この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第27話「General Frost ~氷獄の闘将~」

 薄暗く、そして一部分が明るく照らされた、市松模様の床が織り成す空間。

 天界と人間界の境目に位置する、魂を導く間。そこでは、いつものように女神の仕事をそつなくこなす女性、女神エリスがいた。

 といっても、魔王が侵略を進め、冒険者達が活躍している世界にしては、死者が思ったよりも少なく、彼女もこの空間では暇を持て余すことも多々あるのだが。

 

 そんな忙しいのか忙しくないのかわからない場所に、1つの魂が訪れた。

 ここへその魂が来る前に、死者の情報を得ていたエリスはいつものように、それでいて手を抜くことは決してせず、その者と向き合うつもりでいた。

 

 ――のだが。

 

「できれば、イケメンで頭も良くて運動神経抜群っていう主人公補正がバリバリかかってて、美少女の幼馴染がいると嬉しいです! あと、ブラコン気質な美少女妹も!」

「あ、あの……流石にそこまでは……」

 

 ここへ現れた死者――佐藤(さとう)和真(かずま)は、何故か下界で生きていた時よりも生き生きとした表情で、エリスに詰め寄っていた。

 彼は、日本から送られてきた転生者だ。となれば、転生の際に一度魂を導く間へ来ている筈。最初、悟ったように落ち着いていたのはその為だろう。

 そんな彼へ、次の人生は裕福に、平和に暮らせるようにすると告げた途端――このように目をキラキラさせ、数多くの要望を言ってきたのだ。

 

「いやー! ようやく首の皮1枚繋がったって感じですわー! これって、俺が頑張ってきたご褒美ってヤツですよね?」

 

 思っていたのと違う反応を見せつけられ、エリスは面食らっている。

 しかしカズマはそれに気付かず、既にその条件で転生してもらう気満々なのか、木造の椅子にドカッと座って話し続けた。

 

「ホント、今まで酷い人生でしたからねっ! 異世界転生って聞いて胸躍る冒険ができると思ったら、冒険者登録で躓くわ、土木工事やらされるわ、カエルに食われそうになるわ、ひたすらキャベツ狩りやらされるわ……思ってた異世界生活と全っ然違う! PV詐欺ですよPV詐欺!」

 

 カズマは椅子に座ったまま、溜まっていた愚痴をエリスへ溢していく。その口は閉じることを知らず。

 

「転生特典でついてきた駄女神は、態度がデカイだけで見た目以外ポンコツだし、仲間募集してもやってきたのは、1回魔法放ったらぶっ倒れる中二病アークウィザードと、剣が一切当たらないドMクルセイダー。チート過ぎるソードマスターが協力関係になってくれたのが、唯一の救いですよ……怖いけど」

 

 一体どれだけ鬱憤が溜まっていたのか。

 カズマはマシンガントークの如く愚痴を放ち続け、ついでにエリスへ自分の仲間+αについても口にした。

 長らく女神をやっているが、この場所でこのように長々と愚痴を言う人は初めて見た。その様子に、エリスはただただ困惑する。

 

 が――彼女は次第に表情を変え、カズマを優しく見守った。

 

「こんなことなら異世界に行かず、天国でのーんびり暮らしてればよかっ……た……」

 

 ――愚痴を溢しながらも、その目から一筋の涙を流していたのだから。

 

「……あ、あれっ……?」

 

 それは無意識に流したものだったのか。頬に涙が伝う感覚を覚えたカズマは、何故涙が流れたのかわからず戸惑う。

 涙を拭う彼を見ていたエリスは、まさしく慈愛の女神のように微笑んでいた。

 

 ゲームみたいに勇者を名乗って旅ができると思いきや、最初は土木工事のバイト三昧。

 仲間を集めても、寄ってきたのは自分の欲望に忠実な問題児ばかり。

 モンスターもモンスターで残念感溢れていたり、駆け出し冒険者の街なのに魔王軍幹部が襲撃してきたり。

 

 あまりにも理不尽な異世界生活。

 しかし、カズマはこのロクでもない世界を――案外、気に入ってくれていたのだろう。

 そんな彼を転生させてしまうのは心苦しいが、仕方のないことだ。エリスは暖かい光を右手に纏い、カズマにかざす。

 

 

 ――その時。

 

「カズマー! さっさと起きなさーい!」

「ッ!? ア、アクアッ!?」

「えぇっ!?」

 

 この静かな空間に、突如としてバカでかい声が響き渡った。声を聞いたカズマは、咄嗟にその者の名前を呼び、それを聞いたエリスが驚く。

 声の主は、アクアと呼ばれた。そう、彼の仲間の1人――アークプリーストのアクアだ。しかし、ただのアークプリーストがここへ干渉できるわけがない。

 だが――彼女ならば可能だ。

 

 天真爛漫。自由奔放。周りの迷惑など一切考えず、自分のやりたいことをやる。周りから同じ女神だとは心底思えないし思いたくもないと言われていた人物。

 エリスの先輩に当たる、異世界で日本と呼ばれる国の、若い人間の魂を担当していた女神。この世界で自分の許可なくアクシズ教徒を広めている、アクアなのだから。

 

「アンタの身体に『蘇生魔法(リザレクション)』かけてやったから、復活できる筈よー! だから、そこにいる女神に下界への門を開けてもらってー!」

「マジか!?」

 

 この空間へ干渉してきたアクアは、続けてカズマにそう話す。

 死んだことに悲しんでいたところへ復活できるとを聞いて、カズマは驚くと同時に喜びの声を上げた。

 確かに、リザレクションを使えば死者を蘇らせることはできるのだが――。

 

