この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第84話「Sacred ~分かつ力~」

 アクセルの街、エリス教会前。

 

「ハァッ!」

 

 ミツルギの魔剣が、猿の悪魔を断ち斬る。二分された悪魔の肉体は地に落ちた後、溶けるように消えていった。

 彼は息吐く間もなくアクアへ目を向ける。と、再びアクアへ襲いかかろうとしている悪魔の姿が見えた。

 

「くっ!」

 

 ミツルギはすかさず飛び出し、勢いのまま悪魔を斬ろうとしたが──。

 

「『クリスタルプリズン』!」

 

 女性の唱える声が聞こえ、発生した冷気が悪魔を襲った。悪魔は一瞬で凍結。教会前に綺麗な氷のオブジェを作り上げた。

 危うくまとめて氷漬けになるところだったミツルギは、冷気を放った人物を見る。長い茶髪で白い肌の女性。デストロイヤー迎撃作戦でも見かけた魔法使いで、ベルディアもよく知るウィズであった。

 

「アクア様! 大丈夫ですか!?」

「ちょっとウィズ! この悪魔、アンタがけしかけたんじゃないでしょうね!」

「違いますよ!?」

「ならあの性悪仮面悪魔だわ! いよいよ本性を現したようね! 今もどこかで見てるんでしょ! 出てきなさい!」

 

 仮面の悪魔へ目星をつけて、アクアは大声を挙げて誘い出そうとする。そんな彼女を落ち着かせようとウィズは試みるが、彼女の聖なる光に当てられてか傍まで近寄れずにいる。

 ウィズの実力はベルディアの記憶を通してよく知っている。彼女に任せても大丈夫であろう。ミツルギはようやく息を吐いて周囲を確認する。

 街中に突然悪魔が現れたとなればもっとパニックになるものだが、出現した猿の悪魔は、光に誘われる羽虫の如く、アクアにしか襲いかかっていなかった。

 離れたところには守衛と争う冒険者達もいたが、彼等には目もくれず。この状況に、ミツルギは違和感を覚えていた。

 

 この場から離れて人間を襲おうとする悪魔が一匹もいない。街に逃げることもせず、無鉄砲にアクアへ向かうばかり。

 狡猾で、血と殺戮を好む悪魔らしくない行動。避けるべき女神の力に引き寄せられているのも、悪魔にとっては自殺行為だ。

 そして、先程から感じていた視線。教会の上から、この戦況を傍観している者がいる。

 

『ぐぬぬ……今日のウィズのパンツが何色か確かめたいが、今足元に滑り込めば、あのおっかなプリーストに消される危険がある。俺はどうすればいいんだ……!』

 

 ベルディアは心底どうでもいいことを熱心に悩んでいるようで、視線には気付いていない。

 

「キョウヤ! 加勢に来たわよ!」

「キョウヤ、怪我はない!?」

 

 と、ミツルギのもとに仲間のクレメアとフィオが駆けつけてくれた。彼女等とウィズがいれば、残りの悪魔は容易に片付けられるであろう。

 

「すまない、ここは君達に任せるよ」

『うぉっ!?』

「えっ? ちょっとキョウヤ!?」

 

 クレメアの呼び止める声も聞かず、ミツルギは場所を移動する。無論ベルディアも強制的に連行。

 ミツルギは教会の横に行くと、軽々と跳び上がって屋根の上へ。魔剣を構えて周囲を警戒する。だが、教会の上にはミツルギ以外誰もいなかった。

 

『おい貴様! 人が真剣に悩んでいる所で勝手に移動しおって!』

「悩む必要が無くなったんだから良かったじゃないか。それよりも、確かに視線を感じた筈なのに……」

 

 ベルディアの文句を流し、警戒を続ける。しかし敵が現れる気配はない。僕の勘違いだったかと、ミツルギは剣を下ろす。

 

「お探し物は、もしかしなくてもオレのこと?」

 

 刹那、ミツルギの耳元でねっとりとした声が聞こえた。悪寒を感じたミツルギは咄嗟に飛び退き、剣を構えて振り返る。

 そこに立っていたのは、教会には縁のない、道化師らしき人物だった。

 

「そんなに引かなくてもいいじゃない! ずーっと一人で寂しかったんだからさ! こっちきてオニイサンと仲良く話しましょ!」

 

 道化師は軽快な口調で絡んでくるが、彼の赤と青のオッドアイからは不気味な印象を抱く。

 それに、道化師の気配を一切感じられなかった。危険信号のように心臓が鳴る中、ミツルギは息を呑んでから尋ねた。

 

