この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第61話「この世界に蒼の魔剣士を!」

 『魔術師殺し』と悪魔の力を取り込んだ魔王軍幹部シルビアとの戦いは、カズマ達の勝利に終わった。

 紅魔族は勝利の拳を掲げ、中心にはめぐみん、彼女をおぶっていたにるにる、ちゃっかり決めポーズを取って口上を放つこめっこ。

 そして、次期紅魔族族長のゆんゆん。冒険者から褒め称えられる経験はあれど未だに不慣れだった彼女は、恥ずかしそうに顔を覆っていた。

 

 他にも、影の立役者であったカズマとセシリーに、登場から紅魔族の心を震わせたバージル。彼等も紅魔族達に囲まれ、称賛の声を浴びていた。

 因みに、シルビア戦において全く出番の無かった二人はというと──。

 

 

「うわぁああああああああんっ! カズマしゃああああああああんっ! お兄ちゃああああああああんっ!」

「よしよし、一人で寂しかったな。もう森を抜けたから大丈夫だぞ」

 

 シルビア討伐からしばらく経った後の午下。泣きじゃくるアクアが、ダクネスに手を引かれる形で森から出てきた。

 バージルと紅魔族達から別れ、単独で霧の森を歩いていたアクア。一人だと気付いた時は孤独感に耐えかねて泣きそうになったが、ぐっと堪えて悪魔を倒しながら進んでいった。

 が、歩けど歩けど森から出られない。いよいよ我慢できず強行突破しようとした時、シルビアが討伐された影響か、森を覆っていた霧が瞬く間に晴れた。

 

 何か知らないけどラッキーと、アクアは喜んで森を駆けた。しかし流石は駄女神。霧があろうとなかろうと、迷子になる運命に変わりはなかった。

 ダクネスが発見した時、迷子の迷子の女神様は地べたに座り込んで号泣していたという。

 

 また、ダクネスが森に足を踏み入れた時はまだ霧が漂っていたのだが、悪魔に遭遇することは一度もなかった。

 絶対数が少なく軒並み討伐されていたか、もしくはダクネスの危険性を本能で感じ取り、手を出さなかったか。幸か不幸か一度も接敵せず森を抜けた彼女は、ちょっぴり物足りなさを感じていた。

 

 とにもかくにも戦いには勝利したが、失われた物もあった。

 シルビアに取り込まれた『魔術師殺し』は塵も残さず消滅。『レールガン(仮)』も強力な一撃を放ったことで壊れてしまった。

 そして、紅魔の里はシルビアによって壊滅的な被害を受けた。もはや復旧は不可能と思われたが──。

 

「……何これ」

「何って、復旧作業ですよ。里に攻め込んだ魔王軍を追い払った後は、いつもこうですよ」

 

 目の前に広がる光景を見て、カズマは呆然と立ち尽くしていた。

 誰かによって召喚されたであろう複数本の腕を持つモンスターや、魔法で生成されたゴーレムが瓦礫の除去や建築材の持ち運び、建設を担っており、使い魔を持たない者達も魔法で建築材を浮かして器用に建てている。

 カズマが想像していたのと比べ、あまりにもハイスピードな復旧作業。しかしこれは日常風景のようで、呆然とするカズマを見てめぐみんは首を傾げていた。

 

「これってどんぐらいかかるの?」

「遅くて三日か四日といったところでしょう」

「俺の罪悪感を返せよ」

 

 燃える里を前に悲観していた眼帯の少女を見て、少しでも罪の意識を覚えた自分が馬鹿だったとカズマは息を吐く。紅魔族のことだ。きっとシリアスな雰囲気にするための演技だったのだろう。

 また、その少女こそ今回紅魔の里へ出向くきっかけとなったゆんゆんへの手紙、もとい『紅魔族英雄伝 第一章』の著者、あるえ本人であったのだが、彼女とカズマ等が出会うのはまた別のお話。

 

 その頃一方、ゆんゆんはというと──。

 

