この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第73話「Dance of the sword ~剣の舞・勇~」

「本気出すって……助手君、何か策があるの?」

「えぇ。お頭はとりあえず俺についてきてください」

 

 カズマは手短にクリスへ指示を出す。立ち塞がるのは、クレア率いる近衛騎士。

 手前にスピアを持った騎士が三人、奥に杖を持つ魔法職らしき者が二名と、レイピアを構えるクレア。対してこちらは盗賊と最弱職の冒険者。

 ハナから勝ち目はないように思えるが、今のカズマはどうにも負ける気がしなかった。

 

「よくここまで来たと褒めてやろう。が、命運尽きた! 俺が貴様等をとっ捕まえてやる!」

 

 威勢のいい騎士が前に出る。それを見たカズマは、まずはコイツかと標的を決める。

 カズマは騎士に対して言い返すでも攻撃するでもなく、おもむろに歩み寄って手を差し伸べた。

 

「な、なんだ? 投降か? 案外物分りがいいじゃないか」

 

 騎士は困惑したが武器を下ろして、差し出されたカズマの手を握る。

 

「さぁ、そこの銀髪男もだ。大人しく従えば命だけはとらなぁああああっ!?」

 

 こっそり発動したカズマの『ドレインタッチ』により、接触した騎士の魔力が吸われていった。突然騎士が悲鳴を上げたことに、後方で控えていたクレア達が驚く。

 搾り取られた騎士はヘナヘナとその場に倒れる。他の敵が呆気に取られている今こそチャンス。

 

「お頭! 一気に切り抜けますよ!」

「えっ!? ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

 カズマはクレア達に突っ込む形で駆け出した。少し遅れてクリスも追いかける。

 強行突破を試みてきた義賊にクレアは面食らった様子であったが、すぐに騎士達へ指示を出した。

 

「後衛は魔法を放つ準備を! 前衛は迎え撃て!」

「はっ!」

 

 クレアの指示通り、騎士二人がカズマ達に襲いかかる。だがその時カズマは、既に魔法を放たんとしていた。

 

「『ウインドブレス』!」

 

 カズマは握っていた手を広げて風を起こす。と同時に『クリエイトアース』で生成した砂を吹き飛ばした。砂は甲冑の目の隙間から中に入る。

 

「ぐあぁっ! 目に砂が……!」

 

 目潰しを食らった騎士二人の動きが止まる。カズマとクリスは足早に騎士の横を駆けて先へ。

 

「おのれ賊め! 小賢しい真似を!」

 

 だが彼等の道をクレアが阻む。腰元のレイピアを抜き、カズマへと襲いかかってきた。

 真正面から迫るレイピアの切っ先。普段ならば腰が引けて後退する場面だが、カズマは足を止めない。

 クレアの突きをギリギリまで引き寄せ──刺さる直前、華麗な身のこなしで避けた。

 

「なっ!?」

 

 通常のカズマのステータスでは不可能な動き。しかし潜入前にクリスから会得していた『逃走』スキルが、それを可能としていた。

 まさか避けられるとは思わなかったであろう。驚嘆しているクレアを置き去りにしてカズマは走り続ける。

 残るは魔法職の二人。あっという間に前衛を突破されて慌てていたが、魔法を放つ準備はできている様子。

 

「『スキルバインド』!」

 

 しかし先にクリスが先手を打った。魔法職の二人は魔法を唱えたが、発動されず困惑している。

 

「ナイスですぜお頭!」

「助手君だけに任せてたらリーダー失格だからね!」

「それじゃあついでに、階段登ったらワイヤーお願いします!」

 

 瞬く間に壁を突破したカズマは、駆け抜けながらクリスに指示を出す。急ぎ足で階段を登ったところで、クリスは入り口を塞ぐように『ワイヤートラップ』を放つ。

 

「ま、待て!」

 

 逃さまいとクレアが迫るが、それよりも早くワイヤーが張り巡らされていく。その隙間からクレアの顔を見たカズマは、おもむろに手をかざす。

 今まで散々見下げられたお返しだと、カズマは仮面の下で、悪魔もドン引きする邪悪な笑みを浮かべて唱えた。

 

