この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第71話「この王城に盗賊団を!」

 空に満月が昇る夜。王城から少し離れた位置にあった、冒険者の利用者が多い宿屋の一室。

 

「チクショウあの女! 最後まで嫌味ばっか言いやがって! そりゃあ俺も悪かったけど! むしろ俺が悪かったけどさ! 精一杯やったところは評価してくれていいじゃんかよぉ!」

 

 ベッドの上で、カズマは行き場のない怒りに苦しめられていた。

 その原因は、数分前の出来事にあった。

 

 王城では広間にパーティ会場が設けられ、魔王軍撃退に貢献した者達を労る宴が開かれた。

 王女アイリスを中心に貴族、騎士、特に功績をあげた冒険者が集められ、そこにはカズマ達の姿もあった。

 どんな傷でも瞬く間に、それも多くの兵士達を治癒魔法で回復させたアクア。爆裂魔法で敵を一網打尽にしためぐみん。自ら壁となりてクルセイダーとしての努めを果たしたダクネス。

 仲間が貴族や騎士から讃えられる中、三人と比べて大した功績をあげられなかったカズマは、広間の隅で独りぼっちであった。広間にいる者達からは、義賊捕縛に失敗した口だけ男とヒソヒソ声で蔑まれていた。

 また、アイリスと入れ替わってダクネスとクレアの裸を合法的に見ようとしていたことがばれ、ダクネスとクレアから酷い仕返しを受けた。

 アイリスにも怒られてしまい、カズマは酷く傷心。そんな彼に差し伸べられたのは、慰めようとする仲間の手ではなく、さらなる追い打ちをかけようとするクレアの手であった。

 

 二度の失敗をこれでもかと突いてこられ、その上言い返すことができず、カズマの心は傷つくばかり。

 トドメに「今日だけは最後の晩餐を楽しむといい。楽しめるだけの戦果をあげたのならな?」と、ぶん殴りたくなるほどの嫌味ったらしい顔で言われ、やはり言い返せなかったカズマは泣いて王城から逃げ出した。

 

「クソ! もう知るか! アクセルに帰って遊んで暮らしてやる!」

 

 見たくない現実から目を背けるように、カズマは布団を深く被る。

 バニルとの商談で大金が入る未来は約束されている。アイリスのことは忘れて、アクセルの街で気楽なニート生活を送るのだと自分に言い聞かせる。

 が、眠れない。例のボードゲームで決着をつけていないこと、怒らせたままでキチンと謝れていないことなど、アイリスのことが頭から離れない。

 古典的だが羊でも数えるかと思った、そんな時であった。

 

「ねぇ」

「うわっ!?」

 

 不意に女性の声が耳に入り、カズマは思わず声を上げて驚く。声が聞こえた方へ顔を向けると、満月の夜空を背景にクリスが窓を開けて部屋の中に侵入していた。

 

「今日はパーティーじゃなかったの? 随分早いお帰りだね」

「なんでそのこと知ってるんだよ。ていうかまた来たのかよ! 何度来ても答えは同じだからな! 一応、手に入れた情報は教えてやるけど!」

 

 間違いなく義賊への勧誘に来たのであろう。カズマは先に断ってから言葉を続ける。

 

「お仲間のバージルさんから聞いてるかもしれないけど、身体を入れ替える神器をアイリスが持ってた。でも入れ替わっていられる時間は短いし、そんなに危険じゃないと思うぞ。じゃ、あとはそっちでやってくれ」

 

 もう面倒事に巻き込まれたくないと伝えるように、クリスへ背を向ける形で寝返りを打つ。

 このままクリスは夜の街へと消えてくれると期待していたが──。

 

「あの魔道具はね、入れ替わってる最中に片方が死ぬと元に戻れなくなるんだよ」

「……おい、今なんて言った?」

 

 彼女の言葉を聞いて、微かに感じていた眠気が一気に吹き飛んだ。

 

「あれは使い方によっては永遠の命だって手に入れられる凄い物なんだよ。自分の身体が衰えてきたら、若くて健康的な人と入れ替わった後に、相手を殺せばいいんだから。入れ替わる前に自分の財産を相手に渡しておけばなお良しだね」

「おいおい、そんなのシャレにならないぞ。いやでも、神器の力を知られないように黙っておけば……」

「あれはね、最初はどこかの貴族に買われた筈なんだ。それがどうして今は、王女様の手元にあるのかな? 一体誰が、何の目的で王族の元にあれを贈ったんだろうね?」

 

 クリスは疑問を問いかけてくる。しかし先程彼女が話した内容を踏まえれば、目的はカズマでも容易く想像できた。

 