「おっ!『迅雷の名を冠する者』ゆんゆん! シルビアとの戦いかっこよかったぞ!」

「『閃烈なる蒼光を纏いし者』ゆんゆん! 今まで変わった子だなと思ってたけど、やっぱり族長の娘さんね!」

「これから飯でもどうだい?『雷鳴轟きし者』ゆんゆん。あの激闘について詳しく聞かせておくれよ」

「学校に通ってた頃は中々前に出れない子だったのになぁ……成長したな!『蒼き稲妻を背負いし者』ゆんゆん!」

「は……恥ずかしいっ……!」

 

 すれ違う紅魔族からバリエーション豊富な異名で呼ばれ、羞恥に耐えていた。紅魔族達に決して悪気はなく、むしろ褒め言葉として送っているのだが。

 自身も里の復旧を手伝おうとしたのだが、両親から「今日はゆっくり休め」と気遣われ、行き場のなかった彼女はのんびりと里を散歩していた。

 しかし、歩く度にこんな恥ずかしい思いをするなら復旧作業をしていた方がマシだ。そう思い、両親のもとへ帰ろうとしていると、視線の先に見慣れた人物の姿が。

 

「……先生? どこに行かれるんですか?」

「ムッ」

 

 同じく里を歩いていたバージルだった。ゆんゆんは彼に歩み寄り、隣に並び立って歩く。

 

「里の外れにある森だ。少し調査をしたら、街に帰るつもりでいる」

「えっ? もう帰っちゃうんですか?」

「シルビアは倒した。里で情報収集もしておきたかったが、現状ではそれもままならん」

 

 用を済ませたら先に帰るとの言葉に、ゆんゆんはしゅんとする。もっとも彼はテレポート水晶の移動先にここも登録しており、復旧が終わった頃合いを見て再び来るつもりでいるのだが。

 

「貴様はどうする?」

「わ、私はまだ残っていようかなって……作業も手伝いたいし」

「そうか」

 

 短く言葉を返して、バージルは前を向く。師弟関係を築いてしばらく経つが、無口とぼっち気質の組み合わせもあって、二人の会話はこうしていつも長く続かない。

 先程までの共闘は何だったのか。ゆんゆんは自ら話を切り出せず、静かにバージルの歩行に合わせて歩く。

 やがて、シルビア戦での自分の動きはどうだったのか評価を聞き出そうと思い立ち、ゆんゆんは一度深呼吸をしてから尋ねようとしたが──。

 

「いたいたー!」

 

 遮るように、進行方向から女性の声が。二人のもとに手を振りながら駆け寄ってきたのは、にるにるであった。

 

「よっ!『魔弾の射撃手』ゆんゆん! シルビアとの戦いは超シビレた! 銃も早速使ってくれて嬉しいよ!」

「うぅ、にるにるさんまで……」

「それに銀髪のアンタ! 確かバージルだったか? 堅物そうに見えて案外ノリがいいじゃないか! ゆんゆんとの共闘も最高に決まってたよ!」

 

 にるにるからも異名を付けられ、ゆんゆんの顔が赤く染まる。バージルはにるにるに目を合わせると、腕を組んだ姿勢で言葉を返した。

 

「俺が来るまでは見るに耐えん姿を晒していたが……最後は少しマシな動きではあったな」

「はうっ……!」

 

 急に飛び出してきた前半の酷評。辛辣に言われるだろうと思ってはいたが、あまりにもストレートにぶつけられて、ゆんゆんは苦しそうに胸を抑える。

 

「そこまで言うことないじゃないか。コイツは傷だらけになりながらも頑張ってたんだぞ?」

「だ、大丈夫です。いつものことなので……それよりもにるにるさん、私に何か用でしょうか?」

 

 にるにるに心配をかけさせまいと顔を上げたゆんゆんは、彼女に用件を尋ねる。それを聞いてハッとしたにるにるは、ゆんゆんに顔を向けた。

 

「おっとそうだった! なぁゆんゆん、私の可愛い子供の使い心地はどうだった!?」

 

