この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第64話「この銀髪少女と初デートを!」

「あそこが王都の冒険者ギルドだよ。冒険者が多いとあってか、建物も大きいね」

「酒場と案内所しかないアクセル支部とは違い、鍛冶屋や鍛錬場、様々な食事処と、施設が充実しているそうだな」

「入ったことは無いからアタシはわからないけど……って、よく知ってるね。初めて来た筈なのに」

「事前準備も兼ねて、観光雑誌に目を通していただけだ」

 

 王都を歩きながら会話を交えるクリスとバージル。多種多様な住民のいる王都だが、それでも銀髪は珍しいのか、街行く人々は二人をチラ見している。

 積極的に話しかけていたクリスだが、二、三回言葉が返ってくるだけで、会話が弾んでいるとは言い難い。もっともバージルの性格を考えれば、十分弾んでいる方なのだが。

 

「(案内役を自分から引き受けたけど、バージルさんが好んでいきそうな場所ってどこだろう……読書を好んでますし、やっぱり図書館? でも折角王都に来て立ち寄るのが図書館っていうのも……)」

 

 互いに無言でいる間を使い、クリスは次にどこへ寄るかプランを立てる。

 思い返してみれば、バージルの趣味嗜好にあたる情報を読書以外全く知らない。強いて言えば戦闘もあるが、果たして趣味といっていいのだろうか。

 やはりゆんゆんを引き止め、彼女の行きたい所に付き添う形が良かったかと後悔しながら足を進める。

 

 と、傍を歩いていたバージルが不意に立ち止まった。

 

「どうしたの?」

 

 振り返り、バージルのもとへ歩み寄るクリス。バージルは言葉も返さず横に視線を向けたまま。気になるお店でも見つけたのかと、クリスはバージルの視線の先を見る。

 道端に他の店と並んで建てられていたのは、バージルのような堅物とは無縁の可愛らしい外装の建物。入り口近くには『カップル限定スイーツやってます』と宣伝が書かれた、花で飾られた立て看板が。

 『喫茶スゥイート甘々亭』──聞くだけで歯が痛くなりそうな名前の喫茶店が、そこにはあった。

 

「なんというか、オシャレなお店が多い王都では凄く攻めてるね。インパクトは抜群だけど」

 

 きっと嫌悪感に満ちた表情でこの店を見つめているのだろう。クリスはそう思いながらバージルの顔を覗くが、彼の表情は特に変わっていない。どころか、少し真剣味を帯びているような。

 どうしたのだろうとしばし様子を伺っていると──彼は表情を変えず、喫茶店へと直行した。

 

「えっ!? ちょ、ちょっとバージル!?」

 

 予想だにしなかった行動を前に、クリスは慌ててバージルの後を追う。彼は追いかけるクリスに目もくれず、迷いなく取っ手を掴んで扉を開けた。

 

「いらっしゃいませー!」

 

 ドアベルの音と共に聞こえてきたのは、受付をしていた店員の、店の外観に相応しい甘々ボイス。クリスも思わず引き気味の表情を浮かべる。

 

「二名様ですかー?」

「あっ、いや、間違えて入店しちゃって──」

「空いている席はあるか?」

「ええっ!?」

「テーブル席が空いてますよー。ご案内しますねー」

「頼んだ」

「えぇええええっ!?」

 

 まさかまさかのバージル希望。クリスがただただ驚く傍ら、バージルは店員に案内されて店の奥へ。受付前で突っ立っているわけにもいかず、クリスもついていく。

 店内にいるスイーツ好きの女性冒険者が、通り過ぎるバージルを二度見する中、バージルは気にせず案内された席に着く。クリスも向かいの席に。

 しばらくして、別の店員が水入りコップとおしぼりを乗せたトレイを片手にやってきた。

 

「ご注文はいかがなさいますかー?」

「この店のオススメは?」

「そーですねー。やっぱり今が旬のイチゴを使ったパフェやタルトですね」

 

 コップとおしぼりを配り終え注文を伺う店員と、バージルは慣れたように言葉を交わす。その様がクリスには信じられず、開いた口が塞がらない。

 と、店員は二人を交互に見る。そして何かを察したかのように「なるほど」と零すと、店員は声を小さくして二人に提案した。

 

「男女ペアのお客様でしたら、カップル季節限定メニューのジャンボイチゴパフェが当店一番のオススメですよ」

「へっ!?」

 

 店員の気遣いとは裏腹に、クリスは声を大にして驚く。男女が二人で喫茶店に。更にはお揃いの銀髪。カップルと思われても不思議ではない。

 クリスは顔を赤らめながらも、すぐさま関係性を否定した。

 

「アタシ達はそんな関係じゃ──!」

「それをひとつ」

「ふぇっ!?」

 

