この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第58話「この小さな里で出会いを!」

「えっ!? 先生、この文字読めるんですか!?」

 

 固まっていたバージルの隣で、ゆんゆんは一驚する。

 授業を受けに訪ねると、決まって彼は本を読んでいた。あっさり文字を解読できたのも、きっと古代文明に関する物にも目を通していたからだろう。

 そうゆんゆんは推測していたが、実際は違う。元いた世界の文字を読めるのは、彼にとって必然であった。

 問題はそこではない。何故、このおとぎ話がここにあるのか。幾つもの文献に目を通しても、文字ひとつとして見当たらなかった彼の名が、彼の伝説が、何故この本に記されているのか。

 バージルは本から目を離し、ゆんゆんへ移す。彼と目が合ったゆんゆんは、小さな悲鳴を思わず上げてしまった。

 

 異様に殺気立った、鋭利な眼光。今まで見たことのない険しい目であった。自然と身体が退いてしまったが、程なくして廊下の壁に背中が当たる。

 彼女の心情など知るかとばかりに、バージルはゆんゆんに詰め寄る。そして逃げられないように壁へ手をつけ、彼女へ問いかけた。

 

「この本をどこで手に入れた?」

「えっ……そ、それは……お父さんから貰ったもので……」

 

 声を震わせながらも、ゆんゆんは答える。彼女は本について詳しい情報を知らない。そう感じたバージルは壁から手を離すと、廊下の先に目線を移した。

 

 

「ええい! 離してくれ母さん!」

「ダメよ! 今はまだ見守るべきだわ! あのシチュエーションは恋愛小説で見たことがあるの! 確か、攻めっけのある男性が女性を追い込んで無理矢理距離を縮める、壁ドンっていうテクニックよ!」

「だったら尚更止めなければならんだろう! あの男、その気はないと言っておきながら私の見てない所でゆんゆんに手を出そうとしおって!」

 

 曲がり角の所で、保護者二名が観戦していたようだ。杖を片手に迫ろうとする父ひろぽんを、母えぞばえは動きを止める魔法か何かで抑えている。

 少々気抜けしたが、バージルは本を片手に自ら近寄る。接近に気づいたひろぽんは、バージルを強く睨んで声を荒げた。

 

「娘はやらんぞ! どうしてもというならば、私の屍を越えて──!」

「貴様に聞きたいことがある。場合によっては、長い話になるだろう」

 

 

*********************************

 

 

 二階の廊下から、一階の客間へ場所を移した四人。親子面談と同様の席に座っていたが、ゆんゆんはバージルから少し距離を置いている。

 どことなく重苦しい雰囲気の中、バージルは自ら切り出すように机へ例の本を置いた。

 

「これは……私がゆんゆんにあげた絵本ではないか」

「まぁ懐かしい。ゆんゆんったら、小さい頃は寝る前にいつもこれ読んでって頼んできたわねぇ」

「で、これがどうかしたのかい?」

「この本をどこで手に入れた?」

 

 本を見て懐かしむ両親へ、バージルは同じ質問を問う。

 それを聞いて二人は不思議そうに首を傾げる──が、やがて不意に顔を俯かせると、神妙な面持ちで口を開いた。

 

「遂に……この時が来てしまったか」

「えぇ、そのようね」

 

 先程とは明らかに雰囲気が変わった二人。ゆんゆんが独り困惑する横で、何かを知っていると確信したバージルは、目を離さず言葉を待つ。

 

「この本は、紅魔族の長になる者が代々継いでいるものでね。謂わば我等は語り手……いや、護り手か」

「遠くない未来、このおとぎ話を知る者が現れるその時まで、紅魔族の長が守ってきたの」

「いつの代からだ?」

「さぁ……少なくとも、天に誘われた我が祖母よりも前からは継承されていただろう」

 

 今は亡き祖母の死を悼むように、ひろぽんは天井を見上げる。隣のえぞばえも手を重ね、祈りを捧げていた。

 が、そんなことはどうでもいい。彼にとって重要なのは、このおとぎ話が紅魔族の長によって、何の為に受け継がれているのか。

 

「答えろ。貴様等は何を知っている?」

 

 今にも斬りかかりそうな剣幕で、バージルは二人に問いただす。彼の顔を見るのが怖かったゆんゆんは、助けを求めるように両親を見つめた。

 ひろぽんはバージルの形相に狼狽えるも、見定めるように視線を合わせる。バージルも相手が口を割るまで諦めないと、強く睨み返している。

 一体、両親の口から何が語られようとしているのか──そう思われた時だった。

 

「ごめんなさい、ちょっといいかしら?」

 

