時は少し前に遡る。
冒険者ギルド内にある酒場一席にて、とある一人の冒険者が、これからの冒険者生活を左右するほどの大事な局面に立っていた。
「防御力は人一倍高いし、いざとなったら君たちも守ってくれる強い盾になる。よかったら、ダクネスと仲良くしてやってくれないかな?」
柔らかい口調で話すのは、銀髪にアメジストの目を持つ冒険者、クリス。視線の先には、冒険者と呼ぶには違和感を拭えない、実に防御力の低そうな服装を纏う男。
「た、盾役ですかー。そうですかー。それは強そうですねー。あ、あはは……」
彼の名は、
元々彼は『日本』と呼ばれる国に住んでいた、何の変哲もない引きこもり少年だったが……ひょんなことから、16歳という若さで死亡。その死因は、本人的にはできれば触れて欲しくないものだとか。
死後、彼は女神の導きにより『異世界転生』という、ラノベやゲームでよくある展開で、肉体も記憶もそのままにこの世界へ現れた。
これから多くの仲間と共に戦い、自身の隠された能力を覚醒させ、魔王討伐に向け旅立つ、想像しただけで心躍る異世界ファンタジーが待ち受けているのだろう──が、全ては空想に過ぎなかった。
待ち受けていたのは、日本のブラック企業もビックリな厳しい冒険者生活。
モンスターが討伐できなければ報酬も得られない上に、パーティーで倒すと報酬金は分配されてしまう。隠された能力は一切無し。無駄に高い運以外は平均以下なステータスだと診断されたカズマが高難度クエストを受けられる筈もなく、低レベルモンスターを狩って少ない賃金を稼ぐことしかできなかった。
低収入に加え不安定。これならば、厳しいけどアットホームな職場だった土木建築で稼いでいた方がマシだった。
結果、家を買うどころか宿代さえ払うことができず、この世界に来てからずっと格安の宿──馬小屋での生活を余儀なくされていた。冒険者とは。
そんなファンタジーもクソもない悲惨過ぎる冒険者生活に頭を悩ませているカズマだったが……もう一つ、彼を悩ませる種があった。むしろ、こちらが彼にとっては大きな問題だった。
それは──仲間。冒険者にとっての仲間とは、本来お互いを助け合い、高め合い、絆を結んでいくものである。
が、カズマのパーティーにいる二人の仲間は、助け合うどころか足を引っ張りまくり、高め合おうとせず勝手に突っ走る「絆? 何それ美味しいの?」を地で行く問題児だった。
「いいじゃないカズマ。クルセイダーってことは強いんでしょ? 断る理由なんてないじゃないの」
一人目は、カズマの左隣に座っている青い羽衣を着た水色の髪を持つ女性。名はアクア。
彼女は『アクシズ教』と呼ばれる宗派が崇める女神で、カズマが元いた世界の、日本の年若い死者の魂を導く仕事をしていた。
何故、女神である彼女が異世界で冒険者をしているのか。その原因は横にいるカズマ──そして(本人は決して認めないが)アクア自身にあった。
死んだカズマと初対面した際、カズマのあまりにもマヌケな死因に耐え切れずアクアは爆笑してしまった。異世界行きを決めて特典を選んでいる時は、ポテチ食いながら退屈そうに待つという舐めくさった態度を取る始末。
当然、それを快く思わなかったカズマは、ほとんど八つ当たりで特典としてアクアを選び、強制的にカズマと共に異世界転生させられた。紛うことなき自業自得である。また、死者を導く仕事は後輩の天使が引き継いだ。
第一印象は最悪だったが、腐っても女神。もしかしたら頼りがいのある仲間になるかもしれない──と思っていたがそんなことはなかった。
能力自体は、最初から上位職のアークプリーストになれるほど高かったものの、話は聞かない、調子に乗る、泣き喚く等、主に性格の方に大きな問題を抱えており、終始カズマの足を引っ張っていた。しかも無駄に食べるわ酒は飲むわで、その姿はまさに穀潰し。寝ているアクアの顔を見て、蹴り飛ばしてやりたいとカズマは何度思ったことか。
女神の品性の欠片もない、カズマ曰く『駄女神』だけでも大変なのだが……もう一人、カズマの頭を悩ませる仲間がいた。
「そうですよ! クルセイダーといえば、攻撃と防御を兼ね備えた矛にも盾にもなる上級者向けの職業です! 是非とも仲間にしましょう!」