「ま、待ってください! 貴方は記憶も身体もそのままで異世界転生した身! 異世界転生者は蘇生できないと、天界規定で決められているんです!」

「えっ、そうなの?」

 

 それは、1人の人間に対して一度しか使えないということ。一度蘇生された人間をもう一度蘇生することは、天界規定で禁じられているのだ。

 彼の場合、転生と名打っているのだが、記憶も身体もそのままにという条件。転生というより蘇生に近い。よって彼は蘇ることができず、この世界で生まれ変わるか、天国に行くしかないのだ。

 ストップの声を聞いたカズマは、どこからか話しかけているアクアへ聞こえるように、天へ向けて声を放つ。

 

「アクアー! 何か天界規定とやらで決められてるって言われたんだけどー!」

「ハァッ!? 誰よそんな頭の堅いこと言ってる奴は! 名前を教えなさいよ!」

「エリスって言うんだけどー!」

 

 アクアに尋ねられ、カズマは目の前にいた女神エリスの名を答える。

 すると天からは、更に怒りの色を増した声が返ってきた。

 

「エリス!? 私の後輩の癖に、この辺境も辺境な世界で国教として崇められて、通貨の単位にもなって調子づいちゃってるエリス!?」

「(へ、辺境……っ)」

 

 アクアにズバズバと言われ、エリスは顔をヒクつかせる。

 確かに、他の世界と比べれば辺境と言われても仕方ないかもしれないが、自分が好きなこの世界をそこまで馬鹿にされるのは、流石に黙っていられない。

 怖いけど、マジに怖いけど、ちょっとだけ一言申し立てようかと思った時――。

 

「その子、確か胸をパッドで盛っている筈よ! だからカズマ! その子が文句言うなら、胸に仕込んでいるパッドをスティールで剥ぎ取って――!」

「わぁああああああああっ!? わかりました! 特例で! 特例で認めますからー!?」

 

 アクアがあらぬことを言おうとしたので、それを止めるようにエリスは顔を真っ赤にして、カズマの蘇生を特例で認めた。

 ……まぁ、あらぬことではないのだが。

 

 

*********************************

 

 

「……あの、エリス様。パッドって本当に――」

「それは忘れてください」

「俺はパッドでも構いませんよ?」

「だから忘れてください! 今すぐにっ!」

 

 足元に魔法陣が浮かび、天空で下界への門が開かれている中、カズマから純粋無垢な目で尋ねられて、エリスは再び顔を赤くする。

 

「ほら早くっ! 今、お兄ちゃんが冬将軍と一戦交えようとしてるわ! 早くしないと見逃しちゃうわよー!」

「うっそ!? なんでバージルさんが!? ていうかどうしてそれを早く言わないんだよ! すみませんエリス様! お願いします! 早く俺を生き返らせてください!」

 

 カズマはアクアの話に食いついた様子を見せると、エリスへ早く自分を蘇生させるようお願いしてきた。

 アクアの言うお兄ちゃん――バージルのことだろう。つまり、バージルと冬将軍が戦おうとしているのだ。

 異世界から来た半人半魔のバージルと、特別指定モンスターの中でも五本の指に入る程の強さを持つ冬将軍。その勝負を早く見たいのも頷ける。

 しかし、今自分がやろうとしているのは二度目の蘇生。明らかに天界規定違反だ。

 

 ……だが、どの道自分は既に一度規定を破っている。なら、もう1回ぐらい破ってみても大丈夫だろう。

 以前の自分なら、こんな風に天界規定を軽視することはしなかっただろうに。自分も変わったなぁとエリスは再確認する。

 彼女はふぅと息を吐くと、前方へ手をかざした。瞬間、カズマの足元にあった魔法陣が強く光り、彼の周りに壁が作り出される。

 そして、ふわりと彼の身体が浮かび上がる中、エリスは数歩前に出て、カズマに声をかけた。

 

「本当は、貴方を生き返らせることは規定違反なのですが……仕方ありません」

 

 そう言うと、エリスは右人差し指を口に当て――。

 

「このことは、内緒ですよ?」

 

 いたずらっぽく笑い、彼にそう伝えた。

 そしてカズマは、空へ向かっていきながらも、エリスから目を離すことなく――下界への門を通っていった。

 1人取り残されたエリスは、椅子に座ってカズマが昇っていった上空を見上げる。

 しかし、今彼女の脳裏に浮かんでいるのはカズマではなく――冬将軍と戦っているであろう、バージル。

 

「(それにしても、全くあの人は……)」

 

 手練の冒険者どころか、送り込まれた転生者でも倒すことのできない特別指定モンスター。

 そんな強敵が相手でも、彼はあのドラゴンと戦った時のように、ソロで挑んでいるのだろう。

 普通なら「なんて無茶を」と思うところだが、彼ならアッサリとやっつけるのではと思えてしまう。むしろ、冬将軍が彼の御眼鏡にかなうかどうかを心配する程だ。

 

 ――ここで下界を覗き見、バージルが戦う様を見るのは簡単にできる。

 しかし彼は、ここから自分が見ていることにさえも気付きそうで怖い。

 そして「覗きとは悪趣味だな」なんて言われ、彼に嫌われてしまうかもしれない。

 その事態はなるべく避けていきたい。そう思っていたエリスは――。

 

「(下界に降りて、家の前で帰りを待つとしましょうか)」

 

