この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第37話「The Destroyer ~この破壊者に真の破壊者達を!~」

 始まりは、突如街中に鳴り響いた警報音と、受付嬢から告げられた言葉だった。

 

「緊急クエスト! 緊急クエスト! 現在、街に機動要塞デストロイヤーが接近中! 冒険者達は至急、冒険者ギルドに集まってください!」

 

 『機動要塞デストロイヤー』――かつて存在した魔法技術大国『ノイズ』にて、対魔王軍用の兵器として作られた超巨大ゴーレム。

 蜘蛛のような外観のそれは、魔法金属がふんだんに使われているため、小さな城ほどの大きさを持ちながら、規格外の速度で走行が可能。

 更に要塞の胴体部分には自立型ゴーレムが配備されており、乗り込んできた者は戦闘用ゴーレムが、空からの襲撃には中型ゴーレムがバリスタを用いて迎え撃つ。

 おまけに、要塞には常に強力な魔力結界が張られている。故に、魔法攻撃は意味をなさない。ならば物理攻撃だと近付いても、8本の足に巻き込まれ1分と経たずひき肉にされる。

 

 ぶっ壊れもいいとこな性能を持つこのゴーレムは、生み出されたノイズの国にて暴走し、国を滅亡させた。誰も乗り込んだことがないため確証はないが、この要塞を作った開発者が乗っ取ったのではないかと推測されている。

 その要塞は今もなお暴走を続け、ありとあらゆる場所を踏襲し、荒地にしていった。襲われた街は事前に対策を立てて迎え撃っていたのだが、全て無意味と化した。今や「それが通った後はアクシズ教徒以外残らない」「戦いは放棄し、過ぎ去るのを大人しく待って、また街を再建するしかない」と言われている。

 まさしく天災。破壊者(Destroyer)と呼ぶに相応しき存在が――アクセルの街に向かってきていた。

 

 前述の通り、デストロイヤーが迫ってきたら避難して大人しく待つのが定石だが、この街には守るべきものがある。冒険者達は勇気を振り絞ってギルドに集まり、作戦会議を始めた。

 デストロイヤーを止めるためには、まず常備張られている魔力結界をどうにかしなければならない。その対策として最初に挙げられたのは、2人の冒険者――ミツルギとバージル。魔剣を持つミツルギと、魔王軍幹部とソロで倒したバージルならば、結界さえも破れるのではないかと。

 しかし、その場に2人は現れなかった。悲運なことに、どちらも街を出ていたのだ。それを知った冒険者達は再び絶望に包まれる。

 

 だが、まだ希望は絶たれていなかった。希望を示したのは他の誰でもない――カズマとその仲間達だった。

 デストロイヤーの魔力結界を破る候補としてカズマが挙げたのは、仲間のアクア。できるか否かをアクアに尋ねると「やってみなければわからない」と、美しい水のアートを消しながら答えた。

 どのみち失敗しても、何もしなかった場合と同様に街が消えてなくなるのだ。だったらやるだけやってみるしかない。魔力結界の対策を決めたところで、次は本体への攻撃について会議が進む。

 物理攻撃はまず無理なので、魔法攻撃で対処するしかない。しかし、駆け出し冒険者達では一斉に攻撃魔法を放っても火力不足だ。

 

 否――そこにいた。全魔法でダントツの火力を誇る、爆裂魔法を使う頭のおかしい爆裂娘――めぐみんが。

 しかしめぐみんは「もう1人爆裂魔法を使える人がいなければ止められそうにない」と、自信なさげに答える。せめてあと1人いれば……冒険者達が願った時、救世主の如く彼女は現れた。

 街では貧乏店主で有名な、男達の間では夢の中で吸ってもらったり挟んでもらったりとお世話になっている、ウィズだった。

 彼女は昔、高名なアークウィザードだった。そしてカズマ達しか知らないがリッチーのため、魔力量も多かった彼女は、爆裂魔法を放つことができるのだ。

 店の宣伝をする彼女も交えて、作戦会議は進行。そしてカズマ指揮のもと、まずアクアが結界を解除。そしてめぐみんとウィズがすかさず爆裂魔法を放ち、デストロイヤーの足を破壊する作戦を決行することになった。

 

 しばらくして、機動要塞デストロイヤーの姿が見えてきた。正門に移動していたカズマ達は、各々所定の位置に立ち、作戦を実行する。

 結果から言うと――作戦は大成功を収めた。カズマの作戦通り、アクアの『セイクリッド・ブレイクスペル』によってデストロイヤーの結界は解除できた。

 そしてめぐみんとウィズがデストロイヤーの足に狙いを定め、爆裂魔法を撃ち込んだ。デストロイヤーの足は爆裂魔法によって8本とも破壊され、街を守るように立つダクネスの眼前で動きを止めた。

 

 絶対に止められないと言われていた天災を止めることができ、冒険者達は歓喜の渦に巻き込まれる。しかし、彼らを再び絶望に叩き落とすかの如く、地響きと共に要塞からアナウンスが流れた。

 

「この機体は機動を停止しました。排熱、及び機動エネルギーの消費ができません。搭乗員は速やかに機体から離れ、避難してください。繰り返します――」

 

 それを皮切りに、デストロイヤーの黒光りな装甲が下から徐々に赤く染まっていった。色変わりするデストロイヤーを見て誰もが確信する――ボンッてなる、と。

 しかし、誰も成し得なかったデストロイヤーの停止を成し遂げたのだ。冒険者達――主に、街のとある喫茶店にて世話になっている男達は士気を高め、要塞に乗り込んでいった。

 意外と弱かったのか、冒険者達の気合故か、胴体上にいた護衛ゴーレム達をバッタバッタとなぎ倒していき、要塞攻略を進めていく。

 そして、カズマ、アクア、ウィズを含めた特攻隊が、要塞の中心部でミッションを終え、外に出てきた時――。

 

 

 『奴等』は、何の前触れもなく現れた。

 

 

*********************************

 

 

「そ、そんな……あれは……!?」

 

 機動要塞デストロイヤー迎撃作戦に参加していた冒険者の1人であるクリスは、自分達がいる要塞付近と街の間に現れた者達を見て、驚きを隠せずにいた。

 地面の砂が独りでに動き、形成されたことで彼等は現れた。多くは黒のフードを被った骸骨。所々に赤い衣を纏った化物、灰色のフードを被った顔の見えない者もいる。そのどれもが、等身大の鎌を持っていた。

 

「な、なんだありゃあ……?」

「要塞にいたゴーレム……じゃねぇよな。どう見ても。そもそも出てきた場所が要塞の上じゃねぇし」

「野良アンデッドに見えなくもないが……こんな真昼間に現れねぇよなぁ」

 

 ゆっくりと動く未知の存在を見て、冒険者達は困惑し出す。誰もが奴等について何も知らなかった。

 だがクリスは知っている――バージルの記憶を見た、彼女だけは。

 