アクアと対面する形で座っている、黒マントに黒ローブ、トンガリ帽子と典型的な魔法使いの格好をした、黒髪に赤い目を持ち、左目を眼帯で隠している少女──めぐみん。ふざけた名前に聞こえるが、れっきとした本名である。
彼女は昨日、カズマとアクアが出していた仲間募集の張り紙を見て仲間に志願。高い魔力と知力を兼ね備えたアークウィザードと聞いてカズマの期待は高まったが……蓋を開けば、アクアに負けず劣らずの問題児であった。
彼女は『爆裂魔法』しか愛せない中二病であった。
『爆裂魔法』──膨大な魔力を消費することで超強力かつ広範囲の爆発を繰り出す強力な魔法。しかし消費魔力が高過ぎる故に、発動すらできないか、発動しても一発で魔力がスッカラカンになるかの二択。魔法に精通している者からもネタ魔法と評価を下さていた。
その魔法をめぐみんが習得したところ、幸か不幸か、爆裂魔法を撃つことができてしまった。当然、その後彼女は魔力切れを起こし倒れてしまう。魔力が回復するまでは、魔法を放つどころか動くことすらできないお荷物と化す。
更に、彼女は決して爆裂魔法以外を覚えようとしない。一日一発は爆裂魔法を撃たなければならない身体になってしまうほど、爆裂魔法に魅了されていたのだ。よくもまぁカズマはこのような子を(策略に嵌ったとはいえ)仲間に迎え入れたものである。
話を聞かず突っ走る駄女神に、爆裂魔法を撃てばお荷物になる中二病。このままでは自分の身がもたない。カズマが明日に不安を抱えていた時……そこへ一人の女性が仲間になりたいと現れた。
それが、今カズマの目の前にいる女性──ダクネスである。彼女は昨晩一人でいたカズマにパーティーへ入れて欲しいと声を掛けたが、その時カズマは飲みすぎたと言って話を切り上げた。だが、こうしてまたカズマのもとに姿を見せてきた。
また、ダクネスと一緒にいたクリスから盗賊スキル『
カズマが引き起こした騒動が落ち着いたところで、再びダクネスをパーティーに迎え入れるか否かで話し合いが始まったのだが、彼女の職業は攻守を兼ね備えた上級者向けの職業、
しかし、この場でカズマだけが回答に迷って──否、既に答えは断ることを決めていた。
「(お前らは知らないからそう言えるんだ! この人の……どんな恥辱プレイにも快感を覚えてしまう、隠された本性を!)」
彼は知っていた。ダクネスは、真性のマゾヒストであると。
昨晩、ダクネスがカズマへパーティーに入れて欲しいと志願したのは、彼女が偶然街でグチョグチョに濡れている美少女二人を連れたカズマを見て、一体どんなプレイを二人にしたのか、自分もされてみたいと思ったから。仲間になりたいと言いながら、顔が恍惚に歪んでいるダクネスを見たカズマは、瞬時に彼女がどういう人間なのかを察した。彼女も、アクアやめぐみんと同じ問題児にしかならないと。
その為、カズマは昨晩やんわりと断ったのだが……彼女には全く伝わっていなかったようだ。
「(これ以上俺のパーティーに問題児は不要! 過労死で俺が死ぬ!)」
たとえ周りが歓迎ムードになろうとも、ここで退いてしまっては未来が危うい。カズマは意を決して、ダクネスに断りの言葉を告げようと顔を向ける。
「……あれ? どしたの?」
しかしダクネスは、何かを探すようにギルド内を見渡していた。彼女の様子を見てカズマは首を傾げる。と、クリスが慌ててダクネスに注意した。
「ちょっとちょっとダクネス。今はカズマ君と交渉している最中だよ?」
「あっ……すまない。少し気になってな……今日も『彼』はいないか」
「彼? 誰のこと?」
「私の探し人だ。銀髪のオールバックに、青いコートを着た男なのだが……」
「あっ! それってもしかして、今アクセルの街で噂になっている冒険者ですか!? えっと確か……そう!『蒼白のソードマスター』!」
アクアに尋ねられたダクネスは探し人の特徴を話すと、めぐみんが耳にしていた人物と特徴が合っていたのか、彼女も会話に入ってきた。
『蒼白のソードマスター』──その男は、突然ギルドに現れて冒険者から登録手数料以上の金を巻き上げるという荒々しい登場をしたかと思えば、ステータス診断で信じられない数値を叩き出した挙句、レベル1、無装備、ソロであるにも関わらず、短時間でジャイアントトードを五十匹も倒すという、誰も成し遂げたことのない快挙を無傷でやってのけた。
