この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第6話「この蒼き冒険者に自己紹介を!」

 波乱のキャベツ収穫祭が終わった夜。冒険者達は酒場に赴き、捕獲したキャベツがふんだんに使われた料理を食べ、酒を交わしながらキャベツ収穫祭について語り合っていた。

 例年通り、収穫したキャベツの個数で競う者、キャベツの味を語る者、キャベツとは何なのかと哲学じみたことを熱く語る者はいたが、今年はキャベツよりもホットな話題が挙げられていた。

 

 キャベツ収穫祭が佳境に差し掛かった時、乱入してきた噂の冒険者──蒼白のソードマスター。

 噂には聞いていたものの、姿を見たことがない冒険者は多く、戦う姿は誰ひとり見たことがなかった。故に、彼が本当にドラゴンを倒す程の実力者なのか半信半疑な者は多かったが……大群の攻撃をものともしない華麗な立ち回り、強く滑らかに振るわれた雷を纏う刀。見る者全てを魅了する戦い方は、強者だと認めざるをえないものだった。

 多くの冒険者は、彼のスタイリッシュな戦い方を振り返っていたり、刀について話していたり、彼のルックスにときめいたりしている。

 アクセルの街中心にある酒場が、蒼き剣士一色で盛り上がっていた中──出入口の扉が開かれた。

 

「いらっしゃいませー! お食事の方は空いたお席へ──」

 

 赤髪のギルド職員は、いつものように挨拶をしつつ顔を見──危うく飲み物を溢しそうになるほど驚いた。彼女だけではない。食事をしていた冒険者達も、入ってきた客を見て目を丸くしていた。

 

 

「ハァ、ハァ……くっ」

 

 話題の中心となっていた蒼白のソードマスターことバージルが息を切らし、額に汗を掻きながら入ってきたのだから。

 

「オイ! あれって蒼白のソードマスターじゃ……!?」

「なんで汗だくになってんだ? キャベツ切ってた時は汗一つ流してなかったのに……」

 

 普通ではない彼の様子を見て、冒険者とギルド職員がざわつき始める。そんな中、バージルは周りの声を無視して酒場のカウンターへ。

 

「……水をくれ」

「えっ? あっ、は、はいっ!」

 

 カウンターへもたれかかるように手をついたバージル。金髪のギルド職員が慌てて水の入ったコップを渡すと、沙漠を歩き続けてようやくオアシスを見つけたかのように、バージルは天を仰いで水を飲み干した。

 ドンと音を立ててコップをカウンターに置き、バージルは息を整える。心配そうにギルド職員が見つめていた、その時。

 

「見つけたぞー!」

「……ッ!」

 

 ギルドの扉が開かれると同時に、女性の声が響き渡った。冒険者とギルド職員は一斉に出入口へ顔を向け、バージルは苦虫を噛み潰したかのような顔で、恐る恐る振り返る。

 

「フフフ……追い詰めたぞ!」

「Damn it!」

 

 そこにいたのは、バージルを恍惚に満ちた表情で視界に捉えていた、金髪ポニーテールの真性マゾヒスト女騎士、ダクネス。

 キャベツ収穫祭で彼女に目を付けられ、身の危険を感じた彼は凄まじい速度で街の中へ逃げ出したのだが……後から追いかけてきている筈のダクネスは、自分の行先に現れてきた。逃げても逃げてもバージルの先を行く。これぞ、変態の成せる技であろう。

 

 何度か刀で脅してやろうと考えたが、本能が呼び止めた。彼女に触れることすら危険だと。バージルはやむを得ず、ダクネスと鬼ごっこを続けるしかなかった。

 長い長い鬼ごっこの果てに酒場へたどり着いたバージルだったが、どうやら彼には休憩する暇も与えてくれなかったようだ。

 

「感動の再会なのに、逃げるなんて酷いじゃないか……さぁ! もう一度私をっ! あの目でっ!」

「ぐっ……!」

 

 ダクネスは息を荒げて、じりじりとバージルへ詰め寄ってくる。ダクネスはそう言っているが、バージルにとっては悲運の再会でしかない。

 たった一人の人間──それも女に、ここまで追い詰められることがあっただろうか。バージルにとってはダンテに敗北する以上に、魔帝に敗北し操られる以上に屈辱であった。

 

 斬り捨ててしまいたいと思う彼であったが、先も言ったように本能が彼女に触れることを危惧している。彼女は、それすらも悦びに感じてしまう変態だと。

 冒険者とギルド職員が見守る中、バージルはどう対処すべきか頭をフル回転させて考える──と。

 

「ハイストーップ」

「あうっ!?」

 