「『スティール』」

 

 

*********************************

 

 

「ふぅ、どうにか突破できたね」

 

 無事にワイヤーを張り終え、クリスは額の汗を拭う。念入りに張ったので、すぐに追いつかれることはないであろう。

 安堵の息を漏らし、クリスは隣のカズマを見る。仮面をつけていて口周りしか見えないが、それでも表情が伺えるほど口角がつり上がっていた。

 そんな彼の手には──どこかで見たことのある白いズボン。

 

「ねぇ助手君。今手に持ってるそれって……」

 

 クリスは青ざめた顔でカズマの手にしている物を指差す。と、その時だった。

 

「きゃああああああああっ!?」

 

 ワイヤーの向こう側から、女性の悲鳴が届いてきた。カズマが手に持つズボンを考えると、悲鳴の主は恐らく彼女であろう。

 悲鳴を確認してカズマは「ヨシ」と頷くと、ワイヤーから背を向ける。彼が進む先には、踊り場にあるグリフォンを模した石像。

 

「本当はパンツを狙いたかったけど、正体が俺だってバレる危険を考慮してズボンにしたんだ」

 

 その首にズボンをかけ、紐のように強く縛りながらそんなことを口にする。傍で聞いていたクリスは背筋が凍るような恐怖を覚え、守るように自分の肩を抱く。

 完成したのは、ほんのり生暖かいズボンをマフラーのように巻くグリフォン像。それを二歩後ろに下がって見ていたカズマは、満足そうに頷いていた。

 

「み、見るな! 私を見るなぁああああ!」

 

 ワイヤーの向こうでは、怒りと羞恥が混じった彼女の悲鳴が。それを堪能するように目を閉じて聴いた後、カズマはようやくクリスに顔を向けた。

 

「さ、追いつかれる前に行きますよお頭」

「……君だけは絶対敵に回したくないよ」

 

 

*********************************

 

 

 カズマとクリスがクレア等と対峙していた頃、城の庭園にて。

 

「くっ!」

 

 空から落ちてきたミツルギは、宙で身を翻して着地する。すぐさま身体を起こして剣を構える。

 彼の正面に立つのは、ランスと盾を装備した王城の近衛騎士。否、それに扮した誰か。

 

「油断していたよ。まさか騎士に変装するとはね。でも、慣れない鎧だと動きにくいんじゃあないかい?」

 

 あくまで機動力はこちらが上だと、ミツルギは剣先を差し向けて告げる。だが相手から反応は返ってこない。

 

『どうやら向こうは、お前とお喋りなんかしたくないようだな』

「つれないな。なら、早く始めるとしようか」

 

 ミツルギはベルディアと短く言葉を交わし『魂の共鳴(ソウルリンク)Lv1』を発動。放出された魔力により風が起こり、庭を埋める緑の草が強く揺れる。

 だがそれでも相手に動きは見られない。ミツルギは腰を落とし、地面を強く蹴って駆け出した。

 

「ハァッ!」

 

 接近し、魔剣を横に薙ぐ。相手は盾を構えて防いだ。金属のかち合う音が鳴り響く。

 十分に勢いを乗せた一撃であったが、相手はびくともしない。それだけで、現時点で単純な力の強さでは向こうが上だと判断できる。

 ミツルギはもう一度剣を振る。一撃目よりも強く盾にぶつかったが相手は冷静に防ぎ、反撃の突きを狙ってきた。

 ミツルギは咄嗟に後ろへ飛び退く。着地した後にすかさず距離を詰め、突き攻撃(スティンガー)を繰り出す。

 

 魔剣は相手の盾と衝突し、その振動が剣を伝って身体に感じる。と、相手は盾を押し出して魔剣を跳ね除けて再び突きを狙った。

 これをミツルギは飛び上がって回避しつつ騎士の後方へ回る。かつ魔剣に魔力を込め、着地して間も空けず『ソードビーム』を放った。

 地を這うように斬撃が騎士へ飛ぶ。対する騎士は盾ではなく、ランスを横に薙ぐことで斬撃を斬り伏せた。

 騎士の前には、既に剣を構えるミツルギの姿が。

 

「ここだ!」

 