以降、ギルドには一回だけ採取クエストを受けに姿を見せたが……クエストをクリアして彼が帰ってきた同時期、街の外れにある洞窟の入口付近に、天色のドラゴンの死体が転がっていた。聞けばそれは、特別指定モンスターとして登録されているドラゴンだったという。ギルドの受付嬢が言うには青コートの男が狩ったそうだが、彼が冒険者になったのはつい三日前だったため、信じきれていない者が大半だった。
「あぁ。君は何か知らないか?」
「いえ、私は噂だけしか……でも、特別指定モンスターを倒しちゃうぐらい強いのなら、もうこの街にはいないのではないでしょうか?」
「やはりそうか……できればもう一度会いたかったのだが……」
めぐみんの推測を聞き、ダクネスは残念そうに肩を下ろす。
蒼白のソードマスターの噂は、カズマとアクアも知っていた。といっても、この街に住んでいれば嫌でも耳にするだろう。魔王を倒しうる可能性を秘めた『勇者候補』と呼ばれる冒険者の一人。どんな男なのだろうとアクアが天井を見上げて考えている横で、カズマは──。
「(ケッ、なーにが蒼白のソードマスターだ。どうせ超強い特典武器使いまくりのチートプレイヤーだろ。俺だって……このクソッタレ駄女神さえ連れてこなけりゃあ、俺だってぇ……っ!)」
「……な、なんで私を睨んでるのよ?」
隣に座るアクアへ、親の仇を見るかのような憎しみMAXの視線を浴びせながら、顔も名も知らぬソードマスターに嫉妬していた。異世界ファンタジー生活で出だしから躓き、馬小屋生活で、少ない賃金をやりくりして何とか凌いでいる自分を差し置いて、武器に物言わせるスタイルで無双しているであろう冒険者が、カズマには憎くて羨ましかったのだ。
もっとも、女神を腹いせで連れてきてしまったのは何を隠そうカズマ本人であり、そのことは深く反省しているし後悔もしているのだが。
「ハァ……」
「……ダクネス。多分だけどその冒険者――」
探し人が既にこの街にいないかもしれないと知り、ため息を吐くダクネス。それを見たクリスがダクネスの肩をポンポンと叩き、何かを話そうとした──その時だった。
『緊急クエスト! 緊急クエスト! 冒険者各位は至急正門へ集まってください!』
「──ッ!?」
突然、ギルド内に設置されていたスピーカーからサイレンが鳴り響き、続けて受付嬢の声が響き渡った。突然のことにカズマ達は驚き、席を立つ。
「な、何だ!?」
「そうですか、もうそんな時期でしたか……緊急クエストですよ、カズマ。急いで正門へ行きましょう!」
「えっ!? えっ!?」
緊急クエストの知らせを聞いた冒険者達が慌ただしくギルドから出ていく中、めぐみんがカズマへ呼びかける。いつの間にかアクア達は既に外へ出ており、声をかけためぐみんも外へ走り出していた。突然のことで状況が飲み込めていなかったが、ひとまずカズマはめぐみんの後を追った。
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場所は変わり、正門前。既にアクセルの街に住む冒険者達が集まっており、鬼気迫る表情で前方を見ている。その先には、山の方から物凄い速度でこちらへ向かってくる『緑色の雲』があった。
謎の物体を見て、カズマはゴクリと息を呑む。まだジャイアントトードしか狩れていない新米冒険者の彼だったが、何かヤバイ敵が来ると本能で理解していた。
「何だ!? 何が来るんだ!?」
「皆は私が守る。カズマも私から離れないように」
昨晩の欲望をさらけ出した顔とは打って変わり、ダクネスは真剣な顔つきで周りの冒険者とカズマに呼びかける。
街にいる冒険者が総出しなければならないほどの事態。もしかしたら、自分たちが束になっても敵わない強大な敵が現れるのではないだろうか。
「き、緊急クエストって何だ!? モンスターの襲撃か!?」
緊張で心臓が波打ちながらもカズマはダクネスへ尋ねる。するとそこへ──この緊迫感に似合わぬ気楽な声が聞こえてきた。
「言ってなかったっけ? キャベツよキャベツ」
「……はっ?」
「今年は荒れるぞ……」
「嵐が……来る!」
「えっ?」
