この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第69話「この戦線で共闘を!」

 不穏な事態を表すように、暗雲が空を覆う王都の夜。

 その中心である王城の門前。魔王軍襲来警報を聞きつけた冒険者達が、そこに集められていた。

 集いし冒険者は、王都で活躍する高レベルの猛者ばかり。その中に、バージルとゆんゆんの姿もあった。

 慣れない人混みにゆんゆんが忙しなく周囲を見渡している横で、バージルは腕を組んで静かに待っている。

 やがて、二人の前に王都のギルド職員と思わしき女性が歩み寄ってきた。

 

「では、冒険者カードの提示をお願いします」

 

 職員の指示に従い、バージルとゆんゆんは冒険者カードを取り出して渡す。

 冒険者に協力を仰いだが、相手は魔王軍。危険な戦いになることは必至。その為、上級職でない限りレベル30以下の者は参加を認められないと職員から説明を受けていた。

 

「ありがとうございます。お二方の活躍に期待しております」

 

 バージル、ゆんゆん共に上級職。条件が満たされていたのを確認した職員は、二人に冒険者カードを返却した。

 ゆんゆんがペコリと頭を下げる傍らで、バージルは言葉を返さず冒険者カードを取って懐にしまう。

 

「貴方はもしや、バージル殿か!?」

 

 とそんな時、彼に声を掛ける者が。二人はそちらに顔を向ける。

 彼等のもとに歩み寄ってきたのは、青い鎧に身を包んだ金髪碧眼の女性騎士。王女の付き人、クレアであった。

 

「何故貴方がここに……もしや、王都へ拠点を移すと考え直してくださったのか!」

「都合の良いように解釈するな。観光がてら立ち寄っていただけだ」

「そ、そうだったか……」

 

 喜ぶクレアに水を差すようにバージルは答える。早とちりをしたクレアは少し落ち込んだが、すぐに切り替えて言葉を返した。

 

「しかしバージル殿がいれば心強い。活躍を期待している。それと……隣にいる子は?」

「は、はい! 私は……じゃなかった! わ、我が名はゆんゆん! 紅魔族随一の魔法の使い手にして、バージル先生の教えを習う者!」

 

 視線が合い、ゆんゆんは忘れずに紅魔族流の挨拶で名乗った。耐性のなかったクレアは面食らった表情を見せたが、はたと気付いたようにゆんゆんへ尋ねてきた。

 

「君が、街で盗賊を捕まえたという銀髪の少女か?」

「えっ? ど、どうしてそれを──」

「ある騎士が熱心に語っていてな。華奢な少女が大柄な盗賊を蹴りと拳で、それも一撃で仕留めたと。どんな人物か気になっていたが、まさか魔法を得意とする紅魔族だとは……」

「あ、えっと……盗賊を捕まえられたのは、体術が得意だったっていうのと、先生に鍛えてもらったおかげでして……」

 

 バージルの授業、魔王軍幹部との戦いを経て実力は身に付いていたが、ぼっち気質は変わらぬまま。ゆんゆんはクレアに目を合わせず、尻すぼみな声で答える。

 弟子を取っていることが意外に思ったのか、クレアは少し驚いた表情でバージルを見る。だがバージルは何も答えず。

 

「話を聞いた上でも、にわかに信じ難いが……どちらにせよ、紅魔族のアークウィザードは貴重な戦力だ。職員の説明にもあったように、討伐数に応じて報酬も出す。頑張ってくれ」

「は、はい!」

 

 期待を込めて言葉を送るクレア。ゆんゆんは背筋をピンと伸ばして返事をする。クレアとは初対面。人見知りな彼女にしては頑張って話せたほうであろう。

 バージルは彼女等からそっぽを向き、集まる冒険者を一瞥する。その中にクリスの姿はない。人が出張っている今を好機とし、情報収集に勤しんでいるのか。あるいは、もう一つの役職の為に空の上で待機しているのか。

 

「……むっ? 何やら騒がしいな」

 

 とその時、クレアが遠方に顔を向ける。バージルとゆんゆんも気になり同じ方向を見ると、何やらギルド職員と冒険者が揉めている様子。

 クレアはツカツカと騒ぎの中心へ向かう。二人にとっては関係ない事なので無視しても構わなかったが……揉めている冒険者は、二人もよく知る人物であった。

 

「ど、どうしましょう?」

「なるべく顔を合わせたくないが、戦場で遭遇して変に絡まれるよりは、今の内に会っておいた方がいいかもしれん。話なら奴が合わせてくれるだろう」

 

 迷った挙げ句、二人も出向くことに。リスクを考えれば下手に動かないのが安牌であるが、バージルは直感に従い、クレアが向かった先へ歩いていった。

 

 

*********************************

 

 

「ですから、説明で申し上げた通り上級職でない方はレベル30以上でないと参加を認められませんので、カズマ様には街の防衛を手伝っていただけたらと──」

「そこを何とかお願いしますよ! 確かにレベルはまだ20台の冒険者ですけど、上級職であるコイツ等のリーダーを担っているんです! それはもう上級職とほぼ同義でいいんじゃないですか!?」

「カズマ、悔しい気持ちはわかるがどうにもならないことはある。私達を心配してくれているのは嬉しいが──」

「ねぇねぇダクネス。きっとカズマさんは心配なんかしてないと思うの。なんだったら私達をダシにして交渉してるのがイラッとくるんですけど」

「しかし、私達が基本カズマの指示で動いているのも事実です。カズマの言い分もわからなくはないかと……」

 

 騒いでいたのは、カズマを中心とするアクセルの街随一の問題児軍団であった。人目も気にせず騒ぎを起こす四人を見て、バージルとゆんゆんは呆れたように息を吐く。

 そんな彼等のもとへ真っ先に辿り着いたクレアは、カズマとギルド職員の間に割って入るように発言した。

 

「構わない。その男は数々の功績を上げた腕利き冒険者だ」

「クレア様……」

「サトウカズマ。お前の活躍には、貴族の者達も注目している。今回の功績次第では、処遇を考え直してやってもいいだろう。功績を挙げられたら、の話だがな」

 

 二人の間に一体何があったのか。バージル等には見せたことのない、厭味ったらしい顔でカズマへと告げ、その場から離れていった。

 カズマが今にも背後から『スティール』を放ちそうになっている横で、めぐみん達がバージル、ゆんゆんの存在に気付くと、こちらに歩み寄ってきた。

 

