この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第38話「この小さな街の英雄達に賛美を!」

 アクセルの街を襲った厄災、機動要塞デストロイヤー。予期せぬ乱入者もあって何度か窮地に陥ったが、カズマ達の活躍によってデストロイヤーを止めるどころか、消滅させることができた。

 過去に例を見ない、歴史に名を残せる偉業。冒険者達は彼等を讃え、歓喜に満ち溢れるものかと思われたが――。

 

「な、なぁ……今の何だ? あのソードマスター……変身したよな?」

「うん……魔力がグンって上がって……後ろ姿しか見えなかったけど、明らかに人間じゃなかったような……」

 

 正門付近にいた冒険者達が抱いていたのは、戸惑いと恐怖。バージルの魔人化した姿に対するものだった。

 バージルは、カズマ達にしかその正体を明かしていない。多くの者が知れば、丁度今のように混乱を招くからだ。それをクリスは危惧し、先程バージルへ本当に魔人化するのか何度も聞いていた。

 しかし結局魔人化し、冒険者達にバレてしまった。その現状を見ながらも、クリスはバージルに視線を送る。彼は特に何も言わず、無表情で冒険者達を見つめていた。この中で彼と1番長い付き合いだった彼女は、今の彼を見て察する。

 

「(……やっぱり何も考えてないっ……!)」

 

 案の定リスクを考えず魔人化していたことに、クリスは頭を悩ませた。きっと彼は今になって「さてどうしたものか」と、呑気に考えているのだろう。

 今はまだ街の冒険者達にしか知られていないが、このままではアクセルの街だけでなく国中に広まり、最悪彼の存在が危険視され、街を、国を追い出される可能性がある。

 だからといって、彼が反旗を翻して敵になることはないと信じているが、どちらにせよその事態は避けたい。どうにかできないかとクリスは必死に頭を働かせる。

 

 その時――誰よりも早く動く者が現れた。

 

「皆、聞いてくれ! さっきバージルさんが見せたのは『固有スキル』だ! それも変身っていう男心をくすぐるタイプの!」

 

 彼の正体を知る者の1人、カズマだ。彼は後ろを振り返ると冒険者達に顔を向け、声を大にしてバージルの魔人化した姿について説明を始めた。

 

「聞いたことはないか!? 誰も知らないスキル、もしくは武器を持った『勇者候補』と呼ばれている冒険者を!」

 

 彼は『勇者候補』という単語を発し、冒険者達に問いかける。まだ日も浅い駆け出し冒険者達は、カズマの言葉を聞いて首を傾げる。

 が、その一方で――駆け出し冒険者の街だというのに、未だここに留まっているベテラン冒険者達は、一様にしてざわつき始めた。

 

「いや待て……聞いたことあるぞ!」

「あぁ俺もだ。昔の話だが、狼の姿になって野を駆ける冒険者もいたってばっちゃが言ってた」

「ていうかまずミツルギさんがそうじゃねぇか! 『魔剣グラム』なんて聞いたこともない武器を最初から持ってた覚えがあるぜ! 今は持ってないけど!」

 

 あちらこちらで、勇者候補についての話題が出る。冒険者達が向ける疑惑の視線が変化してきたところで、カズマはここだとばかりに声を上げた。

 

「そう! バージルさんも御剣(おけん)も俺も、何年か一度に現れる『勇者候補』の人間だ!」

「ちょっと待て!? オケンってまさか僕のことか!? ミツルギだ! いくらなんでもその間違え方は酷くないか!?」

 

 横にいたミツルギから突っ込まれながらも、カズマは断言する。それを聞いていたクリスは、彼はやはり食えない男だと感じていた。

 カズマは、一言も嘘を吐いていない。あの魔人化が『デビルトリガー』という固有スキルなのは事実だし、半分だけだが人間だ。そして『勇者候補』――転生特典を持ってオリジナルスキルやオリジナル武器を持つ異世界転生者がいることも利用し、バージルのフォローに努めたようだ。

 

「ねぇねぇダクネス、今の聞いた? カズマったら、お兄ちゃんのことフォローするついでにちゃっかり自分も勇者候補にしてるわよ」

「勇者候補というのは、優れた冒険者を賞賛する称号としても使われているが……いくら容姿や名前が特徴に当てはまっているとはいえ、自称する者は初めて見たな……」

 

 若干我欲も混ざっていたが、クリスはカズマのフォローが実るよう祈りながら冒険者達を見る。

 一瞬だが、人外となった者を指して「あれは固有スキルです」と言われてもやはり信じきれないのか、何人かの冒険者は戸惑いの色を見せている。が――。

 

「どちらにせよ、アンタ等はあのデストロイヤーを止めてくれたんだ! 俺達にとっちゃ救世主だぜ!」

「勇者候補がここに3人もいたんなら、デストロイヤーとよくわかんねぇモンスターから街を守れたのも納得だ!」

「さっすが街の切り札ミツルギさんだ! 見たことねぇ奴等相手でも余裕とは! お付の2人も俺達を誘導してくれて助かったぞ!」

「作戦の指揮を執って大成功させたカズマさんもすげぇよ! 結界破りのアクアさんと、爆裂魔法を撃ったウィズさんもな!」

「盗賊の人と紅魔族の子も、謎のモンスター達と渡り合っててかっこよかったわよー!」

「いくら変身したとはいえ、あんな細い剣1本でデストロイヤーの足をぶっ壊すとか正気かよ!? イカれてやがるぜ!」

「いやいやあの爆裂娘もそうだろ! あのデストロイヤーを跡形もなく消し飛ばしたんだぞ!?」

「どっちもイカれてやがる! 頭のイカれた爆裂魔と頭のイカれたソードマスターだ!」

 