 突然、聞き覚えのある女性の声がバージルの耳に入ってきたかと思うと、ダクネスは小さく声を上げて頭を抑えた。痛そうに頭を擦るダクネスから視線を外し、バージルは彼女の背後に立っていた女性を見る。

 

「クリス……どこに行っていた」

「ごめんごめん。バージルが倒したキャベツの回収に手間取っちゃって──」

「そうではない。コイツが平原で俺に絡み始めた時、貴様はどこに身を隠していた?」

「……面白い物が見れそうだなーと思ったから『潜伏』を使って、キャベツの中に隠れてました……えへっ」

 

 いつの間にか姿を消していた、バージルの唯一の協力者でありダクネスの友、クリス。舌をペロッと出して頭をコツンと叩く彼女の姿を見て、バージルは静かに刀の柄に手を置いた。

 

「ご、ごめん! 謝るから剣を引き抜こうとしないで!?」

「貴様があの時隠れていなければ……」

「だからごめんって!? ほ、ほらっ! こうしてアタシが止めたんだからいいでしょっ!? ねっ!?」

「……フンッ」

 

 自分を一人残してダクネスを押し付けたことを許すつもりはなかったが、彼女がダクネスの暴走を止めたのも事実。バージルはわずかに鞘から出していた刃をしまい、柄から手を離す。丁度その時ダクネスが顔を上げ、邪魔してきたクリスに突っかかった。

 

「何をするんだクリス! 千載一遇のチャンスを潰すつもりか!?」

「落ち着きなってダクネス。彼、困ってるからさ」

「これが落ち着いていられるか! クリスは、三日三晩探してようやく出会えたレアキャラを自ら見逃せというのか!?」

「いや意味わかんないから。それよりまずは着替えてきなよ。その姿じゃ……ねっ?」

 

 よっぽどバージルに見下されたいのか、ダクネスはボロボロになった服を気にせずクリスに猛抗議する。いくら知り合いといえど、暴走状態の彼女を抑えるのは難しいのか、クリスは押され気味の様子。

 と、そんな時だった。再び酒場の扉が開く音が聞こえたかと思うと、カウンター前で騒いでいる二人に話しかける者が現れた。

 

「あっ、いましたいました。ダクネスさーん。クリスさー……んおわぁっ!? か、カズマ! あの人! 蒼白のソードマスターですよ!」

「あぁ……結局捕まっちゃったのか」

「ふーん、こうして近くで見ると物騒な顔してるわねー」

 

 話しかけながら近寄ってきたのは、冒険者には見えない服装をした茶髪の男と、いかにも魔法使いらしい服装で身を固めている赤目の女性。そしてどこにいても目立ちそうな水色髪の女性。

 魔法使いは、バージルがダクネスと一緒にいることに驚いたのか仰天している。隣の男は哀れみの目をバージルに送り、水色髪の女性は目を細めてバージルの顔を見ていた。

 一方でバージルも、水色髪の女性を興味深そうに見つめていた。

 

「(あの女が放つ光と力。どこかで……)」

「あっ、カズマ。それにめぐみんとアクアさんも」

「知っているのか?」

「うん、今日知り合った冒険者達だよ。茶髪の子がカズマで、魔法使いの子がめぐみん。残る一人がアクアさん」

 

 バージルに尋ねられ、クリスは簡単に3人のことを紹介する。と、何かを思い出したかのように大きく声を上げた。

 

「あっ! そういえばダクネスを仲間にする話が途中だった!」

「あの、クリスさん。お話はありがたいんですけど俺は──」

「立ち話もなんだし、夕食を食べながら再開しよっか。バージル、よかったら一緒にどうかな? 君のことも紹介したいし」

「……いいだろう」

 

 クリスに誘われたバージルは、珍しく誘いに乗る。茶髪の男が何か言いたげにしていたが、誰一人として気付くことなく食事の場へ向かった。

 

 

 

*********************************

 

 

 酒場の隅にあった席。バージルは窓際の席に座し、左隣にクリス、更にその隣にはダクネスが。

 バージルと対面する形で座っているのは、魔法使いの少女めぐみん。クリスの前にはカズマが、ダクネスの前にはアクアが座っていた。テーブルには野菜炒め、サラダ、ロールキャベツ等、キャベツをふんだんに使った料理がズラリと並んでいる。

 

「お待たせしましたー! シュワシュワ四つにオレンジジュース一つ、お冷一つです! ごゆっくりどうぞー!」

 

 そこへ酒場担当のギルド職員が、お盆に乗ったジョッキ四つとコップ二つを慣れた動作で持ち運び、バージル達のテーブルへ手早く置いた。水を頼んだバージルとオレンジジュースにされためぐみん以外には、シュワシュワと呼ばれた飲み物が。子供扱いされて不服なのか、めぐみんは不満げに頬を膨らませていた。

