「ソードマスターですね! ソードマンの上位職、強力な剣技で立ちふさがる敵を切り裂いていく剣のスペシャリスト! 見たところ、まだ剣は装備していないようですが……四万エリスもあれば一式揃えられますよ!」
まだ興奮が冷めていないのか、受付嬢はグイグイ顔を近付けて話を続ける。
この時彼は、消去法で職業を選んでいた。まず消したのはウィザードやアーチャーのような中衛、後衛の職業。バージルの得意とするスタイルは、自ら敵陣に飛び込んで敵の攻撃をいなしつつ殲滅していく超前衛型。中衛後衛は彼の戦い方に合わなかった。
続けて消したのは戦士、盗賊、ソードマンのような下位職。上位職が選べるなら、わざわざ選ぶメリットなど皆無。
そして残った前衛型の上位職。その中から彼は、一番攻撃に特化していると思われるソードマスターを選んだ。これならば余計なスキルを覚えずに、自分の力を高められるだろう。
「──ハイ! 職業登録完了です! これで貴方は晴れて、ギルド所属の冒険者になることができました! ギルド職員一同、バージル様のお力になれるよう、全力で協力していきます! バージル様に、女神エリス様のご加護があらんことを!」
職業が新たに記された冒険者カードを、受付嬢から受け取る。ギルド内にいた多くの冒険者達がバージルを囲み、ギルド職員全員が頭を下げると同時に、拍手喝采で新たな冒険者を迎え入れた。ファンタジーな世界に転生したら誰もが憧れるシチュエーション。
「ではクエストを受けさせてもらおう。モンスター討伐クエストだ」
しかしバージルにとってはそんなことよりも、少しでも早くモンスターと戦いたかった。この世界に住むモンスターの力──この世界のレベルがいかがなものかを知りたかったのだ。
「早速ですね! かしこまりました! バージル様が現在のレベルで受けられるモンスター討伐クエストは……」
クエスト受注の意を示したバージルの声を聞き、受付嬢はダッシュで掲示板の前へ行き、クエストを探し出す。
いくら高ステータスといえど、彼はまだレベル1。モンスター討伐となれば受けられるクエストは限られてくる。条件に見合うクエストをすぐに見つけた彼女は、掲示板から1枚の紙を引っ剥がし、ダッシュでバージルのもとに戻ってきた。
「では、こちらのクエストはどうでしょうか! 三日間でジャイアントトード3匹の討伐! 三日間以内であれば三匹以上討伐しても問題ありませんし、その分報酬が増えますよ! また、三匹以上討伐したのなら一日目、二日目でクエストクリアの報告ができます! 初めての方にはオススメです!」
ジャイアントトード──四足歩行の巨大な怪物で、こちらから刺激しなければ比較的温厚な部類に入るモンスターだが、繁殖期には人が住む町に近づき、長い舌で家畜や人を丸呑みにし捕食するという。行方不明者が出る事例もある有害なモンスターだと、彼が読んだ本には記されていた。また、その本にジャイアントトードの姿は描かれておらず、特徴だけが書き記されていた。クエストの紙に描かれた絵を見ても、どんなモンスターなのかは判断しきれない。
モンスターの中では下級に分類されているが、この世界のモンスターのレベルを計るのには持って来いかもしれない……が。
「……トードか」
ジャイアントトードの名前を聞くと、何故かバージルは嫌そうな表情を浮かべた。ノリノリで受けるかと思いきやクエスト受注を前に渋るバージルを見て、受付嬢は首を傾げる。
「他のクエストがよろしいですか? しかし、今のバージル様の条件に見合うクエストは、今日はこちらしかご用意できておりませんが……」
「いや、構わん。それで頼む」
これしかないというのであれば仕方ない。バージルは渋々ながらもジャイアントトードのクエストを受けることにした。彼の返答を聞いた受付嬢は、次にクエスト参加人数へ話を進める。
「かしこまりました! では何人で参加なされますか?」
「一人だが?」
「えぇっ!? ソロで行かれるのですか!?」
