この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第56話「この旅道中で野外授業を!」

 ゼスタとの喧嘩が終わった後、バージルは黙って請求書を受け取りその場を離れた。また、記名すれば請求額を半額免除するとの売り文句で入信書を渡されたが、当然破り捨てた。

 同じく多額の請求を受けたゼスタは「有り金を百倍にして戻ってくる」と言い、カジノ大国と名高いエルロード国へ旅立ってしまった。

 

 半壊した大聖堂を後にした彼は、不機嫌ですと言わんばかりのしかめっ面で街を歩く。近寄りがたいのか、ゆんゆんは修道服の裾を掴んでセシリーの側に。セシリーは襲いかかりたい衝動に駆られたものの、必死に我慢した。

 思ったより戦闘が長引いたので、カズマ達はもう街へ来ているだろう。そう踏んで彼等は噴水広場へ足を運ぶ。すると、推測通り見知った顔がいたのを発見した。

 

 

「前にも来てたエリスきょうとだ!」

「石なげろ石!」

「くぅっ……無垢な子供すらも相手がエリス教徒であれば辛辣になる……この街は本当に最高だな……!」

「コイツ笑ってやがるぜ!」

 

 エリス教のペンダントを首にさげて独り佇み、街の子供達から小石を投げられ恍惚感に浸るダクネスであった。

 

「止めるべき……でしょうか?」

「貴様の好きにしろ。俺は関わりたくもない」

「うーん、本当は迷わず止めるべきなんでしょうけど、あの人の場合はお邪魔したら嫌われそうだし……」

 

 それなりにダクネスと交流を深めたことで、ゆんゆんも彼女の扱いを理解し始めたようだ。バージルが嫌な顔を見せる横で、ゆんゆんはどうすべきか悩む。

 助言をもらうべく、ゆんゆんはセシリーへ顔を向ける──が、隣にいた筈の彼女はいない。

 

「そんなんじゃ生温いわよ坊や達! しっかり水で濡らして、地面に転がして土や砂、ゴミをくっつけてから投げるの! 私が手本を見せてあげるわ!」

「何やってるんですかぁああああああああ!?」

 

 ちゃっかり子供達に混じり、ダクネスへ小石をぶつけようとしていた。ゆんゆんは慌てて駆け寄り、セシリーを羽交い締めして止める。

 

「ゆんゆんさん! お姉ちゃんとスキンシップしたい気持ちが抑えきれず強引に胸を押し付けてくれたのはとっても嬉しいんだけど、ちょっと待ってて! 後でいっぱい愛でてあげるから、まずこのいっちょまえに高そうな鎧を見せびらかしてるエリス教徒に石投げさせて!」

「そんな目的で拘束したわけじゃないですよ!? その人は私のとっ、友達の友達だから、いじめるのはやめてください!」

 

 背中に当たる胸の感触をじっくり味わいつつも投石を諦めないセシリー。一方でゆんゆんは必死にしがみつく。見兼ねたバージルは、ため息を吐きながら彼女等のもとへ向かった。

 しかめっ面の彼が怖かったのか、その場にいた子供達は一斉に逃げ出す。またセシリーはようやく投石を諦めたのか、ゆんゆんにセクハラする方向へシフトしていた。

 組んず解れつな彼女等の隣、名残惜しそうに去りゆく子供達を見つめるダクネスに、バージルは話しかけた。

 

「他の奴等はどうした?」

「んっ……カズマ達は街の外だ。ここにいたくないから外で待機していると、連絡係として私を残して行った」

 

 まだ余韻が残っているのか、ダクネスは顔を赤らめたまま答える。

 ここで待っていたら、何度宗教勧誘を受けるかわかったものじゃない。その上、教徒にすら構って欲しがりのアクアもいる。とても待ち合わせできる環境にはならなかっただろう。

 ともかく、これでカズマ達とも合流できる。さっさと街を出るかとバージルは考えていると、目の前にいたダクネスが彼へ何かを差し出してきた。

 目線を落としてみると、彼女が手に持っていたのは、投げるのに丁度いい大きさの小石。

 

「……一回だけ」

「投げんぞ」

 

 

*********************************

 

 

 アルカンレティアの外、橋を通り洞窟を抜けた先にある平原。

 

「おっ、来た」

 

 通行の邪魔にならない道の袖で待機していたカズマ達は、洞窟からバージル達が出てきたのを目視した。

 立春といえど外で待つのは肌寒いように思われたが、以前の冒険で余っていたホットドリンクを飲んだことで体温がほどよく上がり、うたた寝しそうになるほど快適であった。

 

「もう! 遅いわよお兄ちゃん!」

「待たせたのは貴様等だろう」

「ホントすんません」

 

 彼の目が更に細くなったのを見て、カズマは即座にアクアの頭を掴んで無理矢理下げさせ、自身も謝る。

 一方で、地べたに座っていためぐみんも立ち上がって彼等のもとへ。そしてバージルの後ろにいたゆんゆんと、青い修道服を纏う女性を見た。

 

「おや? ゆんゆんの隣にいる人は……って、どうして貴方が!?」

「なんだ? 知り合いか?」

「はい……彼女はアクシズ教のプリースト、セシリーです。ゼスタさんと同じで、アルカンレティアへ初めて訪れた時に知り合って……」

 

 やや警戒した様子で、セシリーのことを説明するめぐみん。アクシズ教徒にはロクな人間がいないと学んでいたカズマは、それを聞いて露骨に嫌な表情を見せる。

 この時めぐみんは、真っ先に自分へ襲いかかってくると睨んでカズマの背中に隠れていたのだが……当の本人はというと、目をカッと見開き立ったまま動かない。視線もめぐみんに向けられていなかった。

 彼女が見つめていたのは──目を合わせ、呑気に首を傾げているアクア。

 

「艷やかな水色の髪、美しき桃色の羽衣、王女すら霞む美貌! ゼスタ様の話が本当なら、あ、あああ貴方様が、我らアクシズ教徒の崇める麗しき水の女神! あ、アクア様ぁああああああああああああっ!」

 

 セシリーは声を張り上げ、アクアの名を叫んだ。突然のことにセシリー以外の者は驚いて視線を寄せる。

 当のアクアも少し困惑していたが、彼女の服を見て信者だと察すると、優しい声色でセシリーへ語りかけた。

 

