†ボンゴレ雲の守護者†雲雀さん(憑依)   作:ふぁもにか

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 どうも、ふぁもにかです。令和初投稿になります。ハーメルンでの小説執筆歴もかれこれ6年超。今後もどこまで、このやたらと時間のかかる小説執筆という名の趣味を継続できるかはわかりませんが、楽しんでいただけたら幸いです。

 閑話休題。最近、ちょっとこの作品の1話あたりの文字数が多すぎる問題。今回の42話も本編が9700文字にまで膨らんじゃってますし。本当は1話4000〜5000字程度に収めたいのですけど、そうすると展開が全然キリよくならないんですよねぇ。全く、悩ましい限りなのです。



風紀42.†REBORN†

 

 

「……ここは、どこだろう?」

 

 気づけば、僕は謎の場所に立ち尽くしていた。見渡す限り、ただただ黒い空間だ。上下左右前後が闇に塗り潰されていて、光源がない。だけど、なぜか自分の体はよく見える。かといって、自分の体が光っているわけでもない。さっきのレシアとの戦いで僕は相当血まみれになったはずなのに、今の僕の体には傷一つないし、服すら無事だし、でもいつの間にやら並盛中の制服とは違う服装に変わってるし……うん。何とも不思議空間だ。

 

 ――って、そうだ。そうだよ。僕は、レシア・アルノルに負けたんだ。どう考えても幻騎士よりは弱いはずの、あのブラックスペルのCランク戦士の女性に。

 

 僕は、どうなったのかな。レシアに胸を斬られて、倒れて、意識を失って、気づけば僕以外真っ暗な世界にいて。……この状況。僕は死んだ、そう考えるのが普通だ。たとえあの胸の斬撃で僕が死んでいないとしても、レシアがトドメを刺さないとは思えないし。戦闘不能な山本くんやラル・ミルチさんが窮地の僕を救えるとも思えない。ここはさしずめ、死後の世界なのだろう。

 

 

(そっか。ここが僕の限界か……)

 

 僕は真っ暗な上空をぼんやりと見上げて、心の中でポツリとひとりごちた。何が原因か、雲雀さんの体に憑依してしまってからというもの、今まで僕は雲雀恭弥として敵と戦ってきた。その中に黒星なんてなかった。僕は今までの敵との戦いを全て、勝利か引き分けかで終わらせてきた。

 

 それは、原作の雲雀さんよりも優秀な戦績だ。原作の雲雀さんは黒曜編で骸くんに敗北したし、未来編での幻騎士との戦闘に決着はつかなかったけど、10年後でない原作の雲雀さんに、幻騎士との戦闘を勝利に収めることはできなかっただろう。対して、僕は骸くんとは引き分けに持ち込んだし、幻騎士を撃退することができた。

 

 

「――ワォ、面白いね。まさか君と直接顔を合わせる時が来るなんて、思わなかったよ」

 

 だけど、それは僕に原作知識という強力なカンニングペーパーがあったからだ。加えて。1の努力で10の結果が伴う、高スペックの極みな雲雀さんボディや、僕が雲雀さんに憑依することで生じた†幻想殺し†(イマジンブレイカー)という頼もしいスキルがあったから、今までは強敵相手でも負けずに済んだ。

 

 

「ねぇ。君、聞いてる?」

 

 だけど、原作知識がなければ。敵との間に情報の優位性がなければ。所詮、僕はこんなもの。それが今回、証明された。僕は所詮、凡人でしかなくて。だから情報が全くないレシアのトリッキーな戦い方にただただ翻弄されて、負けた。そして多分、死んでしまった。

 

 

「へぇ。僕が話しかけているのに、無視するんだ」

 

 原作の雲雀さんならこんな結末にはならなかっただろう。多少怪我は負うだろうけど、きっと。雲雀さんの天才的なセンスの為すがままに、半ばゴリ押しでレシアを倒せたことだろう。

 

 

「いい度胸だね。じゃあ――」

 

 ごめん、ごめんね。雲雀さん。いつかこの体を返すその時まで、頑張って生きるつもりだったけど。悲しいまでに凡人な僕には、パワーインフレ激しいリボーンの世界は荷が重かったみたいだ。……僕はもう助からないとして、山本くんやラル・ミルチさんはどうなったのだろうか。僕が負けたせいで、2人もレシアに殺されてしまうのだろうか。僕のせいで。僕の、せいで――!?