木でできたカゴを何故か抱えているアクア。アクアといい周りの冒険者といい、彼等はは何を言っているんだと思いながらも、カズマは目を細めて前方を見る。
雲のように見えていたのは、敵の群衆だった。まるで大群をなす虫のように舞いながら、こちらへ向かってきていた緑色のモンスター。
「キャベキャベキャベキャベ……」
「なんじゃこりゃああああああああああああああああっ!?」
否、キャベツだった。
「収穫だぁああああああああああああああああああああああああっ!」
「マヨネーズ持ってこーい!」
空飛ぶキャベツ達が目前に迫った時、冒険者達は大声を上げて一斉にキャベツ目掛けて走り出した。奇しくもその光景は、生前にネット上の写真や動画で見かけた『コミケ』と呼ばれるイベントで、目的の物を得るために己の全てを懸けて走るコミケ参加者の勇姿と一致しているように思えた。
「みなさーん! 今年もキャベツ収穫の時期がやってまいりましたー! 今年のキャベツは出来がよく、一玉の収穫につき一万エリスです! できるだけ多くのキャベツを捕まえ、この檻におさめてください!」
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「いやちょっと待って!? なんでキャベツが飛んでんの!?」
おかしい。何か色々とおかしい。ツッコミ所は多々あるが、カズマは真っ先にキャベツが飛んでいる摩訶不思議現象にツッコミを入れた。それを聞いたアクアが、静かな口調で説明を始める。
「カズマ、この世界のキャベツは……飛ぶわ。味が濃縮してきて収穫の時期が近づくと、簡単に食われてたまるかとばかりに……街や草原を疾走する彼らは大陸を渡り、海を越え、最後には人知れぬ秘境の奥で、誰にも食べられず、ひっそりと息を引き取ると言われているわ。それならば、私達は彼らを一玉でも多く捕まえて、美味しく食べてあげようってことよ!」
食べられまいと飛んでいくキャベツ達を、冒険者達は全力で狩りにいく。緊急クエストが発令された時のレイドボスを前にしたかのような緊張感はどこへ行ったのか。自分の想像していたビジョンとかけ離れた現状を見て、カズマは真顔で口にした。
「……俺、もう帰って寝てもいいかな?」
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数多くの冒険者がキャベツに意識を向けている中、彼らが待機していた正門城壁の上で、キャベツを見たまま動こうとしない冒険者がいた。天色の刀を立て、銀色の髪と青いコートをなびかせている男──バージルである。
彼はキャベツ祭が始まってから、一切動こうとせず、無表情でキャベツ達を睨んでいる。
「──っと。こんな所で何してんの?」
そんな彼の背後から声をかける者が現れた。冒険者を始めてから四日目。彼のことを知り、気安く話しかけてくる人物は一人しかいない。
「……クリスか」
「折角のキャベツ収穫祭だよ? 参加しないの?」
バージルと同じく銀髪の冒険者、クリス。彼女の声を聞き、バージルは振り返らずに声を返す。先程までクリスはキャベツ回収に勤しんでいたのだが、ふと城壁を見上げると見知った顔が見えたため、キャベツを一玉抱えてバージルのもとへ来たのだった。
「ひと玉一万エリスだよ? 収穫すれば大金持ちに……って、君は既になってたっけ。じゃあ君が参加するメリットはあんまりないか。でも、意外と楽しいよ? ちょっとでもいいから参加してみたら?」
クリスはバージルをキャベツ祭に誘う……が、内心で期待は薄いと思っていた。あのドラゴンと一人で渡り合ったこの男が、キャベツに興味を持つとは思えない。下らない茶番だと思っているのだろうと、クリスは思っていた。
その予想は当たっていた。こんな下らない茶番に付き合うぐらいなら、帰って寝ていたいとバージルは思っていた。
──ついさっきまでは。
「(このキャベツ……かなり数が多い。冒険者に自ら当たっていく攻撃性もある……意外と刀の鍛錬に役立つかもしれん)」
バージルは魔帝に敗れ、ネロ・アンジェロとなってから手にしていたのは、身の丈ほどの長さを持つ大剣のみ。長い間刀を振るっていなかった。もしかしたら、集団の敵を前にした刀での立ち回りも鈍っているかもしれない。このキャベツ達をリハビリに使うのもアリかもしれないと、彼は真面目に考え始めていたのだ。