バージルは何のためらいもなく答えると、受付嬢は口に手を当てて驚いた。彼女だけでなく、周りにいた冒険者達も驚愕している。中には呆れ顔を見せる者もいた。
「オイオイあんちゃん……素質が高いって知って舞い上がる気持ちはわかるけど、そいつは流石に身の程知らずってヤツだぜ?」
「これから装備を固めるつもりだと思うが、初討伐クエストでソロは危険だ。まずは仲間と一緒に行くのがセオリーだぞ」
「なんなら私達のパーティーと一緒に行くー?狩りのお手本ってヤツを優しく教えてあげるよー?」
周りの冒険者達は口を揃えて、ソロでの討伐しに行くのは危険だと忠告する。当然だ。いくら高ステータスで、街の周辺は比較的安全であっても、何が起こるかわからないのが冒険者生活。ステータス診断で高い素質だと言われ、調子に乗ってソロ討伐に挑み、初日で亡くなってしまった冒険者を彼等は何人も見てきたのだ。
期待の新人を死なせたくない。その気持ちを込めて冒険者達はバージルに強く言ったのだが──。
「ソロでいい」
「し、しかしソロは危険で――」
「ソロでいいと言っている。さっさと許可を出せ」
「は、はいぃいいいいっ!」
彼に冒険者達の言葉は一切届かなかった。心配そうに受付嬢も忠告するが、彼女を睨みつけながら冒険者カードを出して命令してきたバージルに怯えて、せっせとクエスト受注の準備を進めた。
「じゅ、準備ができました……壁外へはギルドを出て真っ直ぐ進んだ先です……こ、幸運を祈っております」
「フンッ」
「(や、やっぱりこの人……怖い)」
クエスト受注を終え、冒険者カードを返してもらったバージルは懐にしまう。カウンターから踵を返し、カツカツと足音を立てて出入り口まで歩く。彼の威風堂々たる歩みを見て、思わず道を開けてしまう冒険者達。
「ク、クエストの前に、装備をご購入なさるのをお忘れなくー!」
受付嬢は念のため装備を購入するよう大声で伝えたが、彼は返事をすることなく、黙ってギルドから出て行った。
「……アイツ、どう思う?」
「どうもこうも、ありゃ同じパターンだ。最悪の場合、ジャイアントトードに飲まれちまうだろうよ」
「いや、案外無事に帰ってくるかもよ? ……ジャイアントトードが何匹も出てくるような異変に遭わなければ」
バージルがギルドから立ち去った後、冒険者達は彼の初クエストの行く末を予想する。純粋に心配する者もいれば、先程のダストとの勝負の時と同じように、彼が帰ってくるか否かで賭ける者もいた。
ただ、ここにいる誰もが、討伐クエストをソロで、それもレベル1で挑むのは無謀だと思っていた。彼はきっと、冒険者の世界の厳しさを身を持って体験することになるだろうと。
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街から少し離れた、ひらけた草原地帯。どこまでも続いていそうな緑色の地面に、澄んだ青い空と白い雲が広がる晴れた空。どこを写真で収めても芸術品になりそうな場所にいたのは、青いコートを風でなびかせている銀髪の男──バージル。
クエストを受け、受付嬢に言われた通りギルド正面から真っ直ぐ歩いた先にある門から、この草原フィールドに出た彼は、周りの美しい景色を眺めながら歩いていた。
ギルドを出ようとした時、装備を買うようにと言われたが……彼は攻撃の要となる武器どころか、身を守る防具ひとつ身につけていない。冒険者からすればキックされても文句を言えない地雷行為だが、武器はこの世界に来る前に手にし、今は己の内に隠されている。防具はそもそも身に付ける必要がない。彼は、ずっとこのスタイルで戦ってきたのだから。
「(……ムッ)」
しばらく歩いたところで、彼はピタリと足を止める。歩く先に、彼が探していたクエスト討伐対象モンスター──ジャイアントトードを見つけたからだ。
草原の上に一匹だけポツンと立っている、遠くから見てもわかる巨体。四本の足を地面につけ、喉元を膨らませている怪物。
──超巨大な緑のカエルが。
