この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第32話「この黒き獣に蒼き獣を!」

「ひっ!?」

 

 クリスの手から逃れようとする最中、森の奥から狼の遠吠えが聞こえ、アクアは小さく悲鳴を上げる。逃すまいとしていたクリスも、アクアから手を離すことはせずに奥方を見る。

 

「(今のは……初心者殺しじゃない。狼? 森に住んでるコボルトかな……ってあれ? この魔力は……えっ?)」

 

 するとその方向から、覚えのある魔力を感じてクリスの思考が止まった。女神の力を抑えている仮の姿でも感じ取れるほどの、膨大な魔力。間違いない。これは――。

 

「お……お兄ちゃん?」

 

 自分と同じように感じ取ったのか、アクアは彼の名を呟いた。

 魔力を感じ取ったことで、この先にバージルがいるのは把握できた。では今の遠吠えは? クリスはアクアに目をやると、彼女もその正体が気になったのか、クリスと顔を合わせる。

 

「……行ってみますか?」

「そ、そうね。ちょっと怖いけど……お兄ちゃんがいるのは確かだし、何かあってもきっと大丈夫よ! それに、万が一って場合でもすぐ森の外へ逃げられるように、目印として森の入口からここまであった木の何本かに魔力を流して、夜でも光るようにしたから安心して!」

「いつの間にそんなことを……ていうかそれなら、アタシが木に目印付けてる時に言ってくださいよ……」

「えっ? あれ目印付けてたの? 私てっきり、クリスは木に落書きするのが好きだからやってるのかと思って――」

「初心者殺しの囮になってる最中に、そんな子供じみた遊びはしませんよ!? もうっ……じゃあアクアさんは引き続き、目印を設置しながら進んでください。で、ヤバイ状況になったらそれを頼りに逃げるということで」

「任せなさい!」

 

 もしもの時の作戦を決めた2人は互いに頷くと、森に潜むモンスターに警戒しながら、遠吠えの木霊した森の深奥へ歩いて行った。

 

 

「……そういえば、どうしてクリスは私にだけ敬語使うの? 別に悪い気はしないからいいんだけど」

「えっ!? あーいや、それはえーっと……ほ、ほらっ! アタシはエリス教徒じゃないですか!? で、女神アクアと女神エリスは先輩後輩の関係だって聞いてたので、仮にも先輩と同じ名前のアクアさんを呼び捨てにしたりフランクに話すのは気が引けるというかバチが当たるというか――!」

「なるほど! エリス教徒にしてはいい心がけね! あくまで同名扱いなのが気になるけど。貴方には特別に、エリス教徒からアクシズ教徒に改宗する権利を与えるわ!」

「そ、それはいいです……絶対できないと思うので……」

 

 

*********************************

 

 

 暗い森の中心部。地面に横たわる木々の傍に立つのは黒き獣、初心者殺し。彼は唸りながら前方を睨みつける。

 そこに立つのは、2つの武器を背負った蒼き狼――先程自分に攻撃を仕掛けてきた男が、姿を変えたものだ。

 

 初心者殺しは、男が姿を変えても動じなかった。そうやって人外の姿になる人間と、相まみえたことがあるからだ。彼等に勝った経験もある。

 しかし今回の敵は、狼に変化した今でも、自分より格上だと本能で感じさせてくる。こういう場合、彼は逃走を優先させるのだが、そう簡単に相手は逃がしてくれないだろう。

 否応にも彼と戦い、どうにかして逃げる隙を作らなければ。初心者殺しがその算段を立てている時――相手が動いた。

 

 狼の背負っていた、雷を操る剣がひとりでに動き出し、鞘から抜かれる。それは重力を感じさせない動きで宙を舞うと、狼の眼前で止まる。狼は剣の先が狼から見て左向きになるように、取っ手部分を口で咥えた。

 仕掛けてくる。予感した初心者殺しは、いつ相手が向かって来ても避けられるよう地面を踏みしめる。その傍ら、狼は足を曲げると――飛来する魔弾の如き速度で駆け出し、口に咥えた剣で斬りかかってきた。

 

「――ッ!」

 