 にるにるは前傾姿勢で、銃の感想を求めてくる。ゆんゆんは思わず背を仰け反るも、率直に思ったことを伝えた。

 

「え、えっと……思ってたより魔力を込めなくても撃てるから、魔法を使うよりも気軽に遠距離から攻撃できて、私はとっても使いやすかったんだけど……」

 

 そう言ってゆんゆんは、ホルスターにしまっていた銃を抜いてにるにるへ見せる。

 黒い銃身には、大きな亀裂が入っていた。あと一発でも撃てば破損は確実。『レールガン(仮)』と同じ未来を辿るであろう。

 

「最後に私が、魔力をめいっぱい溜めて放ったから……ごめんなさい」

「あー……魔力の多い紅魔族が使うのを想定して作ってなかったからなぁ。仕方ないさ。むしろゆんゆん用に作り直すつもりでいたから、丁度いいよ」

 

 今にも泣き出しそうな顔で謝るゆんゆんに、気にしなくていいとにるにるは伝え、故障した銃とついでにホルスターも受け取る。

 

「ゆんゆんの戦いを見てたら、色んなアイディアが湧いてきたからな! この子がどんな成長を遂げるのか、想像しただけでワクワクが止まらないよ!」

「で、できれば今の見た目のままがいいんだけど……」

 

 職人魂が燃え盛っているにるにるを見て、ゆんゆんは苦笑いを浮かべる。一方で彼女の銃にはまるで興味のなかったバージルは、止めていた足を動かそうとする。

 

「ゆんゆんさぁああああああああんっ!」

 

 とその時、再び遠くから聞き覚えのある声が。顔を向けると、そこから全速力で走ってきているセシリーの姿が。

 彼女は一目散にゆんゆんのもとへ駆け寄ると、ゆんゆんめがけて飛びかかるように抱きついた。

 

「ゆんゆんさん大丈夫!? 痛くない!? 痛い所あったらお姉ちゃんに教えてね! すぐにペロリと治してあげるから!」

「せ、セシリーさん!? 私の家で休んでるはずじゃ──」

「いっぱい頑張ってたゆんゆんさんをヨシヨシしたくて、身体に鞭打って来ちゃった! でも大丈夫! ゆんゆんさんの胸に顔をうずませたら元気になれるから!」

「正当っぽい理由をつけてセクハラしようとしないでください! に、にるにるさん! 先生! 助けてください!」

 

 セシリーからの執拗なボディタッチを受け、恥ずかしがりながらヘルプを求めるゆんゆん。しかし、アクシズ教徒に極力関わらないのが平和に生きる術。どちらも見守るだけで助けようとは一切しなかった。

 今度こそ先に進もうと、バージルは彼女から背を向けて歩き出す。が、三度彼の足を止めるものが。

 

 セシリーがゆんゆんの服の下に手を入れた時、里の外から大きな爆音が彼女等の耳に届いた。

 顔を向けると、空に見えたのはキノコ雲。シルビアを討ち取られた魔王軍が、仇討ちとばかりに攻め込んできたかと思われたが──。

 

「今のは爆裂魔法だよな? てことは、めぐみんか?」

「はい、間違いなく……」

 

 その正体を知っていた彼女等は、全く動じることはしなかった。警報が鳴らないのを見るに、他の紅魔族もめぐみんが放ったのだと思っているのだろう。

 爆裂魔法でシルビアにトドメを刺したことでいい気になったのか、あるいは開き直ったのか。アクセルの街では日常になっている一日一爆裂をここでも放ったと察し、ゆんゆんは呆れて息を吐く。

 

「つまり、今のめぐみんさんは魔力を使い果たして動けないのよね!? こうしちゃいられないわ! 抵抗のできないめぐみんさんにあれやこれやできるチャンスよ!」

「めぐみんに何をするつもりなんですか!? あっ、待ってください!」

「あぁっ! 待ってくれよゆんゆん! まだもう一つ話があって──!」

 