 またしても想定外。バージルがカップル限定メニューを迷いもなく頼んだのを聞いて、クリスは三度驚く。

 店員は「かしこまりました」と営業スマイルを崩さず承ると、奥には帰らずそのまま言葉を続けた。

 

「ではカップルと証明していただくために、男性の方が女性の方へ『顎クイ』をお願いします」

「顎クイ?」

「俯く女性の顎をクイッと上げて、無理矢理目を合わせるモテテクニックです」

 

 未知の単語にバージルが聞き返したのを受けて、店員は簡潔に説明する。

 ちょっと強引だけどドキッとする、主に肉食系やドS系イケメン男子が習得している胸キュンスキル。

 もっとも、バージルのような馴れ合いを嫌う堅物がするとは思えないが──。

 

「面倒な……」

 

 全ては限定メニューのため。バージルは舌打ちを交えながらも席を立ち、クリスのいる隣の席へと移動する。

 

「ちょ、ちょっと──!」

 

 急に迫られアタフタするクリス。そんな彼女を逃すまいとばかりにバージルは窓へ右手をつけてクリスを追い込む。

 顎クイなど彼は知らない筈なのだが、手慣れたものとばかりに壁ドンも使い、空いた左手でクリスの顎をクイと上げた。

 必然的に、クリスの視線がバージルと交わる。目の前で起きている出来事に理解が追いつかず、クリスは思考停止状態でバージルと目を合わせたまま。

 徐々に思考が追いつき、すぐにでも視線を逸らしたくなるほど気恥ずかしくなったが、バージルの瞳に吸い込まれているかの如く視線を動かせない。

 

「……これで満足か?」

 

 やがてバージルの方から離れると、店員に判定を問う。横から二人の顎クイシーンを堪能していた店員は、満ち足りた表情で言葉を返した。

 

「はい! 問答無用で迫る男性に、嬉し恥ずかしだけど目を逸らせない女性のリアクション! 完璧でした! いやー良い物見させていただきました! では約束通り、ジャンボイチゴパフェをご用意致しますねー!」

 

 店員はテンションもそのままに店の奥へと駆けていった。見届けたバージルは小さくため息を吐くと、何事もなかったかのように元の席へと戻る。

 その対面で、顔に熱が残るクリスは両手で顔をパタパタと仰ぐ。更に手元の水を飲んで気持ちを落ち着かせると、言葉を詰まらせながらもバージルへ話しかけた。

 

「そ、その……なんていうか、意外だね」

「何がだ?」

「こういうスイーツ食べるんだなって。見た目的にバージルとは無縁の物だと思ってたからさ」

「人は見かけによらんと貴様も言っていただろう」

 

 クリスとは対照的にバージルは平然とした様子で応え、窓に目を反らす。

 それ以上会話が続くことはなく、クリスも気恥ずかしさ故に彼から目を背けて静かに水を飲む。しばらくして、オーダーを受けた店員がトレイを片手に戻ってきた。

 

「お待たせしましたー。こちらご注文のジャンボイチゴパフェになります」

「う、うわぁ……想像してたより多い」

 

 運ばれてきたのは、パフェ用のガラスコップに目一杯詰められ、かつクリームによって固定することで丁寧に飾られたイチゴのパフェ。

 一人で食べるには余りある量を目の当たりにし、クリスも驚きを隠せないでいる。

 

「スプーンを二つご用意していますので、お二人でお楽しみください。なんだったらお互いアーンをしてもらっても構いませんよ」

「えぇっ!? い、いやいやいやいやっ!? 流石にそこまではしないって!?」

「カップルなんだからいいじゃないですか。顎クイがいけたんですからアーンもいけますって」

「だから、アタシ達はそういうんじゃなくて──!」

 

 グイグイ迫る店員に、クリスは再び顔を赤く染めながらもお願いを断る。騒がしい二人の手前、注文したバージルはというと──。

 

「フム、旬のイチゴも悪くない」

 

 ジャンボイチゴパフェを自分の方へと引き寄せ、独りで堪能していた。

 

「……あのー、お客様?」

「何だ?」

「もしかしてですけど、一人で食べるおつもりですか?」

「俺が頼んだ物だ。当然だろう」

「彼女さんと食べさせあったりとかは──」

「コイツはコイツで頼めばいい」

 

 食べさせあう気は毛ほども無いようだ。バッサリ断ったバージルは、止まっていた手を進める。

 彼がそういう真似をしない男なのはわかっていた。顎クイしたのも、ジャンボイチゴパフェを食べる為に仕方なく、クリスを利用しただけなのだろう。

 にも関わらず、顎クイで独り舞い上がってしまった自分を恥じるように、クリスは残る水をグイッと飲み干すと、力任せにテーブルへとコップを叩きつけた。

 