 疾い。しかし視認はできる。初心者殺しはすんでのところで小さく飛び上がり、剣をかわす。

 初撃をかわされた狼はすぐさま方向転換し、二撃目を狙う。対する初心者殺しは、着地した瞬間すぐさま後方へ飛び、これも回避。

 そのまま後ろにあった木に足をつけると強く蹴り、他の木へ飛び移る。決して1本に留まることはせず、そのまま狼のもとから離れていく。

 それを見た狼は再び駆け出すと、初心者殺しを追いかけながら木を斬り始めた。狼が通り過ぎた木は軒並み倒れ、後方は伐採された木で埋め尽くされていった。

 

 狼がしばらく初心者殺しを追っていると、視線の先で黒い影が木の上から草むらに落ちた。

 チャンスと見た狼は、一気に速度を上げてそこに駆け出す――その瞬間、狼の横側にある草むらから初心者殺しが飛び出してきた。

 先程落としたのは、初心者殺しが木々を飛び移る中で、木に止まっていた鳥型のモンスターを殺して捕まえたもの。ダミーだ。

 それに狼が引っかかったのを見て、初心者殺しは横側から攻撃を仕掛ける――が、彼は即座に足を止め、後方へ飛び退いた。

 

 狼の背負っていた白い剣が、ひとりでに動き出して斬りかかってきたがために。

 人間の使う魔法の類なのか、剣は宙を舞うと剣先をこちらに向けてきた。狼も足を止め、初心者殺しと向かい合う。

 

 先程の鬼ごっこで、初心者殺しは理解した。敵は、あれだけ木々に飛び移って翻弄しても、見失うことなく追いかけることができる。傷を負わせないまま逃げては、確実に追いつかれてしまう。

 となれば、どうにかしてダメージを与えなければ。それをあの狼相手にできるのか。と、初心者殺しが睨み合いながら作戦を立てていた時――。

 

 狼の周りに、自分へ剣先を向けた八つの浅葱色の剣が出現した。

 

「ッ!」

 

 危険を察知した初心者殺しは、すぐさま横へ飛ぶ。案の定狼が出現させた剣は、先程自分がいた場所へ直線的に飛んでいった。

 危うく串刺しにされるところだったと安堵する間もなく、次は初心者殺しを取り囲むように剣が出現する。剣が動き出す瞬間、初心者殺しは飛び上がってこれを回避。

 剣の嵐を避けきった初心者殺しはその場に着地し、前方の狼を睨む。自分が避けている間、1歩も動かなかった狼を。

 あの剣を展開させる時は動けないのか、敢えて動こうとしなかったか不明だが、もし後者なら厄介だ。先程の剣に加え、鞘に納められた剣、剥き出しの白い剣による連携を仕掛けられる可能性がある。

 

 しかし、考える暇を与えないとばかりに狼は動き出す。突然、狼の足が光り出すと、4本の足全てに白と黒の模様で飾られた装具が付けられた。

 あれは一体、と初心者殺しが怪奇の目で見ていると、狼は力を溜めるように体勢を低くし――駆け出した。

 

 気付けば、初心者殺しの身体には一筋の傷が負わされていた。

 

「ッ――!?」

 

 先程までとは比べ物にならない、視認できない速さ。それで突進しつつ剣で斬られた初心者殺しは苦痛に顔を歪めるも、狼の姿を探す。

 しかし、狼の姿を見つけた時にはすぐさま消え、斬られてしまう。目にも止まらぬ速度で、彼の身体は斬り刻まれる。

 ひとしきり初心者殺しが斬られたところで、狼の攻撃が止まった。その時には既に、初心者殺しの肉体は傷だらけになっており、息も荒い。

 対する狼は、傷どころか汚れひとつない美しい毛並みを見せびらかすように、初心者殺しの正面に立つ。そして、何やら確認するように自分の前足についた装具を見ていた。

 