 覗き見はせず、帰ってきたバージルの口から聞くことに決めた。そうやって、彼と直接コミュニケーションを取ることも大切だ。

 それに最近は、バージルが便利屋を営むということで、邪魔にならないよう神器回収に誘っていなかった。つまり、久しくバージルと会っていないのだ。

 口実を付け、久々にバージルと会えることに少し心が踊ったエリスは、カズマ以外に死者がいないことを確認してから、規定破りの蘇生の後処理と、下界に降りる準備を進めた。

 

 

*********************************

 

 

「……ううん……」

 

 長い眠りから覚めるように、カズマはゆっくりと目を開ける。

 最初はぼやけた視界だったが、何度か瞬きすることで少しずつ鮮明になっていく。

 

 映るのは、まだ暗い夜空と降ってくる雪。

 そう、ここは雪山の中腹。その中にある一面雪で覆われた雪原だ。なのに、何故か後頭部が暖かい。

 一体何故――カズマは疑問に思ったが、それはすぐに解決した。

 

「あっ、やっと起きた。ったく、あの子ったら頭が堅いんだから」

「……アクア……」

 

 自分の顔を覗き込むように見てきたのは、アクアだった。

 この形で後頭部の暖かさ。カズマはすぐに、アクアが膝枕をしてくれていたことに気付く。

 あのアクアが珍しい。なんて考えながら、彼女の顔を見ていると――。

 

「「カズマァアアアアアアアアアッ!」」

「おぼふっ!?」

 

 突如、寝ている自分に前方から2人の女性が抱きついてきた。

 軽く衝撃を受けてうめき声を上げながらも、カズマは二人に視線を向ける。

 

「カズマ……良かった……良かったぁああああああああっ!」

「すまないカズマ……! 私の……私のせいで……!」

 

 自分の胸に顔を埋め、泣いているのは――彼の仲間、めぐみんとダクネス。

 余程自分が死んだことを悲しんでくれたのか、彼女等は一向に泣き止まない。

 いい感じに胸が当たっているため、彼としてはこのままでもいいのだが……服がビショビショになるのも困る。

 カズマは身体に当たる感触を名残惜しく思いながらも、上体を起こして2人を除ける。

 

「……カズマ……さん?」

 

 ――とその時、彼の耳に聞き慣れない女性の声が聞こえてきた。

 カズマはそちらへ目を向けると、そこに立っていたのは、黒い服にピンクのスカート、黒い髪にめぐみんと同じ紅い目を見せる、童顔のわりにおっぱいが大きい女の子。

 彼女もカズマも見ていたのか、カズマが視線を向けたことでバッタリと目が合う。

 しかし、彼女はどこか恥ずかしそうに慌てて目を逸らした。先程の呟きも独り言のつもりで言っていたのか、両手で口を抑えている。

 そんな彼女を――正確には胸元だが、カズマはジッと見つめ続けた。

 

「(なんだなんだ? まさか、エリス様に続いて新ヒロイン登場だったりする?)」

 

 先程、天界っぽいところで出会った、正真正銘女神様と言える美しき女性――エリス。

 彼女こそまさしく、彼がラノベのような異世界転生で求めていた、メインヒロインと呼べる存在だった。そんな輝きの中にいた。

 となれば今ここにいる、彼女へ続くように現れた謎のおっぱい娘は、もしや2人目のヒロインなのでは?

 そんな妄想をカズマが膨らませる中、立場的にはメインヒロインだが一切魅力を感じられないアクアが声を掛けてきた。

 

「アンタ、かなりグロテスクなやられ方してたわよ? 冬将軍の刀でスパーンと。首チョンパよ首チョンパ」

「首チョッ……!?」

 

 自分がいかにして死んだかを聞かされたカズマは、ゾッとしながら首元に手を当てた。

 当然だが、頭と身体は繋がっている。痛みもない。どこか違和感を覚えるのは、後遺症というやつだろう。

 自分ですらこんな様なのに、よく彼女達は無事でいられたなとカズマは思う。

 

「――ってそうだ! バージルさん!」

 

 とそこでようやく、この場にバージルが来ているとアクアが言っていたのを思い出した。

 カズマはバッと立ち上がり、前方へ目を向ける。

 

 ――その先で、互いに刀の柄を持って構えているバージルと冬将軍を見つけた。

 

「おおっ!」

 

 それだけでも絵になっている2人を見て、カズマは無垢な少年のように目を輝かせる。

 どうやら、まだ戦いは始まっていないようだ。バージルは刀を納めたまま、冬将軍は鞘から抜いた刀の先を上に向けて、左手を刀に添えた姿勢のまま、その場を動かない。

 少し吹雪いているが、2人を視認することはできる。カズマ達5人は固唾を飲み、バージルの戦いを見守り始める。

 

 

 ――そして、2人の沈黙は突如として破られた。

 

「――フッ!」

 

 バージルと冬将軍、共に同時に動き出し、相手の首を刈り取るように刀を振る。

 2人の交えた刃は強く音を立て、2人を中心に風圧が起こり、少し離れたカズマ達の場所まで届いてくる。

 しばらく鍔迫り合いを見せる2人だったが、共に後方へ飛び退いて距離を空けた。

 

「(……思った以上に楽しめそうだな)」

 

 数多の敵と戦い、勝利してきた実力者は、たった一度得物を交えただけで相手の力量を測ることができる。

 バージルは冬将軍と一度刃を交えたことで、その大まかな実力を把握していた。敵が、特別指定モンスターとして相応しい力を持っていることを。

 雷が走る自身の刀を見たバージルは、冬将軍に視線を戻し、独り不敵に笑う。

 

