この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第49話「この湯治旅行に雪山登りを!」

 観光街アルカンレティアが誇る温泉。そのほとんどが奥地にそびえる山から流れる源泉によって保たれていたのだが、山に悪魔が現れたことで状況は一変。

 天候は雪へと早変わりし、湯水は凍りついてしまった。悪魔の侵入を防ぐためにアルカンレティア全体に結界を張ったところ、街には雪ひとつ降らなくなったため、天候の変化も悪魔の仕業であろうと結論付けられていた。

 

「それで……貴様等では手に負えんから、俺に依頼を寄越してきたと」

 

 ゼスタがアクアへ現状を話し終えたところで、聞き耳を立てていたバージルが口を挟む。彼が依頼を受けてやってきたことを今初めて知ったのか「そうだったの!?」と、アクアは驚いていた。

 少々小馬鹿にされているような言葉を聞いたゼスタは、アクアに見せていた表情とは打って変わって、非常に不機嫌な顔で返した。

 

「おっと……アクア様に出会えた喜びで、貴方の始末をうっかり忘れていましたよ」

 

 二歩彼へ歩み寄ると、ゼスタは魔力を再び高めて対峙する。バージルはとうに戦う気など失せていたのだが、やると言うのであれば相手になると席を立つ。

 またも一触即発の雰囲気となった二人であったが、目の前で見ていたアクアが黙っている筈もなく。

 

「待って! お兄ちゃんは私達の味方だから大丈夫よ!」

 

 しかし信者ではなくバージルを守るように、アクアはゼスタに伝えた。女神様の声を無視することはできず、ゼスタは酷く驚きながらも攻撃の手を止める。

 悪魔、アンデッド等の魔族を強く憎む女神アクアが庇ったのを目撃し、彼は自身の目を疑ったが、それよりも気になることが。

 

「僭越ながらアクア様、お兄ちゃんというのは……?」

「えっ?」

 

 ゼスタから問われたアクアは、一度バージルの方へ顔を向ける。無表情のバージルと目が合ったところでゼスタに視線を戻すと、首を傾げながら答えた。

 

「お兄ちゃんは……お兄ちゃんよ?」

「貴様ァアアアアアアアアッ!」

 

 瞬間、ゼスタは血相を変えてバージルへと掴みかかった。今の彼を相手にするのが面倒だったのか、バージルは抵抗せずに掴まれる。

 

「悪魔如きが、我等のアクア様にお兄ちゃん扱いされるとはどういう了見だ!? アクア様を汚したというのであれば、アクシズ教団総出で貴様を吊し上げ、地獄のような苦しみを味あわせてやるぅううううううううっ!」

「コイツが勝手にそう呼んでくるだけだ」

「アクア様をコイツ呼ばわりするなぁああああああああっ!」

 

 真正面から激しく飛んでくるゼスタの怒号。いつまでも発し続けるのであれば蹴り飛ばしてやろうかとバージルは考えたが、丁度そのタイミングでゼスタは手を離すと、今度はアクアに詰め寄っていった。

 

「アクア様っ! 何故ですか!? 何故このような品性の欠片もない悪魔を兄と呼び、友好的に接しておられるのですか!?」

「それは、えーっと……お、お兄ちゃんは悪魔じゃなくて、悪魔っぽい力を使う人間だからよ!」

「人間……ですと?」

 

 迫りくるゼスタの勢いに押され、アクアはたじろきながらも答えた。真偽を確かめるように、ゼスタは目を細めてバージルを見る。

 その一方で、アクアはバージルに何度もウインクを送ってきた。話を合わせて、というアイサインであろう。半人半魔だと明かして場を荒らすよりも、アクアの考えた設定に乗って事を円滑に進ませるのが吉だと判断したバージルは、小さく息を吐いてから口を開いた。

 

「言った筈だ。力を振るい、血を浴びることに快楽を見出す低俗な悪魔共と一緒にするなと」

「そういうこと! とにかくお兄ちゃんは、血生臭い悪魔達に加担するような真似は絶対しないから安心して!」

「むぅう……結界をわざわざ破って侵入してきたのと、鼻につくこの臭いが些か疑問に残りますが、アクア様が言うのであれば確かなのでしょう」

 

 アクシズ教徒の身であるが故に、女神アクアの御言葉に偽りがあるとは思いたくないのか、ゼスタはアクアの言葉を信じた。純粋無垢な信者の言葉を受けてか、いたたまれない様子でアクアは目を逸らす。

 

「では、お兄ちゃんというのは?」

「それは……女神のほんの戯れ的な? 妹キャラってどんな感じなのかなーって気になったから、この人に付き合ってもらって体験してるところなの!」

 