 その様子を見て、初心者殺しはようやく理解した。敵は、たった一度として本気を出していない。そして、自分を狩ることを第一の目的としていないことに。

 彼は、この戦いが始まってから今まで、試していたのだ。太陽のように眩しい装具を、浅葱色の剣を、雪のように白い剣を、雷を纏う細い剣を――蒼い狼の姿を。

 そして、もう試すだけ試せたのか、狼は自身の前足から目を離し、目の前にいる初心者殺しに移す。

 もはや、逃げることなど叶わない状況――そんな中、初心者殺しは側面から聞こえる、草むらをかき分ける音を耳にしていた。

 

「お兄ちゃん大丈夫――ってわぁおっ!? 何あの狼!?」

「あれっ? あの武器ってバージルの……えっ!? ホントにどういうこと!?」

 

 するとその時、2匹の横側にある草むらから、青い髪の女と銀髪の女が出てきた。2人は狼を見るやいなや、驚いた顔を浮かべる。

 狼も初心者殺しから目を離し、2人に視線を向ける。狼は彼女等に敵意を向けていない。見知った人物のようだ。

 

 当たり(ビンゴ)だ。初心者殺しは狼の視界から外れたのを見て、すぐさま女2人に向かって駆け出した。

 彼は、ただ闇雲に木々を飛び移っていたわけではない。彼女等がいる方向に移動していたのだ。あの2人は、狼が――狼に姿を変えた男が仕掛けた囮ではないか。この男の仲間ではないかと踏んで。

 

「ひぃやぁああああはぁああああっ!? 初心者殺しぃいいいいっ!?」

「っ! やばっ……!?」

 

 狼に気を取られていた2人は、初心者殺しの攻撃に反応が遅れる。ここで2人か、どちらか1人を人質に取り、形勢を逆転させる。初心者殺しの最後の賭けだ。仲間の女を盾にすれば、狼は手が出せなくなるだろう。初心者殺しは残る力を振り絞り、銀髪の女に牙を剥く。

 

 が――彼女に届くすんでのところで、空から浅葱色の剣の雨が降り注いだ。それを受けた初心者殺しは、その場から動けなくなる。

 これに初心者殺しが驚く中――その時既に、狼は初心者殺しの傍に立っていた。

 

Time to die(そろそろ死んでもらおう)

 

 狼の声が脳に響いた時、初心者殺しは装具を身に付けた狼の後ろ足で蹴り上げられる。

 初心者殺しが宙に浮いたのを見て狼は飛び上がると、冷気を帯びた白い剣を触れずに操り、初心者殺しを何度も何度も斬り刻む。

 そして最後に、口に咥えていた剣に雷を纏わせ――敵を一閃した。

 

 

*********************************

 

 

 狼の姿に変身していたバージルは、口に咥えていた刀を離すと、魔力を使って刀を宙に浮かせ、背負っていた鞘に納める。

 彼の背後には、もはや原型すら留めていない初心者殺しの残骸。そして前には――目をパチクリさせているクリスと、目をキラキラさせているアクアがいた。

 

「えっと……バージル……でいいんだよね?」

「他に誰がいる」

「うわぁ!? 喋った!?」

 

 初心者殺しを倒す時も一言だけ喋っていたのだが、それに気付いていなかったクリスは、狼に変化したバージルが言葉を発したことに仰天する。

 

「そ……その姿は何っ? デビルトリガーの一種?」

「いや、貴様が譲り受けたあのお面を使わせてもらった」

「えっ? あのお面を……って、なに私から神器くすねて勝手に使ってんのさ!?」

 

 村のお面屋で偶然見つけた神器のお面を、自分に何も言わず使われたことに、クリスは怒りの色を見せる。

 アクアがいる横で神器の話を持ち出すのは大丈夫かとバージルは思ったが、どうやらアクアには全く聞こえていないようで。

 

「お兄ちゃんが……お兄ちゃんがモフモフのワンちゃんになったー!?」

「狼だ」

 

 アクアからワンちゃん呼ばわりされたが、そこは譲れないのかバージルは自ら訂正する。どっちも似たようなものだが。

 クリスが深くため息を吐く傍ら、アクアはバージルに駆け寄ると目の前で屈み――。

 

「お手!」

「……」

 

 期待の眼差しを向け、手のひらが上になるよう手を差し伸べてきた。対するバージルは、アクアの手をジッと見つめると――。

 