 それはまた、冬将軍も同じ。バージルと刃を交え、その力を肌で感じていた。

 彼の力を垣間見た冬将軍は、刀を握る力を強める。

 

 冬将軍――雪精達の長、大精霊であり、日本から送られてきた転生者が「冬と言えば冬将軍」と連想し、その姿に形を変えた者。

 大精霊故に圧倒的な力を持つが、精霊故に攻撃的ではなく、殺意を持つことはない。カズマを殺してしまったのは、雪精をまだ捕えていたアクアを脅そうと刀を振って斬撃を飛ばした時、運悪く彼が頭を上げてしまったからだ。

 しかしこの時彼は、立ち向かってくる銀髪の男に明確な殺意を持っていた。持たなければならなかった。

 ()らなきゃ――()られる。

 

 バージルは刀を鞘に納めず、右手に持ったまま冬将軍に歩み寄る。

 対する冬将軍は刀を構え、彼が近づくのをジッと待つ。

 そして、彼が冬将軍の射程距離内に入った瞬間――冬将軍は再び刀を振り下ろした。

 が、バージルはそれを難なく刀で受け止め、弾き、流れるように攻撃へ持っていく。

 冬将軍も同じく攻撃を弾き、再びバージルの首を刈り取らんと狙っていく。

 2つの刀がぶつかるごとに鳴り響く金属音。次第に音が鳴る間隔は短くなっていく。

 

 もはや、彼等の振るう刃は常人に見えず。

 2人の戦いは――文字通り、次元が違うものと化していた。

 

「……なぁダクネス。2人の剣……見えるか?」

「……全く……」

「……だよな……」

 

 想像していたものより遥か上を行く戦いを目の当たりにし、完全に観客となっていたカズマは言葉を失う。

 実力は置いといて、この中で一番剣に携わっているダクネスでも、2人の振るう剣は見えないらしい。

 

「(これが……先生の力……っ)」

 

 そして、彼の生徒としてここに来ていた少女――ゆんゆんも、彼の技術を見て度肝を抜かれていた。

 授業でバージルと剣を交えることもあった彼女は、その度に恐ろしいまでに強いと感じていたが……同時に、まだ力を隠し持っているとも推測していた。

 まさかこれほどまでとは、予想だにしていなかったのだが。

 

 

「流石に、刀を持つモンスターなだけある。その腕は悪くない。だが――」

 

 バージルはそう言いながら刀を上へ振り、すぐさま返して下に振る。

 冬将軍にどちらも防がれる中、彼は姿勢を低くしながら左手に持っていた鞘へその刀を納めた。

 それを僅かな好機と見たのか、冬将軍は最小限の動きでバージルに斬りかかろうとする。

 

 が、その瞬間バージルは再び刀を抜き――冬将軍へ神速の刃を振りかざした。

 

「――ッ!」

 

 攻撃を仕掛けようとして防御が遅れた冬将軍の身体が、彼の刀で斬り刻まれる。

 怒涛の攻撃を受けながらも、刀で防いでダメージを軽減しようとするが――その剣は、目で追うことも叶わない。

 バージルは目にも止まらぬ速度で相手を斬り刻むと、いつの間にか鞘に納めていた刀を再び抜き、勢いよく横へ一閃した。

 強力な連撃を受けた冬将軍は、トドメの一撃で後ろに後退させられる。

 

「――Too late(遅過ぎる)

 

 対するバージルは、冬将軍に背を向けながらそう吐き捨て、手の平で刀の頭を押すように鞘へ納めた。

 

 

「……スッゲェ……」

「冬将軍を相手に、あそこまで圧倒するのか……」

 

 バージルの反撃を見たカズマとダクネスは、思わず感嘆の声を漏らす。

 

「冬将軍は雪精達の主、大精霊です。となれば、魔法防御力もとんでもなく高い筈。物理防御力は言わずもがなです。しかし、バージルは明らかにダメージを負わせている……剣にこめている魔力量が桁違いという他ないでしょう」

「めぐみんめぐみん! あの刀には、私の加護もついているのよ!」

「アクア、多分それは関係ないと思います」

「なんでよー!?」

 

 2人の戦いを見て、どうしてバージルが圧倒できているのかを解説するめぐみん。隣でアクアが自慢げに話してきたが、めぐみんはキッパリ違うと答えた。

 そう言われてアクアが泣きわめく中、彼等はバージルと冬将軍の戦いを見守り続けた。

 

 

*********************************

 

 

「……ムッ」

 

 その時、バージルの背後にいた冬将軍が動き出した。

 冬将軍は再び刀を構えると、途端に足元へ氷を出現させる。

 

「あれは……! バージル! 避けろ!」

 

 それは、冬将軍がダクネスへ接近した時に使った高速移動。冬将軍はその場から横へ移動し、雪面を滑っていく。

 ダクネスは大声でバージルに注意を呼びかけるが、声が届いていないのか、バージルはその場を動こうとしない。

 冬将軍は雪原を巧みに滑ってバージルから距離を取ると、弧を描くようにして反転し、凄まじい速度でバージルに向かってきた。

 勢いのついた冬将軍の刃が、バージルの目前に迫る。

 

「フンッ!」

 

 しかしバージルは素早く刀を抜き、向かってきた冬将軍の刀を弾いた。

 バージルの横を通り過ぎた冬将軍は、少しバランスを崩すもののすぐさま立ち直り、再び距離を取ってからバージルに向かう。

 だがバージルは容易く防ぎ、冬将軍の攻撃を通させない。簡単にやってのけているが、冬将軍の高速移動を見切るのはこの上なく難しい。それでも彼は、冬将軍の攻撃全てを見切り、防ぎ続けている。