「アクシズ教の子にはあんまり教えたくないんだけど、バレたのなら仕方ないわね。そう……私が水の女神、アクアよ」

「お前、アルカンレティアで信者達に自分から言いふらしたって話じゃなかったか? 誰にも信じてもらえてなかったらしいけど」

「私が下界に降りてることは、他の子達に言っちゃダメよ? きっと大混乱になっちゃうから。私と貴方だけの秘密……ねっ?」

「ハイ! このセシリー、アクア様との秘密は墓場まで持っていく所存です!」

「……ちょっとだけなら言っても大丈夫よ?」

「あぁ……ゆんゆんさんとめぐみんさんに再会できるだけにあらず、女神様をこの目で見れる日が来るなんて……このまま死んでも……あぁまだダメ! イケメンなあの子と結婚して養ってもらうイベントが残ってるわ! ところてんスライムの布教もまだ広まってないし! それにめぐみんさんとゆんゆんさんのご両親に挨拶して私との仲を公認してもらわないと──!」

「結構残ってんじゃねぇか」

 

 チヤホヤされたい欲が出てアクアはそう付け加えたが、既に自分の世界へ入ってしまった様子。セシリーは両頬に手を当てて身体をくねらせる。

 

「で、どういう経緯でセシリーお姉さんがここにいるんですか?」

「んもう! 久しぶりだからって照れちゃって! 前みたいに甘えた声でセシリーお姉ちゃんって呼んでもいいのよ!」

「過去を捏造してないで、さっさと説明をお願いします」

 

 めぐみんにジト目で促されてセシリーは逆に喜びながらも、彼女等にこれまでの経緯を語った。

 アクセルの街に住むアクシズ教徒を助力すべく街へ来たこと。デビルメイクライにおけるバージルとの出会い、ゆんゆんとの再会。そして、なんだかんだで里帰りについていくことを。

 時々誇張して話したが、度々ゆんゆんに指摘されていた。全て聞き終えたカズマは、引っかかる部分があったのか腕を組んで唸る。

 

「アクアの加護を受けてるアクシズ教徒……そもそも、アクセルの街にアクシズ教徒っていたっけ?」

 

 本当は彼自身のことなのだが、当事者のカズマ、首を横に振るアクア、そして湯治の旅には参加しなかったゆんゆんは気付いていない。またセシリーも、ゼスタからうっかり名前を聞き忘れていた為にカズマだと気付かなかった。

 世の中には知らなくていいこともある。彼がアクシズ教から足を洗えていないと察した三人は、静かにカズマへ哀れみの目を送っていた。

 

「すっかり聞き忘れてたけど、平凡な顔立ちをしてる貴方は誰?」

「悪かったなモブ顔で。俺は佐藤和真。アクアとめぐみん、あとそっちにいるダクネスとパーティーを組んでる冒け──」

「ちょっと! 本人を前にしておきながら、めぐみんさんどころかアクア様まで呼び捨てだなんて何様のつもり!?」

 

 二人への馴れ馴れしい態度が気に入らなかったのか、セシリーは捲し立てるように怒鳴る。

 カズマも思わずイラッときたが、こういうタイプが無視するのが一番。彼は言葉を返さずそっぽを向く。

 

「そいつはアクア、めぐみん両者と衣食住を共にしている。隣に住んでいるが、夜でも近所を気にせず騒がしい連中だ」

「バージルさん!?」

 

 が、思わぬ方向から援護射撃が飛んできた。まさか彼が火に油を注ぐ真似をするとは思ってもみなかったのか、カズマは心底驚いている。

 当然、これを聞いたセシリーが黙っている筈もなく。

 

「このド変態芋男がぁああああっ! 一緒に住んでいるだけでも羨ましいのに、私のめぐみんさんに夜な夜なナニをしてるっていうの!? その一方でアクア様にも手を出すとか超罰当たりな真似してんじゃないわよ!」

「何もしてねぇよ! めぐみんはともかく、誰が年がら年中酒臭いぐーたら女神に手を出すか!」

「私達の崇める女神様を侮辱するなぁああああああああ! しかもめぐみんさんはともかくって言った!? つまりめぐみんさんには手を出す予定なの!? 答えなさいよ!」

「わかってはいたけどコイツ面倒くせぇ! つーかバージルさんがあんなこと言ったから、ややこしい事態になっちゃったんじゃないですか!? 助けてくださいよ!」

「ゆんゆん、紅魔の里はこの先か?」

「はい、このまま道に沿って進めば二日で行けますよ」

「あっクソ! 俺に押し付けやがった!」

 

 思惑通りカズマへセシリーを当てつけたバージルは、ゆんゆんと共に先へ進む。絡むのが面倒に思ったのか、めぐみん達も後を追った。

 この女を最後に、アクシズ教徒とは二度と関わりたくない。セシリーと一緒に取り残されてしまったカズマは、独り固く決心した。

 

 

*********************************

 

 

 どうにかセシリーを黙らせ、バージル達と合流したカズマ。自分を嵌めたバージルを恨めしく思いながらも、仲間と共に先を進む。

 何事もなく無事到着するのが一番だが、そう簡単にはいかないようで。

 

「んっ? 誰かいるぞ?」

 

 進行方向に人を見つけたカズマは、手を上げて周りの人間に伝えた。彼等も注視して前方を見つめる。

 目に入ったのは、細い一本の木──その根本で傷だらけの少女が座り込み、柔和な瞳をカズマ達に向けていた。

 

「大変! あの子怪我してるわ! 早く回復してあげなきゃ!」

「全くもってその通りですアクア様! あんなどちゃくそ可愛い女の子を放っておく理由なんてありませんもの!」

「ちょっと待てプリースト共」

「「ぐえっ!」」

 

 少女を保護すべく駆け出したアクアとセシリーであったが、カズマに首根っこを掴まれて無理矢理止められる。

 首を締められ苦しそうに咳き込んだ後、二人はすかさずカズマに声を荒げて突っかかった。 

 

「ちょっと何すんのよ! あの子をほっとくつもり!? カズマったら、そこまで鬼畜に成り下がってしまったの!?」

「私はともかく、アクア様の崇高なる救いを邪魔してんじゃないわよ! さてはアンタ、邪悪なるエリス教徒ね!」

「落ち着け。俺の『敵感知』が反応してる。あいつはモンスターだ。そんで俺は無宗派だ」

「「へっ?」」

 

 あの場にいる少女がモンスターだと聞き、信じられないのかアクアとセシリーは少女を凝視する。こちらに気付いてくれたと知ったのか、少女は儚げな笑みを浮かべて手を振っている。

 彼女の、思わずギュッと抱きしめたくなる姿と表情にプリースト二名どころか、この場にいた女性陣全員が心を掴まれている中、バージルが興味深そうに少女を見て呟いた。

 

「本で目を通したことはあったが……成程、奴が安楽少女か」

「安楽少女?」

「人の姿をした、植物型モンスターだと聞いている。庇護欲を抱かせ人間を誘い、魅入られた者は呪われたようにその身が朽ちるまで傍に留まる。そして死体となった人間を、奴は養分にするそうだ」

