この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第53話「この宗教団体からサヨナラを!」★

 悪魔に奪われた山での戦い。当初の筋書き通り、女神アクアの手によって山は救われた。

 巨大な化け蛙の悪魔。悪魔を喰らっていたデッドリーポイズンスライムのハンス。隠れていたであろう悪魔の残党も、ハンスを倒した際の余波が山全体に及んだのか、全て駆除することができていた。

 また、余波を浴びたことでウィズは成仏寸前に陥ったものの、下山後にカズマが『ドレインタッチ』で魔力を分け与え、事なきを得た。

 

 女神アクアの新たな神話の誕生に、アルカンレティアは大盛り上がり。しかしアクアは「今日はちょっと疲れたから」と、信者達にバレないようコッソリ宿に戻り、昼まで熟睡した。

 疲れを癒やし、目が覚めたところでアクアはスキップしながら街へ出向いたのだが──。

 

「うわぁああああああああああああんっ!」

 

 アクアは大べそをかいて、宿に帰ってきた。今は寝泊まりしていた部屋で、ウィズの膝下に顔を埋めて泣き喚いている。涙が染みるウィズは、少し辛そうな表情を見せるもアクアの為に耐え続けていた。

 その場にはめぐみんとダクネスの姿も。同じ宿に泊まっていたバージルは、アクアが出かけた後すぐに外出しており、未だ戻っていない。タナリスは今の彼女を見兼ねたのか「保護者を呼びに行ってくる」と退室した。

 

「出ていった時とはえらい違いですね。一体何があったんですか?」

「うむ。実は──」

 

 不思議に思い尋ねるめぐみんへ、アクアに同行していたダクネスは事の顛末を話した。

 

 アルカンレティアの噴水広場。アクアは自身の女神像をバックにアクシズ教徒達へ、自分こそが山に蔓延る悪魔を殲滅した女神アクアであると、声高らかに告げた。女神だと明かして混乱を招く危険よりも、褒められたい欲求が勝ったのだろう。

 しかし、これを聞いたアクシズ教徒達が発したのは──罵声であった。「我らが女神アクア様を騙るな」と、誰一人として信じてもらえなかったのだ。隣にエリス教徒を示すペンダントを下げたダクネスを侍らせていたのもあるが、彼女が女神たる力をもって悪魔を倒した場面を、ダクネス以外見ていなかったのが大きな要因であろう。

 これが一般人であればヤンキーの如く突っかかれたのだが、相手はアクアにとって可愛い子供達。文句をぶつけることはできずその場を去り、こうして独り泣くことしかできなかった。

 悪魔を倒して下山した後に宿へ帰らず、盛り上がっていたアクシズ教徒達の前に姿を現していれば、ノリもあって信じる者は増えていたであろうに。

 

「わだじっ……ずごぐがんばっだがら! いっばい褒めで欲じがっだだげなのにぃいいいいいいいいっ!」

「とばっちりで罵られて私は嬉しかったが……アクアの褒められたい気持ちもわかる。私でよければ労わせてくれないか?」

「……じゃあ、私が女神だって信じてくれる?」

「……あぁ」

「間っ! 信じてないけど、かわいそうだし今回だけは嘘吐いてやるかって考えてそうな間があったわ! やっぱり誰も信じてくれないのよ! うわぁああああああああんっ!」

「あの、アクア様……そろそろ泣き止んでくださると嬉しいんですが……涙がヒリヒリして……」

 

 半ば人間不信に陥って泣き続けるアクア。膝を貸しているウィズはそろそろ限界の様子。

 しかし、こうなったアクアはしばらく泣き止まない。どうしようもできず、めぐみんとダクネスは顔を合わせる──とその時。

 

「キャンキャンキャンキャンいつまでもうっせーんだよ駄女神! いい加減泣き止めや!」

 

