この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第50話「この極寒の地で再会を!」★

 夜空に浮かぶ月を背景に、門の上で悠然と立つ二体の悪魔(フロスト)。絵画にすれば高くつきそうなほど美麗であったが、背筋が凍りつくような殺気を放つ悪魔を前にして、芸術を堪能できる余裕などカズマ等にはなかった。

 

「た、たたった確かに、これぞ強敵といった悪魔が出てきましたね! わわわ我が爆裂魔法を味わうには相応しい相手でしょう!」

「こんな狭い場所でぶっ放したら、本気度MAXの眼帯パッチンをバージルさんにやってもらうからな! つーかお前も腰引けてんじゃねぇか!」

「あの鉤爪、私の鎧を斜めに裂くどころか、下に隠れた部分も一気に破ってくれそうだな……よし! ここはクルセイダーである私が前衛を──」

「よし、じゃねぇよ変態貴族! やっぱり突っ込む気満々だったな! お前もここで大人しくしてろ!『ドレインタッチ』!」

「んあぁああああああああっ!」

 

 真っ先にめぐみんとダクネスが行動を起こそうとしたので、カズマはダクネスから魔力を奪い無効化させ、待機するよう指示を出す。

 一方で、対抗しうる力を持つ者達は準備万端。バージルはいつでも刀を抜けるよう柄を握り、タナリスも武器を構える。ウィズは魔力を集中させ、アクアはかかってこいとばかりに拳を鳴らしていた。

 静かに殺気をぶつけ合う悪魔と冒険者。しばし睨み合った末──先に悪魔が動き出した。門柱から飛び立ち、彼等の命を奪わんと鉤爪を振りかぶる。

 

「甘い」

 

 が、そう簡単にはいかないと彼等も動く。バージルは『エアトリック』で瞬時に移動し、カズマ達はおろか、眼前にいたフロストでさえも見えない速さで刀を抜き、敵を門の向こう側へ吹き飛ばした。それを追うように、バージルは続けて『エアトリック』を使って門を越える。

 

「『ファイアーボール』!」

 

 残る一体のフロストは、ウィズが放った火球により勢いを止められて垂直に落下。しかし流石は悪魔か、すぐさま起き上がりウィズと対峙する。

 カズマ達を背後に構えるウィズ。するとフロストは、ウィズ目掛けて氷の弾丸を複数飛ばしてきた。

 

「『フレアウォール』!」

 

 避けるのは簡単だったが、カズマ達に当たってしまう。ウィズは防御魔法を唱え、正面に炎の壁を作り出した。飛んできた氷弾は壁に吸い込まれ、一瞬で溶け消える。

 しかしその間にフロストは斜め前方に、ウィズから見て左横に移動していた。氷弾はあくまで囮。がら空きとなったウィズの脇から襲いかかり、鉤爪を再び振りかざす。経験を積んでいない魔法使いなら、いとも容易く命を刈り取られていただろう。

 

「『クリムゾン・レーザー』!」

 

 だが彼女はリッチーである以前に、元大魔道士だ。ウィズは狼狽えることなく、鉤爪が振り下ろされる直前に手をかざして紅い熱線を放った。フロストは避けられず身体を貫かれ、後方に吹き飛ばされる。

 そのまま崖下に落ちてくれれば良かったのだが、寸前でフロストは空中で身体を翻し、崖際に着地。先程の熱線で空けられた胸元の穴を、苦しそうに押さえている。

 

「やはり、炎がお嫌いのようですね」

 

 普段のウィズから発せられたとは思えない、冷淡な声。カズマ達が驚いているとは知らず、ウィズはフロストと向き合い再び手をかざす。

 また炎の熱線がくると思ったのか、フロストは上空へ跳び上がった。しかし彼女から繰り出されたのは、先程の魔法が生易しく思えるような、必中の魔法。

 

「『エナジー・イグニッション』!」

 

 瞬間、フロストの身体から青白い炎が噴きあげられた。フロストは炎に包まれ、地面に落下。彼のものであろう叫び声がこだまする中、蒼炎は冷酷に彼を燃やし続け──炎が消え去る時、悪魔の姿も消えていた。