「何者だ?」

「おっと失礼、自己紹介が遅れちまった。オレはジェスター。見ての通り、愉快で可愛いピエロちゃんさ」

「ここにいる悪魔を召喚したのはお前か?」

「勘が鈍そうに見えて意外と鋭いねぇ坊や。でも残念! 半分アタリで半分ハズレ! 坊やには近くのお店からくすねてきたこの魔石をプレゼントしよう」

 

 ジェスターはどこからともなくマナタイトを取り出した。しかしミツルギは剣を構えたまま返答せず。行き場を失った魔石は、やがてジェスターの口の中へ放り込まれた。

 

「今のオレに与えられた役は、あそこにいるピカピカ眩しい女神サマの観察。サングラスもせずに見てたから目が痛くて痛くてたまったもんじゃないね」

 

 魔石を丸呑みしたジェスターは、片手に持っていたステッキで地上にいるアクアを指す。

 

「ホントは豚ちゃんとの対戦カードを予定してたけど、どこかの誰かさんに邪魔されちゃったから、急遽お猿さん達を呼び寄せたってワケ」

「女神様を狙うとは、一体何が目的だ!」

 

 敵の狙いがアクアだと知り、ミツルギの剣を握る手に力が入る。対するジェスターは道化らしい笑みを浮かべたまま。

 

「女神サマの力がどんなモンかもう一度見たかったけど、あそこにいるメカクレちゃんも悪くないね。坊やも中々イイ線いってるよ。バージルに鍛えられたのかな?」

 

 そして彼の口から、またも意外な人物の名前が飛び出した。ミツルギが目を見開いて驚く傍ら、ジェスターは言葉を続ける。

 

「なんで知ってるのかって? そりゃ知ってるさ! オレとバージルちゃんは友達だったんだから!」

「師匠がお前のような悪党と手を組むわけがないだろう。道化なら、もっとマシな冗談を吐いてみるんだな」

 

 ジェスターの言葉を鵜呑みにしようとせず、ミツルギは言葉を返す。しかしジェスターの笑みは崩れず、ミツルギに問いかけてきた。

 

「なら坊やは、ここへ来る前のバージルを知ってるのかな?」

 

 ジェスターの問いに、ミツルギははっと息を呑んだ。彼は言葉を返せず言い淀む。

 

「さて、そろそろ帰らないと叱られちまう。それじゃあ坊や、バージルによろしく言っといて。Bye bye!」

「ま、待て!」

 

 と、ジェスターが豪快に手を振り出したのを見て、ミツルギは慌てて飛び出す。そのままジェスターを斬ろうと剣を振り下ろしたが、虚しく空を斬った。

 ミツルギは周囲を見渡すが、道化の気配は感じられない。アクアのいる場所も確認するが、姿は見えなかった。

 

 ジェスターと戦うことは叶わず、実力を把握できなかったが、少なくとも中位以上の悪魔だと感じた。

 一切気配を悟らせず接近し、人間のように喋り、底の見えない恐怖を放っていた。

 そして、ジェスターの知るバージルの過去。彼は本当に、あの悪魔と手を組んでいたことがあるのか。

 

『所詮、悪魔の戯言だ。聞き流すぐらいが丁度いい』

「……あ、あぁ」

 

 思い悩むミツルギを察してか、ベルディアが落ち着いた声で諭してきた。

 ジェスターは去ったが、悪魔の危機が去ったわけではない。迷いを払うようにミツルギは頭を振り、教会の上からアクア達を確認する。

 女神様を狙っていた悪魔は全員倒されたのか、落ち着いている様子。ひとまず教会前の騒動は解決したようだ。

 残る問題は、教会の中。魔獣アルダープの沈静化。

 

「ッ!」

 

 不意に、教会が重い振動で揺れた。今もまだ教会内で魔獣との戦いが続いているのであろう。

 教会内にいるのは、ゆんゆんとクリス。そして触手に捕まって引きずり込まれたカズマ達。少なくともカズマ達は既に触手の手から逃れていることであろう。

 結界を張られている以上、侵入はできない。無理矢理壊すこともできなくはないが、それでは結界を張った意味がない。

 

「ゆんゆん、クリスさん、どうか無理はしないでください。そしてサトウカズマ……悔しいが、君に任せたぞ」

 

 悪魔相手でも引けを取らなかったゆんゆんとクリス、仲間と共に幾多の危機を乗り越えてきたカズマ。彼等が魔獣を倒してくれると、ミツルギは祈ることしかできなかった。

 

 

*********************************

 

 