 自身を崇める可愛い信者の手前、お兄ちゃん呼びを始めたブルータルアリゲーターの件は話しにくいのだろう。アクアは目を泳がせながらゼスタに返す。

 ならばもう十分体験しただろうと、アクアへ言葉を返そうとしたバージルであったが、先にゼスタが口を開いた。

 

「そうでしたか……なればアクシズ教団最高責任者たる私も、アクア様に倣って貴様をお兄ちゃんと呼ばねばなりませんな」

「やめろ」

 

 どうしてそうなるのか。ゼスタの発案を耳にし、バージルは嫌悪感が如実に現れた表情を見せる。しかしゼスタは聞く耳持たず。

 

「お兄ちゃんよ。正直私はお兄ちゃんのことを好きにはなれないし、アクア様にお兄ちゃん呼びされているのも妬ましいことこの上ないが、選ばれた以上、お兄ちゃんは女神アクア様のお戯れの相手として、お兄ちゃんの役割を果たすのだ。わかったかお兄ちゃん?」

「……もう一度俺を兄と呼んでみろ。その時は、この大聖堂が貴様の血で赤黒く飾られることになるだろう」

「おや、お兄ちゃんはお嫌いでしたか? しかし兄の呼び方はいくらでもありますので安心めされよ。兄貴、にぃにぃ、お兄様。さぁどれがお好みですかな? おにぃーちゃん?」

「死の覚悟はできているようだな。潔さに免じて、刎ね落とした貴様の頭を女神アクアの前に差し出してやろう」

「ストップストップストーップ! 大聖堂の中で、しかも私の目の前で信者に手を出そうとしないでお兄ちゃん!」

「ねぇねぇアクア。この神像ってもしかして君を模したものかい? 本物とはまるで別人だねぇ。像の方がべっぴんさんじゃないか」

「一緒に止めてくれるのかと思ったら、どさくさに紛れて言ってくれたわねアンタ! 後で覚えときなさいよ!?」

 

 

*********************************

 

 

 喧嘩を始めそうになったバージルとゼスタであったが、珍しくアクアが間に入ったことで、どうにかその場は収まった。

 慣れない仲介役を担い、少々疲れたアクアは息を吐きながら席に座ると、悪魔の件に話を戻した。

 

「それで、アルカンレティアの山に出没した悪魔についてだけど、本当に貴方達じゃ手に負えないからお兄ちゃんに依頼を出したの?」

「そんなことはありませんぞアクア様! 私は、アクシズ教徒の中で悪魔を屠ることに関しては他の追随を許さないと自負しております! 老いはしましたが、あの程度の悪魔に恐れをなすことなどありませぬ!」

「じゃあどうして?」

 

 悪魔は自分達でもどうにかできると豪語するゼスタであったが、ならばどうしてバージルに依頼が寄越されたのか。疑問に思うアクアとバージルの前、ゼスタは片手で頭を掻きながらその訳を話した。

 

「いやはや、山に蔓延り始めた悪魔を最初に見た時は、いいストレス発散場ができたものだと喜び、一気に全滅させることはせず時間をかけてなぶり殺しにしていたのですが、その過程で私はひとつの画期的なアイディアを思いつきましてね」

「画期的?」

「(……まさか)」

 

 耳を傾けるアクア。その隣でバージルはある予感を覚える。アルカンレティアを練り歩き、声を掛けられる度に過ったのと同じ予感を。

 二人が言葉を待つ中、ゼスタは両手を大きく広げ、声高らかに名案の詳細を教えた。

 

「それは──名のある冒険者にこの異変を解決させた後、アクシズ教徒へ入信させ、あの超有名冒険者も入っているアクシズ教という宣伝文句を作ること! 山の問題を解決でき、入信者もガッポリ稼げる! なんと素晴らしいアイディアだと、私は小一時間自分を褒めまくっていましたよ!」

 

 つまり、山に現れた悪魔と名の知れた冒険者を利用して入信者を増やす作戦のために、バージルはここへ呼ばれたということ。依頼が届けられた真意を知ったバージルは酷く呆れ、もはや帰りたいまであった。

 

「その準備期間、山は悪魔の住処となり温泉も機能しなくなるだろうとわかっていましたが……多くの信者をゲットするには必要な犠牲。温泉の管理人には訳を話し、彼好みの聖書も渡したことで承諾をいただきました」

 

 更にはゼスタの作戦が、唯一楽しみにしていた温泉の営業停止の間接的な原因だと知る。コイツは一度殴った方がいいのではとバージルは真面目に思った。

 