「誰かと思えば、紅魔族の長を目指す者でありながら紅魔族とは思えないカラーに身を染めて、紅魔族随一の変わり者の名をほしいままにしているゆんゆんではありませんか。どうして貴方が王都に?」

「変わり者って言わないで! 私は、先生が王都へ観光に行くって聞いたから、課外授業も兼ねて一緒についてきたのよ」

 

 紅魔族同士で話し合う二人。その後、一日一爆裂を王都でも行っていることについてゆんゆんは詰め寄ったが、めぐみんに反省の色は見られなかった。

 そして、忘れてならないのがもうひとり。

 

「フフフ……こんなに早く再会できるとは思わなかったぞ。さぁ! もう一戦といこうではないか! バージル!」

 

 見ようによっては醜く、色っぽくもある息の荒い表情で、いつでも来いと両手を広げるダクネス。

 周りの冒険者は引いた様子でダクネスを見ているが、もはや彼女の目にはバージルしか映っていない。

 否が応でも言葉を返さなければならない状況。これにバージルは、ダクネスの後方にいる人物へ視線を送ってから口を開いた。

 

「カズマ、コイツは何を言っている?」

「バージルさんが出てきた夢を、現実で起きたと本気で思い込んでる可哀想な子なんです。そっとしてやってください」

「んなっ!?」

 

 バージルの予想通り、カズマも一芝居打ってくれた。ダクネスが驚嘆する傍ら、アクアも近寄って口を挟む。

 

「ダクネス……本人も巻き込むのは流石に良くないわよ。ごめんねお兄ちゃん。ウチのダクネスが迷惑かけちゃって」

「ま、待ってくれ! 本当に会ったんだ! なぁバージル! 今のは嘘だろう!? 照れ隠しなんだろう!?」

「貴様の夢に出てきた俺は、さぞ悪夢のような苦しみを味わっただろうな」

「ほらダクネス、もう満足しただろ? 本人が違うって言ってんだから、いい加減夢自慢は終わりにしようぜ」

「そんな筈は……まさか、本当に夢だったのか……?」

 

 周りから夢だと諭され、本人もそう思い始めた様子。アクアまで乗ってきたのは予想外であったが、恐らくダクネスの証言が周りから信じられていなかったのであろう。

 昨日の問題はどうにかなりそうだと息を吐くバージル。と、アクアがダクネスを構っている所を見計らってカズマが近寄り、バージルに耳打ちしてきた。

 

「バージルさん、実は頼みがありまして……」

「何だ」

「さっきのイヤミ女が言ってましたけど、訳あって俺は功績をあげなきゃいけないんです。なので、それに協力してくれたらなーって」

「……いいだろう。貴様には借りがある」

 

 カズマの依頼を、バージルは二つ返事で承諾した。義賊の正体を握られている以上、カズマの方が優位な立場にある。

 それをカズマも理解しているようで、バージルがアッサリ引き受けたことに驚きはしなかった。

 

 

*********************************

 

 

 王都郊外、平原地帯にて。

 

「目的は魔王軍の撃退及び討伐だ! 騎士団と合流し加勢せよ! 進め!」

 

 指揮を取るクレアの声に呼応し、増援の冒険者達が武器を掲げて鬨の声を上げる。その勢いのまま、彼等は地を駆け出した。

 魔王軍との交戦地では、先行していた騎士団が既に戦っている。鎧を纏った王都の騎士達に、ゴブリン、コボルト、スケルトンなど多種多様な魔王軍。そこに冒険者が加わり、交戦は熾烈を極める。

 そんな、松明の炎によって赤く照らされた夜の戦場を、弓兵や魔法部隊が待機する高台にて見下ろす銀髪の冒険者が二人。バージルとゆんゆんである。

 

「人とモンスターでいっぱいですね.....めぐみんが血迷って爆裂魔法撃ち込まないか心配だなあ」

「爆裂狂いな奴のことだ。虎視眈々とチャンスを狙っているやもしれん」

 

 騎士団、冒険者、魔王軍で埋め尽くされた戦場を見下ろし、二人は会話を交える。

 

「戦力は向こうが上のようだが、貴様はどう見る?」

「冒険者の合流で、今はこちら側に勢いがあります。押し切れば勝てそうですけど、消耗は大きいでしょう。もしもそれが敵の狙いで、増援が控えていたとしたら……最悪の状況になりかねないかもしれません」

「ならばどうする?」

「消耗を最小限に抑える為に、魔王軍を指揮しているリーダーを倒して、撤退させるのがベスト……ですか?」

 

 部隊を率いる者の討伐、及び撃退。言うのは簡単であるが、即ち敵の多い場所へ乗り込むということ。無策に飛び込めば返り討ちに遭い、戦況を悪化させかねない。

 余程実力に自信のある者でなければできない手段。だがゆんゆんには、それを実行できる程の実力と勇気を兼ね備えていた。

 

「おい! アンタ達増援の冒険者だろ!? そんな所で突っ立ってないで加勢に向かってくれよ!」

 

 弓を放っていた弓兵の男が二人へ促す。悠長に喋っている暇はないと悟り、バージルはゆんゆんへ言葉を返した。

 

「特に何も言わん。貴様の好きに戦え。俺は俺で動く」

「わ、わかりました!」

 

 指示を受けたゆんゆんは、腰元の短剣を抜く。そして足を踏み出し、高台から身を投げ出した。

 生身の人間が落ちれば、骨折どころか命を落としかねない高さ。隣で見ていた弓兵は目玉が飛び出るほど驚いていたが、バージルは気にせず別の所へ視線を移す。

 

「奴は……あそこか」

 

 バージルが向かえばあっという間に終結する戦いだが、彼にその気はない。敵の大将以外に目ぼしいターゲットはいないが、それはゆんゆんともう一人に任せる考えでいた。

 その為、彼は頼まれていたサポートをするべく、カズマの位置を視認する。どうやら仲間とは別行動を取っており、愛刀ちゅんちゅん丸を片手にコボルトを追い回していた。

 少しでも戦果をあげるべく奮闘しているようだが、彼が向かうその先には──。

 

「世話の焼ける奴だ」

 