 雲行きの怪しい雰囲気から一変。金髪の男ダストの声を皮切りに、冒険者達はカズマ達へ賞賛の嵐を送った。

 流石に、ここにいる全ての者が信じてくれたわけではないだろうが、フォロー無しで疑惑を抱えたまま解散するよりはずっとマシだ。歓喜の声を上げる冒険者達を見て、クリスは胸をなで下ろす。

 

「……あ、あれ? 私は?」

「はっ? いや私はって……お前、今回特に何もしてないじゃん」

「ッ!?」

「そういえば、ダクネスはつっ立ってるだけだったわね。私は頑張ったわよ! 結界破ってゴーレムも倒して、突如現れた悪魔達を殲滅させたもん!」

「い、いやいや!? ダクネスさんは頑張ってましたよ! ほら、私を悪魔の攻撃から守ってくれたじゃないですか! ……最終的に仕留めたのは剣士さんでしたけど……」

「……や、やめてくれ……」

 

 冒険者達の賞賛を唯一受けていなかったダクネスは困惑したが、カズマ達の指摘を聞いて、恥ずかしさのあまり顔を両手で隠す。

 彼等の言う通り、デストロイヤー接近中は特に何もしなかった。要塞内に乗り込むこともせず、悪魔を相手にした時は攻撃を受けただけ。唯一やったとすればミツルギに説教したこと。反論の余地もない。

 

「おい! 私を頭のおかしい爆裂娘から頭のイカれた爆裂魔にランクアップさせた件について聞こうじゃないか! せめて前半の肩書きは捨ててもらおう!」

「落ち着きなさいよめぐみん……どっちも似たようなもんなんだから」

「ゆんゆん!? 今何と言いました!? 喧嘩を売ってるのなら喜んで買ってやりますよ!」

 

 その傍ら、冒険者から与えられた新たな称号に文句があったのか、めぐみんはうつ伏せの状態で顔だけ彼等に向けて抗議する。そんな彼女を見兼ねたゆんゆんは「はいはい」とあしらいながら、めぐみんを起こしておんぶする。

 

 冒険者達から賛美の嵐を受け、喜んだり悲しんだり怒ったりと、様々な色を見せるカズマ達。その一方で、バージルは特に表情を変えず彼等を見つめていた。

 そんな彼のもとに、クリスが歩み寄ってくる。バージルはそちらに視線を送ると彼女は目の前で止まり、言いつけるようにバージルへ告げてきた。

 

「後でちゃんと、カズマさんにお礼を言ってくださいね?」

「……フンッ」

 

 彼女の言葉を聞き、バージルは特に答えることもせず顔を背けた。

 

 

*********************************

 

 

 時間は過ぎ――デストロイヤーを迎撃した日の夜。

 

「つーわけで、デストロイヤー迎撃を祝して、乾ぱーいっ!」

「「「イェエエエエイッ!」」」

 

 アクセルの街中心にある冒険者ギルド。酒入りジョッキを持つ冒険者達は、テンション上げ上げな声を響き渡らせた。

 デストロイヤー迎撃作戦が大成功を収めたため、冒険者達はここで祝勝会を開くことに。いつも以上にギルド付近は賑わい、職員達は忙しなくも楽しそうに働いている。

 今回のMVPだったカズマパーティーを中心に、祝勝会は大盛り上がり。特にアクアの見せた、美しくも洗練された様々な宴会芸は、見る者全てを魅了したという。そしてカズマとクリスによるパンツ剥ぎ取り芸(スティール)は、男冒険者達を色々と盛り上がらせたとか。

 

 祝勝会が始まってしばらく経った後、カズマは「ちょっと休憩に」と断って人混みから離れ、カウンター席に移動する。

 その先にいた、ちょびちょびお酒を飲みながら、盛り上がる冒険者達を楽しそうに見つめていたウィズに声をかけた。

 

「ようウィズ。楽しんでるか?」

「あっ、カズマさん。今日は大盛況ですね。アクセルの街がこんなに賑わったのはいつ以来でしょうか……」

「お前も遠慮せずに参加すればいいんだぞ? 街を救った英雄の1人なんだから」

「え、英雄だなんてそんな…………カズマさんやめぐみんさんに比べたら、私なんて……」

 

 カズマから褒め言葉を受け、ウィズは照れながらも過大評価だと言葉を返す。こんな時でも謙遜するウィズを見てカズマは小さく笑う。

 

「そんなことないさ。きっとウィズの店にも、今回の活躍を見た冒険者達が寄ってくれるんじゃないか?」

「えっ!? ほ、ホントですか!? あぁっ、それなら商品をいっぱい仕入れなきゃ……!」

「……それはやめたほうがいいと思うぞ」

 

 寄りはするものの、ウィズの姿を見ただけで帰る人しか来ない結末を予見したカズマは、意気込むウィズに釘を刺す。が、多分聞こえていないだろう。

 カズマは苦笑いを浮かべながらもカウンターにあった丸椅子に座り、手に持っていたジョッキを机に置く。ウィズの隣に座った彼は、アクアの『花鳥風月』で騒ぐ冒険者達を尻目に話を振った。

 

「ところで話は変わるんだけど……ウィズにちょっと聞きたいことがあるんだ」

「はい? なんでしょう?」

 

 カズマの言葉を聞き、ウィズは彼と向き合う。酒による顔の火照りが冷めていくのを感じながら、カズマは質問した。

 

「あの時出てきた悪魔達が、やたらブッサイクな赤い結晶を落としてったんだよ。実はこっそり回収してたんだけど、いつの間にか消えちゃっててさ。ウィズは、そのアイテムについて何か知ってるか?」

 

 それは、デストロイヤー迎撃作戦時に突如現れた悪魔達を倒した時に砂と共に地面に散らばっていた、血のように赤い結晶。どれもが同じブチャイクな顔を象っていた。

 ゲーマーカズマはレアアイテムと思い集めていたのだが、迎撃作戦が終わった後にポーチを覗くと、収集した全ての結晶が綺麗サッパリ無くなっていた。

 これにはショックを受けたが、元々そういう性質だったのであれば仕方がない。が、どんな物だったのか気になるのでカズマは解説を求めるべく、魔道具やアイテムに詳しそうなウィズに尋ねてみたのだが……。

