この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第45話「Dance with devils ~この仮面の悪魔と舞台劇を!~」

 幻想的に青く光る満月が空に浮かぶ夜。月の光で照らされた山の中、キールダンジョンの前で剣を取り、対峙する者が2人。

 1人は、月よりも深く濃い青のコートを着た男、バージル。もう1人は、黄色く光る鎧を身に纏った女、ダクネス。しかしその麗しい顔は、簡素ながらも禍々しさを感じられる白黒の仮面によって隠されていた。

 今の彼女は、ダクネスであってダクネスではない。彼女の意識もあったが、肉体の主導権を握っているのは、彼女の中に潜む悪魔──バニルだ。

 

「バージルさん! わかってると思うけどダクネスを殺すのは絶対無しで! まずは戦いつつバニルの魔力を消耗させる! で、支配が弱まってきたら封印のお札を取ってダクネスから仮面を引っ剥がす! バニルを倒すのはそれからで!」

「実に回りくどい上に、あの女の相手をするのは不快だが……まぁいいだろう」

「そういうわけだからダクネス! 最悪お前は支配されちまってもいい! 後で俺が叩き起こしてやるからな!」

(あっ、あぁっ……! 身体全体に染み渡るこの痛み……そしてバージルの生理的抵抗を感じている顔……た、たまらん……! もっと味わいたい! でもカズマに叩き起こされてもみたい!)

「オーケー! 大丈夫ってことだな! じゃあバージルさん! よろしく頼みます!」

 

 カズマの作戦を聞き入れ、バージルは刀を握り直す。ダクネスが何やら変な声を上げているが、彼は全て無視。

 

「ふうむ……貴様から常に放たれる喜びの感情が鬱陶しいが、この際贅沢は言うまい。あの青い男が常に放っている悪感情で、プラマイゼロにしてやろう」

 

 一方バニルも、ダクネスの反応は合わない様子だったが、気にしないことにしたようだ。彼は鞘から抜いた剣を右手で持ち、切っ先をバージルに向ける。

 一触即発の2人を見て、非戦闘員であるセナは独り怯える。それを聞いてか否か、アクアはめぐみんに指示を出してきた。

 

「めぐみん! 貴方はそこのキツめな目をした人を守ってあげて! 私はお兄ちゃんの加勢に行くわ!」

「必要ない。貴様も黙って見ていろ」

「そうだアクア! お前も俺と一緒に下がれ!」

「ハァッ!?」

 

 が、即座にバージルとカズマから却下された。やる気満々だったアクアは、2人の言葉が受け入れられず声を上げる。

 

「なんで!? 相手は悪魔なのよ!? ここはアイツにダメージ4倍の効果抜群な技が放てる私も参戦すべきでしょ!? カズマったらゲーマーを自称しててそんなこともわからないの!?」

「お前が行くと事態が更に悪化するって、ゲーマーな俺の第六感が告げてんだよ! それに、お前の力はバージルさんの刀にも宿ってんだろ! それだけで十分だ!」

 

 アクアの言い分に対し、カズマはバージル1人でもどうにかなると声を荒げて返す。その返答を聞いて、アクアは言葉を詰まらせる。

 確かに、彼の刀ならば悪魔を屠ることも容易いだろう。刀に宿っている力の源は女神アクア──誰もが認める最強の女神(本人談)なのだから。

 

「うぅ……わかったわよ! 私も見てればいいんでしょ! でもお兄ちゃん! 危なそうになったら私も手助けに入るからね!」

「いらん心配だ」 

 

 結局アクアはもしもの場合を想定しながら、自ら引き下がった。バージルは短く言葉を返すと、再びバニルに注意を向ける。

 互いに睨み合うバージルとバニル。ダクネスの荒い息遣いが聞こえる中、カズマ達は固唾を呑んで2人を見守る。

 

 2人が動き出したのは──同時だった。

 

「フッ!」

「ハァッ!」

 

 夜に響く金属音と共に、バージルの刀とダクネスの剣が交わる。しばし鍔迫り合いを見せた2人は一度剣を退かせると、すぐさま相手に向かって刃を降ろした。

 何度も、何度も、何度も、何度も。2人の剣は幾度と交差し、火花を散らす。互いに一歩も引かない剣撃。乗っ取られていることは頭で理解しているが、あの止まっている相手にすら当てられないダクネスが、バージルと渡り合うほどの剣技を見せていることに、カズマは驚きを隠せなかった。

 

「ほほう。やるではないか。ここまで巧みに剣を扱う者と戦うのは、いつ以来だったろうな」

 

 再三再四剣を交わらせた先、2人は再び鍔迫り合いに。力で相手の剣を押し続けながら、バニルは愉快そうに笑う。

 挑発と捉えたのか、強く睨んで押し返すバージル。バニルはそんな彼へ──小さく、ハッキリと聞こえる声で伝えた。

 

 

「流石は、スパーダの血族か」

「──ッ!?」

 

 発せられたのは、思いもよらぬ名前。それを耳にした瞬間、ほんの僅かであったがバージルは動揺を見せた。その隙を、バニルは見逃さない。

 

「隙あり!」

「ぐっ……!」

 

 瞬時にバニルは剣に力を込め、バージルとの鍔迫り合いに勝利する。剣を弾かれ、バージルの胴体はガラ空きに。

 すかさず、バニルは左足を上げてバージルの腹に蹴りを入れた。バージルは後ろに吹き飛ばされたが、両足と鞘を持った左手でブレーキをかけ、体勢を整える。

 

(ス、スパーダ? 血族? 一体何のことだ!?)おっと、これはまだ言ってはならぬ秘密事であったか? いやはや失敬失敬」

 

 自分の口から勝手に発せられた言葉を聞いて、肉体を操られているダクネスは戸惑いを見せる。しかしすぐにバニルへ意識が移ると、彼は謝罪の気持ちなど一欠片もない声色で、バージルに謝った。

 バージルは地面から手を離して立ち上がると、先程よりも殺意のこもった目で睨みつける。それを受けてバニルは小さく笑い、ダクネスは擬音ですら言い表せない変な声を上げる。

 何故、彼の口からスパーダの名が出てきたのか。バニルはスパーダと面識があるのか、実はスパーダもこの世界に来ていたのか……等、バージルは思考を張り巡らせたが、そこでバニルの能力を思い出す。