 バージルはため息を吐き、刀の緒を解く。そしてゆんゆんと同じように高台から飛び降り、弓兵を再び驚かせながら落ちていった。

 

 

*********************************

 

 

 冒険者、騎士団、魔王軍が入り乱れる戦場。その中に、レベルの伴わない冒険者である佐藤和真もいた。

 王都での生活を経て、彼にとって一国の王女でもあり妹のような存在となったアイリス。彼女と少しでも一緒に時を過ごしたい。その為には、ここで討伐数を稼ぎ、戦果をあげなければならない。

 しかし、まだレベル20台前半の自分が魔王軍の強敵を狩れる筈もなく。そこでカズマは、中でも雑魚に分類されるコボルトに目をつけた。

 

 『潜伏』を使って動き、単独行動をしていたコボルトを発見。今更コボルト如きで遅れを取るカズマさんではないと、腰元に据えたちゅんちゅん丸を抜いて交戦。

 勝てないとわかってか、コボルトは背を向けて逃げ出した。みすみす逃すわけにはいかないと、カズマはコボルトを追い回す。

 目先の手柄に意識を削がれ、行く先が何処なのか想像すらせずに。

 

 

「アハハ……こ、こんにちわ」

 

 戦場には似つかわしくない呑気な挨拶をカズマはかわす。しかしその声は震えており、冷や汗もダラダラと流れている。

 彼の眼前に広がるのは、追い回していたコボルトが一匹、二匹、三匹……数えるのも億劫な、コボルトの軍団。

 相手は様々な獲物を持ち、にじり寄ってくる。対するこちらは、特に何の能力もない刀一本。使えるスキルは数あれど、敵を一掃できるド派手な物は無い。

 単独行動で突っ走っていたため、能力だけは高い仲間もいない。

 

「もうそちらのお仲間を追いかけたりはしませんので……見逃してやってくれませんかね?」

 

 乾いた笑い声を交えながら、カズマはコボルト達へ交渉する。たとえ相手に言葉を理解する知能が無くとも、何となくで察してくれるかもしれない。

 微かな希望を抱くカズマに対し、コボルト達は一度仲間同士で顔を見合わせ、意見の一致を確かめるようにコクリと頷く。

 そして、カズマの言葉に返答するように──彼等は武器を掲げ、一斉に襲いかかった。

 

「チクショオオオオオオオッ!」

 

 勝てるわけがない。彼に待つのは、コボルトの集団から袋叩きにされて迎える死のみ。

 その未来を悲観し、カズマは泣き叫びながら頭を抑えて身を屈める。

 

 が、訪れる筈だった未来を捻じ曲げるように、彼は現れた。

 

Scumbag(クズ共が)

 

 カズマの目前に迫ったコボルトに、青白い雷光が走る。彼等は時を止められたかのように静止し──束の間、毛深い肉体は血を吹き出しながら真っ二つになって崩れ落ちた。

 突然のことに、後方で待機していたコボルト達がどよめく。一方でカズマは、聞き馴染みのある声を聞いて、ハッとした表情のまま顔を上げる。

 

「欲に眩み、選択を誤るとは貴様らしくもないな」

 

 刀を納め、こちらを見下ろしているバージルの姿を見た。

 

「ばぁじるさぁああああん! ありがとうございますぅうううううううう!」

「喧しい。顔を近付けるな」

 

 涙と鼻水でグチャグチャになったカズマを、バージルは汚らわしそうに手で抑える。あの時貸しを使ってサポートを頼んでいなければ、今頃彼は女神エリスのもとへ導かれていたであろう。

 カズマは鼻をすすり涙を腕で拭う。彼がいれば百人力。あれだけ恐ろしく思えたコボルトの軍勢も、今や雑魚の集まりだ。

 

「おらかかってこいやコボルト共! 一匹たりとも逃さねぇからな! 覚悟しやがれ!」

 

 まさに虎の威を借る狐。カズマは態度をガラリと変えて刀を差し向ける。調子のいい奴だと呆れてか、バージルは何も言わず自らコボルトのもとへ歩み寄る。

 突如現れては仲間を纏めて葬った剣士を前に、コボルト達は狼狽える。だがそれよりも仲間への思いが勝ったのか、二匹のコボルトが剣を片手に飛び出した。

 

「巣で見かけた奴等より知能はあると思っていたが、見当違いか」

 

 バージルは素早く刀を抜き、ほぼ同時に左右から襲いかかってきたコボルトの剣を弾く。そして左側にいたコボルトの身体を、逆袈裟で斬りつけた。

 刃先であったため致命傷には至らず、コボルト二匹は距離を取る。バージルは周りを囲んでいたコボルトを一瞥し、挑発的な笑みを浮かべる。

 

「『愚者は愚者らしくしていた方が賢明だ』」

 

 言葉は理解できずとも意志は感じ取ったのか、数匹のコボルトがバージルへと襲いかかった。バージルは刀を抜き、敵を迎え撃った。

 

「グルル……」

 

 数では勝っている。しかし相手の剣士はそれを物ともしない。コボルト達は理解が追いつかない現状に戸惑うばかり。

 果敢に剣士へ立ち向かう仲間の後方で控えるコボルト達は、固唾を呑んで見守っている。

 先程まで追い詰めていた、貧弱そうな冒険者の存在など忘れて。

 

「『ドレインタッチ』!」

 

 声が聞こえた時にはもう遅い。一匹のコボルトが後ろから首を掴まれ、魔力と生気を吸い上げられた。

 やがて、背後に回っていた者は手を離す。敵襲を受けたコボルトには立っている力すら奪われ、うつ伏せで倒れる。

 そして、奇襲を仕掛けてきた男──カズマは刀を抜き、倒れているコボルトの首を斬った。

 

「油断大敵ってヤツだ」

 

 彼はそう言って邪悪な笑みを浮かべる。魔王軍の者ですら真似しない外道な奇襲を、何の躊躇も無くやった男に、付近のコボルト達は恐怖を抱く。

 しかし、集団で袋叩きにすれば容易に勝てる相手。コボルトはジリジリと男に歩み寄ったが──。

 

「俺なんかに構ってていいのか? 後ろを見てみろよ」

 