 

「いえ……私も、あの結晶は初めて見ました」

「そっか……」

 

 首を横に振って答えるウィズ。知らないのならしょうがないかと、カズマは赤い結晶については諦めながら息を吐く。

 

「実を言うと、私も回収しようとしたのですが……どうしてか結晶に近寄ると、全部私に吸い寄せられるように消えてしまって……」

「えっ!? そ、それって吸収したってことじゃ……大丈夫なのか!?」

 

 性質は一切不明だが、悪魔の落し物なのだけは確かだ。異常はないのかとカズマは慌てて尋ねる。対してウィズは、カズマを安心させるように答える。

 

「今のところ、何も異常は現れてません。あっ、でも――」

 

 と、彼女は思い出したようにパンッと音を立てて手を合わせ、嬉しそうにカズマへ話した。

 

 

「アレを取り続けていたら、お肌のツヤが良くなったんですよ!」

「(美肌効果だったかー……)」

 

 まさかの結果が現れたと報告を受け、カズマはどんな顔をすればいいかわからず、笑顔を取り繕った。ウィズは上機嫌のまま話を続ける。

 

「それに、赤いものだけでなく緑色や白色の物もあってですね、緑色を取ったら元気が湧き出て、白色を取ったらなんと魔力が回復したんです! 不思議ですよねー」

「(そういやウィズってリッチーだったもんな……なら耐性があってもおかしくないか……)」

 

 普段話していると「アクアは女神」という事実並にうっかり忘れそうになるが、彼女はリッチー。アンデッドの王だ。つまり魔族寄りの身体を持っている。

 なら、あのぶちゃいく結晶――下手したら悪魔の力が残ってそうなものを、人間である自分とは違い吸収したことと、さして悪影響が出なかったことにも合点がいく。

 

「ウィズー! ちょっとウィズー! どこにいんのよー!」

 

 とその時、盛っている中心からガラの悪そうにウィズを呼ぶアクアの声が。べろんべろんに酔っているのが丸分かりな声を聞いて、2人は苦笑いを浮かべる。

 

「すみません。アクア様が呼んでますので失礼します……」

「あぁ、楽しんでこい。もし成仏されそうになったら助けに行くから」

 

 無視していたら何されるかわかったもんではないので、ウィズはペコリと頭を下げ、カズマのもとから離れる。

 自分はもう少しここでゆっくりしようかと思い、カズマはカウンター席に立っていた職員に水を頼む。とその時、カズマに声を掛ける者が現れた。

 

「カズマ、ここにいましたか」

「めぐみん」

 

 デストロイヤー迎撃作戦にて大いに活躍しためぐみん。ほんのりと顔が赤いのを見る限り、こっそり酒を飲んでいたのだろう。

 彼女はカズマの隣の席に座ると、指をしきりに動かしながらカズマに尋ねる。

 

「カズマ……今日の爆裂魔法……どうでしたか? デストロイヤーを粉砕した時のは……」

「……うむ。爆風、音響、爆煙、どれも素晴らしいものだった。90点ってところだな。もしバージルさんの手を借りず、悪魔もろとも消し飛ばしていたのなら、喜んで100点をくれてやったけど」

「うぐっ……ま、まぁあの時は魔力結界が張られていましたし、今の私ではどうしようもありませんでした。90点で満足しておきましょう。しかしいずれは、結界も悪魔も同時にぶっ飛ばせるほどに、爆裂魔法を極めてやりますよ」

「おう、頑張れ」

 

 評価を受けためぐみんは、今の実力を再確認すると同時に爆裂魔法を更に強化すると意気込む。

 カズマ的には他の魔法を習得して欲しいところだが、今更言っても聞かないだろうし、楽しい場で水を差すようなことは言いたくなかったので、心の中に留めておいた。

 職員が渡してきた水入りコップを貰い、カズマはちょびっと口に入れる。そのままワッショイワッショイと熱気を高めている冒険者達を眺めていたら――。

 

「め、めぐみん!」

 

 突如、めぐみんの名を呼ぶ女性の声が耳に入ってきた。カズマとめぐみんは声が聞こえた右側へ顔を向ける。

 そこにいたのは、めぐみんと同じ黒髪赤目の紅魔族だが、スタイルだけは圧倒的な差で勝っているゆんゆん。カズマが再び彼女の胸をガン見する傍ら、めぐみんは彼女へ言葉を返す。

 

「おや、誰かと思えば……私の前でスカートの中を見せまくるハレンチな戦い方をしていた、ゆんゆんではありませんか」

「い、言い方! 先生みたいにスタイリッシュな戦い方って言ってよ!?」

「めぐみん、その話について詳しく」

 

 めぐみんの言葉を聞き、ゆんゆんは顔を真っ赤にして反論する。釣られたカズマは首をすばやく動かしてめぐみんに顔を向けた。

 その一方、ゆんゆんは一度咳き込んで場を仕切り直すと、めぐみんを右手で指差しながら告げる。

 

「そ、それよりもめぐみん! 私と勝負しなさい!」

 

 めぐみんのライバルを自称する彼女は、彼女に勝負を申し込んだ。酒場の雰囲気に当てられ、彼女もちょっとテンションが上がっているのだろうか。

 カズマが未だめぐみんに視線を送っている中、めぐみんはやれやれと息を吐き、彼女に言葉を返した。

 

「いいでしょう。ではどちらがより大人になれたか、で勝負しましょうか」

「いや勝負とかどうでもいいから。さっきの話について詳しく」

 

 カズマの言葉は一切無視し、めぐみんはゆんゆんを見つめる。対してゆんゆんは、少し戸惑いながらめぐみんに聞き返してきた。

 