 代わるように出現した赤い結晶(レッドオーブ)は、たちまちウィズに吸い寄せられる。戦闘が一段落ついたところで、ウィズはふぅと息を吐く。

 が──再び彼女の前に、先程倒した筈のフロストが現れた。彼の仲間だろう。一体では勝てないと判断したのか、今度は二体同時。しかしウィズは動じることなく二体のフロストと向き合い、再び戦闘を開始した。

 

 

「……ウィズってこんなに強かったんだな」

「僕達の出番は無さそうだね、アクア」

「やっと悪魔をぶん殴れると思ったのに……」

 

 一人で悪魔二体を相手取るウィズを見て、カズマは独り感嘆する。出番を奪われてしまったアクアは、不満げに頬を膨らましていた。

 門の向こう側でも、バージルが悪魔と戦っている。今は、大人しく見守るのが吉だろう。

 

「……んっ?」

 

 とその時、カズマの肌にピリッとした感覚が。『敵感知』で新たな敵を感知した際に生じるものだ。場所は後方から。周りの仲間がウィズの戦闘に見入っている中、彼は独り後ろを見る。

 肉眼では捉えられなかったので『千里眼』を使い目を凝らす。吹雪で視界は遮られていたが、青い二つの光──殺気を立ててこちらの様子を 窺っている者の目を見た。

 こちらが『千里眼』や『敵感知』といったスキルを使えることは、相手も知らないだろう。アクアもタナリスは、未だその気配に気付いていない。となれば──。

 

「……アクア、ちょっと矢の先端に、お前の力を付けてくれないか?」

「えっ? 何よ急に」

「普通の矢じゃ、あんな悪魔に太刀打ちできそうにない。だから、神聖属性を少しでも付けておこうと思ってさ」

「なるほどね。確かにカズマのへなちょこ弓矢じゃ、加勢されたって何の足しにもなりゃしないし。けどその代わり、矢一本につき一杯奢りなさいよ」

 

 カズマの考えを聞いたアクアは、ちゃっかり約束を取り付けながら鏃に手をかざし、神聖属性を付与する。バージルの刀にかけられたものと比べれば些細なものだが、弱点に当たれば下級悪魔なら一撃だろう。

 付け終えたところでアクアは再び観戦に。周りの者も未だ新たな敵に気付いていない中、カズマは二、三歩アクア達から離れると、再び後方を見て弓を構え、引き絞り──。

 

「『狙撃』!」

 

 アーチャーのスキル『狙撃』を使って矢を射った。ダストの仲間であるキースから教わった、飛び道具を放つ際に飛距離が伸び、運のステータスが高いほど命中率を増すスキルだ。

 弓の扱いは素人同然であったが、同時に教えられた『弓』というスキルによって扱えるように。今やカズマは、一端の弓兵になっていた。

 強風に煽られてはいるが、それも計算済み。いや、計算しなくとも問題ない。何故なら彼は、運のステータスがすこぶる高い。

 矢は風を切り、大きくカーブしながらも目標に向かって飛んでいき──標的のものであろう悲鳴と共に、青い二つの光は消え去った。

 

「よっし! ヘッドショット!」

「ちょっと! ビックリさせないでよ! ていうか敵いたの!? なんで教えてくれなかったのよ!」

「俺一人で倒せそうだったから、教える必要もないと思って……おっ、レベルアップ。やっぱ悪魔は経験値がおいしいな」

「後半が本音でしょ!? 第一アンタが倒せたのは私の力があってこそじゃない! 返して! 私に経験値を返してよ!」

「嫌だね。お前は十分レベル高いんだしいいだろ。一番低レベルな俺にこそ経験値が必要なんだよ」

 

 アクアはアンデッドと悪魔を倒しまくっていたため、カズマパーティーの中で一番レベルが高い。次点にレベル22のめぐみん。大概の雑魚モンスターを爆裂魔法で一掃していたからだ。