「すみません! シュワシュワ一杯!」

「ウチの店には置いてませんが……」

「じゃあオススメの飲み物! 何でもいいから!」

 

 

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「ありがとうございましたー」

 

 喫茶店での一時を終えた二人は、店員の別れ言葉を背に店から出る。

 

「まさかタルトやケーキまで頼むなんてね。見てるだけでお腹いっぱいになったよ」

 

 ジャンボイチゴパフェでは飽き足らず、他に数点スイーツを注文していたバージルに、クリスは感心半分呆れ半分といった様子。

 いくらスイーツ大好き女子でも胃がもたれそうな量を平然と平らげたバージルは、独りで何やら考え込んでいる。

 

「(季節限定のスイーツか。メニューに増やしてみるのもいいかもしれん)」

 

 その実態は行きつけのサキュバス喫茶店での新たなメニュー考案なのだが、クリスは特に聞き出すことはしなかった。

 

「さて、少しお腹も膨れたし、次はどこに行こっか」

「貴様に任せる」

「りょーかい」

 

 顎クイイベントを経てもなお、バージルは素っ気なく言葉を返すだけ。クリスはちょっぴり不満げになりながらも足を進める。

 バージルが後ろからついてくる中、クリスは懐から冒険者カードを取り出して習得スキル一覧を眺めた。

 

「(スイーツ作りのスキル……なんて、盗賊職にはありませんよね)」

 

 

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 甘い一時(おやつの時間)を過ごした二人は、王都の街をぶらり歩く。

 先程はバージルに半ば無理矢理付き合わされたため、今度はクリスの用事に合わせることに。

 

「実は服屋さんを探しててね。オシャレ用じゃなくて、潜入時の変装に使えそうな服がないかなーと思って」

「アクセルの街にも服屋はあるだろう」

「うーん、良いのがあんまりなくってさ」

 

 会話を交えつつ服屋を探す二人。しかし歩いてるのは表通りではなく、人口の多い王都でも人通りが少ない裏道。

 クリス曰く、人の出入りが多い店で変装用の服を買うと足がつき、そこから身元を特定される危険性があるため、なるべく王都内でも知られていない服屋がいいとのこと。

 

「けど、こんな所で開けてる店なんてそうそう無いよね……あれ?」

 

 諦め半分で探していたクリスであったが、前方に気になる店を見つける。

 看板は見当たらない。人の出入りも無い。しかしガラス窓の向こう側にはマネキンで飾られた服が確認できる。

 お目当ての服屋が見つかったかもしれないと、クリスは足早にその店へと駆けていく。バージルは何も言わずにクリスの後を追う。

 

「ごめんくださーい」

 

 クリスは声を掛けながら扉を開ける。店内の明かりは点いているため開店しているのだろうが、店主らしき姿は見られない。

 代わりに彼女等の目に映ったのは、ハンガーラックに掛けられた様々な衣服。それもメイド服やタキシード、修道服、更にはモンスターを模したパーカー等、種類は様々。

 服というよりは衣装と言ったほうが正しいか。風変わりな服屋だが、クリスの要望である変装用には使えそうな物が揃っている。掛けられた衣装を眺めながら店内を歩いていると、店の奥から女性の声が。

 

「いらっしゃい。こんなへんぴな店に来てくれるなんて、物好きがいたものね」

 

 来客に言葉を返しながら出てきたのは、黒髪セミロングの女性。見た目の年齢は30代から40代といったところ。

 

「あっ、こんにちわ。ちょっと服を探してて──」

「……んんっ?」

 

 クリスが対話しつつ店主と思わしき人物に近寄る。と、相手の女性は目を細めてクリスを凝視してきた。

 

「え、えーっと……?」

 

 クリスは戸惑いの色を隠せずにいる一方、女性は指で四角を作りつつ様々な角度から、品定めするようにクリスを見る。

 やがて納得したように頷くと、女性はクリスの両肩に力強く手を乗せた。

 

「イイッ! 貴方凄くイイわッ! 最高のモデルよ!」

「えぇっ!?」

「そこの彼氏さん、この子ちょっと借りてもいいかしら?」

「俺はただの付き添いだ。好きにしろ」

「止めようともしないの!?」

 

 我関せずのスタイルで返すバージル。承諾を得た彼女はクリスの手を引いて店の奥へ。クリスはなされるがままに連れ去られていった。

 

 

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 クリスが店主に連行されてから数分後、バージルは独り陳列された衣装を眺める。

 男性が着れそうな衣装もあるが、ほとんどは女性用と思われる。数少ない男性服のコーナーを歩いていると、奥から店主の声が。

 