 

 

「かはッ!?」

 

 刹那。僕の思考を遮断する強烈な殴打が僕の腹部を襲った。たまらず後方に吹っ飛ばされた僕は、その場に座り込んで何度か咳き込む。この不意打ち極まりない一撃は一体。僕はよろよろと立ち上がりつつ攻撃の繰り出された方向へと視線を向けて、思わず硬直した。

 

 

「…………ぇ?」

 

 それは、ここ数年でもうすっかり見慣れた姿だった。ムスッとした顔に、ボサボサの黒髪。肩に羽織った学ランに、『風紀』と書かれた左腕の腕章。両手に装備している、銀色に光る仕込みトンファー。だけど、原作の男性な雲雀さんと比べると若干小さめの、女の子な体格。その姿は間違いなく、雲雀恭華そのものだった。

 

 

「こうして君と会うのは初めてだね」

「ええええええええええええ!?  ひ、雲雀さん? え、ウソ、本物!? なんでここに!? どゆこと!? ええッ!?」

「騒がしいね、耳障りだ。そんなにもっと僕に咬み殺されたいのかい? なら――」

「いえ! ごごごッ、ごめんなさい! もう騒がないので咬み殺さないでください!」

「……そう」

 

 僕が暫定で死後の世界と判断した闇の領域に、突如として本物の雲雀さんが現れたことに果てしなく狼狽していると、当の雲雀さんは両手のトンファーを構えて僕をいつでも殴れる態勢を整える。僕が慌てて頭を下げると、雲雀さんは少々残念そうな表情を浮かべながらも、意外にも僕の頼みをあっさり受け入れ、構えていたトンファーを下ろした。

 

 ただいま、僕の心臓はバクバクと激しく音を鳴らしている。何の前兆もなく、まさかのタイミングで本物の雲雀さんとエンカウントした以上、無理もない。未だ動揺冷めやらぬ状況だが、それを態度に出せば最後、トンファーの餌食になる未来しか待っていないため、僕は意識して深呼吸を行い、必死で平静を取り繕うことにした。

 

 と、ここで。僕は気づいた。僕の声が、恭華さんのアルトボイスで中性的な声じゃなくなっていることに。そして。今の僕の体が、雲雀さんの姿じゃなくなっていることに、雲雀さんの鋭い瞳の反射を通して気づいた。この姿は、雲雀さんに憑依する前の、本来の僕の体だ。

 

 

(…………うん、何これ。本当に、何が起こってるの?)

「さっき、君は『ここはどこか?』と言っていたね。その問いに答えよう。……ここは生と死の狭間だよ。死にかけた人間は皆、ここに来ることになっている。レシア・アルノルの攻撃で深手を負った君も、例外じゃない」

「……んん!?」

 

 雲雀さんの発言を受けて、僕は困惑具合を深める。己の中で疑問が一気に噴出したからだ。生と死の狭間とは一体何なのか。どうしてここが生と死の狭間だと雲雀さんは知っているのか。どうしてその生と死の狭間とやらに雲雀さんがいるのか。どうして――。

 

 

「どうして僕とレシアの戦いのことを知ってるのさ!?」

「君のことを見ていたからね」

「ええ!? 僕を見てたってどこで!? どうやって!?」

「情報源は『家庭教師ヒットマンREBORN!』だよ、井伊春(いいはる)白虎(びゃっこ)

「んんんんッ!?」

 

 雲雀さんの口から『家庭教師ヒットマンREBORN!』や、僕が雲雀さんに憑依する前の名前である『井伊春白虎』なんて言葉が飛び出してきたことに、僕はますます混乱する。そんな、頭から大量のクエスチョンマークを放出する僕を前に、雲雀さんは僕の疑問を氷解させるべく言葉を紡ぐ。

 

 