 セクハラ目的で駆け出すセシリー。そんな彼女を止めるべくゆんゆんは追いかけ、にるにるはゆんゆんの後を追った。

 終始蚊帳の外におり、取り残されたバージルは彼女等から視線を外し、空に浮かぶキノコ雲を眺める。

 

「……やはり無粋だな」

 

 派手好きなアイツなら喜びそうだがと、爆裂魔法の描いた風景から背を向けた。

 

 

*********************************

 

 

 ゆんゆん等と別れ、独り森の調査に出向いたバージル。探すのは、森に現れた悪魔の痕跡。

 少しの違和感も逃さないよう、感覚を研ぎ澄まして森を渡り歩いたが……出会うのは森に帰ってきたモンスターばかり。悪魔もその痕跡も、何一つ見当たらなかった。

 

「(やはり、アルカンレティアと同じか)」

 

 彼がいた世界の魔界からこの世界の魔界に移動してきた説を信じるなら、以前と同様にこの場だけ魔界と人間界の網目が広がり、魔界から顔を出してきたのだろう。

 だが、三度悪魔と対峙したことで、その推測は間違っているのではないかとバージルは思い始めていた。

 

 本当に悪魔が世界渡りを為し、仮面の悪魔が言うようにスパーダの血に引き寄せられているのなら、網目を通れそうな下級悪魔が今ここで現れてもおかしくない筈。なのに、下級悪魔すら姿を見せてこない。

 アルカンレティアの山と、デストロイヤー迎撃後の正門前も同じだった。騒動が終わった途端、悪魔達は煙のように消えていた。

 

 そして、シルビアの話していた『男』の存在。彼女が宿していた悪魔の力はその男から授かったと、確かに言っていた。

 言い方から察するに相手は人間のように思えたが、人間界で潜む為に人の姿に化ける悪魔もいるので、断言はできない。

 

 その男が召喚士だとしたら、下位のみならず、上位に匹敵する悪魔すらも召喚可能ということ。相当な実力を持っていると見ていいだろう。

 あるいは──。

 

「……ムッ」

 

 考え事をしていた時、カリカリと小さな物音が彼の耳に届いた。バージルは足を止め、音が聞こえた方向を見る。小型モンスターが立てた音であろうが、少し気になった彼はそちらへ足を進めた。

 草をかき分け真っすぐ進むと、辿り着いたのは開けた場所。目に入ったのは廃れた一つの石碑と、その前でしゃがみ込んでいた、星型のヘアピンをつけた一人の少女──めぐみんの妹、こめっこ。

 地面には、彼女が現在進行系で木の枝で描いている魔法陣。しかしその線は幼気のあるふにゃふにゃとしたもので、魔法陣というよりは落書きと言える代物。

 やがて人の気配に気付いたのか、こめっこは落書きを止めて背後を振り返る。

 

「あっ、白髪のおっさん」

 

 変わらない彼女の呼び方に、バージルは少し顔をしかめる。だがその程度で子供相手に言い返すほど、彼の心は狭くない。

 相手がめぐみんだったなら問答無用に眼帯パッチンの刑であるが。

 

「森に悪魔が出てきたって、ホント?」

 

 一人で何をしているのかバージルは気になったが、先にこめっこが立ち上がって彼に尋ねてきた。バージルは静かに頷く。

 

「でっけぇゴブリンみたいな悪魔いなかった!?」

「……少なくとも、俺は見ていない」

 

 トカゲなら何匹もいたがと、バージルは言葉を返す。返答を聞いたこめっこは「そっか」と、残念そうに顔を俯かせた。

 落ち込むこめっこを見つめていた時、バージルはふと思い出す。こめっこは自己紹介の時、上位悪魔を使役するという大言を口にしていた。もしやと思い、バージルは彼女に尋ねる。

 

「知り合いか?」

「うん! やがて私に使役される予定の者!」

 

 こめっこはパッと顔を上げると、先程までとは打って変わった明るい表情でそう話す。

 彼女曰く、ゴブリンのような見た目の悪魔。恐らくこの世界の悪魔なのだろう。全て彼女が考えた設定という可能性も高いので、考えるだけ無駄かもしれないが。

 バージルは彼女から視線を外し、奥にあった石碑に向ける。

 