 斬撃を追いかける形で駆け出していたミツルギは逆袈裟を狙う。しかし騎士は身体一個分後ろに退いて、反撃を狙った。

 再び襲いかかる騎士の突き。避けられないと見たミツルギは魔剣の剣身で防ぐ。ランスの先端が魔剣に突き当たり、魔剣越しに強い力を受けたミツルギは後方へ吹き飛ばされた。

 

「ぐうっ……!」

 

 身体にかかる圧を感じながらも足で踏ん張り、勢いを止める。すかさず相手に目を向けたが、追撃は狙ってこなかった。いつでも倒せる、とでも言うかのように。

 

『そう簡単には崩せそうにないな。悔しいが、力押しでは勝ち目がなさそうだ』

「……ベルディア、一段階上げるよ」

 

 真っ向勝負では勝てない。ベルディアの言葉を聞いて、ミツルギは気持ちを落ち着かせるように深く呼吸する。

 そのまま魔力と神経を集中させ『ソウルリンクLv2』に移行。ミツルギを中心に風が吹き荒れるが、相手に動揺は見られない。

 開放された魔力が落ち着きを取り戻した所で、ミツルギは魔剣を静かに構える。

 

『素早い動きで翻弄し、僅かな隙を狙う作戦か。確かに速さではこちらに分がありそうだが──』

「ベルディア、ちょっと痛いかもしれないけど我慢してね」

『はっ?』

 

 ベルディアにそう告げた後、ミツルギは地面を蹴って騎士へと突撃した。Lv1の時とは比べ物にならない速さ。

 

「ハァアアアアッ!」

 

 ミツルギは魔剣を両手で強く握り締め、力のままに振り下ろした。魔王軍幹部ですら目で追えない剣であったが、相手の騎士はそれすらも盾で防いだ。

 強大な力がぶつかり、耳を塞ぎたくなるほどの音が鳴り響く。ミツルギは力を弱めることなく、剣で押し続ける。

 

「押してダメなら──!」

 

 やがて、騎士の盾にヒビが入り──魔剣は振り抜かれ、盾はガラスのように砕け散った。

 どれだけ本体が強かろうと、鎧と武器は近衛騎士と同じ物。その強度では、今のミツルギの剣を防ぐには脆かった。

 防御の手段を失った騎士を狙い、ミツルギは水平に薙ぐ。これを騎士はランスで受け止めようとせず後ろに飛び退いた。

 

「ついでに武器もと思ったけど、そうさせてはくれないか」

『おいミツルギ貴様ァ! 俺に何の相談もなく魔剣を力任せにぶつけやがって! 咄嗟に気を張ったから痛くなかったが、滅茶苦茶ビックリしたぞ!』

「ごめんごめん。話してたら相手にバレそうだと思ってさ」

『こっちにも心の準備とかいるんだ! やるなら俺にひとこと言ってからやれ! いいな!?』

 

 ベルディアからのクレームを受け、ミツルギは苦笑いで返す。魔剣側にもそれなりに苦労はあるらしい。

 それよりも、先程の一撃で盾を壊した。相手の騎士は武器の調子を確認するようにランスを見ている。

 こちらの攻撃を防ぐには、避けるかランスで防ぐしかない。このまま武器も鎧も壊せればいいがと、ミツルギは様子を伺いながら剣を構える。

 

 ヒビが無いことを確認したのだろうか。相手はランスから目を離すと片手で構え──こちらへ投げ飛ばした。

 

「なっ!?」

 

 予想外の攻撃にミツルギは仰天するも、咄嗟に魔剣で弾いた。ランスは空を舞い、地面に突き刺さる。

 一方で騎士はミツルギに向かって駆け出す。迎え撃つべく、ミツルギは相手の接近を見て魔剣を振り下ろした。

 が、これを騎士は避けようとせず、鎧を纏っているとは思えない軽快な動きで回し蹴りを放った。騎士の蹴りと魔剣がぶつかり、その衝撃に耐えられなかったミツルギは思わず魔剣を手放してしまう。

 

「しまった!」

 