「へぇー……あっ、地図にもその名前が書かれてる。えーっと、見つけたグループは辛いでしょうが駆除してください、か」

 

 アルカンレティアで購入しておいた地図に目を通し、カズマは該当箇所を読み上げる。

 幼い子供に手をかけるのは心苦しいが、犠牲者を増やさない為にも狩らねばならない。カズマはそう決意して腰元のちゅんちゅん丸に手を添えるが──。

 

「ふざけるな! あのような純粋無垢たる少女を殺せるわけないだろう!」

「なんだかあの子、泣いてるような……ち、違うよ!? 私達は貴方を討伐しに来たわけじゃないからね!?」

「も、もう我慢できません! 今すぐにでもあの子をナデナデしてあげたい!」

「あっ、おい!」

 

 既に魅入られてしまった女性陣は、一斉に安楽少女のもとへ駆け出した。カズマが呼び止めるも誰一人として聞かず。

 

「さぁ傷を見せて! お姉ちゃん達が一瞬で直してあげるから……ってあら? これ傷じゃないわ」

「むっ、本当だ……包帯も擬態のようだな」

「ゴメンナサイ……コウデモシナイト、ミンナワタシトハナシテクレナイカラ……」

「だ、大丈夫よ! 私達がいーっぱいお話してあげるから! 何がいい!? めぐみんの爆裂魔法自慢とかどう!?」

「お望みならばここで一発見せてあげますよ! なんだったらカズマとバージルに協力させて魔力を分けてもらい、何度でも撃ってあげますから!」

「ワタシ、モンスターナノニ……タイジシナクテイイノ?」

「そんなの全然気にしなくていいのよ! 悪魔でなければ何を愛でても構わないって教えがあるんだから!」

 

 安楽少女を取り囲み、全力で甘やかす女性達。自分に優しくしてくれる彼女達へ、安楽少女は幸せそうに笑いかける。

 周りにハートマークが飛んでいそうなアクア達を見て、カズマは呆れたように息を吐いた。

 

「ったく、女連中は全員引っ掛かってんじゃねぇか……バージルさんどうしましょう?」

 

 残ったのは自分とバージルのみ。安楽少女の始末はどうすべきか尋ねるべく、隣へ顔を向ける。

 が、そこに彼の姿はなかった。一体どこへ行ったのかと思い、カズマは辺りを見渡す。

 

 

「ふむ、聞いた通り空腹感は満たされんが、口に広がる甘みはそこらの果実より魅力がある」

「ウッソだろ!?」

 

 彼さえも、安楽少女の虜になっていた。正確には果実であるが。

 実を齧り感想を述べるバージルの姿を見て、カズマは開いた口が塞がらない。その一方で、バージルは木に実っている他の果実を見ながら少女に尋ねた。

 

「この果実をいくらか持っていかせてもらう。構わんか?」

「アッ、ゴ、ゴメンナサイ……コレ、ワタシガヨワイセイデ、ヒモチシナイカラ……」

「つまり、調理することもままならないと?」

 

 バージルの問いに、安楽少女は泣き出しそうな顔で頷く。周りの女性陣が親のように睨んでくる中、彼は独り息を吐く。

 

「ならば用は無い」

 

 バージルは背を向けて、安楽少女のもとから離れた。物騒な彼が手を出さずにいてくれたのを確認して、安堵する女性陣。

 ずっとこの場に留まりたい欲求に狩られたが、今は紅魔の里に向かわなければならない。後ろ髪を引かれる思いで、アクア達は安楽少女に手を振りながら離れる。

 

 

 ──既に抜かれていた刀を、彼が納めようとしていたとは知らず。

 

Rest in peace(安らかに眠れ)

 

 キンッと、鍔鳴りが辺りに響く。非情な、冷たい印象を抱かせる音を聞いた彼女等は、心臓を掴まれたような錯覚に陥る。

 まさか、そんな筈はない。安楽少女から目を離していたアクア達は、希望が叶うことを願いつつ振り返る。

 安楽少女は、変わらぬ表情でこちらを見つめている。だが今までと違い、まるで時が止まったかのように動かない。

 

 やがて、安楽少女の頭はぐらりと傾き──重い音を立てて地面に落ちた。

 

「お兄ちゃんの馬鹿ぁああああああっ!」

 

 真っ先に飛び出したのはアクアだった。彼女は目に涙を浮かべてバージルに殴りかかる。

 が、バージルは軽く避けて彼女の頭に拳骨を当てた。重い痛みに耐えかね、アクアは頭を抱えて地面に転がりダウンする。

 

「こんのクサレ外道がぁああああああああっ!」

 

 続けてセシリーも、アクアと同じように殴りかかってきた。バージルはこれを避けずに片手で受け止めると、男女平等パンチを腹に食らわせた。

 かなり加減されていたが、人間の、それも女性にとっては相当のダメージ。セシリーは悶え、その場にうずくまる。

 

「安楽少女の敵ぃいいいいいいいいっ!」

 

 今度はめぐみんが杖を両手に襲いかかった。この状況下では爆裂魔法を放てないと思ってか、杖で殴ろうと振りかぶる。

 しかしそれも届かず。バージルは片手で受け止め、杖を奪い取り後方へ投げ捨てる。そして彼女の頭を左手で掴み、右手で眼帯を摘んだ。

 

「だから! どうして私だけいつもコレなんですか!? バリエーションが乏しいんですか!? なら他の仕返しを考える猶予を与えますから──!」

Shut up(黙れ)

「あぁああああああああはぁああああああああっ!?」

 

 またしてもスタイリッシュ眼帯パッチンの刑を受け、悲鳴を上げためぐみんは右目を抑えて地面を転がりまわった。

 

「おのれぇええええええええええええっ!」

Kneel before me(跪け)

「はぁいっ!」

 

 残るダクネスはたった一声で屈した。剣を投げ捨て両膝をついて座り、犬のように息を荒くしてバージルを見上げ、次の命令を待ち望んでいる。

 彼女への対処法が自然と出てしまった自分を恥じながらも、バージルはカズマに目を向けた。

 

「貴様も来るか?」

「いえ結構です」

 

 誰が行くかとカズマは首を横に振る。向かってくる者はもういないと確認したバージルは、次にゆんゆんを見る。

 モンスターといえど、幼い子供の首がもげるシーンは刺激が強すぎたのか、光の灯っていない目で呆然と立ち尽くしている。

 バージルはゆんゆんに歩み寄るが、気付く様子はない。彼女の前に立ったバージルは、ドアをノックするようにゆんゆんの頭を軽く叩いた。

 小さな悲鳴を上げ、拳が当たった頭頂部を抑えるゆんゆん。ようやく我に返ったのか、涙目でバージルを見上げている。

 

