プロローグ2「fragment of the nightmare ~悪夢の断片~」
草木の茂った場所の中心で、かち合う軽い音が鳴り響く。
その正体は、打ち合う木剣。剣を握るのは子供二人。澄んだ蒼眼に風でなびく銀髪。鏡映しのような、瓜二つの外見。
「へへっ! これで一点リードだな!」
声を上げたのは、活発な印象を抱く赤い服の子供。得意気に笑い、前方で膝をついていたもうひとりの子供へ剣先を向ける。
「算数もできないのかお前は! まだ同点だ!」
一方は、相反して青い服を身にする子供。元々は掻き上げた髪型であったが、打ち合っている内に髪は下り、赤い子供と同じものに。
彼は木剣を杖に立ち上がり、剣を構える。赤い子供も身構え、しばし睨み合ってから同時に駆け出した。
今日は、双子の兄弟である彼等にとって、年に一度の特別な日であった。
事あるごとに喧嘩する二人。しかし明確にどちらが強いと、決着がついたことはない。故に弟が、今日こそどっちが上かハッキリさせようと持ちかけてきた。
兄はその勝負を買い、こうして打ち合っているのだが……兄が勝てば次は弟が勝ち、弟が勝てば兄が。二点先行ルールにしても決着はつかないまま。
埒が明かない。それは二人もわかっていたが、決して口には出さず、そして退かない。彼等の勝負を止められる者はいないだろう。
──ただひとりを除いて。
「ダンテ、バージル」
互いの木剣が交わる直前、二人の耳に声が届く。二人はピタリと動きを止め、自分達の名を呼んでくれた者へと顔を向けた。
屋敷から歩いてきたのは、赤いストールを纏う金髪の女性。物静かな歩みで近寄ると、包み込むような優しい笑みを浮かべた。
「誕生日、おめでとう」
彼女の手にあったのは、銀色と金色のアミュレット。二人は木剣を放り捨て、我先にと母のもとへ駆け寄った。
嬉々とした表情で、二人は母から誕生日プレゼントを受け取る。弟は銀色を、兄は金色を。
金色の装飾にはめ込まれた赤い宝石。魅了されたように見つめていた彼は、礼を言うべく顔を上げる。
「ありがとう! 母さ──」
──既に、母はいなかった。
隣にいた筈の弟もいない。自分達が住んでいた屋敷もない。
晴れ模様だった空は、今にも雨が降り出しそうな黒雲が立ちこみ、草原は血で染められたかのような水辺に。
少年は、おもむろに視線を落とす。
足元には、生気を失った目で見上げる母の顔が転がっていた。
「……母さん?」
驚きはしなかった。悲鳴を上げることもしなかった。ただただ、理解が追いつかなかった。
やがて、母の顔は血の池に沈む。呆然と立ち尽くしていた彼は、静かに顔を上げる。
瞬間、彼の心臓を一本の槍が貫いた。
槍の勢いは弱まらず、彼の身体ごと後方へ飛ばされ、転がっていた瓦礫に打ち付けられる。血反吐を吐き、鋭い痛みに耐えながらも彼は前方を強く睨みつける。
血の池に蔓延るは、異形の軍勢。力を是とした人ならざる者達。
そして、彼等を率いるように奥で鎮座する巨大な神像。
「無様だな、スパーダの息子」
重く響いて伝わる神像の声。耳にするだけで腸が煮えくり返る憎き者の声。
怒りが抑えられない。少年は刺さっていた槍を自ら引き抜く。
「俺は……まだやれる」
憎悪を募らせ、少年は立ち上がる。引き抜いた槍に代わり、いつの間にか手中にあった抜き身の剣を強く握る。
父から受け継ぎ、己が力とした魔剣。人と魔を分かつ刀──閻魔刀をもって、奴に死を。
「ハァアアアアアアアアッ!」
少年は駆け出した。呼応して、異形の者達が武器を構える。
しかし、有象無象如きで少年は止められない。彼は数多の敵を斬り、憎悪の対象に向かって走り続ける。
身体を斬られようとも刺されようとも、その勢いはとどまることを知らず。やがて彼は高く跳び上がり、諸悪の根源を討つべく魔剣を振るう。
しかし彼の姿は、未だ母を守れなかった弱き少年のままであった。
「グハッ……!?」
幾多の光の槍が彼を襲う。手に力が入らず、魔剣は血の池に落ち、彼の身体は神像の手の中へ。
「救ってやろう、その弱さから」
嫌でも聞こえてくる奴の声。少年の身体は宙に浮かび、辺りを黒い何かが覆い始める。
「心は弱さの腫瘍だ。そら、除いてやろう。自我も記憶も要るまいよ。新しい名をやろう。この魔帝の新たな下僕に」
漆黒はやがて彼の全てを覆う。決して逃れられぬよう、何重にも。
暗い闇の海に落ちていく少年は、天から差す光に手を伸ばす。だが無情にも光は次第に失われ──彼の世界は暗黒に包まれた。
「お前の名は──」