 魔剣は遠方の地面に刺さる。咄嗟に拾おうと動くが、それを相手が許してくれる筈もなく。騎士は拳を握り、彼の顔面を狙って殴りかかってきた。

 拳が巨大に見えるほどの圧。並の冒険者では戦意を失い呆然としてしまうであろう。

 

「くっ!」

 

 だがミツルギは屈することなく、腰に据えていたもう一つの剣を左手で抜き、拳を受け止めた。

 相手の重い一撃が剣を通して伝わってくる。それでもミツルギは退かず、笑みを浮かべる。

 

「魔剣を手放せば木偶の坊になると思ったかい?」

 

 自身の身体能力、魔力を格段に向上させる『魂の共鳴(ソウルリンク)』であるが、以前は魔剣を手放せば途切れてしまっていた。これではあの男と再戦した時、魔剣を奪われ本領を発揮できないまま負けてしまうのは必至。

 だからこそミツルギはベルディアとの絆を深め、手元に魔剣が無く、一定の距離まで離れていても『魂の共鳴(ソウルリンク)』が途切れないようにしたのだ。

 

「行くぞ!」

 

 ミツルギは受け止めていた拳をはねのける。魔剣を取りにいくことはせず、そのまま手元の剣で攻撃を続けた。

 魔剣より剣身は短いが、素早く振れる聖剣。相手に反撃の隙を与えないようにと、疾く、そして正確に剣を振る。

 だが相手の騎士はそれすらも見切っており、時には腕で防ぎ、時には華麗な身のこなしで剣を避けていく。

 このままでは体力を消耗するだけ。魔剣を『コマンドソード』で呼び戻すべきかと思案しながら、聖剣を振り下ろす。

 対する騎士はミツルギの一振りを滑らかな動きで横に避け、ミツルギの側面に移動した。

 

「なっ!?」

 

 これにミツルギが驚く中、騎士は拳を後ろに引いて一撃を放てる体勢に。

 反撃が来る。咄嗟に危険を察知したミツルギは防御を選択。コンマ一秒遅れて、騎士がストレートに拳を撃ってきた。

 

「ぐぅっ……!」

 

 先程受け止めた時よりも重い拳。横からというのもあり、ミツルギは耐えきれず右方向へ吹き飛ばされる。

 何度か地面を転がったが受け身を取り、顔を上げる。騎士は既に上空へ飛び上がっており、ミツルギに向かって蹴りを放ってきた。

 流星のように速い飛び蹴りであったが、ミツルギは辛うじて後ろに飛び退いて避ける。更に『コマンドソード』で魔剣を呼び戻し、右手に魔剣を、左手に聖剣を握った。

 

『ほれ見たことか。さっさと俺を取りに行けば、アバラは無事で済んだろうに』

「攻め時だと思ったから、呼び戻す時間も惜しかったんだ」

『いいや違うな! 貴様は、魔剣無しでも戦えるんだぞカッコいいだろアピールをしたくなって突っ込んだんだろ! 貴様の身体能力が向上しているのは俺の力ありきだというのに!』

「瞬きする間も惜しい中で、そんな煩悩を浮かべられるのはお前くらいだよ」

 

 肉体的ダメージは大きいが、ベルディアと軽口を叩ける程度には余裕があった。ミツルギは言葉を交わしながら騎士の動きを警戒していたが、先程までの猛攻が嘘のように相手は動かない。

 無策に突っ込めば手痛いカウンターが待っている。どう攻めるべきか考えていた時だった。

 

「ミツルギ殿! ご無事ですか!」

 

 二人の間へ割って入るように、城内から数十人護衛の騎士が庭に駆け込んできた。

 ランス、片手剣、大剣と多種な武器を手にしていた騎士達は、ミツルギと対峙していた偽物の騎士を捉える。

 

「ここは我らにお任せください。その間にミツルギ殿は城内へ」

「いや、僕も戦う。君達は下がって城内の警備を固めてくれ」

「ミツルギ殿のような御方が、城に紛れ込んだ蛮族如きを相手にする必要はありません。我々で対処してみせましょう」

「待ってくれ! 君達の手に負える相手じゃないんだ!」

 

 ミツルギと偽物騎士の戦いを見てはいなかったのか、加勢に来た騎士は聞く耳持たず。ミツルギを離れさせた後、逃さないよう偽物騎士を円状に囲む。

 

