この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第28話「この孤独な者に新たな絆を!」★

 雲が覆っているのか、夜空は星どころか月もまともに見えやしない。がしかし雨は降っていない、微妙に悪い天気。

 そんな夜でも、アクセルの街はいつものようにギルド付近が明るく、人も多い。冒険者達は、今日も飽きずに酒を飲んでいるのだろう。

 その一方で、外壁に近い所、人気のない場所は家も少なく、刺激が好きな冒険者達は寄り付かない。

 が、そんな静かな区域の1つ――自然地帯にポツンとある大きな屋敷の隣、二階建ての建物の前に人がいた。

 

「へくちっ! うぅ……この時期は冷えるなぁ」

 

 冬も間近だというのに、いつもと変わらない露出度高めな服装の盗賊、クリス――もとい、下界に降り立つ時用の仮の姿になっている、エリスだ。

 扉の前にある段差のところで座っていた彼女は、冷えた身体を暖めるように、首に巻いていた浅葱色のマフラーへ顔を埋める。

 

 今日、バージルが冬将軍討伐に出かけていると間接的に聞いた彼女は、バージルから冬将軍との戦いはどうだったのかを聞きたいがために、こうして彼の帰りを待っているのだが……未だ、彼は帰ってこない。

 ――というか。

 

「(よく考えたら、明日聞きに行けば良かったんじゃ……なのになんで私、ここで律儀に待って……)」

 

 冬将軍の所へ行ったとなれば、帰ってくるのにも時間が掛かる。テレポートのような移動手段があれば話は別だが、彼はソードマスター。魔法職にしかテレポートは覚えられない。

 だというのに、何故自分はそそくさと下界に降り、足早にここへ来てしまったのか。

 長いこと寒い場所で待ったからか、頭も冷えて冷静に考えられるようになったクリスは自分に呆れる。

 

「(まぁ……ここで天界に戻れば、次はここに降りることができますし、今日はもう帰りましょうか)」

 

 結局、ここでバージルの帰りを待つのを諦めたクリスは立ち上がり、ぱっぱとお尻の部分を軽く払う。

 そして、周りに誰もいないのを確認してから、天界へ戻る準備を始めようとした時。

 

 ――自分の立つ場所から数歩前に、突如青い魔法陣が浮かび上がった。

 

「ッ!」

 

 それを見たクリスは、すぐさま天界に戻ろうとしていた手を止めた。これは、ウィザードが使う魔法『テレポート』の魔法陣だ。

 しかし、それなら一体誰が? テレポートは転移先を登録する。となれば、今転移しようとしている誰かさんは、ここを転移先に登録していることになる。

 敵だったパターンも念頭に置き、咄嗟に動けるようクリスは腰元の短剣に手を添える。

 しばらくして、魔法陣の上に淡い光が現れると、それは徐々に失われていき――魔法陣に立つ転移者の姿を見せた。

 

 眼前に現れたのは、恐らくテレポートを唱えたであろう、ワンドを空に向けた黒髪の少女。

 その横には、いつもの鎧姿とは違った、どことなくエロス感が漂う服装のダクネスと、爆裂魔法でも使ったのか、背負われているめぐみんもいた。

 そして――。

 

「……いや……何してんの君……」

 

 めぐみんを背負いながら、黒髪の少女の胸を瞬き1つせずガッツリ見つめている、先程生き返らせた男、カズマがいた。

 警戒していたクリスだったが、ダクネスやめぐみんの姿を見てそれを解き、カズマには冷ややかな目を向けていた。

 こんなことをするのなら、生き返らせない方が良かったかもしれない。

 

「もうテレポートしましたよ! いい加減離れてください!」

「ウグェッ!? だから首はやめっ……息がっ……!?」

「ウチの変態が本当にすまない……大丈夫か?」

「うぅ……は、恥ずかしい……」

 

 テレポートし終えたというのに、未だ胸に顔を近づけているカズマを、背負われていためぐみんが後ろから首を絞めつつ、無理矢理引き離す。

 ダクネスが心配そうに声を掛けるが、黒髪の少女は胸元を隠し、羞恥のあまり顔を真っ赤にしていた。

 

「それよりも、ここは……バージルの家か? ムッ……クリス? 何故ここに?」

「こっちが聞きたいよ。バージルが帰ってくるのを待ってたら、いきなり君達がここに転移してきたんだもん。何があったの?」

 