 

 手首から先がスッポリと収まるように、手を噛んだ。

 

「あいぎゃぁああああああああっ!? ヒールヒールヒールっ!」

「うわっ!? ビックリし……って何やってんの!? ホントに何やってんの!?」

 

 アクアは悲痛な叫びを上げると、何とか手を引っこ抜き、全力で自身の手にヒールをかける。クリスが突然の悲鳴に驚く中、バージルは地面に唾を吐き捨てた。

 

 

*********************************

 

 

 討伐対象だった特異個体の初心者殺しを倒した後、アクアの付けた目印、光る木を頼りに森を歩いた。

 設置したのがアクアなため、的外れな場所に出てしまうのではとバージルは危惧していたが、意外にもちゃんと森の入口まで戻ることができた。

 村に戻った後、バージルは村長に初心者殺しを討伐したことを報告。報酬は明日渡すとのことだったので、バージル達は宿に戻って夜を過ごすことに。アクアが一緒に寝ようとせがんできたが、バージルはこれを無視して別の部屋で寝た。

 それから時間が経ち、翌日の朝。軽く朝食を食べ終えたバージルは、報酬を受け取るため村長の家に向かった。

 

 

「いやはや、本当にありがとう。いくら感謝しても仕切れないくらいだ」

 

 まだ腰は曲がっておらず、立派な白ひげを持つ村長は、バージルに感謝の言葉を伝える。

 

「これで、駆け出し冒険者は安全に森を抜けられる。いや、モンスターがいる時点で安全ではないが……理不尽な難易度ではなくなっただろう。とにかくありがとう。依頼内容と見合わないかもしれないが、こちらが報酬だ」

 

 村長が渡してきた、紐で締められた袋をバージルは受け取る。念のため中身を確認すると、確かに報酬の硬貨と札が入っていた。

 パッと見だが、村長の言う通り初心者殺し、それも特異個体の討伐報酬にしては少ないように思える。しかし、彼は特に気にしなかった。既に、お面屋から魅力的な報酬を受け取っていたのだから。

 魔力を注ぎ込むことで、狼の姿になれる神器。元はボロボロのお面だったのだが、バージルが使ったせいか、そのお面は形を変え、バージルが変化した狼を模したものとなっている。

 バージルは報酬の入った袋を締めると、それを持って村長の家から出ていった。

 

 

「(……森にあった貴重な木材と果実がダメになった被害の補填で、報酬から差し引いたのは黙っておこう)」

 

 早朝に森へ入った村人が報告してきた被害が、バージルの出したものだと思った村長は、そのことを胸にしまったまま、彼を見送った。

 

 

*********************************

 

「――あっ、終わった?」

「あぁ。アクアはどこに?」

 

 外に出ると、入口付近で待っていたクリスが声を掛けてきた。アクアの姿が見えなかったので尋ねると、クリスはピッと前方を指差す。

 

 

「いい? アクシズ教は素晴らしい宗教なの。今の貴方達は子供だからわかんないでしょうけど、大人になると色んなしがらみに苦しめられるの。でもね、アクシズ教に入ったらそんなもの気にする必要はなくなる。いつまでも無邪気な子供のように、自由気侭に生きられるの!」

「でもアクシズきょうは、あたまのおかしい人のあつまりだから、ちかよっちゃいけないし、なっちゃいけませんってお父さんとお母さんが言ってたよ?」

「それはエリス教徒が流した嘘偽りの情報よ。自分達の教徒が増えるようにっていう思惑が透けて見えるわ。大丈夫、安心して。アクシズ教はどんな人も受け入れる。貴方達が大人になっても道を外さないように、わたっ……女神アクア様が導いてくれるの!」

「アクシズきょうとになれば、お姉ちゃんがあたまにつけてるドラゴンみたいにつよくなれるー?」

「勿論よ! ドラゴンどころか、魔王だって挑発かましながらノーダメで倒せる最強の冒険者になれるわ!」

 

 お面を被っている村の子供達に、ブルードラゴンのお面をつけていたアクアが、アクシズ教の素晴らしさを伝えていた。それを見たバージルはため息を吐く。

 