 

「見通したか」

「左様。我輩は、何でも見通すことに定評のあるバニルさんである」

 

 見通す悪魔バニル。セナから、予知と予言の力を使うとバージルは聞いていた。二つ名に合わせるなら、未来を見通すと言うべきか。

 しかし、見通せるのは未来だけではない。相手の過去ですら、彼の目には映る。過去を見通す力もあることは、仮面の悪魔について書かれた本に記されていたため、バージルも覚えていた。

 動揺させる作戦にまんまと掛かってしまったバージルは、不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

「詮索屋な上によく喋る。貴様とは、何度生まれ変わろうとも気が合いそうにないな」

「うむ。悪感情ご馳走様である。しかし貴様のは、量が多い一方で味がイマイチであるな。腹を満たすにはもってこいだが、グルメな我輩としては貴様よりも、我輩が乗っ取っている女の鎧が破損する羞恥的露出イベントにちょっぴり期待している後ろの男が放つような、量より質タイプの悪感情が好ましい」

「ききき期待してねーし!? こんな状況下でラッキースケベを求めたりしてないから!?」

(お、おおおお前という奴は……! 今の私をそんな淫乱な目で見ていたのか!? くっ……やめろぉ!)

「お前はちょっと黙ってろ! 収拾がつかなくなる!」

 

 思わぬ方向から飛んできた火花を受け、ダクネス以外の女性陣から白い目で見られたカズマは慌てて否定した。

 一方バニルはというとカズマの言葉を右から左へ受け流し、乗っ取っている身体を確かめるように、剣を持っていない左手を開いては閉じを繰り返す。

 

「しかし、実際に動かしてみても貴様が中々の逸材だと実感できるな。知性は低いが、その他は悪くない。バランスを考えてステータスを上げておれば、さぞ優秀な聖騎士になれていたであろうに(い、いやぁ……それほどでも……んっ? 今知性は何と──)ではちょいと失礼(んあぁああああっ!?)

「ダクネス!?」

 

 刹那、ダクネスの身体が黄色く光った。同時に彼女はとびきり官能的な悲鳴を上げる。

 

(んんっ! くっ……ヤ、ヤバイ! ヤバイぞカズマ! これまでとは比べ物にならないほどヤバイのを流してきた! しかも一瞬だけ流すことで、快感を覚えた私に次を欲しがらせようとする……この悪魔、相当のヤリ手だ!)……フム。これだけ痛みを与えても恐怖の感情を一切出さんどころか、喜びの感情が更に湧き出るとは」

 

 少ししてダクネスは息を落ち着かせると、悦ばしげに何が起こったのかを話す。仮面をつけていても笑みを浮かべているのが透けて見えるほど、彼女の口元は綻んでいた。

 まだまだ元気なダクネスを、バニルは不思議に思っている様子。そこでダクネスの表情からバニルのものに切り替わり、彼はバージルと顔を合わせた。

 

「さて、少し休憩を挟んだところで、これより第二幕を始めるとしよう」

「もう付き合いきれん。ここで終幕だ」

 

 さっさと終わらせるつもりでいたバージルは、無防備に立つバニルへ密かに魔力を溜めていた刀を振り、斬撃(次元斬)を飛ばした。

 勿論、ダクネスに必要以上のダメージを与えないよう魔力は抑えてある。しかし刀自体に付いていた女神の力は別だ。故に彼の放った斬撃は、人間に対してはそこそこのダメージを、悪魔に対しては高威力を与えるものとなる。青白い斬撃は移動の軌跡すら見せずバニルのもとへ。

 

 が──これをバニルは、姿勢を低くしつつ地面を蹴り、滑らかな動きで横に避けた。

 

「ッ!」

「劇を途中で勝手に終わらせようとするなど、演者失格であるな」

 

 避けたバニルを見て、バージルは目を見開き驚く。次元斬を避けられたことに驚いたわけではない。彼の避ける動きが、見覚えのあるものだったからだ。

 肩をすくめるバニルへ、バージルは再び次元斬を放つ。が、これもまたバニルは先程と同じ動きで避ける。今度は彼の移動先へ置くように放ったが、それも彼は難なく避けた。

 

「ちょこまかと……!」

 

 遠距離がダメなら近距離で。バージルは即座にバニルへ肉薄し、鞘に納めていた刀を横に振り抜く。だがバニルは上に跳んでこれを避ける。

 空中に身を放り出したバニルは、そのままバージルの真上を通る。彼の動きを読んでいたのか、バージルは右足で地面を蹴りつつ振り返ると、宙にいるバニルへ斜め下から斬り上げるように刀を振った。

 

「残念」

 

 しかしそれすらもバニルは避けた。地面に対して垂直になる黒い魔法陣を宙に作り、それを蹴ることによって。

 空中を移動したバニルは、重力に従って地に足を着ける。彼の正面には、驚嘆と怯えが入り混じった表情のカズマ、めぐみん、セナと、3人を守るように威嚇の声を上げている、今にも噛みつきそうな顔の狂犬女神。

 

(カ、カズマ! 何だ!? 今私は何をした!? 何かを蹴って宙を舞ったぞ! それに、私の身体とは思えないほど素早く動けた! 私にはこんな力が隠されていたのか!?)勘違いするでない。素では防御にしか取り柄のない残念貴族よ。今蹴ったのは我輩の魔力で作った魔法陣だ。貴様が俊敏に動けたのも、我輩が貴様のステータスをちょちょいと弄ったからである」

 

 自分の動きに驚愕していたダクネスに、バニルは種明かしをする。その一方で、バージルは憤りを感じていた。

 先程の避け方で彼は確信した。あれは、ダンテが得意としていた空中回避(スカイスター)。バニルは、バージルの過去を見通すことでダンテとの戦いも見、その中で彼が見せていた回避に特化した戦闘方法(トリックスタースタイル)を真似たのだ。

 

「貴様は本当に……人の神経を逆撫でするのが得意なようだ」

「おっと、この演技はお気に召さなかったか? では──」

 

 バージルの悪感情ダダ漏れな声を聞き、バニルは挑発するように笑みを浮かべながら振り返る。そして言葉を返しながら両手を挙げると、左右両方の親指と中指を擦らせ、音を鳴らした。