「この石碑は?」

「邪神が眠りし場所」

「その割には魔力を一切感じないが」

「封印を解かれた邪神は、名も知れぬ女神をよびおこした。戦いを挑んだけど、負けて滅んじゃったって大人たちが言ってた」

 

 つまりここには何も無いということ。これといった手がかりは無しかとバージルは息を吐き、石碑に背を向ける。

 

「どっか行っちゃうの?」

「用は済んだ。このまま街に帰らせてもらう。貴様も日が高い内にさっさと家へ帰るがいい」

「だいじょうぶ! 私つよいもん!」

 

 ポーズを決め、そう言ってのけるこめっこ。無駄に自信に満ち溢れているのは、姉妹共々変わらないようだ。

 子供ながらに図太い面もあるので、放っておいても問題ないだろう。そう思ったバージルはこめっこから目を離し、懐からテレポート水晶を取り出す。

 今回の件はエリスとタナリスにも伝えるべきかと考えながら、バージルは水晶を掲げ、アクセルの街へと転移した。

 

 

*********************************

 

 

 視界が光で満たされ、少し間を置いて光は弱くなっていき、見える風景は里の外れにあった森からガラリと変わる。

 アクセルの街郊外にある一軒家。自身の家に無事テレポートを終えた彼は、真っ直ぐ家の中へ入ろうとしたが──。

 

「おっと、およそ涙とは無縁な冷血漢の癖に、涙も流す悪魔もいるなどどいうクッサイ店名を付けるどっちつかずな店主が帰ってきおったぞ」

「こりゃまた良いのか悪いのかわからないタイミングだね。丁度今、バニル先輩とエリスと協力して、ウィズ魔道具店のデビルメイクライ出張店を準備してたんだ。お互い人ならざる者のお店なんだから、いいよね?」

「良くないに決まってるじゃないですか! ついでに私も共犯者にしないでください! そして仮面の悪魔を先輩扱いするのはホントにやめてください!」

 

 玄関前にいたのは、女神一人と堕女神一人に悪魔一匹。横には設置済みのテントと木製の机が。

 思わず足を止めて呆然としていたバージルであったが、しばし間を置いて踵を返した。

 

「営業妨害で貴様等まとめて警察に突き出す。そこでじっとしていろ。逃げても構わんが、地獄の果てであろうと追いかけられる覚悟をしておけ」

「バージルさん違うんです! 私は勝手な事をしてる二人を止めようとしてて──!」

「客商売は横の繋がりが大切だというのに。露店一つすら許さぬとは、器の小さい男であるな」

「寛容な方が、お客さんには親しみやすいんだよ?」

「二人は一回黙ってください! あぁ待って! お願いですから本気で警察に行こうとしないで!」

 

 

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 結局、早急に片付けるなら見なかったことにしてやるとバージルから言い渡され、バニルとタナリスは用意していた露店を撤去した。

 ついでに隙を見て主犯格であろうバニルに刃を振ったが、華麗に脱皮されてかわされた。

 ムカついたので一回殺すまで斬り続けようと思ったが、先に伝えるべきことがある為、今回は見逃して三人を家に招き入れた。

 

 バニルすらも家に上げたことに、悪魔嫌いのエリスは不満げに頬を膨らませていたがバージルは気にせず、三人に紅魔の里での出来事を話した。

 里の外れに現れた悪魔達。魔王軍幹部のシルビアが得た悪魔の力。それを授け、悪魔も召喚したと推測される『男』の存在。

 

「アルカンレティアに続き、またしくじり幹部と余所者悪魔であるか。貴様は本当に厄を引き寄せる迷惑男であるな」

 

 客らしくソファーにどっかりと座っていたバニルは、わざと苛立たせるようにバージルへ嘲る。

 バージルの隣に立っていたエリスから今にも退魔魔法を放ちそうな目で睨まれたが、バニルは気にも止めていない様子。

 