「そんなの決まってるだろ。この国の最高権力者と入れ替わって……おい! マジでシャレになってねーぞ! 早く国のお偉いさんに報告しないと──!」

「やめたほうがいいね。神器の存在が知られたら、まず間違いなく国中の貴族が狙ってくるよ。それどころか、王族ですら悪用する可能性も……女湯潜入とか、ちっちゃな悪事じゃなくってね」

「はうっ」

 

 バージルから神器のことを聞いた時に、カズマの悪行も聞いたのであろう。クリスの冷たい視線を受けて、いたたまれなかったカズマは目を逸らす。

 だが、クリスが話した貴族の悪行と比べれば可愛いものだ。下手すれば国の存亡すら左右しかねない事態。そして、あのアイリスがそれに巻き込まれてしまう可能性。

 しかし、自分には何もできない。このままクリス達に任せるべきだと思う一方、こみ上げてくる謎の熱情。使命感、とでも言うべきか。

 そんな彼の心を見透かしているかのように、クリスは告げた。

 

「君、王女様の遊び相手係なんだよね? じゃあさ、今から王女様のところへ遊びに行かない?」

 

 

*********************************

 

 

 街の住民が寝静まり、城下町の明かりが消え始めた頃。

 

「……遅い」

「カズマさんの勧誘、上手くいくんでしょうか?」

 

 残る盗賊団のメンバーであったバージルとゆんゆんは、先日訪れた服屋の裏手で待機していた。

 今日ならカズマ君を勧誘できそうだと言い、クリスは彼を探しに出かけた。彼は王城でのパーティーに参加すると聞いていたが、どうやって接触するつもりなのか。

 因みにバージルとゆんゆんにもパーティーのお誘いはあったが、仕事が忙しいとの理由で断った。

 

「王城でのパーティー、本当に行かなくて大丈夫だったんですか? もし王城で見つかったら、その場を凌げたとしても後から怪しまれるんじゃ……」

「その為の変装だろう。顔も隠すよう仮面も渡されている。奴はどこまで考えているのか知らんが……一応、こっちで保険は用意してある」

 

 保険という言葉に、ゆんゆんは首を傾げる。しかしバージルはそれを明かそうとせず、自身の服へ目を落とす。

 黒コートに黒いマフラー。先日アルダープの屋敷に潜入した時と同じものである。ゆんゆんも黒いセーラー服を着て、赤いマフラーで口元を隠している。

 更に、バージルはブラッドファングと呼ばれるモンスターの仮面を、ゆんゆんは初心者殺しの仮面を被っていた。どちらも背面にある服屋で調達したもの。

 また、二人とも武器は所持していない。バージルの刀やゆんゆんの短剣、鞭は先の魔王軍との戦いで騎士に見られていたからだ。

 

 魔王軍を撃退し宴を開くほど浮かれているため、この日は騎士も警戒が緩くなっている。そのため、今宵潜入決行となった。

 しかし、クリスを待ってしばらく経つが姿は見えない。少し苛立ちも覚えてきた頃、ゆんゆんが話しかけてきた。

 

「そういえば、悪夢の件はどうなったんですか?」

「さあな。見たかどうか覚えてすらいない。だが……少しは寝覚めが良くなったようには感じている」

「ホントですか!?」

「夢見の像か偶々か知らんが、このまま寝覚めが悪くないようであれば、貴様が持ってきた像のせいで最悪の寝覚めを一度味わった件はチャラにしてやる」

 

 スイーツ巡りと魔王軍との戦いで幾分ストレスは発散されたと思われたが、どうやら根には持ち続けていたようだ。バージルに睨まれ、ゆんゆんはしゅんとする。

 

「……ムッ」

 

 と、バージルは何かに気付いたように道の先へ視線を移す。ゆんゆんも同じ方角へ顔を向ける。

 やがて駆ける足音が聞こえ、暗い夜道から二人の人間がこちらへ向かってきているのを確認した。

 

「ごめん、お待たせ」

「あぁ、バージルさんだったのか。仮面付けてる上に服も違うから遠目だと全然気付かなかった。ゆんゆんも何故かセーラー服着てるし」

 

 どうやら勧誘は無事成功したようで、クリスはカズマを連れて来ていた。カズマは動きやすい黒装束に黒いマフラーと、盗賊らしい格好。

 顔を見られるのを防ぐため、彼も仮面を被っていたのだが──。

 