「(バージルさんの世界にいた悪魔……何故この世界に……!?)」

 

 異世界からの来客。バージルのいた世界の悪魔達(7ヘルズ)が世界を越えてきたのだ。

 しかし、魔界から人間界は可能だとしても、異世界に飛ぶのは到底不可能な筈。なのに彼等はどうやってここへ来たのか。クリスは疑問に思ったが、今は深く考えている場合ではない。悪魔達はこちらに、そして正門に向かってゆっくり歩き出している。

 

「(バージルさんの記憶を見る限り、奴等は純粋に破壊を楽しむ生粋の悪魔……なら、1匹残らず殲滅するのみ!)」

 

 クリスはダガーを引き抜くと、要塞に背を向けて走り出した。誰かの呼び止める声が聞こえた気がしたが、クリスは止まらない。

 彼女の接近に気付いた悪魔(ヘル=プライド)は赤い目を光らせると、手にある鎌を振った。が、その動きはトロい。

 クリスは難なく鎌の攻撃を回避すると背後に回り、鎌を振ってきた悪魔の首をダガーで刎ねる。と、悪魔の身体は途端に砂へ変わり、地面に崩れ落ちた。

 

 悪魔は、手を切られようが首を刎ねられようが心臓を刺されようが、魂へ攻撃が届いていない限り再生する。つまり、魔力の無い単純な物理攻撃ではダメージを与えられない。

 しかしクリスの持つダガーは一味違う。自分(女神エリス)の加護が付いた、対悪魔用の特注品だ。故に、下級悪魔なら一撃で屠ることも可能となる。

 

「消え失せろっ!」

 

 変装しているとはいえ、クリスは女神らしからぬ物騒な言葉を吐きながら、ダガー1本で悪魔を斬り倒していった。その最中で悪魔達は何やら赤い結晶を落としていったが、一々拾っていられないし悪魔の落とし物を拾うつもりもない。

 一方、思わぬ強敵の登場に悪魔達は少し狼狽えたが、破壊を望む彼等が退くことはない。黒フードの悪魔(ヘル=プライド)達はクリスに近づき鎌で襲いかかる。

 彼等の攻撃をかわしつつ反撃を与えながら、クリスは視線を右横へ送る。そこでは、白いフードを被った顔の見えない悪魔(ヘル=スロース)が、ゆっくりとこちらへ近寄っていた。

 姿が違うのと、現在確認できている数が少ないのを見る限り、黒フード達より強敵なのかもしれない。そう見立てていると、白フードは雄叫びを上げ――。

 

 瞬時に、目の前へ移動してきた。

 

「っ! しまっ――!?」

 

 想定外の瞬間移動を見せた白フードは、そのままクリスへ鎌を振り下ろす。と同時に、近くにいた黒フードもクリスへ斬りかかってきた。

 ダガー1本ではとても防ぎきれない。脱出も不可。ダメージは免れないと見たクリスは、せめて白フードを仕留めようと彼にダガーの先端を向ける。

 

 

「――Scum(クズが)

 

 が、その直前に白フードの悪魔は真っ二つに分かれ、砂となって消え失せた。

 同時に、周りにいた黒フード達も消滅し、クリスの足元には砂と赤い結晶が散乱する。クリスはすぐさま顔を上げると、声が聞こえた方を見た。

 

「……バー……ジル……」

「話は後だ。まずは、この雑魚共を片付ける」

 

 悪魔達と同じ世界からきた男、バージル。それ故か、悪魔達が落としていった赤い結晶はもれなくバージルのもとへ吸収されるように消えていった。

 彼はここに来れないものかと思っていたが、きっとテレポート水晶で移動してきたのだろう。そう思いつつ街の正門辺りを見ると、正門前で待機していた冒険者達が、声を大にして盛り上がっていた。

 

「キタ! 蒼白のソードマスターキタ! これで勝つる!」

「おまけに、アイツとよく一緒にいたスタイルのいい紅魔族の嬢ちゃんもいるぞ!」

「そして街の切り札! 我らがミツルギさんだ! 何かよくわからねぇ敵が出てきたが、ミツルギさんがいれば何も怖くねぇ!」

「みなさーん! アイツ等は私達のキョウヤがなんとかしてくれるから、街の中に避難してくださーい!」

「ほら早く早くっ! 下手に手を出そうとしないで!」

 

 それに、デストロイヤーへ乗り込んでいた冒険者達だろうか。見覚えのある赤髪の女性と緑髪の女性2人に誘導されながら、悪魔達と接触しないよう大きく迂回して街の正門へ戻っていた。

 

「くっ……このモンスター達、動きは遅いけど狙いは正確……気を抜いたら一瞬で殺される……!」

「ここは僕達に任せて! 早く街へ逃げるんだ!」

「す、すまねぇミツルギさん! それと紅魔族の女の子も!」

 

 また、運悪く悪魔達の出現場所に近かった者達は、バージルの生徒ゆんゆん、カズマと同じ異世界転生者のミツルギによって助けられていた。

 バージルと同時に現れたのを見ると、一緒に行動していたのだろうか。ともかく、これならば悪魔達にも容易に対抗できる。

 

「ッ!」

 

 とその時、背後から殺気を感じたクリスは咄嗟に振り返る。

 そこにいたのは、先程倒した黒フードや白フードよりも大きな身体と鎌を持った、死神と呼ぶに相応しき様相の、黒い布を纏った悪魔(ヘル=バンガード)

 彼は甲高い笑い声を上げながら、クリスへ鎌を振り下ろさんと両腕を動かす。

 

「無駄だ」

 

 瞬間、後ろからクリスの頭上、顔横、胴体スレスレの場所を通りつつ、悪魔に向けて8本の浅葱色の剣(急襲幻影剣)が飛んでいった。

 それらは悪魔の身体を容易く貫き、狼狽えさせる。気付けば、後ろにいた筈のバージルは既にクリスの前へ。邪魔になると思ったクリスは、後方へ跳んで距離を置く。

 

「貴様等は既に見飽きた」

 

 バージルの姿を見た悪魔は、声を上げながら鎌を振り下ろす――が、バージルは刀で容易く弾いた。悪魔はめげずにもう一度鎌を振るが、バージルは弾かず横に回避(サイドロール)する。

 そして、既に鞘へ刀を納めていた彼は背中の剣を抜き、悪魔に向かって突き(スティンガー)を繰り出した。余程のダメージだったのか、悪魔は後ろに倒れこむように消えると別の場所へ瞬間移動し、バージルと距離を取った。

 

「まだ、この世界にいるカエルの方が楽しめる」

 

 バージルは剣を背に戻し、再度悪魔と向き合う。流石はこの悪魔達と同じ世界出身というべきか、敵の動きを熟知しているかのように対処し、攻撃を与えている。

 彼に任せておけば、あの図体のでかい悪魔も難なく倒せるだろう――だが。

 

