この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第44話「この討伐依頼に大当たりを!」

「はい。淹れたてホヤホヤの紅茶だよ」

「あ、ありがとうございます……」

 

 慣れた手付きで紅茶を淹れたタナリスは、ソファーに座っていたセナの前に置く。セナは小さくお辞儀をして礼を言うと、隣に立つタナリスを見つめたまま尋ねた。

 

「あの、大変失礼な質問だと思いますが……タナリスさんは女性……ですか?」

「僕? これでも花も恥じらう乙女さ。その手の質問はバイトの面接先で尽く聞かれてるから、気にしないでいいよ」

「そ、そうですか……女性……見た目は受けですが、恐らくこれは受けと見せかけた攻め……我々の創作世界でなら、バージルさんとクリスさんの中にぶっ込んで三角関係に……主にバージルさんと絡ませる? いや、ここはクリスさんと絡ませた方が美味しい……?」

 

 タナリスから性別を聞いたセナは口元に手を当て、独りブツブツと呟き始める。その顔つきは、裁判で見せた仕事モードの表情よりも真剣味を帯びているものだった。

 依頼があると訪れておきながら自分の世界に入り、何を言っているのか理解できないことを呟き続けるセナを見て、バージルはイラつきを表すように指をトントン動かす。

 不思議そうにセナを見つめていたタナリスは、彼女の顔前で手を振る。と、それに気付いたセナはハッとした表情で顔を上げた。

 

「失礼致しました。ゴホンッ……では、依頼内容について詳しく説明致します」

 

 我に返ったセナは一度咳き込み、ようやく本題を話し始める。タナリスが紅茶を淹れる前、セナから依頼の簡単な内容について書かれた紙を受け取っていたバージルは、それに目を通しながら耳を傾けた。

 

 アクセルの街から半日歩いた先にある山──その中にある『キールダンジョン』という、駆け出し冒険者御用達のダンジョン。以前、バージルがカズマ達と偶然鉢合わせた場所だ。

 つい先日、キールダンジョンの入口から謎の小型モンスターが湧き出しているのを目撃。モンスターは人間や他のモンスターが近付くと、対象の身体にくっつき、自爆する性質を持っている。爆発の威力も侮れず、軽装の駆け出し冒険者が食らうと軽傷では済まないとのこと。

 

 ギルドへ話を伺ったところ、ダンジョンへ最後に潜ったのはカズマ達だったので、セナは真っ先に彼のもとへ出向いて問い詰めたが、彼等はダンジョン内でお宝を漁り、アンデッドやその他諸々を浄化しただけで、他は特に何もしていないと主張した。

 真偽は定かではないが、どちらにせよ放置できない案件。セナはカズマ達にダンジョンの調査を頼んだが、今は身の潔白を証明するのに忙しいとの理由で断られた。

 国家転覆罪の疑惑をかけたのはこちら側であるため、食い下がるのに気が引けたセナは自ら退き、人を雇うため冒険者ギルドに向かおうとしたが……屋敷の隣にあったバージルの営む便利屋を見て「これだ」と思い、足を運んできたのだった。

 

「報酬は10万エリス……調査が主な目的にしては割高に思うが、危険度も加味してか」

「はい。また、小型モンスターを召喚する者がいた場合は討伐もお願いします。その時は、ギルドから出されるモンスター討伐報酬とは別に10万エリス上乗せします」

 

 紙に記されていた金額と共に、報酬を確認したバージル。特に文句のなかった彼は紙を机に置くと、視線を紙からセナに移す。

 

「小型モンスターの見た目ですが、身体は『一角兎』ほどに小さい人型。そのどれもが同じ姿で、仮面のようなものを被っておりました」

「仮面……」

 

 セナの口から出た気になる単語を、バージルは呟く。セナもそこは引っかかっていたのか、タナリスが出してくれた紅茶を一口飲んでから言葉を続けた。

 

「あの仮面……1つ、思い当たるモンスターを知っていますが、まずありえません。あのレベルの高い者が、こんな駆け出し冒険者の多い街の近辺に来る筈が……」

「過去に、この街へ魔王軍幹部のデュラハンが直々に現れたことがあった。どこぞの馬鹿が招いたものだったが……そういった例外もある。現れないとは言い切れまい」

 