 聞けば思わず身体が跳ねてしまうような大声を放ち、カズマが部屋に入ってきた。彼を呼びに行っていたタナリスは、彼の背後からそろりと入室する。

 彼のお叱りを受けたアクアは、先程までの大泣きが嘘のようにピタリと止まる。そして不機嫌極まりないといった顔を見せ、ズカズカとカズマに歩み寄りながら言い返した。

 

「アンタ……こういう時は空気を読んで、慰めの言葉をかける場面でしょ!? そんなんだから元の世界で彼女の一人もできない非モテ陰キャだったのよ! まず私を慰めて! 流石アクア様って褒め讃えなさいよ!」

「褒めてもらおうとねだる落ちぶれた女神を誰が讃えるか! こちとらなぁ……お前のせいで温泉の質を変えられたから、ウィズが入浴できなくなったって知って超落ち込んでんだよ!」

 

 カズマの言う温泉の件──山に蔓延る悪魔が消え去った後、今までの情景が嘘だったかのように氷は溶け、温泉がアルカンレティアに帰ってきた。

 しかし源泉の管理人曰く、湯の質が変わっていた。一般人には単なるお湯にしか感じないが、神聖属性付きの温泉になっていたのだ。アクアが放った光の余波によるものだろう。

 試しに指先だけ触れたウィズが言うには「全身浸かるとたちまち溶けてしまいそう」とのこと。魔族にとっての熱湯地獄と言うべきか。

 

「俺が何を楽しみに早起きしてまでアルカンレティアに来て、あまつさえ悪魔退治に乗り出したか知ってるか!? ウィズとの混浴だ! それ以外はどうだってよかった! 悪魔を倒したら温泉が蘇って、ウィズと裸の付き合いができるって期待してたのに! なんでお前は最後の最後で余計なことをやらかすんだ!」

「私だってそんなつもりはなかったわよ! 事故なんだから仕方ないじゃない! そもそもアンタが余計な手出しをしたから、ややこしい事態になったんじゃないの!」

「俺の助けがなきゃ敗戦必至だったくせに、よくそんな大言が吐けたもんだな!」

「勝てましたー! アンタの協力なんか無くてもあんな雑魚余裕でぶっ倒せましたー!」

 

 睨み合い、責任をなすりつけ合う二人。言い争っている姿が見ていて楽しいのか、タナリスは愉快そうに笑っている。

 ウィズは案の定、オロオロと困惑状態。残るダクネスとめぐみんはというと、どちらもカズマに白い目を向けていた。

 

「この男、ついには本人の前でも構わず混浴目的だと明かしたぞ……」

「恐らく、アクシズ教徒になった影響でしょう。以前のカズマよりも、欲望に忠実となったように思います」

 

 ひそひそと、カズマのセクハラ発言について苦言を話す。その声が聞こえていたのか、カズマは「あっそうだ」と睨み合いをやめ、ポケットに手を入れる。

 取り出されたのは、折り畳まれた紙。カズマは両手で開き、アクアに紙の内容を見せる。それは、カズマの名前が記されたアクシズ教団への入信書であった。彼は紙の上部分を両手で摘み──。

 

「フンッ!」

「あぁああああああああああああっ!?」

 

 力を込めて、真っ二つに引き裂いた。アクアが悲鳴を上げる中、カズマは更に手を動かし、紙を破り続ける。

 幾度も幾度も、バージルの居合が如く裂き──入信書であったそれは、もはや原型を残していない紙くずとなってしまった。

 

「今すぐ戻して! それか新しい入信書貰って書き直しなさい!」

「俺はな、アクシズ教徒の協力を得るために仕方なーく、ちょーっとだけ入信したんだ! あんなクレイジー集団、二度と入るか!」

「な、なぁめぐみん。アクシズ教徒というのは、入信書を破いただけで脱退できるものなのか? 入ったが最後、死ぬまで抜け出すことはできない呪いの宗教とも聞いているが……」