 また、酒場にいた冒険者達が気になってバージルに視線を送っていたが、冷たい目で睨み返された途端、すぐさま視線を外した。料理が出揃い、落ち着いた所でクリスが自ら切り出した。

 

「じゃあカズマ君。話の続きをしたいところだけど……気になって仕方ないだろうし、この人の紹介から始めようか」

「……お願いします」

 

 突然現れた噂の冒険者。アクアとめぐみんも気になるのか、ジッと彼を見つめていた。一方でバージルは、全く気にせず水を一口飲んでいる。

 

「クリスは駆け寄って話しかけていましたが、知り合いだったのですか?」

「うん。つい最近会ったんだ」

「ダクネスは探し人だって言ってたけど……」

「その理由はアタシも知らないんだよね。ダクネス、どうして彼を探してたの?」

 

 クリスも知らなかったようで、隣にいるダクネスに尋ねる。話を振られた彼女は胸に手を当てつつ目を伏せ、過去の情景を思い出しながら語り始めた。

 カズマ達とまだ出会っていなかった頃、アクセルの街で偶然見つけた、来訪者らしき男。道案内をしようと声をかけたら、冷たい目で見られた挙げ句剣を突き立てられた──蒼白のソードマスターとの邂逅を。

 

 

*********************************

 

 

「──という熱烈な出会いがあったので、私は必死に彼を追いかけていたんだ」

「いやちょっと待ってください!? 話の途中で殺されそうになっていませんでしたか!?」

「あぁ、確かに殺されかけた。しかしあの時は、彼の気持ちも知らずに関わろうとした私にも非がある。あのようなごほう……んっ……仕打ちを受けてもっ……仕方のないことだ……っ」

 

 バージルの衝撃的な出会いを平然と語るダクネスに、めぐみんは思わずツッコミを入れる。顔と言葉が合っていないぞと、カズマは呆れ顔を見せていた。

 

「そんなことがあったんだ……ていうか君、初対面の人に剣を向けるなんて物騒にも程があるよ。以後、気をつけるように」

「……深く反省している」

 

 同じくダクネスの話を聞いていたクリスは、まるで母親のようにバージルへ言いつけた。普段のバージルであれば「知るか」の一言で済ますのだが、今の彼は過去の行動を酷く悔やんでいた。

 よもやあの脅しが、彼女に目をつけられるきっかけになるとは思ってもみなかった。できることなら、転生前に戻って一からやり直したいと心の底から願っていた。

 

「ダクネスも、人が嫌がることをしないように。わかった?」

「うぐっ……すまない」

「それで良し。じゃあこの件はここまでにして、そろそろ紹介に移ろうか。彼の名前はバージル。蒼白のソードマスター御本人だよ。ソロでドラゴンを倒したって噂も本当。アタシこの目で見たもん」

「おぉっ……!」

 

 バージルの紹介を聞いて、めぐみんは赤い目をキラキラと輝かせる。そこで、二人の関係が気になったカズマが自ら質問した。

 

「クリスとバージルさんは仲間なんですか?」

「違うよ。あくまで協力関係。どうもバージルは遠い国から来た人らしくって、ここら辺のことはなーんにも知らないんだ。だから、アタシが色々と教える代わりに、アタシの仕事を手伝ってってお願いしたの。決して仲間だとは思わないでね。彼、怒っちゃうから」

「……フンッ」

 

 しっかりと仲間ではないと明言するクリス。耳を傾けていたバージルそれを聞いて、特に突っかからず窓の外へ目を向けた。

 

「アタシのことは皆に紹介済みだから……じゃあ次は、君達のことをバージルに教えてくれるかな? いいよね、バージル?」

「勝手にしろ」

「というわけだから、皆さん自己紹介よろしくっ」

「えっ!? あー、えーっと……」

「なら、まず私から行こう」

 

 本人は全く喋っていない自己紹介を終え、次はカズマ達の紹介へ。緊張故かカズマは上手く言葉を出せなくなっていた時、ダクネスが自ら声を上げた。

 

「名前は言ったかもしれないが……私はダクネス。アクセルの街に住む冒険者で、カズマのパーティーメンバーだ。職業はクルセイダーだが……剣に関してはまだまだ未熟者だ」

「いやあれ未熟者ってレベルじゃ……っておいちょっと待て!? 何サラッと仲間になってんの!? 認めた覚えないんだけど!?」

 

 さりげなくパーティーメンバーだと言い張ったダクネスに、カズマはすかさず反論する。だが、隣に座っていたアクアとめぐみんが、何を言っているんだとばかりにカズマへ話した。

 