 クリスはダクネスへテレポートしてきた理由を尋ねるが、大方の予想はついていた。

 彼女達は、雪精狩りで冬将軍のいる場へ行っていた。そのことは、カズマの死因を調べた時に知っている。

 そしてカズマが死んだ後に、バージルが合流したのだろう。そこからバージルと冬将軍が交戦。

 その後、何かしらあって黒髪の少女により、ここへテレポートしてきた。何故彼女がここを転移先に登録しているのかは謎だが。

 

 また、気がかりなことが1つ。今ここに来たのはカズマ、めぐみん、ダクネス、黒髪の少女の4人のみ。

 恐らく彼等と一緒にいたであろうバージルと、天界規定を無視してカズマに蘇生魔法をかけた、アクアに似たプリースト……否、正真正銘御本人のアクア先輩がいないのだ。

 テレポートで転移できるのは4人まで、という制限故だろうが、それでも残り2人の所在が気になってしまう。

 

 ――とその時、いつの間にかめぐみんの首絞めから逃れたカズマが、こちらへ目を向けていることに気付いた。

 カズマは「うーん」と唸りながらしきりに首を傾げ、不思議そうにクリスを見ている。

 

「……どうしたの?」

「いや……クリスとは久々に会った筈なのに……なーんかついさっき会った感じがして、不思議だなーと思ってさ」

「ッ! さ、さぁー、気のせいじゃないかなー!?」

 

 十中八九、魂を導く間で女神として出会ったことを言っているのだと悟ったクリスは、目を泳がせつつも気付かれないようにそう返した。

 この姿は、下界に降りる用に作られた身体。当然、女神としての力も抑えられている。バージルのように僅かな女神の力も感じ取れる者でない限り、バレることはない。

 事実、同じ女神のアクアにさえバレていない。故に、この変装に自信はあったのだが、彼は意外と鋭いタイプなのかもしれない。これからは気を付けようとクリスは決意する。

 

 

 ――とその時、ドサッとカズマ達の背後で何かが落ちる音が聞こえた。

 何事かと、その場にいた全員が音のした方向へ顔を向ける。

 

 

「……ヒッグ……グスッ……」

「……おい、いつまで乗っかっている。退け」

 

 そこには、地面に仰向けで倒れるバージルと、寝転ぶ彼の上から抱きついたまま涙を流しているアクアがいた。

 泣いている女と、その下にいる男。どことなくアウト臭がする構図を見て、カズマがゴクリと息を呑む。

 

「ふぇ……?」

 

 その傍ら、バージルの声を聞いたアクアが、腑抜けた声を出しながら上体を起こす。

 

 そして――寝転ぶバージルの上に女の子座りで乗っかるアクアという、誰もが見たら「これ絶対入ってるよね」と言う、限りなくアウトな構図が出来上がった。

 

「何してんの!? ホントに何してんの!?」

「アアアアアクア!? その体勢というか体位は色々とマズイ気が……!?」

「早く退け……いやいいのか!? アクア! そのままでいいぞ!」

「いいわけないでしょう!? 人が来たらどうするんですか!?」

「あわわわわっ……!?」

 

 それを見た彼女達は総ツッコミを入れて、アクアにバージルの上から退くよう促した。男性1名は反対意見を言ったが。

 黒髪の少女は顔を真っ赤にして両手で顔を覆っているが、指の隙間からアクアとバージルをバッチリ見ている。

 

「あれ? ここどこ……ってあーっ! カズマ! さっきはよくも私を置き去りにしたわね!」

「……さっさと退け」

 

 

*********************************

 

 

 あれからまた少し時間はかかったが、アクアとバージルも起き上がり、ようやくクリスがいたことに気付いた。

 状況が読み込めないから、何があったのか話して欲しいとクリスが言ったため、寒い外で立ち話をするわけにもいかず、仕方なくバージルは全員をまた家の中へ入れることに。

 そして説明役として、カズマがここに来るまでの経緯をクリスに話した。

 先程まで、自分達は雪山にいたこと。冬将軍と戦う中でバージルが『デビルトリガー』を発動したこと。

 そのせいで雪崩が起きたので、カズマ達は黒髪の少女のテレポートで、バージルとアクアはバージルが持っていたテレポート水晶というアイテムでここへ来たことを。

 

 