「で、私はアクセルの街に住む蒼白のソードマスターに目をつけたのですが……どうも私は君を好きになれない。たとえアクア様が選んだお兄ちゃん役であろうとも、アクシズ教団の看板として売り出すにはイメージが合わない」

「それは嬉しいニュースだ。是非とも全ての信者共に知らせて欲しいものだな」

 

 ここへ来るまでに散々受けてきた勧誘が無くなるのなら、これほど喜ばしいことはない。バージルは正直な言葉で返す。ゼスタは小馬鹿にされていると受け取ったのか、鼻を鳴らしてバージルから目を背ける。

 

「なので私は、別の冒険者を探すべきかと思いましたが……最早その必要はなくなった。何故なら! この場に我らがアクア様がご降臨なさったのですから!」

 

 と、ゼスタは態度をガラリと変えつつアクアに顔を向け、神を崇めるように両腕を広げながら彼女の前で両膝をついた。

 

「悪魔に支配されたアルカンレティアの山を、女神アクア様がお救いになる! これはもう宣伝文句などではない! 新たに刻まれる神話だ! それを目の当たりにできるなんて……あぁ! なんと私は幸せ者であろうか! 神の御前でなければ、おねしょなんぞ知ったことかと股を濡らせていたことでしょう!」

 

 その体勢のまま、ゼスタは嬉々として話す。椅子に座っていたアクアは面食らった様子であったが、間を置いて前のめりの姿勢になると、興味を示すようにゼスタへ尋ねた。

 

「神話を新しく作っちゃったら……信者も増える?」

「えぇ! 間違いなく! 私の魂を賭けてもいい!」

「よし乗った! 久しぶりに女神らしいことができるのもあるけど、悪魔を踏み台にしようって魂胆が気に入ったわ!」

「おっ……おぉっ……! アクア様が私にお褒めの言葉を! ありがたき幸せ……もう死んでもいい!」

 

 アクアは勢いよく立ち上がり、ゼスタの案に乗る意を示した。ゼスタはその場で天を仰ぎ、心臓を押さえながら涙を流す。

 依頼を受けていた筈のバージルは既に蚊帳の外。このままアクセルの街にテレポートして帰っても何の問題も無さそうであったが、今回標的となるのは悪魔。もし彼の元いた世界からの旅行客であるならば、通行手段は何なのかを調べなければならない。

 バージルが独り考えていた時、ふとアクアがこちらを見ていることに気付いた。目が合ったところで、アクアは腰元に手を置きながらバージルに告げる。

 

「言っておくけど、ついてくるなって言っても私は行くからね、お兄ちゃん。これは私の大事な子達と、大切な街と、私自身のためなんだもの」

 

 アクアは口角を上げて笑顔を見せる。迷いを感じさせない目を、バージルから一切逸らすことなく。

 

「そうだ! カズマ達も連れて行きましょう! 今度こそ、私は駄女神でもトイレの女神様でもなく、正真正銘本物の女神アクア様だってことをわからせてやるんだから!」

 

 とそこで、アクアはパンと手を打ってそう口にする。思い立ったが吉日とばかりに飛び出し、外へ続く扉に向かって走っていった。

 アクアの背中をバージルが見ていた時、静かにしていたタナリスがいつの間にやら彼の隣へ立ち、同じくアクアに目をやりながらバージルに伝えた。

 

「彼女の同期からのアドバイス。ああいう時のアクアは何を言ったって無駄だよ。自分の意志で諦めない限り、やると決めたらやろうとする子だから」

「……駄々をこねられるよりはマシか」

 

 タナリスの助言を受け、バージルは肩をすくめる。そしてアクアを追うように二人も歩き出し、未だ涙を流すゼスタと絶賛失神中のプリーストを残して、大聖堂を後にした。

 

*********************************

 

 

 住宅街に紛れて建てられていた、この街では比較的人気のある宿屋。多くの部屋、食事処を備えているのは勿論、この街に来れば誰もが入る露天風呂もある。もっとも、今は使えないのだが。

 その宿屋に入ってすぐの場所に設けられた、エントランスホール。

 

「あれほどの進化を遂げていたとは……怖い……アクシズ教徒怖い……アルカンレティア怖い……」

「なーお……」

 

 日が差し込む窓際に置かれていたソファーに座り、めぐみんはガクガクと震えていた。彼女の隣ではちょむすけがお座りをし、同調するように元気のない声を出す。

 

「なんというかこの街は、そこはかとなく素晴らしいな……第二の拠点として構えるようカズマにお願いしてみようか……」

 

