この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第7章 受け継ぐ者
第54話「この紅魔族と里帰りを!」


 アクセルの街に住む、平凡だがちょっとリッチな少年──佐藤和真はご機嫌斜めだった。

 

「クソッ、アイツ等……人のこと笑い者にしやがって……」

 

 落ちていた雪は見る影もなく、氷で滑る心配もなくなった街中の道を、カズマはブツブツと愚痴を溢しながら歩く。

 ポケットに手を突っ込み、元々猫背気味の背中を更に曲げる姿は、彼が元いた世界で例えるならツッパリ少年のよう。彼がここまで不機嫌なのは、昨日の出来事が原因だった。

 

 ギルドで寛いでいた時、カズマに憧れているという新人冒険者の女性が話しかけてきた。

 この世界に転生して、およそ半年。機動要塞デストロイヤー迎撃作戦では指揮を取り、魔王軍幹部の一人を討伐した実績もある。つい最近は魔王軍幹部と悪魔が絡んでいたアルカンレティアの事件も解決した。ファンの一人は出てもおかしくはないかと、カズマはカッコいい先輩冒険者を気取って対応。

 とそこへ「後輩冒険者の前で断るわけないですよね」と、受付嬢がカズマパーティーにゴーレム討伐クエストを依頼。カズマは断れる筈もなく、問題児達に振り回されながらも達成した。その後にゴーレムが守っていたダンジョンの探索も依頼されたが、無事完了した。

 これで彼女の好感度も上がっただろう……と思った矢先、自称ファンの女性がギルドの差金であったと発覚。曰く、カズマパーティーは実績だけはあるので、大金を得て本格的に冒険者として活動しなくなった彼を動かす為に差し向けられたとのこと。

 更に、騙されてショックを受けていた場面を仲間の三人に目撃されて笑い者に。彼は泣きながらギルドを飛び出し、その日は宿に引きこもった。夜が明けてメンタルが少し回復したので、彼はこうして街をぶらついていた。

 

 きっとアクアは冒険者達に言いふらすであろう。そうしたら、彼女が大切にしている羽衣を屋敷の掃除でボロ雑巾のように使ってやる。そう誓いながら、カズマは昨日の冒険を思い返す。

 

「(まさかデストロイヤー作ったのが転生者で、あんな羨ましい転生特典持ってたなんてなぁ。俺に分けてほしいよ)」

 

 探索クエストで訪れたのは、とある地下工房。見覚えのある機械や人形が置いてあり、奥地には訓練されたドMが喜びそうなメイドロボもいた。

 そこで見つけた、開発者であろう者の日記。「大国にこの技術を売ろう」という最後の記述、文章から読み取れるダメ人間感から、機動要塞デストロイヤーの設計者と同じであろうと推測されている。

 中でも目を見張ったのは、彼が得ていた能力。なんと思ったものを作り出せるという、万能中の万能なスキルであった。しかし、作り出すには強い思いが必要という制約があり、打倒魔王という女神から与えられた使命を放棄するほど、設計者も苦労していた。

 そんな能力があるならどうして教えなかったんだとアクアに尋ねると、この能力はあまりに万能過ぎるので、最後に異世界へ飛ばす人間にしか与えないと答えた。

 

「(つまり後任の天使が渡していなかったら、まだあるってことだよな……今度死んだ時エリス様に持ってきてもらうよう頼んでみようかな……んっ?)」

 

 友達感覚で女神に頼み事をしようかと考えていた時、カズマは進行方向に見覚えのある人物を見つけた。

 黒を基調とした服装に、ピンクのスカートと赤いリボンがついた髪飾り。めぐみんと同じ紅魔族、ゆんゆんであった。慌てた様子で、誰かを探しているようにキョロキョロと顔を動かしている。

 一体どうしたのかと思いつつ観察していると、不意に彼女と目が合った。ゆんゆんは一直線にカズマのもとへ駆け寄ってくる。

 

「よう、ゆんゆん。どうしたんだ? 誰か探してるみたいだったけど……めぐみんなら屋敷だぞ?」

 

 厄介事ではないかと勘が告げていたが、ひとまず彼はゆんゆんに声を掛ける。ゆんゆんは手を膝につけ、呼吸を整えてからカズマと顔を合わせる。走っていたからか、彼女の顔は赤く染まっていた。

 

「え、えっと、あの、その……と、とにかくこっちへ!」

 