「――バカッ」

「うっ……」

「……フンッ」

 

 事のあらましを聞いたクリスは、ダクネスとバージルをジト目で睨みながら、叱りつけるように言い放った。

 

「全くダクネスは……私とパーティー組んでる時もそうだったけど、そうやって強い敵に突っ込もうとして、仲間を危険に晒さないの。今回はアクアさんがいるから良かったけど……」

「すまない……冬将軍の強さは耳にしていたのだが、まさかあれほどだったとは……」

「つーか、ああいうのが出るって知ってたなら、ちゃんと言えっての。まぁ……何も調べず、金に目が眩んで受けた俺も俺だけどさ」

 

 冬将軍にカズマが殺されたことは知っていたのだが、今はクリスとして演じているため、クリスはカズマが一度死んだと聞いて驚きながらも、ダクネスにそう注意した。今回ばかりは負い目を感じているのか、ダクネスはシュンと落ち込む。

 カズマもダクネスを叱りはしたが、自分にも非があると思っているようで、それ以上強く言おうとしなかった。

 それを聞いたバージルは、呆れた様子でカズマへ話す。

 

「事前準備もロクにせず、身の丈に合わん高難易度クエストへ挑んで死ぬとは……愚かだな」

「そういうバージルも愚か者だよっ! 雪山の中であんな揺れを起こしたら、雪崩が起きるに決まってるじゃん! 今度からは、ちゃんと周りのことも考えてから使うように!」

 

 しかし、非があるのは彼も同じ。クリスは怒号を発し、バージルへそう注意した。対するバージルは「知るか」とばかりに目を閉じている。まるで反省の色が見られない。

 もっとも、ここで言い返せば逆に言い返されるのが目に見えているし、デビルトリガーを使った理由が、端的に言えば「テンション上がったから」なので、反論できる余地もない。故に、バージルは何も言わずやり過ごすことにしているのだが。

 

 

「……あ、あのっ!」

 

 とその時、彼等の会話を遮り、勇気を振り絞って出されたような声が聞こえてきた。それを聞いたバージル達は、声の聞こえた方向へ目を向ける。

 視線の先にいたのは、皆に見られることになって恥ずかしがり顔を赤くする黒髪の少女。彼女を見たダクネスは、思い出したように手をポンと叩く。

 

「そういえば、君のことについて聞くのを忘れていたな。確か名前は――」

「待ってください、ダクネス」

 

 ダクネスが黒髪の少女に話しかけようとしたら、それをめぐみんが遮ってきた。

 どうしたのかと皆が疑問に思う中、めぐみんは少女の前に立つ。

 

「貴方、紅魔族ですよね? だったら、初対面の相手には自ら名乗るのが流儀だと教えられてきた筈です。さぁ、さっさと貴方の名を皆さんに轟かせてください」

「えぇっ!?」

 

 めぐみんに自己紹介を促され、少女は涙目になりながら驚いた。

 

「こ、こんな大勢の前でなんて……!」

「いいからさっさと自己紹介しやがれです。じゃなきゃ、貴方とは一生口を聞きませんよ」

「わぁああああああああっ!? わかった! する! ちゃんと自己紹介するから! それだけはやめてぇっ!?」

 

 彼女は必死に前言撤回すると、意を決したように前を向き――。

 

「わ――我が名はゆんゆん! 紅魔族の長の娘にして、バージル先生のもとにいる随一の生徒! やがては紅魔族の長となる者……! うぅ……」

 

 羞恥に耐えつつ決めポーズを取り、紅魔族流の自己紹介をカズマ達に見せた。

 通常、紅魔族が挨拶をすれば大抵引かれるものだが、ここにいる者は全員めぐみんのお陰で耐性を持っている。故に彼等は特に驚きもせず、彼女の自己紹介をちゃんと聞いていた。

 そして、自己紹介の中で気になった点を耳にし、カズマが首を傾げながら呟いた。

 

「バージル……先生?」

「そういえば貴方、雪山の時でもバージルのことを先生と呼んでいましたね。一体何故?」

 

 彼女が、カズマ達の知るバージルを先生と呼び慕っていたことだ。

 めぐみんもその理由は知らなかったのか、ゆんゆんに尋ねる。

 

「せ、先生は先生よ。私は今、1人の生徒として、バージル先生のもとで授業を受けているの」

「事情は省くが、そいつの話している通りだ」

 