「貴様、その仮面は……」

「バージルさんもよく知る魔道具店の店員から貰いまして……」

「こんなセンスの欠片もない仮面はやめたほうがいいってアタシも言ったんだけどね」

 

 半分白く半分黒い。貼り付いた笑顔を思わせる細い目の下には星マーク。

 あの、人を馬鹿にする能力は他の追随を許さない悪魔と同じ仮面であった。

 

「あっ! バニルさんそっくりですね!」

「これを被ってると、満月の夜には身体の調子が良くなるとか何とか言ってたけど……って、ゆんゆんもバニルのこと知ってんの?」

「はい。ちょっとした知り合いといいますか、タナリスちゃんがあそこの魔道具店で働いているので、私もよく顔を出してるんです」

「ゆんゆんちゃん。あまり交友関係に口出しするつもりはないけど、あの悪魔とだけは友達になっちゃダメだよ。会った後は必ず浴場で身体を清めて」

「そ、そんなにしなくても……バニルさん、毎朝ゴミを漁るカラスを撃退してて、主婦の間ではカラススレイヤーのバニルさんとして好かれてるらしいですし」

「騙されちゃダメだよ! それは人間界に溶け込もうとするただの擬態で、自分のこと以外どうでもいいと思ってるのがアイツの腐りきった本性なんだから!」

 

 特に仮面の悪魔を嫌っているクリスは、バニル側に引き込まれようとしているゆんゆんを心配する。もっともバニルにそんなつもりは無く、杞憂なのだが。

 バージルも彼の仮面は快く思わなかったが、魔力はあまり感じられない。それに、カズマは王城で顔を知られている。となれば彼に仮面は必須。

 

「無いよりはマシだ。準備ができたなら、さっさと行くぞ」

 

 バージルは特に咎めることもせず、クリスを急かす。だがクリスは「ちょっと待って」と止めて、二つの小瓶をポーチから取り出した。

 

「はい、バージルとゆんゆんちゃんはこの香水をつけて」

「えっ!? 私、そんなに臭いましたか!?」

「違う違う。これは魔力に対する香水だよ。魔法職みたいな鼻が利く相手には、二人の正体がバレちゃう危険性があるからね。魔王軍との戦いで知名度も上がっちゃってるみたいだし」

 

 魔力の量は勿論、質も人によって違いはある。魔力の質を『匂い』で例える者もいる。

 アークウィザードのような魔法に長けた才を持ち、魔法に造詣が深い者であれば、魔力の量と質で人を見分けることも可能となる。

 バージルとゆんゆんは、先の魔王軍撃退戦にて活躍した二人。彼等の魔力を覚えている者もいる可能性は否定できない。納得した二人はクリスから香水を受け取り、身体に吹きかけた。

 

「そんな香水もあるんだな。お頭、俺には無いんですか?」

「助手君には必要無いんじゃないかな。魔力量は少ないし」

「そっすか」

 

 こういった異世界ならではのアイテムに憧れたカズマであったが、ストレートに言葉を返されて少し落ち込む。

 一方でクリスは、二人が香水をかけ終えたのを確認すると小瓶を回収し、ポーチに入れた。

 

「さて、我らが『銀髪盗賊団』の準備が整ったところで、早速王城に向かうとしますか」

「そっすねお頭。いざ『仮面盗賊団』の晴れ舞台へ!」

 

 クリスの言葉に合わせるようにカズマは呼応する。しかし方向性の違いが生じてしまったようで。

 

「……ねぇ助手君、その名前は仮面を持ってないアタシへの当てつけなの? 普通に考えて仮面盗賊団より銀髪盗賊団の方が格好いいと思うんだけど」

「そっくりそのままお返ししますよ、お頭。俺だけ銀髪じゃないのに銀髪盗賊団ってのはおかしいでしょう。俺だけハブるんですか? 新手のいじめですか?」

 

 どちらも譲る気は無し。カズマとクリスは睨み合って火花を散らす。

 名前などどうでもよかったバージルは、話し合いが早く終わってくれることを願う。そんな中、ゆんゆんが控えめに手を挙げた。

 

「そ、それなら『銀髪仮面盗賊団』というのは、どうでしょうか?」

「……そりゃあゆんゆんとバージルさんは二つ持ってるからいいけどさ。俺とお頭は片方無いんだけど」

「そ、そういう意味で言ったんじゃないんです! 私は、銀髪でも仮面どちらでもいいようにと思って──!」

「アタシと助手君、どっちも仲間外れにならないよう考えてくれたんだね。ありがとうゆんゆんちゃん。アタシは良いと思うよ。銀髪仮面盗賊団」

 