新しく手に入れた雷刀アマノムラクモの最初の獲物がキャベツなのは少し……否、かなり不服であったが。
「……んっ? どうしたの?」
不意に、バージルが刀に結んでいた下緒を解いたのを見て、てっきり背を向けてアクセルの街に帰るつもりだと思っていたクリスは、不思議そうに尋ねる。対してバージルは、振り返ることなく言葉を返した。
「気が変わった。少しだけ遊んでいってやろう」
「えっ?」
それだけ伝えるとバージルは地面を蹴り──人間とは思えない跳躍力で城壁から飛んでいった。
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「なんでっ! 俺がっ! こんなことをっ!」
その頃一方、キャベツ祭に参加していたジャージ姿の新米冒険者ことカズマは、文句を言いながらもせっせとキャベツを回収していた。
正直、帰って寝たい気持ちは滅茶苦茶あるのだが、キャベツは一個につき一万エリス。しかも自分が回収した分だけ報酬が得られ、分配されることはない。懐が常に寂しいことになっていたカズマにとっては見過ごせないチャンスだった。カズマは盗賊のクリスから教わったばっかりの『潜伏』を使って気配を消してキャベツに近づき、背後から『
一方で、仲間のアクアは必死にキャベツを追いかけ、めぐみんは爆裂魔法を使う機会を伺っている。皆は私が守ると豪語していたダクネスは、キャベツによって鎧を破壊され、冒険者達にあられもない姿を晒し──とても悦んでいた。
対抗するべく剣を振るってはいるが、驚くことに一切当たっていない。掠りすらしない。命中率がマイナス値いっているんじゃないかと思うほどに当たらない。そんな彼女の姿を見て、カズマは絶対仲間にしてはいけないと心に誓った。
キャベツ収穫祭が始まってから、しばらく時間が経った頃。まだまだキャベツは飛び回っているが、そろそろ佳境だろう。そう思いながらカズマがキャベツを見つめていた時──。
「……あれ?」
その中心に立つ、一人の人間を見た。遠目で見てもわかるほど目立つ銀髪のオールバックに、青いコートを着た男。正門前に集まっていた冒険者の中にはいなかった人だった。いつの間に現れたのか。カズマはキャベツを回収していた手を止めると、目を細めて彼を観察する。
「(……んんっ? ちょっと待て? 銀髪オールバックに青コートって……)」
アクアやめぐみん、ダクネスに負けず劣らずの、どこにいても目立ちそうな容姿──それに聞き覚えがあった。もしや彼は──。
「オ、オイ! あそこにいるのって……!」
「ま、間違いねぇ! 蒼白のソードマスターだ!」
「(やっぱり……!)」
アクセルの街で最も噂になっていた人物──蒼白のソードマスターその人だった。
キャベツにボロボロにされ悶えていたダクネスも、目を見開いて彼を見ている。遠くへ行ってしまったと思っていた探し人が現れ、驚いているのだろう。カズマは一旦キャベツ収穫をやめて、正門の方へ向かう。
カズマが移動している間、男は微動だにしなかった。その姿がよく見える位置に移ったカズマは、再び彼を観察する。
「(ぐっ……! 予想はしていたが、かなりのイケメン……!)」
彼の整った顔立ちを見て、カズマは更に嫉妬心を燃やす。現に何人かの女冒険者が見惚れており、もし自分が爆裂魔法を使えたのなら、是非ともあの男に直撃させてやりたいとカズマは思った。日本人の顔立ちではないことに少し驚いたが、異世界転生を行っていたのは日本だけではなかったのだろう。
男の左手には、青い輝きを放つ剣──カズマが生前の世界で見たことのある武器、刀が握られていた。アレが、この男を最強たらしめているチート武器なのかとカズマは推測する。
「か、カズマカズマ! 噂になっていた冒険者が! 蒼白のソードマスターがあそこにいますよ!?」
「あぁ、俺も初めて見た。で、アクアは珍しく真剣な眼差しで見てるけど……何か知っているのか?」
「あの青色で固められたデザインの服と武器……まさかアクシズ教徒!?」
「全世界の青色好きに謝れ」
「なんでよ!?」
文句を言ってくるアクアをスルーし、カズマは再度彼に目を向ける。彼の周りにはキャベツ達が飛び回っていた。じっとしているだけで何もしてこない彼を不審に思っているのか、中々彼に向かって突撃してこない。