 アクセルの街、エリス教の教会内。

 

「『ファイアーボール』!」

 

 ゆんゆんの詠唱と共に火球が放たれた。火球は一直線に飛び、魔獣の顔にぶつかる。

 火煙が魔獣の視界を奪ったところで、クリスが走り出した。彼女は魔獣の背に移動すると、背中から生えていた黒い触手を根本からダガーで斬った。

 断面からは黒い瘴気が吹き出し、床に落ちた触手は溶けるように消える。魔獣は乱暴に腕を振り下ろしてきたが、クリスはすかさず飛び退いて回避。

 続けてゆんゆんが『ライト・オブ・セイバー』を放つ。雷鳴轟く光の刃が、悪魔の触手を断った。

 

 豪勢なパイプオルガンは潰され、壁はヒビだらけ。椅子も座れそうな物がひとつもない。先程まで結婚式が行われていたとは思えないほど、教会内は滅茶苦茶になっていた。

 

「今更ですけど、教会をこんなに荒らしちゃって大丈夫なんですかね……?」

「心配無用! 女神エリスは寛大だからね! 悪魔退治のためならきっと許してくれるさ!」

 

 不安を口にするゆんゆんに、クリスが安心させるように声を張って返す。

 魔法を使えるゆんゆんが遠距離攻撃を放ち、彼女に注意が向いたタイミングでクリスが仕掛ける。盗賊と紅魔族のコンビは、今のところ順調に戦いを進めていた。

 そんな魔獣討伐を、もうひとりの紅魔族と欲求不満のクルセイダー、まとめ役の冒険者ことカズマは、大人しく見守っていた。

 

「ぐぎぎ……ここが室内でさえなければ、我が爆裂魔法であの魔獣を灰燼に帰してやりたいのに!」

「な、なぁカズマ。クルセイダーである私が前衛に立ち、攻撃を一身に受け止めておけば、二人も戦いやすいのではないだろうか!」

「お前ら全然我慢できてないな。今のところスムーズに事が進んでるっぽいから、マジで何もするなよ。フリとかじゃないからな?」

 

 おあずけを食らっているめぐみんとダクネスを、カズマは飼い主のように待てと命ずる。終始『潜伏』を使用し隅でじっとしているが、魔獣に気付かれてはいない。

 クリスのダガーが特注製なのか、魔獣には効いているようだ。現に八本はあった触手も、今や残り二本となっていた。

 このまま何事も無く魔獣を討伐してくれればいいのだがと、カズマが期待を胸に抱いた時であった。

 

「ララティーナ……ララティーナァアアアアッ!」

 

 魔獣が教会を揺らすほどの雄叫びを上げた。カズマ達は思わず耳を塞ぐ。

 そして、魔獣の身体が小刻みに震え──斬られた筈の触手6本が、再び魔獣の背中から生えた。

 

「そんな……!?」

 

 復活した触手を見て、ゆんゆんは驚いている様子。当然カズマも、絶望を感じるほどに驚愕していた。

 悪魔の回復能力が高いことは、カズマもよく知っている。ファンタジー作品ではよくある設定だ。

 しかし、ここは教会。悪魔の力が弱まる場所である。クリス達もそれを考慮して、教会内に引きずり込んだのであろう。

 しっかり結界も張っている。魔獣の力も弱まっていい筈だが、一向にその気配がないどころか、逆に増しているように思える。

 どうなっているんだと、カズマはクリスに視線を移す。魔獣を観察していたクリスだが、その表情から焦りの色が伺えた。

 

「これは、計算が狂っちゃったかもね……!」

「ど、どういうことですか!?」

「負の感情が強いほど、悪魔の力は増す。多分、教会の効力よりも、魔獣の本体であるアルダープの憎しみが強いんだ」

 

 ゆんゆんの問いにクリスが答える。丁度、カズマが疑問に思っていたことであった。

 アルダープの憎しみがある限り、魔獣は消えない。むしろ憎しみが増していく度に、魔獣の力も膨れ上がる。

 朝から姿を見ない彼のような、魔獣を圧倒できる力を持つ者はここにいない。唯一可能性がある爆裂魔法も、この狭い空間では使えない。

 となれば、魔獣との戦いは消耗戦となる。悪魔を相手に消耗戦は悪手。このままでは全滅だ。

 

「カズマカズマ! 雲行きが怪しくなっています! やはりここは無理にでも撃った方がいいですか!?」

「カズマ! 早く突撃の許可をくれ! これ以上はクルセイダーとしても黙っていられないぞ!」

「いいからお前らは落ち着け! どうにかできないか俺も考えてる最中だから!」

 