 二つの間を取った案を聞いて、クリスは満足そうに頷く。

 これで盗賊団の名前も正式に決まり、ようやく王城へと潜入に──と思われたが。

 

「あの、先程から気になっていたんですが……どうしてカズマさんを助手君と呼んでて、クリスさんはお頭って呼ばれているんですか?」

 

 変わった名前で呼び合っているのが気になり、ゆんゆんは尋ねる。クリスは話し忘れていたことにはたと気付き、理由を説明した。

 

「潜入中に本名で呼び合ってたらバレるでしょ? だから、こうして別の呼び名にしているんだ」

「助手君呼ばわりは不本意だけど、ジャンケンで負けたから仕方なくな。俺、ジャンケン誰にも負けたことなかったのに……」

 

 クリスが話す横で、カズマはため息を吐いて項垂れる。よほどジャンケンに負けたのが悔しかったのであろう。

 一方でクリスの説明を聞いたゆんゆんは、赤い目をキラキラと輝かせて食いついていた。

 

「凄いです! 格好いいです! 素敵です!」

「そ、そう? じゃあ折角だし、ゆんゆんちゃんとバージルにもつけてあげるよ」

「ホントですか!? ありがとうございます! 私、こういう仲間内だけの呼び方とかにすっごく憧れてたんです!」

 

 ぼっちの彼女には無縁の存在であったあだ名を付けてくれると知り、ゆんゆんは興奮状態。そんな彼女とは対照的に、冷えた視線を送っていたバージルはため息を吐いていた。

 

「やっぱり特徴を捉えた方がいいよね。ゆんゆんちゃんは……」

 

 クリスは顎に手を当てて、ゆんゆんのコードネームを考える。隣にいたカズマも協力的なのか、一緒に考え込む。

 

「レッドアイ、アカメ、クリムゾン……うーん、呼びやすい方がいいかなぁ」

 

 候補を口に出すが、どれもクリスにはしっくり来ず。逆にゆんゆんとしては全部満足のいくもので、嬉しそうにはにかみながら待ち続ける。

 中々良い名前が思い浮かばないクリス。とそんな中、隣で考えていたカズマが声を上げた。

 

「ニュー……とかどう?」

「にゅう?」

 

 紅い目や魔法使いといったゆんゆんの特徴とは結びつかない名前。ゆんゆんとクリスは首を傾げる。

 だが、どうしてその名前に至ったのかを理解できる者が、カズマ以外にもうひとりいた。

 

「アナグラムか」

「あなぐらむ?」

「文字を入れ替え、新たな言葉を作ることだ。ゆんゆん(Yun Yun)の名前の一部を、とある文字で入れ替えるとニュー(Nyu)になる。そうだろう?」

「えっと……そ、そうっすね」

 

 バージルの言葉に、若干歯切れが悪かったもののカズマは肯定する。

 

「とっても格好いいです! 大満足です! カズマさん、ありがとうございます!」

「ニューちゃんね。アタシもいいと思うよ。呼びやすくて可愛いし」

「あ、あはは……」

 

 カズマの考えたコードネームは大好評のようで、ゆんゆんは勿論クリスも気に入った様子。その中でカズマは乾いた笑いを上げる。

 決して『巨乳』の(にゅう)から連想したと言ってはいけない。彼は心の中で固く誓った。

 

「それじゃ、バージルはどうする?」

「必要ない」

「でも、あったほうが話しやすいでしょ。無いよりはマシだよ」

 

 バージルは拒否したが、相手にその気は無いようで。クリスは再び考える仕草を見せる。

 

「バージル、ばーじる、じるば……ねぇ助手君、なんか良い案ない?」

「すぐ俺に振ったな。そうだなぁ……バージルさんって、英語だとどうやって書くんですか?」

「頭文字はV。次にE、R、G、I、Lだ」

 

 カズマに質問され、バージルは素直に答える。英語について異世界の住民が知る筈もなく、傍で聞いていたゆんゆんは不思議そうに二人を見ている。

 またアナグラムで作る気かとバージルは予想していると、カズマは思いついたように手をついた。

 

「……あっ、呼び名それでいいじゃん」

「えっ?」

「Vだよ、ブイ。バージルさんの頭文字だ。短くてわかりやすいし」

 

 出てきた呼び名はバージルの予想を裏切り、実に安直な物であった。しかし、覚えやすさと言いやすさは合格ラインを十分に超えている。

 本人的にも思いの外しっくり来ていたのだが、決してそれは口に出さず。

 

「助手君が考えた名前、バージルはどう思う?」

「言った筈だ。貴様等で勝手に決めればいい」

「オーケー、じゃあブイ君で決まりだね」

 