 男が後方を指差した時──詰め寄ろうとしていた一匹に、雷光が落ちた。

 コボルト達は慌てて振り返る。そこには、遠方で他の仲間と戦っていた筈のバージルが、一匹のコボルトを両断していた。

 彼と戦っていた仲間は何をしていたのか。いや、そもそも既に狩られてしまったのか。剣士を前にして、コボルト達に緊張が走る。

 

「奴が言っていただろう。一匹足りとも逃さんと」

 

 剣士は刀を差し向ける。彼等の脳裏に過ぎったのは、あの貧弱そうな冒険者の男。そこでふと彼の存在を思い出し、再び振り返る。

 が──あの男の姿は忽然と消えていた。気配も感じられない。

 

「戦って死ぬか、抵抗もなく殺されるか。ふたつにひとつだ」

 

 剣士と戦えば、数秒も経たない内に身体を斬り刻まれる。待機していれば、影から忍び寄る魔の手に命を奪われる。

 最強のソードマスターと最弱の冒険者。二人を相手にした時点で、コボルト達に逃げ場は残されていなかった。

 

 

*********************************

 

 

 魔王軍との交戦地、王都側から離れた敵軍の多い平地。そこには軍を指揮する大将もいる。

 そんな危険な場へたった一人で乗り込み、多くの敵を斬り伏せ、大将のもとへ辿り着いた冒険者がいた。

 

「ふぅ……流石に手強いな」

 

 魔剣の勇者、御剣響夜。彼は息を整え、魔剣ベルディアを構え直す。

 前方には、今回の襲撃部隊を率いる大将がいた。黒い髪に中性的な顔立ち、胸には魔王軍を示す紋章が刻まれており、むき出しの背中には漆黒の羽が。

 

「この俺を相手にたった一人で、ここまで戦い続けるとは。魔剣の勇者は噂だけの男ではなかったか」

『おい貴様! 俺がいることを忘れるな! むしろ俺がいなければコイツはボンクラ同然だ!』

 

 魔剣から霊体のベルディアがにゅるりと飛び出し、敵の言葉に文句をぶつける。しかし相手は小馬鹿にしたように笑う。

 

「アンデッドを経て魔剣のゴーストになった、幾度も生へ縋り付く者など数にも入らん」

『こ、このガキィ……! 元魔王軍幹部である俺に対して、なんという生意気な態度だ!』

「元だからこそだ。そもそも、無能なアンデッド如きが幹部の座に居座っていて気に食わなかったんだ。消えてくれてせいせいした」

 

 敵は依然として見下した態度を崩さず。整った顔立ちも相まって憎たらしく、ベルディアは怒りでワナワナと震える。

 

『そのプライド、貴様の無駄に高い鼻ごとへし折ってやる! 行くぞミツルギ!』

 

 こうなれば力を持って叩き潰すのみ。ベルディアは剣へと戻り、魔力を高める。

 彼の私情に付き合うのは嫌だったが、相手を撃退しなければこの戦いは終わらない。ミツルギは剣を握り直す。

 

「ならばこの俺も、少しばかり本気を出してやろう。この炎獄にどこまで耐えられるかな?」

 

 相手は手のひらをミツルギへ差し向ける。その手に、太陽が如き光の力が集まる。

 

「『クリムゾン・レーザー』!」

「くっ!」

 

 魔法が唱えられた途端、集った魔力は赤い熱線となり、ミツルギの心臓目掛けて直線的に飛んできた。

 これをミツルギはすんでの所で横に回避。だが息吐く間もなく次の熱線が飛んでくる。

 

「クハハハハッ! さぁ逃げ惑え! 一度でも足を止めれば俺の炎が貴様の身体を貫くぞ!」

 

 敵は高笑いを響かせて熱線を放ち続ける。魔力切れは期待できない。ミツルギは一本の熱線を避けた後に地面を強く蹴り、相手へ向かって駆け出す。

 次に来る熱線は、身体を翻して避けつつ接近するつもりでいたが、相手は熱線を放つのを止め、下からすくい上げるように手を振った。

 

「『ファイアーウォール』!」

 

 瞬間、ミツルギの眼前に炎の柱が下から現れる。ミツルギは驚きつつもブレーキをかけて勢いを殺し、後方へ跳ぶ。

 

「焼き尽くせ!『インフェルノ』!」

 

 相手は手をかざし、ミツルギへ広範囲の炎を放ってきた。

 避けるには大きすぎる炎。剣撃を飛ばして炎を払うべく、ミツルギは剣を構える。

 

 そんな時であった。龍のように迫りくる炎の前、銀の光が視界に飛び込んできたのは。

 ミツルギは咄嗟に剣を振ろうとした手を止める。光のように見えたのは、炎に照らされた銀色の髪。

 

「ハァッ!」

 

 銀髪の者は、手に持っていた武器を蛇のようにしならせ、炎へと打ち当てる。すると炎は蛇に丸呑みされたかのように、一瞬にして打ち消された。

 

「馬鹿な……俺の魔法をかき消しただと?」

 

 突然の乱入者によって自慢の魔法を打ち消され、相手は驚いた様子。一方でミツルギは、その乱入者から目を離せずにいた。

 見とれてしまうほどの美しい銀髪に、青い服装。彼の頭に過るのは、師である魔剣士。だが彼と比べて、あまりにも体格が小さく、華奢な身体は女性のもの。

 やがて、乱入者である女性はミツルギの方へと振り返る。見覚えのある幼い顔立ちに、特徴的な赤い目。

 

「ゆ、ゆんゆん!? 君、ゆんゆんかい!?」

「お、お久しぶりです」

 

 彼のもう一人の弟子、紅魔族のゆんゆんであった。彼女の一変した姿に、ミツルギは驚きを隠せない。

 髪だけでなく、元は赤を基調としていたリボンやネクタイ、ソックスまでも色が変わっている。その姿はまるで──。

 

「えらく変わったというか、師匠みたいになったね」

「色々ありまして……思い切ってイメチェンしてみました」

『一瞬あの男が女になったのかと度肝を抜いたぞ。しかし成程、好きな男に合わせるタイプの女だったか』

「違いますよ! 私と先生はそんな関係じゃ……ってひぇえっ!? お、おおおおお化け!?」

 

 お化けは苦手系女子だったようで、ミツルギの魔剣からにゅるっと出てきたベルディアを見て、ゆんゆんは涙目になって距離を取る。

 