ジャイアントトードは緑の体色の個体が多く、長い舌を持つ四足歩行の怪物。本で目にした時、バージルはカエルによく似た特徴だと思ってはいた。しかし、まさか外見までソックリそのままだとは思っていなかった。
標的を見つけたバージルは、クエスト受注前と同じように顔をしかめる。いつもの彼なら、笑みを見せてモンスターに突撃するところなのだが、バージルは足を止めて動こうとしない。
「(……まさか本当に
実はこの男──見かけによらず、なんとカエルが苦手だった。
そうなったきっかけは覚えていない。幼少期、葉っぱについていたカエルを観察していたら顔面に飛びついてきた時か、手の中からカエルが飛び出すイタズラをダンテにやられた時か(その後ダンテはダァーイされた)、スパーダにカエルを握らされるドッキリを仕掛けられた時か、食卓でカエルの丸焼きがでてきた時か(母は嬉々として食べていた)……原因は不明だが、とにかく嫌いだった。あの独特の形が、ネッチョリとした感触が、彼には受け付けられなかったのだ。
「(気色悪いが、そうも言ってられん。奴の腹は物理攻撃を吸収すると聞く。ベオウルフの攻撃が効くかどうか……んっ?)」
嫌々ながらも、彼はジャイアントトードと戦うことにする。腕を組み、本で得た情報をもとにどう戦うか考えていると、バージルは見つけたジャイアントトードがこちらを見ていたことに気付いた。
ピョン、ピョンと跳ねながら、ジャイアントトードはバージルにゆっくりと近づいてくる。かなりな巨体のようで、跳ねる度に地面が揺れており、その揺れは次第に大きくなっていく。
ジャイアントトードは、バージルから十歩ほど離れたところまで近づいて動きを止めると、何を考えているかわからないつぶらな瞳でジッと彼を見つめ始める。
次の瞬間、ジャイアントトードは突然口を開け、長い舌を彼に伸ばしてきた。
カエルは長い舌を持ち、それを瞬時に伸ばして狙った獲物を捕食する。
超巨大版であるジャイアントトードも例外ではなく、自慢の長い舌を鞭のようにしならせ、獲物を巻きつけ捕らえて捕食するのだ。ジャイアントトードはいつものように、バージルへ舌を伸ばして巻きつけ、口の中へ放り込むつもりだった。長い舌は、突っ立っているバージルへ真っ直ぐ向かっていく。
が──舌が当たるすんでのところで、彼の姿が消えた。
獲物を捕らえられなかったジャイアントトードは舌を口の中に戻し、キョロキョロと辺りを見回して獲物を探す。
頭上を見上げた時――先程の場所から、いつの間にか空中に移動していた獲物を見つけた。
彼の十八番である『エアトリック』の技の1つ『トリックアップ』で攻撃をかわしつつ、ジャイアントトードの頭上に移動したバージル。彼は敵を睨みながら、己の中に眠る力を呼び出す。
瞬間、彼の両手両足から、上空で世界を照らす太陽に負けず劣らずの眩い光が現れた。同時に、白い光を放つ黒き籠手と具足――
ジャイアントトードが見上げてバージルを視界に入れる傍ら、バージルは空中で体勢を変える。両膝を曲げつつ、ターゲットに足先を向け──。
「──ハァッ!」
相手にめがけて急降下しつつ、破壊力のある蹴り──『流星脚』を、ジャイアントトードの眉間にめがけて放った。ジャイアントトードは舌を出して迎撃しようと思い、口を開こうとしたが間に合わず、眉間にバージルの蹴りが当たる。
下級悪魔ならば一撃で塵と化す強力な技。ジャイアントトードは一発でノックアウトし、その場に仰向けで倒れた。
「チッ……汚らわしい」
華麗に着地した後、バージルは吐き捨てるように呟く。よほどカエルが嫌いなのか、ジャイアントトードに触れた右足を、まるで汚物でも踏んだかのように地面へこすりつけていた。
「……んっ?」
と、その時だった。彼の周りの地面が次々と膨れ上がる。何事かと思い見ていると──そこからボコボコと、何匹ものジャイアントトードが現れた。バージルの周りは、あっという間にジャイアントトード達によって囲まれる。
「(……三匹以上討伐しても構わない、だったか)」
