この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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Secret episode 5「The Devil's Invitation ~悪魔の誘い~」

 まだ、バージルのもとへ招待状が届く前のこと。異変が起こっていたアルカンレティアの山を、一人の女性が登っていた。

 

「……どういうことなの?」

 

 三合目まで登った辺りで、彼女は周囲を見渡しながら独り言つ。

 白い雪に覆われ、脇に氷が点在している山道。吹雪が止む様子はなく、彼女のマントと長い髪を激しく揺らしている。かといって、雪精が蔓延っているわけでもない。

 この時点で異常気象だと判断できるが、この山を異常たらしめているのは他でもない。山全体を覆っているように感じられる──悪魔が好む、魔界の瘴気。

 当然、山には悪魔が多数存在していた。肉体を持つ者もいれば、実態を持たず依代を探し求めている者も。ただの人間がここを彷徨えば、たちまち悪魔に身体を奪われてしまうだろう。

 しかし彼女には関係ない。魔王軍幹部のひとり──邪神ウォルバクには。

 

「(アルカンレティアに妨害行為を加える計画は立てられていたし、その為に幹部が一人派遣されたのだけれど……ここまで被害を広げるようには指示されていなかった)」

 

 危険な山道を悠々と歩きながら、ウォルバクは頭を働かせる。ここへ飛ばされた筈の幹部は、魔の瘴気を発生させる術は持っていなかった。とすれば瘴気は偶発的に自然発生したか、第三者が蔓延させたか。

 

「(それに、あのアクシズ教徒達が街に結界を張るだけで山に攻め込もうとしない……今は感じられないけど、相当な力を持った悪魔が潜んでいるのかしらね)」

 

 頭のキレる実力者ほど、力を隠し紛れるもの。悪魔を心底憎むアクシズ教徒ですら手を出せないとは、一体どのような悪魔なのかと、ウォルバクは少し興味を抱く。

 とにもかくにも、まずは話を聞きに行かなければ。ウォルバクは身に染みる寒さに耐えながら歩を進めた。

 

 

*********************************

 

 

 八合目まで登り、元は源泉と思わしき氷の池がいくつか確認できる場所まで辿り着いた。

 その中でも一際広い氷池の縁に沿って進んでいると、崖の付近に人影を見た。彼は雪が払われた地面に座り、吹雪が立ち込める暗闇を見据えている。ウォルバグは彼の背後から歩み寄り、声が届く距離まで来たところで自ら話し掛けた。

 

「久しぶりね、ハンス」

「……あっ?」

 

 魔王軍幹部の一人、デッドリーポイズンスライムのハンスは、ウォルバグの声を聞いて気だるげに振り返る。しばし彼女の顔を見つめ、ようやく気づいたハンスは手を挙げながら返した。

 

「誰かと思ったらウォルバクじゃねぇか。こんな山中に来てまで、何の用だ?」

「魔王様から幹部の現状を確認するよう命令されたのよ。で、まず貴方の所に来たってわけ」

「それはそれは、こんなクソ寒い中でご苦労だったな」

「全くよ。道中で面倒な子達に絡まれたし……ねぇハンス、一体何があったの? 貴方が派遣された時から、山はこの有様だったの?」

 

 少しの談笑を交えてから、ウォルバクは山の異変についてハンスに尋ねる。対して彼は首を横に振って答えた。

 

「いや、まだ何の変哲もない静かな山だった。源泉に裏工作するために登っていたら、この瘴気がいつの間にか蔓延し始めたんだ」

「一体誰が……」

「悪魔共の相手をするのに手一杯だったから、原因なんざ何も調べてねぇよ」

 

 先に来ていたハンスなら何か知っていると期待していたウォルバクだったが、彼の返答を聞いて小さく落胆の息を吐く。

 しかしその一方で、ハンスは愉快そうな声色に変えながら言葉を続けた。

 

「まぁ俺は感謝してるけどな。美味い悪魔を喰いまくって腹も膨れたし、前とは比べ物にならねぇほど力が増した。今の俺だったら、お前を軽く捻って喰っちまうこともできそうだ」

 

 悪戯に、不敵な笑みを見せるハンス。ウォルバクはそれを見て身構えたが、ハンスは「冗談だ」と言って顔を背け、再び暗闇を見つめ始めた。

 ここで再会して最初に疑問を抱いた、魔王城で最後に会った時とは段違いだった彼の魔力。理由を聞いてウォルバクは納得すると同時に、ある懸念を抱いた。それを確かめるべく、ウォルバクは彼に問う。

 

「魔王様が私達幹部に言ったこと、覚えてる?」

「あん?」

「敵は、魔王軍と敵対する冒険者のみ。無害な人間は殺さない」

 

 再度振り返ってきたハンスへ、ウォルバクは確認するようにハッキリと伝えた。

 

「今回の計画は、冒険者以上にアクシズ教団が厄介だからという理由で立てられたけど、目的はあくまで破壊工作のみ。人間を殺すことは命じられていない。わかっているわよね?」

「あー……そういや確かに、魔王の野郎が言ってたなぁ」

 

 ウォルバクの話を聞いたハンスは、面倒臭いとばかりに頭を掻きながら呟く。その声を聞いたウォルバクは、独り目を伏せた。

 

「忠告はしたわよ。それじゃ」

 

 ハンスの生存確認、現在の様子は確認できた。もう用は無いと、ウォルバクはハンスにそれだけ言って踵を返す。

 振り返って彼の姿をもう一度見ることもせず、来た道を戻っていく。脳裏に浮かぶのは、悪魔喰らいを自慢げに語っていたハンスの姿。

 

「(あの様子だと時間の問題……いえ、もう既に喰われているのかもしれないわね)」

 

 遅かれ早かれ、魔王の命に背いてアルカンレティアにおもむき、無害な人間を襲ってしまうだろう。果てには同胞である魔王軍にすら。

 早い内に芽を摘んでしまうべきかと考えたが、まずは絶対君主たる魔王に報告し、指示を仰ぐべきだと判断し、ここでは手を出さなかった。

 魔の力に魅了され、手遅れとなってしまったハンスをほんの少しだけ憂いながら、ウォルバクは足を進める。

 

 その背後──暗闇の中で目を光らせ、命を狙う悪魔達を気にもとめずに。

 小さい猿のような悪魔、氷の肉体を持った悪魔が数匹、背後から彼女へ忍び寄る。やがて五メートルにも満たない距離まで近づいたところで、彼等は一斉に飛びかかった。

 

「『インフェルノ』」

 

 瞬間、悪魔達の前に灼熱の炎が出現し、あっという間に彼等を飲み込んだ。龍にも見えるその炎は、もがき苦しむ悪魔達の身体を無慈悲に溶かす。

 炎が消えたその時には、襲いかかった悪魔の姿も消え去っていた。ウォルバクはそこでようく振り返り、代わるように散りばめられて残った、血を連想させる赤い結晶を一瞥する。

 

「熱烈なアプローチは嫌いじゃないけど、貴方達みたいなのはタイプじゃないの」

 

 そう吐き捨て、ウォルバクは結晶を拾おうともせずに再び前を向く。

 魔王様に報告した後、もしハンスを消すよう命じられたら、その仕事終わりにどうにか結界をくぐり抜けて、アルカンレティアの温泉へ浸かりに行こう。そう考えながら、ウォルバクは山から去っていった。

 




ウォルバグさんの口癖をどうしても言わせたかった。

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