 ゆんゆんはそう言って、カズマの手を引っ張った。まさか探し人が自分だとは思わずカズマは驚き、なすがままに連れて行かれる。

 移動した先は、人気のない路地裏。通るとしても家から抜け出したペットぐらいのもの。内緒話をするにはもってこいの場所だ。

 そんな場所で二人きり。ゆんゆんはカズマの正面に立ち、一大決心の直前かのように深呼吸をしている。顔も未だに赤い。この状況下にいた彼は、彼女から切り出される話についてこう考えずにはいられなかった。

 

「(まさか……告白?)」

 

 ずっと憧れていたシチュエーションに、自分は今立っているのではないかと。

 決して口には出さないが、ゆんゆんはぼっちを拗らせているが故に、少し優しくされただけでも恋に落ちそうなチョロさが伺える。めぐみんも、変な男に引っかからないか心配だと口にしていた。

 てっきりゆんゆんはバージルにその気があるのかと思っていたが、彼女にとってはあくまで憧れの先生だったのだろう。恋の相手はまた別であり、それが自分なのかもしれない。

 顔立ち、プロポーション、性格、どれも良し。ここまでなら告白を断る理由など無いのだが──。

 

「(年齢がなぁ……14歳は、あくまでギリギリ許容範囲内だし。何しろまた周りから蔑んだ目で見られそうだ)」

 

 彼には、ゆんゆんへセクハラまがいの行為をして裁判で糾弾された過去がある。ここで手を出してしまえば、ロリマの蔑称を認めてしまうようなもの。

 かといって、人生で一度あるかないかのイベントを逃したくはない。どう答えるべきか悩んだ結果、彼は一つの返答を思いついた。

 

「(あと3年経ったらまたおいで……よし、これでいこう!)」

 

 ロリコンを否定しつつ、ゆんゆんの気持ちも受け止める。我ながらベストアンサーだと、彼は心の中で自画自賛する。

 また、昨日の一件があったので、このイベントは自分を嵌める為に仕組まれたものではないかと勘ぐっていた。それも回避できる返答はこれしかない。

 告白を受けたら少し間を置いて焦らし、彼女の頭に手を乗せて答えを返す。カズマは脳内シュミレーションを繰り返し、ゆんゆんの言葉を待つ。

 一方ゆんゆんはというと、カズマが思考を張り巡らせている間は切り出せなかったようで。ようやく決意が固まったのか、ゆんゆんは真っ赤な顔を上げてカズマに告げた。

 

 

「私……カズマさんの子供が欲しい!」

 

 

*********************************

 

 

「はぁー……やっぱりこたつはいいわぁ……面倒だし、しまわなくてもいいんじゃないかしら」

 

 場所は変わり、カズマ達が住む屋敷。その二階にある応接間で、アクアはこたつでのんびり寛いでいた。

 もうこたつは次の冬までお役御免だろうと、製作者であるカズマから片付けを頼まれていたが、アクアは完全無視している様子。

 もっとも、こたつをしまわなかった理由はもう一つある。

 

「これが日本の暖房器具か。確かに良いものだ」

 

 足湯を気に入ったバージルに、こたつを紹介する為だった。

 アクアに誘われるがまま屋敷へ来て、バージルはこたつを初体験。足湯同様、お気に召したようだ。

 こたつの上には皿に乗ったみかんと、アクアお手製チラシで作ったみかんの皮入れ。「こたつに入ってみかんを食べるのが日本の風習よ!」と、アクアはみかんを食べ始める。バージルもそれに習い、みかんの皮を剥いて一口食べる。

 また、当然のようにみかんも生きていたが、バージルがひと睨みしたことで畏怖し、己が運命を受け入れたようだ。

 

「フム……酸味は強いが、一方で甘みもある。オレンジと似た果物だが、こちらの方が食べやすい」

「でしょでしょ! 日本の冬じゃ定番中の定番なの! それに、剥いた皮を使えば……」

 

 アクアは手元にあったみかんの皮を弄り始める。どこから取り出したのか、小道具を使いながら作業を進めていき──。

 

「じゃーん! 不死鳥(フェニックス)のかんせーい!」

「ほう」

 