「……随分と言われているようだが?」

「今更注意してもね……それに、やめてって言う勇気もないし」

 

 エリス教徒どころか崇める女神御本人がいるのだが、彼女は止めにいくつもりはないと答え、バージルに向き直る。

 

「そんなことより、アレはどうするの?」

「……アレ?」

「昨日、アタシに無断で借りてった神器」

 

 クリスに言われてようやく思い出したのか、バージルは「あぁ」と声を出すと、前を向いたまま答えた。

 

「アレは少し気に入った。このまま貸してもらう」

「だろうね。何となくそうだろうと思ってた。まぁ君なら悪用はしないだろうし、特別に許可してあげるよ」

 

 これが見ず知らずの者だったらそうはいかないが、使うのはバージルだ。彼なら誤って無くすことも、悪用することもないだろう。

 バージルに神器を使わせることを許可したクリスは、再びアクアに視線を向ける。意外と上手くいってるのか、何人かの子供は熱い視線を向けている。

 

「にしても……こうなるなら、アタシもお面屋さんで何か買えばよかったなぁ」

 

 アクアはいくつかのお面を、バージルは神器である狼のお面を。クリスだけお面を持っていない。

 なら今買いに行けばいいのでは思うだろうが、残念ながらまだ閉店中。おまけに村人曰く、あのお面屋は店主の気分次第で開けているそうだ。

 いつ開くかわからないお店を待つことを、バージルは許さないだろうし、店主に無理言って開けてもらうのも気が進まない。

 また別の機会にここへ訪れ、開いていればその時に買おう。クリスがそう考えた――その時。

 

「……んっ?」

 

 バージルが、彼女の前に何かを差し出してきた。それに気付いたクリスは、差し出してきたバージルの右手にある物を見る。

 彼が見せてきたのは、銀色の猫のお面。クリスは少し驚きながらもそれを手に取る。まさか、と思いながら。

 

「……こ、これって……」

「手伝いの礼だ。貴様にやる」

「えっ!?」

 

 そのまさかのプレゼント。正確には依頼を手伝ったお礼なのだが、これを受けたクリスは驚き、バージルを見る。しかしバージルはそれ以上何も言わず歩き出し、アクアのもとへ。

 

「貴方達なら、将来有望なアクシズ教徒になれること間違いなしだわ! だって私が言うんだもの! 皆、時が経っても忘れないように覚えておいて。村の外に出れるくらいの年齢になったら、まずアルカンレティアっていう街に――」

「布教活動はそこまでだ。さっさと帰るぞ」

「ぐぇふっ!? ちょちょちょっと待ってお兄ちゃん!? ちょっとだけ! ほんの数分だけ待って! もう少しであの子達を落とせそうなの! キラキラした目で私の話を聞いてくれてたもの!」

「一部はな。大多数は、街角で人目も気にせず、大声で意味不明なことを叫ぶイかれた大人を見る子供にしか見えん」

 

 文句を言いながら抵抗するアクアの首根っこを掴んで引きずり、バージルは村の外へ向かっていった。

 その背中を、クリスは彼から貰った猫のお面を抱きしめながら見つめる。

 

「……フフッ」

 

 あのモヤモヤとは正反対の、胸の奥が暖かくなる感覚。それを確かに感じ取っていたクリスは嬉しそうに微笑み、バージルの後を追った。

 

 

*********************************

 

 

「お兄ちゃーん。歩くの疲れたー。おんぶしてー」

「黙って歩け」

 

 村から出て数十分後。行きはスキップスキップランランランで先を行っていたアクアだったが、帰りはその真逆。歩くのが面倒と愚痴をこぼしていた。

 しかしバージルは相手にせず、先頭を歩き続ける。自分より年上の筈なのに、やたら子供地味た態度を見せるアクアを見て、最後尾にいたクリスは苦笑いを浮かべた。

 

「そうだ! お兄ちゃん、またあのワンちゃんになってよ! で、私とクリスが上に乗って、帰り道を疾走するってのはどうっ!?」

「あ、アクアさん……もう諦めて、大人しく歩きましょうよ」

 