「『男』ねぇ……あっちの悪魔を使役してるってことは、あっちの世界出身と見て間違いなさそうだね」

「でもそちらの世界から転生されたのは、バージルさんで最後の筈なんですよね?」

「うーん、他の担当地域で報告漏れでもあったのかな」

 

 机に腰掛け足をプラプラさせていたタナリスは、天井へ視線を向けて考え込む。

 とその時、背後に視線を感じた彼女は後ろを振り返った。そこでは椅子に座っていたバージルが、疑わしい目をタナリスに向けている。

 目が合い、彼の意図を汲んだタナリスは、人差し指で頬を掻きながらバージルに言葉を返した。

 

「あー……もしかして僕、疑われてる?」

「えぇっ!?」

 

 タナリスの言葉を聞いたエリスは、驚きのあまり声を上げる。バニルとバージルが静かに見つめる中、タナリスは困った顔のまま言葉を続けた。

 

「バージルを送り出した後は、天使も女神もギロチンや三角木馬で拷問すると噂の魔女狩りに出動させられて、帰ったら即刻異世界追放を命じられたって話したと思うけど……証人は僕しかいないから、疑われても仕方ないか」

「今背筋がゾッとするほど恐ろしい言葉が聞こえた気がするんですけど……それよりも! 先輩は他の世界を危険に晒すような人じゃありませんよ!」

 

 自身の先輩に疑いの目を向けるのは見過ごせないようで、エリスはバージルに怒り気味に反論してタナリスのフォローに回る。

 

「しかしこのバイト女神は、そこの大罪人を気まぐれにこの世界へ送りつけたのであろう? 我輩は本人からそう聞いておるが」

「バージルさんは悪人じゃないからいいんです。先輩も敢えてそう言っているだけで、ちゃんとバージルさんの本質を見抜いた上で送り出したんです」

「都合の悪い指摘に結果論で返すとは、とんだこじつけ女神がいたものであるな」

 

 バニルの煽りにカチンときたが、反応しては負けだと思い無視を貫くエリス。一方でバージルに疑惑を抱かれていたタナリスは、机から軽々と跳び下りてバージルと向き合う。

 

「僕から言えるのは、その『男』については何にも知らない。だって身に覚えがないんだもの。ま、僕の意見をどう捉えるかは君次第だけどね」

 

 あくまで判断をバージルに委ねるように、タナリスは答える。これ以上聞き出すことはできないと見たか、バージルはようやく彼女から目を逸した。

 

 

*********************************

 

 

 タナリスの、酒場のバイトの時間が近いという理由でお開きになったバージル宅での会議。同時に彼の家から退出したバニルはそのまま帰路へ、エリスは酒場で食事を取るのもあって、タナリスについていった。

 空が赤く染まった夕暮れの中、商業区に向かって歩く二人。道の両脇には原っぱが広がる郊外を進んでいると、両手を頭の後ろで組みながら歩いていたタナリスが口を開いた。

 

「バージルをこの世界に送ったこと、怒ってる?」

「……はい?」

 

 一歩後ろを歩いてたエリスは、彼女の言葉に耳を疑う。だが少し間を置くと、不機嫌そのものの声でタナリスに言葉を返した。

 

「人を苛立たせることだけは得意な忌々しいあの悪魔が、先輩にまで何か言ったんですか?」

「やたらバニル先輩のこと忌み嫌ってるね。君の苦手そうなタイプだとは思うけどさ。話が合えば楽しいよ?」

「だから、あの悪魔を先輩呼びしないでください! 私があんな奴の後輩の後輩みたく聞こえるじゃないですか!」

 

 前のめりにがなり立てるエリス。彼女の圧にタナリスは思わずたじろぎながらも、どうどうと宥める。

 