「スタイリッシュに戦うのはいいけどさ! 巻き込まれるアタシの気持ちを考えてよ!? さっきの剣すっごく怖かったんだけど!? 数センチ横を通っていったんだけど!? 下手したら何本かアタシにブスリだったよ!?」

「結果、当たらなかったのだから問題なかろう」

「そこ! 君のそういうとこ! 何でもかんでも結果オーライで済ませちゃうのは良くないと思うなぁ!?」

「……口答えする暇があったら、そこに転がっているゴミを掃除しておけ」

「ねぇ今すっごく鬱陶しそうな顔しなかった!? 明らかに鬱陶しそうに顔歪めたよね!? あっ、ちょっと!?」

 

 クリスはやんややんやとバージルに文句をぶつけたが、彼はクリスを無視して悪魔との戦いを再開させた。結局、こちらから諦めることになった彼女は、苛立ちながらもバージルに背を向ける。

 ミツルギやゆんゆんも加勢しているからか、うまい具合に敵がバラけているようだ。今自分に向かってきている数も5体と、それほど多くない。

 狙いを1番近くにいた黒フードに定めたクリスは、ダガーを握り締めて標的に飛びかかる――とその時。

 

「食らいなさい!『女神流星脚(ゴッドスターフォール)』!」

「うわっ!?」

 

 自分の獲物を横取りされるが如く、目の前にいた悪魔は横から飛んできた勢いのあるキックで頭蓋骨、そして身体を粉砕された。

 『女神流星脚(ゴッドスターフォール)』――女神の聖なる力を込めた流星の如き蹴り。相手は死ぬ。悪魔は当然死ぬ。

 そんな神技を披露しながら、どこからともなく飛んできたのは――クリスもといエリスの先輩、アクアだった。

 

「なによ、どいつもこいつも魔力のちっちゃい下級悪魔ばっかじゃない! 私が本気を出すまでもないわ。拳と蹴りだけで相手してあげる!」

 

 アクアはこれでもかとばかりに悪魔達を貶すとファインティングポーズを取り、相手を誘うようにシュッシュと口で言いながら拳を振る。

 彼女の挑発が頭にきたのか、クリスと違って女神の力を隠していないからか、悪魔達はクリスに目もくれることなく、アクアへと襲いかかった。

 

「そんな止まって見える速さじゃ当たらないわよ! それともこれで精一杯かしら? プークスクス!」

「……ア、アクア先輩……」

 

 嘲笑を交えつつ悪魔達の攻撃を避け、宣言した通り拳と蹴りだけで応戦するアクアを見て、取り残されたクリスは苦笑いを浮かべることしかできなかった。

 

 

*********************************

 

 

「ウィズ、まだ疲れているのなら肩を貸すぞ?」

「いえ、大丈夫です……お気遣いありがとうございます。ダクネスさん」

 

 要塞から離れつつ移動するのは、やや疲れた表情を見せるウィズと、彼女を心配そうに見つめるダクネス。

 機動要塞デストロイヤーの自爆を阻止すべく中心部に行き、ウィズがデストロイヤーのコアとなっていたコロナタイトを『ランダムテレポート』でどこかに転送した。もし人がいる場所に出たらと思うと不安だが、その行方は自分の運、そして全責任を負うと豪語してくれたカズマの運を信じるしかない。

 

 その後、彼女等は要塞から出たのだが……未だ、デストロイヤーの動作は止まらず。自爆は防げたものの、コロナタイトを飛ばすまでに内部へ溜まった熱が、爆裂魔法を与えた際にできた傷から外に放出されようとしていた。止める方法は1つ。デストロイヤーを木っ端微塵にするしかない。

 ウィズは再度爆裂魔法を使うため、冒険者達に魔力を分けてもらうよう頼もうとしたが、彼女が『ドレインンタッチ』を使えるリッチーだとバレてしまうのを危惧したカズマが止めてきた。

 そして彼は、ウィズではなくめぐみんの爆裂魔法でデストロイヤーを破壊させることを提案。なので、急いでめぐみんの元に向かおうとしたのだが……いつの間にやら、見たこともないモンスター達が進路を阻んでいた。

 モンスターを見たアクアは「悪魔だ」と言って独り飛び出していった。自分達も直進すべきかと迷ったが、そんな時彼らのもとに2人の女性――いつどきか会った、魔剣の人の取り巻きが現れた。

 彼女等は「アイツ等のことはキョウヤに任せて!」と言い、冒険者達を誘導してくれた。よく見るとモンスターに紛れて、作戦会議では姿を見せなかったバージル、ミツルギ、ゆんゆんの3人が交戦していた。

 謎のモンスター達だが、彼等なら大丈夫だろう。そう信じ、冒険者達はモンスター達と鉢合わないよう、少し遠回りする形で移動する。そしてダクネスとウィズが最後尾を歩く形で、正門に向かって歩いていた。

 

「しかし、奴等は一体何者だ? 見た目はアンデッドのようだが違うのか?」

「はい……アクア様の言ってた通り、彼等は悪魔です。私の知っている悪魔とは、微妙に魔力の質が違うようにも思えますが……」

 

 早く走れないウィズに速度を合わせて移動しながら、ダクネスは未知のモンスター達――悪魔を見る。バージル達に気を取られているからか、彼等は誰ひとり正門へ向かおうとしない。

 既に避難した冒険者達が、正門前で声援を送って観戦しているのを見る限り、街への被害はまだないようだ。現状を確認しながら、ダクネスは足を進める。

 だが――遅れ気味の者を逃がすほど、彼等は甘くなかったようだ。

 

「ッ!」

「……ウィズ、下がっていてくれ」

 

 自分たちの進路を阻むように現れたのは、鎌を手にし、砂のように濃い黄色のフードを被った骸骨(ヘル=グラトニー)が2体。

 敵を見たダクネスは、ウィズを守るように前へ立ち、剣を抜いて悪魔と対峙する。鎌を武器とする者を相手にしたことは少ないが、それでもどうにかウィズを守りつつ、戦うしかない。

 ダクネスは剣を強く握り、敵を睨む。すると悪魔2体は、深呼吸するように大きく息を吸い始め――。

 

 ダクネスに向かって、勢いのある砂ブレスを同時に放った。

 

「ぐっ……!?」

「ダ、ダクネスさん!」

 

 悪魔2体の攻撃を真正面から食らったダクネスを見て、ウィズは悲痛な声を上げる。

 ただの砂ブレスといって侮ることなかれ。悪魔が放つそれは、人間がまともに受ければ胴体が消し飛ぶほどの威力を誇る。

 仕留めたと確信したのか、悪魔達は追撃を狙うことなく、巻き上げられた砂が晴れるのを待つ。

 

 

 ――しかし、ただのクルセイダーといって侮ることなかれ。

 

「……なるほど……鎌でじっくり痛めつけるのかと思いきや、同時に砂攻めときたか……」

 