 と同時に、ダクネスの身体が青く光り、またもダクネスは痛みと悦びの混じった声を上げる。口元は綻んでいたが、すぐさまバニルに意識が移り悪魔の笑みを見せると、挙げていた両手を前に突き出し、親指が上を向き人差し指が正面を向いた、ハンドガンを真似たような手の形を作った。

 

「ちょっと激しさを増して、こんなのはいかがかな?」

「ッ!」

 

 そして、ダクネスの指先から針のような魔弾が飛び出してきた。狙われたバージルはすぐさま横に避ける。が、彼を追うようにバニルは魔弾を放っていく。

 これも先程と同じ模倣。ダンテの銃撃に特化した戦闘方法(ガンスリンガースタイル)だ。

 

(お、おぉっ!? 今度は指から何か出てきたぞ!? これも私の隠された能力なのか!?)否。我輩の力である。そして貴様、これもと言ったが、さては先程の話を聞いておらんかったな?」

 

 バージルを魔弾で狙いながらも、余裕を見せるようにバニルはダクネスと言葉を交わす。その様子を見て、隙と捉えたバージルは回避に専念していた足を止め、バニルに向かって駆け出す。

 が、それも読んでいたのだろう。バニルは一度魔弾を止めると、真っ直ぐ平行になるよう伸ばしていた腕をクロスさせ、銃を水平に構えるように親指を外に向け、再度指先から魔弾を射出した。その速度は先程と比べて数段早い。避けられないと考えたバージルは足を止め、両腕で前方をガードし魔弾を防ぐ。

 

「チィッ……!」

「第三幕は中々であろう? では、間髪入れずに第四幕!」

 

 バニルは両手を降ろして魔弾の連射(ハニカムファイア)を止め、鞘から剣を抜きつつバージルに向かって駆け出した。瞬間、ダクネスの身体は赤く光り、痛みを受けたであろう彼女は卑猥な声を上げる。

 向かい来るバニルを見てバージルはガードを解くと、左手を鞘から離して腰元にくっつけ、刀を両手で持つように構える。対してバニルは、勢いを乗せたままバージルに剣を振りかざした。

 

 再び始まった2人の剣劇。しかし今回は第一幕のような、お互いがお互いの首を狙う攻め合いではない。激しく舞うバニルの剣を、バージルが防ぎ続けるという一方的なもの。

 剣筋は滅茶苦茶。しかしそのどれもが、相手の急所を的確に狙っている。これもまたバニルが再現した、ダンテの攻撃に特化した戦闘方法(ソードマスタースタイル)だった。

 防戦一方の中、バージルの刀が弾かれ右に寄れる。バージルは上から袈裟斬りが来ると踏み、防ぐためと刀を戻そうとしたが──。

 

「そうらっ!」

「ぐっ……!?」

 

 バニルは裏をかき、下からすくい上げるように剣を振ると、右の手のひらを中心に剣を回転させた。思わぬ攻撃(プロップ)によりバージルの身体が刻まれた後、彼の身体は宙に浮かせられる。

 それを追いかけるようにバニルは跳び上がると、空中で剣を4回振った。素早く重い剣がバージルを斬る度に、彼の身体から血が飛び散る。

 しかし、黙ってやられるほど彼は大人しくない。バニルの空中攻撃(エリアルレイブ)が終わった瞬間を狙うように、右手に握っていた刀を横に振る。

 バージルのカウンター攻撃はバニルに当たる──ことはなく、今度は地面と水平になる魔法陣を作るとバニルはそれを蹴り、更に上へ跳び上がって回避した。

 

「フハハハハッ!(んんっ……!)

 

 空中ジャンプ(エアハイク)でバージルの頭上に来たバニル。そこでダクネスの身体が青く光ると、バニルは頭を地面に、足が空を向くように体勢を変える。

 そして両手を下に向けると再び銃の形を作り、バージルに魔弾の雨(レインストーム)を降らせた。連続攻撃を受け、バージルの顔が歪む。

 魔弾を何発か当てたところで、バニルはバージルの頭上を通り過ぎて彼の背後に。背中合わせになったところで、バニルは振り返りざまに左足でバージルの背中を蹴った。

 

「ヌゥッ……!」

 

 蹴り飛ばされたバージルは、空中で身体を翻し、バニルがいる方向へ振り返りながら地面に着地。バージルの背後には、心配そうに見つめるカズマ達が。

 

「お兄ちゃん大丈夫!?」

「いらん心配だと言っただろう」

 

 安否を確かめるアクアに、バージルは大丈夫だと返す。幾ばくか傷を受けていたが、驚異的な回復力故に、もう傷は塞がっていた。

 一方バニルは、華麗に着地すると同じくバージルへ顔を向け、挑発的な笑みを浮かべながら声を掛けてきた。

 

「これにて第四幕は終了である。我輩1人で踊っていたが、貴様も遠慮せず楽しめばよいのだぞ? 表情にパターンのない無味な男よ」

「悪魔と踊る趣味はない」

 

 バージルはそう吐き捨てると、右手に持っていた刀を鞘に納める。そして柄を握ったまま、体勢を低くした構えを取る。

 先程とは違い、自ら仕掛けてくると見たバニルは、笑みを崩さないまま剣を構える。時折、その口からはダクネスのものであろうエロティックな息が漏れている。

 緊迫した雰囲気を見てか息の荒いダクネスを見てか、後ろでカズマが息を呑む。しばし睨み合った末、バージルは両足に力を入れ、強く地面を蹴る。

 瞬時にバニルの前へ移動した彼は、勢いを乗せた一振りでダクネスの剣を狙い──刃の根本から剣をへし折った。

 

「ぬっ!?」

「これで貴様は踊れん」

 

 目には目を。歯には歯を。スタイルにはスタイルを。バージルはこの世界で得た、攻撃を防ぎ魔力を吸収する戦闘方法(ジェネラルガードスタイル)で、先程バニルの攻撃を防ぎながら刀に魔力を吸収させていた。

 冬将軍との戦いで習得したこのスタイルは、まさしく攻防一体。吸収した魔力は強力な一撃として、まとめて相手に返すことができる。バージルは今、吸収した魔力を使って、バニルの魔力が纏うダクネスの剣を破壊したのだった。