 突如、耐えかねたようにえぞばえが手を挙げて割り入ってきた。彼女はバージルに断りを入れてから立ち上がると、ひろぽんの手を引く。

 ひろぽんは戸惑いながらも彼女に連れて行かれ、客間から姿を消す。どうしたのかと疑問に思っていると、両親が隠れた方向から声が漏れてきた。

 

「ねぇ……紅魔族の血が騒いでそれっぽい雰囲気にしたはいいけど、このまま続けて大丈夫なのかしら? あの絵本が代々受け継がれてきたのは、そういう設定を付与したら格好いいからって理由だし……どういう訳か知らないけど、あの人本気の目をしてたわよ? この辺でやめた方がいいんじゃないかしら?」

「何を言うか! ここで引き下がってしまったら、紅魔族の名が廃る!」

「そもそもアナタ、あの絵本についてちゃんと覚えてるの?」

「当たり前だ。私だって小さい頃はよく読んでいたからな。悪魔の剣士が魔王に反逆し、たった一人で敵を殲滅する無双モノだろう?」

「全然わかってないじゃない! あれは、人の心を知った正義の悪魔が人間の為に戦い、最後は愛を知って人間と結ばれる素敵なラブロマンスなの!」

 

 客間の外から届く、えぞばえの激昂した声。客間にも丸聞こえだった会話を聞いて、ゆんゆんはおもむろにバージルへと振り返る。

 

「そういうことか……」

 

 先程までとは一変。彼は、完全に気を削がれた様子であった。

 

「私の両親が、本当にごめんなさい」

 

 頭を下げるゆんゆんの前、少しでも真剣(マジ)になってしまった自分を恥じるように、バージルは顔に手を当てて深く深くため息を吐く。

 相談が終わったのか、やがて二人が客間へと戻ってきた。未だ演技を続けている夫とは対照的に、えぞばえは申し訳なさそうにバージルへ真実を語った。

 

「ごめんなさい。私達、その本についてはよく知らないの。ついでに言うと、この本について知る人が現れるまでっていうのも、咄嗟に思いついた設定なの」

「私がまだ魔王軍と最前線で戦っていた時、禁呪と言われていた魔法を使った代償として、記憶が欠けてしまってね……私にこの本が継承された時、父は何かを言っていたのだが……グッ! 頭が……!」

「お父さんが魔王軍と戦う時は『ライト・オブ・セイバー』しか使わなかったって、お母さんから聞いたことあるんだけど」

 

 熱演虚しく、娘から冷たい目で見られる父ひろぽん。散々期待を煽っておいて迎えた結末がこれだと知り、バージルにはもう怒る気にもなれなかった。

 しかし、この本は紛うことなきスパーダの伝説。その謎は残ってしまったが、自分の世界にいたスパーダ信者が異世界転生し、ここへ訪れた際に残したのかもしれないと、バージルはひとまず結論付けた。

 

「それにしても、この本は里に一冊しかない本の筈だけど……バージル先生は知ってたのですか?」

「似たようなおとぎ話が俺の国にもあった。ただそれだけだ」

 

 えぞばえの問いに対し、バージルは少し言葉を詰まらせながらもそう答える。

 その返答が釈然とせず、えぞばえは不思議そうに見つめてきたが、これ以上追求してこようとはせず、手をパチンと合わせて話題を変えた。

 

「そういえばバージル先生、もう紅魔の里は見て回られましたか?」

「いや、まだ占い師の所にしか足を運んでいないが……」

「紅魔の里は他にも、歴史ある観光名所が多いですよ。ゆっくり観光されてはどうですか?」

「……そうだな」

「決まりね。それじゃあゆんゆん、案内役よろしく」

「えっ? う、うん」

 

 流れのままに案内役を任されたが、ゆんゆんは渋る様子も見せずに承諾。

 バージルもまた、紅魔の里を回れば他にもスパーダに関する物が見つかるかもしれないと考えた為、えぞばえの提案に乗ったのだった。

 

「里の案内役? それこそ紅魔族の長たる私がやらねばならぬ仕事ではないか。私ならゆんゆんも知らない通な場所も──」

「貴方は黙ってて! 私が気を効かせて、ゆんゆんと先生を急接近させる機会を作ってるんだから!」

「やはりそういう魂胆だったか! 生徒と教師が結ばれるなど絶対にあってはならん!」

「だから、私と先生はそういう仲じゃないって何回言わせるの!?」

「……Humph」

 

 やっぱり見つからないかもしれない。その予感を覚えながらも、バージルはゆんゆん一家の口喧嘩を見守った。

 

 

*********************************

 

 

 ヒートアップしていった両親の論争は、えぞばえがひろぽんを『スリープ』させたことで決着を迎えた。

 その後、勝利したえぞばえの提案通り、バージルはゆんゆん案内のもと紅魔の里を観光することに。

 どこを紹介するべきかとゆんゆんは悩んだが、二人とも昼食を済ませていなかったことに気付き、商業区にある喫茶店へ向かうこととなった。

 