 バージルの指摘を聞いて、セナは口を閉ざす。街の付近に平和を脅かすモンスターが潜んでいるのは、心中穏やかではないだろう。俯き加減の顔からは、不安の色が伺える。

 仮面──そう、丁度今日サキュバス喫茶店でも話に上がった魔王軍幹部がひとり『仮面の悪魔バニル』だ。そして、バージルが探している人物でもある。

 セナから得た情報だけでは、本当にバニルがキールダンジョンに潜んでいるか確証は得られない。もしかしたらその下っ端の可能性もある。が──行ってみる価値は十分にあった。

 

「いいだろう。受けてやる」

 

 沈黙を破るように、バージルはセナに依頼を受ける節を伝える。それを聞いたセナは、不安が晴れるようにパッと顔を上げた。

 

「貴様はどうする? 足を引っ張らんのならついてきても構わんが」

 

 顔色が明るくなったセナから視線を外し、バージルはタナリスを見て尋ねる。彼女の性格を見るに、これには意気揚々と参加してくるものかと思われたが──。

 

「んー、盛り上がってるところ悪いんだけど……」

 

 タナリスは、開口一番から予想に反する言葉を口にすると、懐から手帳を取り出す。そして、慣れたように手帳をパラパラと開くとしばらく見つめ、バージルに視線を戻しつつ伝えた。

 

「今日の夜は酒場のシフトが入ってるから行けないや。ごめんね?」

「……そうか」

 

 モンスター退治よりもバイトを優先する冒険者タナリスを、バージルは無理に誘うことはしなかった。

 

 

*********************************

 

 

 星々と満月が飾る夜空の下、バージルは街で夕食を済ませてから、目的地のキールダンジョンへ向かっていた。

 背中には、山道に残る雪とは一線を画すほどに輝く白き剣。左手には、月に照らされ妖しく光る天色の刀。その武器を見てか、彼の魔力を感じてか、全く別の理由か。山に潜むモンスターは彼の前に現れず、山道は奇妙なほどに静かだった。

 セナの言っていた小型のモンスターとも未だ鉢合わせていない。所々で爆発跡は見たが、それだけだ。自分が来る前に誰かが解決してしまったのか、一定時間経つと自爆する性質なのか、そもそもセナの情報が間違っていたのか。様々な可能性を考えながらも彼は足を進める。

 

 結局、小型モンスターと出会うことなくキールダンジョンの入り口前に到達──したのだが、そこで彼は思わず足を止め、眉間を押さえた。

 思えば今日、アクセルの街で一度も出会っていなかった。代わりに、また変な所でかち合うのではと思った。きっとこういうのを、カズマがよく口にする『フラグ』と言うのだろう。

 

 

「おや、バージルも来ましたね。私達の方が先でしたか」

「お兄ちゃんおっそーい!」

「そんな……2人は大丈夫でしょうか……もう既にバージルさんが入っているものと私は思っていたのですが……」

 

 ダンジョン前にいたのはアクアとめぐみん。そして依頼人のセナだった。他は誰もいない。バージルが来ることを知っていた風なのを見るに、セナが2人に話したのだろう。

 最早尋ねるのも面倒だったが、セナもここにいる理由は気になっていた。バージルは彼女等に歩み寄り、自ら声を掛ける。

 

「何故貴様等もここにいる。そこの女から、貴様等にも依頼をしたものの断られたと聞いたが」

「それはね──」

「待ってくださいアクア。事情説明は私が」

 

 バージルの問いにアクアは答えようとしたが、めぐみんに遮られた。そのままめぐみんはバージルの前に出ると、何故か内緒話をするように小声で話した。

 

「実は、前にカズマとアクアがこのダンジョンへ潜った時に、アクアがダンジョンの奥に浄化の魔法陣を張ってしまって……カズマ曰く、その存在があるだけで自分達が怪しまれてしまうので、ダンジョンを調査する名目で魔法陣を消しに来たのです。それと今話したことは、あの目つきの悪い人には禁句でお願いします」

「……成程」

 

 またアクアがやらかしたと聞いて、バージルは内心呆れる。別にバラしてしまっても彼には関係ないのだが、なんだかんだで巻き込まれる気がしたので、バージルはめぐみんのお願いを承諾した。

 

「カズマは1人でダンジョンに潜っているのか?」

「ダクネスもいますよ。色々あって戻ってきました。話せば長くなりますから、その経緯はまた後で」

「……奴もいるのか」

「露骨に嫌そうな顔しましたね」

 