 みかんの皮は、炎の羽根を持つ鳥へと変貌した。アクアの宴会芸スキルによるアート作品だ。

 時間を掛けて作られたのなら、コンテストで最優秀賞間違いなしの出来栄え。バージルも思わず唸る。

 バージルに作品を見せられて嬉しかったのか、はにかみながらもアクアは次のアートに取り掛かる。そんな時、遠くから騒がしい足音が聞こえてきた。

 廊下を走っているであろう者の足音は応接間へ近付き、やがて扉がバンと開かれた。現れたのは、留守であった筈のカズマ。彼は息を整えるとバージルのもとに駆け寄り、華麗なスライディング土下座を見せつつ告げた。

 

「お義父さん! 娘さんを俺にください!」

「貴様は何を言っている」

「すみません間違えました! 絶対幸せにしますので、生徒を俺にください! 先生!」

 

 カズマは言い直してきたが、それでもバージルには理解できず首を傾げる。とそこへ、開いていた扉からゆんゆんが入ってきた。彼がこの屋敷にいると聞いていたのか、ゆんゆんはバージルの姿を見ても驚いていない様子。

 彼女を見て、ようやくカズマの言っていることが理解できたバージルは、小さな吐息を漏らして言葉を返した。

 

「遠い血縁ならまだしも、戦い方を学ばせている者の縁談など知ったことではない。好きにしろ」

「よっしゃあああああああああっ!」

「それよりもアクア、次のアートは何だ?」

「今度は機動要塞デストロイヤーに挑戦してみるわ! 待っててお兄ちゃん!」

「生徒の将来よりそっち優先なんですか先生!? アクアさんまで……って、まさかその皮でデストロイヤーを!?」

 

 バージルから許諾ともとれる返答を貰い、飛び上がって喜ぶカズマ。一方でゆんゆんは、アクアのみかんの皮アートが気になってしまった様子。

 

「アクアの作品は俺も超気になるが、今は一刻を争う。さぁゆんゆん、俺と子作りしよう!」

「えっ!? あ、あのカズマさん! わわわ私、まだ心の準備が──!」

「おっと失礼、気持ちが前に出すぎて焦っていた。俺はいつでも構わないから、その気になったら言ってくれ」

 

 内心やる気満々であったが、ここは大人の余裕を見せておこうと思ったのか、カズマは優しい口調でゆんゆんに語りかける。

 

「俺の部屋でするのがベストだけど、ゆんゆんに場所の希望があるならそれに従うよ。あぁでも人目につく場所はやめてくれよ? せめて皆が寝静まった真夜中なら、街の外にある草原地帯でも──」

「いいわけないでしょうがぁああああああああっ!」

 

 刹那、開きっぱなしの扉からめぐみんが入室し、カズマの顔面へドロップキック(Rainbow)を食らわせた。カズマは後方に吹き飛ばされ、ゆんゆんと引き離される。

 立ち上がっためぐみんは目を尖らせてカズマを睨み、彼女と一緒に来たダクネスはゆんゆんを守るように抱き寄せる。理不尽な暴力を受けたカズマは起き上がり、めぐみんに文句をぶつけた。

 

「なにすんだよめぐみん! 絶賛モテ期到来中の俺がゆんゆんと結ばれるからって嫉妬してんのかツンデレ娘! だったら素直に言えよ! そしたらお前も交ぜてやらないこともない!」

「交ざる気もありませんし、事を起こさせるつもりもありませんよ!」

「ゆんゆん、何か嫌なことでもあったのか? 罰ゲームでカズマへ告白して来いと誰かに命令されたのか? もしやタナリスか? 私がキツく叱っておくから、誰に言われたのか話してくれ」

「さっきも言っただろ! ゆんゆんは自分の意思で、俺と子作りしたいと言ってきたんだ! なら甘んじて受け止めるのが男ってもんだろうが!」

「親しい交流どころか、一回セクハラ行為をした貴方がゆんゆんに告白されるなんて、流れ的におかしいじゃないですか!? ゆんゆんもですよ! どうしてカズマの子を授かろうなどと思ったのですか!?」

 

 頑なにゆんゆんとの子作りを諦めないカズマ。彼と話していては埒が明かないと判断したのか、めぐみんはゆんゆんに理由を尋ねる。

 ゆんゆんは慌てふためきながらも、カズマ達にその理由を話した。

 

「だ、だって! カズマさんの子供がいないと、私達の里が──!」

 

 

*********************************

 

 