「……あっ!」
しかしその時、勇気あるキャベツが彼に向かって突撃した。思わずカズマは声を上げる。切込隊長のキャベツに触発されてか、複数個のキャベツも追随した。
幾つものキャベツが、彼に向かって一直線に飛んでいく。しかし彼は避けようともせず、キャベツが来るのをじっと待っていた。やがて、キャベツが顔先にまで迫った──その瞬間。
「──フッ!」
彼は左手に握っていた刀を納刀されたまま振り、キャベツを鞘で迎撃した。幾つかのキャベツを叩き飛ばした後、彼は右手で柄を持ち、刀を引き抜く。
「ハァッ!」
鞘からキラリと光る刃が見えた──と思った束の間、彼は既に刀を抜き、前方にいたキャベツを真っ二つに斬っていた。続けて彼は流れるように刀を二度振り、複数のキャベツを同時に斬ると、雷が走っているように見える刃を静かに納刀する。
突如動き出して仲間を屠った男にキャベツ達は狼狽えたが、偶然にも攻撃性の高いキャベツが集まっていたのか、再び彼に向かって突撃した。しかし彼は表情を一切崩さない。
「フンッ!」
キャベツの突撃を軽く避け、背後から向かってくるキャベツを鞘で弾いた後に横で一閃。流れるままに二度刃を振ると、瞬時に刀を逆手に持ち替えて前方のキャベツを斬る。最後は、五個ものキャベツを同時に横へ斬った。
何者も近づくことを許さない神速の刃。仲間が目まぐるしいスピードで切り刻まれていくのを見て、絶対に敵わないと本能が訴えたのか、キャベツ達は彼から逃げるように飛び始める。
納刀していた彼は逃げていくキャベツを視界に捉えると、再び右手で柄を持った。姿勢を低く構えると、キャベツに向かって動き出し──。
「
いつの間にか、彼は逃げ出したキャベツよりも先に立ち、雷纏う刃を納めていた。すれ違ったキャベツ達は、気付かぬ内に真っ二つに斬られていた。
観戦していた冒険者達には、彼が何をしたのか理解できなかった。視認することすらできなかった。
常人にはおろか、高レベルのモンスターでさえも目で追えない神速の居合術──彼の十八番である『疾走居合』を目の当たりにし、冒険者達は口を開けて驚いていた。その一方で、蒼白のソードマスターは次々とキャベツを狩り続ける。
速く、力強く、滑らかに……彼の華麗な剣技を見た冒険者達は、思わずキャベツを収穫する手を止めていた。剣を武器として戦うダクネスは勿論のこと、剣には詳しくないめぐみんやアクアも。そして、先程まで彼に嫉妬の視線を送っていたカズマさえも。
あの男は、チート武器で敵を簡単に一掃するものだとカズマは思っていた。しかし、彼が見せたのは圧倒的な力ではない。見る者を魅了する技だ。またそれは一朝一夕で得たものではなく、長い年月をかけて磨き上げられたものだと、カズマは直感で理解していた。
「……スタイリッシュ」
舞うように刀を振るう彼の姿を見て、カズマは思わず呟いた。
「(だけどシュールッ!)」
相手がキャベツでなければ、ここまでシュール過ぎる光景にはならなかっただろうに。
*********************************
「……フンッ」
しばらくして、青コートの男──バージルは、遠方へ逃げていくキャベツ達を尻目に刀を納めた。
彼の周りには、数えるのも嫌になるぐらいの、綺麗に真っ二つに斬られたキャベツが転がっている。周りに飛んでいるキャベツはおらず、キャベツ収穫祭が終わったことを物語っていた。
今回、バージルは刀を振るう戦闘のリハビリとしてキャベツを相手にしたのだが……意外と得られるものはあった。
まず、自身の剣技は全く衰えていなかった。長いこと刀を握っていなかったが、恐らく身体が覚えていたのだろう。
そして──彼の十八番の一つであった剣技『次元斬』が使えなくなっていた。何度も試そうとしたが、どうにもこの刀ではできそうにない。あの技は、勿論バージルの居合術によるところもあったのだが、閻魔刀の力が大きかったのだろう。
自身の得意技の一つが使えなくなったのは手痛いが、代わりにこの世界では自分の知らないスキルが山ほど存在する。もしかしたら刀のように、次元斬に変わる飛び道具が得られるかもしれない。