「お、落ち着いて。コイツはベルディアだよ。魔剣に宿っていた魂が表に顔を出せるようになったんだ」

「あっ、そ、そうだったんですか。ビックリしたぁ」

『飛び出た俺に怯える貴様の表情、悪くなかったぞ。俺のSな部分を程よく刺激してくれて痛ぁつっ!? 急に魔剣を叩きつけるな!』

「だったら流れるようにセクハラをするな。それよりも、さっきの炎はどうやって打ち消したんだい?」

「それは、この武器で……」

 

 ゆんゆんは手に持っていた武器をミツルギに見せる。細長い縄のような獲物を持った白い武器。冒険者が使うには珍しい、鞭というものであった。

 

「紅魔の里を襲ってきたシルビアの触覚を元に作ってもらったんですけど『魔術師殺し』を取り込んでいたからか、魔法無効化のスキルも付与されたみたいで……」

「ちょっと待って。情報量が多いから整理させて。シルビアって、あの魔王軍幹部のシルビアかい?」

「はい。めぐみんと一緒にカズマさん達も連れて里帰りにいった時に、丁度襲来してきて」

「サトウカズマがシルビア討伐に関わった話は聞いていたけど、ゆんゆんもいたとは……で、ベルディアは急に怯えだしてどうしたんだい?」

『そ、その鞭には俺みたいに魂が宿ってたりしないよな!? 大丈夫だよな!?』

「えっ? 特に魔力は感じないので、大丈夫だと思いますけど……」

『フゥ、良かった。またトラウマを植え付けられるかと……しかし、アイツに触覚なんてあったか?』

「経緯はわからないんですけど、シルビアは悪魔の力も取り込んでいたみたいで、そのせいかもしれません」

「悪魔の力!? それってどういう──」

「オイ貴様等ぁ!」

 

 シルビアについて深く聞いていこうとした時、向こう岸から怒声が届いてきた。そちらに顔を向けると、腕を組んで律儀に待っていた相手の姿が。

 

「急に乱入してくるやいなや、俺を無視して談笑するとはどういうつもりだ! そこの銀髪女! お前に言っているのだ! まずは名乗れ!」

「あっ! ご、ごめんなさい!」

 

 魔王軍の大将に注意されて謝る冒険者ゆんゆん。数回頭を下げた後、彼女は息を整え、相手にも聞こえる声量で名乗りを上げた。

 

「我が名はゆんゆん! 紅魔族随一の魔法の使い手にして、やがて紅魔族の長となる者!」

「誰が偽名でふざけろと言った! ちゃんと名乗らんか無礼者!」

「こ、これでも本名なんです!」

 

 馬鹿にされるのは目に見えていたが、偽名呼ばわりされるのは納得がいかず、ゆんゆんは顔を真っ赤にしながらも言い返す。

 と、相手の大将は途端にバツが悪そうな顔へ。

 

「そうだったのか。失礼した」

「あ、いえ……変な名前だとは私自身感じているので、そこまで重く受け止めてもらわなくても……」

「それでも親から授けられた大事な名であろう。勘違いとはいえ、侮辱してしまったことは謝る。すまなかった」

 

 頭を下げるまではいかずとも、相手はゆんゆんへ謝罪の言葉を述べる。魔王軍とは思えない誠実さ。あの男に爪の垢を煎じて飲ませたいと、傍らで見ていたミツルギは思う。

 

「では、俺からも名乗らせてもらおう。我が名は堕天使デューク! 魔王軍の凶星としてこの戦場に舞い降りし者!」

 

 デュークは背中の黒い翼を見せつけるように広げ、ゆんゆんへ名乗り返した。

 同時に、相手から風圧と共に魔力が溢れ出る。ミツルギとゆんゆんは咄嗟に身構えて対峙する。

 

「魔剣の勇者に、魔王軍幹部シルビアの討伐に関わったという紅魔族! 貴様等を俺の手で倒せば、魔王軍幹部の座に手が届きそうだ。そして、いずれ魔王の座すらも……!」

『貴様……君主たる魔王様に歯向かうつもりか?』

「今の魔王は、人間に対してあまりにも温すぎる。冒険者のみならず、全て蹂躙してしまえばいいものを……俺が魔王となった暁には、手始めに王都の人間共を一人残らず殺してやろうぞ!」

 

 底の見えない野心を示すデューク。その言葉に、魔王への忠誠心は欠片も感じられない。

 今は幹部でなくとも、ベルディアには仕えてきた過去があった。恩義があった。その魔王を侮辱するデュークに、彼は怒りを抱いていた。

 

『ミツルギ! いつまで出し惜しみをするつもりだ! あんな小童、さっさと片付けるぞ!』

 

 ベルディアはそう急かしてから、魔剣へ戻る。彼の怒りが、魔剣を握る手から魔力として直に伝わってくる。

 現在ミツルギは『ソウルリンクLv(レベル)1』を維持している。敵の力量が計れず、魔法によって攻めあぐねていた為、次の段階は開放せずにいた。

 しかし、増援としてゆんゆんが来てくれた。魔法に対抗できる武器も持っている。攻めるなら、今しかない。

 

「あぁ、すぐに終わらせるさ!」

 

 ミツルギは剣を握り直し、デュークを見据える。そして深く息を吸い、唱えた。

 

「『ソウルリンク──Lv(レベル)2』!」

 

 

*********************************

 

 

「(ようやく、本気を出したか)」

 

 堕天使デュークが見据える先には、大幅に魔力を上げた魔剣の勇者ミツルギ。隣には短剣を構える紅魔族ゆんゆん。

 魔剣の勇者の情報は事前に得ていた。元魔王軍幹部、ベルディアと共に行動していること。彼と魂を共鳴させ、力を増幅させることも。

 最大で二段階。しかしミツルギはまだ一段階までしか見せていなかった。堕天使の自分を相手にしているにも関わらず、だ。

 余程自信があるのか、何かしらの理由があったか。どちらにせよ、甘く見られていることは確か。その事実にデュークは怒りを覚えていた。

 

 向こうが本気を出してきたら、更に強大な自身の力で叩き潰すつもりでいた──が、ここで誤算が生じた。

 

「(ちょっと待て……人間如きが魂を共鳴させただけで、これほどの魔力を放つだと?)」

 