「アンタまだ反対してたの? 私はもう仲間に迎える気でいたんだけど?」

「私もです。護衛担当の方がいれば、私も爆裂魔法が撃てますから。ダクネス、よろしくお願いします」

「防御には自信がある。盾役なら望むところだ。何なら囮にして私をモンスターの軍団の中に放置してくれても構わない。あぁ……想像しただけで武者震いが……」

 

 カズマの反論に対し、問題児達は聞く耳持たず。もはや何を言っても無駄だと諦めたのか、カズマは席に座って俯いた。一方でバージルは、身を震わせ頬を染めるダクネスを疎ましそうに見ていた。

 

「ダクネスを仲間にするか否かが本題だったんだけど……決まったのならまぁいっか。じゃあ自己紹介の続きよろしく」

「次は私が行きましょうっ!」

 

 続けて声を上げたのは、落ち込んでいるカズマとは対照的に元気ハツラツな魔法使い、めぐみん。彼女は勢いよく立ち上がり──。

 

「我が名はめぐみん! アークウィザードを生業とする紅魔族であり、地に立つ有象無象を塵と化す史上最強の『爆裂魔法』を操る、この街随一の魔法使い! この世を支配せしめんとする魔王を討つべく、横にいるカズマと血の盟約を交わした冒険者である!」

 

 洗練された動きでポーズを決め、過去に黒い歴史を持つ者が見たら頭痛に悩まされそうな台詞を口にした。めぐみんの横にいたカズマは、真っ赤になった顔を両手で覆い隠している。

 このテンションでくるとは想定していなかったため、バージルは少し面食らったが……しばし間を置いて、気になった言葉を聞き返した。

 

「紅魔族?」

「紅魔の里って村に住んでいる民族だよ。紅魔族は皆、生まれつき高い魔力と知性を持っている人間で、一定の年齢になると魔法の修行を始めるぐらい魔法に長けた種族なんだ。アークウィザードってのは魔法使い職、ウィザードの上位版。高い魔力と知力がなければ就けない職業だね」

「おぉっ! よくご存知ですね!」

「伊達に冒険者やってないからねー」

 

 紅魔族──『魔』という言葉から連想し、もしや悪魔関連ではないかとバージルは推測していたが、クリスは人間だと話した。それに、めぐみんからは悪魔が放つ独特の臭いがない。この世界の悪魔とは臭いが違う可能性もあるが……ひとまず、今は人間と見ても問題ないだろう。

 そうバージルが考えていた時──眼前にいためぐみんは、不敵な笑みを浮かべながらバージルに話しかけてきた。

 

「バージルさん……貴方からは、私と近しい物を感じます。いや、断言します! 貴方は、こちら側の者だと!」

「……ほう」

 

 人間ではあるが、クリスが話した通り魔力と知力に長けていることは間違いないようだ。故に、バージルがそちら側の者──『魔』に通ずる者だと見抜いたのだろう。

 出会って間もない自分の姿を見抜いてきためぐみんに、少し興味を持ったバージル。彼が見つめる中、めぐみんはゆっくりと右手を上げ──コップを持っていたバージルの手を指差した。

 

「両手に着けている指ぬきグローブッ! それが何よりもの証明!」

「……グローブ?」

 

 何故ここでグローブに話が繋がるのか。全く理解できなかったバージルは、思わず自分の手元に目を落とす。

 このグローブは、元の世界で常時身に着けていたものだ。着けている理由は特に無く、どこで得たのかも覚えていない。ただ気に入ったから買っただけなのかもしれない。

 どういうことだと思いつつ、バージルは視線を再び前に向ける。めぐみんは独り納得したように両腕を組んで頷いており、何故かカズマが机に顔を伏せていた。

 

「これに何の意味が──」

「おおっと! 大丈夫です! 言わずともわかりますよ。えぇ……どうやら私達は波長が合う者同士。いずれ貴方とは、良い酒を飲みながら語り合えそうです」

「……そうか」

 

 こちらは二人で飲む気にもならないのだが、ひとまずバージルは、この世界で魔に通ずる者は皆、指ぬきグローブをするものだと結論付けた。あながち間違いではないのだが。

 

「あー……それじゃあ次はカズマ君、よろしく」

「……はい」

 

 終始苦笑いを見せていたクリスは、机で突っ伏していたカズマに声をかける。カズマはゆっくりと顔を上げると、目の前にあったシュワシュワを一度口にしてから自己紹介を始めた。

 

「えっと……佐藤和真です。こんなナリですけど、魔王倒すために頑張ってる冒険者です……はい」

「ダメですよカズマ。自己紹介はもっと大胆にしなければ。そう! 私のように!」

「君はちょっと黙っててくれるかなー?」

 