「えっ? そ、それってつまり……発育勝負よね? い、いいの?」

「誰も発育勝負とは言っていません。身体の成長だけが大人の階段を昇る条件ではありませんよ」

 

 まるで「それなら私の勝ち確だけどいいの?」と言われているようでムッときためぐみんは、忌まわしき巨峰を睨みながらも言葉を続けた。

 

「ゆんゆん、貴女はどこで暮らしていますか?」

「えっ? わ、私は宿屋で泊まってるけど……」

 

 めぐみんの問いに、ゆんゆんは正直に答える。それを聞いためぐみんは、勝ち誇ったように笑いながらゆんゆんに話した。

 

「私は、街の中でも大きな屋敷で、この男と1つ屋根の下で暮らしています」

「ッ――!?」

 

 毎週、隣のバージル宅へ通っていたというのに未だその事実を知らなかったのか、めぐみんの言葉を聞いてゆんゆんは酷く衝撃を受けていた。

 目を見開いていた彼女は、めぐみんの隣にいたカズマに顔を向ける。しかし、紛う事なき真実なのでカズマは何も言わない。それよりもさっきの話が気になり、彼はゆんゆんのスカートに目を向けていた。

 

「流石に、まだ一緒に風呂へ入ったことはありませんが、それも時間の問題でしょう」

「えっ!? えぇっ!?」

 

 更に追い打ちをかけるように、めぐみんはそう話す。これには中々堪えたのか、ゆんゆんはめぐみんとカズマを交互に見ながら、慌てた様子を見せている。

 が、しばらくして何かを思い出すようにポンッと手を叩くと、顔を赤く染めながらめぐみんに言い返した。

 

「わ、私だって、あ、あのミツルギさんって人と恥ずかしい姿で、お風呂でバッタリ会ったことはあるわ!」

「おいちょっと待て。その話についても詳しく聞かせてくれ。場合によっちゃアイツぶっ殺す」

 

 聞き捨てならない話が聞こえ、カズマは視線をゆんゆんの顔に移す。その目にはキレたバージル以上に明確な殺意がこもっていたとか。

 しかし蚊帳の外だったのは変わらないようで、めぐみんはカズマをスルーしてゆんゆんに聞き返す。

 

「一緒に、お風呂に入ったんですか?」

「……は、入ってない……会っただけ……」

「ならノーカウントですね。で……他にありますか? 私以上に、大人の階段を登ったエピソードは?」

 

 目を逸らして答えるゆんゆんを、めぐみんはジッと見つめる。想定外の事態には弱いのか、ゆんゆんの赤い目には涙が溢れ――。

 

「つ――次こそは勝ってやるんだからぁああああああああっ!」

「あっ、おいゆんゆん! お風呂のエピソードについて詳しく!」

 

 負け台詞を口にしながら、カウンター席から去っていった。カズマは彼女を呼び止めたが、その声は届かず。

 一方、勝負に勝っためぐみんは懐から手帳を取り出すと、幾つもの文章と丸が書かれたページを開き、そこに新しく一文と丸を書き込む。

 

「今日も勝ち」

「くっそ、あんのナルシ野郎絶対許さねぇ……で、話は戻るがゆんゆんのパンツは――」

「ゆんゆんはスパッツでしたよ。残念でしたね」

「スパッツ!? いやそれも逆に良い! そしてスパッツの下に何も履いていなかったら大逆転だ!」

 

 ようやくゆんゆんのスカートの下を聞き出せたカズマは、少年らしい想像を働かせる。酔っているからかもしれないが、それを何の恥じらいもなく発言した彼を、めぐみんは少し引き気味に見ていた。

 

「よくもまぁ女性が隣にいるのに、そんなセクハラ極まりない発言ができますね……」

「んっ? あぁ女性ってお前のこと? 前にも言っただろ。お前はまだまだお子ちゃまだから、俺の中じゃあ女性にカウントされないんだよ」

「おい、どの辺りがお子ちゃまなのか詳しく聞こうじゃないか。もし年齢だったのならゆんゆんもですよ。私と同い年ですから」

「それなんだよなぁ……あれで俺と同い年だったら良かったんだが……いや待てよ? 今であの体型なら……3、4年後が楽しみになるな。性格も良いし、人気のある冒険者になるだろうなぁ」

 

 めぐみんと同年齢である事実をカズマはプラスに考え、ゆんゆんの秘めたる将来性に期待を寄せる。

 いつまでも妄想を止めないカズマをめぐみんはジッと見つめていたが、しばらくすると静かにカウンター席を立った。

 

「んっ? どうした?」

「ちょっとゆんゆんに、追い打ちという名のちょっかいを出してきます」

「結構酷いことするなお前……」

「カズマに言われたくありませんよ」

 

 めぐみんはカズマに視線を合わせず答え、スタスタと彼の元から離れていく。

 もうちょっと休憩したら自分も戻ろうか。めぐみんを見送ったカズマはそう思いながら、コップに入った水を一気に飲み干す――とその時。

 

「サトウカズマ」

 

 またも、彼に来客が現れた。今度は女性ではなく爽やかな男性の声。カズマは途端に不機嫌になりながらも、声が聞こえた方へ顔を向ける。

 

「久しぶりだな、サトウカズ――」

「『アースブレス』」

「うぐぁああああっ!? 目がっ!? 目がぁああああっ!?」

「「キョウヤー!?」」

 

 ミツルギの姿を見た途端、カズマは『クリエイトアース』と『ウインドブレス』の合わせ技(セット魔法)をぶちかました。目に砂を受けたミツルギは床を転げ回る。

 

「ちょっとアンタ! 挨拶もなしに何してくれてんのよ!?」

「大罪を犯したクソ野郎に鉄槌を下しただけだ。言っとくがまだ終わりじゃねぇぞ。こっから『ウォータフリーズ』で作った氷をお前の鼻の穴に突っ込み『スティール』で身ぐるみ剥がして外に放り出して『フリーズ』をかけ続けてやる。ほら立て。Stand up!」