 剣を折られ、驚いたように声を上げるバニル。バージルはすかさず刀を返し、袈裟斬りを狙う。

 

 が──そこでバニルは口角を上げると、ダクネスの身体を青白く光らせた。

 

(んあぁあっ!)早計である」

「ッ!」

 

 瞬間、彼等の間で金属同士がぶつかったような音が鳴り響いた。その音に驚き、カズマ達は思わず耳を塞ぐ。

 バージルは刀を振り、確かに当てた。しかし相手はほぼ無傷。何故ならバニルは、右手にあった刃のない剣を既に捨て、両腕で防いだのだから。

 しかし、これはただの防御ではない。相手の攻撃を受け止め怒りのエネルギーを蓄積する、ダンテの防御に特化した戦闘方法(ロイヤルガードスタイル)だ。

 

「ダンスは苦手か? なら我輩が見てやろう。さぁ、存分に踊るといい」

You bastard(貴様)……!」

 

 どこまでも相手を馬鹿にする態度を崩さないバニル。バージルは酷く苛立ち、乗せられるがままに刀を振る。素早い攻撃だったが、バニルは全てタイミングを合わせてガードする。

 軽く二十は越えるほど攻撃したところで、バージルは刀を横に強く振る一撃で攻撃の手を止める。しかしバニルはそれも防ぎ、結果彼は全ての攻撃を防御(ジャストブロック)した。

 

「一人でも存外踊れるではないか。しかし動きは堅いようだ。貴様の後ろにいる、2人きりな上に暗くて危険だからと言い訳が効く状況を利用して、積極的にボディタッチしようと企んでいたが、結局ヘタれてうなじを見つめるだけに踏みとどまった男のように、ちょっぴり自分に正直になると良いであろう」

「ちょくちょく俺を引き合いに出すんじゃねーよ!? あとそそそそそんなこと考えてないから!? あの聖人君子みたいな貴族以外に貰い手が無さそうなのに見限られた行き遅れ確定女のうなじを見て、誰がゴクリと息を呑むか!」

(おい! 誰が行き遅れだ! それに見限られてなどいない! 私から断ってやったんだ! お前も見ていただろう!?)

 

 またもカズマが被害を受けながら、バニルとダクネスが交互に話す。ツッコミを入れられている辺り、まだ大丈夫のようだ。

 それを見てか否か、バージルは刀を鞘に納めると腰元に固定させ、空いた右手で握りこぶしを作りつつ、その手に白く輝く装具(ベオウルフ)を出現させる。

 

「いつまでも減らず口をたたく奴だ。ならば、受け止めきれぬ一撃で黙らせてやろう」

「ちょっ!? 待ってくださいバージル! ダクネスの身体をぶっ壊すつもりですか!?」

 

 ベオウルフによるチャージ攻撃。魔具のことを知っていためぐみんはすかさず静止を呼びかけるが、彼の耳には届かず、光は収束し続ける。

 

(それは、ジャイアントトードを物理攻撃で倒せるほどの破壊力を持った武器! ぶ、ぶっ壊すのか!? 私はぶっ壊されるのか!? ハァ……ハァ……よし! 遠慮なくぶつけてこい! しっかりと受け止めてやろう!)ほほう。それが魔具であるか。元々は悪魔であったというのに、魂を囚われただけでそのような装具に変化するとは。我輩の場合、どのような魔具になるのであろうな?」

 

 強力な一撃が来ると見て、ダクネスはこれまで以上に悦びを露わにする。その一方でバニルは、興味深そうに魔具を見つめる。

 やがて、右手に着けたベオウルフが一度光り輝いた瞬間、バージルはバニルの仮面目掛けて拳を振った。

 

 ──が。

 

「しかし誰かの手足になるのはゴメンである故──ここらでお返ししてやろう!」

「グッ──!」

 

 バニルはそれを、ダクネスの期待とは裏腹に受け止めることはせず。バージルの攻撃が当たる直前、溜まりに溜まっていた怒りのエネルギーを一気に放出(ジャストリリース)した。

 空間が歪むような音が鳴り響いた時、既にバニルはバージルの背後へ。彼と背中合わせになっていたバージルは、その場に立ち尽くしていた。しんと静まり返った2人を、カズマ達は声を出さず見る。

 

 

 その時──バージルは背後を振り返り、バニルに向かって左手を伸ばした。

 

「何っ──うぐっ!?」

 

 彼が動き出した時に、バニルもまた驚きながら振り返ったが、遅かった。バージルはダクネスの顔を掴み、再び前を見る。そして左手一本でバニルを持ち上げ──。

 

Catch this(喰らえ)!」

「グゥッ(んあぁっ)……!」

 

 ダクネスの後頭部を、地面に叩きつけた。バニルとダクネスが痛みに声を上げる中、バージルは顔を掴んだまま左手を振りかぶり、外野からレーザービームを放つが如くバニルを投げ飛ばした。

 直線的に飛んだバニルは、そのままキールダンジョンの石壁に激突。壁が崩れる音と共に土煙が上がる。それを見て、バージルは独り鼻を鳴らした。

 

「言った筈だ。悪魔と踊る趣味はないと。貴様の操る女ともゴメンだ。手を繋ぎ、足並み揃えて踊る様を想像しただけで身の毛がよだつ」

 

 バージルはとても感情の込もった言葉を吐き捨てながら、バニルの様子を伺う。しばらくして土煙の中から人影が現れ、姿を見せる。当然ながら、仮面を被ったダクネスだ。

 しかし──今までと違う点が1つある。

 

「早急に、舞台から降りてもらおう」

 

 仮面の額部分に貼られていた、封印の札が無くなっていた。それは今、バージルの手元にある。彼はバニルを投げ飛ばす際、ついでに札を剥がしていたのだ。

 

「そろそろ頃合いだ。さっさとその憎たらしい仮面を取れ」

「ほほう。見かけによらず荒っぽい一面を見せたかと思えば、器用なことをするではないか」

 

 バニルにどの程度の魔力があるのか定かではないが、ダクネスの身体能力を底上げし、剣を強化した上、ダンテの戦闘方法(スタイル)を模倣し、更に何度か戦い方を転換(スタイルチェンジ)していた。魔力は多く消費したことだろう。なのでバージルは戦闘前に出されたカズマの指示に従い、札を剥がしたのだった。

 楽しそうに笑うバニルの言葉を聞き流し、バージルはダクネスの返事を待つ。しばらくして彼女は、荒く漏れている息を整えてから口を開いた。

 

 

(……断る!)