「アクシズ教から足を洗ったという前例を知らないので何とも……タナリスはどう思いますか?」

「んー、カズマが抜けたって言うなら、そういうことでいいんじゃない?」

 

 正式な方法かどうか定かではないが、アクシズ教から脱退したカズマ。入信した時は少しばかり見直したのだが、女神だと知っていながらも本人を前に堂々と入信書を破り捨ててきたことで、アクアは思い違いだったと確信を得る。

 やはりこの男は、女神である自分をいつまでも冒涜する、決して相容れない存在だ。

 

「もういいわよ! カズマの恩知らず童貞! 引きこもり背徳者! 罰当たりニート!」

 

 捨て台詞を吐きながら、アクアは部屋から出ていった。残された者達の中、言い争って疲れたのかカズマはため息を吐く。

 彼にとってはよくあることなのだが、喧嘩別れの空気に耐えられなかったのか、ウィズがおずおずと謝りだした。

 

「あの……すみませんでした。私がアクア様を泣き止ませてあげられたら──」

「いやいや、ウィズは何も悪くないよ。アイツはちょっとやそっとじゃ泣き止まないし、嘘泣きの時だってある」

「ですが……それに、私がアルカンレティアの温泉に入れなくて、カズマさんは落ち込んでいたと……」

「あぁそれか。正直堪えたけど……入れないもんは仕方ない」

 

 ウィズとの混浴を惜しむように、カズマは独り肩を落とす。しかし切り替えるように両頬を叩くと彼女等に振り返り、いつもの調子で告げた。

 

「ま、ダクネスでいいか。ほら、混浴に行くぞ」

「誰が行くか馬鹿者! しかも私で妥協するような言い方ではなかったか!?」

 

 自然な流れで入浴にお誘いしたが、ダクネスは誘い方がお気に召さなかったようだ。断られたカズマは、不思議そうに首を傾げる。

 

「何嫌がってんだよ。生まれたまんまの姿を見せあいっこした仲じゃないか」

「わわわわ私は見せたくて見せたわけではない! ってお前! やはりあの時のことを覚えているな!?」

 

 屋敷で起きた一件を引き合いに出され、ダクネスは赤面しながらも言い返す。今度はカズマとダクネスの言い合いに発展。その様子を、めぐみんは面白くなさそうに見つめていた。

 

「じゃあ、僕はお先に女湯へ入ってくるよ。めぐみんも行く?」

「えっ? あっ……はい」

 

 とそこへ、タナリスからのお誘いが。めぐみんはそれに頷くと、タナリスはバッグからお土産の食べられる洗剤石鹸を一箱取り出し部屋の外へ。めぐみんもちょむすけを抱いて、タナリスの後を追った。

 残されたカズマ、ダクネス、ウィズの三人。ダクネスに胸ぐらを掴まれ揺らされていたものの、二人が出ていったのをバッチリ見たカズマは、ダクネスに向き直る。

 

「悪かったダクネス。疲れもあって、ちょっとイライラしてたみたいだ。男湯に入って癒やしてくるから離して痛いっ!?」

「行かせるか! 貴様絶対覗くつもりだろう! ウィズ! このケダモノを取り押さえるのを手伝ってくれ!」

「えぇっ!? えっと……どうしたら……」

 

 覗き目的で男湯に行こうとしたカズマを、ダクネスは無理矢理押し倒し、上から乗っかり拘束する。目まぐるしく変わる状況についていけないのか、助力を頼まれたウィズは混乱する。

 

「同じ屋根の下で暮らしているから、流石に俺の思考も理解し始めたようだな! だが、こんな甘っちょろい拘束で諦めるカズマさんだと思うなよ!『ドレインタッチ』!」

「んあぁああああっ! ふっ……くっ……! なんのこれしゅきぃいいいい!」

 