逃げ場などありはしない、大量のジャイアントトードによる包囲網。大抵の駆け出し冒険者ならば絶体絶命のピンチに慌てふためくのだが、バージルは呑気にも討伐報酬のことを考える。それを知ってか知らずか、ジャイアントトード達は一斉にバージルへ舌を伸ばす。
「……気は乗らんが、金のためだ」
何本もの舌が襲いかかってくる中、バージルは独り不敵な笑みを浮かべた。
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「つまらん」
バージルは退屈そうに呟き、ベオウルフを光らせて己の内にしまう。
彼の周りには、一匹、二匹、三匹……何匹ものジャイアントトードが、白い腹を空に向けて転がっていた。
この世界に住むモンスターのレベルを把握する目的もあったのだが……バージルにとってジャイアントトードは弱過ぎた。余裕があった彼は、試しにベオウルフのパンチを、物理攻撃が効きにくい敵の腹に当てたが、結果から言うと効いた。物理『無効』ではなく『吸収』だったため、吸収量にも限度があったのだろう。悪魔を数発で消し去ることもできるベオウルフの攻撃に、下級モンスターが耐えられる筈もなかった。
「……ムッ」
現れたジャイアントトードは全て狩り尽くした……と思いきや、うっかり狩り忘れていたのか敵の運がよかったのか、二匹のジャイアントトードがクルリと起き上がり、バージルから逃げるように遠くへ跳ねていった。この男には絶対に勝てないと、本能で理解したのだろう。
普段なら彼は追いかけて仕留めに行くのだが、相手は苦手なカエル。わざわざ追いかける気にもなれなかったバージルは、逃げ去っていくジャイアントトードに背を向け、来た道を帰った。
その翌日、幸運にも蒼き悪魔から逃れることができた二匹は、蒼き女神を食べようとした際に、仲間の新米冒険者によって狩られることになるのだが、それはまた別のお話。
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「いらっしゃいませー! お食事の方は──あぁっ! 青い人帰ってきた!」
「何っ!?」
バージルは報酬を得るため、ギルドへと戻ってきた。中に入った途端、ギルド職員が彼の姿を見て驚き、冒険者達が席を立ってゾロゾロと集まってくる。
「よかったぜあんちゃん。無事に帰ってこれたみてぇだな」
「って君! 武器も何も身につけていないじゃないか!?」
「どうだ? ジャイアントトードは狩れたか?」
「いや、この様子じゃ1匹も狩れずに戻ってきたって感じだろ。だからソロじゃキツイって忠告してやったのに」
冒険者達は次々とバージルへ言葉を掛けてくる。皆、ソロで行ってしまったバージルの初クエストの行く末が気になり、こうしてギルドで待っていたのだ。バージルと勝負したダストと、そのパーティーメンバーも残っている。
しかし、バージルは冒険者達と話そうともせず、スタスタと奥にあるカウンターへ歩いていく。彼に怖い印象を受けていた受付嬢は、バージルの姿を見た瞬間に思わず背筋をピンと伸ばす。
「クエストを終えてきた。報酬を頼む」
「えっ!? もうですか!?」
カウンターに着くと同時にクエスト達成報告をしてきたバージルに、受付嬢は声を上げて驚く。三匹とはいっても、まだクエストを受注し出て行ってから間もない。初クエストにしてこの仕事の速さには、冒険者達も驚いていた。
冒険者カードには討伐したモンスターの数も記される。狩ってきた証明として、バージルは懐から冒険者カードを取り出し、手渡した。受付嬢は彼からカードを受け取り、討伐数を確認すると──受け入れがたい数字を目の当たりにし、目を見開いて大声を上げた。
「ご──五十匹っ!?」
「ハァッ!?」
あまりにも現実離れした数字を耳にし、冒険者達とギルド職員は仰天する。カードに記された彼のレベルもガンと上がっており、所持スキルポイントも最初期より増えていた。
「う、嘘だろ!? こんな短期間に一人で五十匹も!?」
「ていうか、ジャイアントトードってそんなにいたんだ……」