次元斬が使えなくなったことをあまり悲観することなく、バージルは正門に顔を向ける。多くの冒険者がこちらを見て固まっていたのだが……その中に一人だけ、バージルに向かって走ってきている者がいた。銀髪にラフな格好の冒険者、クリスだ。
「ハァ、ハァ……もう、いきなり大ジャンプしたかと思ったらキャベツ収穫に参加したからビックリしたよー」
クリスはバージルのもとに辿り着くと、膝に手を置いて息を整える。彼女もまたバージルが魅せていた剣舞に見入っており、ふと我に返った時にはキャベツ収穫祭が終わっていたため、慌てて彼に駆け寄ってきたのだった。
「それにさっきの剣舞。とても冒険者になって四日目の人が見せる動きじゃなかったよ。ていうか、いつの間にそんな武器持ってたの? ドラゴンと戦った時の不思議な光る武器と剣はどうしたのさ?」
「これは先程、鍛冶屋にドラゴンの素材を使って作らせた物だ。今回は、この武器の試し斬りが目的だった。だから以前見せた武器は使っていない」
「……お試しでここまで斬っちゃうのは、多分君くらいじゃないかな」
クリスは苦笑いを浮かべ、周りに転がっているキャベツを見る。これを全部売り払えばどれだけお金が手に入るだろうか。最後はバージルの剣舞で手を止めてしまい、例年よりも収穫できなかったクリスは、大量のキャベツを狩ったバージルを羨む。
それを知ってか知らずか、バージルはクリスに自ら声を掛けた。
「ここに転がっているキャベツは、全て貴様にやる」
「……えっ!? い、いいの!?」
「俺が参加したのは、あくまで試し斬りの為だ。収穫するつもりはない。金には困っていないからな」
予想外の言葉を聞き、クリスは驚いてバージルに振り返る。しかしバージルはクリスに顔を向けずにそう続ける。人が狩った物を総取りしてしまうのは少し気が引けたが、本人がいいと言っているならいいのだろう。クリスはありがたくバージルが斬ったキャベツを収穫することにした。
もっとも、バージルが彼女にキャベツを全部あげた理由は、回収するのが面倒だったからなのだが。
「……ムッ?」
と、その時だった。バージルの耳に何かが迫ってくる音が聞こえ、彼はすぐさまそちらへ顔を向ける。クリスも聞こえていたのか、顔を上げて同じ方向を見る。
二人のもとに駆け寄って来たのは──何故かボロボロになっている鎧を纏った金髪の女性。
「クリィイイイイイイイイイッス!」
「ダ、ダクネス!?」
「(奴は……あの時の女か)」
この世界に来た時に初めて出会った女騎士、ダクネスであった。彼女の姿を見たバージルは、心底興味がなさそうな顔を見せる。
興味のない人物は記憶の片隅にも留めないのだが、彼女は初めて出会ったこの世界の住人であることと、特徴的な外見だったから姿は記憶に残っていた。名前はすっかり忘れていたが。
ダクネスは二人のもとへ辿り着くと、息を整えてから顔をあげる。
「ク、クリス! 何故この者と親しげに話しているのだ!? 仲間だったのか!? 知っていたなら、どうして教えてくれなかったのだ!?」
「お、落ち着いてダクネス!? か、彼とは仲間というより協力関係で……それにさっき酒場で教えようとしたけど、緊急クエスト発令で遮られちゃったから……!」
クリスの肩に両手を置き、ゆさゆさと揺らしながらダクネスは必死に尋ねる。互いに名前で呼び合っている二人を見て、バージルは内心驚いた。
まさか、あの時追っ払った女騎士が、唯一の協力者であるクリスと知り合いだったとは思っていなかった。思わぬ再会を前に、バージルは小さく舌打ちをする。
もしかしたら、場合によってはこの女騎士とも関わり合いにならざるをえないかもしれない。失せろと言った筈なのに、また自分に近寄ってきた、お人好しの女騎士と。
彼が嫌悪感を抱いている中、二人の話し合いが終わったのか、ダクネスはクリスから手を離し、バージルの方へ身体を向けていた。
「まぁいい! それよりもだ! 貴殿に一つ頼みたいことがある!」
「……何だ?」
ダクネスの声を聞いて、バージルは顔だけを彼女に向ける。
といっても、その内容は大方予想が付いていた。恐らく、自分と手合わせしてくれと言い出すのだろう。もしくは私も仲間に入れてくれ、か。