 本人の許可も得て、盗賊団内でのバージルの呼び名は『(ブイ)』と正式に決まった。

 

 

*********************************

 

 

 諸々が決まったところで、銀髪仮面盗賊団は王城へと向かう。城壁を越え、城の敷地内へ。

 クリスの見立て通り騎士の警備は緩くなっており、彼等は問題なく正門とは別の扉まで潜入することに成功した。

 バージル等が周囲を警戒している間に、閉ざされていた扉をクリスが手際よく解錠。四人は王城内に潜入。

 

「順調に潜入できてるな……順調すぎて怖いぐらいに」

 

 王城暮らしの経験と『敵感知』『暗視』を使えるカズマが先行し、四人は廊下を進む。ここまで見張りの騎士とは一人も遭遇せず、カズマは安心とは逆に不穏を抱く。

 

「パーティーで浮かれて皆酔いつぶれちゃった……ってことなら楽でいいんだけどね。罠を張って待ち構えてる可能性もあるから、気を付けて」

 

 盗賊の勘を働かせ、一層警戒心を高めるクリス。カズマも感覚を研ぎ澄ませて『敵感知』を続ける。

 ──と、カズマは前方に人の気配を感じ取った。

 

「噂をすれば誰か来たな」

「よし、そこの物陰に隠れよう。助手君は『潜伏』を忘れないでね」

 

 クリスも『敵感知』で見張りの接近を感じたようで、冷静に指示を出す。

 二人は即座に物陰へ身を隠す。程なくしてカツカツと歩く靴の音が。見つからないようジッとするべき場面であったが──。

 

「ちょ、ちょっと助手君!? 顔が近いんだけど!?」

「静かに、お頭。騒いでたらバレますよ。念の為もうちょっと奥に」

「これ以上は無理だって! 色々と当たってるんだけど!?」

 

 カズマはクリスを押し込むように物陰へ隠れようとし、やり過ぎだとクリスが騒ぎ立てた。

 それでもカズマは構わず押し込み続ける。やがて、接近してきた見張りがランタンの灯で彼等の所を照らしたが『潜伏』スキルによって見つかることはなかった。

 

「気のせいか……」

 

 見張りはそう呟いて、カズマ達が隠れている所から目を背ける。足音が遠のいていったのを確認してから、カズマは物陰から出た。

 

「ふぅ、間一髪でしたねお頭。俺の用心が無ければここでゲームオーバーでしたよ」

「……助けてくれたことには礼を言うけどさ。あんまりアタシにセクハラすると女神エリスの罰が下るからね」

 

 クリスは少し怒った顔でカズマに言いつける。彼も少し本能に従い過ぎたと反省した。

 とにもかくにも危機は去り、引き続き潜入を続けたいところであったが、ここでカズマはふと気付く。

 

「あれ? バージ……ブイさんとニューはどこだ?」

 

 

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「ふぁあっ……」

 

 城内を見回る甲冑に身を包んだ騎士は、眠気に誘われて思わずあくびをする。

 この階の見張りは自分一人しかいない。普段は二人か三人で回っているのだが、今日は魔王軍撃退を祝う宴があった。

 騎士団の多くも宴を楽しみ、酒に飲まれて今はベッドでお休み中であった。彼も女性冒険者に酒を勧められたが、夜の見回りがあったため、惜しみながらも断った。

 

「他の奴等はいいよなぁ。たらふく食って呑んでぐっすり寝れて。俺も楽しみたかったよ」

 

 豪勢な食事と高級な酒が忘れられず、彼は酔いつぶれた他の騎士達を羨ましく思うと同時に呆れを覚える。

 最近では貴族の屋敷に義賊が現れたという報告を受けている。もしこの日に義賊が王城へ忍び込みに来たらどうするのか。

 もっとも、国を敵に回すような真似を、たかが義賊にできるとは思えないのだが。男は嘲るように鼻で笑う。

 

 ──コツと、背後で足音が響いた。

 

「うおっ!?」

 

 油断していた男は騎士らしからぬ情けない声を出し、振り返ってランタンをかざす。しかし人の姿は見られない。

 気のせいだろうか。内心怯えながら様子を伺っていると、今度は別の方向から足音が。

 

「だ、誰だ!?」

 

 気のせいではない。男は周囲をランタンで照らしながら警戒する。人の影は無い。だが足音は確かに聞こえた。

 確証は持てていないが救援を呼ぶべきか。判断に迷っていると、不意に鎧越しに肩を捕まれた。

 