「僕はね。ある日突然、僕の元いた世界とは違う世界に住む井伊春白虎の体に、君の体に精神だけ憑依した。何の前触れもなく、唐突に世界を飛び越えてしまった僕は、元の世界に戻るために情報を集めた。並盛町が存在しない、君の世界に興味はなかったからね。そうして、原因不明の世界跳躍の秘密を探る中で、僕は『家庭教師ヒットマンREBORN!』という漫画を見つけたんだ」

「ッ!」

「その漫画では主に並盛町が物語の舞台となっていた。草壁哲矢や笹川了平といった、見覚えのある草食動物が漫画のキャラクターとして描写されていた。そして、僕のこともまた描かれていた。急に料理を始めたり、武器としてトンファー以外にムチやポイズンクッキングを採用して使い始める、そんなあまりに僕らしくない僕のことが描かれていた。だから。僕に漫画を読む趣味なんてなかったけれど、元の世界のことを知る手がかりとして、リボーンの展開を追うことを習慣にしたんだ。君がレシアに敗れたことを別世界に生きる僕が知っていたのは、最新の週刊少年誌を通じて君がレシアに負けたとの情報を得ていたからだよ」

「は、はえー」

 

 雲雀さんは語る。雲雀さんの発言内容には、僕が雲雀さんに憑依した当初こそ気になっていたものの結局は考えることをやめていた疑問こと『本来の僕の体はどうなってしまったのか』や『本来の体の持ち主たる雲雀さんの意識はどこへ行ってしまったのか』についての答えが詰まっていた。そんな衝撃の事実を受けて、僕は驚愕に満ち満ちた、情けない声を漏らすことしかできない。

 

 僕が雲雀さんの体に憑依したように、雲雀さんも僕の体に憑依していて。僕の元の世界にて連載されている『家庭教師ヒットマンREBORN!』の展開から雲雀さんは僕の現状を知った。けどそれは、僕の知る『家庭教師ヒットマンREBORN!』とは違う。だって、僕がハマったリボーンでは雲雀さんは男で。僕の体に憑依した雲雀さんが読んだリボーンでは雲雀さんは女&中身が僕だ。加えて、僕の知ってるリボーンは原作もアニメも既に未来編が終了しているのに対し、雲雀さんが読んだリボーンでは原作がまだメローネ基地突入編の真っ最中のようなのだから。

 

 

(僕が雲雀さんに憑依した影響で、リボーン原作が再構成されてるっていうのは気になる所だけど、ここはちょっと置いておこう。それより――)

「ねぇ雲雀さん。さっき雲雀さん、ここは生と死の狭間だって言ったよね?」

「うん」

「僕がここにいるのはレシアに負けたからだけど、じゃあ雲雀さんはなんでここにいるの?」

「僕も今、死にかけているからね」

「え。死にかけたって、どうして?」

「敵との戦いで少し無茶をしたからね」

 

 僕は現状で一番気になり始めていた、雲雀さんが生と死の狭間にいる理由を尋ねると、雲雀さんは意味深に笑みを濃くしながら、さらっと返答する。しかし、雲雀さんには肝心の死にかけた内容について語るつもりはないようだ。

 

 

(いやいや、待とうか。僕の元の世界は平和だよ? リボーンの世界に比べて平和な現代社会だよ? その世界に、その辺によくいる凡人で一般人な僕の体に憑依した状態で、何をどうしたら『敵と戦って無茶をして死にかける』なんて状況になるのさ、雲雀さん!?)

「本来、この世界で他人と会うことはないのだけど……こうして僕たちが邂逅したのは、雲雀恭華(ぼく)の体を借りる井伊春白虎(きみ)と、井伊春白虎(きみ)の体を借りる雲雀恭華(ぼく)とが、ちょうど同時に死にかけたから、という所かな?」

「……」

「生と死の狭間を訪れた人間は必ず生還する。この領域を訪れる者の条件が『本来死ぬ運命でない者が死にかけること』だからね。当然、君も死の間際から一命を取りとめる。その時、この生と死の狭間にいた間の記憶を覚えている者はほんの一握りだけど」

「……え、えっと。雲雀さんって、どうしてそんなに生と死の狭間について詳しいの?」

井伊春白虎(きみ)の体に憑依してからはよく訪れるからね。昼寝をするのにここまで快適な場所はそうそうないよ」

「そんなに何回もここに来たことあるの!?」

「数えるのをやめたくらいにはね」

「えぇぇ……」

(本当に僕の体でどんな人生を送ってるの、雲雀さん!? 凄く気になるんだけどッ!)