 後ろで不安の声を上げる二人を、カズマは諭す。しかし何もしないままでは、状況が悪化していくばかり。

 

「(クソッ! なんで肝心な時にいないんだアイツは!)」

 

 悪魔に対して効果抜群な駄女神様も、幸か不幸か触手に掴まれなかったため教会の外。

 女神の力さえあれば、魔獣を瞬く間に沈静化させられるというのに──。

 

「……あれ?」

 

 と、カズマはここである事に気が付いた。

 女神──その言葉が浮かんだ時にカズマの脳裏を過ったのは、記憶に新しい『彼女』との会話であった。

 

 

*********************************

 

 

 それは、ダクネスに誘われてカズマ達が初めてのクーロンズヒュドラ討伐に向かった時のこと。

 

「すんませんエリス様、また来ちゃいました」

「友達の家へ遊びに来た感覚で言わないでください」

 

 カズマは再び、女神エリスのいる魂を導く間へ訪れていた。

 賞金首モンスターなので危険なのは承知の上だったが、めぐみんの爆裂魔法でどうにかなるだろうと考えていた。

 しかし、クーロンズヒュドラは想定していた以上に巨大だった。おまけに爆裂魔法を喰らわせても、すぐに首が再生するという反則付き。

 結果、倒せたと思って油断していたカズマはパックリいかれ、この場所へ誘われたのだ。

 

「冬将軍にリザードランナー、今回で三度目ですかね」

「三回もここへ来ること自体、普通はありえないんですよ? 死んでいるというのに動じもせず、寛いで座ってることも」

「この世界で三回、元の世界で一回死んでますから。そりゃ慣れもしますよ」

「慣れないでください。まったく、規約を曲げて現世へ送り返す私の苦労も知らないで……」

 

 呆れたように息を吐くエリス。すみませんとカズマは軽く頭を下げるが、ちょっと怒った彼女の顔も可愛らしく、無意識に笑みが溢れる。

 

 それからカズマの遺体について話題が移った。彼女曰く、ダクネス自ら口の中に入って回収し、アクア達と共にクーロンズヒュドラから離れて安全な所にいるとのこと。

 アイツも無茶するなぁと思ったが、遺体の損傷が酷ければ蘇生はできない。胃液に放り込まれていたら確実にアウトだったであろう。

 エリスから「三割方無くなっちゃいましたがなんとかなります」と聞いた時は、流石に肝を冷やした。

 

「あの、ダクネスをあまり責めないでくださいね? 自分で無理を言って受けた討伐依頼で、カズマさんを亡くされたことに責任を感じているようですが、依頼を受けたのは彼女も理由があっての事ですから。一番ショックなのは、亡くなったカズマさんなのでしょうが……」

 

 カズマとダクネス、両方を慰めるように告げるエリス。彼女は本当に優しい人だなとカズマは痛感する。

 ゆんゆんにウィズと、優しい女性は他にもいるが、エリスには心の底からの抱擁感、安心感がある。慈愛という言葉は、彼女の為にあるのだろう。

 惜しむらくは、彼女と会えるのは死んだ時限定なこと。例のサービスを使えば会えないこともないが、アレは自分の幻想に過ぎない。

 もっと彼女と話していたい。どうにか方法はないかと考えていると、カズマの頭にひとつの案が浮かんだ。

 

「エリス様は、アクアみたく地上へ遊びに来たりしないんですか? 偉い人にはバレないようお忍びとかで」

 

 逆に下界へ来てくれればいいのだ。それが可能なら、彼女と会える機会も一段と増す。

 それに、女神であるアクアが下界にいて問題なく活動できているのなら、エリスも降り立つ事は可能な筈だ。

 もっとも、アクアは強制的に連れてこられた身。異例中の異例であろう。女神が下界へ降りること自体禁止されているかもしれない。

 仮に許可が出たとしても、女神としての仕事が多忙であれば降りることすら叶わないであろう。

 

 だが、口に出さなければそもそもフラグは立たないのだ。淡い期待を胸に、されど表情には出さぬよう返答を待つ。

 提案を聞いたエリスは少し驚いた様子だったが、やがていたずらっ子のように笑って告げた。

 

「実は、もう地上で何度も会ってるんですよ? カズマさんならそろそろ気付きそうだと思ってましたが」

「えっ?」

 

 彼女の返答は、カズマも予想していなかったものであった。

 既に下界へ降り立っていたどころか、カズマとも面識がある。その事実が信じられず、カズマは途端にパニックを起こす。

 