「俺達に化けるとは考えたみたいだが、後のことまで頭が回らなかったようだな」

「貴様の仲間についても、とっ捕まえて牢にぶち込んだ後にたっぷり聞かせてもらうぞ!」

 

 一番槍を打って出た二人の騎士。ランスを構え、左右から偽物騎士へと突っ込んでいく。

 息を合わせ、左右同時にランスを突き出す。これを相手は避けると読み、次の狙いを定めていたが──偽物の騎士は、両側から襲ってきたランスの先端を手で掴んだ。

 

「「なっ!?」」

 

 まさか止められるとは思わず、騎士二人は目を丸くする。しかし驚くのはまだ早い。

 偽物の騎士はランスを握る手に力を入れ、身体を捻る。すると、甲冑を纏っている二人の身体は軽々と浮き上がり、偽物の騎士は相手の騎士二人を振り回した。

 強い遠心力に武器を放しそうになる二人だが、それよりも先に偽物の騎士が二人を放り投げた。彼等の身体は水平に飛び、待機していた他の騎士にぶつかり倒れる。

 

「こんの──!」

 

 大剣を持った騎士一人が果敢に飛び出した。身の丈以上の大剣を振り上げて、相手の脳天目掛けて振り下ろす。だが偽物の騎士はそれすらも片手で受け止めた。

 力を入れて押し込むが、剣は一切動かない。その傍ら偽物の騎士は空いていた左手を握り、腹に拳を入れた。騎士は痛みに耐えきれず剣を手放し、後方へ吹き飛ぶ。

 

「くそっ!」

 

 ミツルギは騎士の静止を振り払い駆け出し、その勢いのまま偽物の騎士へ魔剣による突きを放った。

 が、相手は奪った大剣を即座に持ち直し、剣身で防いだ。攻撃が間に合わなかったのを見て、ミツルギは深追いせず後方へ退く。

 増援として駆けつけた騎士団であったが、優勢になるどころか、相手に武器を与えてしまう結果に。騎士達は自身らの不甲斐なさを悔やみ、相手の偽物騎士を睨む。

 

 どう出るかを皆が注視する中──偽物の騎士は、奪った大剣を地面に突き刺した。

 不思議な行動に周りの騎士達は戸惑っていたが、その答えは、突如として起こった突風と共に示された。

 

「何だ!?」

 

 襲ってくる風に負けじと騎士達は踏みとどまる。風は偽物の騎士を中心に発生し、同時に相手の魔力が増幅し始める。

 この庭どころか王城すらも飲み込んでしまうような、膨大な魔力。その圧に負けて騎士達は尻もちをつきそうになる。それはミツルギも同じであった。

 彼は一度、似たような魔力をその目で見たことがある。相手が何者であれどねじ伏せてしまう、圧倒的な力。その片鱗を。

 

 ここで目の当たりにしているのも同じ──ではなかった。

 

「あ、あれは一体……?」

 

 やがて魔力の波が収まり、風も吹き止む。突風に思わず目を瞑っていた騎士は目を開け、そう口にした。

 中心にいた偽物の騎士の姿は無かった。代わりに立っていたのは、護衛の騎士が纏っている物とは真逆の色に染まった鎧の騎士。

 突き刺していた大剣も同じ色に染まり、騎士はおもむろに剣を引き抜く。その者には、禍々しい角が二本。

 突如として現れた人ならざる者に、対峙していた騎士達とミツルギは戦慄した。

 

 彼等が感じていたのは、破壊神をも滅ぼす力ではない。永遠とも思える苦痛、恐怖、絶望──負の感情が、心に入り込んでくる。

 すぐにでも目を逸したいのに逸らせない。逃げたくても逃げられない。微かに差す光が閉じていき、深い闇の底に落ちていく感覚。

 唯一表せる言葉があるとすれば──『悪夢』以外に何があろうか。

 