 事の発端は、ゆんゆんのもとに送られた一通の手紙。生まれの地──紅魔の里から寄せられたものだった。差し出し人は彼女の先輩にあたる、あるえという人物。

 カズマ達は一度ソファーに腰を降ろし、ゆんゆんと対面する。彼女は問題の手紙を取り出し、めぐみんに渡す。カズマとダクネスが隣から覗き込み、バージルとアクアはコタツから身を出さずに聞き耳を立てる中、めぐみんは手紙を読み上げた。

 

「『里の占い師が、魔王軍の襲撃による、里の壊滅という絶望の未来を視た日。その占い師は、同時に希望の光も視る事になる。紅魔族唯一の生き残りであるゆんゆんは……』……おい、ここにまだもう一人紅魔族の生き残りがいるのですが! なぜゆんゆんより先に私が死んだことになっているのですか!」

「私に言わないでよ! そけっとさんが出した予言なんだから!」

「そ、そけっと?」

「めぐみん達と同じ、妙ちくりんな名前の紅魔族だろ。それよりも早く続きを読んでくれ」

 

 聞き返すダクネスにカズマが答えつつ、話を進めるようめぐみんへ促す。彼女はふてくされながらも手紙へ目を落とす。

 

「『唯一の生き残りであるゆんゆんは、いつの日か魔王を討つ事を胸に秘め、修行に励んだ。そんな彼女は駆け出しの街で、ある男と出会う事になる。頼りなく、それでいて何の力もないその男こそが、彼女の伴侶となる相手であった』」

「駆け出しの街に住む、頼りなくて非力な引きこもり童貞ニートっていったら、確かにカズマさんしかいないわね」

「勝手に付け加えんなアンチ女神。ていうかゆんゆん、その条件だけで真っ先に俺の所へ来たの? 地味に傷つくんだけど?」

「続けますよ……『やがて月日は流れ。紅魔族の生き残りと、その男の間に生まれた子供はいつしか少年と呼べる年になっていた。その少年は、冒険者だった父の跡を継ぎ、旅に出る事となる。だが、少年は知らない。彼こそが、一族の敵である魔王を倒す者である事を……』」

「なっ……!?」

 

 手紙に書き記されていたのは、衝撃の未来。知らない間に自分が世界の命運を握っていた事実にカズマは打ち震える。

 

「俺とゆんゆんの子供が、魔王を倒す勇者に……よしわかった! 世界の為なら尚の事! さぁゆんゆん! 俺と共に未来を歩もう!」

「いや待て! いくらなんでも話が突拍子過ぎるだろう! お前もゆんゆんも、こんなわけのわからない予言を信じるつもりか!?」

「で、でもそけっとさんの占いは、里では当たると評判で──!」

 

 世界の為という正当な理由ができた今、やらない選択肢などあるわけがない。カズマはノリノリでゆんゆんへ手を差し伸べる。

 ゆんゆんも、里を救う為ならばと身を犠牲にする覚悟でいる。二人の行為を止めることは不可能かと思われた──その時。

 

「ゆんゆん。この手紙、最後まで読みましたか?」

「えっ?」

 

 混乱状態に陥っていた三人は、めぐみんの一言でピタリと止まった。めぐみんが三人へ手紙の文面を見せ、下を指差す。

 そこには『【紅魔族英雄伝 第一章】著者:あるえ』と、うっかり見落としそうな小さい文字で記されていた。

 

「確かあるえは作家志望でしたね。自分の書いた小説を、遠い地に住むゆんゆんにも読んで欲しかったのでしょう。ほら、その下には『第二章ができたらまた送ります』と──」

「わぁあああああああああ!」

 

 全てはゆんゆんの勘違いであった。羞恥に耐えきれなくなった彼女はめぐみんから手紙を奪い取り、感情のまま破り捨てる。

 しかし被害を受けたのは、間違って子作り告白をした彼女だけにあらず。

 

「……えっ? おいちょっと待ってくれ! 小説!? じゃあ俺とゆんゆんが子作りする展開は!? こっから先はR指定じゃないのか!?」

「なんだそれは……創作物である以上、この文面にある占いも空想だろう。つまり、ゆんゆんがお前の子を生む未来など存在しない」

「ふざけんな! 思春期真っ只中の男の心を弄んで結局何も無しって! ウィズとの混浴といい自称ファンの子といいゆんゆんといい、どうなってやがんだ! 俺は幸運ステータスじゃなかったのか!? こんなん詐欺だ! 訴えてやる!」

 