 以前は不在だったダクネスもいると聞いて、顔を歪めるバージル。彼がダクネスを嫌っている理由などいざ知らず、アクアの隣にいたセナは前に出て、バージルに頼み込んできた。

 

「バージルさん。来て早々申し訳ありませんが、早急にダンジョンへ潜り、2人と合流していただけませんか? 大丈夫だと2人はおっしゃっていましたが、やはり危険です」

「食い殺されていなければな」

 

 モンスターの発生源と、アクアが仕掛けたという魔法陣。それぞれ目的地は違うが、ダンジョンを練り歩いていたらいずれ見つかるだろう。

 セナの頼みを聞き入れながら、バージルは足を進めようとした──その時。

 

「──ッ!」

 

 バージルは1つの魔力を感じ取り、踏み出そうとした足を止めた。アクアも感じ取ったのか、同じくダンジョンの入り口を睨む。めぐみんも杖を強く握り締めていた。

 

「えっ? ど、どうしたんですか?」

「何者かがこちらに迫ってきてます。セナさん、私達の傍から離れないでください」

「この感覚……お兄ちゃん!」

「わかっている」

 

 唯一魔力を感じ取れないからか困惑するセナに、めぐみんが指示を出す。その横で、バージルとアクアは一歩前に出ながら、依然として入り口を睨み付けていた。

 彼等が感じた魔力は、今もなお近付いてくる。やがてその反応が、入り口付近まで接近した時──。

 

「今宵は満月! 我が魔力がみなぎる時なり!(アクア! 逃げろ!)

 

 ダンジョンの入り口から、魔力を放つ1人の者が飛び出してきた。

 

「『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』!」

「散れ」

(あぎゃぁあああああああああああああああっ!?)

 

 瞬間、アクアは退魔魔法を、バージルは次元斬を同時に放った。兄妹(仮)のダブル攻撃を受けた者は悲鳴を上げる。

 「決まった」とアクアは小声で呟いたが、攻撃を受けた者を見ると、彼女は目を見開き驚いた。

 

 その者は──口元以外を隠す、白と黒でデザインされた珍妙な仮面をつけているダクネスだった。

 

「あれ!? ダクネス!? おかしいわね……確かに悪魔の魔力を感じ取ったんだけど……って臭っ!? この吐き気を催すゴミ溜めみたいな臭い、やっぱり悪魔だわ! でもなんでダクネスからこの臭いが!?」

「ぐうう……(バージルか……全くお前という奴は)出会い頭に退魔魔法(よくわからん剣撃攻め)とは、随分と荒っぽい(嬉しい)挨拶をって貴様ァッ! まだ我輩の支配に抗うか!? 何度も何度も台詞を遮りおって!」

「えっと……どういう状況なのでしょうか?」

 

 アクアが悪魔の臭いを嗅ぎ取って鼻を摘む傍ら、仮面をつけたダクネスはよろめきながらも立ち上がり、何やら1人で言い合いをし始めた。

 これは知性の高い紅魔族のめぐみんも理解不能なようで、酷く戸惑った様子。その横でバージルも、相手に敵意は向けているものの、その表情に面倒臭い気持ちが表れていた。彼が今抱いていた感覚は、魔王軍幹部のベルディアがわざわざ街に出向き、めぐみんに説教をし始めた時とよく似ていたとか。

 

「アクア! それに予想通り来てたバージルさんもストップ!」

 

 とその時、ダンジョンの入り口から遅れて出てきた者が。ダクネスと一緒に潜っていたカズマだった。彼は2人に攻撃の手をやめるよう伝えながら、ダクネスの横を通り過ぎてアクア達のもとへ駆け寄る。バージルは一度刀の柄から手を離しながら、近寄ってきたカズマに自ら声を掛けた。

 

「カズマ、説明を求む」

「ダンジョンの奥に、小型モンスターを量産している奴を見つけたけど、思ってたよりヤベー奴だった! で、色々あってソイツが今ダクネスの身体を乗っ取ってるけど、まだ完全には支配し切れてないらしい!」

 

 カズマは端的に、ダクネスがどうしてこうなったかを説明する。先程は1人言い合っていたではなく、ダクネスとダクネスの身体を乗っ取らんとする者が争っていたのだろう。

 その乗っ取られかけているダクネスはというと、額部分にお札のような物が貼られている仮面の顔をバージル達に向け、ダクネスの声ではあるものの、彼女とは思えない口調で話し出した。