「わかったわかった。で、さっきの質問についてはどう?」

「どうもこうも……怒ってたら、彼と一緒に神器探しやクエストに出かけたりしませんよ」

「けど、彼を異世界転生させたって君に伝えた時は、天界規定がうんたらかんたらって鏡越しに怒鳴り散らしてたじゃないか」

「あ、あの時はそうでしたけど……バージルさんが悪人でないと知った今は、微塵もそんなことは思ってません。創造神様からも『見守れ』とだけしか言われてませんし」

 

 彼が異世界転生してきた当初は、心の休まない日が続いていた。世界を壊しかねない大罪人が送り込まれたのだから、当然だ。

 しかし彼と交流を得て、彼のことを知った今では、あの時の思いは杞憂だったと断言できる。

 

「それに彼は……いえ、何でもありません」

「んっ? なんだいその言い方。気になるじゃないか」

「何でもありませんから、気にしないでください」

 

 この世界で、人として生きる罰を自分が与え、彼もそれを受け入れていることを話そうとしたが、エリスは思い留まった。

 あの日のことは、彼にとっては知られたくない出来事だろう。なら、二人だけの秘密にしておくのが正しい判断だ。エリスは話を反らすべく口を開く。

 

「とにかく、先輩が彼を転生させたことに責任を感じる必要はないですよ。むしろ普段の行いに責任を感じて欲しいですけど」

「おっと聞き捨てならないね。まるで僕がどこかの無責任な女神みたいじゃないか」

 

 その女神とは、冒険者に無理矢理この世界へ連れてこられて帰れなくなった彼女のことだろうか。苦笑いを浮かべるエリスの前で、タナリスは空を仰ぎながら言葉を続けた。

 

「バニルせんぱ……仮面の悪魔は、この世を乱しているのはバージルだって言ってたけど、そもそもは僕が彼を送り出したことから始まった」

 

 彼と出会った時の事を思い返していたのか、タナリスは小さく笑う。

 

「君の先輩であり、異世界転生の仕事も引き受けていた僕がバージルと会ったことで、彼はこの世界との繋がりを得てしまった。……って考えると、まるで僕が元凶みたいだなと思ってさ」

「……らしくないですよ! バージルさんも先輩も、あの悪魔の戯言を真に受けないでください!」

 

 思い詰めた様子のタナリスが見ていられず、エリスは声の鞭を打つ。するとタナリスは彼女に顔を向け、ジッと見つめてきた。

 時折彼女が見せる、何かを察したかのような目。口角も少し上がっており、今にもおちょくってきそうな顔だ。

 

「な、なんですかその目は……」

「いーや、君も随分と変わったなぁって。僕は嬉しいよ」

 

 エリスの問いかけに対し、タナリスは多くを語らず前を向く。その言葉にエリスはただ首を傾げることしかできず、そのまま彼女の後を追った。

 

 

*********************************

 

 

 紅魔の里での戦いから、約半月ほどの時が過ぎた。

 カズマパーティーはアクセルの街に帰ってきており、屋敷でぐーたらと平和な生活を過ごしている。

 時折、カズマとめぐみんがそれとなく良い雰囲気を醸し出すのを見られることが多くなったが、何故そうなったかはまた別のお話。

 同行していたセシリーも配属先であったアクセルの街に戻り、宗教活動(迷惑行為)に勤しんでいる。信者は一向に増えていないが、ところてんスライムはそこそこの流行りを見せているようだ。

 ただ一人、ゆんゆんは街に帰ってきていない。復旧作業はとうに終わっている筈だとめぐみんは言っていたが、次期紅魔族の長としてやるべきことがあるのだろう。

 

 そしてバージルはというと──いつも通り、椅子に腰掛け本を読んでいた。

 ティーカップに注いだ紅茶を挟みながら、彼は本のページをめくって読み進める。

 

 この世界について知る為に、幅広いジャンルの本を読んでいた彼だが、今回手に取っていたのは、幾つもの詩が記された詩集であった。

 載っているのは、彼にとって見覚えのある詩ばかり。多少改変されていたり、元となった詩人の名を記していないことから察するに、この世界に転生してきた悪知恵の働く者が、自分で考えたと偽ってこの詩集を出したのだろう。