 ピンク色に染められた妄想が現実にならかったと知り、カズマは周りの目など気にせず声を荒げる。ここに彼と同じ性欲真っ盛りの男がいれば、共に声明を上げる味方になってくれたであろう。

 が、カズマ以外でこの場にいる男はバージル(スイーツ系男子)のみ。彼はとっくに手紙への興味を失くしており、みかんを食べながら、合いそうなスイーツを模索していた。

 

「そんなに気になるなら、実際に占ってもらったらどうですか?」

 

 とその時、怒り散らすカズマを鎮めるようにめぐみんが告げた。少々拗ねたような声であったが、カズマはそれに気付かず言葉を返す。

 

「占ってもらうって……どうすんだよ?」

「私達が紅魔の里に行くんですよ。家族にカズマ達のことを紹介したいと思っていたので、丁度良いです」

 

 めぐみんから提案された、紅魔の里への旅。すぐには決断できず、カズマは腕を組んで考える。

 前回の、死闘を繰り広げたアルカンレティアへの旅と同じ目に遭いそうだと勘が告げている為、躊躇したくなるが──。

 

「賛成! 紅魔の里、一度行ってみたかったのよねー」

「占いか……私はそこまで信じるタイプではないのだが……」

「ダクネスもしてもらったほうがいいわよ。ただでさえ言い寄ってくれる男が少ないのに、お見合い相手を自分から振って、売れ残り人生待ったなしなんだから」

「ま、まだ売れ残りではない! それに貴族の間なら、私はそれなりに言い寄られるんだ! ほ、本当だぞ!?」

「バージルはどうしますか?」

「以前から紅魔族には興味があった。俺も付き合ってやろう」

 

 アクアとダクネスのみならず、バージルも行く気でいた。問題児三人組だけなら断っていたが、引率の先生もいるなら大丈夫だろう。

 ようやく踏ん切りがついたカズマは、しょうがないとため息を吐く。彼の反応を肯定と見たのか、めぐみんは目を細めて微笑んだ。

 そして、忘れそうになっているがもう一人。危うくタイミングを逃しそうになったゆんゆんは、めぐみんに反応してもらえるよう声を張った。

 

「め、めぐみんが里帰りしたいっていうならしょうがないわね! ライバルとして、わ、私も行ってあげてもいいわよ!」

「行きたくない人を無理やり連れて行く気はないので、ゆんゆんは別に来なくてもいいですよ」

「ごめん! 行く! 一緒に行きたい! だから置いていかないでぇええええええええっ!」

 

 

*********************************

 

 

 カズマパーティーに、バージルとゆんゆんを加えた計六人で行くこととなった、紅魔族の帰省。

 紅魔の里は、アルカンレティアから徒歩で二日の距離にある。バージルとウィズがテレポートの移動先に登録していた為、バージルとゆんゆんはテレポート水晶で、カズマ達はウィズのテレポートでアルカンレティアへ行くこととなった。

 出発は五日後。各々が準備なりいつもの日常を過ごし、あっという間に当日となった。

 

 出発の日の朝。バージルは読書で時間を潰しながら、共にテレポートするゆんゆんを待つ。木製の椅子が軋む音、本のページをめくる紙の音が物静かな部屋にこだまする。

 すると、家の外から地面をするような足音が聞こえてきた。バージルは本を閉じず、目線だけ真正面の扉に向ける。足音が止まって間もなく、扉がおもむろに開かれた。

 扉を開けた人物はゆんゆんではなく、青い修道服に身を包んだ金髪の女性であった。彼女は内装を簡単に見渡した後、バージルに目を合わせた。

 

「どんな依頼でもこなしてくださる便利屋は、ここですか?」

「……図々しい来客だ。ノックは無し。その上名前も答えず依頼か?」

 

 明朝の客人に、とても歓迎しているとは言えない口調でバージルは返す。対する女性はというと、足を進めて机越しにバージルの前へ立った。

 

「申し遅れましたわ。私は、美人プリーストのセシリーといいます」

 

 聖職者の女性、セシリーはそう名乗ってバージルに微笑みかけた。そこでようやくバージルは手元の本を閉じ、セシリーと向き合う。

 このまま依頼の話に──と思いきや、彼女は顎に手を当てて覗き込むようにバージルの顔を見てきた。

 

「この街に、イケメンかつお金持ちな凄腕の冒険者が便利屋をやっていると聞いてすっ飛んできたけれど……うん、私の好みなのは間違いない。なのに食指が伸びないのはどうしてかしら?」