「やっぱり私の見立てに狂いはなかったわ! そのまま背中を向けて、こっちを振り返ってみて!」

「えっと、こう?」

「素晴らしいわ! 百点満点の角度! 見返り美人!」

「アハハ……そんなに褒められると悪い気はしないね」

 

 何やら二人で盛り上がっている様子。カメラのようなシャッター音も幾度と鳴っている。気になったバージルは声が聞こえた方へ。

 

「あら、丁度良い所に。良かったら貴方の感想も聞かせてくれる?」

 

 バージルに気付いた店主は横にはけると、目の前にあった試着室を手で差す。カーテンは開けられており、そこにはクリスの姿が。

 

「ど、どう……かな?」

「ニホンという遠い国では女性が夏に着ることで有名な、浴衣という衣装よ」

 

 しかし纏っていたのはいつもの服装ではなく、白い生地の上に薄紫色の五弁の花が散りばめられ、紺色の帯で着付けされた、日本における夏の風物詩ともいえる衣装であった。

 クリスは気恥ずかしさの混じった表情で、頬の傷を掻く。一方でバージルはというと、普段とは一風違ったクリスの姿を見てか日本に縁のある衣装を見てか、興味深そうに見つめていた。

 

「気に入ってくれたようね。それじゃあクリスちゃん、今度はこれ着てみて!」

「えぇっ!?」

 

 店主は迷いもなく陳列された中からひとつ衣装を取り、クリスに差し出す。まだまだ衣装替えするつもりでいる店主にクリスは驚く。

 

「クリスちゃんほど色んなコスが似合う人はそうそういないの。お願い! もっと撮らせて頂戴!」

「うぅん……そうやって褒められると弱いなぁ」

「ありがとう! あっ、着替えるからそこの貴方は後ろ向いててくれる? 終わったら声掛けるから」

 

 恥ずかしさはある一方で褒められて悪い気はしなかったクリスは、店主から衣装を受け取る。指示されたバージルは素直に応じて背中を向けた。

 

 

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 しばらくして、試着室のカーテンが開かれる音が。

 「いいわよ」と店主から合図を受けたバージルは振り返り、着替え終わったクリスを見た。

 

「この衣装、恥ずかしいんだけど……」

 

 頭には黒いウサギの耳。身なりは赤と黒を基調とした、カジノのディーラーを彷彿とさせる服装。

 クリスとしては空いた胸元が恥ずかしいのか、片手で隠そうとしている。

 

「うんうん! 普通ならおっぱいが大きくないと合わない服だけど、貴方なら予想通り問題無し! 逆にスレンダーな女性も有りだと思わせてくれる魅力があるわ!」

「そ、そう?」

 

 小さな胸を肯定してくれる褒め言葉に気を良くしたのか、クリスは腰に手を当てて控えめながらポーズを取る。

 バージルが変わらない表情で二人を見つめる中、店主は手に持っていたカメラと思わしき道具で、様々な角度からクリスを撮影していった。

 

 

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「この衣装可愛くて良いね。アタシこれ好きかも」

 

 続けてクリスが着替えたのは、丈が膝より短い紺色のスカートに白いシャツと赤いネクタイ。茶色い靴に黒い長ソックス。

 店主曰く、ニホンと呼ばれる国で未成年の女性が学校で着る、制服というものだった。

 

「銀髪に制服! アンマッチに見えるけど逆にそれが良い! 突如転校してきた謎の銀髪美少女って感じ!」

 

 店主のテンションもヒートアップ。先程より多いシャッター音で制服姿のクリスを撮っていく。

 またクリスもおだてられて上機嫌のようで、アクセサリーで渡されたカバンを肩に担ぎ、さながらモデルのようにポーズを取っていった。

 

 

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「お帰りなさいませ、御主人様……なんてね」

 

 次に試着室から現れたのは、黒を基調としたメイド服を着こなしたクリス。ノリノリでセリフを言いながら、スカートの端を両手で持ってお辞儀する。

 

「ベストマッチ! 王道と言ってもいい銀髪メイド! お世話をしながらもイタズラしてくれそうな茶目っ気のある笑みもグッド!」

 

 興奮が収まらない店主はクリスを褒めちぎりながら撮影を続行。クリスも様々なポーズでカメラの光を浴びる。

 そんな中で彼女はチラチラとバージルに目を向ける。まるで感想を求めんばかりに。一言も喋らずにクリスのコスプレ会を見ていたバージルであったが、ここに来てようやく口を開いた。

 

「先程から気になっていたが、貴様が使っているのは『魔導カメラ』か?」

「こっちはガン無視!?」

 

 メイドクリスよりも店主の持つ魔道具が気になった彼は、店主にそう尋ねた。

 『魔導カメラ』──名前に魔導と付いているが、使い方はカズマやバージルのいた世界にあったカメラと同じ。しかし──。

 