「こっちは怒らせるようなことした覚えないんですけど!? 再会したばっかでしょ!?」

 

 お付きの女性2人に起こされるミツルギを、カズマは憎しみ100%の目で見下す。追撃を加える予定だった彼は席を立ち、右手をワキワキと動かしている。

 

「くっ……相変わらず卑怯卑劣な男だな……」

「その男が、今回のデストロイヤー迎撃作戦の指揮を執ったんだ。酒の一杯は注いで欲しいもんだね」

「調子に乗んないでよ! そもそも、アンタは作戦考えただけで特になんにもしてないじゃない!」

「うっせぇ! パンツ剥がすぞ!」

「ひっ!?」

 

 ポニテの女性から指摘されたが、カズマは開いた右手を見せて彼女を脅す。今回の祝勝会で、クリスが犠牲となった様を見たが故に脅威を知ったのか、彼女は自身のスカートを押さえている。

 そんな彼女を守るようにミツルギが立ち上がりつつ前に出ると、カズマと向かい合ってこう告げてきた。

 

「サトウカズマ……もう一度、僕と勝負してくれないか?」

「勝負?」

 

 先程のゆんゆんに続いて2人目。今度は自分が標的だが。カズマは首を傾げてミツルギに聞き返す。

 

「あぁ。あの時は不覚を取ったが、今度はそうはいかない。魔剣を取られてもいいように己を鍛え直してきた」

「魔剣? もう魔剣グラムは回収したのか?」

「いや、まだ回収していない。というかもう諦めたさ。今の僕には、コイツがいるからね」

 

 ミツルギはそう答え、背中に負った大剣を見せる。浅葱色に光る身の丈以上の大剣だ。

 

「(……どっかで見たことあるような……)」

「これは師匠……バージルさんから授かった魔剣ベルディアだ」

「バージルさん? ……ってあぁっ!?」

 

 既視感を覚えていたカズマは、ミツルギからその答えを聞いてようやく思い出す。

 湖浄化のクエストでバージルとバッタリ出会った時に持っていた大剣――元は、魔王軍幹部のデュラハンが持っていた剣だ。

 

「そうだ。そういやバージルさんが持ってたなぁ……あれ? じゃあなんでお前がそれ持ってんの? ちゃっかり師匠なんて呼んでるし」

「魔剣を君に売られた日の夜、色々あってね……翌朝、僕は師匠からこの魔剣を譲り受けたんだ」

「へぇー……」

 

 その日を思い出すように目を閉じて話すミツルギ。丁度、バージルが半人半魔だとわかった日のことだ。

 あのバージルさんがそんなことをするなんて珍しい。カズマがそう思った時、ふと気になることが頭に過ぎった。

 

「そういやお前、バージルさんのアレ……知ってた?」

 

 デストロイヤーを迎撃した時に見せた、バージルの魔人化。あれを初めて見た冒険者達は酷く困惑し、恐怖を覚えていた。

 が、チラッとミツルギを見た時……驚いてはいたが、それだけだった。おまけに、冒険者達を説明して一応納得させた時、彼も自分のようにホッとしていた。

 もしかしたら彼も、バージルの正体を知っているのではないか。カズマはミツルギにぼかして尋ねてみる。

 

「んっ? あぁ……『固有スキル』のことか。知っていたよ。この街の外で師匠と会った時に聞いたんだ。まさかあんな姿になるなんて思いもしなかったけどね」

 

 するとミツルギは、両隣にいた女性2人を気にするように目を配りながらカズマに返した。今の反応を見るに、半人半魔だということを仲間は知らないがミツルギだけ知っている、といったところだろう。異世界転生者のことまで知っているかは不明だったが。

 カズマがそう推測していると、この話を仲間がいる場で続けたくなかったのか、ミツルギはゴホンと咳き込み、再度カズマと目を合わせて告げた。

 

「まぁそれはそれとして……サトウカズマ、勝負を引き受けてくれるかい?」

 

 ミツルギの言葉を聞いて、そういやそんな話だったなとカズマは本題を思い出す。

 彼とは一度勝負をし、勝った。が、彼は修行をしてきたと話していた。以前のようにはいかないだろう。なら――。

 

 

「断る」

「んなっ!?」

 

 勝負を受けなければいいだけだ。カズマは鼻をほじりながらキッパリと勝負を拒否する。受けてくれるだろうと思っていたのか、ミツルギは酷く驚いていた。

 

「俺は、一度お前に勝ったことがあるという事実を残し、このまま勝ち逃げさせてもらうぞ」

「き……君という奴は本当に……」

 

 彼は街で切り札とも呼ばれる冒険者だ。きっと街の外でも有名だろう。そんな彼に「勝ったことがある」というのは自慢話になるし、この男より上という立場は心地よいものがある。

 ミツルギから呆れ果てた目を向けられているが、カズマは一切気にしない。が――彼はジョッキに残った酒を少し口につけてから、ミツルギにこう告げた。

 

「そう思っていたが……今日は気分がいいし、1回だけなら受けてやるよ」

「ちょっと!? なに偉そうに上から目線で言ってんのよ!?」

「当たり前だろ。現時点では俺が勝者なんだから」

 

 ポニテ少女からまたも横槍を入れられたが、カズマはさも当然のように彼女へ言ってのけ、ミツルギに視線を戻す。

 

「勝負は……ギルドん中で武器抜くわけにもいかないし、手っ取り早く腕相撲でどうだ?」

「……いいだろう」

 

 勝負内容に異存はなかったミツルギは、それを承諾。ニッと笑ったカズマは「ついてこい」といってミツルギを酒場の中心に案内する。

 

「なんだなんだ? 何が始まるんだ?」

「カズマとミツルギが、ウデズモウってので勝負するんだってよ!」

「勇者候補対決か! こりゃ目が離せねぇな! お前どっちに賭けるよ!?」

「そりゃあミツルギさんだろ!」

「いや! 俺はカズマに5万エリス賭けるぜ!」

 