「家族や知人、貴様の大好きな友達とやらに化け、心を揺さぶり命を狙う狡猾な輩もいる。先の安楽少女のようにな」

「……ッ」

「一瞬の迷いが剣を鈍らせ、隙を生む。死にたくなければ、相手がどんな姿をしていようとも、決して手を緩めるな」

 

 厳しめな口調で、先生らしくゆんゆんへ助言を伝える。彼の言葉を聞いてハッとした表情を浮かべたゆんゆんは、言い返すことなく俯いた。

 理解したと見たバージルは背を向け、屍となった安楽少女のもとへ。実は既に枯れ果てており、バージルは独り舌打ちをする。

 一方、未だ落ち込んでいる様子のゆんゆんを見ていたカズマは、慰められるのは自分しかいないと思い、優しい口調で語りかけた。

 

「気持ちはわかるよ。でもここで討伐してなかったら、第二第三の犠牲者が出てたかもしれない。それを防げただけでも──」

「どんな姿であっても攻撃の手を緩めてはいけない……私にとって一番の弱点だわ……気を付けないと……」

「(あっ、俺必要ないパターンだ)」

 

 俯いていたのは、先程指摘されたことをメモに書き込んでいたからであった。優しい性格故に安楽少女の件は引き摺ると思われたが、杞憂だったようだ。

 

「(でも、流石に首チョンパはないよなぁ)」

 

 安楽少女の本性を知ることのなかったカズマは心の中で呟き、枯れた実をかじって苦い顔を浮かべるバージルを見ていた。

 

 

*********************************

 

 

 その後、特にこれといったモンスターに遭遇することなく順調に進んでいたが、日が落ちた為に安全な場所で野宿を決行。

 見張り役にはバージルが志願した。半人半魔故に眠らずとも活動できることと、騒がしい連中の傍ではロクに眠ることもできないからであろう。

 安楽少女の件もあり、セシリーからシッシと手で払われながらもバージルは距離を置く。腰掛けには丁度いい岩場に座り、空を仰ぐ。天気は優れていた為に、満点の星空が浮かんでいた。

 元の世界でこのような星空を見たのはいつ以来だろうかと、バージルは過去を思い返す。すると彼の耳に、雑草を踏み地面を歩く音が届いた。しかしバージルは振り返らずに後方の者へ声を掛ける。

 

「今日の授業は終わりだ。さっさと寝ろ」

「そのことなんですけど、えっと……すみませんでした」

「……二度、同じ過ちをしないのであれば構わん」

 

 申し訳なさそうに謝るゆんゆんへ、バージルはため息混じりに返す。安楽少女の事だろう。今でもご立腹なアクアやセシリーと違い、彼女は受け入れていたようだ。

 歩み寄ったゆんゆんは、バージルの隣にちょこんと座る。しばしモジモジと指を動かした後、ゆんゆんはおずおずとバージルへ問いかけてきた。

 

「……先生のいた国って、どんな所だったんですか?」

 

 彼がどういった場所で生まれ、力を得たのか。彼女は今まで聞いたことがなかった。安楽少女で受けた教示で、気になったが故の質問だった。

 対するバージルはゆんゆんへ顔を向けず、平原の彼方を見つめたまま言葉を返す。

 

「一度の過ち、気の緩みが死を招く。安楽少女のような、質の悪い連中はごまんといる世界だ」

「家族や友達に化ける相手もいるって、先生言ってましたよね? もし、カズマさんやアクアさん、めぐみんやダクネスさん……私の姿に化けたモンスターが出てきても、先生は斬るんですか?」

「偽物とわかっている奴を斬るのに、何を躊躇う必要がある?」

「先生の家族……お母さんに化けていても?」

「当然だ」

 

 一切の動揺も見せず、バージルは答える。

 彼がまだネロ・アンジェロであった頃、マレット島で母親と瓜二つの悪魔を見かけたことがあった。

 名前は知らないが、恐らく魔帝がダンテを誘い出す為に作ったのだろう。悪趣味な魔帝のやりそうなことだと、容易に想像できた。

 あの悪魔と対峙し、ダンテは何を思ったのか知る由もない。ただ一つ言えるのは──自分であれば、その女を斬っていた。

 母はもういない。無力であった故に守ることも叶わず、悪魔に殺されてしまったのだから。

 

「質問は以上か? ならさっさと寝ろ」

「あっ、はい……」

 

 バージルに促され、ゆんゆんは静かに立ち上がる。夜に鳴く虫の音、後方から聞こえる焚き火の音、そしてゆんゆんの足音を聞きながら、バージルは見張りを続ける。

 が、途中でゆんゆんの足音が止まった。程なくして、再びゆんゆんの声が彼の耳に届く。

 

「あの、先生」

「何だ」

「こ、紅魔の里に着いたら、見せたい物があるんです。だから、その……私の家に来てもらっても、いいですか?」

 

 ゆんゆんからの提案を聞いて、バージルは少し考える。

 そもそも紅魔の里へ自分も行こうと決めたのは、紅魔族がどういった種族かを深く知る為だ。それ以外にこれといった目的はない。

 

「考えておこう」

 

 バージルは振り返らず答える。対してゆんゆんは何も言葉を返さなかったが、足音は先程よりも軽快なものになっていた。

 

 

 ──が、しばらくして彼女は再びバージルのもとへ。

 

「せ、せせせせ先生先生先生っ! め、めめめめめぐめぐみみみんみんが! かかかかかカズマさんと! なななななななんか凄くいい雰囲気で──!」

「喧しい」

 

 結局、ゆんゆんがカズマ達のもとに戻れたのは、焚き火が消え皆が寝静まった後であった。

 

 

*********************************

 

 

「ねぇ、めぐみんさんに変なことしてない? 昨日の夜はゆんゆんさんにスリープかけられて良い夢見れるほど熟睡しちゃったけど、何もしてないわよね?」

「だから何もなかったって言ってるだろ。ちょっと喋って、めぐみんが先に寝落ちしたから寝床に移動させて、その後に俺も寝た。以上」

「アクア様! この男の主張をどう思われますか!?」

「嘘を言ってる風には見えないわね。それに、寝てるとはいえ他の人もいる中でめぐみんを襲おうなんて度胸、ヘタレのカズマさんにあるわけないもの」

「貴方の供述は真だと、アクア様から審判が下されたわ! ありがたく思いなさい!」

「あーはいはい、ありがとうございます」

 

 夜が空け、カズマ一行は軽く朝食を終えて旅を再開。朝から面倒なセシリーに絡まれ、カズマはご機嫌斜めの様子。

 彼の言う通り、やましい事は何もなかったのだが、下手に話せば事態が悪化すると考え、当事者のめぐみんと目撃者のゆんゆんは固く口を閉ざしていた。無論バージルも極力セシリーに関わりたくない為に黙っている。