 指導をするめぐみんに、カズマは引きつった笑みで言葉を返す。めぐみんと比べ地味な紹介だったので、バージルは特に反応を見せなかったが……ようやくまとな人間が来たと、内心ホッとしていた。

 

「じゃあ最後は私!」

 

 カズマの自己紹介が終わった途端、待ちわびたかのようにカズマの隣に座っていたアクアが立ち上がる。酔っているのか、ほんのり赤く染まった顔をバージルに向け、めぐみんに負けず劣らずの元気な声を発した。

 

「私はアクア! アクシズ教徒が崇める水の女神、アクア様よ!」

「……女神?」

「を、自称しているカワイソーな子なんです。自分が女神だと思い込んでるイタイ子なんです……そっとしてやってください」

「ちょっとカズマ! 誰が自称女神よ!? 私は正真正銘女神様なの!」

 

 カズマの補足に対し、そっちこそ嘘を吐くなと言い返したアクアは再び腰を降ろし、バージルに視線を戻す。

 

「まぁいいわ。それよりもバージル」

「なんだ」

「貴方の剣技、中々のものだったわ。で、私から一つ提案があるの」

 

 真剣な表情のアクア。バージルだけでなく、他の四人も彼女の言葉をじっと待つ中、アクアはおもむろに口を開いた。

 

 

「わ──」

「断る」

「まだ何も言ってないじゃないのよぉおおおおっ!?」

 

 彼女の言わんとしていることが予想できた瞬間、バージルは超食い気味に断った。当たっていたのか、アクアはまたも立ち上がってバージルに突っかかる。毎度毎度大声を上げるバージル達の席が気になるのか、周りの冒険者達はバージルに睨まれないようコッソリと見つめていた。

 

「俺は誰とも馴れ合うつもりはない。無論クリスともだ」

「な、なんという即答……カズマのも良かったが、これもまた……んんっ!」

「ほう、孤高を自ら望むとは……」

 

 仲間に誘おうとしたアクアをバージルは冷たくあしらう。そんな彼の姿を見て、ダクネスは何故か悦びを覚え、めぐみんは何を勘違いしたのか感心を示していた。そしてカズマは、嫌な予感を覚えながらも様子を見守る。

 

「この女神たる私が、ぼっちのアンタに手を差し伸べてあげているのよ!? それを自ら断るなんてどういう神経してんのよ!?」

「いやお前がどういう神経してんだよ!? あの実力を見ても上から目線で頼むとか身の程知らずにも程があんだろ! 今すぐ謝れ! バージルさん青筋ピキピキ浮かべてんぞ!?」

「クソボッチヒキニートのカズマは黙ってて!」

「お前が黙れよクソビッチ穀潰し駄女神!」

 

 予感的中。女神を自称しているとは到底思えない粗暴な口調で、アクアはバージルに文句をぶつける。彼女のようなやかましい女は嫌いなタイプだったのか、バージルはアクアを睨んで顔に青筋を浮かべていた。

 このままでは喧嘩が始まる。そう悟ったカズマは慌ててアクアを止めようとしたが、彼女はそれでも止まらない。

 

「バージル! 私と勝負よ! どっちが多くキャベツを収穫できたかで勝負しなさい!」

「いいだろう」

 

 アクアが売ってきた喧嘩を、バージルは即座に買った。彼女は何を言っても無駄なタイプだろうと思ったのだろう。クリスにキャベツを回収させたことを覚えていたバージルは、彼女に自分が斬った個数を尋ねる。

 

「クリス、俺が斬ったキャベツは何個だ?」

 

 目測であるが、百個以上斬ったのは間違いない。勝負にもならんだろうと思いながらクリスの言葉を待っていたが──彼女が発したのは、予想だにしない報告だった。

 

「それなんだけど……どうもバージルが斬ってたのって、ほとんどレタスだったみたい」

「……何っ?」

「だから、バージルが斬ったキャベツは全部で……三個」

 

 まさかの結果を受け、バージルは言葉を失う。

 何故レタスが混じっていたのか。そもそもレタスも飛ぶのか。理解が追いつかず固まってしまったバージル──とその時、勝負を持ちかけた女神からクスクスと笑い声が漏れた。

 

「プッ…! あ、あれだけ大量に斬ってたのに、ほとんどレタスとか……もうダメ! 笑い堪え切れない! プークスクス!」

「貴様ッ……!」

 

 よほどツボに入ったのか、アクアは目に涙を浮かべて腹を抱えて笑う。そこでバージルは確信した。彼女は、ダクネス以上に嫌いなタイプの女だと。

 バージルは怒りのこもった目でアクアを睨みつけるが、笑いは止まらず。カズマも手に負えないと感じたのか、我関せずとばかりにキャベツを食べていた。

 

「もう私の勝利は確実ね! ちょっとー! 受付の人ー! こっち来てー!」

 