 次にレベル20のダクネス。以前、ダンジョンに出没した自爆する人形を、彼女がほとんど始末しており、意外と経験値も豊富だったためだ。故に、一番低かったのはレベル19のカズマ。魔王軍幹部のバニルを討伐したことで大きく上がったが、それでも最下位は抜け出せていなかった。

 

「か、かかかカズマカズマカズマ!」

 

 突っかかるアクアを足蹴にしていた時、何やら慌てた様子でめぐみんが呼びかけてきた。どうしたのかと顔を向け、めぐみんが指差していた方向を見る。

 彼等が辿ってきた道であり、先程暗闇の影に潜んでいた者を射った辺り。消えた筈の青い光は、いつの間にか十個に増えていた。一匹仕留めたことで安堵し、切ってしまっていた『敵感知』を使うと、前方から五匹もの反応を感じ取る。

 青い光は徐々に近付き、その正体──小さい猿のような悪魔(ムシラ)の集団が、カズマ達の前に姿を現した。

 

「寄って集って痛めつける魂胆か! いいだろう! 今度こそクルセイダーである私が相手に──!」

「させてたまるか!『潜伏』使うから俺と一緒に下がってろ! めぐみんもこっちにこい!」

「わ、わかりました!」

「よしいい子だ! アクアさーん! タナリスさーん! 出番ですよー!」

 

 これは勝てないと判断したカズマは、前に出ようとしたダクネスの結ばれた髪を掴んで引き寄せる。痛みでちょっと嬉しそうなダクネスと、素直に寄ってきためぐみんを確認し、カズマはすかさず女神二人にバトンタッチした。

 

「ったく、ちょっと数が増えただけでこれなんだから。流石はヘタレオブヘタレのカズマさんね」

「下級だけど、相手は悪魔。駆け出し冒険者にはちょっと荷が重いから仕方ないさ。おっと、僕も駆け出しだったか」

「ならアンタも引っ込んだら? ここはレベルの高いベテラン冒険者たる私に全部任せときなさい」

「そりゃないよアクア。僕だって経験値が欲しいんだ。ここは僕に気を遣って、君が引き下がる場面じゃないかい?」

「嫌よ! ここで私がアイツ等をノーダメで倒して、パーティーの中では私が一番強いんだってカズマ達に見せびらかしてやりたいの!」

「女神が下級悪魔をフルボッコする絵を見せられても、ただ弱い者いじめしてるだけにしか見えないと思うよ?」

 

 タナリスは鎌を手に、アクアは拳を握りしめて前に出たが、途端に二人はどちらが戦うかで口論を始めた。それを見て格好の的と思ったのか、二匹のムシラがアクア達に飛びかかる──が。

 

「「そいやっ!」」

 

 当たる直前にタナリスは鎌を振り上げ、アクアはアッパーを繰り出して迎撃した。反撃を食らった二体のムシラの内、一匹は真っ二つに引き裂かれ、もう一匹は女神の聖なる拳によって打ち上げられ、塵となって消えた。

 

「じゃあ早いもの勝ちね。経験値が欲しかったら、私よりたくさん狩ってみなさいな」

「言われなくてもそうするさ」

 

 二人の女神は敵と対峙し、悪戯な笑みを浮かべる。仲間を一撃で仕留めた二人に恐怖を覚えたのか、残る三体のムシラがたじろぐ。だが女神達は、我先にと悪魔に向かって駆け出した。

 

 

*********************************

 

 

「……フンッ」

 

 門の向こう側でウィズがフロストを、アクアとタナリスが下級悪魔を相手にしている一方、バージルは刀を納め、退屈そうに息を吐く。

 彼の前方にもフロストが立っているのだが──彼の武器となる鉤爪と盾は、腕ごと切り落とされていた。両腕を失ったフロストの横に立つのは、まだ片腕の鉤爪が健在のフロストが一体。

 

「魔界のエリート兵とあろうものが、この程度とはな。創造主が嘆いているぞ」

 