 左右に木々が密集している道を、モンスターと遭遇することなく歩き続ける。このまま紅魔の里へ無事に着けばとカズマは願っていたが──。

 

「……ひっろいなぁ」

 

 進んだ先にあったのは、遮蔽物も見当たらない平原地帯であった。広大な景色を見て、カズマは思わず声を漏らす。

 地図によれば、この地帯は危険なモンスターがゴロゴロと存在する。しかし、紅魔の里へ行くにはここを通らなければならない。

 もし自分が通るなら、戦闘は極力回避すべく『潜伏』『千里眼』を使って、モンスターのテリトリーに入らないように移動が最善だろう。

 しかし今回、その務めは必要ない。

 

「バージルさん、こっからは先導お願いします」

 

 最強の用心棒に任せればいいのだから。カズマに頼まれたバージルは、黙って自ら前に出る。

 バージルがモンスターをなぎ倒す一方で、残りのメンバーは戦闘に巻き込まれないよう離れて待機。カズマが『千里眼』で安全になったのを確認し、バージルの後を追う。これで平原地帯は難なく抜けられるだろう。

 

「お兄ちゃんが行くなら私も!」

「前衛職であるクルセイダーの見せ場だ。私も──」

「待機に決まってんだろ馬鹿共。いい加減身の程を弁えてくれ」

「アクア様の邪魔をするどころか馬鹿って言った!? 身の程を弁えるべきはアンタの方よ!」

「セシリーが入るとややこしくなるので、こっちで私とお喋りしましょう」

 

 問題児も飛び出そうとしたが、カズマによって抑えられた。セシリーもめぐみんに引っ張られカズマから離される。

 一方でバージルは、だだっ広い平原を静かに見渡す。あちこちから感じる大きな魔力は、悪魔で例えるなら高く見積もって中位レベルだろうか。討伐し、素材を幾らか剥ぎ取れば、聖堂修繕費の足しにはなるだろう。

 それと、もうひとつ。

 

「ゆんゆん」

「は、はい!」

「野外授業だ。紅魔の里へ着くまでに、一人で五体以上狩れ」

「五体……わかりました!」

 

 バージルから課題を出されたゆんゆんは、ぐっと拳を握りしめて気合を入れる。

 華奢な女の子には厳し過ぎるのではと思うだろうが、日頃彼に鍛えられているゆんゆんにとっては、丁度いい難易度であった。

 

「ちょっと! 私の可愛いゆんゆんさんを危険な目に合わせようとしてんじゃないわよ!」

「ほら見てくださいセシリーお姉ちゃん。あんなところに花が咲いてますよ」

「まぁホント! めぐみんさんみたいにかわいくて……えっ!? 今私のことお姉ちゃんって呼んでくれた!? ついにデレたの!? 私と一生暮らすことを誓ってくれたの!?」

「誓ってませんよ、セシリーお姉さん」

 

 過保護な親代行が騒ぎ立てていたが、ゆんゆんはバージルと共に駆け出し、カズマ達から離れていった。

 

 

*********************************

 

 

 カズマ達が肉眼でギリギリ見える距離まで離れた後、課題を達成するためにバージルとも離れたゆんゆん。辺りを見渡しながら走り、モンスターを探す。

 里の周辺にいるモンスターは、高難度案件で貼り出されるような者達ばかり。この一帯のモンスター全討伐となれば、特別指定モンスター討伐の難易度にも匹敵するだろう。

 

「あれは……」

 

 早速進行方向にモンスターを見つけたゆんゆんは、走っていた足を止める。視線の先に待つのは、黒い体毛で覆われた巨大な獣──熊であった。

 かの者の名は『一撃熊』──その剛腕から繰り出される攻撃は、並の冒険者であれば名前の通り一撃で命を奪えるほどの威力を誇る。防御力も固く、近接攻撃を得意とする職業にとっては厳しいモンスターである。

 普段は森に生息している為、このようなだだっ広い平原で見るのは珍しい。別の森へ移動する最中であったのだろうか。

 

「(まずは……近接主体で戦ってみよう)」

 

 魔法で仕留めるのは容易いが、それでは修行にならない。その為、ゆんゆんは敢えて相手の間合いに入る道を選んだ。

 常に命のやり取りを行う冒険者からすれば、狂っていると言われてもおかしくない。過去の彼女が見れば全力で止めに入るだろう。度重なる授業によって、ゆんゆんも気付かない内に毒されていたようだ。

 短剣を抜き、静かに一撃熊へ歩み寄る。やがて相手の領域に踏み込んだところで、一撃熊はゆんゆんへ敵意を顕にし、四本脚で彼女に向かって駆け出してきた。

 

 ゆんゆんの前へ来たところで一撃熊は後ろの二本足で立ち上がり、威嚇するように身体を大きく見せる。自身の二倍はある体格を前にしても、ゆんゆんは怯まず。

 相手に戦う気があると見たか、一撃熊は腕を上げ、ゆんゆんに向かって振り下ろした。しかしこれを、ゆんゆんは最小限の動きで下がって避ける。

 

「(当たれば強いけど、動きは単調。パワーを押し付けてくるタイプ)」

 

 冷静に相手を分析しながら、続けてきた二振り三振りも避ける。一撃熊は攻撃が当たらないことに苛立ちながら、今度は両側から腕を振って襲いかかる。

 それを見たゆんゆんは、大きく後ろへ下がって避け、左手に握られていた短剣を一撃熊へ投げた。剣は一直線に飛び、一撃熊の手の上を通ると、そのまま目に突き刺さった。

 鋭い痛みを受け、無作為に両腕を振り回す一撃熊。ゆんゆんは更に下がって敵との距離を空ける。残る片目でゆんゆんの姿を捉えた一撃熊は、怒りに任せてゆんゆんへ突撃した。

 重圧感のある走りで迫る一撃熊を見ても、ゆんゆんは怯えず待ち構える。一撃熊が肉薄する瞬間──ゆんゆんは跳び上がり、宙で身体を捻らせて一撃熊の背中に着地した。

 ゆんゆんは、一撃熊の目に刺さっていた短剣を抜き取ると背中を蹴って再度跳び上がる。そして六本の『幻影剣』を飛ばし、一撃熊の背に突き刺した。

 

「っ!」

 

 着地したのも束の間、ゆんゆんは背後から殺気を感じ取り、すぐさま振り返る。その場にいたのは、一撃熊とは対照的に小さな身体と、その身に似つかわしくない角を持った兎──『一撃兎』であった。