 周りにいた冒険者達にも話は広がり、勝負事が好きな彼等が盛り上がる中、勝負の準備は進められていく。

 中心に大きな樽がドンと置かれ、それを挟むようにカズマとミツルギが立つ。2人は手袋を外して腕をまくると樽の上に右肘を付け、手をガッチリと組んだ。

 

「何やってるのかと思ったら腕相撲じゃない! 審判は私にやらせて!」

 

 するとそこに、楽しそうなことが大好きなアクアが入ってきて、カズマとミツルギが組んだ手の上に自身の手を置いた。

 自分の敬愛する女神様に触られて嬉しかったのか、ミツルギは顔を赤らめながらも対峙するカズマを睨む。

 

「勝利の女神はどちらに微笑むのか……勝負だ! サトウカズマ!」

「俺的にはエリス様に担当して欲しいけど仕方ない。コイツで我慢してやるか」

 

 盛り上がる野次馬が取り囲む中、2人の勇者候補が睨み合う。そして、中心に立つ勝利の女神(仮)が勝負のゴングを鳴らした。

 

 

「レディ……ファイッ!」

「『ドレインタッチ』」

「はうっ!?」

 

 アクアが手を離した瞬間、カズマは誰にも聞こえないように小さな声で『ドレインタッチ』を発動。魔力を吸われたミツルギは変な声を上げる。

 生前、弟しか勝てる相手がいなかったほど腕相撲に強くないカズマでも、ミツルギの手には力が入っていないことがわかる。カズマは一瞬の隙を逃さず、右腕に力を込める。

 不意打ちを食らったミツルギはすぐさま力を入れようとしたが、時既に遅し。彼の手の甲は、樽の上に叩きつけられていた。

 

「勝負あり! 勝者(Winner)、佐藤和真ー!」

「完全勝利」

 

 あっという間に勝敗を着けたカズマは、握り拳を作った右手を上げて勝利のポーズを取る。一方、敗者と化したミツルギは「またしても……」と悲哀感漂う声を上げ、床に両手をつけていた。

 

「あ、アンタ! 今何かイカサマしたでしょ!? 絶対そうよ!」

「もう1回! もう1回勝負しなさい!」

「断る。1回だけって最初に言った筈だぞ」

 

 取り巻きの2人から再戦を申し込まれたが、カズマはそれらを突っぱねる。今日帰ったら、屋敷に住み着いている見えない幽霊少女へ語ってやろう。優越感に浸りながら、カズマは樽の傍から離れる。

 

「それじゃあ次は私っ! 腕っ節に自信のある奴はかかってきなさい!」

 

 すると今度は、審判をしていたアクアが樽に肘を付けて挑戦者を募った。それを聞いた冒険者達は我先にと手を上げる。

 結果、アクアの腕相撲サバイバルモードが開始。ああ見えて筋力もレベルも高い彼女が腕相撲で勝ち続けていくのを、カズマは空いていたテーブル席に座り、酒を片手に眺める。

 と、彼の隣の席に座る者が。カズマは隣に目を向けると、そこには見知った顔のダクネスがいた。

 

「カズマ、バージルはどこにいったか知らないか?」

「バージルさん?」

「あぁ。ギルドの中を探したのだが、どこにもいなくてな……今日の迎撃作戦で、私はほとんど役に立たなかっただろう? それをバージルに聞かせて、いっぱい罵ってもらおうと思っていたのだが……」

「お前ポジティブだな」

 

 あの時は自分だけ活躍できず落ち込んでいたというのに。変な方向で前向きになるダクネスを見て、カズマは呆れながらも質問に答える。

 

「バージルさんも誘ったけど、騒がしいのは好かんって断られた。だから祝勝会には来てないよ」

「むぅ……そうだったか……」

 

 バージルが来ていないことを知り、ダクネスはシュンと落ち込む。彼の性格を考えれば想像できることだろうに。カズマはそう思いながら酒を一口飲む。

 

「(しっかし……あそこでバージルさんが来てくれて助かったよ)」

 

 悪魔の乱入がありながらも大成功を収めた、デストロイヤー迎撃クエスト。もし、あの場でバージルが来ていなかったらどうなっていたことか。

 群がっていた悪魔達はアクアの力で殲滅できるだろう。では、あの寄生されたデストロイヤーは? 結界破りと退魔魔法をアクアがもう一度放ったらいけるかもしれないが、もし魔力が足りなかったら本当に終わっていた。

 つくづく、バージルが味方でよかったとカズマは思う。もし、魔王軍幹部としてあんな半人半魔が待ち構えていたら、冒険者側は白旗を上げるしかない。何度もコンテニューできる死に覚えのゲームだったなら、まだ突破口は見つかるかもしれないが。

 

「(……そういやバージルさんは、あの悪魔と赤い結晶について知ってんのかな……)」

 

 半人半魔――半分だが、悪魔の力を持っている。おまけに知識もある。彼なら、悪魔についても詳しいのではないだろうか?