 『ドレインタッチ』を受けたダクネスは、官能的な声を出すものの力は弱めず。宿部屋で男の上に女が跨るという、端から見れば行為のそれであったが二人は気付かず。

 いつどきかのお見合いで行われたような二人の戦いは、やがて忘れ物を取りに帰ってきためぐみんに目撃され、誤解を招きそっ閉じされようとしたところで終わりを迎えた。

 

 

*********************************

 

 

 宿でカズマ達が騒ぎに騒いでいた昼頃から時間は過ぎ──青い半月が空に浮かび上がった夜。

 

「これが足湯か……悪くない」

 

 同じ宿の中にあった足湯で、バージルは独り寛いでいた。

 本来ならば温泉にゆったり浸かっているところであったのだが、アクアのせいで神聖属性が付与されてしまった。我慢して入れないことはないのだが、温泉とはリラックスして過ごす場所。痛みを伴いながら入るなんてもってのほかだと、バージルは入る気すら起きなかった。

 なので源泉を使っていない銭湯に入ろうとしたが、偶然にもアクアの話していた足湯を見つけた。こちらも源泉未使用だったため、試しに利用してみた結果、彼のお気に召したようだ。

 足だけでも温まるものだなと実感しながらバージルは外の風景を眺め、今日の出来事を思い返す。

 

 悪魔討伐後、彼は再び山へ登り、悪魔の痕跡がないかを調べた。彼等の移動手段を掴めればと思ったが……どこにもそれらしきものは見当たらなかった。

 山には下級悪魔だけでなく、網目を通ることのできない上位の存在も見られた。彼等が通った出入り口は、魔界側か人間界側か、特殊な方法によって開かれた可能性が高い。

 が、魔界の瘴気によって、あの場所だけ網目が広がっていた選択肢も捨てきれない。大きな進展は無しかと、バージルは息を吐く。

 

 そんな時──ガラガラと扉の開く音が鳴ったと思うと、聞き慣れない女性の声が彼の耳に入った。

 

「お隣、よろしいかしら?」

 

 足湯にはバージルと、今しがた入ってきた女性しかいない。声をかけられているのは明白であったが、バージルは返答せず。

 相手は好きにしていいと判断したのか、彼の右隣に腰掛ける。冒険者を思わせる服装であった彼女は、何も装備していない両足を湯の中に入れた。

 白い肌に、髪色はバージルの服と対照的な赤。猫のような黄色い目を持つ女性の額には、ひし形の紋章が記されていた。彼女は心地よさそうに息を漏らした後、隣のバージルへ自ら話しかけてきた。

 

「貴方も旅行客?」

「そんなところだ」

「同じね。この街は初めてかしら?」

「あぁ。できれば二度と来たくはない」

 

 アクシズ教徒のしつこい勧誘を思い返しながら、バージルは言葉を返す。疲労を感じさせる彼の姿がおかしかったのか、女性は口元に手を当ててクスリと笑った。

 

「私、温泉に入るのが好きだから、この街には何度か来ているのよ。でも……どういうわけだかお湯の質が変わっちゃったみたいで、私の肌に合わなくなったの。お気に入りの温泉が多かったのに、残念だわ」

 

 女性はおもむろに片足を上げ、湯が足を伝って落ちていくのを見ながら話を続ける。

 

「でも代わりに穴場を見つけられたから、結果オーライね。足だけって聞いた時は微妙に思ったけど、中々良いものだわ」

「物足りなさは否めんがな……ところで」

 

 バージルは、隣に座る女性へ顔を向ける。女性が首を傾げながら言葉を待つ傍ら、バージルは尋ねた。

 

「温泉談義をするために、俺のもとへ来たわけではあるまい?」

「……そんな怖い目で睨まないで頂戴。私は、戦うつもりなんてないんだから」

 

 彼の、追い込まれた悪魔が恐怖を覚える冷たい目。しかし女性は敵意を向けられようとも、怯えることなく笑いながら言葉を返した。

 