 キュートな見た目とは裏腹に凶暴性の高い要注意モンスター。脚力が強く、矢のような飛び頭突きで角を突き刺してくる。因みに肉食である。

 思わずキュンとなってしまいそうだったが、ゆんゆんはバージルの授業を思い出す。このモンスターも安楽少女と同じ、見た目で人を惑わし命を奪う者だ。

 ゆんゆんに狙いを定めた一撃兎は地面を蹴り、彼女めがけて飛び出した。兎の角がゆんゆんの命を奪うべくと迫り来る。

 が、当たる直前でゆんゆんの姿は消えた。一撃兎はゆんゆんが立っていた場所を通り過ぎ──彼女の背後に立ち、襲わんとしていた一撃熊の心臓に突き刺さった。

 一撃熊の動きは止まり、重力に従って前方に傾く。刺さりっぱなしだった一撃兎も巻き込み、大きく音を立てて地面に倒れた。

 一撃熊の背に刺していた『幻影剣』のもとへ『エアトリック』で移動していたゆんゆんは、モンスターに背を向け、鎮魂歌を捧げるように唱えた。

 

「『インフェルノ』」

 

 瞬間、倒れている一撃熊を中心に炎が上がる。ゆんゆんの魔法により、二体のモンスターは業火に包まれた。身体は焼け、灰と化したモンスターには目もくれず、ゆんゆんはふぅと息を吐く。

 

「まずは二体……先生はどうしてるかな」

 

 戦うだけが修行ではない。課題達成に少し余裕が出たゆんゆんは師の戦いを見るべく、バージルの魔力を辿って歩き出した。

 

 

*********************************

 

 

「カズマカズマ、向こうはどうなってるの?」

「バージルさんは相変わらず。そんで今、ゆんゆんがでっかい熊と角生やした兎を倒した」

「恐らく一撃熊と一撃兎ですね。以前は一撃兎に手出しできなかった筈でしたが、成長したようですね」

「俺もそういうタイプだと思ってたけど、戦い始めたら雰囲気がガラッと変わったよ。良いか悪いかわからないけど、バージルさんの影響受けてんだなぁ」

「悪い影響に決まってるでしょ! 私の可愛くて誰にでも優しいゆんゆんさんを返してよ!」

「俺に言うな。しかしゆんゆんでアレなら、バージルさんを師匠って呼んでる……えっと誰だっけ……あぁそうそう、ミツルギもあんな感じになりそうだな」

「ちょっと待って!? 今ミツルギさんのこと言った!? あの男、私の将来のお婿さんにまで手をつけてるの!? 私の恋のライバルだっていうの!?」

「お前の言ってたイケメンってアイツかよ。まぁでも大丈夫だろ。確か、アクシズ教徒で金髪でそれなりにスタイルのいい年上のプリーストが好みって言ってたから」

「やだもう! 私ったらあの子の好みど真ん中いってるじゃない! そういうことは早く言いなさいよ!」

 

 遠巻きに『千里眼』で観戦しながら、カズマは仲間達と会話を交わす。因みにダクネスは「出番……私の出番が……」と、落ち込んだ様子でトボトボと後からついてきている。

 ゆんゆんでもここら一帯のモンスターに勝てるのなら、師であるバージルは言うまでもないだろう。カズマは身の危険を心配することなく、念の為ゆんゆんとバージルが向かっていない方向も確認しながら歩を進める。

 モンスターらしき姿は見当たらないなと思い『千里眼』を一度解こうとした時、カズマは右前方に一体のモンスターがいるのを発見した。

 

「(あれは……オークか!?)」

 

 後ろ姿しか見えないが、尖った耳にチラリと見える牙、全体的に丸い身体から、ファンタジー作品では御用達のモンスターであるオークだと推測する。

 欲望のままに女性を襲い種を植え付ける、下劣下等な種族。それが彼の持つオーク像だ。そんなオークが、見た目だけはいい背後の仲間達を見ればどう出るか、想像は容易い。

 ゆんゆんとバージルも、あのオークに気付く様子はない。このまま無視するのも手だが……オーク一体なら、自分でも何とかできるだろう。

 

「皆、ちょっとそこで待っててくれ」

「えっ? ちょっ、どこに行くんですかカズマ!」

 

 普段の彼なら、無駄な戦闘は避ける場面だろう。だが、スタイリッシュに戦うバージルとゆんゆんを見て、自分もかっこいい所を見せたい欲に駆られてしまったか。

 仲間の制止も聞かず、カズマは名刀ちゅんちゅん丸を握り締めてオークへと駆け出した。全ては仲間の為……否、経験値稼ぎと俺だってやる時はやるんだアピールもする為。

 

 この世界のオークは雄が絶滅し、相手の種族がワイバーンでもゾンビでも人間でも、強い雄であれば構わず食ってしまう、色欲に満ち溢れた雌しか残っていないとは知らずに。

 

 

*********************************

 

 

How boring(つまらん)

 

 バージルは刀を納め、退屈そうに息を吐く。彼の前には、ズタズタに斬られた黒い獣(初心者殺し)の死体が。

 そして彼を三方向から取り囲むように、白狼、ミノタウロス、レッドワイバーンの三匹が、息を巻いてバージルと対峙していた。

 一体一体討伐するのは面倒な上に面白くないと考えた彼は、複数のモンスターを挑発して誘導。そして今のように、一対多の戦況を作り出したのだった。

 端から見れば劣勢どころか絶体絶命の状況下でも、彼は微塵も危機を感じていない様子。普段は縄張り争いで血を流し合うモンスター達だが、今は共闘すべき時だと、言葉を交わさずとも理解していた。

 まず、レッドワイバーンがバージルへ炎を吐いた。彼が炎に包まれたのを確認し、ミノタウロスと白狼が別方向から駆け出す。

 

「フッ!」

 

 しかし、直に炎を受けた筈のバージルは身一つ焦げていなかった。彼は刀を振って辺りの炎を払う。それどころか炎は巻き取られ、刀は熱を帯びて赤く染まる。

 勢いを殺さず、彼は刀を振って『ソードビーム』を放つ。炎は彼の斬撃と共に飛び、向かってきたミノタウロスの身体を焼いた。ミノタウロスは足を止め、その場で膝をつく。

 一方、白狼は好機と見たか速度を上げ、食い千切らんと牙を見せて、背後からバージルへ襲いかかる。

 

「甘い」

 

 もっとも、彼には後ろからの奇襲すらも通じない。バージルは刃先を下に向け、魔力を込めて地面へ突き刺した。瞬間、彼を中心に青白い稲妻が走り、白狼の身体は痺れ動きが止まる。