 攻撃を捨て、防御にステータス全振りしていたダクネスは、悪魔2体の攻撃を受けてもなお身体を保っていた。鎧はボロボロになっていたが。

 そしてあろうことか、彼女は抜いていた剣を鞘に戻し、悪魔達をその両眼で捉える。

 

「アクアの言うとおり、本当に悪魔のようだな……イイッ! イイぞお前達ッ!」

 

 彼女の顔は、悦びで綻んでいた。予想していた展開と違うのか、2体の悪魔はお互い顔を合わせる。

 

「さぁどうした!? 私はまだまだやれるぞ! 私を倒す気で、どんどんどんどん撃ってこい! 喜んで受け止めてやろう!」

 

 それとは真逆に、ダクネスは砂ブレスウェルカムとばかりに両腕を広げ、悪魔を誘う。その、悪魔よりも狂気じみたダクネスを見て、悪魔達は思わずたじろぐ。

 

 ――とその時。

 

「ハァッ!」

 

 突如声が聞こえたかと思いきや、1人の男が飛び出してきた。彼は固まっていた悪魔達に向かって飛びかかると、手にある大剣で1体を縦に両断し、続けざまにもう1体を横に斬った。

 斬られた悪魔達は一撃で仕留められ、砂となって崩れ去った。彼等が落としていった赤い結晶は、男が持つ大剣に吸い込まれるように消えていく。悪魔達を倒した男は大剣を背中に負い、ダクネスとウィズに声をかけた。

 

「すまない。僕がもっと早く行けば、君が盾にならず済んだのに……だけどここからは安心してくれ。僕が君達を守りつつ、正門まで案内するよ」

『あー……ミツルギ……そいつは助けなくてもよかった気が……』

 

 いつどきか街で会った男、ミツルギだ。彼は2人を安心させるように、爽やかな笑みを見せる。イケメンに弱い一般女性なら、たったこれだけでも恋に落ちてしまいそうな白馬の王子様パターン。

 

 しかし残念ながら彼女は、一般女性などという枠組みには当てはまらない。

 

「貴様は……貴様は本当にっ! 本当に殴り倒したくなる男だな!」

「えぇっ!?」

『ほーれ見たことか……それよりもウィズ! 久しぶりだな! 魔王様の城で覗かせてもらった時以来か!? まさかこんなところで会うなんてよぉ!』

「あ、あの大剣の見た目と魔力……どこかで覚えが……それに、どうしてあの剣を見ていると不快感を覚えるのでしょうか……?」

 

 悪魔からの砂ブレス攻めを奪ったミツルギに、ダクネスは怒りをぶつけた。そんな彼女の後方では、ウィズが何やら思い出そうとしている。

 

「い、いや、あの……僕はただ助けただけで――」

「誰が助けてくれと頼んだ!? 奴等は私1人で十分だった! というか私1人で相手したかった! それなのに貴様はっ! 私の獲物を横取りしやがって!」

『おっとどうしたウィズ? 俺のこと忘れちまったのか? そんな不快だなんて、いつからツンデレキャラになったんだよ?』

「よ、横取りだなんてそんな――」

「言い訳無用! 貴様、その空気の読めなさでよく今まで生きてこられたな!? 私達を仲間に誘った時もそうだ! こっちはお断りムードだというのに、自ら引き下がろうとせず無理矢理勝負で決めようとしただろう!?」

『いや待てよ? ツンデレなウィズもありか……パンツを覗いたところで、この変態と足蹴にされる……おほぅ! やべぇちょっと興奮してきたぜオイ!』

「……あの……」

「あの時から私は、貴様を心底軽蔑した! グーで殴りたくなるような男だと! 私がだぞ!? 私が自ら痛めつけたいと思ったんだぞ!? それほどまでに貴様は空気の読めない男なんだ!」

『おいミツルギ! ちょっくらウィズのところに行って、さり気なくパンツを覗いてくれ! あの赤い結晶のせいかもしれねぇけど、興奮がおさまんねぇんだ! えっ? 流石に無理? お前のイケメンフェイスがあれば大丈夫だって! あっごめーん身体全体が滑ったーでなんとかいける!』

 

 まくし立てるように、ダクネスはミツルギへ説教を続ける。仕舞いには、ミツルギは俯いて黙り込み――。

 

「カズマを見習え! 奴は私の心を察し、最高のタイミングで、更に要望よりもクオリティの高い攻めをしてくれるんだ! 変わった名前といい顔立ちといい、どこかカズマと似たところはあるが、カズマと貴様では月とレタスだ! 当然、カズマが月で貴様がレタスだからな! いや! 貴様はレタス以下だ!」

『いいか? さり気なくだぞ? わざと過ぎると流石のお前でも狙ってやったと思われる。まずウィズの怪我を心配するように近付き、うまい具合にこけながら顔を上に向け――!』

「あぁああああああああああああああああっ!」

『おぼふっ!?』

「「っ!?」」

 

 耐え切れなくなったところで、ミツルギは怒りをぶつけるが如く大剣を地面に叩きつけ始めた。

 

『ちょっ!? やめっ!? 痛い痛いっ!? なんでそんな怒ってんの痛い!? 待てって痛っ!? 折れる! ペキンと折れるって!?」

「うるさいなぁああああああああもぉおおおおおおおおおおおおっ!」

「「……うわっ……」」

 

 敵もいないのに、一心不乱に剣を地面に叩きつけるミツルギの姿は、まさに狂人(頭のおかしい人)

 トチ狂ったミツルギを目の前で見ていたダクネスとウィズは、思わず彼から1歩引き下がっていた。

 

 

*********************************

 

 

「『ライト・オブ・セイバー』!」

 

 その頃一方、ゆんゆんは手刀の先から光の剣を出し、向かってきた黒フードの敵(ヘル=プライド)を切り裂く。胴体を斬られた敵は砂となり、サラサラと地面に落ちる。

 バージルの刀、ミツルギの魔剣と違い、自身の無属性の短剣では太刀打ちできなかった彼女は、魔法を中心に敵と戦っていた。

 周りにいた敵を倒しきったゆんゆんは、荒れていた息を整え、周りの状況を確認する。バージル達がまだ戦闘を続けている中、それとは別のところで黒フードの骸骨(ヘル=プライド)がまたも数匹出現した。

 

「次から次へと……っ!」

「ゆんゆーん! ゆんゆーん!」

「っ!」

 

 しつこい彼等を見て顔を歪ませていた時、横から聞き覚えのある自分を呼ぶ声が。ゆんゆんは敵から目を離し、そちらを見る。

 

「ゆんゆん! 丁度良いところに来てくれましたね!」

「お嬢ちゃん超つぇえじゃねぇか! 流石、あのソードマスターにくっついて回っているだけのことはあるな!」

 