「ハァッ!?」

 

 まさかの返答を受け、後方にいたカズマは驚く。しかしダクネスは答えを撤回するつもりはないとばかりに拳を強く握り締め、バージルと対峙する。

 

(仮面の悪魔が与える支配の痛み! バージルの多彩かつ強力な攻め! それを同時に受け続ける! これほどまでに最高の痛みはあっただろうか! こんなにも気持ちが昂ぶる経験があっただろうか!? なんて今日は幸せな日だろうか! 人生最高の日と言ってもいい!)

 

 バージル等には見えていない仮面の下で──彼女はとびっきりの笑顔を作った。

 

(楽しすぎて──狂ってしまいそうだ!)

「狂ってるよ! もう既に! 初めて出会った時から狂ってたよお前はぁああああああああ!」

「フハッ! フハハハハハハハハッ! 幾千もの時を生きてきたが、貴様のように支配から逃れることを拒む人間は初めてであるぞ! これにはさしもの我輩も読めんかったわ! さぁどうする冒険者よ! 此奴が我輩の支配を求めている状態で無理矢理剥がしてしまえば、此奴の理性が崩壊するか、最悪顔の皮が剥がれるやもしれんぞ!」

 

 今のダクネスの気持ちは、同種の者が現れない限り理解されることはないのだろう。彼女の叫びを聞いてカズマは怒り、バニルはとても楽しそうに笑っていた。

 バージルもまた鳥肌を立たせ、気色悪い物を見る目でダクネスを見ていた。刀に手を添えてはいるが、内心ではこれ以上ダクネスと剣を交わらせたくないと思っていた。

 バニルの話すことが本当なら、無理矢理剥がすのは得策ではない。かといってダクネスを殺した上でバニルを剥がして蘇生させるといった非情な作戦もしたくない。どう動くのが最善か。カズマは頭を働かせる。

 そして──1つの打開策を見出した彼は、自ら前に出てダクネスに大声で呼びかけた。

 

「おいダクネス! それ以上反抗する気なら、俺と戦ってた時に話した、とっても凄いことをしてやんねーからな!」

(ッ!)

 

 激しいプレイをお求めなら、もっと激しいプレイを。ダクネスの変態欲求を利用した一手だ。

 予想通り食いついたのか、カズマの声にダクネスは反応する。ここはカズマに任せるべきと判断したのか、バージルも2人の様子を見守った。

 

(そ……その凄いこととは……このプレイよりも凄いことか!?)

「あぁそうだ! こんな生半可なもんじゃない! お前の想像を絶するような、もんの凄いことで辱めてやる!」

(も……もんの凄いことで……辱める……!)」 

 

 端から聞けばドン引きするような会話。背後にいる女性陣はおぞましい者を見る目をカズマに向けていたが、ダクネスはかなり興味を惹かれたようだ。

 

「ヌッ……! 此奴、態度を180度変えるが如く我輩の支配から逃れようと……!」

「今だバージルさん! ソイツを引っ剥がして!」

 

 バニルが支配に苦戦していると思わしき声が、カズマの耳に入る。今なら剥がせると思った彼は、すかさずバージルに指示を出した。バージルは嫌々ながらもダクネスに駆け寄り、彼女の顔を覆っている仮面を右手で掴む。

 

filthy girl(汚らわしい)!」

「あぁあああああああんっ!」

 

 汚物を振り払うように、バージルはダクネスに蹴りを入れつつバニルの仮面を剥がした。ダクネスは絶頂を迎えたかのような声を上げ、地面に倒れる。

 

「おいダクネス! 大丈夫か!」

「あっ……んっ……もうらめぇ……」

「よし大丈夫だな! ったくこんな時まで迷惑かけやがって……!」

 

 すぐさまカズマは彼女に駆け寄り、安否を確認する。顔がとろけているものの問題ないと判断したカズマは、重たそうに両腕を引っ張りながらダクネスを引きずり、アクア達のもとへ移動する。

 

「くっ! 我輩がこのようなところで、滅びることになろうとは……!」

 

 一方剥がされたバニルはジタバタと暴れ、悔しそうに声を出す。仮面だけなのにどこから声が出ているのかは、気にしてはいけないことだ。

 バージルは、手の中から抜け出せない仮面ことバニルを見下ろす形で見つめると──鼻で息を吐きながら、ちょっぴり疲れた様子で彼に告げた。

 

「もう舞台劇(ミュージカル)は終わった。いい加減その目障りな演技をやめろ。俺が貴様をまだ殺す気がないことは、既に見通している筈だ」

 

 バージルがそう言い放った途端、バニルの声がピタリと止まる。しばし2人の間が静まった後、呆れの混じったため息が聞こえそうな声色でバニルは言葉を返してきた。

 

「やれやれ。ノリが悪いな。ここは我輩の台詞に合わせつつ、事を進める場面だろうに。弟ならきっとそうしておったぞ?」

「どうだろうな。貴様のようなお喋りな悪魔は、奴も願い下げかもしれん」

 

 これ以上交戦するつもりのないバージルを見て、バニルも興が冷めたようだ。彼はバージルの言う通り演技を止め、話を伺ってきた。

 

「我輩に尋ねたい事があるようだな? 何だ? ダンスのレクチャーなら、先程特別無料サービスでやってあげた筈であるが」

「さっさと答えろ。話の本題も貴様は見通し、知っているのだろう」

「質問はちゃんと自分の口から出すべきである。会話を拒んでいては、勇者候補の多くが属すると言う『コミュ障』とやらになってしまうぞ?」

 

 言葉のキャッチボールになっているかわからない会話が進み、バニルはバージルに質問の内容を話すことを促す。

 面倒だとバージルは思いながらも、右手でバニルの仮面を持ったまま、彼に質問しようと口を開いた。

 

 

「『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』!」

「ギャァアアアアアアアアアアアアッ!?」

 

 が、その瞬間。2人を中心に魔法陣が浮かび上がり、そこから聖なる青の光が降り注いだ。これを受け、バニルは甲高い悲鳴を上げる。

 