 ミツルギが我に返った時──黒騎士は、居合の構えを取っていた。

 黒騎士は地面を蹴り、ミツルギに向かって突撃する。今までとは比べ物にならない速度であったがミツルギは咄嗟に反応し、相手の居合斬りを魔剣で防ぐ。

 ぶつかってきた力は想像以上に強く、ミツルギの身体は水平に吹き飛び城壁へと突っ込んだ。城壁は音を立てて崩れ、ミツルギの姿は瓦礫の中へ。

 周りの騎士は何が起こったのかすら理解できなかったであろう。ミツルギの姿が消えたことに戸惑いつつも武器を構える。

 

 だが、動けなかった。黒騎士を前にして恐怖し、身体は震え、立ち向かう意思はとうに消え失せていた。

 できるなら今すぐにでも逃げ出したい。だが黒騎士から感じる魔力の圧か、この場に貼り付けられたように足が動かない。

 このままでは皆殺しにされる──誰もがそう思った時であった。

 

「貴様が、城を騒がしている義賊の一人か」

 

 騎士達の耳に入ってきた男の声。目をやると、黒騎士に悠々と歩み寄ってくる騎士の男が一人。

 茶色い短髪に、幾多の戦場を潜ってきたことを示す傷跡が残った厳つい顔。彼の手には、騎士団の中でも位の高い者しか握ることを許されない剣。

 

「アンドック騎士団長!」

 

 彼は、多くの騎士を率いる立場にいた男であった。団長の姿を見て、騎士達を抑えつけていた恐怖が和らぐ。

 そんな中、アンドックは瓦礫の山に目をやり言葉を吐いた。

 

「何が魔剣の勇者だ。そもそも前から気に食わなかったんだ。俺より若造のくせに騎士団を差し置いて戦果をあげ、我らがクレア様にも気に入られているのがな」

 

 聞こえないのをいいことに、ミツルギへ悪態を吐くアンドック。彼は瓦礫から目を離し、黒騎士へ視線を移す。

 

「所詮奴は相手の力を見誤り、自ら死ににいく三流の戦士だったのだ。その点で言えば貴様等は、相手の力を感じ取り恐怖を抱くことのできる二流の戦士といえるだろう」

 

 黒騎士へと少しずつ歩み寄りながら言葉を続ける。相手の黒騎士に動きは見られない。

 

「だが俺は違う。相手への恐怖を乗り越えて立ち向かえる、真の戦士だぁああああ!」

 

 アンドックは両手に剣を持って振り上げ、黒騎士の脳天を狙い振り下ろした。

 対する黒騎士はその手の大剣を使う素振りも見せず、アンドックの剣を片手で受け止めた。

 驚愕するアンドック。すぐに離れようとしたが、相手の剣を掴む力が強く、剣を抜けない。

 それどころか──黒騎士は小枝のように、アンドックの剣を折った。

 

「な、何ぃ!?」

 

 非常に固いとされるアダマンタイト程ではないが、それに匹敵する鉱石によって作られた剣を、いとも容易く折られてしまった。アンドックは思わず声に出して驚く。

 剣の破片が地面に落ち、黒騎士も手にしていた剣の先端をその場に落とし、アンドックを見下ろす。

 メンテナンスは欠かしていなかったつもりだが、気付かぬ綻びがあったのだろうか。剣を折られたのは想定外であったが、戦う術を失ったわけではない。一度下がって他の騎士から武器を渡してもらうべきかと、アンドックが頭を働かせていた時──。

 

「ハァアアアアッ!」

 

 声と共に、一人の男が彼等の間に割り込んできた。彼は上空から剣を振り下ろしたが、黒騎士はそれよりも先に後方へ避けた。

 黒騎士と入れ替わるようにアンドックの前に現れた男。その手に浅葱色の魔剣を持つ、瓦礫に埋もれていた筈のミツルギであった。

 

「……フンッ、しぶとく生きていたか。だが貴様の出番はもう終わっている。さっさと城へ戻って仲間の女共にチヤホヤされていろ」

 

 彼が生きていたことにちょっぴり安堵を覚えたが、決してそれは口に出さず。アンドックはミツルギの前に出ようとする。

 が、それをミツルギは手で静止させ、アンドックに告げてきた。

 

「ここは僕に任せて。アンドック騎士団長は、この場にいる騎士全員を連れて城に戻ってください。あの黒騎士以外にも義賊の仲間がいます」

 