「えぇそうよ。もう年季モノだけどね。これがどうかしたの?」

「魔導カメラはレンタル料ですら高額と聞いているが」

 

 借りる際には高い料金が必要となる。買うとなれば貴族でない限り手が出せない代物。

 しかし、店主は見た目からして貴族とは思えない。庶民の彼女がどうやって魔導カメラを手に入れたのか。

 

「これはね、昔良くしてくれた貴族の人が使っていた物なの」

 

 魔導カメラについて尋ねられた店主は我が子のようにカメラを撫で、懐かしみながら語り始めた。

 

「私がまだ若かった頃ね、コスプレイヤーとして活動していたの。今のクリスちゃんみたいに衣装を着て、カメラに撮られるのが主な仕事よ。聞き馴染みないかもしれないけど、私がいた国ではたくさんのコスプレイヤーがいたわ」

「へぇー。店主さんだったら色んな衣装似合いそうだし、人気も出たんじゃないですか?」

「あら嬉しい言葉。でも現実はそう甘いものじゃなかった。元いた国でコスプレイヤーとして有名になるには、あまりにも壁が高すぎたの。で、紆余曲折あって私は王都に来て、同じようにコスプレ活動をしていたら、私のことを魔導カメラで熱心に撮ってくれる人が現れた」

「その人が、良くしてくれたっていう貴族?」

 

 クリスの言葉に、店主はコクリと頷く。

 

「私にとって初めてのファン。だから私もあの人に気に入られようと色んなコスプレをして、あの人もその度にたくさん褒めながら撮ってくれて……気付けば私達は、コスプレイヤーとカメラマンの関係から、互いを意識し合う男女の関係になっていた」

 

 若かりし頃の恋話を、店主はポツリポツリと語っていく。クリスは温かい眼差しで傾聴し、バージルも横槍は入れず黙って話を聞く。

 しかし、貴族と思わしき人物がこの店におらず、カメラだけが残されている現状を見るに、ハッピーエンドにはならなかったようだ。

 

「でも、貴族が庶民と結ばれるのはご法度だった。あの人は追い出されても構わないと言ってくれたけど、私は彼の人生を狂わせたくなかった。そしたら彼は、せめてこれだけでも持っていて欲しいと、私に魔導カメラを託したの。あれから十年も経ったけど、あの人とは一度も会っていないわ」

「店主さんのカメラは、二人にとって大切な思い出だったんですね」

 

 若干女神モードがオンになっているクリスの言葉に、店主は嬉しそうに微笑む。

 

「流石に三十路超えてコスプレは色々とキツかったから、私もあの人のように撮影を始めてみたの。今まで使ってきた衣装はモデルさんに着せる用に……そうしてできたのが、このお店ってわけ」

「じゃあ、これまでにもお店に来て撮影した人が?」

「数は少ないけどね。写真も飾ってあるわよ」

 

 店主はそう答え、店の入り口方面へ歩き出す。他の来客がどんな衣装を来ているのか気になったクリスは、メイド服のまま店主の後を追う。バージルも黙って二人の方へ。

 出入り口横には掲示板が設置されており、そこに店主の言った通り、様々な衣装を来た来客の写真が何枚も貼り出されていた。

 

「職業病って言うのかしら。素材の良い子を見ちゃうとついつい衣装を着させたくなっちゃって。同じ子でも写真がいっぱいあるでしょう?」

「確かに……この桃色髪の子とか特に枚数が多いですね」

 

 クリスは一つの写真を指差しながら話す。写っているのは、桃色の髪をツインテールにした、自身の可愛い角度を知り尽くしているとばかりに様々なポーズを取っている女性。

 

「その子ならよく覚えてるわ。名前はエーリカちゃん。可愛い服というより、可愛い服を着こなす可愛い自分が好きだからって、自ら衣装をいっぱい着てくれたわ。事実可愛いから私もバンバン撮っちゃった」

 

 印象に残っている客だったのか、店主は名前も特徴もあげて紹介する。写真に移るエーリカの表情も、本気で自分が可愛いと思っていなければ出せないノリノリなもの。

 

「エーリカちゃんと一緒にいた子達も可愛かったわね。このキリッとした表情をしてるのがリアちゃんで、その横にいるのはシエロちゃん。三人は踊り子ユニットとして活動してるそうよ」

「踊り子かぁ。こんなに可愛い子達なら、すぐに人気が出そう」

「貴方も良い目を持ってるわね。まだ世に知れ渡っていないけど、彼女達を導いてくれる先導者がいてくれたら爆発的に人気が出るのは間違いないわ。先走ってサインも書いてもらっちゃった」

 

 踊り子ユニットについて語り始める二人。バージルも踊り子については全く知らなかったが、特に気に留めることもしなかった。

 