 ゆんゆんは正直に答えたが、未だカズマ達は本当なのかと疑問に思う。しかしそこへバージルが静かに答え、彼女の言うことが嘘ではないと証言した。

 その言葉を聞き、そこにいる誰もが驚く。まだ1年にも満たない付き合いだが、彼は誰かを教えるようなキャラではないとカズマ達は思っていたからだ。

 女性陣が意外そうにバージルを見ている中、カズマはそっとバージルのもとに近づき、コソッと尋ねる。

 

「……教師と生徒モノが好みってわけじゃないですよね?」

「コイツが勝手に呼んでいるだけだ」

 

 強制的に呼ばせているわけではないと知って、カズマは心の中で安堵した。

 もしここで「そうだ」と真顔で答えられたら、彼の抱くバージル像が脆くも崩れ去ったことだろう。

 

「なるほど……では、私達も自己紹介をせねばな。私はダクネス。職業はクルセイダー。めぐみんのパーティーメンバーの1人だ」

 

 その傍ら、ダクネスが1歩前に出てゆんゆんと視線を合わし、自己紹介を返した。

 ダクネスの姿を見たゆんゆんは、その鎧と髪を見てハッと気付く。

 

「(この人……あの時、先生と剣の稽古をしてた……)」

 

 自分がバージルへ授業をつけてもらおうと思ったきっかけ――バージルと剣を交えていた、あの金髪美女だと。

 遠目に見ても綺麗な人だと思ったが、こうして近くで見ると本当に美人だとわかる。冒険者をやっているとは思えない綺麗な金髪に、透き通るような青い目。纏ってるのが鎧でなくドレスだったら、どこかの貴族と勘違いしてしまいそうだ。

 というか、貴族は決まって金髪碧眼だと聞いている。もしかしたら、本当に彼女は――。

 と、顔だけでなくプロポーションも鎧越しでもわかるほど高いダクネスに見惚れていると、そのダクネスがゆんゆんへ更に1歩近づき――。

 

 

「と――ところでっ! どうやってバージルと、先生と生徒だなんていう羨ま……素敵な関係になれたのだ!? そこのところを詳しく! 詳細をっ! 事細かく聞かせてくれ!」

「えぇっ!?」

 

 グイッと詰め寄り、やたら興奮した様子でそう尋ねてきた。いきなり見た目のイメージとはかけ離れた行動を目にして、ゆんゆんは素っ頓狂な声を上げて戸惑う。

 それを見たバージルは、またかと言わんばかりに額へ手を当てていた。

 

「ハイストーップ。その子が困ってるからやめようねー。あっ、私は盗賊のクリスだよ。よろしくねっ!」

「……は、はい……」

「イタタタタッ!? ク、クリス! 髪を引っ張るな!? 抜ける! 抜けるからやめてくれっ!? しかしこれも悪くないのが……!」

 

 このまま放置しては収拾がつかないと思ったのか、クリスがダクネスの後ろでまとめている髪の部分を引っ張り、ゆんゆんへ自己紹介をしながら下がっていく。

 痛がりつつも興奮したように息を荒くするダクネスを見て、ゆんゆんはただ呆然とすることしかできなかった。

 ただこれだけは言える。彼女は絶対貴族じゃない。

 

「なら次は私ねっ! ゆんゆんって言ったわね! 私はアクアよ! この街随一の美人アークプリースト! 同じく、めぐみんのパーティーメンバーの1人!」

 

 ダクネスが下がったところで、次にアクアが元気よく自己紹介をした。

 青い長髪に青い服、そしてこれまた顔も身体も女性としてレベルが高い。こんな美女2人が一緒のパーティーメンバーにいて、男から狙われないのだろうかと危惧してしまう。

 そして彼女は、雪山にいた時にバージルのことを「お兄ちゃん」と呼んでいた。となれば、彼女はバージルの妹ということになるのだが……あまりにも似ていない。髪の色は勿論、性格も。

 なら義妹なのだろうかと推測していると、第一印象だけはいい美女アクアは、続けてこう告げた。

 

「そして、貴方はめぐみんの知り合いみたいだから、私の正体も明かしておくわ! 賢い紅魔族の貴女なら、名前を聞いた時点で察してるかもしれないけど……その通りよ! 私は、アクシズ教徒が崇める水の女神――アクア様なの!」

 

 

 