 一方で同じくソファーに座っていたダクネスは、満足げな表情でほっこりとしていた。

 この宿屋へ来るまでに、彼女等は数えるのも億劫になるほどの勧誘を受けてきた。その中で、ダクネスは勧誘を断るためにエリス教徒を示すお守りを見せたのだが、結果勧誘が止まった代わりに、アクシズ教徒から唾を吐かれた。

 街を歩けば唾を吐かれ、掃除中の人に箒でホコリをぶちまけられ、喫茶店に行けば、サービスとしてペット用の受け皿に乗った骨を出される始末。この仕打ちにドMクルセイダーが悦ばない筈もなく、わざと見せびらかすように、今でもダクネスの首にはお守りが下げられていた。

 共に行動していたのに対照的となった二人。それは彼女達だけではなかったようで。

 

「すみませーん。お先にお風呂いただきましたー」

「なんでだよ……なんでこういう時に限って混浴どころか露店風呂も閉鎖してて、壁に阻まれた男女別の銭湯しかねぇんだよ……俺の幸運はどこに行ったんだ……」

 

 彼女等のもとに現れたのは、ほかほかとご満悦な表情のウィズに、頭上にどんより雲がかかって雨が降っていそうなほどに落ち込んでいるカズマだった。

 しかし無理もない。彼が一番、というよりそれしか楽しみにしていなかったのに、よりによってお楽しみだけを取り上げられてしまったのだから。もし混浴さえ残っていれば、今頃はお風呂の中でウィズとランデブーしていたであろう。

 

「あれ? アクア様はまだ戻られていないのですか?」

 

 ウィズはエントランス内を見渡し、めぐみんとダクネスに尋ねる。彼女等もアクアの姿は見ていないのか、静かに首を横に振った。未だアクアが合流していないことを受け、カズマはため息を吐く。

 

「ったく、どこほっつき歩いてんだ……けど、迷子の駄女神を探すためだけに外へ行きたくはない。ま、しばらく待ってれば勝手に──」

 

 戻ってくるだろう、と言おうとした時、宿屋の出入り口の扉が勢いよく開かれた。カズマ達はそちらに目を向ける。

 

「あっ、いたー!」

 

 噂をすればと現れたのは、道中で出会ったバージルとタナリスを何故か背後に侍らせていた、アクアだった。

 

 

*********************************

 

 

 無事合流できたアクアは、ここへ来るまでに何があったのかをカズマ達に話した。

 バージルとタナリスは依頼を受けてアルカンレティアにやって来たこと。山には悪魔が蔓延り、奴等のせいで湯水が流れなくなっていること。悪魔の討伐を任されたことを。

 

「というわけだから、悪魔をぶっ倒すため私について来なさい!」

「誰が行くか馬鹿」

 

 ビシッと指差しながらアクアは命令形で言ってきたが、そんなこと知るかとばかりにカズマは断った。不服だったのか、アクアは怒りを顕にして突っかかる。

 

「折角の温泉旅行を台無しにされたのよ!? アンタだって腹立ってるでしょ!?」

「そりゃあ腸煮えくり返ってるけど、相手が悪魔なら話は別だ。俺は何度も見た上に一度食われかけたからわかる。アレは未だ駆け出しな俺達が手を出していい領域じゃない。バージルさん、俺の考え間違ってますかね?」

「敵の実力を見誤り、自ら死へ赴く無謀者と比べれば、実に賢明な判断だ」

「そういうこった。俺はバージルさんに任せて、ここでのんびり温泉が復活するのを待つとするよ。お前は悪魔相手でも大丈夫だろうから、気にせず行って来い」

 

 カズマは断固反対の姿勢を貫く。人によっては臆病者だと罵るであろうが、身の上を知ることは生きる上で重要なこと。バージルも同意見のようだ。

 彼は説得するだけ無駄だろう。そう感じたアクアはカズマから顔を背け、ソファーに座している他の三人に尋ねた。

 

「めぐみん! ダクネス! ウィズ! アンタ達はどうするの!?」

「悪魔に爆裂魔法を撃ち込める絶好の機会ならば、この私が行かないわけないでしょう」

「私も喜んで行かせてもらおう」

「街の皆さんが困っているのなら、見過ごすわけにはいきません」

 

 カズマとは違い、彼女等は行く気満々のようだ。わかりきっていた結果を見て、バージルは小さく息を吐く。

 残る反対派はカズマのみ。仲間の女性達が全員敵地へ赴くのを、男が黙って見てられるかと、主人公なら腰を上げる場面だが──。

 