 

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「んー、楽しかった。コスプレだったっけ。初めてしてみたけど案外いいかも」

 

 店主に付き合わされる形ではあったが、コスプレを楽しんだクリスは満足げな様子。

 そもそもの目的は潜入に使う服の調達であったが、今回は下見だけで購入は明日となった。

 

「次はどこに行こっか? アタシの用事はもう済んだし、バージルの行きたい所でいいよ」

「ならば図書館を探したい。調べたいこともある」

「やっぱりそこに行き着くんだね……まぁいいけど」

 

 バージルの希望にクリスは気落ちするが、仕方がないと割り切って王都の図書館を探すことに。

 裏通りをそのまま進み、大通りへ出ようと歩いていると──。

 

「待て! 宝石泥棒! 止まりなさい!」

「クソッ! なんて素早い連中だ!」

 

 大通りの方角から騒がしい声が。気になった二人は駆け足で裏通りを進み、開けた道へ出る。

 静止の声を掛けながら走っている騎士二人の前方では、宝石が詰まっているであろう袋を抱えて走る盗賊が二名。懸命に追いかけているが、重い鎧を纏った者が軽装の者を追うのは分が悪く、差を縮められないどころか広がり続けている。

 

「この昼下がりに王都で宝石泥棒を働くなんて、大胆だねぇ」

「貴様が言えたことか?」

 

 バージルの指摘に何も言い返せず、クリスは頬の傷を掻きながら笑う。とそこで、クリスは視線の先にいたある人物を捉えた。

 

「あれ? あそこにいるのって──」

 

 

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「ハッハー! 必死こいて追いかけてきやがるがおせぇんだよ! 歩いても逃げ切れそうだぜ!」

「全くだ! 王都の警備も大したことねぇな!」

 

 宝石泥棒の二人は遠のいていく追手の騎士を尻目に、速度を緩めず道を走る。

 あとはこのまま大通りを進み、五つ先の曲がり角を曲がって裏通りに入りアジトへ直行。もはや勝利したも同然。

 

「おらおらぁっ! ボーッと突っ立ってると怪我すっぞ!」

 

 声を荒げながら大通りを突っ走る二人。街行く住民は驚きながら思わず道を開けていく。

 そして四つ目の曲がり角手前、男達はラストスパートとばかりに速度を上げる。阻むのは、道の真ん中を歩いていた冒険者と思わしき人物達。

 中でも一番背の小さい、銀髪の少女に目を付けた男は、その少女を脅しながら接近していく。

 

「退きな嬢ちゃん! さもなきゃこのナイフでブスリと──」

「やぁっ!」

「ゲブフォッ!?」

 

 が、その選択は過ちであった。よりにもよってその少女から、振り向きざまのハイキックを右顔にプレゼントされてしまった。

 華奢な身体から繰り出されたとは思えない、体重の乗った蹴り。脳を揺らされた男は走ってきた勢いを殺され、そのまま横へと蹴り飛ばされた。

 

「んなっ!? テメェよくも俺の仲間を──!」

 

 もうひとりの盗賊が怒ってナイフを抜く。しかしその時には既に、銀髪の少女は男の懐へと潜り込んでいた。

 

「たぁっ!」

「ぐふっ……!?」

 

 少女は右ストレートを男の鳩尾に一発。先程の蹴りと同じく、少女のものとは思えない一撃に男は悶え、思わず宝石の入った袋を手から離して地面に膝を付ける。

 一方で少女は男の背後に回り込むと、左手で首を、右手で背中を押し、両手を背に回させつつ男をうつ伏せの形で倒した。蹴り飛ばされた方の男は他の冒険者が確保していたが、未だ気絶したまま。

 

「──ふぅ」

 

 レックス達と王都を歩いていたゆんゆんは、偶然鉢合わせた逃走中の盗賊を見事に迎撃した。一部始終を見ていた周りの住民からは、華麗に撃退したゆんゆんへ拍手が送られる。

 注目されて恥ずかしくなり、ゆんゆんは顔を俯かせる。やがて騎士達がその場に到着し、盗賊の身柄は拘束された。

 

「ご協力、大変感謝致します。この事は上の者に伝え、必ず謝礼をお渡しします」

「だ、大丈夫ですから!? 咄嗟に手が出ちゃっただけなので──」

 

 手をブンブンと振り、謝礼を断るゆんゆん。騎士達は深くゆんゆんに頭を下げると、捕まえた盗賊を連れてその場を去った。

 少し疲れたと彼女は息を吐く。と、自分達のもとへ駆け寄ってくる見知った人物が。

 

「ゆんゆんちゃん! 大丈夫!?」

「あっ、クリスさん! 先生も!」

 