「ヒィッ!?」

 

 男は思わず悲鳴を上げる。束の間、後ろにいるであろう謎の人物によって、被っていた頭の鎧を取られた。

 更に、後ろから伸びてきた手によって口を塞がれた。男は声を上げて抗うが、声は抑えられ拘束も強い。

 そして──彼の前に、仮面を付けた華奢な少女が突然姿を現した。

 

「『スリープ』」

 

 少女は男の顔へ手をかざし『スリープ』を唱える。たちまち睡魔が襲いかかり、男の足元がふらつく。

 深夜帯で眠気も帯びていたこともあり、男は瞬く間に眠りの世界へと誘われた。

 

 

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「ちょっとちょっと! 何やってんの二人とも!」

 

 クリスは慌てて駆け寄る。その先には、先程の騎士を眠らせたゆんゆんと、騎士を容易く肩に担ぎ上げていたバージル。

 姿が見えないと思っていたら、まさか自ら仕掛けていたとは。心臓の悪い行動をしでかした二人のもとへ辿り着くと、バージルが先に口を開いた。

 

「この階層にいる見張りはコイツ一人だ。眠らせるか拘束しておいても問題ない」

「眠そうにしていた所に『スリープ』をかけたので、朝までは大丈夫ですよ」

「だとしても、わざわざ危険を犯してまで眠らせなくても良かったんじゃ……」

「まぁいいじゃないすかお頭。こうして作戦は上手くいって見張りが一人減ったんですし」

 

 勝手な行動に出た二人に不満を覚えるクリスに、カズマが落ち着かせるように声を掛ける。

 大胆に動くことも盗賊としては大事だが、彼等──特にバージルは大胆に動き過ぎるので、見ている側はたまったものではない。

 

「ところでブイさん、ソイツはどうするつもりなんすか?」

 

 カズマがバージルの抱えている騎士を指差して尋ねる。眠っているとはいえ、このまま放置するわけにはいかない。それはバージルもわかっていたようだ。

 

「俺が適当な場所に隠しておく。貴様等は先に行け。後で追いつく」

 

 バージルはそう伝えてカズマ等に背を向ける。

 構造も把握しきれていない場所に、潜入経験の浅い新人を置いていくなど以ての外だが、バージルなら魔力を頼りに後を追うのも可能だ。

 それよりも、不安な点がひとつ。

 

「……変なこと考えてないよね?」

 

 クリスは眉を潜め、疑り深い目つきでバージルを見る。しかし彼は何も答えようとしない。

 

「何言ってんですかお頭。ブイさんが人目のつかない所に男を連行して、口では言えない事をする人に見えるんですか?」

「えぇっ!? せ、せんせ……ブイさんはそんな破廉恥なことしません!」

「貴様こそ何を言っている」

 

 おかしなことを口走るカズマに、バージルは冷静にツッコミを入れる。それで追及する気が削ぎれたのか、クリスはため息を吐くとバージルへ伝えた。

 

「必ず後で追いついてね。それと、対敵しても戦闘は極力避けること。いい? お頭からの命令だからね?」

「いいからさっさと行け」

 

 釘を刺すように言いつけるクリスを鬱陶しく思ったのか、バージルは手を払って先へ進むよう促す。

 どうしても拭いきれない嫌な予感を抱きながらも、クリスはカズマとゆんゆんを連れて次の階へと進んだ。

 

 

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 バージルを置いて先に進んだ銀髪仮面盗賊団。

 カズマの『暗視』『敵感知』スキルで見張りとの遭遇を避け、見つかってしまった場合は騒がれる前にクリスの『バインド』とゆんゆんの『スリープ』で無力化。三人は順調に進んでいた。

 

「あの、本当に『ライト・オブ・リフレクション』は使わなくて大丈夫ですか?」

「今の所、アタシと助手君の『潜伏』でどうにかなってるからね。ニューちゃんは『スリープ』用に魔力温存してて」

 

 不安そうに尋ねてきたゆんゆんに、クリスは大丈夫だと安心させる。

 あのスキルは潜入に最適だが、前回の屋敷と違ってここは広い王城。下手に迷えば、彼女の魔力を無駄に消費させてしまう。

 

「アイリスは多分一番上の階だ。当然見張りも厳しくなってくるだろうから、用心しないとな」

「でもここまで順調だし、案外すぐに王女様のところに行けたりしてね」

「やめてくださいよお頭。そういう発言はフラグって言って、不吉なイベントを招いたりするんですから」

 