 特にトラブルもなく喫茶店『デッドリーポイズン』へ辿り着き、バージル等は店内に入る。この時間帯はかきいれ時なのか、客も多い。

 数少ない空席に座った二人は、お互いに何を食べるか注文を済ませ、ゆんゆんは水を取りに席を外す。その間、バージルはメニューを見ながら暇を潰した。

 とそんな時、遠方からゆんゆんの声が。

 

「ふにふらさん! どどんこさん!」

「ゆんゆん! アンタいつの間に帰ってきたの!?」

「最近手紙くれないから、ちょっと心配してたのよ!」

 

 どうやら知り合いとばったり出会ったようだ。バージルは声が聞こえた方向を見て、白いリボンで結ったツインテールの女性と、赤いリボンで後ろ髪を結ったポニーテールの女性とゆんゆんが話しているのを確認する。

 バージルも紹介するつもりか、しばらくしてゆんゆんは二人を連れて席に戻ってきた。彼を見るやいなや、ゆんゆんの知り合い二名は口をあんぐりと開けて呆けている。

 

「しょ、紹介するね! この人はバージルさんって言って、私の──」

「ちょっと待った!」

 

 ゆんゆんの言葉を遮ったツインテールの女性は、ゆんゆんの腕を取って引き寄せた。もう一人の女性もゆんゆんに近寄るとバージルに背を向け、声量を抑えて話し始めた。

 

「アンタ、何ちゃっかり私達に黙ってあんなイケメンをゲットしてきてんのよ!?」

「まさか男との付き合いで忙しいから手紙をくれなかったの!? そういうことなの!?」 

「ち、違うから!? バージルさんは、私に稽古をつけてくれてる先生なの!」

 

 両親と同様の理由で疑われたゆんゆんは、慌てて二人に弁明する。また、置いてきぼりを食らっていたバージルは三人から目を離し、再びメニュー表へ移す。

 程なくして疑いは晴れたのか、二人の紅魔族はゆんゆんを開放してバージルに向き直る。そして各々ポーズを決めて名乗りを上げた。

 

「我が名はふにふら! 紅魔族随一の弟思いにして、ブラコンと呼ばれし者!」

「我が名はどどんこ! 紅魔族随一の……随一の……絶賛彼氏募集中の者ですので、イケメンの知り合いがいたら紹介してください!」

「今この里に、サトウカズマという冒険者が来ている。緑のマントを纏った茶髪の男だ。貴様の好みに合うかどうかは知らんが、探してみるといい」

「ありがとうございます! やっぱ言ってみるものね!」

 

 ひと目もはばからずガッツポーズを見せるどどんこ。ふにふらも気になったのか、天井を見上げて未だ見ぬカズマのビジュアルを想像している。もっとも現実は、ぶっころりー(自宅警備員)と気が合いそうな人物であるのだが。

 また勘の良いゆんゆんは、カズマにセシリーを押し付けられた腹いせでバージルはちょくちょく話題にあげているのだと気付き、彼を大人気なく思っていた。

 

 

*********************************

 

 

「はっ? アンタこの先生から近接戦闘学んでんの? 後方支援のアークウィザードなのに?」

「それもう魔法騎士(ルーンナイト)よね。いっそのことクラスチェンジしたら?」

「だ、ダメなの! だってアークウィザードじゃないと……その……めぐみんとお揃いにならないから……」

「あーはいはいお熱いことで。変なとこで意地っ張りなのも相変わらずねぇ」

 

 各々カウンターから取ってきた定食を嗜みながら、紅魔族三人娘は談笑する。

 騒がしい食事にバージルは少々苛立ったが、辺境の里にしては上手い料理に気を良くしていた為、声を上げることはせず黙ってサンドイッチを食べていた。

 

「あっ、そうだ! 私、今先生に里を案内してて、その……も、もし良かったら、ふにふらさんとどどんこさんも……えっと……」

「一緒に観光案内して欲しいってこと? いいわよ」

「どうせ今日は学校休みで暇だし。それに、珍しいゆんゆんからの誘いだもの」

「い、いいの!? えへへ……」

 

 ゆんゆんからのお誘いを快く承諾する二人。ゆんゆんは友達を誘えたことに喜びを覚え、顔を綻ばせる。

 これから二人も連れてどこに行こうか。退屈させないお散歩プランを考えるゆんゆんであった──が。

 

「あっ! やっと見つけたわ! ゆんゆんさーん!」

 

 不吉な鐘の音が鳴る如く、店内に響き渡った女性の声。振り返らずとも誰か判別できたのか、バージルは苦虫を噛み潰したような顔を見せている。

 ゆんゆんは恐る恐る振り返る。笑顔を振りまいて駆け寄ってきたのは、めぐみんと行動を共にしていた筈のセシリーであった。

 