 批難殺到間違いなしの作品だが、引用元は別世界のもの。世界を越えてまで指摘してくる者はいない。

 

「『世界は一粒の砂。天国は一輪の花。汝の手の内に無限を掴め。そして一瞬の中に永遠を』」

 

 気まぐれに、目に写っていた詩をバージルは読み上げる。生前、彼が気に入っていた詩の一つだ。

 様々な詩人の詩がかき集められているが、今読み上げた詩を詠んだ詩人の物が多い。作者とは気が合いそうだなと思いながら、バージルは読み耽る。

 

 詩が好きだったという記憶──幼き頃であるのは間違いないが、彼はいつの間にか忘れていた。

 紅魔の里で、ゆんゆんが大事にしていた魔剣士の絵本を見た影響だろうか。どこかへ失くしてしまった物の場所をふと思い出したかのように、懐かしい記憶が蘇っていた。

 転生特典はあの本にすればよかったかと思いながら読んでいると、扉からノックする音が。

 

「開いている。入れ」

 

 バージルは本から目を離し、扉に向けて声を掛ける。感じる魔力と控えめなノックから、来客はゆんゆんかと彼は察していた。

 

「し、失礼します……」

 

 予想通り、入ってきたのはゆんゆんであった。彼女はおずおずと中に入り、机越しにバージルの前に立つ。

 そこから、ゆんゆんは最近あった出来事を話し、バージルは聞き手になりつつも本を読む。二人にとっていつもの日常になるかと思われたが──バージルは、ゆんゆんの姿を見て面食らっていた。

 

「お、思い切ってイメチェンしてみました……」

 

 上はいつもの黒い服であったが、スカートやニーソックス、ネクタイや髪を結ったリボン、黄色い髪留めについたリボン等、赤を基調としていた色は、軒並み明るめの青に染まっており、ブーツも少し黄色を帯びている。

 そして、黒かった筈の彼女の髪は──彼と同じ、銀色に染まっていた。

 

「紅魔族っぽくない色で、ますます変わり者って言われそうだなって思うけど、お父さんとお母さんは凄く褒めてくれてて……ど、どうですか?」

 

 恐る恐る紅い目を向けて、バージルに感想を尋ねてくる。見た目まで自分の真似をされて、気持ち悪がられていないだろうかと思っているのだろう。

 一方バージルは、想定外の出来事に思考が止まっていたが、やがて小さく息を吐くと彼女から目を離し、視線を本へ戻しながら口を開いた。

 

「……悪くはない」

 

 少なくとも、奴を思い出させる赤よりはマシだ。バージルは短く感想を述べる。彼なりに良い評価を出していると捉えたゆんゆんは、照れくさそうにはにかんだ。

 

「あっ! そ、それと……」

 

 とそこで、後ろ手にしていたゆんゆんは手を前に出し、持っていた一冊の本をバージルに見せる。それは、紅魔の里で彼に見せたスパーダの絵本であった。

 

「この絵本を見た時、先生は凄く真剣な目になってて……最後の文章も先生は読めてたし、もしかしたら先生にとって大事な物なのかなと……だ、だから、先生が持ってた方がいいのかなって」

 

 あの時は、ゆんゆんやその両親から何も聞かれなかったが、流石に何かあると勘付いてはいたようだ。ゆんゆんは絵本を手に、バージルへ視線を送る。

 

「それは貴様の物だろう。無くさないよう持っておけ」

 

 だがバージルは、彼女の提案を拒んだ。断られたゆんゆんは少し困惑していたが、彼の言葉を呑んだ彼女は、大事そうにその絵本を抱きしめた。

 

「それと、ひとつアドバイスだ」

「えっ?」

 

 彼の言葉を聞き、ゆんゆんは顔を上げる。バージルは目線を再び本に落としつつ、彼女へ助言を告げた。

 

「友達とやらに取られたくなければ、本に自分の名前を書いておくといい」

 




おじいちゃんから本を貰った幼少バージルの話、Vの漫画で見てみたい。

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