 

「おや? そこのチカチカと眩しく鬱陶しい女だけかと思いきや、なんとも興味深い男もいるではないか」

「誰がツルツルテカテカピッカピカな禿頭ですって!?」

「アクア、誰も禿だとは言ってません」

 

 挑発の言葉と捉えたのか、怒りを顕にするアクア。そんな彼女を鼻で笑いながらも、仮面を被ったダクネスは両腕を広げ、高らかに名乗りを上げた。

 

「我輩の名はバニル! 魔王軍幹部がひとり! 仮面の悪魔! 見通す悪魔バニルである!」

 

 ダクネスを乗っ取ろうとしている者──バニルの名を聞き、めぐみんの傍にいたセナは狼狽え、2、3歩後ろに下がる。

 

「そんな!? まさか本当に……!? それに、あの仮面に貼り付いているのは、私がカズマさんに渡した筈の封印のお札! 何故あんな所に……!?」

「勝手に動かれたらヤバイと思ったから、お札を使って自由が効かなそうなダクネスの中に封じ込めておいたんだ!」

「魔王軍幹部を仲間の中にですか!? あ、貴方という人は……!」

「仕方なかったんだって!? アイツ殺人光線とかいうヤバそうな技持ってたし! それに、もしここにいるバージルさんにアイツが移って乗っ取ったりしたら、確実に全員ダァーイコースだったろ!?」

「ほう。つまり貴様は、この俺があの変態ですら耐えられる支配に抗えないと」

「もしも! もしもの話だから! その殺意を宿した目をこっちに向けないで!?」

 

 馬鹿にされているようで少し怒ったバージルだったが、カズマの弁明を聞いて、彼から再度バニルへ視線を戻す。

 その横で、アクアはビシッとバニルに向かって指差すと、正義のヒーローのようにバニルへ言い放った。

 

「ダッサイ仮面つけてるバニラとかいう悪魔! 私達のダクネスを返しなさい!」

「その男の話を聞いておらんかったのか? 我輩とて、離れたくても離れられんのだ。それに、こんな覚えやすく親しみやすい我が名を記憶できんとは……さては貴様、脳筋であるな?」

「誰が10以上は数えられない馬鹿ですって!?」

「アクア、相手はそこまで言ってないですよ」

 

 またも馬鹿にされていると思って憤慨するアクア。短気な女だと思ったのか、バニルは再び彼女を嘲笑いながらも言葉を続けた。

 

「もっとも、この厄介な札が無くとも、おいそれと返すつもりはないのだがな。ちょいと身体を調べさせてもらったがこの女、中々に悪くない素材である(お、おい! 聞いたか皆! 特にカズマ! どうやら私の潜在能力は高いようだ! 魔王軍幹部が褒めるほどだぞ!)……やはり貴様、この状況を楽しんでおるな?」

 

 身体能力の素質を褒められて、素直に喜ぶダクネス。身体を支配されかけている筈なのだが、意外と余裕はあるようだ。

 この反応にはバニルも困惑していたが、仕切り直すように彼は正面を向くと、仮面のデザインも相まって不気味さを増した、口角を上げた笑みを浮かべる。

 

「この女を返して欲しければ、どうすべきか。我輩から奪いたければ何をすべきか……貴様ならわかるだろう? 青ずくめの男よ」

「──愚問だな」

 

 自分に対して言われているのだと思ったバージルは、自ら前に出る。カズマ達が彼に視線を集める中、バージルは前へ歩きながらバニルの問いに答えた。

 

「悪魔の理は常に1つ──力だ。力ある者が支配し、力無き者は淘汰される。強者こそが正義。強者こそが絶対。そう──」

 

 そして、数歩足を進めてから止まると、彼は再び右手を刀の柄に乗せた。

 

Might controls everything(力こそが全てだ)

 

 

 

(す、凄いぞ……バニルとやらの支配による猛烈な痛みに耐えながら、バージルと剣を交えることになるなんて……これから私はどうなってしまうのだろうか……!)

「……その女を黙らせることはできんのか?」

「できるなら、最初からそうしておるわ」

「……だろうな」

 

 1名、この状況下で息を荒くしている女を加えながら、2人の悪魔による戦いが始まろうとしていた。

 




こんなんシリアスにできるわけがないんだよなぁ……。

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