 しきりに笑ったアクアは、シュワシュワを一気に飲み干した後、大声でギルド職員を呼ぶ。酒場のヘルプに入っていた金髪の受付嬢は、すぐさまアクアのもとに駆け寄った。

 

「はい、いかがなさいましたか?」

「私の収穫量! いくつよ!?」

「えっと……キャベツのことですか?」

「それ以外に何があるのよ! バージル! 耳かっぽじってよーく聞きなさい! 圧倒的な力の差ってヤツを見せつけてあげるわ!」

 

 自信満々に言葉を待つアクア。カズマ以外の者が耳を傾ける中、受付嬢はアクアの収穫量を発表した。

 

 

「0個です」

「……へっ? 0個?」

「はい、0個で──」

「ハァアアアアアアアアアアアアアーッ!?」

 

 予想外の数値を聞いて、しばし固まったアクアは我に返り、勢いよく立ち上がって受付嬢の胸ぐらを掴んだ。

 

「ちょっと待って!? ゼロってどういうことよ!?」

「そ、それが、どうもアクア様が回収したものは、全てレタスだったみたいで……!」

「全部!? 私が汗水垂らして必死こいて回収したやつ全部が!? おかしいから!? そんなのありえないから!?」

「ほ、本当なんですって!?」

「私のお金は!? 一攫千金狙えると思って、有り金全部使っちゃったんですけど!? どうしてくれるのよー!?」

「そ、そんなこと言われましても……!」

 

 受け止めたくない事実を知り、アクアは必死に受付嬢へ抗議する。回収した物全てがレタスだったのは運がなかったとしか言えないが、有り金を全て失ってしまったのは誰がどう見ても自業自得である。

 半ば八つ当たりでアクアが受付嬢に突っかかる傍ら、バージルはギリギリ勝てたことに内心ホッとしていた

 

 

*********************************

 

 

「あのー、ちょっと気になったんですけど……バージルさんのステータスを見せてもらうことってできますか?」

「ムッ?」

 

 未だアクアが受付嬢に八つ当たりしている傍ら、カズマが控えめにバージルへ話しかけてきた。話すより見せた方が早いと思ったバージルは、懐から冒険者カードを取り出して机に置く。気になっていたカズマ、めぐみん、ダクネスの三人はカードを覗き込み──皆一様に驚嘆した。

 

「な、なんですかこの数値は!? デタラメにも程がありますよ!?」

「ここまで高いと、特別指定モンスターを討伐できたのも頷ける」

「すっげー……俺もこんな数値を叩き出したかったなぁ」

 

 受付嬢やゲイリー、クリスと同じ反応。と思いきや、ここでダクネスが一つのステータスに目をつけた。

 

「しかし、運ステータスだけは酷く低いな」

「ホントですね。かなりの不幸体質ですよ」

「随分と酷い言われようだね。あっ、だからほとんどレタスだったのかな?」

「……フンッ」

 

 ダクネスとめぐみんの言葉を聞き、クリスが茶化すように話しかけてきた。バージルは不機嫌そうにそっぽを向く。そんな中、カズマは黙って運のステータスを凝視していた。

 

「(平均数値は50……で、バージルさんの数値は7。アクアの数値は確か……1)」

 

 筋力、俊敏性、体力、魔力等のステータスで、冒険者にとって最も不要だと言われているのが、運だ。しかし大概の冒険者はレベル1でも50以上はある。アクアやバージルのような、一桁台の数値を叩き出す者は希少だと、アクアの冒険者カードを見ためぐみんが話していた。それが何を意味するのか。

 カズマはゆっくりと顔を上げ、窓の外を見ているバージルを見る。視線を感じたのか、バージルは顔を合わせてくる。そしてカズマは、親指を立てて彼に伝えた。

 

「バージルさん……頑張って!」

「何故励ます」

 

 

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「あんの堅物サムライィ……次は絶対仲間にしてやるんだからぁ……ヒック」

「お前まだ諦めてないのかよ。うっ、酒くっさ……」

 

 月と星が光る夜空の下。顔を真っ赤にして目を虚ろにさせているアクアを背負い、酒の臭いに顔をしかめながらもカズマは夜道を歩いていた。

 夕食会がお開きとなった後、バージルは真っ先に席を立ってギルドから出た。めぐみんはキャベツ収穫祭でうっかり爆裂魔法を撃ち忘れていたと、ダクネスとクリスを連れて夜遅くにも関わらず街の外へ行った。先程大きな爆裂音を耳にしたので、二人の前でぶっ放したのだろう。住民からすれば睡眠妨害も甚だしいとカズマは思う。

 