「……ね、ねぇめぐみん。こういう時どうしたらいいの? 相手の話に合わせるべきなの? それとも、さり気なく間違いを指摘してあげるべきなの? 私が読んでた本には、関係の浅い段階ではまず相手に合わせてあげるのがいいって書いてあったけど……」

「えぇ、それでいいと思いますよ。話が進まない時もあるので、基本私はアクアの設定に合わせてやってます」

「ねぇ待って!? 今の私ってそんなに神格ないの!? 女神としてのプライドがこの世界に来てから傷付きっぱなしなんですけど!?」

 

 が、どうやらゆんゆんでさえも、アクアが女神だとは信用してもらえなかったようだ。哀れなり水の女神。

 

「んじゃ最後は俺か。えっと、俺はカズマ。佐藤和真。コイツのパーティーメンバーで、職業は冒険者だ」

 

 アクアがワンワンと泣き喚き、それをクリスが宥めている中、最後に残ったカズマが自己紹介をした。

 ダクネス、アクアと違い、それほどパッとしない外見の男。見た目も平々凡々といったところ。どこか、里にいた自称街の警備員(ニート)と似た雰囲気があるのは気のせいだろうか。

 おまけに彼は、自分の胸に顔を埋めはしなかったものの、触れるギリギリのところでガン見してきた男。そんな彼がめぐみん達と同じパーティーメンバーなのは、色々と危ないのではないだろうか。自分の名前を聞いても笑わなかったため、悪い人ではないだろうとゆんゆんは思っているのだが……。

 しかし、それよりも――。

 

「サトウカズマ……さん……やっぱり、貴方が先生の言ってた……」

「……バージルさん。まさかとは思いますが、この子にあらぬことを吹き込んでないでしょうね?」

「貴様に関しては、ありのままを伝えただけだ」

 

 彼の、所謂『勇者候補』と呼ばれる者に該当するその名前を、彼女は既にバージルから聞いていた。

 ゆんゆんがブツブツと呟き始める中、カズマは怪しんだ視線をバージルへ向けるが、彼はキッパリとそう答える。

 

「(見た目はパッとしないけど、戦いでその力を発揮するタイプの人かもしれない……先生から、絡め手で武器を奪い取りかけた頭脳の持ち主……負けませんよ!)」

 

 そんな中、カズマの知らないところで、ゆんゆんからは一種のライバル心を持たれていた。

 

 

*********************************

 

 

「……あっ、そ、それで……先生……その……」

 

 全員の自己紹介が終わった後、ゆんゆんはバージルへ声をかけた。その表情は先程までと違い、どこか怯えた様子。

 

「さっき、話にも出てましたが……あの……冬将軍を倒した時の……あれは……」

 

 彼女はバージルに、冬将軍との戦いで見せた『蒼い魔人』について尋ねた。

 あの姿に変わった途端、彼の魔力は何倍にも膨れ上がっていた。ゆんゆんがこの街へ来た時に冒険者と共に戦ったアレよりも、遥か上を行く程に。

 それに、カズマがクリスへ事の経緯を話した時に発した『デビルトリガー』という言葉。もしそれが、あの蒼い魔人に関係する物だとしたら――。

 ゆんゆんがバージルの答えを待っている中、カズマ達もバージルへ目を向ける。まるで、話していなかったのかと言いたげに。

 それを受けたバージルは、うっかりしていたと息を吐く。

 

「……貴様には、まだ話していなかったな」

 

 

*********************************

 

 

 それからバージルは、ゆんゆんに自身が半人半魔であることを話した。

 今の姿は人間としての姿で、内なる悪魔を解放する固有スキル『デビルトリガー』を持っていることも。

 そして、デビルトリガーを引いた姿が――あの蒼き魔人であることも。

 

 カズマ達は既に聞いていたため、驚かないのは当然。逆にゆんゆんは、驚きのあまり言葉を失っていた。

 しかし、それも仕方のないことだとカズマは思う。正直あの時聞いた後でも、それほど実感できていなかった。

 だが、実際に悪魔の姿を見たことで、彼が放つ魔力を、まだ魔力関連に疎い自分でさえ肌で感じ取れたことで、紛れもない事実だと理解できた。

 

 改めて思う。バージルは、存在自体がチート(反則級)だと。

 