「お食事中だったかしら? とっても美味しそうなスパゲティね。でもゆんゆんさんがアーンしてくれたらもっと美味しくなりそう。ねぇねぇゆんゆんさん、一口だけでいいから私に食べさせてくれないかしら? なんだったらお金も払うから。でも今日は持ち合わせがないから剣士様、青好きのよしみで私に10万エリスちょうだい!」

 

 セシリーはゆんゆん等の傍に寄ると、そう捲し立てては両手で受け皿を作りバージルに差し出す。

 なるべく関わりたくないのか、バージルは彼女から顔を背ける。ゆんゆんもその場で俯き、目を合わせようとしない。

 

「青い修道服……授業で習った覚えがある! 確か、魔王軍に次いで危険な存在と言われているアクシズ教徒よ!」

「ゆんゆん、このアクシズ教徒と知り合いなの? 私が言うのもなんだけど、もっと友達は選んだ方が……」

 

 アクシズ教徒と関わると碌でもないことになる。その共通認識は紅魔の里でも浸透していたようで、二人は心配そうにゆんゆんを見つめる。

 刹那、セシリーの目線(ロックオン)が自分達に向けられてしまったとは知らずに。

 

「あら、ゆんゆんさんのお友達? 初めまして、私は美人プリーストのセシリー。気軽にセシリーお姉ちゃんって呼んでね!」

 

 セシリーは猫撫で声で二人に話しかける。ようやく狙われていることに気付いた二人は、恐怖のあまり身体が縮こまる。

 そんな二人を見て更に欲望が掻き立てられたのか、涎を口の端から零しながら二人に迫った。

 

「それにしても、なんて可愛らしい女の子達なのかしら。ツインテの子には睨まれながら踏まれてみたい……」

「ヒィッ……!?」

「ポニテの子はなんだか私と同じ匂いがするわ……男が欲しくて欲しくてたまらないけど上手くいかないんでしょう? 悩みがあるなら私が相談に乗るわ。だから一回だけ……膝枕もしくは髪の匂いを存分に嗅がせて──」

「「いやぁああああああああっ!」」

 

 身の危険を本能で感じ取った二人は泣き出しながら席を立ち、カウンターにお金を置いて走り去っていた。

 静まり返る喫茶店内。セシリーは逃げられてしまったことを残念に思い、独り息を吐く。

 

「んもう、恥ずかしがり屋さんね。料理もこんなに残しちゃって。ここは偶然この場に居合わせた私が、責任持って処理しないとね!」

 

 セシリーはふにふらが座っていた席に腰を降ろすと、二人が使っていたフォークを味わうようにしゃぶってから、余った料理を食べ始める。

 限りなくアウトな行動を目の当たりにして、ゆんゆんは背筋を舐められたかのように震える。とそこへ、迷惑行為と見た男性店員が駆け寄りセシリーに声を掛けた。

 

「お客様、無銭飲食は──」

「どうせこのまま捨てちゃうんでしょ? そんなの勿体無いじゃない。むしろ残飯処理してるんだからありがたく思って欲しいわ。ていうか貴方、ショタみのある良い顔立ちをしてるわね。貴方になら、羽交い締めされて店を追い出されるのも本望かも……」

「ご、ごゆっくりー!」

 

 彼もまた危険を察知し、逃げるように店の裏へ走っていった。もはや彼女を止める者は誰一人としていない。

 フォークどころかコップや皿までもまんべんなく舐めるセシリーの奇行を見て、食欲が失せたバージルはサンドイッチを皿に置いた。

 

「貴様はカズマの所にいた筈だろう。何故こっちに来た」

「私はめぐみんさんと女神アクア様のお側にいたのであって、イモ男と一緒にいたわけではないわ。そこは間違えないで」

 

 まだカズマのことはいけ好かないのか、セシリーは不機嫌そうな声で返す。そしてコップの水を勢いよく飲み干すと、バージル等にここへ来た経緯を話した。

 

「実は観光してる中で、紅魔族のイケメンや可愛い女の子を見つけては追いかけてたの。けど気付いたらめぐみんさん達とはぐれちゃって。どうしたものかと悩んでいた時にゆんゆんさんの匂いを感じ取ったから、それを辿ってここまで来たわけ」

「めぐみんを置いてきて良いのか? 奴がいつ手を出すかわからんぞ?」

「しばらく観察していて、アイツはアクア様の言う通り、手を出しそうで出さないヘタレだと判断したわ。まぁ過ちを犯したら教会に監禁して、アクシズ教徒の素晴らしい教えを毎日唱えさせて煩悩を払ってもらうけど」

 