 バージルは嘲笑うように鼻を鳴らし、お得意の挑発を見せる。ここまで一方的にやられ、馬鹿にされ、彼等のプライドが傷つかないわけがなかった。

 しかし、このまま怒りに身を任せて飛び込むのは愚策と気付いたのか、両腕を失っていたフロストはその場で自身を覆う巨大な氷塊を形成。彼等の回復行動だ。そして片腕の残ったフロストが時間稼ぎをするために、バージルへ襲いかかった。

 力を溜め、フロストはバージルの頭上へ飛び上がる。そのまま重力に従って落下し──着地と同時に氷の剣山を出現させた。彼等にとっては必殺の技だ。

 が、そこにバージルの姿はない。フロストの攻撃を後方に跳んで避けた彼は、門柱の側面に両足をつけていた。

 

Be gone(失せろ)

 

 攻撃を仕掛けてきたフロストと目が合った瞬間、バージルは門柱を蹴る。その際に門柱は音を立てて崩れたが、彼は全く気にしない。

 そのままフロスト目掛けて飛びかかり──神速の居合でフロストの首を掻っ切った。分かたれたフロストの頭と身体は雪の上に崩れ落ち、雪と一体化するように溶けていった。

 残るは未だ回復中のフロストのみ。バージルはすかさず『エアトリック』で氷塊の前に移動すると、抜身の刀で氷塊を切り刻んでいった。みるみる内にフロストを守る氷塊は削れていき、最後には弾け跳び、中にいたフロストは後方に吹き飛ばされた。

 未だ、彼の両腕は失われたまま。フロストは焦るように慌てて顔を上げたが、もう既に狩人の姿はあらず。

 

 右手の装具(ベオウルフ)に力をこめ、先のフロストのように頭上へ飛び上がっていたのだから。

 

Vanish(消え去れ)!」

 

 バージルはそのまま落下して地面に右拳を叩きつけ、光のエネルギーを爆発させた。光の爆発(ヴォルケイノ)を受けたフロストは、膝をついてその場に倒れて消えていった。残された悪魔の血(レッドオーブ)は、もれなくバージルのもとへ。戦闘を終えた彼は、ベオウルフを消しつつ息を吐く。

 

「(創造主のもとを離れ、野生化したか。だがそれだけで、隙間を通れるほど小さくなれたとは思えん)」

 

 バージルの元いた世界では、悪魔が魔界から人間界へ移動する際、位の低い者は間にある壁の小さな網目を通ることができる。恐らくこの世界も同じ仕組みだろう。

 だが、今現れたのは魔帝に生み出された悪魔。通常ならば高位──少なくとも中位にいる筈の存在。弱体化したとしても、下位まで成り下がることはないだろう。

 ではフロスト達は、どうやってこの場所に来たのか。異世界からの来訪について調査が進みそうだと、バージルは独り期待する。とそこへ、同じく悪魔を倒したであろうウィズ達が壊れた門を乗り越えてやってきた。

 

「最初にカズマが倒した奴は私の力ありきだから、実質私が倒したようなものよね! だから一体プラスで私の勝ち!」

「わかったわかった。君の勝ちでいいよ。白黒ハッキリつけたがるタイプだねぇ」

 

 悪魔の討伐数で競っていたのだろう。カズマの後ろでは、アクアとタナリスが冒険者カードを見せあっていた。負けを認めたタナリスの言葉を聞いて、アクアは勝ち誇った笑みを浮かべている。

 

「バージルさん大丈夫──みたいっすね」

「いらん心配だ。貴様等も、悪魔を相手にしていたにしては何ともないようだな」

「俺は『潜伏』で隠れてたんで。なんだかんだでやってくれるアクアとタナリスもいたし、何よりウィズが大活躍で」

 

 話しかけてきたカズマにバージルは目を合わせながら返すと、彼は後から来たウィズを見ながらそう話した。近くにいたダクネスも歩み寄り、話に入ってくる。

 

「確かにウィズは凄かった。氷の悪魔を数体相手にしていたにも関わらず、多彩な魔法で返り討ちにしていたぞ」

「あぁ。本物の魔法使いってのを見させてもらったよ」

「おい、本物がいるということは偽物もいるということか。その偽物はどこにいるのか聞かせてもらおうじゃないか!」

 