 

 雲雀さんはやけに、僕と雲雀さん以外が闇に閉ざされた生と死の狭間について詳しい。そのことについて僕が素直に疑問を投げかけてみると、雲雀さんはこれまた事も無げな口調で、井伊春白虎(ぼく)の体に憑依した後に何度も死にかけているカミングアウトを行う。あまりに想定外極まりない雲雀さんの爆弾発言に、僕は言葉を失うばかりだ。

 

 

「だから。ここで君に何を言っても君はすぐに忘れてしまうかもしれないけど、せっかくだから少し言わせてもらうよ」

「ッ!」

 

 そんな僕の心境など知ったことかと雲雀さんは続けて言葉を綴る。テクテクと僕との距離を詰めてくる。徐々に近づいてくる雲雀さんを前に、僕は思わず身構える。ついに審判の時がやってきたと悟ったからだ。

 

 

(ど、どどどどどどうか、半殺し程度で終わりますように! 甘噛みレベルの咬み殺しっぷりで済みますように!)

 

 僕は雲雀さんに憑依してからというもの、僕にできる範囲で雲雀さんロールに努めてきた。だが、同時に僕は結構好き勝手にやってきた。ポイズンクッキングの一種:溶解さくらもちを自分の攻撃手段に加えたり、男装してない時は普通にツナくんたちと群れて仲良くしたりといった行為は、雲雀さん的には看過できない許されざる所業だろう。だから、ここで。このタイミングで。僕は雲雀さんに制裁される。そう思った。

 

 

「井伊春白虎。君は――無理に僕を真似して生きなくていい」

「…………へ?」

 

 生と死の狭間で雲雀さんにボコボコにされたらどうなるのだろうか。そんな疑問が僕の脳の隅でちらつき、戦々恐々としている中。いつでも僕を攻撃できる圏内まで歩み寄ってきた雲雀さんは、凛とした眼差しで僕を見つめて、一言。心底意外な一言を放った。

 

 

「僕は群れるのは大嫌いだ。群れている連中を見ているだけでもイライラする。ムカつく奴はとりあえず咬み殺して黙らせたくなる。並盛には強く思い入れがあるし、だからこそ並盛の風紀を守ることを誇りとしている。日頃男装していたのは、譲れない理由があるからだ。これが僕だ。……でも、君は違う。草食動物が肉食動物を無理して模倣する必要はない。草食動物には草食動物の強さがある。それを活かして、君らしく生きていけばいい。僕が君の体で好きに生きているように、君も僕の体で好きに生きればいい。僕が元の体に戻ることなんて想定しなくていい。雲雀恭華(ぼく)の体はもう、井伊春白虎(きみ)の物だから」

「え。いや、でも……雲雀さんは元の世界に戻りたいんだよね?」

「それは君の体に憑依した当初の話さ。今は元の体に、元の世界に戻りたいとは思っていない」

「そう、なの? だけど、僕の世界に並盛町はないのに、どうして?」

「もう君の世界に並盛町を作ったからね」

「へぁ!?」

「手頃な地域一帯を武力制圧して、並盛町として作り変えたんだ。今の僕は新しく作った並盛町のことで多忙の身だからね、帰る気はないんだ。……君の世界に並盛町がないのなら、作ればいい。簡単な話だろう?」

「……」

 

 心なしか上手いこと言った感に満ちあふれた顔という、凄く貴重な表情をした雲雀さんをよそに、僕は今度こそ絶句していた。雲雀さんが僕の世界で、僕の体でとんでもないことを平然とやっていたからだ。きっと、井伊春白虎(ぼく)の体に憑依した雲雀さんが何度も死にかけたことがあるのも、この雲雀さんの型破りな行動が関連しているのだろう。

 

 

「もう一度言うよ。君は、僕の真似をしなくていい。男装が嫌ならやめればいいし、並盛の風紀を守ることにこだわらなくていい。咬み殺したいほどにイライラする奴がいないのにトンファーを振るう必要はないし、本当は群れたいのに孤高を気取ることはない。マフィアを続けるもやめるも君次第だ。とにかく君は僕のことなんて知ったことかと、君らしく最期まで生き続ければいい」