 往生際の悪いアクアは、名案を思いついたようにポンと手を叩き、バージルへ提案した。

 しかし、そんなことのためだけにバージルが変身するわけないとわかっていたクリスは、アクアにそう促す。その2人の前で、アクアの案を聞いたバージルは足を止める。

 

「……フム。確かにその方が早いか。いいだろう」

「えぇっ!? いいの!?」

 

 クリスの予想とは反し、バージルはアクアの案に乗ってくれた。

 先程のプレゼントといい今回といい、今日の彼は一体どうしたのかとクリスが思う傍ら、バージルはお面を取り出して顔にはめる。

 

 少し間を置き、彼女等の前でバージルの身体が光ると――あの蒼い狼が再び姿を現した。

 背負っている剣と刀が邪魔だと思ったのか、狼となったバージルは魔力で二つの剣を浮かせると、幻影剣のように両サイドへ配置する。

 バージルが狼になったのを見て目を輝かせていたアクアは、すかさずバージルの背中に跨る。クリスは戸惑っていたが、アクアに急かされたのでおずおずと狼の背に乗った。

 

「わぁー……フサフサ……モフモフ……」

「ほ、ホントですね……毛並みも綺麗……」

 

 バージルのモフモフな毛が触れてご満悦なアクア。クリスも控えめに触って、狼の美しき毛並みを堪能する。

 そんな中、バージルは両手足を光らせる(・・・・・・・・)と、2人にこう告げた。

 

「先に言っておくが、振り落とされても知らんぞ」

「えっ? 今なんっ――!?」

 

 ベオウルフを装着したバージルは強く地面を蹴り、帰り道を駆け出した。

 馬どころか、竜車ですら追うことの叶わないスピード。最初の加速で落とされそうになったが、クリスとアクアは必死にバージルの身体にしがみついていた。

 

「待った待った待った待ったバージル! ストップストップ! 速過ぎるってぇええええー!?」

「これ死ぬヤツ! 落ちたら絶対死ぬヤツぅううううううううっ!?」

「落ちても転がって傷ができるぐらいだ。死にはせん。もっとも、残りの帰り道は自分で歩いてもらうことになるがな」

「「いやぁああああああああっ!?」」

 

 彼女等の泣き叫ぶ声など聞く耳を持たず、バージルは走り続けた。

 

 

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「「……もう、二度と乗りません」」

That's fine(それでいい)

 

 アクセルの街郊外、デビルメイクライ店内。ギリギリだったものの何とか街まで帰ってこれたクリスとアクアは、疲れきった様子で口を揃えた。彼女等をそうさせた本人のバージルは、まるで気にしていないとばかりに本を読んでいる。

 帰りを飛ばしたお陰か、時刻はまだお昼前。少ししたら昼飯でも食いに行くかとバージルが考えていた時。

 

「すんませーん。バージルさんいますかー?」

 

 扉をノックする音と同時に、男の声が聞こえてきた。バージルとクリス、そしてアクアが1番聞き覚えのある声。

 

「……カズマ……?」

 

 隣の屋敷にいる筈の、カズマの声だ。アクアが彼の名前を呟く傍ら、扉に1番近かったクリスが立ち上がり、扉を開ける。玄関前には、いつもの緑マントを身につけたカズマが立っていた。

 

「おっ、クリスもいたのか。んでバージルさんもいて……やっぱアクアはここにいたか。だから下手に探し回らない方がいいって言ったのに……」

 

 アクアに視線を移したカズマは、ため息混じりにそう呟く。対するアクアは、カズマと絶賛喧嘩中なためか、ちょっと不機嫌顔でカズマを見ていた。

 カズマは扉を閉めて中に入り、アクアの前に移動すると、片手で頭を掻きながら話し始めた。

 

「アクアが家出したって言ったら、なんで止めなかったんだってめぐみんとダクネスがうるさくってさ。今も街の中を走り回って探してる」

 

 自分が家出すると言っても止めようとすらしなかったカズマに対し、めぐみんとダクネスはとても心配してくれたようだ。それを聞いてアクアが嬉しく思う傍ら、カズマは言葉を続ける。