 そして残ったアクアだが……キャベツを一個も収穫できなかったことを悔やみ、泣きながらやけ酒をしていた。借金なんか知るかとばかりに。その時のアクアを指して「彼女は女神です」と言っても、信じる者は誰一人としていないであろう。

 結局、自分では立てなくなるほど酔ってしまったので、カズマが背負って帰る羽目に。顔とプロポーションだけは良いのだが、それを帳消しにする程の性格を知っていたカズマは、背中に柔らかい物が当たっている現状を嬉しく思わなかった。感情のままに背負い投げしたいぐらいだ。

 

「(けど、アクアの言う通り……あの人を仲間にできたら心強いよなぁ)」

 

 歩きながら、ふと蒼白のソードマスターとの出会いを思い返す。性格面は堅物で融通が効かなそうだが、それを鑑みてもお釣りが返ってくるほどの力と技を持っている。彼がいれば、魔王討伐も夢ではないだろう。

 

「(それに……もしかしたらバージルさんも、俺と同じ転生者かもしれないし)」

 

 彼が転生者だと感じた理由は二つ。一つは、この世界について何も知らないとクリスが言っていたこと。もう一つは、チートアイテムでも使わない限り出せることのできないトンデモ数値のステータス。もし本当に転生者なら、転生者にしか分かち合えないような悩みや愚痴も打ち明けられる、良き相談相手になってくれるかもしれない。

 是非とも仲間に引き入れたいが……本人が嫌と言っているならしょうがないと、カズマはため息を吐く。

 

「──おい」

「んっ?」

 

 その時だった。不意に後ろから声を掛けられ、自分に向けているものだと思ったカズマは振り返る。

 そこにいたは、青いコートに銀髪のオールバックの男──蒼白のソードマスターことバージルだった。

 

「うおぁうっ!?」

「あイタァッ!? 頭がっ!? 頭蓋骨がーっ!?」

 

 まさかの再登場にカズマは思わず声を上げて驚き、うっかり背負っていたアクアを地面に落とす。アクアは後頭部と背中を打ち付け、小さく悲鳴を上げて後頭部を抑えながら転がっている。

 

「何をそんなに驚いている」

「い、いや、まさかバージルさんだとは思わなくって……」

「いったー……ちょっとカズマ! いきなり落とすなんて酷いじゃな……ってあーっ! さっきの堅物サムライ!」

 

 無表情で見つめるバージルに、カズマはアタフタしながらも答える。その後ろで痛そうに後頭部を摩っていたアクアだったが、バージルの姿を見るやいなや大声を上げて彼を指差す。痛みで酔いが少し覚めたのか、目も虚ろではなくなった。

 

「貴様、確かサトウカズマといったな」

「は、はいっ!」

「後ろにいる女は、女神を名乗っているそうだな」

 

 思わず背筋を伸ばすカズマ。するとバージルは、アクアが女神を自称していた件について触れてきた。彼が同じ転生者ならば、女神を知っていてもおかしくない……が、あくまで推測。念のため、アクアが女神である事実を隠して答えた。

 

「そ、そうなんです! この子は自分が女神だと思い込んでいる頭がアレな子で! 何度も病院に行けって言っているんですが……」

「んなっ!? だから私は自称女神じゃなくて、本物の女神なの!」

「ほらっ、こうやって頑なに女神だと──」

「その話、信じてやってもいい」

「えっ!?」

 

 信じてもらえるとは思っていなかったのか、アクアが驚きの声を上げる。やはり彼は──カズマが息を呑む中、バージルは言葉を続けた。

 

「俺も女神によって、この世界に転生させられた身だからだ。貴様もそうだろう? サトウカズマ」

「……ッ!」

 

 だが、カズマが転生者であると見抜いてくるとは思わず、カズマも目を見開いて驚いた。一方でバージルは腕を組み、カズマをじっと見つめる。全てお見通しだと言わんばかりに。

 恐らくこの男に嘘は通じない。隠すことは不可能……いや、そもそも隠す必要はもうないだろう。そう思ったカズマは、バージルへ真実を話すことにした。

 女神アクアによってこの世界に転生したこと。転生特典として、アクアを連れてきてしまったこと。日本という国に住んでいたことを。

 

 

*********************************

 

 

「──と、いうわけなんです」

「日本……」

 

 カズマが全てを話した後、バージルはそう口にし、何やら考える仕草を見せ始めた。見た目は外国人だが、日本についても知っているのだろうかと勝手に思っていると──。

 

「スパーダ、そしてムンドゥスという名前に聞き覚えはあるか?」

「……はい?」

 

 突然尋ねられた、謎の質問。聞き覚えのない単語を聞き、思わずカズマは首を傾げる。隣にいたアクアも「スパーダ? 何それ? 車の名前?」と全く知らない様子。

 