 

 雲雀さんは少々脱線しかけた話を戻すようにして、改めて僕に自分らしく生きるようアドバイスをしてくる。何だろう。今、僕の目の前にいるのは本当にあの雲雀さんなのだろうか。群れることを嫌い。ほんの些細なことで苛立ち。すぐに手を出し、咬み殺す。そんな傍若無人で、狂犬的なあの雲雀さんなのだろうか。それにしては随分と優しすぎやしないだろうか。……僕の知る雲雀さんは男の雲雀恭弥さんで。今目の前にいるのは女の雲雀恭華さんだ。その性別の差から生まれた結果が、この優しめな雲雀さんなのだろうか。それにしたって違和感があるけれど。

 

 

「……!」

 

 と。そこまで考えて。

 僕は今まで気づかなかった部分にふと思い至り。直後、衝撃に心から打ち震えた。

 

 きっと。雲雀さんは変わったのだろう。ある日突然、別世界に生きる、別人の体に憑依して。僕という、1の努力で0.5の結果しか得られない、凡人の体に憑依して。今まで1の努力で10の結果を得られた雲雀さんの天才的なボディを使って当たり前にできていたことが全然できなくなったせいで。大なり小なり変わらざるを得なかったのだろう。

 

 でも、それでも。雲雀さんの根幹は今もなお変わっていない。雲雀さんボディと比べて色々と劣化しまくっているはずの僕の体に憑依するという特大級の悲劇に見舞われても腐ることなく、止まることなく。たとえ何度死にかけるような目に遭おうとも、自分の感情にどこまでも忠実で。自分のやりたいことを決して妥協しない。そんな、何者にも囚われることのない、孤高の浮き雲な生き方を今日まで貫いてきた。だからこそ今、僕と雲雀さんはこの生と死の狭間で会っている。

 

 

(凄い、やっぱり雲雀さんは凄い……!)

 

 僕は心から、雲雀さんに感激していた。この時、僕の脳裏にはリボーンにハマった当時の心境がフラッシュバックしていた。

 

 僕はリボーンのキャラの中で一番雲雀さんが好きだった。雲雀さんの大胆不敵さに、孤高さに、そしてどこまでも自由に生きる雲雀さんに憧れたからだ。だから。僕も雲雀さんを模倣しようとした。でも、僕は所詮凡人だから、超人である雲雀さんの生き様の模倣はできなかった。精々一人称と口調、それと髪型くらいしか、雲雀さんに寄せられなかった。そのせいか、いつしか僕は自分のことを『凡人』と称する頻度が増えていた。僕はあくまで凡人だから、雲雀さんのようになれないのは仕方ないと、諦める理由を『凡人』の言葉に求めていた。

 

 だけど。僕は今、知った。雲雀さんが僕の凡人な体に憑依して、それでも憑依前と変わらずに自分のやりたいことをやりたいようにやって人生を謳歌している事実を知った。それは、たとえ体のスペックが凡人レベルでも、意志さえあれば、その意志を貫く強固な覚悟さえあれば。この世の中、できないことはないという証明だった。

 

 雲雀さんが凡人スペックな僕の体でできたことを、天才スペックの雲雀さんボディに憑依した僕にできないなんてウソだ。僕も。僕も。雲雀さんみたいになりたい。雲雀さんへの憧れを、憧れに終わらせたくはない。だから。

 

 

「ありがとう、雲雀さん。でも、雲雀さんの気持ちは嬉しいけど……僕はこれからも自分なりに雲雀さんを模倣して生きることにするよ。だって、雲雀さんは僕の憧れだから。強くて、気高くて、カッコいい。そんな雲雀さんみたいに、僕もなりたいから」

 

 僕はあくまで雲雀さんを模倣して今後も生きていく旨を雲雀さんに宣言した。そんな僕の物言いに雲雀さんは意外そうに目を見開く。今まではずっと僕の方が雲雀さんに驚かされてばっかりだったから、新鮮に感じた。

 