 

 先程の、お淑やかな聖女らしき雰囲気をぶち壊す発言。それを聞き、やはり猫を被っていたかとバージルは独り思う。

 

「その一方で、貴方をお兄ちゃんと呼ばなきゃって衝動に駆られているけど、私はお姉ちゃんキャラだから必死に我慢するわ」

「意味のわからん前置きはいい。用件は何だ?」

 

 続けて発された言葉で、彼女の所属する教団に察しがついたバージルは、無駄話をやめて本題に入らせる。

 話好きなのかセシリーは不満そうであったものの、コホンと息を吐き、彼を導くように手を差し伸べながら告げた。

 

「私と共に、邪悪なエリス教徒へ妨害行為を──!」

「帰れ」

 

 やはりアクシズ教徒は頭のおかしい者しかいなかった。バージルはセシリーから目を逸らし、読書を再開する。

 

「どうして!? なんでもやってくれる便利屋じゃないの!?」

「俺が気に入ったものであればな。それに今は閉店中だ。扉に下げられていた看板の文字が読めなかったのか?」

「いいじゃないの空いてたんだから! 報酬のところてんスライムが欲しくないの!?」

 

 断固拒否を貫くバージルに、セシリーは報酬を提示しながら食い下がる。ところてんスライムとは、スライムの中でも小さい個体が加工され飲料となったもの。

 そんな報酬で釣られるわけがないと、彼を知る者が聞けば誰もが思うだろう。

 

「……何だそれは?」

 

 しかしこの男、意外にも食い付いた。

 

「あらあら? その反応はもしかして未経験者? ところてんスライムはねぇ、プルップルで一度飲んだら病みつき間違いなしの一品よ!」

「どんな味だ?」

「色んな味があるわ! グレープ味にオレンジ味、健康に良い野菜たっぷり味だって! 私はところてんスライムなら何味でもいけるクチよ!」

 

 机に肘をつけ、前のめりの姿勢でセシリーの話を聞くバージル。セシリーも大好きなところてんスライムについて語れて嬉しいのか、早口ながらも彼に教示する。

 依頼話はすっかり忘れ、ところてんスライムトークに洒落込む二人。故に、この家へ走ってきた者の足音には一切気が付かなかった。

 

「おはようございます! せんせ……い?」

 

 勢いよく扉が開かれ、幼気のある声が部屋に響いた。バージルとセシリーは話をやめ、入ってきた人物を見る。

 現れたのは、バージルと共にテレポートする予定で来たゆんゆん。彼女は困惑した様子で固まっている。中に入ると見知らぬ女性がバージルと話していたのだ。ぼっち気質の彼女ならこうなるのも仕方ない。

 相変わらず人見知りな彼女に呆れながらも、バージルは声をかけようとした──その時。

 

「ゆんゆんさぁああああああああああああんっ!」

「きゃあっ!?」

 

 セシリーはゆんゆんの名を叫んで彼女に抱きついた。突然のことにバージル、そして抱きつかれたゆんゆんも驚く。

 

「だ、だだだ誰ですか!? ……って、セシリーさん!?」

「久しぶりねゆんゆんさん! まさかこんなに早く再会できるなんて、日頃の行いが良かったおかげかしら? めぐみんさんも元気にしてる?」

「……知り合いだったか」

「あっ、はい! まだ冒険者になる前に、アルカンレティアでお会いしたアクシズ教のプリースト、セシリーさんです! アクセルの街にも来ていて、私が街を出るのと同じ頃にアルカンレティアへ戻った筈なんですけど……」

「ゼスタ様から『アクセルの街へ行き、女神アクア様の加護を受けしアクシズ教徒を手助けせよ』って指令を出されて、私が志願したの! めぐみんさんとゆんゆんさんにまた会えるって思ったらいても立ってもいられなくって!」

 

 ここへ来た訳を話し、ゆんゆんを強く抱きしめて頬ずりするセシリー。更にはゆんゆんの髪に顔を埋めて、目を見開いて匂いを堪能している。一歩間違えれば変質者のそれである。

 ゼスタの言うアクシズ教徒とは、恐らくカズマのことであろう。入信書を破って足を洗ったと聞いていたが、彼への呪いはまだ解かれていなかったようだ。

 