「危なかったわねお兄ちゃん! あと一歩遅かったら、そのクソッタレ悪魔に身体を乗っ取られていたわよ! っと、まだ生きてるみたいね。頭文字G並みのしぶとさだけは褒めてあげるわ。でもこれで終わりよ!」

 

 仮面の悪魔を悶えさせる退魔魔法を放ったのは、皆さんご存知アクア様。彼女は未だ息があるバニルを見て、再度退魔魔法を放とうと詠唱を始める。

 質問を終える前に倒されてしまっては、バニルとダクネスの遊びに付き合ってやった意味がない。バージルはすかさずアクアのもとに駆け寄ると──彼女の頭に左手でゲンコツした。

 

「っ~~~~~~~~~~!」

「めぐみん。そこの駄犬を見張っておけ」

「だ、駄犬……」

「グヌゥ……会話の途中に割り込む上に一発かましてくるとは、流石は常識すら理解できない無知なる女神だ。そんな奴に懐かれお兄ちゃんと呼ばれている者よ。今のは助かった。素直に礼を言っておこう」

 

 痛みのあまりか声が出ず、アクアはその場にのたうち回る。めぐみんに彼女の見張りを頼んだバージルは、苦しそうに声を出すバニルに目を向ける。

 

「バージルさん! 何故彼女の手を止めたのですか!? まさか、仮面の悪魔を生かしておくつもりでは──!?」

「以前現れた悪魔共について、コイツから情報を聞き出そうと思っていた。勿論、生かすつもりはない。ある程度喋らせたところで殺す」

「……な、なるほど」

「さて、答えてもらおうか」

 

 そこへ、一連の流れを見ていたセナが突っかかってきたものの、バージルは仮面の悪魔を訪ねた理由を話し、納得させた。

 ついでに質問の内容を話したところで、彼はバニルの返答を待つ。アクアによるダメージが引いてきたところで、バニルはこう告げてきた。

 

「答えられる範囲でなら答えてやろう。だがその代わりに──我輩を一度殺してはくれぬか?」

「……なんだと?」

 

 思わぬ提案を聞き、バージルは思わず耳を疑う。バニルは彼の手の中から脱出することもせず、そのまま言葉を続けた。

 

「普段から朝の読書タイムを心がけている知識人なら知っている筈だ。貴様の知っている悪魔とは違い、こちら側で高い地位を持つ者には『残機』があることを」

 

 『残機』──アクションゲームをやっている者なら聞き慣れた言葉だろう。道中でミスしても数が残っていれば、それを消費して復活できるという、アレだ。

 摩訶不思議なことに、この世界の悪魔で力のある者には『残機』が存在する。彼等は一度倒されても『残機』があれば復活可能。完全に消滅させるには『残機』を全て減らすしかない。

 バージルのいた世界では、そのような者はいなかった。魂を分けているのか魂自体が複数個あるのか不明だが、この事実を本で知った時はバージルも驚いていた。

 

「今の我輩は魔王軍幹部として我が主、魔王と契約を結んでいてな。この身では自由に動けず、長年の夢も叶えられず仕舞いなのだ。しかし一度でも倒されてしまえば、契約は切れ我輩は晴れてフリーに。残機を減らして復活した後は、己が望むまま夢に向かってひた走れるのである」

「ほう、悪魔が人のように夢を見るか」

「バージルさん。コイツの夢は、バージルさんの想像してるような悪どいことじゃないんで聞かない方がいいです。いや悪どいといえば悪どいけど……別ベクトルで悪どいんです」

「……そうか」

 

 苦労してそうなため息が聞こえる声でバニルは話す。彼の夢が少し気になったが、そう話したカズマの顔を見て、わざわざ聞き出すほどの内容ではないとバージルは察した。

 

「それに、貴様は元々1人で我輩と会うつもりだった。2人きりでない今の状況では、聞きたいことも聞けぬであろう?」

「ムッ……」

 

 バニルの指摘を受け、バージルは痛いところを突かれたように唸る。

 バージルのいた世界の悪魔について事細かく聞き出すとなれば、どうしても異世界についての話題が出る。カズマやアクアならまだ聞かれても問題ないが、ここには異世界について知らないめぐみん、ダクネス、セナもいる。故に、質問内容にも制限がかかってしまう。

 

「安心せよ。約束は守る。悪魔は、何の根拠もなく信じれば願いは叶うなどとほざいておきながら、自分達は何もしない無責任な女神と違うのでな。復活した後は我輩自ら出向いてやろう。どちらにせよ、貴様の住む街に用があるのでな」

「言わせておけばこんのクソ悪魔! アンタ達は願いを叶えた後、契約時に話してた条件と違う物を奪っていくそうじゃない! 人間達からいっぱい苦情が出てるわよ!」

「それは我輩達が出した条件を事細かく確認しなかった人間の過ちである。それを我輩達のせいだと責任転嫁か。流石は精神年齢が人間でいえば5歳にも満たないお子ちゃま女神様であるな」

「お兄ちゃんソイツこっちに渡して! 私の手で一欠片も残さずこの世から消し去ってあげるわ!」

「落ち着いてください! またバージルからゲンコツ食らいますよ!」

 

 保証はすると発言したついでに貶されたアクアは再びバニルに突っかかろうとするも、見張っていためぐみんに掴まれて止められる。

 一方バージルは、口に手を当てて考えていた。結局バニルを一度だけ殺す結末になり、先程までの戦い(拷問)が全く意味のない時間だったように思えなくもないが、話し合いもせずに倒していたら、こうして約束も取り付けられなかった。それだけでも意味はあるだろう。バージルはそう信じたかった。

 また、相手は約束を破棄して逃げることもできる条件だが、バニルは自ら魔界でも高い地位の悪魔だと話した。プライドも高いように見える。自分から尻尾を巻いて逃げ出すような真似はしないだろう。

 

「……いいだろう。ただし、逃げようとしても無駄だ。貴様の臭いはもう覚えた。復活した後、たとえ魔界の奥底に逃げようとも貴様を探し出し、残機が尽きるまで殺し続ける」

 

 だが念には念を入れて、バニルに釘を刺してからバージルは条件を呑んだ。彼の脅しを受けたバニルは小さく笑う。

 

