

 しかし、彼は二度言おうとせず、彼女の言葉を待つように夜空を眺めている。

 自分が力を求める理由――それを問われたゆんゆんは、小さな自分の左手に目を落としながら答えた。

 

 

「……私……まだ数は少ないですけど……友達がいるんです」

 

 ゆんゆんは静かに語り出す。バージルは何も言わず、黙ってゆんゆんの話を聞き続ける。

 

「ふにふらさん……どどんこさん……そして……めぐみん。私にとっての、大切な友達……できることなら、いつまでも一緒にいたい」

 

 里にいる2人の友達。そして、自分と一緒に冒険者を志してアクセルの街に来た、ライバルであり友でもある、めぐみん。

 彼女達の顔を思い浮かべたゆんゆんは、里での出来事を思い出して小さく微笑む。

 

「けど……ふと思っちゃうんです。もしその友達が……モンスターに殺されたりでもしたら……って……」

 

 しかし、この世界にはモンスターが数多く蔓延っている。人間に危害を加える強力なモンスターや、里に襲撃してくる魔王軍。

 もしも、里の人間達でさえどうしようもないモンスターが襲ってきたら……瞬く間に里は壊滅し、友達も殺されてしまうだろう。

 

 そして、めぐみんは危険と隣り合わせの冒険者だ。彼女の命の危険性は、里にいる友達よりもグンと高い。

 今はパーティーメンバーがいるとのことだが、それでも何が起こるかわからないのが冒険者稼業だ。

 何の前触れもなく唐突に、パーティーメンバーが全滅――なんてことも起こりうる。

 

「もし、私の目の前で、ふにふらさんやどどんこさん……めぐみんがいなくなっちゃったらって……考えただけでも、泣きそうになるんです」

 

 友達を大切に思う彼女にとって、友達を失うことは酷く辛いもの。

 友達だけではない。里に住む人々、彼女の両親……それらが突然失われた時、彼女は悲しみに打ちひしがれ、絶望するだろう。

 では、その未来を防ぐために、自分は何ができるのか? その答えは1つしかない。

 

「だから私は……大切な友達を守れるように、強くなりたいんです。友達だけじゃない。お父さん、お母さん、里の皆を守れるように……」

 

 自分が守れる程に、強くなればいい。

 それこそ、数多の敵を前にしても、強大な敵を前にしても、真っ向から立ち向かっていけるほどに。

 

「紅魔族の長の娘だからじゃない。私が守りたいから……私は……私にとって大切なものを守れる強さが……力が欲しいんです……!」

 

 だからこそ彼女は、力を欲していた(必要としていた)

 その力を得るために、バージルへ剣術を教えて欲しいと願い、こうしてテストを受けたのだが……。

 

「(……でも……)」

 

 その結果は、あまりにも酷いものだった。

 結局自分は、バージルに1発も顔へ当てることができず、倒れてしまった。いけると思った最後の攻撃も、簡単にかわされてしまった。

 自分が不合格なのは、誰が見ても明らかだろう。

 

「――先生! もう一度だけテストを受けさせてください! お願いします!」

 

 しかし、ここで諦めるわけにはいかなかった。

 虫がいいことは重々承知している。不合格なら、二度と申し込みに来るなと言われていたのも覚えている。

 でも、諦めたくない。彼女は立ち上がり、バージルへ頭を下げて再テストを懇願する。

 

 

 そんな彼女を――バージルは夜空からこちらへ目を向け、不思議そうに見つめていた。

 

「何故、再テストを受ける必要がある?」

「……えっ?」

 

 予想していなかった言葉を聞き、ゆんゆんは顔を上げる。

 再テストを受けさせてくれない。そんな風にも聞こえるが、その必要はないとも取れる言い方だ。

 まさか――いや、ありえない。自分にそう言い聞かせながら、ゆんゆんは答える。

 

「だ、だって、さっきのテストは……不合格で……」

「誰が不合格だと言った?」

「……えっ!?」

 

 彼の言葉を聞いて、胸に抱いた微かな希望が一気に膨れ上がった。

 しかし、それなら何故なのか。ゆんゆんはあたふたしながらも、慌ててバージルに言葉を返す。

 

「で、でもでも! 私、先生の顔に1発も入れられなくって――!」

「誰も、俺の顔に1発入れることが合格条件だと言っていないだろう」

「えっ!? ――あっ!」

 

 そこで初めて言われ、ゆんゆんは思い出す。

 確かに彼は、顔面に1発入れられたら合格だと明言していない。

 彼は――内容次第で合格か否かを決めると言っていた。

 

 となれば、彼が言わんとしているのは――溢れ出そうになる感情を抑えながら、バージルを見つめる。

 彼はおもむろに立ち上がると、木の下から数歩離れ、ゆんゆんには顔を向けずに言葉を続けた。

 

「貴様の技は、まだまだ荒削りだ……しかしセンスは悪くない。物覚えもいいようだ。貴様になら、授業をつけてやってもいいだろう」

「……ッ!」

 

 彼の口から出たのは、合格の意を示す言葉。

 不合格だと思ってたゆんゆんは、思わぬ展開を前にし、感情を抑えきれなかった。

 感極まり、両目から涙が零れ落ちる。

 

「……受けるか否かは貴様が決めることだが……どうする?」

 

 そんな中、バージルは顔だけ後ろに向け、ゆんゆんに尋ねてくる。

 対するゆんゆんは、拭っても拭っても溢れ出る涙で視界がボヤけながらも、しっかりとバージルを見て言葉を返した。

 

「……こ、これからっ……よろしく……お願いしますっ!」

 

 

*********************************

 

 

 あの後、ゆんゆんがようやく泣き止んだところで、彼女を連れて街に帰った。

 未だ街を歩く住民から怪しげに見られたが、バージルは気にせずにいた。

 目元を赤くしたゆんゆんを見送った後、バージルは自宅へ足を進める。

 その道中――彼は、ゆんゆんについて考えた。

 

 

 バージルとゆんゆん――2人とも力を欲し、力を必要としていた。

 しかし、2人には決定的な違いがある。

 

 バージルは悪魔の(復讐のために闘う)力を、ゆんゆんは人間の(大切な人を守れる)力を欲していた。

 そして、その目的をバージルはいつしか忘れていて――ゆんゆんは今も覚えていた。

 

 似ているようで、全く違う。だからこそ、自分はゆんゆんに授業をつける気になったのかもしれない。

 自分とはまた違う道を進むであろう、ゆんゆんの行く末を見るために。

 

 ゆんゆん(生徒)の姿を見て学び、自分(先生)も同じ道を歩むために。

 

「(……しかし……どうしたものか……)」

 

 だがしかし、毎日授業をつけることはできない。バージルにも仕事はある。

 便利屋稼業との兼ね合いを考え、どのようにゆんゆんに授業を受けさせていくか。

 それを考えながら、バージルは家に向かって歩き続けた。

 




バージル戦2戦目ということもあって、ミツルギ回と似たような感じになったかもしれない。

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