「ところで、ゆんゆんさんはどうしてこんなところに? 依頼したいことがあるの? それにさっき、聞き間違いじゃなかったらこの人のこと先生って──」

「あ、その……私、今はバージル先生のもとで修行をしてて……」

 

 ゆんゆんをようやく離したセシリーの素朴な疑問に、ゆんゆんは正直に答える。するとその瞬間、セシリーは再び彼女を抱き寄せ、バージルに強い敵意を見せた。

 これまでに何度も面倒な輩と絡んできた経験もあってか、次の展開をバージルは予測し、付き合いきれんとため息を吐いて目を伏せた。

 

「まさか、私のゆんゆんさんに先生という立場を利用して、口にするのも憚られる卑猥なことを!? この男、ムッツリに見えてとんだドスケベ野郎じゃない! その権利は私にあるんだから!」

 

 被害妄想を膨らませ、バージルを変態教師呼ばわりするセシリー。対するバージルはというと、否定するのも面倒なのか目を伏せたまま黙っていた。

 そんな彼に代わるように、生徒であるゆんゆんが慌ててバージルのフォローに務める。

 

「ち、ちちちがいます! 先生はそんなことしません! 私はただ、先生から色んな戦い方を教わってるだけなんです!」 

「……ホントに? この男に脅されてない? 純粋無垢で汚れなき聖女ゆんゆんさんは健在なの? なら私のことをセシリーお姉ちゃんって呼んでくれる?」

「そ、それはちょっと恥ずかしいので、セシリーお姉さんで……」

 

 お姉ちゃん呼びが叶わず、セシリーは独り落胆する。しかし彼女の言葉は信じたようで、バージルへの敵意は少なからず薄れたようだ。

 二人のやり取りが終わったと見たバージルは目を開け、おもむろに立ち上がりゆんゆんへ告げた。

 

「話は済んだか。ならばさっさと行くぞ、ゆんゆん」

「あっ、はい! すみません!」

「ちょっと! 私のゆんゆんさんをどこに連れて行く気!?」

 

 二人はテレポートの準備に取り掛かるが、ゆんゆんへ並々ならぬ愛を見せつけていたセシリーが黙っている筈もなく、バージルへ突っかかる。

 このまま彼女を無視してテレポートしたいと思うバージルの前、ゆんゆんはテレポートの目的をセシリーに話した。

 

「私、これから先生と一緒に紅魔の里へ行くんです。で、まずアルカンレティアにテレポートしようかと──」

「紅魔の里!? だったら私も一緒に連れてって!」

「ふざけるな。何故不必要な荷物を増やさねばならん。そもそも貴様は依頼をしにここへ来たのだろう」

「依頼なんてもうどうだっていいわ! めぐみんさんとゆんゆんさんの故郷なら行くっきゃないでしょ! 私がお姉ちゃんですと二人のご両親に挨拶しないといけないし、アクシズ教に勧誘して信者を増やしたいし、二人みたいなかわいい紅魔族も見つけて……ぐへへ……」

 

 よだれを垂らし、欲望にまみれた顔を見せるセシリー。バージルは冷たく突っぱねているが、彼女はついていく気満々のようだ。

 

「あ、あの、先生……私も、セシリーさんを連れて行ってもいいかなって……」

「やったぁ! もうゆんゆんさん大好き! かわいい! 優しさに満ち溢れてる! 慈愛の塊!」

 

 すると、ゆんゆんがおずおずとバージルに意見を出した。お人好しな性格故かぼっち体験者故か、仲間外れにするのは気が引けたのであろう。

 バージルはまだ何も言っていないが、彼女の言葉でもう許可されたつもりでいるセシリーは、感謝するようにゆんゆんへ三度抱きつく。オーバーな褒め言葉を受けて、ゆんゆんは恥ずかしさもあったが満更でもなくにへらと笑う。

 そもそも今回の目的は、めぐみんとゆんゆんの里帰り。バージルはそれについていく側の者。ゆんゆんが彼女も連れて行くと言って、それに反対できる権利は彼になかった。

 バージルは諦めたように息を吐き、懐からテレポート水晶を取り出す。セシリーはゆんゆんの腕を組み、ゆんゆんは空いた手でバージルの裾を掴む。

 

 カズマと合流したら、面倒なこの女を押し付けよう。そう決めながらバージルは水晶を掲げ、アルカンレティアへテレポートした。

 

 




ここを逃したらセシリーさん出せなくなると思って、参戦させました。

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