「そーかそーか。なら皆で行ってこい。俺は部屋でゴロゴロして待ってるから」

 

 自分は決して、無償の愛で女を助けるようなキラキラ系王道主人公ではないと、カズマはソファーで横になりながら、やる気のない声で返した。

 てこでも動かないカズマを見限り「ヘタレはほっときましょ!」とアクアは放ったが、彼がいないと不安なのか、ダクネスはカズマに視線を向けたまま。ウィズもどうしたら良いかわからずオロオロしている。

 残るめぐみんはというと、呆れたようにため息を吐く。そして席を立ち、カズマの隣に移動すると、優しい声色で彼に告げた。

 

「もしカズマも来てくれたら……また一緒に入ってあげますよ」

「んな安っぽい色仕掛けが効くカズマさんだと思ったら大間違いだぞ。第一、その色仕掛けが使える身体だと思ってんの? 今の俺のように、もっと身の程を知った方がいいぞロリっ子」

「おい! 私の身体的特徴を貶すつもりなら聞こうじゃないか!」

 

 混浴のお誘いに一切興味を示さないカズマへ、めぐみんは彼の胸ぐらを掴みながら突っかかる。

 もはや彼の気持ちを動かす者は現れない。そう思われた時──ここまで傍観に徹していたタナリスが立ち上がった。

 

「保護者役の君が来てくれないと、まとめるのが大変そうなんだよねぇ。そうだ店主さん。さっきめぐみんが口にしてたのと同じセリフをカズマに言ってあげてよ」

「えっ? えーっと、よくわかりませんが、それで効果があるのなら……もしカズマさんが来てくださるのなら、一緒に入ってあげますよ?」

「よしきた。お前らを野放しにしたら被害が増大しそうだし、しょうがないから俺も行ってやるよ」

「なんですかこの敗北感!」

 

 

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 結局、カズマパーティー全員とウィズも同行することとなった、山に潜む悪魔の討伐。実行するのは、悪魔が活性化する夜となった。

 それまでの間、ある者は仮眠を取り、ある者はまた風呂に入り、ある者は準備をするため外に出向き、各々好きなように時間を過ごした。

 気付けば日は沈み、夜。集合場所に指定した、大聖堂の裏手に参加者は集った。

 

「……来たか」

 

 既に待機していたのはバージル。タナリスとウィズも共に立ち、街の方から駆け寄ってきた、残る四人の姿を見る。

 

「すんませーん! 色々回ってたんで、時間かかっちゃいました!」

 

 先頭を走っていたカズマが、謝りながらバージル達のもとへ。宿屋で見た姿とは違ってマントを羽織り、背には弓と矢入の筒が。遅れてやってきためぐみん、ダクネスもいつものように装備を固め、アクアは桃色の羽衣を纏っていた。

 

「元気なアクシズ教徒達にでも絡まれてたのかい?」

「嫌になるぐらいにはな。それもあるけど、今から雪山を登るってのにこんな軽装じゃ凍え死んじまうから、何か良いもんないかなって探してたんだ。そしたら、今の俺達にピッタリな物を見つけてさ」

 

 カズマはそう言って、腰元に下げていた小さなバッグを開け、中から一本の瓶を取り出す。中には赤い液体が。カズマだけではなく、仲間の三人も同じバッグを下げていた。

 

「その名もホットドリンク。飲むだけで雪山登山にも耐えられるぐらい身体がポカポカするんだってよ。価格もお手頃だったから、いくつか買っておいたんだ。わざわざ防寒具を買う必要もなくなるし」

「ほほう。雪山でのモンスター狩りに重宝しそうなアイテムだねぇ。僕も貰っていい?」

「あぁ。バージルさんもいります?」

「必要ない」

「あっ、私も大丈夫ですよ。寒いのには慣れていますので」

 

 ホットドリンクセットをタナリスがひとつ貰う傍ら、バージルとウィズは断りを入れる。かたや魔界を体験した悪魔、かたやノーライフキング。寒さぐらいどうとでもなるのだろう。

 余った二つのセットは、カズマとめぐみんが分担して持つことに。カズマが下げているバッグの位置を調整する中、バージルが彼の腰元に目を落としつつ尋ねてきた。

 

「……その刀は貴様のか?」

「あっ、気付いちゃいました? 実は、アクセルの街で新しく作ってもらったんすよ」

 

 視線の先にあったのは、カズマの腰に据えられていた刀。バージルの所持する聖雷刀と比べて全長は半分ほど短く、主に盗賊が所持するダガーよりは長いもの。

 カズマは黒い鞘から刀を抜き、美しく光る刀身を自慢げに見せながら言葉を続ける。

 