 口ではそう言うが、仲間と会話を交えられるだけの余裕はあった二人。周囲を警戒しながら廊下を進んでいたら、上に続く階段を発見。

 早速登ろうと階段に足をかけた──次の瞬間。

 

「『バインド』!」

 

 彼等の耳に女性の声が届き、一拍置いて縄が飛んできた。侵入者の彼等を捕縛せんと縄は襲いかかる。

 だがそれを、ゆんゆんが咄嗟に『ウインドカーテン』で風を発生させ、縄の進路を防いだ。

 

「おっしぃー! もうちょっとで噂の義賊を捕まえられそうだったのに!」

 

 悔しそうに唸る女性の声。カズマ達はすぐさま顔を向ける。

 視線の先に立っていたのは、赤髪の女性に緑色のポニーテールの女性。うっすら見覚えがあるとカズマは思った時、ゆんゆんが小声で伝えてきた。

 

「彼女達は、ミツルギさんの仲間です」

「あぁ思い出した。両隣にいた口うるさい取り巻きか。アイツ等だったら俺の『スティール』脅しで──」

「二人はミツルギさんと一緒に前線に立っていると聞きました。ミツルギさんの実力を考えると、二人の実力も相当のものかと」

「……マジで?」

 

 カズマにとって二人の姿は、ミツルギの隣でギャーギャーと騒ぐ印象のまま。そんな二人が力を身に着けていると知って、カズマは本当なのかと疑う。

 しかし、ゆんゆんの声色はいつになく真剣なもの。確信を得るにはそれだけで十分であった。

 

「あの二人は私が引きつけます。クリ……お頭と助手さんは先に行ってください」

「一人じゃ危険だ。三人で戦ったほうが──」

「恐らく、足止めも目的の一つです。ここで戦っている間に上への道を塞がれてしまうかもしれません」

 

 カズマの言葉を遮り、ゆんゆんは譲らない意志を見せる。

 本音を言えば二人だけでは心許ないからだが、ゆんゆんの意見も無視できなかった。

 

「大丈夫です。いざとなったら『テレポート』でお先に避難しますので」

 

 心配する二人を安心させるように、ゆんゆんは話す。もはや、何を言っても聞かないであろう。

 

「作戦会議は終わったかしら?」

「早くしないと、騒ぎを聞きつけて護衛が集まっちゃうよー?」

 

 余裕で捕まえるつもりなのか。親切にも相手は待ってくれている様子。盗賊団のリーダーであったクリスは悩みに悩んで、ゆんゆんの意見を尊重することに決めた。

 

「わかった。ここはニューちゃんに任せるよ。でも無茶だけはしないで。危なくなったらすぐ逃げてね……『ワイヤートラップ』!」

 

 再三釘を指した後、クリスは階段を登る。カズマも登った後、クリスは階段の入り口を塞ぐようにワイヤーを張った。ワイヤーの向こうで、ゆんゆんは構えて敵二人と対峙する。

 ゆんゆんは自分が思っているよりも強い。きっと大丈夫だ。そう自分に言い聞かせ、カズマはクリスと共に先へ進んだ。

 

 

*********************************

 

 

 バージル、ゆんゆんの二人と別れ、先を急ぐカズマとクリス。先程の騒ぎが聞きつけられてしまったようで、見張りの騎士に見つかってしまった。

 逃げつつ追手を撒いて、王城内を走り回る。一階、更に一階と上がり、順調に進んでいく。

 

「助手君! 最上階まであとどのくらい!?」

「もう二階ほど上だ! ここら辺なら俺もよく歩いてた! 最短距離で行こう!」

 

 悠長にはしていられない。カズマは記憶を頼りに廊下を走っていく。背後から追ってくる騎士はいない。

 先にある曲がり角を過ぎ、行く先に次の階段が見えた。早る気持ちを胸に足を進めたが──そう簡単には行かせてくれなかった。

 

「ここから先は通行止めだよ」

 

 カズマとクリスは慌てて足を止める。突如として道の脇から現れ、彼等の進路に立ち塞がったのは、浅葱色の大剣をこちらに差し向ける青年。

 

「大人しく捕まってくれるのなら話は早いが……その気は無さそうだね」

 

 魔剣の勇者、ミツルギ。どうしてコイツはタイミングの悪い時にしか出てこないんだと、カズマは心の中で悪態を吐く。

 真正面から戦って勝てる相手ではない。彼に三勝しているカズマも、それは理解していた。この場を切り抜ける策はないかと頭を回転させる。

 

 その時──ガシャンと、鎧が動いた時のような音が背後から聞こえた。

 カズマとクリスは咄嗟に振り返る。そこには、槍と盾を持った王城内の騎士が一人。

 