「い、インチキじゃねぇのか?」
「いやでもカードに偽造はできない筈……」
予想だにしなかった彼の初クエスト結果を知って、ギルド内はまたもやざわつき始める。ほんの一時間も満たずに、これだけの数を、何の武器も防具も無しに、レベル1でやってのけた。あまりにも非現実的過ぎたため、信じきれていない者もいる。
しかし、冒険者カードに偽造は不可なのは周知の事実。彼は本当に、たった一時間で、一人でジャイアントトードを大量に狩ってきたのだ。しかも、傷一つ負っていない。
「いつまで呆けている。報酬を出せ」
「えっ? あっ、し、しかし……報酬金には討伐したモンスターの買取金額も含まれておりまして、も、モンスターの回収をギルドが終えるまでは、お渡しすることができませんが……」
「……チッ」
「(し、舌打ちされた!? やっぱり怖いぃ……)」
歯ごたえががない上に嫌いなカエルと戦ってイライラが募っていたのか、報酬が受け取れないことを聞いて思わず舌打ちする。そこらのガタイのいい強面冒険者より威圧感がある彼と対面していた受付嬢は、恐怖のあまり年甲斐もなく泣きそうになっていた。
周りの冒険者が奇怪な目で見てくるが、バージルは知ったことか言わんばかりにカウンターを離れ、誰とも話すことなくギルドから出て行った。
「……俺、とんでもねぇ奴と喧嘩してたんだな」
「やっべぇ……酒に酔った勢いで色々言っちまったような……忘れたことにしよう! うん!」
「恐ろしい冒険者が現れたな。リーン」
「ホントにそうよ。未だに土木やってる冒険者の男とは大違い」
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ギルドを後にしたバージルは、アクセルの街中を歩いていた。が、何の目的もなくブラブラとふらついているわけではない。彼は、あるものを探していた。
ジャイアントトードとの戦いでは、ベオウルフを使った肉弾戦をしていたが……格闘術は、彼の最も得意な戦法ではない。テメンニグルでベオウルフを手に入れた時も、たまたま手に入った上に使い心地が良かったので、ダンテとの戦いで試しに使ってみただけ。
彼の本領を発揮できる戦法、武器は──剣。その中でも、居合術を主とした刀だ。
悪魔として生きることを決意したあの日以来、彼の左手には常に刀が握られていた。しかし、転生特典としてベオウルフを選んだため、彼の手元に刀はない。その空虚感が、どうにも落ち着かなかった。
ジャイアントトードを大量に狩った報酬は、後に手に入ることが確定している。なので今回は下見として、自分にしっくりくる刀を探すために、アクセルの街にある武具屋を回っていたのだが……どの店にも、片刃で反りのある刀は見つからなかった。店主に尋ねても、刀という名前を聞いて首を傾げていた。もしかしたら、この世界には存在していないのかもしれない。
何件か武具屋を回ったところで、バージルは探し方を変えた。この世界に存在しないのであれば──作らせればいいと。
幸い、この世界にも鍛冶屋という職業は存在している。一から刀を作らせる方向にシフトさせた彼は、立ち寄っていた武具屋の店主に鍛冶屋の場所を尋ねた。
「ひとつ聞きたい。この近辺に鍛冶屋はあるか?」
「鍛冶屋っすか? こっから一番近いのは、この道を真っ直ぐ進んで、川に当たったら左に曲がって、川沿いを進んでったら左手にあるけど……」
「あー、そこはやめときな」
武器商人の話を聞いていた時、横から武器を物色していた男の冒険者が入ってきた。酒場にはいなかった冒険者だったのか、バージルへ気さくに話しかけてくる。
「あそこは頑固ジジイがいるところだ。作るかどうかはワシが決める、なんて言って気に入らない奴には絶対に武器も防具も作ろうとしない。ここらじゃ古株だし、腕は確かだろうけど……お前も門前払いを受けるだけだ。行くだけ無駄だって」
「……ほう」
冒険者は忠告として教えていたが、バージルは逆に興味を抱く。こういう専門職のプロには、変わり者が多い。腕が確かならば、試しに行ってもいいだろう。