 もっとも彼は異世界転生者なので、彼もこの世界の悪魔については知らないかもしれないが、聞くだけならタダだ。

 また会った時に覚えていたら尋ねてみよう。そう思いながら、カズマは大柄の冒険者といい勝負をしているアクアを眺め続けた。

 

 

*********************************

 

 

 祝勝会から数日後。デストロイヤーの脅威を退けたことで街は活気に溢れたが、それが徐々に失われていき、アクセルの街は日常を取り戻す。

 冒険者達もいつもの生活に――というわけではなく、彼等は今か今かとクエストへ行かず(働かず)に待ちわびていた。そう――デストロイヤー迎撃クエストの報酬だ。

 今日は、その報酬が支払われる日。冒険者達は皆、意気揚々とギルドに向かう。無論カズマ達も含まれていた。

 が、そんな中――彼等とは相反するように、ギルドへ向かおうとせず街の正門の上に佇んでいた者が1人。

 

「……Humph……」

 

 祝勝会に出席しなかった男、バージルだ。彼は鞘に納まった刀を杖にして立っている。

 半人半魔の彼なら、数日飲食しなくても支障は出ない。その為、彼は迎撃作戦があった日からずっとここで、飲まず食わず立ち続けていた。門番からも仕事を手伝うという形で許可は取っている。いつも怪しげな目で見られたが。

 北風にコートをなびかせながら、彼は野原を一望する。デストロイヤーによって荒地となった地面、めぐみんの爆裂魔法で消し飛ばした跡――それら以外は何も残っていない。あの時、この場で悪魔が現れたという痕跡もだ。

 悪魔達の血の結晶(レッドオーブ)も残っていない。冒険者の何人かが回収しているだろうが、あれは悪魔の力を持つ者、知る者以外が得ても何ら意味はない。恐らく、ここに残っていたオーブと共に消えてなくなっただろう。

 彼は、レッドオーブ以外の痕跡と、悪魔が現れる兆しを確認するため、ずっとこの場を監視していたのだが……あの日、悪魔達が現れたのが嘘のように静かだった。まるで、あの時あの場にいた者全員が幻影を――夢を見させられていたかのよう。

 

「こんなところで何してるの?」

 

 と、変化のない昼間の野原を見ていた時、背後から女性の声が。この状況にバージルはデジャヴを覚えながらも、振り返らずに声を返す。

 

「……エリスか」

「……あの時現れた、彼等についてですか?」

 

 クリスの姿になっているエリスは、バージルの傍に歩み寄ってきた。彼女が隣に来たところで、バージルは自ら話し出す。

 

「この場に次元の裂け目……奴等の侵入経路らしきものは見当たらなかった。とすると、恐らく奴等は魔界と人間界の壁……その網目を通ってここに現れたのだろう」

「なるほど……しかしそれなら、彼等はどうやってこちらの世界の魔界に……」

「さあな。もしかしたら、俺がこの世界に来る以前から魔界に存在していたのかもしれん」

 

 バージルはそこで言葉を会話を区切り、雲ひとつない晴天の空を見上げる。夜には月も確認できたが、赤い月などという怪奇現象が起きることもなく、夜が訪れる度に綺麗な星空と青く美しい三日月を映し出していた。

 どこにも足跡を残さず消えた悪魔達。1体ぐらい残しておけばよかったかと思いながら、バージルは息を吐く。

 

「この世界の大悪魔にでも話を聞ければいいが……そう都合よくはいかんだろう」

 

 もし彼等が、最初からこの世界の魔界にいたのだとしたら、そこに長く住む上級悪魔が彼等を認知している可能性は高い。彼等が世界を越えてやってきたのなら尚更だ。

 ここの人間界にも上級悪魔がいると確認されているのを本で知っていた彼は、その者等と出会えることに期待を寄せるが、悪魔は総じて神出鬼没。アテもなく探すのは無謀と言える。

 それに、上級悪魔ではないが『別のアテ』はある。まずはそこに聞いてみるとしよう。そこまで考えたところで、バージルは隣のエリスへ視線を移す。

 

 とそこで、彼女が何か言いたげにこちらを見ているのに気付いた。少し眉間にシワを寄せ、ちょっとだけ怒っているように見える。しばらくエリスと目を合わせていたバージルは、彼女が言わんとしていることを汲み取り、尋ねた。

 

「……俺が、魔界に行くと思っているのか?」

 

 真相を確かめるために、魔界へ直接出向くのではなかろうかと。しかし、バージルの言葉を聞いたエリスは黙ったまま。首を振ろうともしない。肯定か否定かわからない反応を見たバージルは、ため息混じりに言葉を続けた。

 

「この世界の魔界に興味がないと言えば嘘になる……が、仕事を放棄して店を空けるわけにはいかん」

 

 バージルが断言したところで、怒り気味だったエリスの顔が、女の子らしい可愛げのある笑顔に早変わりした。

 

「なら良かったです。今のバージルさんには、もっと人間界を見て欲しいですから」

 

 そう話しながらエリスは前方の野原へ顔を向け、前に組んでいた手を後ろへ回す。

 

「もし、本当に魔界へ行くなんて言い出したら、ぶん殴ってでも止めてやろうと思ってました」

「……随分と暴力的で自分勝手な女だな。仮にも、慈愛の女神と謳われている身だろう?」

「誰だって、周りが抱えるイメージとは違うものですよ」

 

 「誰かさんみたいに」と付け足しながら、彼女はバージルに笑顔を向ける。人間界に残ると言った途端にこれだ。人間好きなのか悪魔嫌いなのか。いや、恐らく後者だろう。あの場で悪魔と戦っていた時、彼女の言動がちょくちょく荒れていたように聞こえた。

 悪魔との戦いを思い浮かべながら、バージルは視線を下に移す。左手を刀から離し、自分の首元へ。そして服の下に隠していたアミュレットを取り出し、銀色の翼に包まれている蒼い宝石を見つめる。

 

「(……女神の力か……それとも……)」

 

 あの時――クリスを襲おうとしていた悪魔を斬ったのを境に、アミュレットから力が流れ込んできた。悪魔を倒す度にその力は徐々に高まり、寄生機動要塞(インフェステッド)デストロイヤーを見た時には、それを使いたくて仕方がないほどに昂っていた。

 このアミュレットを作ったのはエリスなため、これは女神の力ではないかとバージルは予想していたが、だとすると矛盾点がある。

 女神、天使は悪魔と相反する存在。ならば、女神の力と悪魔の力が反発してもおかしくない。事実、アクアが勝手に女神の力を付けた聖雷刀を使い始めた時は手がピリピリしていたし、魔力を込める際も前より微調整が必要になった。