「ほほう。魔界で貴様と殺し合いであるか。ちょっぴり興味が湧くルートであるが、約束は守ろう。では早速、我輩を剣でひと刺ししてくれ。おっと太い剣で頼むぞ? ほんの少しばかりであろうとも、そこの蛮族女神の力で殺されるのは勘弁であるからな」

「お兄ちゃん! 私の怒りを込めて刀の方でブスッとやっちゃって! 何なら私の加護をもっと増々にしてあげるから!」

「これ以上貴様の恩恵を受けてしまえば刀が廃れる。こっちの剣で殺させてもらおう」

「なんでー!? ねぇなんで可愛い妹よりもセンス悪い仮面被ってる悪魔の意見を聞くのー!?」

 

 アクアの駄々を無視し、バージルは右手にあったバニルの仮面を地面に置くと、背中から魔氷剣を抜く。

 そして剣先を下に向け、仮面に突き刺そうとした──その時、バニルが再び喋り出した。

 

「ところで青の男よ。我輩を殺そうとする貴様の姿を、欲を言えば自分がトドメを刺したかったなーという目で後ろの男が見ておるぞ?」

「うぇっ!?」

 

 彼の言葉を聞いて、後ろに控えていたカズマが声を上げる。周りの者だけでなく、バージルも手を止めて後ろを見た。

 視線が集中したところで、カズマは顔の前で両手をブンブンと振りながらバージルに伝える。

 

「い、いやいやいやいや! そんな美味しいとこどりしようだなんて思っちゃいませんよ!」

「嘘よ! 今のは嘘発見器がなくてもわかるわ! だってカズマったら、私が倒そうとしてた棺桶の悪魔を横取りしようとしたんだもの!」

「あれはお前が棺桶パンチで手を痛めたから、気を遣って代わりに俺が片付けといてやろうとしたんだろうが!」

「ハイダウト! どんだけ経験値美味しいんだろうなぁってグヘヘと下品に笑いながら敵に近付いていったの、私見たもん!」

 

 アクアから嘘を看破され、カズマは詰まったような声を出す。

 バージルはジッとカズマを見つめ、何故トドメを刺したいのか訳を話すよう促す。しばらくして観念したカズマは、何故かバージルのもとに近寄ると、バージルとその近くにいるバニルにしか聞こえないように小声で話した。

 

「……ソイツの言う通り、俺が倒したら経験値いっぱい貰えるだろうなー羨ましいなーと思いながら見てました。でも理由はそれだけじゃなくって……ほらっ、俺って国家転覆罪の容疑が掛けられてるじゃないですか? で、もし俺の討伐モンスター一覧に魔王軍幹部の名前があったら、疑惑を晴らす証拠には持ってこいだろうなーと思って……」

 

 カズマはチラチラとセナに注意を向けながら話す。幸い彼女には聞こえていないようで、不思議そうに首を傾げていた。

 自分の気持ちに正直なカズマの告白を聞いて、バージルは少し考える仕草を見せると──手に持っていた魔氷剣を、カズマに差し出した。

 

「なら、貴様がトドメを刺せ」

「えぇっ!? い、いいんですか!?」

「協力者であり隣人でもある貴様がいつまでも容疑者扱いなのは、こちらとしても都合が悪い。最悪、俺にも火花が飛びかねん」

 

 本当に良いのかと尋ねるカズマに、バージルは魔氷剣を押し付けながら理由を話す。そしてカズマから視線を背けると、小さな声で「それに」と付け加えてから言葉を続けた。

 

「貴様には、俺の正体を隠してもらった借りがある」

 

 あまり貸し借りをしたくない性格なのか、ただ単に素直じゃないのか。そんな彼の返答を聞いてカズマは少し笑いながらも、ならお言葉に甘えてとバージルの剣を取る。

 重量がある故か少しフラつきはしたものの、カズマは両手で持ち、剣先を地面に置かれた仮面に向ける。そして、剣を握る手に力を込め──。

 

「バニル! 覚悟ぉおおおおおおおおっ!」

 

 こうして、魔王軍幹部の1人──仮面の悪魔バニルは、冒険者サトウカズマの手によって倒された。

 

 

*********************************

 

 

 それから数日後──カズマが仮面の悪魔を倒した事実は、瞬く間にアクセルの街へ広まった。

 バージルがやったのではないかと、交流のあるダスト達に尋ねられたが、バージルは「癪だったが、奴の指示に従っていた。実質トドメを刺したのも奴だ」と答えた。嘘は言っていないので、もしその時嘘を見破る魔道具があっても反応は示さなかっただろう。

 結果、周りの者はカズマ達を讃え、称賛した。カズマは後ろめたい気持ちを抱えながらも、自身の疑惑を晴らす為だと言い聞かせながら流れに身を任せていた。

 そして、肝心の国家転覆罪の疑惑であったが──カズマのバニル討伐が認められ、疑惑は晴れた。更にアルダープの屋敷修復費用による借金も、バニル討伐の報酬金により完済。オマケに逮捕騒動で先送りになっていたデストロイヤー迎撃の報酬とMVP報酬をカズマパーティーは受け、アクアとめぐみんが抱えていた借金もゼロに。文字通り、カズマは自由の身となった。

 

 一方、セナは白い目でカズマを見ていたが、過程はどうあれ証拠として認めざるをえないために、口を挟むことはしなかった。アクアも最初は冷ややかな目を向けていたが、それよりもお金に目が移り、即座にお酒へと変えて楽しく飲んでいた。

 また、ダクネスはカズマの言っていた『とっても凄いこと』を体験し、常日頃恥ずかしい思いをする羽目に。めぐみんは「紅魔族のエリートとあろう者が、空気になってしまった……」と、バニル戦での自分の体たらくを深く反省していた。

 

 そんなこんなで、彼等は再び平和な日常へ。カズマ達がクエストに行かず屋敷で身体を休ませているお昼時──バージルは、独り街を歩いていた。

 彼はいつもと変わらない──否、ちょっと真剣みを帯びた表情で街を歩く。ただ目的もなくぶらついているわけではなく、ある場所に向かって足を進めている。

 郊外から商業区へ、メインストリートを抜け、住宅街を進んでいた時──彼はバッタリと知人に出会った。

 