 それどころか、彼は抜き身の刀を右手に持つと、高速移動する冬将軍の進行方向へ身体を向けて1歩踏み出し――。

 

「遅過ぎる、と言った筈だが?」

「ッ!?」

 

 瞬時に、冬将軍の前へ移動した。

 バージルはすぐさま刀を振り、ブレーキをかけて止まろうとする冬将軍を斬る。

 勢いを止められず傷を受けた冬将軍は、先回りされたことに狼狽えながらも、足元の氷は解かずに別方向へ移動する。

 が、バージルはその動きを読み、再び進行方向へ瞬間移動して冬将軍を迎撃していった。

 

「……っ」

 

 その様子を見て、ゆんゆんはゴクリと息を呑む。

 今、彼が見せている瞬間移動――あれは、以前見せてもらった彼の固有スキル『エアトリック』だ。

 擬似ではあるが、その技を彼から教えてもらった時、彼は幻影剣を放った先に移動していたため、ゆんゆんはてっきり自分の魔力を基点としたテレポートの類だと思っていた。

 しかし、彼が冬将軍を相手に使う様を見て、勘違いだったと確信する。

 あれは――目にも止まらぬ速度で、移動しているのだ。

 

 

 何度やっても攻撃が通らないどころか、逆に返り討ちにされている。

 この戦法でも駄目だと思ったのか、冬将軍は高速移動をやめ、足元の氷を解くと、両足を雪原につけた。

 それを見たバージルも、右手に持っていた刀を一旦鞘に納める。

 

「その風貌でスキーとは、変わった趣味を持っているな。さぁ、次はどうする?」

 

 特別指定モンスターと久々の戦いだからか、少し楽しそうに笑うバージル。

 彼の身体には、未だ傷一つ付けられていない。それとは対照的に、冬将軍の身体にはいくつもの斬られた跡がある。

 圧倒的実力差。それは、観戦しているカズマ達でさえも感じていた。

 

 が――バージルを睨んでいる冬将軍の両目には、未だ闘志が残っていた。

 冬将軍は自身の魔力を高め、刃に宿る冷気を強める。それに呼応するように、周りの吹雪が強まっていく。

 

「ほう、まだ力を隠し持っていたか。そうこなくてはな」

 

 まだやる気があると見たバージルは、鞘を握る手に力を込める。

 そんな中、冬将軍は右手に持つ刀をユラリと動かし――。

 

 

 ――構えを、変えた。

 

「ッ……」

 

 動き出した冬将軍を見たバージルは、警戒して刀の柄を握る。

 冬将軍は刀を両手で持ち、氷の息吹を纏う白き刀を水平より少し斜め下に向け、バージルと距離を取る。

 日本古来から伝わる剣術――剣道で使われる『五行の構え』の1つ『下段の構え』だ。

 

 元の世界で、閻魔刀を振るう参考として、日本の剣道についてもバージルは調べていた。

 故に、先程まで冬将軍の使っていたものが、鎧を纏った者が刀を振る時、動かしやすく体力の消耗を抑えるのに適した『八相の構え』であったことも、今冬将軍が構えているものは、防御の構えとして使われていることも知っていた。

 バージルは刀を持ったまま様子を見ているが、冬将軍が自ら行動を起こす素振りは見えない。

 

「……チッ」

 

 なら、その防御を崩すまで。

 舌打ちをしながらも、バージルは自分から動き出し、冬将軍の懐に入りつつ刀を抜く。

 が、魔力を上げたことで身体能力も向上したのか、冬将軍はその剣筋を読み、巧みな剣捌きでバージルの攻撃をいなした。

 バージルは続けて刀を振る。しかし、その攻撃全てを冬将軍は刀で受け、華麗に流していく。

 

「……バージルさんが……攻めあぐねている……?」

 

 相変わらず、二人の剣撃は目で追えない。

 しかし、どこか戦況が変わったことは、カズマ達でさえも感じ取っていた。

 バージル優勢だったものから――劣勢へ。

 

 

「(……コイツ……ッ)」

 

 そして、真っ先にその変化に気付いたのはバージルだった。

 幾度も自ら仕掛けて隙を誘い出そうとしているが、冬将軍はその構えを崩さず、一切の隙も見せない。

 しかし冬将軍は、ただ防御するためだけに構えを変えたわけではない。

 防御をしつつ、虎視眈々と反撃する機会を伺っていた。

 

 ――刃を交える度に魔力が強まる、白い刀を持って。

 

「……チッ」

 

 バージルは、一度攻撃をやめて距離を取る。

 それを見た冬将軍は、構えを崩すことはせず、その手に握っている刀を見つめる。

 

 ――そして刀を鞘に納めると、姿勢を低くして構えを取った。

 一瞬の隙を突き、神速の刃を振るう――『居合の構え』だ。

 それを見たバージルは、同じく居合の構えを取る。

 神経を張り詰めたまま、2人はジリジリと距離をつめ――。

 

 同時に、鞘から刀を抜いた。

 数多の悪魔を斬り殺してきたバージルの神速の刃が、冬将軍の抜いた刀と交わる。

 

「ヌッ……!」

 

 しかしそれは、強い魔力がこめられた冬将軍の刀によって弾かれた。

 これには驚くバージルだったが、弾かれながらもすかさず刀で防御しようとする。

 