「にしても、半分悪魔なのにあんだけ強いって、なら根っからの悪魔はどんだけ強いんだよ……会いたくねぇなぁ」

「いいえ、純粋な悪魔でもあれほどの力は持ってないわ。これはアレよ! 人間と悪魔のハーフは強いっていうあるある設定だわ!」

 

 カズマが純粋な悪魔に恐怖を覚える中、バージルの強さの秘訣をアクアは推測する。

 本当は、彼の父が魔帝を封印できるほどの存在だからなのだが、わざわざ指摘する必要もないと思ったバージルは、二人の会話を聞き流す。

 

「心臓を刺されて笑ってたのは引きましたが、バージルのデビルトリガーは、我が琴線にかなり触れてました。変身する時に目が赤く光ってたのも紅魔族的にポイント高いです。もしあれで決め台詞がバッチリだったら、私も危うかったかもしれません」

「バージルの悪魔化した姿……ちょっと怖い気もするが、一度正面から見下ろされてみたいな……」

「ダークーネースー?」

「うぐっ……す、すまない……」

 

 また、デビルトリガーは彼女にとって良いセンスなのか、めぐみんは変身したのがバージルなのもあって少し悔しそうに話す。

 その横で、またダクネスがおかしなことを口にしたが、横にいたクリスに釘を刺され、再びしょんぼりとした。

 しかし、彼女にドM欲求を抑えろというのは、男に女を求めるなと言っているのと同義。今回の件で堪えはしたものの、彼女のドM気質が治るのは当分先のことだろう。

 

「……先生が……半人半魔……」

 

 そんな中、バージルの話を聞き終えたゆんゆんが、顔を俯かせていた。

 未だに、彼がそういった存在だと思えないのだろう。彼女の声を聞き、カズマはゆんゆんへ目線を移す。

 

「(……これはいけない)」

 

 そして、幾多のゲーム、漫画、アニメ、ラノベを体験してきた彼は、不穏な空気を感じ取っていた。

 どういう経緯か知らないが、尊敬するようになった人物が、半分ではあるが人間ではないと告げられた。おまけに、その半分の姿を見てしまった。背筋が凍るような、圧倒的な力と恐怖を放つ姿を。

 この世界が、どれだけ異種に対して友好的なのかは知らない。街行く人には人外っぽい人物はいたが、確か悪魔っぽい人はいなかった筈だ。

 そして、この世界で悪魔は上位種のモンスターとして認識されているらしい。

 

 となれば――彼女はバージルに、恐怖を覚えてしまうのではないだろうか?

 そう予想を立てる中、ゆんゆんは顔を俯かせたまま、ポツリと話し始めた。

 

「……正直言うと、先生がただの人間じゃないってことは、薄々わかってました……特殊な力を持っている勇者候補かなと思ったけど、名前は変わった風じゃないし……まさか半人半魔だとは思いませんでしたけど……」

 

 ゆんゆんの言葉を、バージルは黙って聞き続ける。

 声は少し震え、どこか怯えている様子も伺える。未だ視線を合わせないのもそのためだろう。

 

 ――しかし彼女は顔を上げると、バージルの目を見てこう告げた。

 

「でも……先生が、私にとって良い人なのに変わりはありません。だって……こうやってめぐみんと、仲良く話してくれているんですから」

 

 

 

「私とバージルの仲が良い? 一体どこをどう見たらそんな戯言が抜かせるのですか。私とバージルは相容れない存在、つまりはライバルです! 勘違いしないでいただこう!」

「えぇっ!? ラ、ライバルってめぐみん!? 貴方のライバルは私じゃなかったの!?」

「馬鹿も休み休み言え。ネタにしかならない爆裂魔法を好んで使う異端者の貴様が、俺のライバルを自称するだと? 爆裂魔法の使い過ぎで、思考回路も吹っ飛んだか? いや……それは元からだったな」

「せ、先生も先生で、めぐみんのことをそこまで言うのはどうかと思います! ……爆裂魔法については否定しないけど……」

「聞こえましたよゆんゆん! 今、爆裂魔法はネタ魔法だと言いましたか!? 2人して言いましたか!?」

「あぅっ!? だ、だってそうじゃない!」

 