 肌に感じる魔力は想定していたよりも遥かに大きく膨れ上がっており、デュークは信じ難いと目を疑う。

 やがて、増幅したミツルギの魔力の波が落ち着くと、彼は魔剣を水平に構えて腰を落とす。

 

 刹那、ミツルギの姿が消えた。

 

「なっ──」

 

 思いがけぬ出来事にデュークは面を食らう。束の間、ミツルギはデュークの懐へ入り、魔剣を横に薙ぎ払わんとしていた。

 デュークは咄嗟に後方へ飛び退く。だが少し間に合わず、腹を剣先で斬られ血が流れる。

 ブレーキをかけつつ地面に着地したデュークは、まるで『テレポート』でもしたかのように現れたミツルギを睨む。

 

 否、消えてなどいない。彼は真っ直ぐ駆け出していた。それが、デュークには消えたように見えたのだ。

 つまり、人間である筈のミツルギの動きを、堕天使であるデュークが捉えられなかったということ。

 

「馬鹿な……ありえん! 認めてなるものか!」

 

 相手か、はたまた自分にか。デュークは苛立ちを如実に出した表情で手をかざし『インフェルノ』を放った。

 ミツルギに再び炎の龍が襲いかかる。しかしミツルギは避けるどころか、防御の構えも取らない。

 

「はぁっ!」

 

 代わりにゆんゆんがミツルギの前へ駆け付け、渦を巻くように白い鞭を打った。

 たちまち『インフェルノ』は掻き消され、消え去る炎の隙間から無傷の二人が見える。またしても自慢の魔法を容易く消され、デュークの苛立ちは更に募る。

 が、それを発散させる間も与えないとばかりに、今度はゆんゆんが迫ってきた。短剣を手にしているのを見るに、接近戦をお望みのようだ。

 

「甘い!『フレイム・スラッシュ』!」

 

 当然、やすやすと近づけさせない。デュークは手を横に薙いで、炎の斬撃を前方に飛ばす。風を切り、斬撃はゆんゆんへ迫りゆくが、これを見たゆんゆんは高く跳び上がった。

 彼女は浅葱色の剣を魔力で形成し飛ばしてきたが、上手く狙いが定まらなかったようで、デュークのいる場所より後方へ飛んでいった。

 

「さらばだ!『エナジー・イグニッション』!」

 

 好機とばかりにデュークは空中のゆんゆんへ手をかざし、果実を握りつぶすように手を閉じた。

 瞬間、ゆんゆんのいる場所を中心として爆炎が上がった。爆発の音が鳴り響いた後、空中に漂った煙が次第に晴れていく。

 そこに、ゆんゆんの姿は見えなかった。文字通り木っ端微塵になったか──そう思っていた時だった。

 

 前方にいたミツルギが、魔剣を手に駆け出してきた。先程より速度は遅い。デュークは迎撃の魔法を唱えるべく手をかざす。

 

「今度こそ消し炭にしてやる! インフェル──!」

「『パラライズ』!」

 

 魔法を唱える直前、後方から声が聞こえたとほぼ同時に、デュークの全身に痺れが。馬鹿なと、デュークは驚愕する。

 振り返らずともわかる。今の魔法はゆんゆんが唱えたのであろう。自身の目を掻い潜り、いつの間にか背後へ回ったことで。

 

 アークウィザード如きの『パラライズ』など、堕天使であるデュークには僅かな時間しか効果がない。しかしそれこそが彼女の目的。

 デュークの前には迫り来るミツルギ。彼が再び懐に入って剣を振るには、十分過ぎる時間であった。

 

「ハァッ!」

 

 ミツルギは逆袈裟でデュークの身体を斬る。先程よりも深く刃が入り、血が吹き出す。

 そこからミツルギは勢いのまま身体を回転させ、横に薙ぐつもりでいたが──。

 

「ぬぁああああああああっ!」

 

 間一髪『パラライズ』が解け、デュークは高く飛び上がって剣を回避した。

 黒い翼をはためかせ宙に浮かび、人間ではどれだけ高く跳び上がっても到底届かない距離まで離れる。

 

「クソッ、人間風情が……」

 

 この程度の傷なら少し経てば治る。だがそれよりも、人間如きが堕天使に気高い血を流させた事実に、デュークの怒りが膨れ上がっていた。

 更にあの魔剣に宿っているのは、人間よりも下等なアンデッドの魂。内なる怒りの炎は更に燃え盛る──その時であった。

 

「グゥッ──!?」

 

 突如として右腕に鋭い痛みが。視線を横に向けると、前腕に見慣れない浅葱色の剣が突き刺さっていた。

 これは一体──そう思った束の間、彼の視界に人の姿が飛び込んできた。地上にいた筈の魔法使い、ゆんゆんである。

 

「何っ!?」

 

 手出しできない高さだと思っていたばかりに、デュークは思わず声が出てしまうほど驚く。その隙をゆんゆんは逃さなかった。

 ゆんゆんは左手と両足を使ってデュークにしがみつくと、右手に持っていた短剣をデュークの左胸へと深く突き刺した。

 

「この小娘が……!」

 

 痛みに顔を歪ませ、デュークは抵抗して身体を振り回す。しばらくしがみついていたが、やがてゆんゆんの方から短剣を抜き、デュークの身体を強く蹴って宙に身を投げ出した。

 痛手を負ったが、同時に好機が訪れた。宙を舞うゆんゆんに向けて魔法を放つべく顔を上げる。

 

 だが──ゆんゆんが飛んでいく後方には、これまた地上にいた筈のミツルギが待ち構えていた。

 まさか、ここまで自力で跳び上がったとでもいうのか。信じられない光景を目の当たりにするデュークの前で、ゆんゆんはミツルギのもとへ。

 ミツルギがゆんゆんの両手を取る。まるで舞踏会で踊るように二人は空中で回ると、勢いのままミツルギはゆんゆんをこちらへ投げ飛ばしてきた。

 デュークが三度驚く中、あっという間にゆんゆんはデュークのもとへ。彼女はすれ違いざまに短剣でデュークの横腹を斬りつけた。

 

「チィッ!」

 