 こちらに駆け寄ってきたのは、若干ぐったりとした表情のめぐみんと、彼女を背負うモヒカンにヒゲに半裸に肩当て&サスペンダーという世紀末風な男だった。

 

「こ、こんな危機迫った状況で、めぐみんをどこに連れ去ろうとしてるんですか!? 返答次第じゃ容赦しませんよ!?」

「うおうっ!? ちょっと待ってくれお嬢ちゃん! なんか勘違いしてないか!?」

「ゆんゆん!? 落ち着いてください! この人は敵じゃありませんよ!?」

 

 弱っためぐみんを拐う悪漢にしか見えなかったゆんゆんは、腰元から短剣を抜き、世紀末な男に剣先を向ける。

 男とめぐみんが何やら言っているが、聞こえていなかったゆんゆんは赤い瞳を光らせ、ゆっくり近付き始める。

 

 とその時――彼女等の傍に赤い化物(ヘル=ラスト)と、丸くて大きな禍々しいモノを担いだ化物(ヘル=レイス)が現れた。

 

「っ!」

 

 それを見たゆんゆんは、咄嗟に短剣を赤い化物(ヘル=ラスト)に投げ飛ばす。が、それは相手に見切られたようで、化物は手に持った鎌で弾く。

 防がれた短剣は化物の頭上へ飛ばされ宙を舞う――その先には、まるで短剣が弾かれることすら予期していたかのように、飛び上がっていたゆんゆんが。

 

「甘い!」

 

 ゆんゆんは空中で縦に回転すると、その勢いで宙を舞っていた短剣の底にかかと落としを当てる。一気に速度を上げ、剣先を下に向けて落下する短剣は見上げていた化物の額に突き刺さり、化物は地面に仰向けで倒れる。

 重力に従って落下する中、ゆんゆんは『ライト・オブ・セイバー』を発動。光の剣を下に向けると、そのまま化物の喉元に突き刺す。そして、左手で短剣を引き抜きつつ光の剣で化物の頭を切り離した。

 ゆんゆんはそこで一度立ち上がると、めぐみんと男の傍に移動しつつ、もう1体の悪魔に開いた右手をかざして『幻影剣』を飛ばす。

 幻影剣が化物の身体、丸いモノに次々と刺さっていく中、丸いモノは次第に赤く染まっていき――爆弾だったそれは、大きな爆発を起こした。

 

「『ウインドカーテン』!」

 

 しかしそれもわかっていたのか、ゆんゆんは右手をかざしたまま風のバリアを作り、爆風からめぐみんと男を守った。

 煙が晴れた時、既に爆弾を抱えていた化物の姿はなく、爆発で少しえぐられた地面と砂、血のように赤い結晶しか残っていなかった。

 爆弾の敵(ヘル=レイス)を倒したゆんゆんは、そこで一息吐く――ことはせず、後ろを振り返って右手を伸ばす。

 

「『ライトニング』」

 

 指をパチンと鳴らし、まだ生きていた赤い化物(ヘル=ラスト)に雷を落とした。トドメの一撃を受けて息絶えた化物は砂となって消え、その場に赤い結晶を残す。

 

「「……おぉー……」」

 

 やたらスタイリッシュなゆんゆんを見た2人は、思わず感嘆の声を漏らす。

 ゆんゆんはそこでようやく息を吐く――と、先程の続きだとばかりに再び男へ短剣を向けた。

 

「だ、だから落ち着いてください! 確かに見た目は怪しいかもしれませんが、動けない私をおぶってくれた良い人なんです!」

「……えっ? そ、そうなの?」

「さっきからそう言っているでしょう! ハァ……全く、その早とちり癖は相変わらずですね」

 

 ようやく勘違いだと気付いたゆんゆんを見て、めぐみんは呆れるようにため息を吐く。が、すぐに表情を切り替えると、鬼気迫る勢いで言葉を続けた。

 

「それよりもゆんゆん! 今は急を要します! 貴方に私達の護衛をお願いしたいのです!」

「護衛って……どこに行くつもりなのよ?」

「カズマのところです! あのデストロイヤーを見てください! 私の見立てだと、あのままではデストロイヤーがボンってなります! だからその前に、私の爆裂魔法でデストロイヤーを消し飛ばさなければなりません!」

「えぇっ!? で、でもめぐみん、その姿……多分もう爆裂魔法は使った後で、魔力はスッカラカンなんじゃ……?」

 

 爆裂魔法を使った後のめぐみんは決まって魔力切れを起こし、誰かにおぶってもらわなければ動けなくなる。丁度今のように。そう思いながらゆんゆんは尋ねたが、めぐみんは止まらないようで。

 

「その為のカズマです! 説明している暇はありません! 早く行きますよ! さっきの爆弾モンスターを見て、私の爆裂欲が更に掻き立てられました!」

「……わ、わかったわ!」

 

 ただ爆裂魔法をデストロイヤーに撃ち込みたいだけなのではと頭に過ぎったが、めぐみんに頼られている今の状況が嬉しかったゆんゆんは、彼女の頼みを聞き入れた。

 

「すまねぇなお嬢ちゃん。俺は冒険者でもない、ただの機織(きしょく)人だから戦闘はてんでダメでよ……おっと申し遅れた。俺の名前はポチョムキン4世だ。頼りにしてるぜ!」

「は、はいっ! 頑張りま……えっ? 今、ただのなんて言いました?」

「フフフ……待っていてくださいデストロイヤー! 今こそ我が爆裂魔法で消し炭にしてやりましょう!」

 

 独特なネーミングを持つ3人は正門側から離れ、カズマのいる場所に向かって走り出した。

 

 

********************************

 

 

「一撃必殺!『ゴッドブロー』!」

 

 その頃一方、デストロイヤーの結界を破った時といい、珍しくまともに活躍できているアクアは、神の力を宿りし聖なるグーで悪魔を殴る。

 流石は女神というべきか、殴られ蹴られた悪魔は全て一撃で砂と化し、彼女が通る場所にいた悪魔は殲滅されていった。周辺の悪魔を倒しきったアクアは息を吐く。

 

「ふぅ……しっかし、キリがないわねぇ」

 

 が、倒せど倒せど彼等は別の場所に現れる――複数人で相手しているというのに、未だ終わりが見えてこない。

 いいストレス解消にはなっているが、こうも同じ状況が続くとうんざりしてしまう。飽き性な面もある彼女となれば尚更だ。

 こうなったらいっそ『退魔魔法(セイクリッド・ハイネス・エクソシズム)』で一気に終わらせてしまおうか。そう考えた時――。

 

「『ドレインタッチ』」

「はぁああああああああひゃああああああああっ!?」

 

 唐突に背後から魔力を吸われ、背筋がひゅんとする感覚を覚えたアクアは悲鳴を上げた。既視感があるこの状況。アクアはすかさず振り返り、魔力を吸った犯人に怒号を発す。

 