「あ、会ったことがある? えっ? いつですか!? アクセルの街でですか!? 話したことってありますか!?」

 

 幾多のギャルゲーを歩んできた自分が、こんな超特級美少女とのフラグを見逃すわけがない。カズマは必死に記憶を探るが、突然のカミングアウトによる動揺もあって出てこない。

 アタフタしているカズマが面白おかしく思えたのか、エリスはクスクスと笑うと、続けてカズマに伝えた。

 

「ではヒントです。地上での私は、今と違う外見です。それにもっと活発で、言葉遣いだって違います」

「性格は活発、言葉遣いも違う……?」

 

 エリスからのヒントを得て、カズマは更に記憶を遡っていく。

 

「そして私は女神ですが、先輩のようにアークプリーストをやっているとは限りませ──」

「あぁっ、わかった! キースに『エリス教のプリーストは信仰心の高さと胸の大きさは反比例するんですね』ってからかわれて、キースの鼻を拳でへし折ったマリスさん!」

「違います」

「じゃあ『女神エリスの胸はパッド入りって噂を聞いたけど、その教徒巨乳だなんて罰当たりじゃね? そもそもそれって本物なのか? ひょっとしてパッドなんじゃねーの?』って絡んできたダストをボコボコにしたセリスさん!」

「違います」

 

 エリス教徒に絞って答えを出したカズマだが、どちらも違っていたようだ。エリスは変わらずニコニコ笑っていたが、声には怒りが帯びている。

 答えがわからず、カズマは首を傾げる。他に思い当たる人物がいないか記憶を掘り起こそうとしていた、その時。

 

「カズマー! もう蘇生は済んだから早く戻って来てー! 酸っぱい臭いのダクネスがすっごく落ち込んでるの! はやくきてー!」

 

 時間切れを知らせるように、空気の読めない女神の声が響き渡った。

 結局答えは出ないまま。しかしこのままでは帰れない。カズマはエリスに頭を下げて懇願する。

 

「エリス様! ギブ! ギブアップです! なので答えを教えてください! でないと俺、知らない間にエリス様に失礼なことしちゃったら罰が当たるじゃないですか」

「失礼な事とか、罰とか今更……そもそも初対面であんな事してきたのに……」

「えっ? 今なんて?」

「なんでもありません。正体は内緒です」

 

 エリスの声が小さくカズマは聞き返したが、彼女は口に人差し指を当てる。

 そして指を鳴らすと、カズマの前に現世への扉が開かれた。

 

「あと、先輩の言葉は鵜呑みにしないでくださいね? い、一応今の状態でパッドは入れてませんから!」

 

 エリスはそそくさとカズマの背後に回ると、彼の背中を押して現世の扉へ移動させる。

 

「ちょ、エリス様すみません! 怒ったんですか? 拗ねてるんですか? いやだって、本当に胸の大きさを気にしてるなんて──」

「それでは佐藤和真さん! 今度は貴方が天寿をまっとうした時か、私の正体がわかった貴方に会えますように! さあ行ってらっしゃい!」

 

 カズマの弁明も聞こうとせず、エリスはぐいぐい押してくる。やがて中央に昇る光の柱へとドンと背中を押されて放り込まれる。

 慌ててカズマは後ろを振り返ってエリスを見る。彼女の顔は羞恥で朱に染まっており、その影響か、彼女の右頬にうっすらと白い筋があることに気が付いた。

 

「あれ? エリス様、頬に何か──」

 

 カズマがそれを指摘しようとした途端、彼の視界は光に包み込まれ、そのまま現世へと還された。

 

 

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「……そうだ」

 

 時は戻り、再び現在。カズマは女神エリスと三度再会した時のことを思い出した。

 彼女は言っていた。地上にいる時はもっと活発で、言葉遣いも違う人物になっていると。

 そして今、女神エリスとは違う性格と言葉遣いだが、女神エリスとよく似た髪色のエリス教徒が、カズマの前にいた。

 

 盗賊クリス──名前も似ている。

 また、女神エリスの頬にうっすら見えた跡。それと似た傷が、クリスの頬にもあった。

 他にも、アクアにだけは敬語を使っていた。女神アクアは女神エリスにとって先輩と現世では伝えられている。

 そして、彼女は盗賊として神器を集めていた。神器とは一般的に強力な魔道具を指すが、実際はオツルギが持っていた魔剣やアイリスの持っていたペンダントなど、女神から授けられた転生特典である。

 