 騎士団長である自分に、一介の冒険者が指示を出す。その無礼さに腹が立ったが、それ以上に彼の怒りを買う言葉が。

 

「……つまり、黒騎士とは貴様一人で戦うと? 我等騎士団はお荷物だから必要ないと?」

 

 アンドックの問いかけに、ミツルギは何も答えない。その反応を肯定と捉えたアンドックは、怒り心頭で言葉を返した。

 

「自惚れるのも大概にしろ! 我等は王女アイリス様をお守りする騎士団だ! たかが蛮族一人を相手にしっぽを巻いて逃げるなど──!」

「つべこべ言わずにさっさと行け!」

 

 ミツルギの声に、アンドックは思わず狼狽える。あの、誰にでも優しい態度を取る優男から発せられたとは思えない怒号。

 一方でミツルギはふと我に返ったように頭を振ると、普段の口調で言葉を続けた。

 

「貴方には軍を指揮し、鼓舞し、導ける力がある。僕にはない力です。こんな所で死んでいい人間じゃない」

 

 視線は依然として黒騎士へ向けたまま。アンドックの方に一瞥すらしなかったが、彼の言葉に嘘偽りは無いとアンドックは感じていた。

 そして、自分がこれ以上何を言っても、ミツルギに退く気は一切無いことも。

 

「この場にいる全騎士団員に告ぐ! 魔剣の勇者に黒騎士は任せ、城へ退避! 他に紛れ込んでいる賊を捕らえよ!」

 

 下唇を噛み締めた後、アンドックは騎士達に大声で指示を出す。騎士団長の登場とミツルギの復活により黒騎士の呪縛から逃れることのできた彼等は、指示に従い城へと走って行く。

 全員が城内に入ったのを確認し、アンドックも城へ駆ける。が、城へ入る前にミツルギの方へと振り返った。

 

「ミツルギ! 貴様は、魔王討伐を期待されている勇者候補であることを忘れるな! 貴様が死ねば多くの民が嘆き悲しむ! これは命令だ! 絶対に生き延びろ!」

 

 彼はベルゼルグ王国にとって、希望となりうる存在。本来ならば彼を生かす為に、自分達が盾となるべきであろう。

 しかしそれをミツルギ自身が拒んだ。自ら死を選んだのか──否。彼にはきっと考えがあり、その為には盾が邪魔なのであろう。

 ならば自分達は彼を信じ、王女様を守る為に動くことが最善。アンドックはミツルギに強く言いつけ、城内へと姿を消した。

 

 アンドックならび騎士団員が城内に入ったのを確認したミツルギは、ふうと息を吐く。

 

「これなら全力が出せそうだ」

 

 ミツルギは魔剣を両手で握り、身体の前に構える。精神を集中させ、己の中にある魔力を、魂を震わせる。

 徐々に彼を中心に風が吹き、荒れる魔力の波を示すように突風へと変わる。

 

『実戦で使うのは初めてだというのに、貴様は意外と博徒だな。せいぜい飲まれるなよ?』

 

 頭の中に声が響く。言ったのは彼か自分か、魔力が引き上がるにつれてわからなくなる。

 自分は彼であり、彼は自分。ミツルギに宿る二つの魂がより近づき、共鳴する。

 更なる高みを、力を求めて──ミツルギは魔剣を天に掲げ叫んだ。

 

「『ソウルリンク──Lv(レベル)3!』」

 

 ミツルギから放たれた魔力の波動と風が黒騎士を襲う。背のマントが風でなびくが、黒騎士はミツルギを静かに見つめ続ける。

 掲げた魔剣を下ろし、ミツルギは目を閉じて深く呼吸をする。彼の心は、風波ひとつ立たない海のようでいて、激しく燃え盛る炎のようでもあった。

 おもむろに目を開け、黒騎士の姿を捉えたミツルギは魔剣を差し向ける。

 

「さぁ、もう1ゲームといこうか!」

 

 かの首なし騎士のように赤黒く染まった左目は、彼の隠しきれない闘争心を表すように光を放った。

 




ミツルギ強化したいけど、原作みたいなムーブもさせたいジレンマ。

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