「成程……概ねわかった。今の質問は忘れてくれ」

「は、はぁ……」

 

 するとバージルは自分から質問を取り下げてきた。結局質問の意図はわからず、カズマも釈然としないままだった。

 

「あっ、じゃあ俺からも一つ質問していいっすか?」

「何だ?」

 

 とそこで、今こそ気になる点について聞くチャンスなのではないかと思い、バージルへ質問した。バージルは静かにカズマの言葉を待つ。

 

「多分ですけど、転生する時に女神様から……特典を選んでくれって言われませんでした?」

「確かに言われたな」

「じゃ、じゃあ! その時に選んだのってもしかして……今持ってる刀だったりします?」

「いや、この世界で鍛冶屋に作らせたものだ」

「(……あれ?)」

 

 てっきりカズマは天色の刀が転生特典であり、それがステータスを向上させているものだと予想していたのだが、のっけから外れてしまい彼は困惑する。

 

「俺が選んだのは、元の世界にあった武器だ」

「……! な、ならその武器って、自分の力が全体的にグーンと上がったりします?」

「そんな性能はないが?」

「(……あっれー?)」

 

 転生特典で武器を選んだとも話したが、それもステータスとは関係ないらしい。出会って間もまい相手であるが、嘘を吐くような男には見えなかった。だがもしも、彼が口にした言葉を真に受けてしまった場合──。

 

「(……まっさかねぇ)」

 

 バージルは『素』でこの強さという、トンデモプレイヤーということになる。明らかに人間の彼が──だ。

 もっとも、その可能性が無いわけではない。自分が生前住んでいた世界と、この世界以外にも異世界があり、バージルがその異世界出身で、この世界に負けず劣らずのファンタジー感に満ち溢れていたのなら。

 だがそれでも、あの強さは異常に思えた。何か──秘密がある筈だ。

 

「質問は終わりか?」

「えっ? あっ、はい」

 

 気になる要素が更に増え、もっと突っ込んだ質問をしたい気持ちはあったが、夜も遅い。今日はこれぐらいにして、また後日聞ける機会があれば尋ねよう。そう思ったカズマは、もう質問はないと答えた。

 このままバージルは背中を向けて帰るのかと思われたが──背を向ける素振りすら見せず、話を続けた。

 

「ではサトウカズマ。貴様に提案がある」

「提案? なんですか?」

「仲間になるつもりは毛頭ない……が、貴様とは協力関係を結んでやろう」

「えっ……えぇっ!?」

 

 その内容は、カズマを驚かせるには十分過ぎるものだった。

 仲間ではないが、協力関係ならば味方になってくれるのは間違いない。あの目にも止まらぬ剣技を見せた、特別指定モンスターでさえも倒してしまう実力者が、だ。

 言うなれば、二周目以降から仲間になる隠しキャラを一周目の最序盤で仲間にしてしまうような、チートでも使わない限りできないイベント。それを目の当たりにしたカズマは、あまりにも現実味を感じられず言葉が出ない。

 

「ちょっと!? 神聖な女神たる私が頼んでも即断ってきたのに、なんでたかがヒキニートのカズマには自分から仲間になるって志願してるのよ!? 私じゃ不服だって言うの!?」

「貴様は黙っていろ。それと仲間ではなく協力関係だ」

「どっちも同じじゃない!」

「い……いいんですか?」

 

 大声で怒りをぶつけるアクアをバージルがあしらう中、カズマはやっと出た言葉で念を押す。

 

「そう言っているだろう。だがその代わり、貴様には一つ仕事をやってもらう」

「……ッ!」

 

 どうやら、タダでは力を貸さないようだ。そもそも協力関係とは、互いに対価を払って初めて成立するもの。何かを要求されるのは至極当然のことだ。

 

 一体どのような仕事なのか。もしかしたら、高難易度クエストを攻略するよりも難解な、一筋縄ではいかないものかもしれない。カズマは息を呑み、バージルの言葉を待つ。

 バージルは歩き出し、カズマの隣に立つと──カズマにだけ聞こえるよう小声で伝えてきた。

 

 

「あの変態が暴走し出したら、貴様が止めてくれ。俺では手に負えん」

「……善処します」

 

 バージルの切実な頼みを聞き、カズマはすぐさま承諾した。カズマの返答を聞いたバージルは、黙ってその場から去っていく。

 

「ねぇカズマ。バージルと何を話してたのよ?」

「男同士の固い約束だ」

 

 やたらキメた声で話すカズマだったが、アクアは頭上にハテナを浮かべる。

 かくして二人の異世界転生者は出会い、互いに協力することを誓ったのだった。




バージルがやたら喋っているように思えますが、3の頃より少し柔らかくなったからだと思ってやってください。

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