 遠回しに馬鹿にされたと感じためぐみんはカズマへ突っかかる。一方で褒められたウィズは「いえいえそんな」と照れながらも言葉を返した。

 

「なんだかこの山に入ってから、すこぶる調子がいいんです。気力もすっかり回復しまして」

「そうだったのか。しかし、あまり無茶はしない方がいい。疲れたらいつでも言ってくれ。私が背負おう」

「いえいえ! もう全然平気ですので! むしろ元気が有り余ってるぐらいですから! さぁ! どんどん行きましょう!」

 

 気にかけるダクネスへ、ウィズは問題ないと元気よく返して意気込みを見せる。絶好調のウィズがいれば安心だ。そうカズマは口にし、再び山道を歩き出した。

 気分も良いのか、鼻歌交じりに道を歩くウィズ。その背中を、バージルは静かに見つめていた。

 

 

*********************************

 

 

 吹雪が吹き荒れ、悪魔が潜む山道をカズマ達は進む。特に目的地は決めていなかったのだが、源泉の様子を見に行きたいとアクアが提案したため、ひとまずそこへ向かうことに。

 最初に出くわした氷の悪魔(フロスト)は数が少ないのか以降見ることはなく、下級悪魔達が道を塞いできた。もっとも、彼等だけでは妨害することも叶わないのだが。

 気付けば悪魔との遭遇率も低くなり、源泉を流すためのパイプを頼りに進んでいたため道に迷うこともなく、張り詰めていた緊張も少し解れてきた頃。

 

「日本のお風呂にはね、色んな種類があるの。熱湯風呂だったり水風呂だったり。あと足湯なんてのもあるわ」

「足湯? なんだそれは?」

「言葉通り、足だけを湯につける温泉よ。これが意外と気持ちいいの。服を脱ぐ手間も省けるし、気軽にあったまりたいって人にはオススメね。アルカンレティアにも多分あるんじゃないかしら」

「ほう……」

 

 カズマ御一行の最後尾にて、アクアとバージルはお風呂談義で盛り上がっていた。楽しそうにアクアが話す横で、バージルは興味深そうに唸っている。

 

「バージルさんが風呂好きなのは知ってたけど、こうも食いついていくとはなぁ。外国人あるあるってヤツか」

「どうだろうね。メイン武器を刀にしてるぐらいだし、彼自身が日本文化を気にいってるんじゃない?」

 

 なんだかんだで兄妹(仮)が板についてきた二人の会話を聞きながらカズマは歩く。タナリスの推測が当たっているなら、今度家にあるコタツを見せたら同じように興味を見せるのだろうか。

 そう考えながら道を進んでいたが、あるところでカズマ達は足を止めた。彼等の前には左右の分かれ道。右の道にはパイプが続いているため、源泉に向かうならば右が正解だろう。

 カズマは迷うこと無く右の道を選択。めぐみん等も彼に続き、最後尾にいたバージルも足を進めて左の道へ。

 

 

「っていやいやいやバージルさん!?」

 

 ちゃっかり別の道に行こうとしたバージルを、カズマは慌てて呼び止めた。バージルは足を止めると、振り返って彼に訳を話す。

 

「山に潜む悪魔を一匹残らず狩り尽くす。それが依頼内容だ。二手に分かれた方が手っ取り早い」

 

 バージルは分かれるつもりでいるようだが、カズマとしては一緒に行動してもらいたい。彼がいるといないとでは、安心感が段違いだ。気持ちは同じなのか、めぐみんとダクネスも不安そうに様子を窺っている。

 タナリスは言っても無駄だと理解しているのか、山の方へ顔を向ける。ウィズはオロオロと戸惑ったまま。そして残るアクアはというと──。

 

「つまり、カズマ達のことは私に任せるってことね! わかったわお兄ちゃん!」

 