「助かった。礼を言う」
「おうっ……ってオイ! そっちはそのジジイがいる方向……って行っちまったよ」
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日が暮れ始めた頃、武具屋から聞いた通りの道を進むバージル。しばらく歩くと、確かに鍛冶屋らしき建物が見えてきた。
草むらが生えた地面の上、白い煉瓦の壁に黒煉瓦の屋根と白い煉瓦で作られた煙突が設置されている建物。建物の周りは木の柵で囲まれており、少し広い庭もある。庭には積み立てられた木材と煉瓦が置いてあった。
入口に立てられた看板には『鍛冶屋ゲイリー』と書かれている。話で聞いた鍛冶屋で間違いないだろう。バージルは無言で門を潜り、建物に歩み寄る。中を覗き込むと、パイプをふかす短い白髪の老人が座っているのを見た。老人はバージルの視線に気づき、目を細めて見返してくる。
「……んんっ? 誰だおめぇ?」
「冒険者だ。武具屋から近くにある鍛冶屋を聞き、ここに来た」
「ほほお。もうこの街じゃワシのトコに来る物好きはおらんと思っとったが……おめぇさん、さては新米だな?」
老人は重い腰を上げ、片手にパイプを持ったままバージルに近寄る。年老いているにしては背筋が伸びているが、それでもバージルの胸元までしか身長はない。
「いかにも、ワシはここで長いこと鍛治屋をやっとる死にぞこない、鍛冶屋のゲイリー・アームズだ。おめぇさん、名は?」
「……バージルだ」
「バージルか。来て早々悪いが、ワシは武器も防具もまともに扱えんへなちょこ新米冒険者に作ってやるつもりはない。立ち去れぃ」
白髪の老人、ゲイリーはバージルの前に仁王立ちし、武器を作る意思はないと吐き捨ててパイプをふかす。しかしバージルは立ち去ろうとする素振りも見せず、無言で懐から冒険者カードを取り出し、ゲイリーに差し出した。
「おんっ? こりゃおめぇの冒険者カードか。見せてもなーんも変わんね……おおんっ!?」
馬鹿にするようにケッと笑うゲイリーだったが、彼の冒険者カードを見るやいなや、ギルドの受付嬢と同じく、細めていた目をカッと見開いた。
「このレベルでこのステータス……いや、それよりもまだ冒険者になって一日も経っていないのにこの討伐数……おめぇ一体……」
低レベルなのに高ステータスだけならまだしも、冒険者になってから日も浅いのに多すぎる討伐数。デタラメな数値を見たゲイリーは、黙って腕を組むバージルを見上げる。
「この街には長いこといるが、おめぇさんみてぇな型破りは見たことがねぇ……気に入った! おめぇさんなら、ワシの作ったモンを授けてやってもいいぜ!」
この男になら、自分の作った武器、防具を預けられる。そう確信したゲイリーは、バージルに冒険者カードを返して告げた。どんな頑固者かと思えば、カードを見ただけで簡単に態度を変えたゲイリーに拍子抜けし、バージルはため息を吐く。
「で、おめぇさん。何を作って欲しくてここに来たんだ?」
「刀、という武器だが」
「カタナ? あー……そういやだいぶ昔に、そんな名前の武器を作ったことがあんなぁ」
「何っ? 本当か?」
ゲイリーにも刀のことを知っているか尋ねると、思いもよらない答えが帰ってきた。てっきりこの世界には存在しないと断定していたバージルは、少し前のめりになりながら聞き返す。
するとゲイリーは、「ちょっと待っとれい」と一言伝えてから、鍛冶場の奥へ移動した。しばらくして、彼は一枚の丸めた大きな紙を持ってバージルのもとに戻り、作業台に紙を広げた。紙を覗き込むと、そこにはバージルのよく知る片刃の剣と鞘――刀の設計図が書き記されていた。
「珍しいモンだったんで、設計図を取っておいたんだが……おめぇさんが作って欲しいカタナってのはコレのことか?」
「あぁ、間違いない。この武器を作ってくれ。できれば切れ味がよく、刃の耐久性が高いものを頼みたい」