 点と点が瞬く間に繋がり、どうして今まで気付かなかったんだとカズマは悔やむ。

 だが、今気付けたのは幸いであった。彼女の力さえあれば、この状況を打破できる。問題は、どうやって伝えるか。

 大声を出せば魔獣に気付かれる。それに伝えたとしても、クリスが即決してくれるとは限らない。限られた人数だが、隠していた正体がバレることになるのだから。

 つまり、魔獣の気を逸らしながら、クリスに決断させる時間を作る必要がある。

 魔獣の気を一番引かせられるのは、ダクネスであろう。しかし敵の狙いである彼女をみすみす差し出すわけにはいかない。

 

 ならば答えはひとつ。自分が引き付ければいいのだ。それを可能とする術を、彼は既に会得していたのだから。

 しかし、彼にとっては非常に危険な橋だ。蘇生担当のアクアもここにはいない。アクアの代わりに彼女が蘇生してくれるのなら気は楽になるが、それを頼む時間もない。

 

「(クソッ! こんな目に遭うってわかってたなら、バニルから買い取った聖水をありったけ持ってきたのに!)」

 

 どうしていつも想定外の流れで強敵と出会い、戦う羽目になるのか。

 特に悪魔は、何かしらの形で毎回出てくるので縁すら感じる。もっとも悪魔との付き合いは、キャベツ収穫際の時から始まっているのだが。

 

「(あーもう! しょうがねぇなぁっ!)」

 

 うだうだ考えても仕方ない。方法はこれしかないのだからと、カズマはようやく腹を括る。

 今までも、なんだかんだで窮地を乗り越えてきた。数多の魔王軍幹部を倒し、デストロイヤーを破壊し、ほんの一時だがあの魔剣士に立ち向かったこともあった。

 きっと今回も上手くいく。そう信じ、カズマは傍にいためぐみん達へ振り返った。

 

「めぐみん、ダクネス。ちょっといいか」

「な、なんですか? もしかして何か策を思いついたんですか?」

「察しがいいな。その通りだ。まず、俺が囮になって魔獣の注意を引く。その間にめぐみんとダクネスはクリスの所に移動してくれ」

「なっ!? 囮役を独り占めするとはズル……じゃなくて、私の役目だろう! カズマが危険な目に遭う必要はない筈だ!」

「そのお前が狙われてるんだって何回言ったらわかるんだ単細胞クルセイダー! 囮つっても少しの間だけだから大丈夫」

 

 予想通り反対してきたダクネスを、カズマは叱って言い返す。それでもダクネスは納得いかない様子だったが、話が進まないと察してか、めぐみんが間に入ってきた。

 

「私達はクリスの所に移動した後、何をすればいいのですか?」

「俺からの伝言をクリスに伝えてくれ。伝言についての詳細は言えないが、すぐにクリスが教えてくれる」

「クリスが?」

 

 混乱を防ぐために、今は彼女の正体を伝えられない。

 めぐみん達には悟らせず、そしてクリスには伝わるように、カズマはめぐみんへ伝言を預けた。

 

 

*********************************

 

 

「ララティーナァアアアアッ!」

 

 魔獣が雄叫びを上げ、教会内の大気を震わせる。彼から放たれる魔力は、初めに対峙した時よりも増幅していた。

 クリスは臆することなくダガーを構える。しかし、心の内では焦燥に駆られていた。

 元々はクリス、ゆんゆん、ミツルギの三人で行う筈だった作戦。三人の力と教会の効力があれば、すぐに魔獣を鎮められると考えていた。

 が、ミツルギはここにいない。更には、魔獣の動力源であるアルダープの怨念と憎悪が想像以上に肥大で、教会の効力を上回ってきた。

 このまま戦えば長期戦は必至。そうなればアルダープは、悪魔に呑まれてしまうであろう。

 

 それだけは、なんとしても避けなければならない。彼女達が担った役割は、魔獣の討伐とアルダープの救出なのだから。

 彼を生かして舞台から降ろす。理由は聞けなかったが、それがハッピーエンドの条件だとバージルは言った。すべてバニルから言われた事なのだろうが、今は推察してる暇などない。

 それにクリスは、この状況を打破できる術を持っていた。悪魔に対抗しうる力──女神の力である。

 

 だがそれをここで使ってしまえば、女神の正体がバレてしまう。

 ミツルギとゆんゆんに知られるのなら構わなかった。ミツルギは転生者なので、女神への理解もある。ゆんゆんも秘密を守る子なので、ちゃんと話せばわかってくれる。

 しかしここにはカズマ、めぐみん、そしてダクネスがいる。特にエリス教徒で一番の友達であるダクネスに正体を知られてしまうのは、クリスとしては避けたい。

 女神の力を使うべきか決められずにいた、その時であった。

 