また、答えも既に決めていた。もし勝負を挑んでくるのならば、彼女が持つ剣をへし折る。仲間にしてくれと言うのなら即刻断るまで。
バージルは静かに彼女の言葉を待つ。対してダクネスは胸元に右手を当て、真っ直ぐバージルを見つめて口を開いた。
「私を──あの時と同じように、冷たい目で見下してはくれぬか!?」
「……ッ!?」
その言葉は、バージルの予想を遥かに上回るものだった。いや、斜め上にと言ったほうが正しいか。
冷たい目で見下してくれ。何言ってんだコイツで終わる内容だが、バージルは……彼女の前にいた彼だけは、彼女の目的を理解していた。
ダクネスの顔は、初めて会った時に見せた正統派女騎士とはかけ離れた──まるで餌を待ち焦がれる雌豚のよう。
彼女がそのような顔を見せ、何のために見下してくれと頼んできたのか。それがわからないほど彼は女に疎くはない。が、このような場面に遭遇した経験はなかった。
どう返せばいいのか判断しかねていたバージルは、近くにクリスがいたことを思い出し、助け舟を求める。
「おい、クリ……ス?」
しかし──クリスの姿は影も形もなかった。周りにあるのは転がったキャベツと、未だ息の荒いダクネスのみ。
自分を助けてくれる者がいなくなったのを知り、バージルはゆっくりとダクネスに顔を向ける。もう待ちきれないのか、彼女は一歩バージルへ歩み寄り、それを見たバージルも一歩下がる。
「っ……近寄るな」
「……っ!んんっ……!」
「……ッ!?」
バージルはただ一言。先程までとはまた別の嫌悪感を彼女に抱きながら告げただけで、ダクネスはいやらしい声を上げて両手に肩を回した。思いもよらぬ反応を前に、バージルはただただ驚く。
「あ……あの時の、ゴミを見るような目も良かったが……い、今の……気色悪い物を見るような目も……イイッ……」
ダクネスは両目を閉じ、息を荒くして意味不明なことを呟く。はだけた鎧で頬を染め興奮している彼女の姿は、男冒険者からしたらテメンニグルも即イキリタツものだろう。
バージルは、ダクネスという人間を理解した。そして彼の本能が、心が……魂がこう言っていた。
コイツは『
「その目もイイ……イイのだが、やはり私としては、あの冷たい目で見られる感覚をもう一度味わいたい……できればあの言葉もプラスして──」
しばらくバージルから受けた快感に浸った後、ダクネスは再度バージルに頼みつつ目を開ける。
「……なっ!?」
が、彼女の前にバージルの姿はなかった。ダクネスは慌てて正門方向へ顔を向けると、正門に向かって全力で走り、自分から逃げていくバージルの姿を捉えた。
もう一度言おう。バージルがダクネスから逃げていた。あのバージルが、ダクネスから全力で逃げていた。
あの──幾千万の悪魔を斬り伏せ、悪魔の軍勢を率いる魔帝を前にしても逃げずに立ち向かっていったバージルが、たった一人の女騎士から逃げ出したのだ。
「ようやく……ようやく会えたのだ。今度は絶対に逃がさない!」
正門に集まる冒険者の中に隠れたバージルを見て、ダクネスはすぐさま彼を追いかけ始めた。
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「……あっ、ダクネスがこっち来た」
先ほどのやり取りを遠くから見ていたカズマは、ダクネスがこちらへ全力で向かってきたのを視認する。因みに、蒼白のソードマスターも先程横切って街の中に消えていったのだが、彼の表情はかなり必死に見えた。
「カズマー! 先の青コートの男はどこへ行ったー!?」
「街の中を真っ直ぐ進んでった」
「そうか! ありがとう!」
尋ねてきたダクネスに、カズマは正直に男が去っていった方向を指差して答える。ダクネスは簡単に礼だけ告げると、陸上競技で金メダル狙えるほどのスピードを維持し、青コートの男と同じように街の中へ消えていった。
あの男とダクネスが何を話していたのかは、遠くにいたために聞こえなかった。しかし、必死な表情で逃げる男と、恍惚で歪んだ顔で追いかけるダクネスを見て、カズマは何が起こったのかを悟った。
「(……ガンバレ。蒼白のソードマスター)」
カズマは二人が消えていった街の方へ顔を向け、心の中で蒼白のソードマスターにエールを送った。
挿絵:のん様作
悪魔も逃げ出す女騎士がいた。