 デュークは血が流れる横腹を抑えることもせず振り返る。通り過ぎていったゆんゆんはクルリと身体をこちらに向けると手をかざし、浅葱色の剣を連続で飛ばしてきた。

 が、どれもデュークには当たらず後方へ。しかしそれが彼女の狙いだと、デュークは理解していた。

 先程彼女は、浅葱色の剣が腕に刺さった後、瞬時にその場所へ現れた。『エナジー・イグニッション』を避けたのも同じからくりであろう。

 となれば、次に彼女が現れるのは浅葱色の剣が飛んでいった方向。彼女の『テレポート』類のスキルを見切ったデュークは、手に魔力を溜めつつ振り返る。

 

「なっ!?」

 

 そこで彼は、何度目かわからない驚嘆の声を上げた。彼の目に映ったのは『テレポート』したゆんゆんではない。

 ゆんゆんが飛ばした浅葱色の剣を蹴って渡り、魔剣を握ってこちらに迫ってきているミツルギであった。

 人間離れした身体能力で次々と剣の足場を渡っていくミツルギ。だがデュークは、既に魔法を放たんとしている。

 想定外であったが構わない。デュークはそのまま手を前にかざし、魔法を放った。

 

「くたばれ魔剣の勇者!『インフェルノ』!」

 

 デュークの手から、特大の炎龍が飛び出した。全てを飲み込まんとばかりに龍はミツルギへ迫り来る。

 龍の牙がミツルギにかかる──瞬間、炎龍は渦へ飲み込まれるように消え去った。

 思わぬ出来事にデュークは目を疑う。だがそれを証明するように、ミツルギの手にはゆんゆんが持っていた筈の、魔法を打ち消す白い鞭が握られていた。

 ミツルギは鞭を手放し、再び魔法の剣を渡ってデュークへ迫る。もう一発魔法を打ち込む余裕はない。デュークは接近戦で迎え撃つべく、手刀に魔力で剣を型取り構える。

 デュークは翼を羽ばたかせ、自らミツルギへと突っ込んだ。

 

「死ねぇ!」

 

 両者が肉薄した瞬間、デュークが先に手刀の剣を振り下ろした。ミツルギの身体を鎧ごと引き裂かんと魔力の刃が迫る。

 ──が、剣は虚しく空を斬った。ミツルギは空中で身体を翻し、デュークの剣を避けつつ横へ。

 

「断ち切る!」

 

 刹那、ミツルギがすれ違いざまに魔剣を振り下ろし──デュークの片翼を切り落とした。

 デュークは背中に形容し難い痛みを覚える。視界の端に見えたのは、地上へと落ちていく自身の黒い翼。

 

「ば、馬鹿な……!?」

 

 翼がひとつになったことでバランスが取れず、上手く飛行ができない。その隙を突くように、ミツルギは縦に身体を回転させ、デュークへ踵落としを繰り出した。彼の蹴りはデュークの背中に強く当たり、真っ逆さまに落ちていく。

 受け身も取れず、地面に強く身体を打ち付けるデューク。翼以外にも受けた傷はまだ癒えていない。痛みに耐えながら立ち上がり空を見上げる。

 自身の翼を切り落としたミツルギが、重力に従って落ちると同時に、更なる追撃とばかりに脳天を狙って剣を振り下ろしていた。

 

「クッ!」

 

 これ以上の傷は負えない。デュークは魔法で防ぐこともせず後方に跳んでミツルギの兜割りを回避する。

 そのままデュークは地面に足を付ける──筈であったのだが、彼が感じたのは足が引きずり込まれる感覚であった。

 デュークは自身の足元へ目を向ける。彼の両足は、いつの間にか仕掛けられていた泥沼の中へ。

 

「『泥沼魔法(ボトムレス・スワンプ)』か……!」

 

 あの紅魔族の魔法であろう。まんまと罠に嵌められたデュークは脱出を図るが、片翼を斬られた今は力が入らず抜け出せない。

 その時、前方に強い魔力を感じ取った。デュークは咄嗟に顔を上げる。

 

 魔剣を背に戻し、腰元の剣を抜いたミツルギ。彼はその剣に魔力を込めて構えている。

 更にその隣には、いつの間にか移動していたゆんゆん。彼女も右手に魔力を溜めており、周囲に稲妻が走る。

 二人の放つ魔力の圧に、デュークは戦慄を覚える。しかし足元に広がる泥沼が、彼を逃さない。

 

 やがて魔力が最高潮まで達し、二人は刃を振った。

 

「『ライト・オブ・セイバー』!」

「『ルーン・オブ・セイバー』!」

 

 ゆんゆんの手から雷の刃が、ミツルギの剣から光の刃が、交差する斬撃となって飛び出す。

 瞬く間に斬撃はデュークのもとへ。泥沼から抜け出すことは叶わず、彼の身体にバツ印の傷をあたえるように斬撃が当たった。

 

「ぐぁああああああああっ!」

 

 斬撃を受け、デュークは悲鳴を上げる。そこで泥沼魔法が解け、デュークは危うく倒れそうになった身体を踏ん張って支える。

 こちらの魔法を尽く避け、逆に幾度も刃を通し、あまつさえ堕天使の象徴ともいえる黒い翼を片方切り落としてきた。デュークは前方に立つ二人を睨みつける。

 

「どうする堕天使デューク。まだ続けるつもりか?」

 

 ミツルギは剣を差し向けてくる。隣のゆんゆんも短剣を構えており、とことん付き合うつもりでいるようだ。

 ここまでコケにされて、尻尾を巻いて逃げるなどプライドが許さない。戦う力もまだ十分残っている。デュークは最後まで戦い抜くつもりでいたが──今の立場が、それを許してくれなかった。

 

 彼は隊長として、大勢の部下を従えてここに赴いていた。部隊の全指揮は自分にある。

 しかし、敵軍は騎士団に加えて冒険者が援軍に駆け付けている。どれも手練ばかりで、数では勝っていても個々の強さは向こうが上。このまま持久戦に持ち込めば、部隊の全滅は免れない。

 最悪の場合、ここにいる敵軍全員を自分が相手しなければならない事態に陥る。それは流石に骨が折れる。

 そして、遠方から感じていた底知れぬ魔力の主。堕天使である自身の本能が、危険信号を大音量で鳴らしていた。奴だけには遭遇してはならないと。

 

 彼は独断で部隊を率いて襲撃を仕掛けた。功績を上げられないとわかった以上、下手な損失は避けねばならない。

 血が出るほど強く下唇を噛み、デュークは反発する自身のプライドを無理矢理抑え込んだ。

 