 が――今の冬将軍が振るう刀は、その動きよりも疾かった。

 冬将軍は素早く刀を返す――『燕返し』でバージルの身体を斜めに斬った。

 

「グゥッ……!?」

 

 

 斬られた跡から、赤い鮮血が飛び散る。手痛い攻撃を受けたバージルは、顔を歪ませる。

 しかし冬将軍はそれで手を止めず、刃を水平にして後ろへ引く。

 

 そこから勢いをつけ――バージルの心臓に深く突き刺した。

 冬将軍の刃は彼の心臓を貫き、青いコートを突き破って外に顔を出す。

 その剣先は――赤く血塗られていた。

 

「バッ……バージルさんっ!」

「そ……そんな……」

 

 予想だにしていなかった戦いの結末を見て、カズマは思わずバージルの名を叫ぶ。

 ダクネス、めぐみん、そしてゆんゆんも信じられないとばかりに声を震わせていた。

 

「お……お兄ちゃん!」

「ッ! バカッ! 待て!」

 

 その横で、アクアがすかさずバージルのもとへ向かおうとしたが、それを危険と見たカズマが慌ててアクアの腕を掴んで止める。

 

「離してよ! お兄ちゃんを助けなきゃ! お兄ちゃんが……!」

「それで、冬将軍にお前もろとも斬り殺されたらもっとヤバイだろうが!」

 

 口ではそう言うが、今バージルを冬将軍から引き離し、回復しないと危ういのは明らか。なにせ心臓を刺されているのだ。

 自分達は今どうするべきなのか。カズマは必死に頭を働かせる。

 

 

 ――その時だった。

 

「クククッ……フハハハハハハハハッ……!」

「ッ!?」

 

 彼らの耳に、とても楽しそうに笑う男の声が聞こえた。

 笑い声を発したのは、カズマでもなければ冬将軍でもない。

 

「良いぞ……それでこそ……狩りがいがある……!」

 

 今まさに、冬将軍に心臓を刺されている――バージルだった。

 バージルは心臓を刺され、口から血反吐を吐き、雪原を真っ赤に染めながらも、とても楽しそうに笑っていた。

 2人の戦いを側面から見ていたカズマ達は、その狂気じみた横顔を目にして震え上がる。女性陣からは怯えた声も漏れていた。

 同じように、今の彼をおぞましく、恐ろしく思ったのか、冬将軍はバージルの身体から刀を引き抜くと、素早く距離を取って刃先を上に向けた構えを取る。

 

 相対するバージルの目は――赤く染まっていた。

 

「うおっ!? 地震!?」

 

 その時、カズマ達がいる雪原に、強い揺れが起こり始めた。

 カズマ達はその場へしゃがみ、強い揺れに耐え続ける。あの時、アクセルの街を襲った大地震よりも強い揺れだ。

 この揺れを感じながら、アクアとめぐみんが揃って口を開く。

 

「こ……この魔力は……!」

「この感じ……もしかして……!」

 

 あの時よりも震動が激しいのは、当然のこと。

 地震の震源地が今――目の前にあるのだから。

 

 揺れが強くなると共に、高まっていく魔力。ある程度まで高まったところで、バージルはそれを解き放った。

 その瞬間に前方から吹いてきた突風を、カズマ達は両腕を使って防ぐ。

 めぐみんの爆裂魔法に負けず劣らずの風圧。それがしばらくして収まるのを感じた時、気付けば揺れも静まっていた。

 一体何が起こったのかと、カズマは閉じていた目をゆっくりと開ける。

 

「……はっ……?」

 

 そして、信じられない物を目の当たりにした。

 冬将軍の前にいた筈のバージルだったが、その姿はどこにもない。

 

「――Let's begin(さあ、続きを始めよう)

 

 代わりに立つのは――白き稲妻を纏う、蒼い魔人。

 酷くノイズはかかっていたが、それがバージルの声だとカズマは理解した。

 そんな彼の脳裏に浮かんだのは、バージルの冒険者カードにあった、固有スキルの1つ。

 

「……デビル……トリガー……」

 

 内なる悪魔の力を解放する、彼の固有スキル。

 彼が、半人半魔であることは知っていた。そのスキルが、悪魔の力を使うものだということも、何となくわかっていた。

 だが――。

 

「(まさか……変身するとは思わんでしょうよ!?)」

 

 その姿を、悪魔そのものの姿に変えるとは思ってもみなかった。

 アクア、ダクネスも同じだったのか、今のバージルを見て、口をあんぐりと開けている。めぐみんは何故か目をキラキラとさせていたが。

 

「……せん……せい……?」

 

 その横で、ゆんゆんは酷く衝撃を受けた表情を見せていた。

 

 

*********************************

 

 

 目の前に現れた蒼き悪魔を、冬将軍は強く睨みつける。

 魔力の大きさも、気迫も、プレッシャーも、前とは格段に違う。ここから先は一瞬の油断も命取り。冬将軍は残された全ての魔力を解放し、刀を握り直す。

 その前で、バージルはユラリと両腕を動かして右手に握っていた刀を上げると、腕に鞘が同化したことで空いた左手を、刀の柄へと持っていく。

 

 そして――先程の冬将軍と同じ、刃先を斜め下に向けた下段の構えを取った。

 

「あ、あれは……!」

 