 

「このままうるさいのもかなわないしな。だからさっさと戻ってこい」

 

 さっさと屋敷に戻るよう、カズマはアクアへ告げる。しかし、その言葉がアクアには不服だったのか、不機嫌顔のままカズマを睨む。

 それを見たカズマは再びため息を吐くと、ばつが悪そうに話した。

 

「……朝のは悪かったよ。言い過ぎた。そもそも、お前を巻き添えにしたのは俺が原因でもあるしな。すまん。だから戻ってきてください。アクア様……これでいいか?」

 

 最後に小さく笑いかけながら、アクアへ謝る。彼らしい謝罪を聞いたアクアは不機嫌顔から一変、満足そうに笑みを浮かべる。

 

「まったく! カズマったらまったく! 初めからそう言えばいいのに! めぐみんとダクネスもしょうがないわね! 早く2人も探して安心させてやりましょ!」

「いや、2人がこうなったのはお前が家出したからで……まぁいいや。だが、お前は絶対屋敷で待ってろよ? お前も来たら、迷子のご案内が1人増えることになる」

「何言ってんのよ。夜の森ですら真っ直ぐ出入り口に行けた私が、見知った街で迷子になるわけないじゃないの。むしろカズマが迷子になって、ママどこーって泣き喚く姿が目に浮かぶわ」

「16にもなってそんなショタいことするカズマさんじゃねぇよ……っておいっ!? 言った傍から勝手にどこか行こうとするんじゃねぇーっ!?」

 

 デビルメイクライから飛び出し、街の中心へ駆け出していったアクアを、カズマは慌てて追いかけていった。

 扉を開けっ放しのまま行ってしまった2人を見て、クリスは小さく笑う。

 

「カズマさん、ツンデレですね」

「……なんだそれは?」

「貴方みたいな人のことですよ」

「……?」

 

 

*********************************

 

 

 アクアがバージル達と村に行って仕事を手伝った日から、数日後の朝。

 

「くかー……」

 

 屋敷に戻っていたアクアは、暖炉の前にあるソファーの上で寝転がっていた。水色のパジャマのまま、酔いつぶれたおっさんのように寝こける姿はまさに女神。

 心地よい夢でも見てるのか、顔は綻び、だらしなくヨダレを垂らしている。このまま夢から覚めず、至福の時を過ごすものかと思われたが――。

 

「『フリーズ』」

「ひあはぁああああああああっ!?」

 

 ソファーと暖炉の間に立っていたカズマが。彼女の顔に初級魔法の『フリーズ』をかけたことにより、夢の世界から強制ドロップさせられた。

 ヒヤッとした感覚を覚えたアクアは飛び起き、何事かと周りを見渡したところで、内職セットを抱えて横に立っていたカズマに気付く。

 

「このクサレヒキニート! 折角暖炉で暖まってたのに冷やすとかふざけんじゃないわよ! シャワーを使う度に、お湯のつもりで出したら冷水が勢いよく出る呪いをかけられたい!?」

「中々起きない奴を起こすにはこれが手っ取り早いんだよ。それよりも、約束の時間近いのに寝てていいのか?」

「……約束?」

 

 手荒い起こし方をしたカズマにアクアは怒号を発するが、カズマは反省する様子をこれっぽっちも見せず、アクアに言葉を返す。

 約束の時間と聞いて、身体は冷やされたものの脳がまだ目覚めきっていなかったアクアは首を傾げる。

 

「バージルさんとどっか行くんだろ? 早くしないと怒られるぞ」

「……あぁっ!? なんでもっと早く起こしてくれなかったのよ!?」

 

 カズマに言われ、ようやく約束の内容を思い出したアクアはソファーから飛び降り、急いで自室へと向かった。

 昨日、バージルから「お前を連れて行きたいところがある。朝迎えに行くから待っていろ」と言われ、アクアはルンルン気分で明日を待っていたのだが、普段の生活習慣が仇となってしまったようだ。

 しょうがない奴だとカズマは思いながらソファーに座り、いつものように内職を始めた。

 

 