「俺もバージルさんみたいに刀使ってみたかったんで、クリスからバージルさんの刀を作った鍛冶屋さんを聞いて、その人に頼んだんです」

「ゲイリーが? レベルの高い冒険者でなければ作らん主義だと、奴自身言っていた筈だが」

「俺も最初はそう言われましたよ。でも、バージルさんの知り合いだってわかってたのか、特別に作ってもらえたんです。おめぇさんにはこれで十分だって短くされちゃいましたけど」

 

 もっと長めの刀が良かったと、カズマはため息混じりに愚痴を零す。

 小さくても流石はゲイリーの作品か、一切の刃こぼれがなく、自身が持つ刀と比べても引けを取らない名作だとバージルには感じられた。

 頑固者の老人が粋なことをしたものだと思いながら、バージルは続けて尋ねる。

 

「刀の名は?」

「ちゅんちゅん丸です」

「……What?」

「ちゅんちゅん丸です」

 

 彼の質問に、めぐみんが食い気味に答える。予想の斜め上をいった名前を聞いてバージルは耳を疑ったが、どうやら本当のようだ。

 その証拠として、強調するめぐみんの横でカズマは刀を鞘に戻し、柄に深く刻まれた「ちゅんちゅん丸」の名を見せてきた。事情は察してくれと目で訴えながら。

 

「……災難だったな」

「えぇホントに。ゲイリーさんにもゲラゲラ笑われたし」

「何故ですか!? 魔王を倒す勇者の剣に相応しい、センス溢れる名前でしょう!」

 

 名付け親が誰なのかを察したバージルは、カズマに同情する。この世に生まれ出たちゅんちゅん丸も、未来永劫その名前で呼ばれる運命を呪っていることだろう。

 とにもかくにも、全員揃い準備は万端。いざ山に向かわんと、彼等は門に向けて歩を進める。が、門前に一人の男──バージル、タナリス、アクアの知る男が立っていたのを見て足を止めた。

 

「お待ちしておりました。アクア様」

 

 アクシズ教団最高責任者、ゼスタだ。彼はアクアの姿を見るやいなや、深々と頭を下げる。

 

「アクア様のお兄ちゃんが通れるよう、橋を渡った先の部分だけ結界を取り除いております」

「ありがとう。助かったわ」

「いえ、これも全てアクア様のため。信者として当然のことをしたまでです」

 

 歩み寄り礼を告げたアクアに、ゼスタは王に従う騎士のような口調で言葉を返す。見慣れない光景を目の当たりにし、彼女の仲間であるカズマ達は少々面食らっている様子。

 

「ところで……後ろにおられるそのナイスバディな方々は、アクア様のお仲間ですかな?」

 

 顔を上げたゼスタは、先程までの凛々しい顔つきから一変、これでもかと鼻の下を伸ばした顔で彼女の仲間──主にダクネスとウィズに目線を送る。

 

「は、初めまして。ウィズと言います」

「ダクネスだ。クルセイダーとして前衛を務めている」

 

 尋ねられているのだろうと感じた二人は、一歩前に出て簡単に自己紹介をする。そんな彼女等を、ゼスタは舐め回すように見つめている。美しい女性には弱いのか、どうやらウィズの正体には感づいていないようだ。

 

「ふぅむ。これはまた良いお身体とお顔をお持ちのようで。しかも一人は美しい金髪に碧眼……もしや貴族の方ですかな? ダクネスさん、もしよろしければアクシズ教に──」

「残念だが、私はエリス教徒だ」

「ぺっ」

「……んっ」

 

 お守りを掲げてエリス教徒を名乗った瞬間、条件反射のようにゼスタは地面へ唾を吐いた。

 バージルとは違い、唾吐きを受けてダクネスは小さく声を漏らすだけ。十中八九感じているのだろう。アクシズ教徒の塩対応ですらプレイに変えてしまうダクネスを見て、バージルは思わず一歩退く。

 

「アクア様のパーティーメンバーとあろうものが、何故エリス教徒に……ええい忌々し……んっ?」

 

 心底嫌そうな表情でダクネスを睨みつけるゼスタ。が、目の端に映った人物を見て、彼は言葉を止めた。

 視線の先にいるのは、何故か深々と帽子を被っているめぐみん。ゼスタは彼女に歩み寄り下から覗き込んだが、すかさずめぐみんは彼に対して背を向ける。

 そこから何度か、ゼスタが正面に回りめぐみんが背を向けるやり取りが行われたが、ゼスタがフェイントをかけてめぐみんの正面を取り、バッタリ顔を合わせたことで終止符が打たれた。