 セシリーの素敵な指導方法を聞いて、ゾッとするバージル。そのような拷問をされれば、上位悪魔ですら泣き出すだろう。

 一方、折角友達を誘えたのにセシリーの登場によって無かったことにされたゆんゆんは、酷く落ち込んだ様子でスパゲティをクルクルと巻き取っていた。

 

 

*********************************

 

 

 食事を済ませ、引き続き里の観光を行うバージルとゆんゆん、プラスセシリー。

 バージルとしては彼女を引き連れたくはなかったのだが、かといってセシリーが引き下がる筈もなく。

 そして彼女が大人しくついてくる筈もなく、美男美女に会えば涎を垂らして忍び寄り、隙あらば宗教勧誘に励み、ところてんスライムを布教させたりとやりたい放題。

 このままでは観光もままならない。そこでバージルは、ある策を講じた。

 

 

 紅魔の里商業区、点在している商店を目にしながら道を歩くバージル。彼の背後からは、ゆんゆんがついてきている。

 が、表情は羞恥の赤に染まっており、住民に顔を合わせまいと俯かせている。そんな彼女の隣には、息が荒くも悦に浸った様子のセシリー。

 その首に巻かれているのは、ペット用の青い首輪。繋がれているリードは、ゆんゆんが握っていた。

 

「あの子は確か、族長さんの娘だよな? 里を出て冒険者になったそうだが……」

「変わり者だってのは知ってたけど、あんな事までするようになっちまったとはなぁ」

「青い修道服ってことはアクシズ教徒? てことは族長の娘さん、まさか……」

「ありえるな。素直でいい子だったから、後ろの奴に上手いこと誘導されて入信したのかもしれない」

 

 里の住人は、ゆんゆんがアクシズ教徒をペットのように引き連れているのを見てどよめく。

 きっとこのまま噂は広まり、両親には勿論、めぐみんにも耳に入ってしまうのだろう。そう思うとますます羞恥を覚え、顔に熱がこもる。

 しかし、こうでもしないとセシリーが大人しくならないのも事実。セシリーも「ゆんゆんさんならいいわよ!」と、自ら首を通したのだから。

 かといって、このまま歩き続けるのは恥ずかしいのもまた事実。ゆんゆんは助けを求めるように少し顔を上げ、バージルを見た。

 

「先生、これいつまで続けるんですか? 私、大切な物を失っている気分なんですけど……」

「耐えろ。これも授業だ」

「授業と言えば私が何でも受けると思ったら大間違いですよ!?」

 

 声を張り上げて主張したが、生徒の声は届かず。バージルが振り向きすらしなかったのを見て、ゆんゆんは諦めるようにため息を吐いた。

 せめてめぐみんとだけは鉢合わせないように。そうゆんゆんが願った時、不意に先頭を歩いていたバージルの足が止まった。

 彼はしばらく右側を見つめると、進行方向を変えて脇に反れた。ゆんゆんは慌てて追いかけ、セシリーは引っ張られる痛みを快楽と変えながら二人についていく。

 細い道を歩いた先にあったのは、煉瓦造りの小さな家。壁にはツタが張り巡らしており、煙突からは煙が吹き出て風にあおられている。

 

「あそこは確か……めぐみんのお父さんがいる工房ですね。色んな魔道具を作っていているそうですよ」

「えっ!? お義父さんが!? これは天が私にご挨拶の機会を与えてくださったに違いないわ! あぁ、感謝しますアクア様……!」

 

 建物について知っていたゆんゆんは、バージルに説明する。セシリーが感謝の祈りを捧げている横で、バージルは独り納得する。

 小さな魔力の集まりを感じて足を運んだのだが、もしかしたら掘り出し物も見つかるかもしれない。そう考えた時には、既に足は工房の方へ踏み出していた。

 

 

*********************************

 

 

「ごめんくださーい……」

 

 無言で足を踏み入れるバージルに代わり、ゆんゆんが挨拶をする。またゆんゆんの希望で、一時的にセシリーの首輪は外していた。

 日の光を照明代わりにしているのか、工房内に明かりは灯されていない。更には天井の角に蜘蛛の巣が張られており、我が物顔で蜘蛛が住んでいる。だが机にあった作業道具と素材は埃を被っておらず、整理整頓もされていた。

 そして部屋の隅には、木製の椅子に腰掛け空を仰いでいた、主と思わしき厳つい顔の男性が独り寛いでいた。ゆんゆんの声に気付いた彼は三人に顔を向ける。

 

「んっ? アンタは族長の……横にいる二人は見ない顔だな」

「初めまして御義父様。私はアクシズ教徒随一の美人プリーストことセシリーと申します。此度はお義父様に私のことを、めぐみんさんとこめっこちゃんの正式なお姉ちゃんとして認めてもらうべく参りました」