 別行動をしていたクリスとバージル。自分から離れていったのだが、寂しさを感じていたゆんゆんは、二人の姿を見て安堵を覚える。

 

「言っただろう。奴は自衛の術を持っていると」

「確かにそうだったけど、心配なものは心配なの! とにかく、怪我がなくてよかったよ」

 

 無事を確認したクリスは、ゆんゆんの頭を優しく撫でる。ゆんゆんは照れて俯いているが、少し嬉しそうにはにかんでいた。

 とそこに、ゆんゆんと行動を共にしていたレックスとソフィが駆け寄ってきた。

 

「お前、そんなに強かったんだな。見ててビックリしたぜ」

「アークウィザードらしからぬキックとパンチだったわね。レックスでも勝てないんじゃないかしら」

 

 出会った頃はアークウィザード然としていたのだろう。ギャップのあったゆんゆんの勇姿に、二人は驚きを隠せずにいる。

 

「二人とも、ゆんゆんちゃんの付き添いありがとう。こっちはもう大丈夫だから」

「お、おう。観光案内しかしてやれなかったけどな」

「じゃあね、ゆんゆんちゃん。またどこかで会いましょう」

 

 お役御免となった二人の冒険者は、ゆんゆんに別れを告げてその場から去っていった。

 合流したゆんゆんはバージル等と行動を共にすることに。ひとまず彼の探している図書館へ行くべく、足を進めた。

 

 

*********************************

 

 

 何事もなく図書館に行き着いた三人だったが、バージルは長くなるとのことで独り図書館で籠もることに。

 彼を待つだけでは暇だったので、クリスはゆんゆんと王都の街を歩くことに。無口なバージルと違い、ゆんゆんは積極的に会話を弾ませてくれたので、クリスも楽しく二人の時間を過ごした。

 

 それからあっという間に日は落ち、夕方。図書館を出たバージルを迎え、三人は近くの宿へ。

 クリスとゆんゆんは二人部屋に、バージルは一人部屋での宿泊に。その後夕食も入浴も済ませたクリスとゆんゆんは、宿泊部屋にあるベッドに座り寛いでいた。

 

「初めての王都、どうだった?」

「アクセルの街やアルカンレティアよりも人がいっぱいいて、レックスさん達と危うくはぐれそうにもなりましたけど、この髪のおかげかすぐに見つけてもらえて、色んなお店や観光名所に案内してもらいました!」

「そっかそっか。楽しんでくれたようで何よりだよ」

 

 ゆんゆんの話を親身に聞くクリス。二人とも寝間着に着替えており、後は寝るだけの状態。

 しかし、女の子二人のパジャマトークはそう簡単に終わらない。

 

「クリスさんは、先生との観光どうでしたか?」

「えっ?」

 

 ゆんゆんからの質問を受け、クリスは今日の出来事を振り返る。

 冒険者ギルドを案内し、次に喫茶店……とそこで顎クイを思い出し顔が火照るも、誤魔化すように襟口を掴んで仰ぐ。

 

「観光になったのかなぁ。一緒に行けた施設は三つぐらいで、喫茶店なんかアタシは無理矢理付き合わされたし」

「あぁ……先生、スイーツ好きですからね」

「そうそう。自分のばっかり頼んでアタシには一口もくれないんだよ? 別に期待はしてなかったけど、ちょっとぐらい気を遣ってくれても……って、ゆんゆんちゃんバージルのスイーツ好き知ってたの!?」

「はい。私がスイーツの話をしてたら、前のめりになるほど食いついてくれて。よくアクセルの街にある行きつけの喫茶店で嗜んでるらしいですよ。場所は教えてくれないんですけど」

「へ、へぇー……」

 

 ゆんゆんは楽しそうに初耳バージル情報を話す。自分には一度も話してくれなかったのにと不満を覚えたが、バージルにとっては聞かれなかったから話さなかっただけであろう。

 バージル行きつけの喫茶店。気になったクリスは今度こっそり尾行してみようと考えたが、彼にはすぐに見破られそうだと思い、却下した。

 

「あ、あの……単刀直入に聞いてもいいですか?」

 

 と、ゆんゆんが改まった態度でおずおずと尋ねてきた。急にどうしたのだろうとクリスは思いながら、ゆんゆんと顔を合わせる。

 すると、ゆんゆんは姿勢を前のめりにし、紅い目を輝かせながら言葉を続けた。

 

「クリスさんと先生って、やっぱりそういう関係なんですか!?」

「……へっ?」

 

 ゆんゆんから発せられた質問。クリスは一瞬何を言っているのか理解できなかったが、時間を置いてその意味を理解すると、彼女の顔に再び熱が。

 