「そうね。まずは自己紹介から始めましょうか。私はウォルバク。怠惰と暴虐を司る女神であり、魔王軍幹部の一人よ」

「ほう、邪神と聞く女神ウォルバクか」

「邪神って呼ばれてるのは、印象の良くない感情を司ってるのもあるけど、大抵はこの街に住んでるアクシズ教徒の仕業よ」

 

 邪神呼ばわりは不本意なのか、ウォルバクは足を組みながら不満をたれる。

 

「貴方はバージルでしょう? 噂は聞いているわ。ベルディアを一人で倒したり、あの機動要塞デストロイヤーを剣一本で止めたとか……まるで悪魔のような姿に変身して」

 

 顔を覗き込むようにバージルを見て、ウォルバクは悪戯に笑う。バージルの睨みが更に強まったが、彼女は気にせず話を続けた。

 

「近くの山に潜んでいた魔王軍幹部のハンスも、昨日討たれたそうね。彼の魔力も今は感じない」

「なら、仇討ちでもしてみるか? 足湯から上がった後でなら、俺はいつでも構わん」

「言ったでしょ。戦う気はないって。私、今日はお礼を言いに来たのよ」

「……礼だと?」

 

 脅威とみなして排除しに来たと踏んでいたバージルは、意外な言葉を耳にして思わず聞き返す。対するウォルバクは、組んでいた足を解き、湯の中で足を伸ばしつつ告げた。

 

「あのハンスは、どのみち私達が始末する予定だった。それを代わりにやってくれたから、手間が省けて助かったわ」

 

 彼女の言葉に、バージルは再び耳を疑った。

 城の結界維持に関わっている魔王軍幹部を消すなどデメリットでしかない。代わりとなる戦力が見つかったので、ハンスを切り捨てるつもりだったのかと考えたが、それよりも有力な説が一つ。

 返答次第では、事の真相に近付ける。バージルは単刀直入に尋ねた。

 

「山に漂っていた魔界の瘴気……あれは貴様等の仕業ではないのか?」

「アルカンレティアへの妨害活動計画について、あそこまでやれとは聞いていなかったわ。一体誰の仕業なのかしら」

 

 ウォルバクはため息混じりにそう答える。嘘を吐いている様には見えない。返答を聞いたバージルはウォルバクから目を外し、夜空を見上げる。

 原因は掴めないままであったが、魔王軍の関与の有無が判明しただけでも大きな進展だ。もっともそれは現時点のことであり、悪魔に目をつけた魔王軍が仲間に引き入れる可能性もあるのだが。

 

「さてと……私は先に上がるわ。縁があれば、また会いましょう」

 

 とそこで、ウォルバクは湯から足を抜いて立ち上がる。バージルにウインクをしてから、水気のある足音を立てて足湯から去っていった。彼女の姿を見送ったバージルは、小さく鼻を鳴らして正面を向く。

 邪神ウォルバク──初めて出会った筈なのだが、彼女の漂わせる雰囲気と魔力には、どういうわけか覚えがあった。どこかで会っていただろうかと、彼は記憶を掘り起こす。

 

「(……まさかな)」

 

 丸々とした黒いフォルムに、十字架模様を額に付けた一匹の猫。頭のおかしい見習い魔女の使い魔が何故か真っ先に浮かんできたところで、バージルは思考をやめた。

 

 

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 ウォルバクが退室した後、バージルはしばらく足湯を堪能してからあがった。その時にはもう、他の宿泊客は軒並み寝静まっている時間になっていた。

 宿の廊下を寄り道せず歩き、泊まっている部屋の前に辿り着く。そして、閉じられていた筈の扉が半開きになっていたのを目撃した。

 鍵は締めたのだがと思いつつ、部屋の中へ。荒されている様子はなく、泥棒が入った痕跡も見当たらなかったが……代わりに、ベッドが不自然に盛り上がっていた。バージルはベッドに近付き、その正体を確認する。