「アクシズ教徒なんぞに娘はやらん。出て行け」

「ごめんなさい! この人の発言は気にしなくていいですから! めぐみんとこめっこちゃんの身にも危険は及んでいないですから!」

「ゆんゆんさん、その言い方だと私が危険人物みたいなんだけど?」

 

 トンカチを握り今にも襲いかかりそうな剣幕を見せた男であったが、ゆんゆんの静止を聞いてトンカチを机に置く。

 セシリーの発言は聞かなかったことにし、ひとまず自己紹介が先だと考えた彼は、マントを翻して名乗った。

 

「我が名はひょいざぶろー! 紅魔族随一の魔道具職人!」

「……バージルだ」

「あの、今この二人に紅魔の里を案内してて、ふらっと立ち寄ったところなんですけど……」

「そうだったのか。まぁ、下手に道具や素材を触らないんなら見てもらっても構わない」

「だそうですよ」

「どうして真っ先に私を見るのゆんゆんさん」

 

 ひょいざぶろーの許可を得て、工房内を見て回ることにした三人。どんな魔道具を作っているのか、バージルとセシリーのみならず、ゆんゆんも気になり辺りを見渡す。

 とそんな時、工房の奥から物音と共に女性の声が彼女等の耳に届いてきた。

 

「なんだい騒々しい……あっ! ゆんゆんじゃないか! 久しぶり!」

「にるにるさん! ひ、久しぶり!」

 

 奥から出てきたのは、ボサボサのロングヘアーにそばかすのある頬が特徴的な、にるにると呼ばれた紅魔族の女性。ゆんゆんの知り合いだったようで、旧友と再会するように挨拶を交わす。

 置いてきぼりだったバージルとセシリーに気付いた彼女は、頬についていた汚れを腕で拭き取ってからポーズを決めた。

 

「我が名はにるにる! 紅魔族随一の魔道具職人の弟子にして、悪魔すら恐れおののく最強の武器を作る予定の者!」

「なんて言ってるが、コイツが勝手に弟子を名乗ってるだけだ」

「そんな固いこと言うなよぉ、ひょいざぶろーさん」

 

 彼女の名乗りに対して、気怠げにコメントを添えるひょいざぶろー。休憩するのにうるさくてはかなわないと思ったのか、にるにると代わるようにひょいざぶろーは工房の奥へ姿を消した。

 彼の背中を見送ったにるにるは、近くにあった机へ腰掛けるようにもたれ、ゆんゆんへと向き直る。

 

「ここで働いてるってことは、にるにるさんも学校を卒業したんですか?」

「ゆんゆんとめぐみんが里を出て少し経ってからな。けど働いているわけじゃない。無償でいいからって条件で手伝わせてもらってる。武器製作の勉強も兼ねてな」

「す、凄いね! でも、武器作りなら鍛冶屋さんに行ったほうがいいんじゃ……ひょいざぶろーさんが作るのは魔道具だし、ちょっと変わってて実用性もあんまりないって話だけど……」

「だからいいんじゃないか! 普通に作ってちゃあ名作は生まれない!」

 

 少し不安気なゆんゆんへ、にるにるは興奮気味に語る。

 一風変わっていて実用性が低い。そんな魔道具を大量に揃えているような店はきっと品物がロクに売れず、悪魔すら音を上げる程の赤字を出していることだろう。

 

「ゆんゆんさんゆんゆんさん、仲良く話してるそばかすの似合う女の子も、ゆんゆんさんの友達なのかしら?」

「あっ、紹介しますね! この人はにるにるさん! 私やめぐみんと同じ学校に通っていた生徒で、工作に関してはめぐみんよりも凄いんですよ!」

「紅魔族随一の天才以上だなんて嬉しいね。で、後ろの二人は?」

「男の人はアクセルの街に住んでる冒険者のバージルさんで、こっちはプリーストのセシリーさん!」

「初めましてにるにるさん。世界一の武器職人になるという大きな夢、貴方ならきっと叶うわ。でも、自分だけの力じゃどうにもできないことだってある。そんな時は、この入信書に名前を書いて女神アクア様の導きを痛っ!」

「狂信者の戯言だ。相手にするな」

「お、おう……ゆんゆん、知見を広げるのはいいが相手は選んだ方がいいぞ?」

「あ、あはは……」

 

 バージルに景気のいい音を鳴らして頭を叩かれたセシリーは、その場で頭を抑えてしゃがみ込む。

 にるにるの悪気ない言葉を受け、返す言葉もなかったゆんゆんは、ただただ苦笑いを浮かべることしかできなかった。

 

「ちょっと! か弱い乙女の頭を叩くなんて男として大幅減点対象よ! 今すぐ謝って!」

 