「もう! ゆんゆんちゃんまで! アタシとバージルはそんなんじゃないってば!」

「そうなんですか? とってもお似合いな二人だと思うのに……たびたび無茶な真似をする先生を、大丈夫だとわかっていても心配するクリスさんが寄り添って──」

「ストップストップ! 本人がいる目の前で妄想を始めないで!」

 

 両手を胸の前で重ねて空を仰ぎ、仲睦まじい二人を想像するゆんゆんだったが、クリスの声でハッと我に返る。

 疲れたように息を吐いたクリスは、気になっていたことを尋ねた。

 

「もしかして、アタシとバージルを二人きりにさせたのも?」

「えへへ……実は、キューピット役にも憧れてて……」

 

 王都に到着してすぐに見せた、ゆんゆんの突飛な行動。積極的には自分の意見を出そうとしないのが彼女だとクリスは思っていたので、珍しい行動だった。

 しかしこれまでの話を聞いて、彼女の行動に納得がいったクリスは再びため息を吐く。

 

「恋のキューピットがしたいなら、アタシ達じゃなくて丁度いい二人がいるじゃん。ほら、カズマ君とめぐみんちゃん。最近二人良い感じじゃない?」

「ら、ライバルであるめぐみんの恋を応援するのはちょっと違うというか……応援したら自分が負けを認めてしまうような……」

 

 ライバルだが親友でもある。身近にもそんな関係性の人がいたなと、クリスは先輩女神の姿を思い浮かべる。

 時には仲良く喧嘩して、時には協力して……その関係を少し羨ましく感じながらも、彼女は別の話題を振った。

 

「ちょっと気になったんだけど、ゆんゆんちゃんといる時のバージルってどんな感じなの? よかったら教えてくれない?」

 

 あくまで純粋に気になったから。そうクリスが言い聞かせている前で、ゆんゆんは先程のキューピット云々を引きずっているのか目を再び輝かせると、喜んでとばかりにバージルとの話を語り始めた。

 

 

*********************************

 

 

 同じ宿、クリス達とは階の違う一人部屋。

 バージルはコートを脱いだ軽装で、ベッドに仰向けで寝転がっていた。しかし眠りはせず、天井の照明をじっと見つめたまま。

 

 街でゆんゆんと合流した後、クリス等と別れて図書館に出向いていた彼は、直近の問題である悪夢について調べていた。

 悪夢を見せるモンスターや呪い、魔導具等と目を通していったが、解決の糸口は見つからなかった。ついでにスパーダの伝承や元いた世界の悪魔についても調べたが、どの書籍にも記されておらず、どれも徒労に終わった。

 夕食も風呂も済ませたのでさっさと寝ようと思っていたのだが、例の悪夢を考えると眠る気が起きない。バージルは思わず舌を鳴らす。

 

 目覚めの悪い夢を見るとわかっていていながらも眠るよりは、寝ない方がマシだ。半人半魔なので、一夜二夜起き続けていても何ら支障はない。

 こんな事なら暇つぶし用に幾つか本を持ってくればよかったと後悔していると、部屋の外から駆け足で廊下を走る音が。

 徐々に音は近付いてくる。こちらに向かってきていると見たバージルは、上体を起こして待っていると──他の宿泊客など知ったことかとばかりに扉がバンと開かれた。

 

「バージル! 君はゆんゆんちゃんになんて危険な授業つけさせてんのさ!?」

 

 入ってきたのは別室にいる筈のクリスであった。後ろからは追いかけてきたゆんゆんが。

 

「いくら魔力に長けた紅魔族といっても人間なんだよ!? 君の基準に合わせてたら命が幾つあっても足りないから!」

「部外者である貴様に授業内容をとやかく言われる筋合いはない」

「だったら今から保護者代理として言わせてもらうよ! もっと授業の難易度を下げて!」

「一応はゆんゆんのステータスに合わせて課題を与えてやっているつもりだが」

「それでもだよ! 崖から落とすにも限度があるから! 君がやってるのは人間界から魔界に落としてるようなもんだからね!?」

「大丈夫ですよクリスさん! 私はなんとかついていけているので──」

「いいやダメだよゆんゆんちゃん! 命を落としたら元も子もないんだから! こういうのは第三者がビシッと言ってやらないと!」

 

 クリスは決して引き下がろうとせず、ゆんゆんの授業内容についてバージルに文句をたれ続ける。

 鬱陶しそうな顔を見せるバージルに、ガミガミと怒り続けるクリス。仲裁すら許されなかったゆんゆんは二人の姿を、どことなく両親に似ていると思いながらも見守った。

 二人の言い合いは、隣の宿泊客に怒鳴られるまで続いたという。

 

 




もしタイミングがあったら、何かのエピソードか番外編かでこのファン勢も出せたらいいなと。
ダニエルとチャーリーは無理そうだけど。

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