 

「くかー……」

 

 どういうわけだか、バージルのベッドでアクアがぐっすりと眠っていた。自称妹という立場を利用して宿主に上手く説明し、部屋に侵入したのだろう。

 寝心地が良いのか、よだれを垂らして顔を綻ばせている。女神たる力を持っていた昨夜の彼女はどこへやら。 

 

「んへへ……そう……わたしがみずのめがみ……あくあさまよぉ……」

 

 どんな夢を見ているのか容易に想像できる寝言を、アクアは舌足らずな声で呟く。彼女を見つけ次第、温泉を台無しにされた腹いせに拳骨のひとつでも食らわせるつもりでいたバージルであったが……アクアの寝顔を見てか、その気はとうに失せていた。

 もしここで叩き起こした後、騒がれては面倒になる。それに彼女をベッドから退かしたとしても、女神のよだれ付き枕では寝る気も起きない。バージルはため息を吐き、室内にあった椅子に座った。

 視線の先は、幸せそうな表情のアクア。カズマと口喧嘩をしてどこかへ行ったと聞いていたが、何を思ってここへ来たのか。バージルには全く理解できないまま、静かに目を閉じた。

 

 

*********************************

 

 

 翌日。もうアルカンレティアに用はなかったので、カズマ達は朝一に街を発った。未だ帰ってきていないと思われたアクアは、何故かバージルに首根っこを掴まれて合流した。

 馬車乗り場に赴き、行きと同じ御者の馬車に乗せてもらうことに。席は五人分ということで、そこにはカズマ御一行プラスアルファ──内、バージルとアクアを除く五人が座っていた。使い魔であるちょむすけは、お気に入りなのかウィズの膝下でくるまっている。

 ゼスタによる見送りを受け、馬車は進み出す。門を抜け洞窟を抜け、離れていくアルカンレティアを惜しみながらカズマは口を開いた。

 

「湯治が目的だったのに、全然休めた記憶がない」

「僕だってそうさ。数少ない連休を使っての旅行だったのに。まぁお土産買えたし、悪魔狩りも楽しかったからいいけど」

 

 アクシズ教徒の熱烈な勧誘から始まり、悪魔との遭遇、魔王軍幹部との決戦。湯治と呼ぶにはあまりにも過酷であった。旅行目的で訪れていたタナリスも、同調するようにカズマへ話す。

 彼女の「悪魔狩り」という言葉を聞いて、カズマはふと思い出す。アクシズ教徒に祈りを呼びかけていた時、山で起きた爆発──十中八九めぐみんの爆裂魔法であろうが、うっかり本人に聞きそびれていた。

 

「なぁめぐみん。俺がバージルさんと街に戻った後、山の方で見覚えのある爆発が起こったんだが──」

「ちゃ、ちゃんと雪崩が起きないよう威力は抑えましたよ!」

「お、おう。そうか」

 

 尋ねると、めぐみんは食い気味に答えてきた。以前の雪精討伐で放った時に雪崩は起きなかったので、そこは心配していなかったのだが、めぐみんの圧に押されたカズマは思わずたじろぐ。

 めぐみんはカズマから目を離し、外の風景を眺める。とその時、めぐみんの心情を察しているかのように、タナリスが補足する形でカズマに伝えた。

 

「僕が抑えてねって言ったのもあるけど、恥ずかしさのあまり集中できなかったんだよ。なにせすっぽんぽんで──」

「わぁああああああああああああああああっ!?」

 

 めぐみんは赤面し、隣に座っていたタナリスの口を慌てて塞ごうとする。が、タナリスはキッチリ両手でガードして防いだ。

 めぐみんの大声によってタナリスの言葉は遮られたように思えたが、カズマが聞き逃す筈もなく。

 