 一方、バージルはゆんゆん等のもとを離れて工房内を見て回る。『ヒール』で痛みを緩和させたセシリーが突っかかってきたが無視。

 水晶、ロープ、ブレスレッド、ネックレス等、置いてある魔道具の種類は多岐に渡る。中にはウィズ魔道具店で見覚えのある品まであった。だが、これといって気になる物は見当たらない。

 どうやら掘り出し物は無さそうだ。諦め半分に探し始めた──その時。

 

「これは……」

「へぶっ!?」

 

 バージルは、ある物を見つけて思わず足を止めた。背後から追いかけていたセシリーはそれに気付かず、彼の背中に顔面を打ち付ける。

 

「イタタ……急に止まらないでよ! 私のチャームポイント第十四位のシュンとした小鼻が潰れちゃうとこだったじゃない! でも気持ち的には潰れてるから慰謝料を請求するわ! それが嫌ならこの入信書に名前を書いて! そしたら半額免除したげるから! 更に私をセシリーお姉ちゃんと呼んでくれたら全額免除に……聞いてんの!?」

「にるにる、これはひょいざぶろーが作った物か?」

 

 バージルは見つけた物から視線を逸らさないまま、にるにるに尋ねる。終始無視されていたセシリーはポカポカと背中を叩き始めたが、ゆんゆんによって引き離された。

 にるにるは歩み寄り、バージルの言っている物に注目する。それは、黒いフォルムが鈍い光を放つ、彼にとって見慣れた形の武器。

 

「いや、私が冒険者からの依頼を受けて作った武器だ。依頼人曰く『ジュウ』って名前らしい」

 

 元いた世界ではありふれて存在していた、拳銃(ハンドガン)であった。

 形状はオートマチックの物で、嫌でも脳裏に浮かぶあの二丁拳銃よりはサイズが一回り小さい。

 

「ジュウダンってのを撃ち出して攻撃するそうなんだが、そいつの素材がてんでわからなくてな。だから、代わりに使用者の魔力を撃ち出せるようにしたんだ」

 

 にるにるは拳銃を我が子のように手に取ると、目を赤く輝かせて話し続ける。

 

「設計図を見た時は震えたね。こいつは剣や杖の先を行く武器だ! 夜明けが来たって! けどこの子を頼んだクソ野郎が、やっぱ銃より剣の方がロマンがあっていいわーって後から言い出しやがったせいで、お蔵入りになっちまった! 完成間近だったんだぞ!? 慰謝料は払ってくれたけど、金で済む問題じゃないんだよ!」

 

 しかしすぐに憤慨した様子で、依頼人のことを語る。よほど頭にきた出来事だったのか、目に一層赤みが増している。

 もっとも、そんな事情などどうでもよかったバージルは彼女に視線すら送らず、拳銃を見続ける。するとにるにるが、顔を覗き込みながら彼に尋ねてきた。

 

「もしかして気になるのか? そうなんだなよな? そりゃあこんな美しいフォルムに将来性のある性能なんだから──」

「まさか。この芸術は俺には理解できん」

 

 彼女の期待とは裏腹に、見下げ果てたように鼻で笑ったバージル。そのまま背を向けて別の魔道具を見始めた。

 呆気に取られたにるにるは、彼が銃を知ってる風だったと気付くこともなく、しばらくして独りため息を吐く。

 

「なんだよ。気に入ってくれたかと思ったのに……んっ?」

 

 小言を口にしていると、背後から視線を感じた。振り返ってみると、後ろにはにるにるの手にある拳銃を物欲しそうに見ていたゆんゆんが。

 

「……気になるのか?」

「えっ!?」

 

 ズイッとにるにるはゆんゆんへ近寄る。急に迫られて驚いたゆんゆんだったが、その後指をしきりに動かし、目を泳がせつつ答えた。

 

「え、えっと……気にならないと言えば嘘になるけど……これを使ったらどんな戦い方ができるのかなーって……」

「つまり気に入ってくれたんだな! いやー、ゆんゆんならコイツの良さをわかってくれると思ってたよ! よし、今日からコイツはお前の子だ!」

「えぇっ!? わ、わわわ私の子って!? それに私、今はあんまりお金が──」

「お蔵入りで埃を被るところだったんだ! そんなのいらないよ! 使い方は私が教えてやる! そうだ! ホルスターっていうこの武器をしまう用のアクセサリーもつけてやる! 使うのは右手か? 左手か? どっちでもいいよう両方作ってあるぞ!」

「ちょ、ちょっと待っ──!」

「なんだか楽しそうな雰囲気ね! お姉ちゃんも混ぜて!」

「ひああっ!? へ、変な所触らないでくださいセシリーさん!」

 