 爆裂魔法を馬鹿にされたのをきっかけに、めぐみんとゆんゆんは口喧嘩をし始めた。バージルはフンッと鼻を鳴らし、目を閉じて2人の騒ぎが収まるのを待つ。

 不穏な空気になると思ったら良い雰囲気になる、と思いきやめぐみんのせいでコメディチックになったのを見て、カズマは呆れるようにため息を吐く。

 その横でアクア、ダクネス、クリスは2人の様子を楽しそうに微笑んで見ていた。

 

 

「いやお前、何そこでつっ立ってんだよ」

「へっ?」

 

 カズマはサッとアクアへ近寄り、小声で彼女にそう話す。しかしアクアはカズマの言っていることがわからないのか、首を傾げている。

 

「お前、何のために雪精討伐クエストに行ったんだよ? バージルさんにプレゼントするんじゃなかったのか?」

「あっ! そうだったわ!」

 

 カズマに言われるまで忘れていたのだろうか。アクアは思い出したようにポンと手をついた。

 雪山で雪精を捕まえていた時は、お兄ちゃんに1匹プレゼントすると言って張り切っていたのに。冬将軍とデビルトリガーの衝撃が強過ぎて忘れてしまっていたのかもしれないが。

 

 バージルとゆんゆんの関係。バージルのヒロインと言っても違和感はないだろう。

 自分の新たなヒロインでなかったのは本音を言えばショックだが、相手がバージルなら文句は言わないし、奪うつもりもない。あのおっぱいは本当に惜しいが。

 しかし、彼のヒロインは1人ではない。もっとも、こちらが無理矢理押し付けているだけなのだが。

 ここでアクアがプレゼントを渡し、それを見たゆんゆんが対抗し、良い感じに火をつけ合ってくれれば儲け物だ。カズマはそう思いながら見守る。

 

 

 ――雪精を捕えた小瓶どころか、小瓶を入れていた鞄さえ持っていないアクアを。

 

「……おい、鞄はどこいった?」

「……雪山に置いてきちゃった」

「スカァンムッ!」

 

 肝心のプレゼントを置いてきてしまったアクアに、カズマは小さな声で怒号を発した。

 

「こんの駄女神が! なんで肝心なとこが抜けてんだよ!?」

「し、仕方ないじゃない! ていうかカズマ! 元はと言えばアンタが私を置き去りにしたからよ! 私も心の余裕があれば、忘れることはなかったのに!」

「ふぐっ……!」

 

 が、アクアから小声でそう言い返され、カズマは反論できなくなる。

 きっと、瓶に入っている雪精はずっとあのまま雪山に放置されるのだろう。雪精からしたらとんだとばっちりである。

 

「しょうがない! ここは一か八か、プレゼント無しでアタックだ! もう一度、ここに泊めてもらうよう頼んでみろ!」

「当たって砕けろ作戦ね! わかったわ!」

 

 砕けてしまったらダメなのだが、それも知らないアクアは気合を入れ、バージルに近づく。

 そして、両目を閉じて座っていたバージルへ、甘えた声で話しかけた。

 

「お兄ちゃ――」

「断る」

「なんでよぉおおおおおおおおおおおおっ!?」

 

 それは彼の直感か、兄妹(仮)のテレパシーか。

 アクアの考えを見抜いていたバージルに速攻で断られ、アクアは前と同じようにバージルのもとへ泣きついた。

 

 

*********************************

 

 

 アクアがバージルへ縋り、その前で未だめぐみんとゆんゆんが言い争い、カズマがやっぱり今回も駄目だったよと言いたげに手を顔に当て、ダクネスがバージルの即答に少し興奮していた中。

 両目を閉じ、鬱陶しく思ってそうな顔をするバージルを見て、クリス――エリスは嬉しそうに笑っていた。

 

 彼がこの世界で、自身が与えた罰を受け、人間としても生きるようになったあの日から。

 自分の知らないところで、彼はこうして、新しい絆を得ていた。彼は頑なにそんな仲ではないと否定するだろうが。

 しかしそれでも、バージルが自分やカズマ達以外に――ゆんゆんと言う少女との繋がりを得ていることに、エリスは自分のことのように喜んでいた。

 

 

 ――と同時に。

 

「(……このモヤモヤは……何なのでしょう……?)」

 

 カズマ達を――正確にはゆんゆんとアクアを見ていて、エリスは心の片隅に何とも言えないモヤモヤを感じていた。

 

 




イラスト:のん様

【挿絵表示】


そもそも修羅場が起こる段階ではなかったという。期待してた方ごめんなさい。

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