「タナリス、その話もっと詳しく」

「身体が凍えそうな雪山で自ら服を脱ぎ捨てて、悪魔に爆裂魔法を放ったのさ。あの恥ずかしくて死にそうって顔してためぐみんは貴重だったなぁ」

「脱がないと透明化ポーションの効果がでないってタナリスが言ったんじゃ……! って、どうして透明になっていた筈の私の顔を知っているのですか!?」

「後からバッグの中身を調べてわかったんだけど、めぐみんが飲んでたのは透明化のポーションじゃなくて、ホットドリンクだったみたい。見た目が似てたから間違えちゃったんだね」

「……はっ?」

「だから、めぐみんの姿はバッチリ見えてたよ。悪魔に襲われなかったのは、君の運が良かったから──」

「ぬがぁああああああああああああっ!」

 

 平然と話すタナリスへ、めぐみんは怒り半分羞恥半分で突っかかった。しかしタナリスは明るい笑みを絶やさない。

 一方で、カズマの隣で話を聞いていたダクネスは、向かいに座るめぐみんを困惑した様子で、そして若干引いた目で見ていた。

 

「め、めぐみん……好きでやっているのなら、口を挟むべきではないだろうが、その……まだ若いんだ。もう少しまともな趣味を持った方が──」

「ダクネスから変態扱いされる日が来るとは思いませんでしたよ! 違いますからね!? 自分から好んで脱いだわけじゃないですから!」

「中二病、爆裂娘、ロリっ子ときて今度は露出狂か。どんだけ属性加えれば気が済むんだよ。ま、俺は別に構わないけどな。爆裂露出プレイしたくなったらいつでも付き合ってやるから」

「勝手に加えないでください! そんな爆裂魔法の冒涜に値するプレイ、二度とするつもりはありません!」

「えっ? でも爆裂魔法放った後に、解放感があってちょっとクセになりそうって──」

「しゃあああああああらぁああああああああああああっ!」

 

 

*********************************

 

 

 カズマ達を乗せた馬車が騒がしくも道を進んでいる一方、馬車に乗っていなかった残る二人はというと──。

 

「んー……風が気持ちいいわねー」

 

 アクアは狼化したバージルの背に乗り、快適な狼乗りで帰り道を進んでいた。

 馬車乗り場にて、馬車の席が五人しかないと聞いたバージルは、タナリスをカズマに任せて自分はテレポート水晶で帰宅しようとしたが、そこにアクアが「狼になったお兄ちゃんに乗って帰りたい」とお願いしてきた。

 勿論バージルは断ったが、アクアも当然の如く駄々をこねた。その場には見送りとして来たゼスタもおり「そんなのお兄ちゃんじゃない!」と、異様に腹が立つ顔と声でアクア側についた。最後は、カズマの「今回だけは」という押しが決まり手となり、バージルから折れた。

 バージルは狼の姿(ウルフトリガースタイル)で、カズマ達の馬車を先行するように、かつ決して猛スピードを出さないというアクアの要望に従い、ほどよい速さで走っていた。

 

「ねぇお兄ちゃん」

「なんだ」

 

 日が真上に昇ろうとした頃、アクアが話しかけてきた。バージルは足を止めず耳を傾ける。

 

「タナリスから聞いたんだけど、お兄ちゃんのいた世界にも日本があるって本当?」

「……行ったことはないがな。それがどうした?」

「そっちの日本にも、私のような可憐で美しい女神がいたのかなーって。タナリスは、他の国にいた女神はよく知らないって言ってたから。あの子ったら、前の世界ではぼっちだったのかしら」

 

 しょうがない子だと、アクアは息を吐きながら話す。日本の神については本で読んだだけで、日本人と比べて詳しくはないのだが、彼は記憶を思い出しながら質問に答えた。

 