 にるにるの相手で手一杯の所にセシリーからも迫られ、ちゃっかりセクハラもされたゆんゆんは矯声を上げる。

 また、彼女に銃が勧められている様子をバージルは見ていたが、自ら止めることはしなかった。

 

 

*********************************

 

 

 時は過ぎ、夜。

 

「初めまして御義父様、御義母様。私はアクセルの街に住むアクシズ教徒のプリースト、セシリーと申します。この度はゆんゆんさんとの仲を認めてもらうべく──」

「悪名高いアクシズ教徒なんかにウチの大事な娘はやらん! 出て行け! さもなくば今ここで私の魔法が轟くぞ!」

「家が崩壊するからやめてお父さん! セシリーさんも誤解を招く言い方はしないで!」

「女の子同士の恋愛もロマンがあって素敵だと思うけど、親としてはねぇ……」

「御義母様のお気持ちもわかります。なので今すぐとは言いません。ご両親と親睦を深め、私のことを理解していただけてからでも構いません。というわけでその第一歩として、御義母様のお膝に私の頭を置いてもよろしいでしょうか?」

「膝枕ってこと? それくらいならいいわよ」

「やったぁ」

「よくない! 貴様ゆんゆんのみならず私の妻まで奪うつもりか! そこは私の定位置だ! 退け!」

「セシリーさんお願いだから私の家族に変なことしないで! そしてお父さんは一回落ち着いて!」

 

 観光が終わり、ゆんゆん宅へ戻ってきたのだが、人の家でも平常運転なセシリーにゆんゆんは振り回されていた。

 父は激昂し、母はマイペース。まともな思考を保てているのはゆんゆんとバージルのみ……だったのだが、彼がこの状況下で腰を落ち着かせるなどある筈がなく。ほとぼりが冷めるまで、彼は外の風に当たることにした。

 ゆんゆんの助けを無視し、正面玄関から出るバージル。扉を締めても声が漏れてくるほど騒がしい家から離れていった。

 

 にるにると別れた後、ゆんゆんの案内で様々な名所を回ったのだが、現在向かっている温泉以外に目を惹かれる物はこれといって無かった。

 目的の一つであったスパーダに関する情報も、何一つとして得られなかった。『魔神の丘』『聖剣が刺さった岩』『邪神の墓』等、それらしい名前ではあるもののスパーダとは無関係。

 唯一悪魔と関連があったのは、またも登場した仮面の悪魔バニルの名を冠する展望台。それも、魔王城にいる魔王の娘の部屋を覗き見れるという、魔王が知ればひろぽんのように怒り狂いそうな代物であった。

 

 結局、ゆんゆんの持っていた本については謎のまま。これにバージルは落胆した……が、不思議と焦燥感は抱かなかった。本の存在を知った時は確かにあったのだが、それもいつの間にか無くなっていた。

 彼にとってスパーダとは、父であり超えるべき存在。そして、絶対的な力の象徴。

 故に、力に飢えていた頃のバージルはスパーダの幻影を追いかけ、魔界に封印されていた父の魔剣を手に入れる為にテメンニグルの封印を解いた。

 スパーダに関する情報は彼にとって、喉から手が出るほど欲しい筈。なのにどうだ。今の彼は、無い物ねだりをしても仕方がないと思えるほど、心が落ち着いていた。

 

「……腑抜けたものだ」

 

 嘲笑うように、バージルは独りごちる。

 また、元いた世界の悪魔が現れた原因への手がかりになるのではと思われたが、あの本は昔から族長が代々継いできたもの。そして悪魔達は、転生したバージルを追いかけるようにして現れた。関係性は薄いだろう。

 そう考え事をしながら歩いていると、目的の温泉は目と鼻の先に。明かりが灯されているのでまだ開いているようだ。それを確認したバージルは、温泉施設へ足を向ける──ことはせず、そのまま通り過ぎた。

 舗装された道から外れ、木々が生い茂っている所へ。そこでバージルは足を止めると、前方を睨み付けて口を開いた。

 

「隠れていても無駄だ。姿を見せろ」

 

 でなければ斬ると、脅すように刀の柄に手を添えて言い放つ。やがて彼の殺気に耐えかねたのか、隠れていた者は草陰から音を立てて姿を現した。

 髪は燃えるように赤く、褐色の肌に黒いドレスを纏った女性。彼女はふぅと息を吐くと、バージルと向かい合う。

 

「こんばんわ。いい夜ね、剣士さん」

「同感だ。紛れ込んだネズミさえいなければな」

 

 気さくに挨拶してきた女性に、バージルは警戒を緩めず言葉を返す。対して女性は長い髪を指で解くと、自らバージルへ名乗った。

 

「私はシルビア。魔王軍幹部の一人よ」

 




お察しと思われますが、にるにるはオリキャラです。
関係性はご想像にお任せします。

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