 そのようなことは一言も発していないのだが、アクアはそう解釈したようだ。胸を張り、引き受ける意を示す。

 信頼されて嬉しそうなアクアを見たバージルは、一度ウィズへ目をやってから左の道へ。振り返ることなく進む彼の後ろ姿を見て、しょうがないとタナリスは息を吐いた。

 

「一人ぼっちは寂しいだろうから、僕はバージルについて行くよ。アクア、気を付けてね」

「そういうアンタはまだレベルが低いんだから、そこら辺の悪魔なんかにやられるんじゃないわよ!」

 

 アクアと言葉を交わし、後を追うようにタナリスも左の道へ駆け出していった。残るはカズマパーティーとウィズのみ。

 

「お前、何勝手に──」

「大丈夫! 私に任せときなさい!」

 

 勝手に話を進めたアクアにカズマは怒ろうとするが、食い気味にアクアはそう伝え、張り切って右の道へ歩き出す。

 彼女の「大丈夫」ほど不安なものはないのだが、アクアとウィズの力を信じるしかない。もしもの時は、下級悪魔を倒した時のように光の矢を作ればいい。しょうがねぇなと呟きながら、カズマはアクアと共に源泉への道を進んだ。

 

 

*********************************

 

 

 バージル達と別れたことでより一層警戒心を高めて道を歩いていたが、カズマの幸運故か、一切悪魔と遭遇することなく山を登っていき、パイプの先──源泉がある場所へと辿り着いた。

 当然の如く、その全てが凍り付けにされていた。炎で溶かしたとしてもすぐに凍ってしまうだろう。凍った源泉は後回しに山の八合目付近まで来た、その時。

 

「……なぁ、あそこに誰かいないか?」

 

 進む先に、人影があるのをカズマは見た。徐々に近づいていくことで、吹雪の中に隠れていた人物の姿が鮮明になる。

 およそバージルと同程度の身長で、肌は色黒。道中で見た悪魔とは違い、その者は人間の姿をしていた。が、カズマ等は決して警戒心を緩めない。

 ただの人間が、武器や防具を身に着けていることなく、悪魔の蔓延る雪山に独り佇んでいるのは、明らかに異様だった。

 

「……んっ? 誰だ?」

 

 カズマ達の視線に気付いたのか、その者は振り返って彼等を見た。バージルと似た髪型で、顎に髭を生やした屈強な男と向かい合い、カズマは思わず息を呑む。

 ──と、ここで思わぬ人物が吃驚して声を上げた。

 

「ハンスさん!? ハンスさんじゃないですか!?」

「あんっ? ……ってウィズじゃねぇか。まさかお前とも会うことになるとはな」

 

 旧友との再会とばかりに喜ぶウィズ。ハンスと呼ばれた男もウィズを知っている様子だった。二人の関係が気になり、カズマは尋ねる。

 

「えっ? 何っ? まさかのウィズと知り合い?」

「はい! あの人は私と同じ魔王軍幹部、デッドリーポイズンスライムのハンスさんです! 幹部の中でも私と同じく数少ない常識のある方なんですよ!」

「城の住人から、非常識度ナンバーワンのバニルに次ぐ非常識幹部だと言われてた奴が何ほざいてんだ」

「ひっ、酷い!」

「いや待って。ちょっと待って。ウィズが非常識なのは明白だけど待ってくれ」

 

 開口一番にとんでもない情報が飛び出たことで気が動転するも、カズマは情報を整理する。ウィズは横で「カズマさんまで!?」と衝撃を受けていたが無視。

 今目の前にいる男ハンスは、ウィズと同じ魔王軍幹部。種族はスライムであり悪魔ではない。そして会話を聞くにウィズとの仲は良好のようだ。となればもしかしたら、ウィズの交渉次第で悪魔の討伐に協力してくれるかもしれない。

 彼の知る幾つもの世界(ゲーム)では、スライムは雑魚と設定されていることが多いため、ウィズほどの戦力にはなれそうにないが──。

 

「アンタがこの異変の元凶ね! しらばっくれても無駄よ! 道中で会った悪魔よりも更にくっさい悪魔臭がプンプンすんのよ!」

「なっ!? おいバカ何言ってんだ!?」

 