 後方から見ていたダクネスも、即座にバージルの取った構えが、先程冬将軍が取っていた物だと理解する。無論、目の前で見ていた冬将軍も。

 その構えを挑発と取ったのか、はたまた試したくなったのか。冬将軍は刀を上に向けたままバージルへ駆け出し、刃を振り下ろした。

 しかし、バージルはそれを難なく受け、横へ流す。

 それに怯むことなく、冬将軍はすかさず2撃目を繰り出していく。が、それらもバージルは華麗に流す。

 先程とは違い、バージルは自ら攻撃することをせず、ただひたすら防御に徹していた。

 

「……なぁ、アレって……」

 

 バージルが今、何をやってのけているのか。

 それを察したカズマがポツリと呟き、それにダクネスが「あぁ」とだけ答える。

 

 バージルは――ほんの短い間に、冬将軍の戦い方(スタイル)を会得していたのだ。

 

「Humph……」

 

 何度か打ち合ったところで、バージルは冬将軍から距離を離す。

 そして、調子を確かめるように自身の刀を見て唸ると――。

 

 バージルは、打ち合うことによって高まった――正確には、刀が交わる瞬間に相手の得物に宿った魔力を吸収していた刀を鞘に納め、居合の構えに変えた。

 それを見た冬将軍は、受けて立つと言うかのように、バージルと同じく刀を納め、居合の構えを見せる。

 

 吹雪が荒れている中、両者は静かに睨み合う。

 その様子を、カズマ達が固唾を呑んで見守る中――。

 

 

 ――またも、両者はほぼ同時に刀を抜いた。

 冬将軍の本気の居合は、上級冒険者どころか特別指定モンスターでさえも見切ることが叶わない速度だ。

 

 だが――今冬将軍が相手にしているのは特別指定モンスターどころか、上位悪魔さえも見切ることのできない刃を振るう者。

 

「Haa!」

 

 同時に刀を抜き、冬将軍よりも疾く刀を振ったバージルは、迫り来る冬将軍の刀を弾いた。

 しかし、弾かれたからといって大人しく斬られるわけにはいかない。冬将軍はすぐさま手に力を入れ、続く2撃目を防ごうと刀を身体の前に出す。

 

「Fu!」

 

 だが、バージルはそれに合わせて刀を両手で持ち、右下から左上へと斬り上げた。

 とてつもない速度と威力で振られたバージルの刀は、再度冬将軍の刀を弾き――へし折った。

 折れた冬将軍の刀の先が、クルクルと宙を舞う。

 そして、バージルは1歩踏み出し――。

 

「――Die(死ね)

 

 その両腕で刀を振り、冬将軍の身体を斜めに斬り下ろした。

 魔人化している上、刀に宿る同じ特別指定モンスターの力、更に駄目押しといわんばかりに、冬将軍から吸収した力。それらが全てこもった刀の前では、冬将軍の纏っていた鎧など藁同然。

 致命的なダメージを受けた冬将軍は、斬りつけられた部分を苦しそうに手で抑えたまま、2、3歩後ろに下がる。

 そして、グラリと後ろへ倒れ始め、その傍らでバージルは刀を鞘に当てる。

 

 鞘の中に、刀が納まった瞬間――宙に舞っていた冬将軍の刀の先端が、雪原に突き刺さった。

 

 

*********************************

 

 

「……フゥ」

 

 魔人化を解き、バージルは息を吐く。身体を斬られ心臓を刺されていたが、既にその傷は癒えていた。何故か服も元通りになっているが気にしてはいけない。

 バージルが前へ目を向けると、冬将軍が雪原の上に倒れており、その手には欠けた刀が握られていた。

 しかしその直後、冬将軍の身体が白い光に包まれた。

 その光から視線を逸らさず見ていると、しばらくして光が収まり、その場にあった筈の冬将軍の姿は、影も形も無くなった。

 

 代わりに置いてあったのは、白く輝く結晶。バージルは落ちていたソレを拾い上げる。

 結晶には、確かに冬将軍の魔力が込もっていた。恐らく、冬将軍が落とした素材なのだろう。

 バージルはその結晶を懐にしまうと踵を返し、観客のいた場所へ歩く。

 先程の戦いを見ていた観客、カズマ達は――もうどう言ったらいいのかわからないとばかりに、ポカンと口を開けていた。

 

「……全員いるな。ならさっさと帰るぞ。もうここに用は無い」

 

 冬将軍を倒すついでに、受付嬢から受けたカズマ達捜索のクエスト。それも済ますため、バージルは彼らに早く街へ戻ると促す。

 しかしカズマ達はそれどころではないようで、バージルと顔を合わせたまま言葉が出ない様子。

 

「あ、あの……今のって――」

「ちょっと待ってください」

 

 カズマがデビルトリガーについて尋ねようとした時、それを遮るようにめぐみんが横から入ってきた。

 周りの人物がめぐみんへ視線を向ける中、彼女は彼等にこう尋ねた。

 

 

「何か……聞こえませんか? 私の爆裂魔法には遠く及びませんが、何か爆発するような音が……向こうから……」

 

 めぐみんはそう言って、雪山の方を指差す。カズマ達は目を細め、耳を澄まして山の方を見る。

 確かに、山頂の方角からは何やら大きな音が聞こえる。何かが崩れるような音も。

 

「(……あれ? そういやさっき……何が起きた?)」

 

 とここで、カズマは先程起きた出来事を思い返す。

 バージルが冬将軍を倒した。それはいい。問題は、それを倒す時だ。

 彼は『デビルトリガー』を使い、その姿を変えた。恐らく、デュラハンを倒した時と同じように。

 そして、今回とデュラハンが倒されたであろう日、全く同じ現象が起きた。

 