自分の知っている刀だと確信したバージルは、ゲイリーに刀を作ってもらうよう、ついでに追加注文をしながら頼んだ。
以前使っていた閻魔刀は、スパーダの──悪魔の力が宿っていたからか、魔帝に負けるまでは絶対に折れることはなかった。ダンテと戦った後でもだ。しかし今回作るのは、悪魔の力が宿っていない普通の刀。使い続ければいずれ折れると見たため、バージルはなるべく折れにくいものをと考えた。
バージルの依頼を聞いたゲイリーは鼻息を鳴らし、自慢げに胸を張って答える。
「舐めてもらっちゃこまるぜ! ワシゃあ何年も鍛冶屋やってんだ。おめぇさんの満足いくカタナを作ってやんよ! ……って張り切りながら鍛冶場に向かいてぇトコだが、生憎コレ作るためには素材が足りねぇな」
「素材だと?」
と思いきや、ゲイリーは申し訳なさそうに今は作れない節を話した。バージルが尋ね返すと、ゲイリーは再び奥へ移り、棚から1枚の小さな紙とペンを取り出し、作業机の前に戻る。
「切れ味も耐久性もいい武器ってなったら……この鉱石素材がこんだけ必要になるぜ」
紙にスラスラと書き記し、ゲイリーはそれをバージルに手渡す。紙には鉱石らしき名前がいくつか書かれており、横には数字が。鉱石の個数だろう。
「この鉱石なら、ギルドの背面側から真っ直ぐ行って出た先の洞窟で取れる筈だ。ギルドからも採取クエストは出てるだろーし、それ受けるついでに行ってくるといい」
「採取クエストか……わかった」
「だが、ひとつ気をつけておけ。洞窟内は低レベルモンスターしかいねぇが……とある場所だけは別だ。洞窟の中には『修羅の洞窟』っつうダンジョンがある。奥に行けば行くほど高レベルのモンスターが出てくるそうだ。しかも途中で抜け出したら、また最初っからのオマケ付き。最深部にゃあ特別指定モンスターが待ち受けているらしい。何人もの低レベル冒険者が痛い目を見てると聞くぜ」
「……そうか」
「(……今このあんちゃん、良い事聞いたって顔しなかったか?)」
修羅の洞窟は危険だと忠告するゲイリーとは裏腹に、バージルは何かを企んでいるような、不敵な笑みを浮かべる。いくらなんでも、流石にこのレベルで修羅の洞窟には行かないだろう。そんな命知らずではない筈だと、彼の企み顔を見たゲイリーは自分に言い聞かせる。
「ではまた後日、ここに素材を持って来る」
「おうっ……っておい兄ちゃん。まさか何にも持たずに採掘行くつもりか?」
「……そのつもりだが?」
早速洞窟に行くためにこの場を立ち去ろうとするバージルだったが、それをゲイリーが呼び止めた。武器も何も持たずに、という意味だと捉えてバージルは平然とした表情で返したのだが、どうやら違ったようだ。
「バカタレィッ! そんなんじゃ採掘できねぇだろうが! ちょっと待ってろ。確かここら辺に……」
ゲイリーは大声でバージルを叱りつけると、どこだどこだと言いながら鍛冶屋内を探し始めた。早く洞窟に行かせてくれと思うバージルだったが、口には出さずに腕を組んで待ち続ける。
「……っと、あったあった! ほれっ! 採掘にはこれを使え!」
探し物が見つかったのか、ゲイリーはバージルのもとに駆け寄り、一本の道具を渡す。それは、金色に輝いた船の錨のような形をしたもの。
「……これは?」
「ピッケルだ! しかも、普通のピッケルより耐久性が高いグレートなモンだ! それがありゃあ採掘できる! このベルトも使いな!」
「……そうか。すまない」
採掘には欠かせない道具、ピッケル。バージルにとってはあまり見慣れない物だったため、珍しげに見ながらもベルトを使ってピッケルを背中に背負う。
ゲイリーへ礼を告げた彼は、見送られる形で鍛冶屋を後にした。空を見ると、日は既に山の中に沈み始め、もうすぐ夜に姿を変えようとしている。
「(採掘など一度もしたことはない……が、何とかなるだろう)」
人生初の採取クエストを受けるために、バージルは足早にギルドへと向かっていった。
オリジナルキャラに加え、オリジナルダンジョン、そしてオリジナルボス……あれ?このすば要素は……?