 どう交渉したものかと悩んでいた時、その選択肢を正面からぶち壊すように、アクアはハンスを指差して喧嘩を売った。一方ハンスはというと、いきなり喋り出しては犯人扱いしてきたアクアを不機嫌そうな顔で見る。

 

「なんだこのやたら眩しくてうるせぇ女は……俺が山をこんなにしちまったって言いたいのか?」

「そうよ! このまま私にぶちのめされるか、山を元に戻してからぶちのめされるのか! どちらか選びなさい!」

「おいおい待ってくれ。そりゃ濡れ衣だ。むしろ俺は被害者なんだぜ?」

 

 やる気満々のアクアに睨まれたハンスは、勘違いだと笑う。予測通り彼は悪魔側ではないと知り、カズマはホッとする。

 しかしアクアは信じられないのか、依然ハンスを睨んだまま。ハンスはため息を吐くと、疑いを晴らすために何故自分はここにいるのかを話し始めた。

 

「俺はただ、この山の中にある源泉を汚染してアルカンレティアに妨害行為を加えるために、山を登ってただけなんだ。そしたら急に吹雪が吹き始めた上、悪魔まで現れやがった」

「どのみちアルカンレティアにちょっかい掛けようとしてたんじゃないの! やっぱり放っておけないわ! 今すぐ私が地獄に送って痛っ!?」

「いちいち突っかかるな。話が進まないだろ。あっ、どうぞ続けてください」

 

 真っ先に手を出そうとした狂犬女神を、カズマは脳天チョップで黙らせる。彼等のやり取りにハンスは少々面食らうも、話を続けた。

 

「どいつもコイツも喧嘩っ早い奴でよ。たまたま居合わせた俺を殺しにかかってきたんだ。当然俺は逃げたが、あっという間に追いつかれた。戦うしかない状況の中、スライムである俺は生き残る為にどうしたと思う?」

 

 苦い思い出話を語った彼は、カズマ達に問いかける。彼等は質問に答えず首を傾げるだけだったが、ハンスは楽しそうに笑って答えを告げた。

 

「喰ったのさ。喰って、喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰いまくった! するとどうだ。氷の悪魔を喰って氷の耐性がついただけじゃねぇ。俺は力を得たんだ。悪魔なんかに負けねぇ力を!」

 

 嬉しくて堪らないと、口角の引きつり上がった笑みを浮かべて。雲行きが怪しくなってきたどころではない。道中の悪魔以上に恐怖を煽るハンスを見て、カズマの心臓が絶え間なく波打つ。

 

「喰い始めた頃は、あまりの旨さに病みつきになったもんだが……飽きが来ちまった。そろそろアルカンレティアに行って人間の味でも楽しむかと思ってたんだが、丁度良いところに餌が五人も来てくれた。特にウィズ……リッチーのお前は、どんな味がするんだ?」

 

 彼は最初から、自分達を喰うつもりでいたのだ。結局敵対する結末へと至り、アクアは「ほらやっぱり!」とカズマに不満を垂れてから、戦闘態勢に入る。

 が──そんなアクアを遮るように、指名を受けたウィズは静かに前へ出た。

 

「私の立場は中立……魔王軍の方が、戦闘に関わらない人間に手出しをしない限り、魔王軍と戦うことはしない。魔王さんからも、もし無害な人間に手をかけようとする魔王軍の者を見かけることがあれば、止めてくれと言われました。本当に、アルカンレティアに住む人々を喰らうおつもりなら──見過ごすわけにはいきません」

 

 歩を進めるウィズの身体から、彼女の静かな怒りを体現するように、魔力と思われる青い冷気が溢れ出る。戦う気でいるウィズを見てハンスが喜びの笑みを浮かべる傍ら、ウィズは足を止め──鋭く、冷たい氷のような目でハンスを睨んだ。

 

「そう簡単に食べられるつもりはありませんよ。ハンスさん」

 

 

*********************************

 