 しかし、アミュレットから流れ込んだ力は違う。反発するどころか、自身の悪魔の力を底上げされるようだった。一体、この力は何なのか。もしかしたら――。

 

「せんせーい! せんせーい!」

 

 その時、少女の大声が2人の耳に入ってきた。聞き覚えのある声と呼び方。バージルはアミュレットを服の中にしまい、振り返って街側の門の下を覗き込む。

 そこには案の定、自身を先生と呼ぶゆんゆんがいた。彼女の姿を確認したバージルは、躊躇なく門の上から飛び降りる。大きく音を立てて着地する彼に周りの住民は驚いたが、見慣れたゆんゆんは特に触れず。

 

「何の用だ?」

 

 ゆんゆんの表情はいつもと違い、どこか焦っているように見える。何かあったのかと思いながらバージルは尋ねると、彼女は酷く慌てた様子で答えた。

 

「わ、私も何が何やらで、突然ギルドに偉い人が来たと思ったら先生を連れてこいって冒険者の人に言ってきて、それで私が選ばれて……と、とにかくギルドに来てください!」

 

 

*********************************

 

 

 ゆんゆんに連れられ、バージルとクリスは急ぎ足でギルドに向かう。道中で見かけた住民や冒険者達は変わらぬ日常を送っていたが、街の中心へ近付くにつれ彼等にどよめきが走っていた。

 目的地であるギルドの前では、野次馬が多く見られるだけでなく、甲冑を身に纏った騎士らしき者2人が、野次馬からギルドを守るように立っていた。

 バージル達が通ろうとすると騎士達は道を塞いできたが、ゆんゆんとバージルの顔を確認し、すぐさま扉から退いた。バージル等は騎士を横目にしながらギルドに入り――。

 

 

「カズマ……お前はいつか大きな犯罪をしでかす奴だと思ってたよ……」

「パンツ剥がし魔から大罪人にまで成長するとはなぁ……」

「お前ら!? 祝勝会では英雄だなんだと持ち上げてたのに、くるっと手のひら返しやがって! おいアクア! お前あの時見てただろ!? 俺が故意でやったわけじゃないって知ってるだろ!?」

「ごめんねカズマ……私達ではどうすることもできないわ……大丈夫。別にこれでお別れになるわけじゃないから……あっ、お兄ちゃん」

 

 ギルド前にいた騎士と同じ格好の者2人から抑えられ抵抗するカズマと、彼から目を逸らす冒険者達、ギルド職員、カズマの仲間3人とウィズ、ミツルギ達を見た。

 

「くだらん遊びに付き合う趣味はない。クリス、帰るぞ」

「わかる! 巻き込まれたくない気持ちはすっごいわかるけど見捨てないでくださいバージルさん!」

「そ、そうだよ! それに、まだバージルを呼んでるっていうお偉いさんと会ってないでしょ!?」

 

 いつもの厄介事だと一目見て察したバージルは、カズマのヘルプも聞かず踵を返して帰ろうとするが、クリスにコートを掴まれて引き止められた。

 とそこに、バージルへ近付く者が1人。長くスラッと伸びた黒髪に、眼鏡越しに映る鋭い目。黒タイツにハイヒールと、ダクネスのような者が喜びそうな風貌だ。

 そして、制服の上でもわかるほどプロポーションの高い彼女は、カツカツと音を立てつつ歩いてバージルの前に来ると、自ら口を開いた。

 

「貴方がバージルさんですね。初めまして。私は、王国検察官のセナと申します」

「……国の調査係が、こんな田舎街に何をしにきた?」

 

 バージルはセナに身体を向け、用件を尋ねる。セナは右手で眼鏡をクイッと直してからバージルに答えた。

 

「私がここへ参った理由は2つ。1つは、国家転覆罪の容疑が掛けられている者を確保するためです」

「こ、国家転覆罪!? そして今の状況を見るに容疑者は……まさか君がそこまで堕ちていたなんて……」

「ちょっと待って!? 俺ってそんな信用ないの!?」

 

 騎士に捕らえられているカズマをクリスが哀れみの目で見つめる横で、バージルがセナに再度尋ねる。

 

「2つ目は何だ? 俺を呼んだと聞いていたが……そこの男について詳しく話を聞くつもりか?」

「それもあります。本題はまた別……サトウカズマに掛けられた容疑とは別件で、貴方に申し上げます」

 

 バージルの問いにセナは淡々と答えると、そこで言葉を区切って小さく息を吸い、バージルの目を見据えて再度口を開いた。

 

 

「『重要参考人』として、私とご同行をお願いします」

 

 

*********************************

 

 

 ギルドが騒がしくなっている頃、アクセルの街の中心から少し離れた、人気のない通りにて。

 人も動物も通らない場所で――『彼女』は誰にも悟られることなくひっそりと現れた。

 

「……おっ、着いた着いた。んーっ……空気が美味しいねぇ。肌寒いけど」

 

 道端に雪が残る季節とは場違いな、スカートの裾がボロボロになっている黒いワンピースを着た、肩まで伸びる黒髪を持つ少女。

 羽を伸ばすように両腕を広げてから、彼女はその黒い両眼で辺りを見渡す。

 

「問題なく異世界に来れたみたいだね。さて……彼がちゃんと良い子にしてるか様子を見に行きたいところだけど……」

 

 彼女はそう呟きながら、両腕を組んで空を見上げる。天気の良い日なのか、川を流れる葉っぱのように白い雲が流れている。

 

「その前に、生活の基本こと衣食住が必要かな。そしてそれらを得るのに必要な資金。どうやって集めようかなぁ。僕にもできそうなバイトとかあればいいけど」

 

 状況を整理し、今の自分に必要な物を知った黒髪僕っ娘は現状を悲観することなく、むしろ楽しみながら、人気のある場所に向かって歩いた。

 

 




タグで既にオリキャラの警告はしていたので、あしからず。
一応言っておくと、オリヒロインはいませんので。

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