「貴様等を少々侮っていた。今回は一旦退くとしよう」

 

 デュークは戦闘態勢を解き、上空に青い光を放つ。魔王軍で決められている撤退の合図である。

 指揮官の合図を受けた部下達は戦闘をやめ、敵に背を向けて王都から反対方向へと駆け出した。

 屈辱の敗走。ある程度の部下がこちら側へ戻ったところで、彼は慣れない片翼で飛行する。そして、己の翼とプライドを傷つけた二人の冒険者を見据えてデュークは強く誓った。

 

「此度はあくまで前哨戦だ。次は数倍の軍勢を率いて、王都を灰燼に帰してやろう! ミツルギキョウヤ! ゆんゆん! この借りは必ず返して──!」

「『エクスプロージョン』!」

「「「えっ」」」

 

 刹那、彼等の視界は赤き爆炎に包まれた。

 敵が集まっていたところに突如として発生した巨大な爆発。ミツルギとゆんゆんは直撃こそしなかったが、遅れて吹いてきた突風に耐えきれず、後方に飛ばされる。

 二人はそのまま地面に転がり倒れる。堕天使をも退けた冒険者二人を地に伏せさせたのは、彼等の前に仁王立ちする、たったひとりの魔法使い。

 

「我が名はめぐみん! アクセルの街随一の魔法の使い手にして、爆裂魔法を操る者! 灰燼に帰したのは、貴方達の方でしたね……ふへぇぁ」

「めぐみんのばかぁああああああああ!」

「爆裂魔法……恐るべし……」

 

 

*********************************

 

 

 おいしいとこどりとばかりに撃ち込まれた爆裂魔法を受けながらも、まだ生き残っていた堕天使デュークと数少ない部下達はスタコラサッサと逃げていった。

 撃退という形で勝利を収め、勝利の雄叫びを上げる騎士団と冒険者達。まだ戦い足りない者もいれば、疲弊して座り込む者もいる。

 

「最後はアレだったけど、どうにか終わって良かったよ。それにしてもゆんゆん。前に会った時よりも更に強くなったね」

 

 王都に向かって歩くミツルギは隣にいたゆんゆんへ、先程の戦闘について率直な感想を告げた。ゆんゆんは顔を上げ、ミツルギに言葉を返す。

 

「全然まだまだです。魔法と短剣ばかりで、折角にるにるさんに作ってもらったこの鞭も、防御にしか使えてなかったし……」

「防御だけでも十分だったよ。あれがあったからこそ、相手の魔法に対抗できたんだ」

『その鞭を貴様は空中で放り捨てていたがな』

「あ、あれは仕方がなかったんだ。鞭を持ちながらだと剣は振りにくいから……ごめんよ、ゆんゆん。君の大事な武器を粗末に扱ってしまって」

「気にしないでください。咄嗟に鞭が落ちる地点へ瞬間移動したので」

『……あの男から直々に指導を受けているだけのことはあるな』

 

 一般の冒険者からすれば高次元過ぎる反省会を行う二人。ゆんゆんはため息を吐いて嘆く。

 

「先生みたいに、もっと臨機応変に武器や戦い方を切り替えていけたらいいのになぁ」

「あはは……普通の魔法職だったら頭に過りもしない悩みだね」

『魔法職固定で接近戦を極めるとか一種の縛りプレイだぞ。さっさと前衛職に転職してしまえ』

「そ、それだけはダメです! 紅魔族の長になるためにも、立派なアークウィザードにならなきゃいけないんです! そ、それに……めぐみんのライバルだって堂々と言えなくなっちゃうし」

 

 魔法の剣と瞬間移動に、短剣と体術による接近戦。魔法無効化の鞭に加え、ミツルギは知らないが魔弾を放つ銃もある。彼女は魔法使いとして一体どこに向かおうとしているのか。

 ミツルギは思わず苦笑いを浮かべたが、本人は真剣に悩んでいる様子。お人好しな彼は少しでも助けになろうと、彼女に言葉を掛けた。

 

「そうだな……ゆんゆんは色んなことをいっぺんにやろうとするから、頭がこんがらがっちゃうんじゃないかな?」

「えっ?」

「師匠みたいに使い分けるのもいいけど、今はゆんゆんにできることから、できる範囲で戦えばいいと僕は思うよ」

 

 そう言う僕もまだ未熟だけどと、ミツルギなりに助言を送る。

 

「私にできることから……」

「そう。例えば、さっきの戦闘で使ってた魔法の剣。あれの扱いをもっと極めるとかさ。それこそ、師匠に負けないぐらいに」

『因みにあの男は、俺を剣で斬り刻みながら四方八方に出現させて、最後はアイアンメイデンも生ぬるいほど串刺しにしてきたぞ。あれは痛かったなぁ』

 

 彼女にとって良いアドバイスであったのか、口に手を当ててブツブツと呟き始めるゆんゆん。聞いていないことを察したミツルギは口を閉じ、思い出に浸っているベルディアを見る。

 師匠は元気にしているだろうか。再会した時はまた手合わせをしたいと空を仰ぐ。とそこで、ミツルギは思い出した。

 

「ところでゆんゆん、君が王都に来ているということは、師匠もここに?」

「えっ? あ、はい。えっと、その……か、観光で一緒に来ました」

 

 ゆんゆんは歯切れの悪い返事をする。が、その理由をミツルギは知っている。カズマから聞いた義賊の話である。

 何故彼女とバージルは義賊に協力しているのか。本人に聞き出すのが手っ取り早いが、この場で切り出すのは流石に危険だ。

 推測であるが、盗賊クリスはバージルに依頼をする形で義賊に勧誘。ゆんゆんはバージルに習う形で協力しているのであろう。

 なら、聞き出す相手は深い事情を知っていそうなバージルだ。目を泳がせるゆんゆんとは対照的に、ミツルギは自然に振る舞って言葉を続けた。

 

「よかったら師匠の所に案内してくれないかな。久しぶりに話がしたいんだ」




『ルーン・オブ・セイバー』は、このすばゲーム『この素晴らしい世界に祝福を! ~希望の迷宮と集いし冒険者たち~』より引用しました。
スペシャルエディションもといプラス版も好評発売中だそうですよ。

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