 

「めぐみんさん! めぐみんさんではないですか! いやはやお久しぶりですなぁ!」

 

 するとゼスタは、旧友と再会したかの如くめぐみんへ話しかける。対するめぐみんは、引きつった作り笑いを浮かべていた。

 

「は、はい……久しぶりですね。ゼスタさん」

「まさか再び会えるとは思いもしませんでしたよ! して、貴方もこの場にいるということはもしや……?」

「えぇ。私もパーティーメンバーの一人です」

「やはりそうでしたか! めぐみんさんなら安心だ! アクア様の片腕を担う大魔道士として相応しいことこの上ない!」

「あ、ありがとうございます。では、私達は急いでいるので……」

 

 普段のめぐみんであれば、魔法使いとして褒められた時には「そうでしょうそうでしょう」と喜ぶのだが、彼女は一言礼だけを言ってすごすごと足を進めた。まるで、知られたくない秘密があるかのように。

 それを知ってか知らずか、ゼスタはポンと手をつき、嬉々としてめぐみんに話した。

 

「そうそう! めぐみんさんがご教授してくださった数々の勧誘方法! 今でも改良しつつ活用しておりますよ! お陰で信者も増え──」

「さぁ! 早く悪魔討伐といきましょうか!」

 

 瞬間、めぐみんは大声を上げながらカズマの腕を掴み、彼の腕を引っ張って門を潜った。先走った二人を見て、アクア達も追いかけて門を通る。

 水の少ない暗き湖。その上にかかる、アルカンレティアと山を繋いだ橋をカズマ達は渡る。と、ダクネスは後方に顔を向けながら、気になっていたことを口にした。

 

「あのアクシズ教徒、ずっとアクアのことを王か神のように様付けで呼んでいたが、まさか……」

「あら、気付いた? ついに気付いちゃった? なら、今まで散々言ってきたけど改めて話すわ! 私こそがアクシズ教徒の崇める水の女神! アクア様御本人なの!」

「そうか……アクシズ教では、女神を名乗る遊びが流行っているのだな……」

「ねぇおかしくない!? その勘違いの仕方は絶対おかしいと思うんだけど!? 演技でしょ!? 私に気を遣って演技してるのよね!?」

「絶好のシチュエーションであっても若干棒な演技をする大根役者のダクネスだぞ? 今のリアリティ溢れた演技ができるわけないだろ」

「なっ!? 私の演技が下手だと言うのか!? 確かに、滅茶苦茶にされたい気持ちが前に出て、声が上ずってしまう時もあったが──!」

 

 アクアに忠義を尽くすアクシズ教徒を見てもなお仲間は信じず。哀れ駄女神。

 話題がアクアについてすり替わったのを見てか、めぐみんは独り安堵の息を吐く。

 

「何ホッとしてんだめぐみん。家に帰ったら、宗教勧誘の件についてこってり聞かせてもらうからな」

「ふぐっ……!? ち、違うんです! 確かに教えたのは私ですが、あそこまで悪質ではありませんでしたよ!」

「俺も同席させてもらおう。場合によっては、貴様の目が腫れるまで眼帯で痛めつける。覚悟しておけ」

「待ってください! 謝ります! 責任の一旦があったことは謝りますから、眼帯パッチンの刑だけはやめてください!」

 

 が、どうやら魔の手からは逃れられなかったようだ。わざわざ罰に眼帯パッチンを選ぶ辺り、バージルもそれを楽しんでいる節があるのかもしれない。

 めぐみんが涙目で懇願する傍らで、カズマ達は何事もなく橋を渡り終える。橋と陸地の境目をウィズは難なく通れたので、ゼスタの言っていた通り結界を一部解いていたのだろう。

 また、陸地に足を踏み入れた途端に頭上から雪が降り始めた。寒気も感じたため、カズマ達はホットドリンクを一本飲んでから登山を開始。緩やかな坂を昇っていく中、道に積もった雪と空から舞い落ちる雪の量は次第に増え、風も強さを増していき──。

 

「寒っ!」

 

 気付けば、両腕を擦らずにはいられないほどの寒さに見舞われていた。

 

「かかかカズマ! ホットドリンクの効果はちゃんと出てるんですか!?」

「入った直後に飲んだ時は確かにポカポカしたから出てる筈だ! たたた多分、寒さがドリンクの効果を上回っちまったんだ!」

「君は平気なんだね?」

「んっ……薄着でよかったかもしれない」

 