「ちょっとカズマ! 私は今、女神らしく仕事してんのよ!? 他人の仕事を邪魔するとか、どんだけヒキニートっぷりに磨きがかかってんのよ!?」

「こちとら魔力失調だったんだ。ちょっとぐらい寄越せ」

「だったらアンタもちょっとは協力しなさいよ! 何度倒しても湧いてきて困ってんの!」

 

 罪悪感を微塵も感じていないカズマに、アクアは怒鳴り散らしながらも打開策を求める。対してカズマは断ろうとせず、腕を組んで考える素振りを見せる。

 

「ぶっちゃけそれどころじゃないんだが……いいかアクア、こういうのは大抵2パターンに分かれる。1つは無限湧き。もう1つは誰かが召喚しているか、だ」

「召喚?」

「あぁ。そいつを倒さない限り、敵は出現(ポップ)し続ける。セオリー通りなら、召喚してる奴が近くにいる筈なんだが……」

 

 カズマはそう言って、召喚士を探すように辺りを見渡し始める。説明を聞いていたアクアも、カズマに習って周りを確認する。

 とその時、1体の敵が彼等の目に止まった。それは、身体よりも大きな棺桶を抱き枕の如く抱えている悪魔(ヘル=グリード)

 悪魔はブンと棺桶を回すと、地面へ突き立てるように置く。すると、伸び出た棺桶の先から何やら叫びを上げているような顔が写った煙がにゅるりと飛び出し、宙をゆっくりと舞い始めた。

 しばらくして、その煙はカズマ達から離れた場所に行き、ゆらりと地面に落ちる――瞬間、そこから黒いフードの悪魔(ヘル=プライド)が出現した。

 

「「アイツだぁああああああああああああああああっ!」」

 

 悪魔を召喚している敵を見つけた2人は、彼を指差しながら思わず大声を上げた。

 

「アクア! あの棺桶野郎だ!」

「OK! まずはあの鬱陶しそうな棺桶からぶっ壊してやるわ!」

 

 アクアはすかさず棺桶の悪魔(ヘル=グリード)目掛けて駆け出し、右手に力を込める。彼女が近付いていると気付かない悪魔は、未だ棺桶を立てたまま。

 

「必殺のぉおおおおっ!『ゴッドブロー』ぉおおおおおおおおっ!」

 

 そして、気合のこもった『ゴッドブロー』を棺桶にぶち当てた。

 女神の力が宿っている上に、素のステータスでも筋力が高い彼女の『ゴッドブロー』に耐えられる筈もなく、棺桶にはたちまちヒビが入り、跡形もなく砕け散った。棺桶を失った悪魔は後ろによろめき棒立ち状態になる。

 

「よっしゃ! いいぞアクア! その調子で本体も……アクア?」

 

 珍しく活躍できているアクアをおだてつつ、カズマは指示を出す……が、アクアは何故かそこで動かなくなった。

 アクアは突き出した右手を引っ込め、左手で覆う。僅かながら、何かを我慢するように身体が震えている。それを見て察したカズマは、アクアの隣に寄って声を掛けた。

 

「……痛かったんだな」

「……『ヒール』」

 

 下唇を噛み、涙ぐんでいたアクアは小さな声で唱え、赤くなった右手を治癒した。

 それを見たカズマはため息を吐きつつ、腰元の短剣を引き抜き、未だ棒立ち状態の悪魔に近寄る。

 

「そんじゃ、トドメは俺が刺しちまうか……どんだけ経験値が入るんだろうなぁ……」

 

 彼等は突然この場に現れた。ゲーム的に言えば乱入してきたレアキャラだ。アクアの言う通り、種族が悪魔ならば経験値にも期待できる。

 アクアの獲物を横取りする形になるが、彼は全く気にしない。悪い笑みを浮かべながら無防備の悪魔に近寄る――と、敵がこちらに視線を合わせてきた。

 

 次の瞬間、悪魔(ヘル=グリード)はカズマに飛びかかり、抱きつき攻撃(だいしゅきホールド)を繰り出してきた。

 

「おわぁああああああああはぁあああああああああっ!? アクア様ッ! アクア様ぁあああああああああっ!?」

 

 これが美少女悪魔ならバッチコイだったのだが、こんな見た目からしてホラーな相手に抱き着かれて喜ぶ者など、特異すぎる性癖を持った変態しかいない。

 それに部類されないカズマは悲鳴を上げ、アクアに助けを求めた。その傍ら、抱きついてきた悪魔は赤い目を光らせ、捕食するためか口をかぱっと開ける。

 

「せいっ」

 

 が、いつの間にか悪魔の背後に回っていたアクアが、左手で悪魔に聖なるチョップを食らわせ、瞬時に消滅させた。

 悪魔の束縛から逃れたカズマは、腰が抜けたのかその場にヘタリと座り込む。被った砂を払うように頭を振り、口の中に入った砂をペッペッと吐いていると、アクアが目の前に屈み込んで話しかけてきた。

 

「相手は姑息な悪魔なのよ? 武器を壊したぐらいで簡単に殺せるわけないじゃないの。ゴーレムの頭をスティールした時といい、コロナタイトをスティールした時といい今回といい、カズマって賢そうに見えてやっぱりバカなの?」

「……ホントすみません」

 

 棺桶パンチで手を痛めたお前に言われたくないと思ったが、言い返せなかったカズマは素直に謝る。そんな時、正門側から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「カズマー! アクアー!」

「あれは……めぐみんに機織人のおじさんと……ゆんゆん?」

 

 見た目からは考えられない職業を持つおじさんに背負われためぐみんと、一緒に走ってきているゆんゆんだった。

 彼女等がこちらに駆け寄るな否や、めぐみんは興奮しているのか目を赤く光らせ、まくし立てるようにカズマへ告げた。

 

「カズマ! 早く私に『ドレインタッチ』で魔力を送ってください! デストロイヤーを爆裂魔法で破壊します!」

「ナイスタイミングだ。俺もそうするつもりで、めぐみんのところに行こうとしてたんだ。アクア、悪いけどもう1回魔力を分けてもらえないか?」

「ったく、しょうがないわねー」

 

 抜けた腰がようやく戻ったカズマは地面に手をつけながら立ち上がり、アクアに頼む。彼女は渋々ながらもそれを許諾。

 周りに悪魔がいないのを確認してから、カズマはアクア、めぐみんの首筋に手を当て、アクアからめぐみんへ魔力を流していった。

 

 

********************************

 

 

「……悪ガキ共が……」

「止めないの?」

「言って聞くような奴等でないことは、貴様もよく知っているだろう」

「アハハ……そうだね」

 

 悪魔(ヘル=バンガード)を相手にしながら、バージルとクリスは好き勝手に暴れる問題児達を見て言葉を交わす。周りの悪魔は狩り尽くし、残るはこの死神のような悪魔(ヘル=バンガード)のみ。