 続けてバージルは刀から手を放し『ベオウルフ』を発現。振り向きざまに背後の白狼へ薙ぎ蹴りを当てた。脳がシェイクされるどころか顔の骨が砕け、白狼はそのまま息絶えた。

 白狼を仕留めたバージルは、次なる標的ミノタウロスへ顔を向ける。ようやく立ち上がったミノタウロスは、巨大な斧を握り締めバージルを見る。

 

 その時にはもう既に、バージルが目の前に現れていた。彼の『エアトリック』に驚いたのも束の間、ミノタウロスの鳩尾に彼の拳が叩き込まれる。

 痛みのあまり、ミノタウロスは手に持っていた斧を手放す。これを見たバージルは『ベオウルフ』を消し、地面に刺さった巨大な斧を軽々と持ち上げ構えた。

 ミノタウロスは、彼が斧を振り下ろしてくる未来を想像し、恐怖に駆られ目を瞑る。次の瞬間、斧が振られ風を切る音が聞こえた──が、感じたのは角から伝わった振動、僅かな痛みと違和感だけ。ミノタウロスは恐る恐る目を開ける。

 

「貴様の角を貰っていくぞ。少しは補修費の足しになるだろう」

 

 バージルはそう言って、斧をあらぬ方へ放り捨てる。彼の足元に歪な形の角──自身の角が落ちていたのを見て、ミノタウロスは斧で角を切断されたことに気付いた。

 角を拾い上げたバージルは、もう用は無いとばかりに背中を向けてミノタウロスのもとから去る。危うく命が奪われそうになった所を、幸運にも角だけで済んだ。生存本能が高い者なら、尻尾を巻いて逃げる場面だろう。

 しかしこのミノタウロスは違った。角を折られ、プライドを傷つけられ、怒りを抑えることができず、ミノタウロスは斧も拾わずバージル目掛けて突進する。

 その選択が、最後の大きな過ちであったと考えることもせず。

 

「愚かな」

 

 バージルは即座に振り返りつつ背中の魔氷剣を抜き、迫るミノタウロスへ突き出した。ミノタウロスはたった一突きで突進を止められた一方で、バージルは少しも後ろへ後退していない。

 剣はミノタウロスの頭へ、頭蓋骨を抜けて脳に深く突き刺さっていた。当然生きられる筈もなく、ミノタウロスの命はそこで尽きた。

 魔氷剣から手を放したバージルは、残る一匹──レッドワイバーンを見据える。身の危険を感じたワイバーンは口から火球を放つ。バージル目掛けて飛んできたが、彼はこれを跳躍して回避する。

 ワイバーンはめげずに、先程よりも巨大な火球を放つ。これを見たバージルは腕を交差し両手を開く。

 

 そして『コマンドソード』により、離れた場にある聖雷刀と魔氷剣を呼び戻しては同時に掴み、すんでのところで二刀を振り、火球を斬った。

 二度の火球が不発に終わったのを見て、ワイバーンは次に炎の散弾を口から放った。幾つもの炎弾は途中で消えることなく飛び、バージルへ襲いかかる。

 しかしバージルは避けることもせずワイバーンへ向かって走り出すと、迫りくる炎弾を二本の剣で次々と斬っていった。彼は足を止めることなく、ワイバーンへ迫る。

 やがて五メートルまで迫られたところで、ワイバーンは再び火球を放つ。するとバージルは、地面を蹴り高く跳び上がって回避。地面と水平になるよう空中で身体を捻らせた彼は、自身を軸にしたコマのように回転する。

 

「ハァッ!」

 

 勢いのままに彼は剣を振り、叩き割るようにワイバーンの額へ打ち込んだ。ワイバーンの顔は真っ二つに分かれ、血を吹き出してその場に倒れる。

 バージルは剣に付着した血を払い、二刀を納める。一段落したところで、彼は小さく息を吐いた。

 

「敵強化のアイテムでも持ってくれば、もう少し楽しめたか」

 

 上級モンスター程度では物足りなかったようだ。もっとも、このような危険過ぎる狩りを嗜むのは彼か、転生特典持ちの戦闘狂ぐらいだろう。

 

「バージルさぁあああああああああああああああんっ!」

「(この声……カズマか?)」

 

 ワイバーンの素材を剥ぎ取ろうとした時、カズマの声が耳に届いた。問題児共に手を焼いているのかと思いつつ、声が聞こえた方へ顔を向ける。

 

「ヘルプミィイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!」

 

 十体もの雌オークに追われ、貞操の危機から脱すべく全力疾走でこちらに向かってくるカズマを見た。思ってもない雌オークとの再会に、バージルは顔をしかめる。

 

「あの銀髪坊や、さっき一人でモンスター三匹を相手に戦ってたわよ!」

「まぁ! なんて勇ましく素敵な雄! 彼はワタクシが貰いましたわ!」

「ダメ! ボクが最初に味わうの!」

 

 声もキャラも二次元好きの者からすればたまらないのだが、惜しむらくはオークな外見。カズマもそこは妥協できないようで必死に逃げている。

 彼と共に目をつけられたバージルは、不快に思いながらもカズマを待ち受ける。やがて彼が傍に来たところで、バージルは彼を抱えてジャンプし、オークの津波を跳び越えた。

 そして、バージルが先程まで立っていた場所には一人の少女──『感知転移魔法(センステレポート)』もとい『エアトリック』で移動してきたゆんゆんが。

 

「『ボトムレス・スワンプ』!」

 

 ゆんゆんは手のひらをかざし魔法を唱える。途端にオーク達の足元は沼地と変化し、彼女等の身体を半分ほど埋める。

 身動きが取れなくなり、恨めしそうにゆんゆんを睨むオーク。対するゆんゆんは、近所のよしみで見逃す選択肢を与えることもなく、次なる魔法を唱えた。

 

「『ライト・オブ・セイバー』!」

 

 そう叫び、剣で裂くように右手を横に薙ぐ。彼女の手から放たれた光の剣は、動けないオーク達を容赦なく斬り捨てた。

 彼女の一太刀で、カズマを追ってきたオークは全滅。ゆんゆんは泥沼魔法を解き、一段落と息を吐く。

 

「これで課題達成……かな?」

「ゆんゆんさぁああああああああん! ありがとうございますぅうううううううう!」

 

 安堵するゆんゆんのもとに、カズマが涙を流しながら駆け寄ってきた。彼はゆんゆんの前で両膝を地面につけると、母親に縋る子供のように彼女へ抱きつく。

 

「あ、あの、もうオークは全部倒したから大丈夫ですよ。だから離れても大丈夫……その……鼻水が……って!? ななななななんでスカートの下に潜るんですか!? ひゃうっ! や、やめっ……!」

「おいゴラァアアアアアッ! 私のゆんゆんさんになんて羨ましいことを! そこは私の指定席よ! どきなさい!」

「せ、セシリーさんもやめてください! 無理矢理スカートを上げないで! み、見ないでください先生!」

 