 

「そう。なら、勝手にしなよ」

「うん、勝手にする」

「……ふふッ。いいね、僕好みの眼だよ、井伊春白虎。君が僕らしく生きるというのなら、まずはあの思い上がったレシア・アルノルに手負いの肉食動物の恐ろしさを刻み込むことからだね」

「そうだね。まずはレシアにリベンジしないとだ。僕の憧れる雲雀さんは、あんな無様な負け方で終わったりしないしね」

 

 僕と雲雀さんはお互い、口角を吊り上げて微笑み合う。擬態語をつけるなら、僕はニコリで、雲雀さんはニィィイといった感じ。やっぱり雲雀さんの笑顔は野性的で、様になっている。

 

 と、ここで。闇に覆われた生と死の狭間全体にビシリと盛大にヒビが入り、所々に白の光が差し込んでくる。そろそろ生と死の狭間に留まることのできるタイムリミットが迫っていると、僕は容易に推察できた。

 

 

「精々僕の体を賢く使って生きあがくことだね、井伊春白虎。その様を、これからも見ているよ」

「うん、精いっぱい頑張るよ。雲雀さんはあんまり無茶しすぎないでね。僕の体は雲雀さんのと違って脆いんだからさ」

 

 だから。僕と雲雀さんは最後に、互いに健闘の言葉を残す。直後、生と死の狭間に盛大にガラスが破砕したかのような衝撃音が響き渡り、闇の世界が白の光一色に染まっていく。

 

 

 ……僕は今まで、雲雀さんの体に憑依してからというもの、ずっと罪の意識を感じていた。何の前触れもなく唐突に、雲雀さんの意識を体から追い出し、僕のような凡人風情が乗っ取ってしまったと、心のどこかで罪悪感を抱いていた。だからこそ、僕はいつか雲雀さんの精神が戻ってきた時に雲雀さんの体を返すつもりでいた。

 

 だけど、当の雲雀さん本人が認めてくれた。僕がリボーンの世界で、雲雀さんとして、自由に生きることを承認してくれた。

 

 雲雀さんが良いって言ってくれるのなら。この体で、この恵まれた雲雀さんボディで、僕も好きなように生きてみせる。

 

 雲雀さんが漫画を通して僕の行く末を見ていてくれるのなら。雲雀さんに恥じない生き方を、戦い方をしてみせる。雲雀さんに誇れる僕になってみせる。

 

 

 そこまで考えたのを最後に、僕の視界は完全に白一色に塗り潰され。

 そして、僕の意識は再び途絶えるのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 生と死の狭間で。本物の雲雀恭華との偶然の邂逅を通して。

 この時。この瞬間。凡人は心から覚悟を決めた。

 

 雲雀恭華として、『家庭教師ヒットマンREBORN!』の世界で生涯を全うし、骨を埋める覚悟を決めた。

 『凡人』を逃げる言い訳に使わないで、憧れの『†ボンゴレ雲の守護者†雲雀さん』を本気で目指す覚悟を決めた。

 

 気持ちを一新し、新生した凡人の覚悟に――雲のボンゴレリングは応えた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「――雲雀恭弥、敗れたりぃ」

 

 メローネ基地の第四格納庫にて。第9ジラソーレ隊のCランク戦士:レシア・アルノルは、胸部と腹部から血を流し倒れる雲雀恭弥の首を落とすべく、手に持つ日本刀を振り下ろそうとする。が、ここで。レシアはあることに気づいた。気づいてしまった。

 

 

「……え? 女?」

 

 レシアは思わず日本刀の振り下ろしをキャンセルする。彼女の両眼は、先ほど雲雀の胸に斬撃を浴びせた際にバッサリと断ち切った制服のその先を凝視していた。彼女の視線の先には、切断されじんわりと赤に染まるサラシがあった。男にはありえないはずの小ぶりな胸部の膨らみがあった。ゆえに。レシアは動揺し、思わず硬直する。

 

 