 すると、相対する悪魔は突如姿を消した。そして束の間、2人の足元に空間の歪みが生まれ――そこから姿を消した悪魔が、鎌を振りつつ飛び出した。

 

「おっと!」

 

 が、それを読んでいた2人は悪魔の攻撃を後ろへ飛んで回避する。攻撃をかわされた悪魔は再び姿を消し、今度はクリスの横から鎌を振り回しつ現れる。

 素早い瞬間移動だったが、クリスとバージルは二度目の攻撃も難なく横へ回避。そして悪魔は、彼等の背後に姿を現す。それに気付いていた2人は咄嗟に振り返り――。

 

「「Die(死ね)!」」

 

 クリスはダガーで、バージルは刀で、背後の悪魔へ同時に斬りかかった。どちらも女神の力が宿りし武器。それをまともに受けた悪魔の身体はたちまち崩れ、その場には悪魔の纏っていた黒い布と赤い結晶だけが残った。結晶は漏れなくバージルに吸い寄せられたが。

 敵を倒せたところで、クリスは息を吐きつつ周りを確認する。もう悪魔の姿は確認できない。先程の相手で最後だったようだ。

 そして、2人のもとに駆け寄る者達に気付いた。ダクネスとウィズ、何故か疲れた表情になっているミツルギの3人と、カズマ、アクア、めぐみん、ゆんゆんの4人。1人、やたら特徴的な姿をしていた男は、急いで正門の方へ走っていた。

 

「バージルさん! それにクリスと……何故かいるモツルギも聞いてくれ! 今からあそこに転がってるでっかい要塞を、めぐみんの爆裂魔法で吹き飛ばす! 爆風に巻き込まれないよう、早く正門の方に行くぞ!」

「ミツルギだ! ちゃんと覚えておいてくれないか!?」 

 

 駆け寄るないなや、カズマはバージル達にそう話す。それを聞いたバージルはカズマから目を離し、爆発しそうでしない、赤く染まった要塞を見る。

 乱入してきた謎の悪魔達も倒し、めぐみんの準備も万端。あとはアレを破壊するだけ――だったのだが、そこでアクアが急に声を上げた。

 

「待ってカズマ! まだ悪魔が1体だけ残っているわ!」

「ハァッ!?」

 

 その言葉にカズマは驚き、すぐさま『敵感知』を使いつつ辺りを見渡す。

 悪魔の姿はどこにも見当たらない。しかし彼女の言っていることは本当のようで、1体だけ『敵感知』に反応があった。

 

「敵がいるのはわかるんだけど、姿が見えないな……まさか透明になってるとか……?」

「感じる。感じるわ。中々大きな魔力が南の方角から……丁度デストロイヤーがいる辺りね」

「……おい待て。今お前なんつった?」

 

 アクアの言葉を耳にして、カズマは思わず聞き返す。何故か、嫌な予感が溢れて止まらない。

 その横で、いつ爆発してもおかしくない真っ赤っかなデストロイヤーを見つめていたバージルが小さく呟いた。

 

「成程……雑魚共で引きつかせている間に依り代を得たか」

「はっ?」

 

 バージルの意味深な言葉を聞き、カズマの抱える嫌な予感が更に膨れ上がる。

 

 と、その時――彼の予感を的中させるように、地響きが起こり始めた。

 

「っ!? な、何っ!?」

「カ、カズマ! そこはかとなくヤバイ予感がするのですが!? 撃っていいですか!? 早く撃った方がいいですか!?」

 

 地震に足を取られ、何人かがその場に尻餅をつく。めぐみんの声を聞き、カズマは爆裂魔法の許可を出そうとしたが――それよりも先に、敵は動き出した。

 爆発寸前のデストロイヤー。警告モード故か赤く光っていた8つの目が――更に強く光り出す。

 するとその瞬間、脚部の根元から、失った筈の8本の足が伸び出てきた。魔法鉱石でできた装甲とはアンバランスな、赤いリアルな蜘蛛の足が。

 地響きの中、デストロイヤーは生えた足で踏ん張り立ち上がる。その頭頂部には、丁度爆裂魔法の被害で亀裂を負い、熱気が溢れそうになっていた箇所を塞ぐように覆う――ギョロリと開いた目でカズマ達を見る、悪魔がいた。

 

「いや、この場合は寄生だったか」

「ふざけんなぁああああああああああああっ!?」

 

 『寄生機動要塞(インフェステッド)デストロイヤー』を見て、カズマは悲痛な叫びを上げた。

 

「ああああアクア! 早く! 早くデストロイヤーにくっついてる悪魔をやっつけろ!」

「わかってるわよ!」

 

 カズマが慌てて指示を出す中、それよりも先に動いていたアクアは数歩前に出ると、もう痛くなくなった右手に力をこめ――。

 

「『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』!」

 

 思わずクンッという効果音をつけたくなるような動きで、デストロイヤーに退魔魔法を放った。

 『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』――プリーストが扱う退魔魔法(エクソシズム)の中でも最上位にあたり、余程レベルが高く、魔力の豊富なアークプリーストでなければ扱うことのできない魔法。上級悪魔でも、これを喰らえばひとたまりもないだろう。

 当然、下級悪魔相手ならば一瞬でケリがつく――筈だったのだが、アクアが退魔魔法を放った途端、デストロイヤーの周りに結界が出現した。アクアが解除した筈の魔力結界だ。

 

「な、なんてことだ……デストロイヤーの結界が復活しているぞ!」

「ダ、ダメですアクア! デストロイヤーの結界に遮られて、悪魔には届いていません! ていうか、このままじゃ私の爆裂魔法も効かないじゃないですか!? 折角魔力を再充填したというのに!」

「ハァッ!? そんなん絶対無理じゃない! 詰み! チェックメイトよ! もうおしまいだわぁああああっ!」

「バッカお前早々に諦めんなよ!? あの結界破りの技をもう1回撃つんだ!」

「そ、そうですよアクア様。ここで弱気にならず……あぅ……アクア様の涙がいつもよりピリピリきます……」

 

 完全に終わったと泣き喚くアクアをカズマが必死に、ウィズがアクアの涙で浄化されそうになりながらも励ましていた――その時。

 

「何をまごついている」

 

 ピシャリと、パニックに陥っている彼等を落ち着かせるような声が耳に入った。カズマ達は声の主へと顔を向ける。

 

「まとめて壊せばいいだけだろう」

 

 バージルは刀を握り締め、さも当然のように彼等へ告げた。

 

「壊すって……師匠が!?」

「た、確かに先生の力があれば、もしかしたらいけるかも……」

「そうだ! そもそも、結界を解除する手段としてバージルさんも挙げられてたんだ!」

 

 寄生機動要塞(インフェステッド)デストロイヤーを止めるには、結界を破り、かつ悪魔(インフェスタント)も仕留め、かつ要塞を破壊するしかない。そんな並外れた芸当、大魔導師でも真似できない。一介の人間では到底不可能だ。