 流れに身を任せてセクハラ行為を行う変態二人に、ゆんゆんはどう対処すればいいかわからず、ただただ羞恥を感じて顔を真っ赤にする。この場にいたら自分も変態扱いされそうだと思い、バージルは独り素材回収へ向かった。

 この後、カズマはアクアから聖なるグーを、セシリーはめぐみんから杖で殴られゆんゆんから引き離された。また、行き場のなかったダクネスは淡い期待を胸にバージルの前で跪いたが、何もしてもらえなかった。

 

 

*********************************

 

 

「お前らさ、もしあれが雄のオークで自分に迫られたらって想像してみろよ。絶望だぞ? そこをゆんゆんは救ってくれたんだよ。聖母様とすがりつきたくなる気持ちもわかるだろ?」

「わかるわかる。性欲の溜まったエリス教徒に襲われそうになったところを助けられて、かつ相手が年下のイケメンか可愛い女の子だったら、私なら間違いなく堕ちるもの」

「だからといってセクハラをしていいとはならないでしょう。これ以上反論する気ならバージルに頼んで眼帯パッチンの刑を受けてもらいますよ」

 

 自分は悪くないと主張するカズマとセシリー。めぐみんはジト目で睨んで脅しをかける。

 ある程度狩ったので、バージルとゆんゆんはカズマ等と離れず歩いている。二人の戦いを見ていたのか、平原にいるモンスターは近寄るべからずと悟り、襲いかかることはしなかった。

 本来なら危険地帯である場所を、我が物顔で悠々と歩くカズマ一行。だが、不意にバージルは足を止め、周りの者達もつられて止まった。

 

「どうしたんすか?」

「……何者だ」

 

 バージルは前を睨んだまま、誰かに向かって声を掛ける。カズマ達も前を見るが、そこには誰も立っていない。

 が、バージルの声に呼応するようにその場で砂嵐が沸き起こった。周りの者が両腕を上げて風を防ぐ中、バージルは視線を外さない。

 やがて砂嵐は止むと、その中から人影が。彼等の前に姿を現したのは、黒い服装に黒いマント、顔はフードを被っており見えないが、体格を見るに男性だろう。

 その者はカズマ達を一望すると、正面に立つバージルと目を合わせると、彼を称えるように拍手した。

 

「見慣れない者がいたので、我が下僕達で試してやったが……素晴らしい。何者も寄せ付けない君の剣技、称賛に値する」

「肩慣らしにもならんテスト如きで、実力を見極めたつもりか?」

 

 バージルは自ら前に出て言葉を返す。その時、フードの男が若干身震いしたようにカズマは感じたが、声には出さず行く末を見守った。

 

「君ならば、我らの心の奥底……深淵に眠る闇を、魔を……取り払ってくれるのかもしれないな」

「……何だと?」

 

 気になる言葉を耳にして、バージルは思わず聞き返す。だが男は突然左手で自身の右腕を抑えると、苦しそうにもがき始めた。

 

「ぐっ……ダメだ……! 俺の中に眠る闇が、溢れてしまう……! これ以上、抑えきれない……! 鎮まれ! 俺の右腕よ……!」

「悪魔に魂を奪われたわけでもなく、その身に宿しているようにも思えんが……まぁいい。貴様を大人しくさせた後、じっくり聞かせてもらう」

 

 魔力の高さは伺えるが、彼からは悪魔の臭いも、魔力の乱れも感じない。故にバージルは疑問に思っていたのだが、今は黙らせるのが先決と見て、武器を構える。

 突如現れた謎の男とバージルの戦いが、今まさに始まろうとしていた──その時。

 

「その声、もしかしてぶっころりーさんですか!?」

 

 あまりにも場違いな名前を出して、ゆんゆんが男に尋ねた。男はピタリと動きを止め、若干うわずった声になりながらも応える。

 

「……フッ、ぶっころりーか。もはや懐かしき名よ。奴の心は我が取り込んで……グゥッ! おのれ! まだ闇に抗うかっ……!」

「は、恥ずかしいからやめてください! もう……すみません先生、あれはぶっころりーさんの演技で、モンスターをけしかけたっていうのもぶっころりーさんが考えた設定だと思いま──」

「あぁもうっ! 折角良い感じだったのにゆんゆんのせいで全部台無しだ! しかも名前まで言われたからお決まりの名乗りを上げるタイミングも失ったし! そんなんだから紅魔族一の変わり者って言われるんだよ! それでも族長の娘か!」

「えぇっ!?」

 

 彼女には微塵も悪気などなかったのだが、それがぶっころりーと呼ばれた男の怒りを買ってしまったようだ。男はフードを取り、カズマと似た平々凡々な顔を見せてゆんゆんにがなり立てる。

 

「全くですよ。私は最初からぶっころりーであると見抜いていましたが、邪魔するのは無粋と思い黙ってたのに……本当に貴方はいつまで経っても空気の読めない子ですね」

「ううむ……ゆんゆんには悪いのだが、正直言うともう少し続きを見てみたかった」

「ゆんゆんってば、二周目以降はボスとの戦闘前のムービーをスキップするタイプなのかしら」

「俺と同じだな。あぁでも、お気に入りの台詞やシーンがあるムービーは見てるぞ」

 

 更には仲間達にも批難されたことで、ゆんゆんは耐えきれずに独り泣き出した。明確に批難していたのはめぐみんのみであるが。

 見兼ねたセシリーが「私のゆんゆんさんを泣かしてんじゃないわよ!」と、カズマとダクネスにだけ浴びせてゆんゆんを介抱する。その傍ら、めぐみんがぶっころりーへ歩み寄った。

 

「久しぶりですね、ぶっころりー。靴屋を継ぐ気にはなりましたか?」

「いや全く。俺はいつまでも心のままに自由でいたいから。それよりも、めぐみんと空気の読めないゆんゆんはどうしてこんなところに?」

「実は、久々に紅魔の里へ帰ろうと思いまして」

「そうだったのかい。なら里まで案内するよ。ここら辺の道は知らないだろう?」

「えぇ、お願いします」

 

 周りの仲間達が置いてきぼりを食らっている中、めぐみんはそそくさと話を進め、ぶっころりーに案内役を務めさせることに。

 

「……Humph」

 

 ぶっころりーの発言、行動が全て演技だと知ったバージルは、緊急クエストで招集をかけられ空飛ぶキャベツを見た時のような、懐かしい残念感を抱いていた。

 

 




安楽少女の本性、カズマとめぐみんのやり取り、オークとの出会いが見たい方は文庫版か漫画版を購入、もしくは公開予定の映画を待ちましょう。

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