「アルダープ! お前の狙いは私だろう! 私はここにいるぞ!」

 

 突如として教会に、ダクネスの声が響いた。これにクリスとゆんゆんは驚いたが、一番反応を示したのは当然魔獣であった。

 

「ララティーナ! ララティーナ!」

 

 魔獣はクリス達に背を向けると、声が聞こえたであろう方向へ触手を伸ばす。触手は勢いよく瓦礫の山に突っ込み、土煙をあげる。

 

「どこを狙っているんだアルダープ! お前の愛はそんなものか!?」

 

 再び響いたダクネスの声。それに釣られ、魔獣は別の方向へ触手を伸ばした。姿は見えないが、きっと魔獣の注意を引き付けているのであろう。

 

「(って何してるのダクネス!? カズマ君もなんで行かせちゃってんのさ!)」

 

 魔獣の狙いであるダクネスが、自ら囮役を買って出た事実に困惑するクリス。保護者である彼は何をしているのか。

 

「クリス!」

 

 現状についていけなかった時、クリスを呼ぶ声が。そちらに顔を向けると、駆け寄ってきた女性が二人。隠れていためぐみんに、現在囮役を担っている筈のダクネスであった。

 彼女の姿を見たクリスは驚く。ゆんゆんも、ダクネスの声が聞こえた方向を交互に見て混乱する。

 

「あれ!? ダクネスさん!? でも、向こうでダクネスさんの声が聞こえて、えっ!?」

「落ち着いてくださいゆんゆん。あと魔獣にバレるので騒がないでください。今囮になっているのはカズマですよ」

「カズマ君が? でも聞こえてきたのは確かにダクネスの声だったよ?」

「アクアから教わったという宴会芸スキルを使っているんだ。声だけなら本物と区別がつかない。私もあのスキルには散々苦しめられたのでよく知っている」

 

 どうやら囮役を担っているのはカズマのようだ。ダクネスが言うスキルも、以前タナリスに見せられたことがあったので、クリスも納得した。

 だが、何故カズマは急に囮として動き出したのか。彼は無策で行動を起こす人間ではない。何かしらの考えがあってなのであろう。それを示すように、めぐみんが言葉を続けた。

 

「クリス、カズマから伝言を預かっています」

「アタシに?」

 

 魔獣の動きを気にしながらも、めぐみんに耳を傾ける。するとめぐみんは、伝言を告げるにはオーバー過ぎる紅魔族独特のポーズを取って口を開いた。

 

「汝、今こそ永劫より封印されし力を解き放ち、常世に混沌をもたらす根源の闇を滅する時!」

「えぇっ!?」

 

 カズマの伝言は、めぐみんの紅魔族フィルターに掛けられて難解なものとなっていた。

 ゆんゆんが「ふざけてる場合じゃないでしょ!」と怒るが、めぐみんは至って真面目な様子。横にいるダクネスもツッコもうとしないあたり、伝言の内容は間違っていないのであろう。

 クリスは口に手を当て、めぐみんの伝言を読み解く。簡単に言い直すなら、クリスの持つ力を解放して魔獣を倒してくれ、ということ。

 魔獣を倒しうるクリスの力。それをカズマが知っているということは──。

 

「(やっと気付いたんですね。それも凄いタイミングで……)」

 

 正体を隠して下界に降りている女神の姿。カズマはようやく答えを得たようだ。

 そして、クリスなら魔獣を倒せると知った彼は、作戦を伝えるべく自分が敵を引き付けている間にめぐみんを使って──。

 

「もしかして、カズマ君から聞いちゃった?」

 

 そこまで考えて、カズマがめぐみん達にも正体を話してしまったのではないかとクリスは気付いた。確認として二人へ尋ねる。

 

「カズマはクリスが教えてくれると──」

「何重に封印を施そうとも、深淵をも覗く真紅の眼に映るは万象の理! 紅蓮の導きにより、汝を縛りし呪詛の鎖を断ち切らん!」

 

 ダクネスの声に被せてめぐみんが答える。彼女の言葉を解釈するに、どうやら知っているようだ。

 力を使うか否か、迷う時間さえ与えてくれないようだ。それが彼の狙いなのか。クリスはたまらずため息を吐く。

 特にダクネスとは付き合いが長いので、自分からちゃんと伝えるつもりだった。早く伝えなかった自分の責任でもあるのだが。

 

「……うん、わかったよ」

 