 しかし彼ならできる。魔王軍幹部を倒した時、冬将軍を倒した時に使った、あの力があれば。だが、それに一言申したいのかクリスが声を上げる。

 

「いや、一回冷静になって考えよう!? もしバージルがここであの姿になっちゃったら――!」

「ちょ、ちょっと待ってくださいバージル!」

 

 が、クリスの言葉を遮るようにめぐみんが前に出てきた。皆の視線がめぐみんに向けられる中、彼女はバージルを見上げたまま言葉を続ける。

 

「全部壊しちゃったら私の分が無くなるじゃないですか!? せめてデストロイヤーの部分だけは残してください!」

「こんの爆裂馬鹿がっ! 今はそんなワガママ言ってる場合じゃないだろ!?」

「ワガママではありません! 美味しいところを持っていく紅魔族として、爆裂道を極める者として、ここだけは譲れないと私の魂が吠えているのです!」

「何が吠える魂だ! 私欲まみれのワガママじゃねーか!?」

 

 カズマの至極真っ当な指摘に対し、めぐみんは言い返すことなく顔をプイッと背ける。そして再びバージルに視線を向け、彼に己が叫びを訴えた。

 

「私の爆裂欲求は今、最高潮に達しています! そんな私の前で全部奪ってみてください! 一生恨みますよ!? 末代まで呪いますよ!?」

 

 感情が昂っているのか、赤い目を光らせる彼女は自分の杖を抱え、グイグイとバージルに詰め寄ってくる。その圧はバージルも思わず1歩退いてしまうほど。

 やがて、彼女の熱意に負けたのか、はたまたこれ以上相手するのが面倒だったからなのか、バージルはため息混じりに言葉を返した。

 

「……要塞は残しといてやる。だからさっさと退け」

「言いましたね!? ちゃんと聞きましたよ! 約束! 約束ですからね!?」

 

 しかと聞いたと、めぐみんは彼に念を押す。余程爆裂魔法をぶっぱなしたいようだ。最終的にめぐみんのワガママが通ったのを見て、カズマは声を荒らげながらも指示を出す。

 

「あぁもう! じゃあバージルさんは結界と悪魔の破壊を! めぐみんは爆裂魔法で要塞をぶっ壊すってことで! お前ホント頼むぞ!?」

「任せてください! 今なら、最高の爆裂魔法が撃てそうです!」

 

 爆裂魔法の爆風に巻き込まれないようカズマと、魔法を放つめぐみんはその場から正門側へ向かって走り出す。周りにいた者達も、カズマとめぐみんの後を追いかけるように走っていく。

 そんな中、未だその場にいたクリスは、バージルにやたら慌てた様子で突っかかった。

 

「ねぇバージル! 本当にここで使うつもり!? そんなことしたら――!」

「何をモタモタしているクリス! そこにいたら爆風に巻き込まれるぞ!」

「あぁっ!? ダクネスちょっと待っ――!?」

 

 しかし、それを見かねたダクネスがクリスの手を引く。筋力で負けるクリスは抵抗することができず、バージルのもとから離されていった。

 

 

********************************

 

 

 しばらくしてカズマ達は正門前に移動し、観客と化している冒険者達の前へ。バージルは移動せず、丁度正門とデストロイヤーの間に位置する場所でつっ立っている。

 皆が固唾を飲んで見守る中、めぐみんは先頭に出ると杖を標的のデストロイヤーに向け、爆裂魔法の詠唱を始めた。

 

「我が内に秘めたる紅き魔よ。蒼き魔と共に力を解き放ち、迫る破壊神を撃ち払え!」

 

 めぐみんを中心とし、地面には魔法陣が浮かび上がる。彼女の周りには風が吹き荒れ、魔力の高まりを表すようにその両眼が赤く燃え上がる。

 その時、ようやく完全に寄生することができたのか、はたまた空気を読んで待ってくれたのか。寄生機動要塞(インフェステッド)デストロイヤーは、生やした8本の足で巨体を支えながら駆け出した。

 向かう先はアクセルの街。そして街を守るように立つ冒険者達。その前にいた1人の男など眼中にないとばかりに、地面を荒地にしながら向かってくる。

 

「たかが鉄塊に乗り込んだ程度で、破壊の神を気取るか」

 

 無視されているように思えて不快だったのか、バージルは不機嫌そうに鼻を鳴らす。刻一刻とデストロイヤーが迫る中、彼は更に言葉を続けた。

 

「では――神をも超える力、思い知れ」

 

 同時に内なる悪魔を――Devil Trigger(悪魔の引鉄)を引き、姿を一変させる。青いコートは硬い鱗を纏った衣となり、刀の鞘が腕と同化した蒼き魔人へ。

 魔人化したバージルはデストロイヤーを両眼で睨むと、ゆらりと右手を刀の柄へ移しつつ居合の構えを取った。その間、彼を中心として大気が揺れ動く。

 

My power shall be absolute(我が絶対なる力を)!」

 

 そして、迫るデストロイヤーへ向かって飛び出す。

 とその瞬間、彼の姿が何重にも見えるように揺れ動き――デストロイヤーのいる空間が、ほんの1秒の間に幾度となく斬り刻まれた。向かってきていた筈のデストロイヤーは、まるで時が止まったかのように静止する。

 デストロイヤーを神速の刀(次元斬・絶)で斬った幾つもの影はデストロイヤーの前で重なり、再び蒼き魔人を映し出す。彼は鞘を縦に持ち、刀を納めようとしていた。

 彼は静かに息を吐きながら、刀身を鞘の中へ納める。と同時に、彼の姿が再び変化し人間の姿に戻る――瞬間、デストロイヤーの纏う結界は砕け散り、乗っ取っていた悪魔(インフェスタント)は身体を散らせ、デストロイヤーから生えていた8本の足も消滅した。

 悪魔を倒したのを確認したバージルは、瞬間移動(エアトリック)でその場から正門前へ移動する。悪魔(インフェスタント)が消えたことで再び足を失ったデストロイヤーは、重力に従ってその巨体を地面につける――直前。

 

「『エクスプロージョン』!」

 

 めぐみんは渾身の『爆裂魔法(エクスプロージョン)』を放った。彼女が唱えた瞬間、デストロイヤーを中心として大きな爆発が発生する。

 吹き荒れる突風に見舞われ、冒険者達が両腕で顔を防いでいる中、詠唱者のめぐみんはマントを、その隣に立っていたバージルはコートをなびかせ、爆煙が上がった方向を見る。爆風が収まったところで、2人は口を開いた。

 

Ashes to Ashes(灰は灰に)

塵は塵に(Dust to Dust)……はふぅ……」

 

 街を襲った機動要塞デストロイヤーは、跡形もなく消し飛んでいた。

 




DMCとこのすばを自分なりに混ぜてみたらこうなりました。

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