「ちょっと歩いただけで悪魔と出くわす。さっきまでと比べて出現率が段違いだねぇ。おかげでまたレベルが上がったよ」

 

 タナリスは自身の冒険者カードに目をやり、二つも上がったレベルを見てほくほくする。

 カズマ達と別れた後、タナリスは先行していたバージルに追いつき共に行動していたのだが、幸運持ちのカズマがいないせいか、はたまたスパーダの血族故か。次々と悪魔が現れた。

 そのほとんどはバージルによって倒されたのだが、タナリスも黙って見てるつもりはなく、鎌を操って悪魔と対峙した。鎌に付与されていた炎属性は相性が良く、何体かフロストを狩ることができた。

 特に問題なく山道を進む二人。やがて彼等は、大きな氷池に辿り着いた。地面に立てられていた看板は「露天風呂」と称してそれを指していた。

 

「貴様はそこにいろ」

「はーい」

 

 バージルは短く命じて氷池に足を踏み入れる。素直に従ったタナリスに見送られ、氷上だというのに滑る心配を微塵も感じさせない歩行で進む。

 露天風呂にしては広く、凍り付けとなった今ではスケートを楽しめそうなほどだ。しかしバージルにそのような趣味はなく、顔をしかめながら上空を見上げる。

 視線の先にいたのは、二体の青い精霊。ふと気付いた時には辺りが暗くなっており、精霊の放つ青い光がより一層映える。その中で精霊──人間のような女体を持った彼女等は、一糸纏わぬ姿で互いに身体を擦らせ、甘い吐息を漏らし、誘うように手をこまねいている。

 

「極寒の中で裸体を晒すとは、とんだ淫乱痴女がいたものだ」

 

 サキュバスの店を利用していない欲求不満な男冒険者であれば即食らいつきそうだが、淫夢よりスイーツを嗜むバージルは一切興味を示さず、精霊に歩み寄る。

 肉薄し、やがて精霊が目と鼻の先に。すると、男を誘っていた精霊二体は逃げるように上空へ飛び、暗闇の中に姿を消す。

 

 そして──入れ替わるように現れた化物が、巨大な口と幾つもある歯を見せてバージルを食わんと襲いかかった。

 丸呑みにしてやろうとばかりに、バージルの頭から覆いかぶさり口を閉じる。が、口の中に獲物が入った感触がない。食い逃したことに、獲物が背後に回っていることに気付いた化物は、獲物に呼び掛けながら振り返る。

 

「貴様! ワシに気付いとったんか!」

 

 化物の姿は巨大で、背と尻尾に氷の結晶が付着している。触覚が生えており、先端には先程見かけた青い精霊がぶら下がっていた。獲物を引き付けるための釣り餌だったのだろう。

 食べながら喋る行儀の悪い子供のように、野太い声を発すると同時に口から茶色い液体が飛び出る。思わず鼻をつまんでしまうほどにその液体は臭く、バージルは嫌悪感剥き出しの表情を浮かべていたが、一番の理由は違う。

 独特な粘膜で覆われた身体。折り曲げられた足。シルエットクイズにすれば多くの人間が正解しそうな立ち方──その悪魔(バエル)は、蛙だった。

 

「しつこい宗教勧誘に悪意溢れた唾吐き。手荒い歓迎の次は、汚臭を撒き散らす蛙ときたか。最悪の温泉旅行だな。招待状を送りつけてきたあの男は、やはり一度殴っておくべきか」

 

 深いため息を吐き、バージルは今騒動の元凶とも言えるゼスタを恨む。一方で悪魔は、彼の発言に対し一言申し出たいようで。

 

「誰がカエルじゃボケがっ! 生意気な人間が! 二度とナメた口きけんよう消化したるぞワレェ!」

 

 悪魔は怒りを顕にし、怒号を発す。その咆哮による風圧でバージルのコートがなびく中、彼は静かに刀の柄を握った。

 

I'd actually like to see you try that(消化できるならな)

 

 




イラスト:渡鴉(黒)様

【挿絵表示】


タナリスちゃんかわいい

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