「どうやら退路も塞がれたようだね。残念だけど、君達はここでゲームオーバーだ」

 

 最悪の状況に陥ってしまった二人。勝利を確信したのかミツルギは剣を下ろし、ジワジワと歩み寄ってくる。

 

「(……よし、そのまま近づいて来い。捕まえようとした所に『ドレインタッチ』で弱らせてやる)」

 

 油断している今が好機。一か八かの策を思いついていたカズマは、いつでもスキルが発動できるよう心の中で構える。

 

 刹那──カズマとクリスの間に風が吹き、彼等の前で大きな金属音が鳴り響いた。

 背後にいた筈の騎士は、捕縛対象である筈の二人を瞬く間に通り過ぎ、ミツルギへと襲いかかっていたのだ。

 

「……えっ?」

 

 予想外の出来事に、カズマは思わず声を漏らす。目で追えない速度であったがミツルギは反応できていたようで、大剣で槍の突進を防いでいた。

 

「き、君……! どういうつもりだ!」

 

 競り合いながらミツルギは問いかけるが、騎士は答えない。押し切れないと見てか、騎士は後ろへ下がる。

 その隙を突くようにミツルギは大剣を振りかざす。しかし騎士はそれを盾で押し出すように防ぎ、ミツルギの体勢を崩した。

 続けざまに盾でミツルギを殴る。ミツルギは後方へ殴り飛ばされるも、すぐに顔を上げる。だがその時にはもう、騎士は彼の眼前に立っていた。

 騎士はランスを右へと薙ぐ。ミツルギは大剣で防いだが勢いは殺せず、通路横の大きなガラス窓を割って外へ。それを追うように騎士も外へ出ていった。

 刹那的に起きた出来事に理解が追いつかず、足が止まる二人。やがて我に返ると、カズマは今しかないとクリスに声を掛けた。

 

「なんだかわからないけど、とにかくこれで邪魔者はいなくなった! 先に進みましょうお頭!」

「う、うん……」

 

 背中を押されるように返事をし、クリスは前を走るカズマの後を追う。

 階段まであと少し。ここを登ればアイリスのいる場所は目前であったが、刺客はミツルギだけではなかった。

 

「止まれ! ここから先は通さんぞ!」

「げっ!」

 

 階段を降りて現れたのは、白いスーツに身を纏ったクレアであった。更にレインもおり、近衛騎士も数名立ち塞がっている。

 仮面の下で、カズマはたまらず顔をしかめる。数では圧倒的にこちらが不利。一旦退いて撒くべきかと考えたが、いつ背後から追手が来るかもわからない。

 ゆんゆんとバージルの増援も期待できない。つまり、カズマとクリスだけでこの場を凌がなければならない。

 

 そんなの無理に決まってる──と、いつもの彼なら逃げ出していたであろう。

 彼自身も不思議に思っていた。どうしてクリスの提案に乗り、こうして追われる羽目になっても逃げようとしないのか。

 明日には王都を追い出されるから、という理由もある。しかし、面倒事を嫌う彼にとっては願ったり叶ったりの筈だ。

 

 なのにどうして、こうも必死になっているのか。自分は熱血キャラでも選ばれた勇者様でもないというのに。

 アクセルの街に帰れば遊んで暮らせる。ここで逃げ出して、自分の屋敷でのんびり過ごせばいいというのに。

 

「私……貴方のような人に会ったのは初めてなんです。他の者がかしずく中、一人だけ物怖じもせず、無礼で、あけすけで……」

 

 彼の頭に過るのは──世間知らずの王女様。

 

「挙げ句、王族の私におかしなことを教え込み、そして大人気なく全力で勝ちにきたり……」

 

 気に入った所を話して欲しいと言えば、まるで気に入らない所のように聞こえる答えを返した彼女。

 

「えぇ、気に入った理由を話しているんですよ?」

 

 短い間だが、自分を兄だと慕ってくれた──純粋無垢な少女の笑顔。

 

「──お頭」

 

 カズマは後ろに控えていたクリスに声を掛ける。

 美しい満月だからか。負けられない理由があるからか。彼の頭はいつも以上に冴えており、視界も良好。身体も良く動く。

 今宵のカズマは──すこぶる調子が良かった。

 

「俺、たった今から本気出すわ」

 




カズマとアイリスの描写が少ないため、原作未読勢の方がいらしたら「んっ?」って思われるかもしれませんが、ご了承ください。
それか原作文庫を読んでください。漫画版もあるよ(ダイマ)

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