 選択肢はひとつしかない。それに結界のおかげで、外にいる人達に見られる心配はない。やるしかないのだ。

 覚悟を決めたクリスは、ダクネスに目を合わせる。

 

「今まで隠しててごめんね、ダクネス。それと、今まで友達でいてくれてありがとう」

「クリス? 何を言っ──」

「いやぁああああっ!?」

 

 その時、魔獣がいる方向から甲高い悲鳴が。クリス達は咄嗟に顔を向ける。

 

「キサマガ……! ワシノララティーナヲォオオオオッ!」

「違います違います人違いです! 俺はたまたま教会で掃除をしてたマリスさんです! だからお願い食べないでぇええええっ!」

 

 見えたのは、魔獣の触手に捕まっているカズマの姿。慌てているせいか、声真似もできていない。

 

「カズマさん! 今助け──!」

「ゆんゆんちゃん!」

 

 咄嗟に飛び出そうとしたゆんゆんを、クリスは呼び止める。足を止めてくれたゆんゆんを確認し、クリスが代わるように前へ出る。

 カズマへの怒りが強いのか、魔獣はこちらを向こうとしない。魔獣に近付いたクリスは、その場で祈るように手を握って目を瞑った。

 程なくしてクリスの身体が淡く光る。光は徐々に力を増すと、クリスの身体を包み込んだ。

 

 優しい光のベールが剥がれた時、盗賊クリスの姿はそこになかった。

 足元に届きそうなほど長く美しい銀髪。天使の羽を思わせる肩の装飾がついた青紫色の修道服。

 魔獣の暴走を止めるべく──女神エリスが舞い降りた。

 

「グゥウッ!?」

 

 悪魔とは相反する女神の魔力に反応したのだろう。魔獣がようやくこちらを見た。光が眩しいのか、後方のダクネスには気付いていない。

 エリスは祈りの手を離し、前方にかざす。すると魔獣の足元に魔法陣が浮かび、光を帯びていく。

 

「アレクセイ・バーネス・アルダープ。貴方の憎悪につけこみ、魂を喰らわんとする闇を払いましょう」

 

 魔獣へ優しく語りかけたエリスは、アルダープの魂を救うべく、強く唱えた。

 

「『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』!」

 

 刹那、魔獣の足元にあった魔法陣から膨大な光が放たれた。魔獣の身体は瞬く間に光へ包まれる。

 全ての魔を滅する聖なる光。魔獣の断末魔が教会に響き、その声はアルダープを覆っていた魔と共に静まっていく。

 やがて光が収まった時、魔獣は完全に消え去った。残ったのは元の姿に戻ったアルダープと、巻き込まれたカズマ。人間には無害なので問題はない。

 アルダープには見られぬよう、エリスは再び身体から光を放ち、クリスの姿へと戻った。

 

「ぬぅう……ワシは一体何をして……ララティーナはどこに……?」

 

 正気に戻ったアルダープだが、意識がハッキリとしていないのか、ふらふらとしながら周囲を見渡す。ダクネスにもまだ気付いていない。

 クリスはアルダープのもとへ歩み寄ると、こちらに気付いたアルダープが顔を合わせてきた。

 

「だ……誰だ貴様は?」

「ダクネスの友達だよ。お目覚めのところ悪いけど、友達を代表して言わせてもらうね」

 

 女神としての務めは果たした。今度は、ダクネスの友達として──。

 

「二度とダクネスに近付くな!」

 

 退魔魔法を放った時よりも気持ちを込めて、アルダープの頬を叩いた。乾いた音が教会に響き渡る。

 目覚めたばかりで強い一発を貰ったアルダープは、そのまま気を失って倒れた。クリスはアルダープに背を向けて、ダクネス達に向き直る。

 

「ゆんゆんちゃん、この変態おじさんが起きないよう『スリープ』をお願い」

「えっ? あっ、は、はい!」

 

 固まっていたゆんゆんだったが、クリスに言われて慌てて駆け出し、アルダープに『スリープ』をかけた。瞬く間に眠りの世界へ誘われたアルダープは、汚い寝息を立てる。 一息吐いたクリスは、ダクネスのもとへ。

 めぐみんとダクネスは呆然としている様子だったが、クリスはそれに気付かないまま。ダクネスの前に立つと、彼女は頬の傷を掻きながら──改めてダクネスに名乗った。

 

「アタシの名前はクリス。アクセルの街にいる冒険者で、職業は盗賊。というのは仮の姿で、本当の私は……女神エリスなんです」

 




ここで女神バレしてしまったので、以降は原作と違う展開になっていきますが、よろしくお願いします。

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