「ひぃ、ふぅ、みぃ……今日はこれぐらいでいいかな」

「先輩、無闇矢鱈に信者を増やさないでくださいね? 女神として存在するには、信仰が必要不可欠なのは承知していますが……」

「わかってるって。ちゃんと君やアクアの信者を奪わないように、無宗派の人にしか声を掛けてないし。堕女神になった今でも信仰の効果があるのかわかんないけど……おや?」

 

 数枚の紙を両手に持って数えるタナリスと、横で紙を覗き込みながら先輩に釘を刺すクリスだった。鉢合わせる形でバージルの前に現れた彼女等は、やがて前を見て彼の存在に気付くと、タナリスは挨拶代わりに片手を上げながら近寄ってきた。

 

「奇遇だねー。君もタリス教に入信しにきたのかい? ってのはありえないか」

「タリス教?」

「女神タナリス……先輩を信仰対象とする宗教です。私は先輩命令で勧誘に付き合わされてて……エリス教徒どころか女神本人なのに……」

「1日1回とは言わない。気が向いた時にお祈りを捧げてくれればいい。メインは信者同士の交流で、気軽に集まってランチに行ったり遊んだりして、交流を深めるのが主な活動内容さ。エリス教やアクシズ教は敷居高くて入れないって人にオススメだよ」

 

 なんでこんなことにと嘆くクリスの横で、タナリスは慣れたようにタリス教について説明をする。

 元々は彼女もバージルのいた世界の女神。となればタリス教も元の世界に存在していたのだろうが、博識なバージルも名前すら聞いたことがなかった。恐らく信者が数名しかいない、超マイナーな宗教だったのだろう。

 

「よかったら君も宗教勧誘のバイトする? 面接官は僕だから採用間違いなしだよ。どう?」

「副業なら間に合っている。それに、今は用事で出かけているところだ」

 

 バイトの勧誘をキッパリ断り、バージルは訳あって出歩いている節を話す。するとタナリスは、お誘いを断られたことよりも彼の用事に興味が行ったのか、バージルにこう尋ねてきた。

 

「僕達も行っていい?」

「ちょっと先輩、あまりバージルさんの仕事を邪魔するのは……ていうかちゃっかり私も巻き込んで──」

「貴様等もいた方が都合はいいか。いいだろう。ついてこい」

「えぇっ!?」

 

 まさかのOKを貰い、聞いていたクリスは顔をバージルの方へ向けながら驚く。

 そんなクリスを他所に、バージルは2人の横を通り過ぎて歩いて行く。ついていく気満々だったタナリスは、鼻歌交じりにバージルの後を追っていった。

 

「って、また私を置いて行かないでくださいよー!」

 

 危うく取り残されそうになったクリスは、慌てて先行く2人を追いかけた。

 

 

*********************************

 

 

 住宅街でも人通りの少ない、まだ雪が残る路地を歩き数分後。バージルはクリス達と共に目的の場へ辿り着く。

 ステンドグラスの窓が取り付けられた一階建ての建造物。緑色のドアには開店中(Open)と記された木札が下げられている。アクセルの街ではある意味有名な、ウィズ魔道具店だ。

 

「へぇー。こんな所に魔道具店なんてあったんだ。バイト募集してるかな? 給料良いなら面接してもらおっと」

 

 新参者故ここは知らなかったのか、タナリスは興味津々といった様子。一方クリスはというと、どこか警戒した様子で魔道具店を睨み、いつでも抜けるよう片手は腰元のダガーに手を添えていた。

 しかしそうなるのも無理はない。この店の中からは、ある『臭い』──バージルにとっては覚えたての『臭い』が漂っていたのだから。

 それに、外からでもわかるほどに店内は騒がしい。声は聞こえないが、何者かが大声を上げている。タナリス以外が警戒心を持ちながら、魔道具店の中へ足を踏み入れた。

 

 

「貴様という奴は! 何故このような値段が馬鹿高い故に高レベルの冒険者も手を出さぬテレポート水晶を仕入れた!? 馬鹿か!? 遂に脳みそまで溶けかけのアンデッドが如く腐ってしまったか!?」

「ま、待ってください! 聞いてください! まずそもそもウチは、テレポート水晶が1個売れ残っていたんです! で、大分前にそれを貴重なお客さんが買ってくださって、もしかしたらと思ってまた1個仕入れたら、それも売れたんですよ!」

「1個目が売れたのは偶然である! そして2個目も奇跡的に売れただけ! それで手を引けばよいというのに、何故貴様は再び仕入れた!?」

「絶対に売れると確信を得たからです!」

「よしそこに直れ! 今から貴様に罰として我が破壊光線を食らわせてやる!」

「どうしてわかってくれないんですか!? 2個も売れたんですから3個目も売れますって! ……あっ! 丁度1個目を買ってくださったお得意様が来られましたよ!」

 

 入店早々、2人の喧嘩する声がバージル等の耳に入ってきた。1人は、魔道具店の店主であるウィズ。もう1人はバージルとほぼ同身長で、バージルのように後ろへ髪を掻き上げている、黒髪の男性。黒いタキシードの上に身に付けているのは、ギャップを狙っているとしか思えない可愛らしいピンクのエプロン。そして彼の顔には、見覚えのある仮面が。

 バージル達に気付いたウィズは、慌てて仮面の男にそちらへ意識を向けるよう指差す。男は顔だけバージル達に向けると、顎に手を当てながらジッと見つめてきた。

 

「ほほう、どのような物好きが買ったのかと思えば、まさか貴様であったとは。そして隣の二名は初めましてであるな。では自己紹介も兼ねて──」

 

 額部分に『Ⅱ』の文字が記された仮面でバージル達を見た彼は、白い手袋をクイッと引っ張り、襟元を直して軽くエプロンを払う。そしてバージル達に向き直ると、両手を合わせてパンと音を鳴らし──。

 

「さぁらっしゃいらっしゃい! ポンコツ揃いだがもしかしたら掘り出し物があるかもしれないウィズ魔道具店へようこそ! 我輩はつい先日ここで働き始めた期待の新人店員! 仮面の悪魔ことバニルである!」

 

 両腕を左右に伸ばして手のひらを広げるポーズ(すしざんまい)で、仮面の悪魔はそう名乗った。

 

 




もうちょっとだけ今章は続きます。

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