「日本では天照大神を始めとした、数々の神が神話として語り継がれているそうだが……」

「えっ? お兄ちゃんの世界にもアマテラス様っていたの?」

「……ということは、貴様の世界にも?」

「いたわよ。ながーい金髪で、見た目はタナリスよりも小さくて、誰にでも明るくて優しい神様なの。私も派遣したての頃はお世話になったわ」

 

 アクアは空を見上げ、元いた天界ついて思い耽る。アクア、もといカズマがいた世界にも日本があることは聞いていたが、同名の神まで存在するとは思っていなかった。

 自分のいた世界とカズマのいた世界は、似て非なる平行世界と呼ばれる関係かもしれないと、バージルは推測する。もしかしたら自分やダンテ、果てはスパーダに酷似した人物も、どこかの世界で存在しているのかもしれない。

 

「神格試験? とかやらされたけど、私は全部一発でクリアしてやったわ! アマテラス様からも、お前は将来有望な女神になれそうだって褒められたし!」

「そっちのアマテラスは、神を見る目がなかったか」

「ちょっとお兄ちゃん! それどういう意味!?」

 

 突っかかってくるアクアを落とさぬよう、バージルは草原を駆けていった。

 

 

*********************************

 

 

「行ってしまわれたか……アクア様……」

 

 アクシズ教団本部。カズマ達を見送った後、ゼスタは自室に赴き、窓から差す太陽の光を浴びながら女神様を想う。

 彼の背後には、何枚かの紙が挟まれたボードを手に持つ女性が一人。バージルとタナリスが初めて大聖堂を訪れた際、掃除係として偶然立ち会わせ、女神アクアの御尊体を見て気を失ったプリーストであった。

 彼女は紙に目を配った後、祈り中のゼスタに顔を向けて口を開いた。

 

「ゼスタ様の指示通り、破壊されていた山道への門、及び温泉の水質を変えられた賠償金は、全て鬼いちゃんに請求致しました」

「ご苦労。アクア様が選ばれた以上、兄としての役割を全うしていただかねばな」

 

 プリーストの報告を受け、ゼスタは祈りを中断して彼女に労いの言葉をかける。

 全ての温泉がただのお湯に変えられ、街の主要産業を破滅させられた。やったのはアクアであるが、彼女に請求するという罰当たりなことはできないので、全てバージルへと何のためらいもなく請求した。

 もっとも、今のお湯には傷を癒やす効果や、アンデッドや悪魔に有効な聖水の効果もあり、以前よりも多くの収益を得られると見込まれているのだが。

 

「もう一つ。アクア様がご宿泊になられていた宿にて、新たな信者であるサトウカズマさんが入信書をビリビリに破かれたとの情報が」

「やはりですか……えぇ私はわかっていましたよカズマさん。貴方には、いち早く反抗期が来るであろうと」

 

 それを聞いたゼスタはうんうんと頷き、プリーストがいる方へ振り返る。そして机に備えられていた一つの大きな引き出しを開け、そこにしまわれていた額縁を取り出した。

 

「手を打っておいて、正解でしたな」

 

 額縁の中には、カズマが破ったとされる彼の名前が記された入信書が、傷一つない状態で飾られていた。

 女神アクアの手で魔の脅威が滅ぼされたあの夜。ゼスタは偽の入信書を作り、アクシズ教徒と共に宴を楽しむカズマの目を盗み、すり替えていたのだ。カズマの直筆サインが記された入信書を見て、ゼスタは満足気に笑う。

 

「ムカつく鬼いちゃんと忌々しいエリス教徒だけでは不安でしたが、私の親友めぐみんさんと、次期アクシズ教団最高責任者に相応しいカズマさんなら安心だ。お二人に、女神アクア様の祝福があらんことを!」

 

 めぐみんへ、そしてアクシズ教徒絶賛継続中とは知らないカズマへ、額縁を掲げながらゼスタは祈りを捧げた。

 




イラスト:渡鴉(黒)様

【挿絵表示】


魔剣教団がアクシズ教団に成り代わってたらどうなっただろうか。

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