(え、待ってぇ。本当にこの子、偽物の雲雀恭弥なの!? どうゆうことぉ!? いやいやいや、そりゃあさっきは『雲雀恭弥の偽物だって決め打つ』とかキメ顔で言ったけどぉ、でもまさか本当に偽物説が真実味を帯びてくるなんて思わないじゃん、普通! え、でも。でもだよ? 入江隊長がわざわざ基地を動かしてまで連れてきたのに、偽物なわけはないよねぇ!? じゃあ、雲雀恭弥の本当の性別は女だったってことぉ? いくら何でもそんなこと……あ、そうだ。そういえば確か、雲雀恭弥には妹がいるって話があったような? ボンゴレ狩りの対象になってるんだっけぇ? じゃあ、この子がその妹さん? でもその妹さんがなんで兄の変装をしてまでメローネ基地に襲撃をかける必要があるの? ……うぅぅ、こんがらがってきた。もういいや。考えるのは後にして、今はさっさとこの雲雀恭弥(?)を殺してしまおう。そして寝よう、そうしよう)

 

 雲雀恭弥は男だとの認識を根本から覆すような事態に半ばパニックになっていたレシアだったが、段々と考えることが面倒になったため、今しがた気づいてしまったことを一旦無視する方針を固めた上で、雲雀にトドメを刺すべく再び日本刀を振り上げた。

 

 

「なッ!?」

 

 刹那。雲雀の右手の中指にはめられた雲のボンゴレリングから、勢いよく炎が噴出した。思わぬ事態に、レシアは反射的に後方に跳躍して雲雀と距離を取る。一方、歓喜に打ち震えるように強大に沸き上がる、どこまでも純度の高い&雲雀の体の2倍以上のサイズの雲の炎に包まれながら、雲雀はゆらりと立ち上がった。

 

 雲雀に視線を向けられたレシアはこの時、気圧された。大型の肉食動物に為すすべもなく捕食される無力な自分の姿を幻視してしまった。それほどの圧倒感を、今の雲雀は放っていた。

 

 

(何よこれ、さっきまでとはまるで別人なんだけどぉ。雲雀恭弥に一体何が……?)

「――遊びは終わりだよ、レシア・アルノル。君はここで、咬み殺す」

 

 レシアが内心で冷や汗を流す中。雲雀は標的を定めた猛獣のように、目を細めてニヤリと口角を吊り上げるのだった。

 

 




雲雀恭弥→本作の主人公、かつボンゴレ雲の守護者。本名は雲雀恭華。今は凡人が憑依している。凡人の名前は、井伊春白虎。まるで凡人っぽくないキラキラネームなのは気にしないお約束。この度、雲雀さんへの憧れと、リボーン世界に骨を埋める覚悟とが混ざった結果、膨大な雲の炎を生み出すことに成功した。
雲雀恭弥(本家)→本名は雲雀恭華。ある日突然別世界の、元々凡人の精神が宿っていた体に憑依してしまった彼女は、前の自分の体と比べて格段に凡人スペックに落ちた体に苦戦を強いられつつも、それでも何者にも縛られない孤高の浮き雲スタイルな生き方を貫いていた模様。さすひば。
レシア・アルノル→第9ジラソーレ隊のCランク戦士のネームドオリキャラ。ゆるふわパーマな紫髪を背中まで伸ばしている、20代後半くらいの女性。鋭い観察眼でつい雲雀さんが女だと気づき動揺したがために、雲雀さんにトドメを刺し損ねたのが運の尽きだったり。

 というわけで、42話は終了です。原作知識持ちの人間が原作キャラに憑依する系の作品の醍醐味の1つ、憑依先の原作キャラとの邂逅イベントをこの度執筆することができて非常に楽しかったです。この作品の連載当初におぼろげに組んだプロット段階でこのシーンを考えていただけあって、何だか感慨深いです。この42話にたどり着くまで長かったなぁ……。


 〜おまけ(コントロールルームで雲雀さんの様子を見ていた入江くん視点)〜

入江正一(さっきまでと明らかに雲雀さんの様子が変わってる。この様子だと、10年後の雲雀さんが立案した『10年前の自分を当事者の立場へと引きずり下ろす作戦』は成功したってことでいいのかな? ふぅ、良かった。凄く安心した。あのまま雲雀さんがレシアに殺されちゃってたらと思うと……うぅぅ、想像するだけでお腹痛くなってきた)

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