 それからしばらく経った時、この部屋の扉が開き、来客が顔を出した。

 

「……アクアはいるか?」

「あっ、バージルさん。アクアならもうそろそろ来ると思いますよ」

 

 アクアと約束を交わしていた、バージルだ。カズマは、ついさっきまでソファーの上で寝ていたことは伏せ、バージルに話す。

 待ち合わせに間に合わないことは予測できていたのか、彼は「やはりか」とだけ言うと部屋に入り、適当な壁にもたれてアクアを待つ。

 

「――とうっ! ギリギリセーフ!」

「アウトだ駄女神。もうバージルさん来てんぞ」

 

 それから少し間を置いて、同じ扉からアクアが入ってきた。かなり慌てて準備したのか、服は少し乱れており、寝癖も直っていない。

 遅刻したことにバージルは何かしらアクアに突っかかるかとカズマは思ったが、バージルは怒る様子を見せず、アクアに話しかけた。

 

「準備はできたか?」

「あっ、お兄ちゃん! 準備バッチリよ! 特に何も用意しないでいいって言ってたから何も持ってないけど! で、今日はどこに行くの!?」

 

 アクアは親指を立てて答えると、バージルに今日の行き先について尋ねた。

 デート……というよりは、家族旅行気分でウキウキしていたアクアに、バージルは淡々と行き先を話した。

 

 

「以前依頼で行った村から、森の中にアンデッドが湧き出したからどうにかして欲しいと別の依頼が来てな。奴等は羽虫の如く、光る木を中心に群がっているそうだ。十中八九、貴様があの森で魔力を送った木のことだろう」

「……あっ……」

「お前……俺がいないところでもやらかしたのか……」

 

 バージルから話を聞き、冬だというのに汗をタラタラと流すアクア。内職しながらも話を聞いていたカズマは、どこにいても問題児なアクアを見て眉を潜める。

 

「な、なるほど……それで私を連れて行きたいってことだったのね……」

「そういうことだ。自分の不始末は自分で片付けてもらう」

「ハァ……お兄ちゃんと旅行に行けると思って楽しみにしてたのに……まぁいいわ。ならちゃっちゃと片付けに行きましょう!」

 

 期待していたものとはまるで違ったが、元は自分が撒いた種。アクアは拒むことなく引き受ける。

 すると、彼女の返事を受けたバージルは、付け加えるようにこう話した。

 

「それと、今日は他にも依頼が重なっているから急ぎで行く。行き帰りは、村から帰る時にやったあの方法にするぞ」

「……えっ?」

 

 それを聞き、時が止まったように固まるアクア。バージルはアクアから目を逸らさず、ジッと見つめている。

 

 

「……アディオスッ!」

「逃がさん」

 

 瞬間、アクアは扉を開けて部屋から逃げ出したが、バージルは彼女を追いかけるように瞬間移動し、部屋から出た。

 

「いやぁああああああああっ!? もうあれには乗りたくない! もう死ぬ思いはしたくないのぉおおおおおおおおっ!」

「落ちても死なんと言っただろう。それに、今回は落ちても回収してやる。だから安心して乗るといい」

「そういう問題じゃないから!? あれ安心して乗れるものじゃないから!? いやぁああああああああっ!? 行きたくないぃいいいいいいいいっ! 助けてカズマしゃああああああああんっ!?」

 

 バージルに捕まったのか、開けっ放しな扉の向こうからアクアの悲鳴が響く。しかしバージルはものともしていない様子。次第にアクアの声は遠くなり、気付けば彼女の助けを求める叫びも聞こえなくなっていた。

 取り残されたカズマは、屋敷から出て行く2人を窓から確認することもせず、中断していた内職を進める。

 

 

「(あぁ……感謝します女神様……)」

 

 以前アクアが家出した後、あわよくばバージルのもとに行って好感度を上げて欲しいと思っていたカズマは、天から見守るだけでなく、願いを聞き入れてくれた女神エリス様に、心から感謝した。

 




エリス回かと思ったらアクア回だった。
そしてここから今章の最後辺りまでエリス様の出番はないです。メインヒロインとは。

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