 ――大地震。それが、今回は雪山で起きた。

 となれば、この音の正体は――。

 

「雪崩だぁああああああああああああっ!?」

 

 迫り来る雪崩を見て、カズマは大きな悲鳴を上げた。

 

「ヤバイヤバイヤバイ!? おい! 早く逃げるぞ!」

「ちょちょちょちょっと待ってください! 私まだ歩けないんですよ!?」

「これ絶対無理だってー!? どうあがいても雪崩直撃するってー!?」

「な、なぁカズマ! あんなことがあっておきながら、あの雪崩を見て怖いと思う反面、受け止めてみたいと思う私はおかしいのだろうか!?」

「おかしいよ! 十分狂ってるよお前はっ!?」

「あわわわ!? どどどどうしたら……!?」

 

 緊急事態を前に、カズマ達は慌てふためく。

 因みにこの大惨事を引き起こした張本人は、面倒くさそうに舌打ちしていたそうな。

 

「ゆ、ゆんゆん! 貴方、テレポートは覚えてないんですか!?」

 

 とそこへ、テレポートの存在を思い出しためぐみんが、ゆんゆんへ尋ねた。

 対するゆんゆんは、念の為に覚えていたことを思い出し、パァっと顔を明るくするが――。

 

「あっ! で、でもテレポートできるのは4人までよ!? ここにいるのは6人! どうすんのよ!?」

 

 転移できるのは、どうあがいても4人まで。その制限を思い出し、ゆんゆんは再びパニックに陥った。

 めぐみんはパニックのあまりうっかり忘れていたのか、そうだったと声を上げて頭を抱える。

 

 ――だが。

 

「いや! 誰か知らないけど使えるなら十分だ! テレポートの準備頼む! おいめぐみん! ダクネス! この子に転移してもらうぞ!」

 

 それを聞いたカズマは、唯一の活路を見つけたとばかりに声を張り、ゆんゆんにテレポートの準備を、めぐみんとダクネスに彼女の近くへ来るよう告げた。

 彼の指示を聞いたダクネスは、疑問に思いながらもゆんゆんの近くへ。めぐみんが未だ1人で動けないのを見て、カズマはしょうがねぇなと愚痴を零しながらも、急いで彼女を背負う。

 

「で、できました! いつでもテレポートできます!」

 

 めぐみんを背負った所でテレポートの準備が完了したのか、ゆんゆんがカズマへそう告げる。

 彼女の足元に魔法陣が浮かんでいたのを見たカズマは、慌ててゆんゆんのもとへ駆け寄り、魔法陣の中へ入った。

 

「よし! それじゃあテレポートよろしく!」

「お、おいっ! 緊急事態なのはわかっているが、なんでその子の胸元に顔を近付ける!?」

「この男っ! こんな時にまで己の欲求を満たしますか! 離れてください!」

「イダダダダダッ!? 首を絞めるな首を! これは不可抗力だ! 俺の顔の前に、たまたまこの子のおっぱいがあったんだ!」

「ひうっ!? は、鼻息が当たって……!」

 

 魔法陣の中でやいのやいのと騒ぎ立てるカズマ達。そんな中、刻一刻と雪崩が近づいてくる。

 

「ちょっと待って!? 私は!? 私はどうすればいいの!?」

「そうですよ! それに先生も……んっ……!」

 

 しかし、先程も言ったようにテレポートできるのは転移者も含めて4人まで。

 故に、残ったアクアとバージルは、ゆんゆんのテレポートで移動することができない。

 自分はどうすればいいのかとアクアが泣きながら尋ね、ゆんゆんが胸に当たる鼻息を感じながらも、バージルはどうするのかと尋ねる。

 それに対し、カズマはゆんゆんの胸元から一切顔を逸らさずに答えた。

 

「先生ってバージルさんのことか!? なら大丈夫だ! アクアは……頑張れ!」

「ハァアアアアアアアアアアアアッ!?」

 

 まさかの気合い論を言われ、アクアは理解不能とばかりに声を上げた。

 

「わ、わかりました! じゃあ行きます! 『テレポート』!」

「ちょっと待って!? せめて私とカズマを交代させてー!?」

 

 アクアは悲痛な叫びを上げるが、間に合わず。

 ゆんゆんは不安が拭いきれないながらも、カズマの言葉を信じ『テレポート』を唱えた。

 瞬間、魔法陣に入っていた4人は光に包まれ――この雪原から姿を消した。

 

「わぁああああああああっ!? 置いてかれた!? ホントに置いてかれたぁああああああああっ!?」

 

 取り残されたアクアは、頭を抱えて泣き叫ぶ。

 雪崩はもう目前まで迫っている。アレに飲まれる運命は避けられない。その絶望を抱えながらも、アクアはバージルへ顔を向ける。

 

 ――そこには、青い光を放つ水晶を空に掲げているバージルがいた。

 こんな時に一体何をしているのかと疑問に思ったが、それはすぐに解決する。

 あれは――彼がウィズ魔道具店で買った、テレポート水晶だ。

 

 瞬間、バージルの身体が青い光に包まれ始める。

 

「やぁああああああああっ!? 待ってお兄ちゃああああああああああああんっ!?」

 

 独り勝手にテレポートしようとしているのを見たアクアは、慌ててバージルのもとへ駆け寄った。

 そして、間に合ってと願いながらバージルへ正面から飛びかかり――。

 

 

 ――2人の姿が消えると同時に、彼等が立っていた雪原を雪崩が覆った。

 




やっぱ戦闘書くのメッチャムズイ。

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