 身体の芯まで凍るような冷たい吹雪を受け、身体を震わせるカズマとめぐみん。一方、雪精討伐の時に鎧も纏わず薄着でいたダクネスは平気のようで、顔を赤らめて寒さを満喫している。

 そして、カズマパーティーの中で残るアクアはというと、一面白一色となっていた山の惨状を、眉間に皺を寄せながら眺め回していた。

 

「このイヤーな感じ……なるほどね」

「なるほどじゃねぇよ! この状況で何ひとりで納得した顔見せてんだ!」

 

 一人だけ呑気しているんじゃないと怒鳴るカズマ。しかしアクアは言葉を返すことなく彼に向き合うと、両手をかざし小声で何かを呟いた。

 轟々と鳴る風にかき消され、彼女の声は全く聞こえなかったが、途端にカズマの身体は淡く光り──先程の寒気はどこへやら。気付けば身体の震えは止まっていた。

 

「……あれ? 寒くない。どうして──」

「推測通り、この吹雪も悪魔の仕業だったからよ。だから今、女神たる私が加護をかけてあげたの。感謝しなさいよ?」

 

 カズマへかけた魔法について、自慢げに話すアクア。珍しく彼女が役立ったことに少々驚きながらも、凍死の心配を払ってくれたことにカズマは素直に感謝した。調子に乗るので決して口には出さなかったが。

 

「ああああアクア! 私にも! 早く!」

「わかってるわよ。ダクネスにもかけてあげるからね。悪魔の瘴気を生身で浴び続けるのはお肌に良くないし」

「……な、ならかけてもらおう」

「任せといて。あっ、お兄ちゃんもいる?」

「いらん。貴様の加護を受けて、災難に見舞われるのは御免だ」

「私も大丈夫ですよ。逆に体調を崩してしまいそうなので……」

「僕もパス。知能指数が君レベルに落ちそうだし」

「揃いも揃って言ってくれるわね!」

 

 半人半魔、リッチー、堕女神から願い下げられ、アクアは腹立ちながらも、残る人間のめぐみんとダクネスに女神の加護をかける。二人もカズマと同様に震えが止まり、めぐみんはホッと息を吐く。ダクネスは少し残念そうだったが。

 改めて準備が整ったところで、カズマ御一行は登山を再会。寒さには耐えられるようになったものの、雪と共に猛風が吹いていることには変わりなく、彼等は腕で身を守りながら足を進める。

 悪魔どころかモンスターとも遭遇することなく、もう山の中腹まで来ただろうかと感じるほど歩いた時──カズマが使っていた『敵感知』に反応が。前方にいると感じた彼は『暗視』を使い、暗い道の先に待つ敵の姿を視認する。

 

「……なぁ、本当に行くのか? 見るからにヤバそうなヤツが待ち伏せてんだけど」

「ここまで来てビビるなんて、流石ヘタレのカズマさんね。待ち伏せ? 上等じゃないの! こっちから出向いてあげるわ!」

「か、カズマカズマ。ヤバそうとは、一体どういう感じにヤバそうなんだ? 私の鎧を程よく壊して、あられもない姿を晒させてくれる感じか!?」

「どうって言われても……まぁでもこっちには大きな戦力があるし、大丈夫か」

 

 待ち構えている敵にカズマは尻込みしてしまったが、ここには対悪魔のエキスパートたる元女神が二人。またバージル──カズマは知らないが、元の世界でゴマンと悪魔を狩り続けてきた男もいる。

 飛び出そうとするであろうめぐみんとダクネスを抑えて『潜伏』していれば大丈夫だろう。仲間を信じ、止まりそうになっていた足を動かす。

 次第に『敵感知』で感じ取った反応は近くなり──カズマ達は、行く手を阻む者の姿を見た。

 

 『彼等』が立っていたのは、山の入口として使われていたでろう門──その門柱の上。

 夜空に浮かぶ月に照らされ、山道に積もる雪よりも輝く、白銀の身体を持つ二体の獣──いや、獣と呼ぶにはあまりにも禍々しく、美しかった。

 右腕には、強固な鎧を持つ者の命すら一振りで奪い去ってしまいそうな鉤爪。左腕には盾のように見える氷塊を纏い、遠目から見れば白き騎士のよう。

 だが『彼等』は決して人間ではない。そう言い表すように尻尾を揺らめかせ──氷兵の悪魔(フロスト)は、侵入者と対峙した。

 

 




ゼスタさんが気になった方は、このすばスピンオフの「この素晴らしい世界に爆焔を!」を買ってみてください。漫画版もありますよ(二度目のダイマ)

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