一十百が教室を掃除という名の修理をした日の午後。
一人の金髪の青年と、一人の黒髪の少年が、ヴェストリの広場で向かい合っている。
周りには見物をしようと人だかりができている。
「ちゃんと謝ってあげてください! それくらい出来なくてどうするんですか!」
「君に言われることではない。これは僕の問題だ」
「ああもう、分からず屋は嫌われますよ!」
その一言にカチンと来たのか、金髪の青年から笑みが消える。
そして、薔薇を模した杖を地面に向けて振り下ろした。
花びらが一枚舞い落ちると、地面が盛り上がり青銅の甲冑が現れた。
「僕の二つ名は『青銅』。青銅のギーシュだ。君の相手は僕の青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手するよ」
「……はぁ。わかりました。負けたら、ちゃんと謝ってくださいね」
黒髪の少年、一十百は軽くため息を吐いた。
一十百と青銅のギーシュが決闘をすることになった原因は、少し前にさかのぼる。
無事に教室の掃除を終えた一十百はルイズと共に中庭で休憩をしていた。
「トモモ、あんた、本当に何者なのよ?」
「何者と言われましても……。僕は僕ですし……」
「じゃあ、せめて教室をどうやってもとに戻したのか教えなさい」
「普通に机を運んだり、ガラスを取り換えたり、床を掃き掃除したりしただけなんですけど……」
「それにしては速すぎるじゃない!」
「そ、そうでしょうか? う~ん……」
どうにかルイズに上手く説明する方法を考えていると、遠くにケーキのトレイを持ったメイド達が見えた。
どうやら、この中庭で休憩している貴族たちにケーキを配るようだ。
それを見て、一十百はポンと手を打った。
「あっ、ならルイズ、ちょっと見ていてください」
「見ていて……って、何をするの?」
「この中庭で休憩している貴族の皆さんにケーキを配ってきます」
そう言って一十百が立ち上がった。
そのまま、メイド達の方に向かっていく。
ケーキを配ってどうするつもりなのかしら?
ルイズの頭の上に疑問符が浮かぶ。
「あの~、すみません」
「はい、なんでしょうか?」
一十百が話しかけたのは黒髪をメイドカチューシャでまとめた素朴な感じの少女だ。
「ケーキを配るのをちょっと手伝ってもいいですか?」
「えっ? 貴族…の方ではないみたいですけど……。あなたは?」
「あっ、使い魔として召喚された一十百です。ちょっと、僕の主に説明するためにケーキを配りたいんですけど……」
「それは、構いませんけど……」
説明って、何を説明するのだろう?
黒髪のメイドも少し考えるように首をかしげた。
「それじゃ……、行きますねっ!」
次の瞬間、切り分けられていたケーキが次々と貴族たちのテーブルへと置かれていった。
それも、気が付いたら置かれているような、そんな状態だ。
ほぼ一瞬ですべての貴族のテーブルにケーキが配り終えられていた。
その光景を見て、貴族たちがざわつく。
何時の間に配られたのかもわからないが、しっかりと自分の前にケーキがおかれている。
更に、一緒に配られるはずだった、ワインまでしっかりと注がれている。
メイド達も何が起こったか分からない。
自分の配ろうとしていたケーキがなくなり、それが貴族のテーブルへとしっかりと運ばれているのだ。
メイドの仕事とはいえ、貴族にケーキを配ったりするのはとても緊張する。
もしも、粗相があった場合、下手をすれば命に係わる。
なので、いつの間にか配り終えられていたケーキをみて、少しほっとした様子だ。
「えっ? えっ? あれ?」
「それじゃ、僕はこれで……」
一十百は一礼するとルイズの方に戻っていった。
ルイズはいつの間にか配られていたケーキを見て、驚く。
そして、戻ってくるトモモを見て、もしかして……と思う。
「どうでしたか?」
「どうでした……って、やっぱりこれ、トモモがやったの!」
「はい」
「ど、どうやって!?」
「ケーキを普通に配っただけですよ?」
何でもないことのように、あっさりとそう答えた。
その時になってルイズは気が付く。
朝の着替えをさせたときも、爆発を起こして服がボロボロになった時も、ほぼ一瞬で着替えは終わっていた。
つまり……、それだけ速く動ける……のかしら?
あまり納得はできないが、納得するしかなかった。
「わかったわ。確かに、トモモはかなり速く動けるみたいね。でも……」
ルイズはトモモの両腕を見る。
服に隠れてわかりにくいが、自分とほとんど変わらないほどの華奢な腕だ。
これで、あの重い机を持ち運んだというのだろうか。
どれだけ速く動けても、重いものを持てば自然と遅くなるはずだ。
どうやって、机を持ち運んだのか聞こうとした時、トモモが遠くを見つめて、何かに気が付く。
「あっ、ちょっと失礼します」
「どうしたのよ?」
「ちょっと、落し物……でしょうか?」
そう言って、一十百は金髪の青年の座っているテーブルへ向かっていく。
そのテーブルには金髪の青年のほかに、数人のメイジが座っていた。
なにやら、恋人がどうとかの話をしているようだ。
一十百がそのテーブルへ向かったのは、その金髪の青年の座っている椅子の足元に紫色の小壜を見つけたからだった。
そっとその小壜を拾い上げ、持ち主であるはずの青年にそっと渡す。
「落としましたよ?」
金髪の青年は一度振り返り、一十百の持っている小壜を見ると、苦々しげな表情を浮かべた。
「それは、僕のじゃない。君は何を言っているのかね?」
しかし、話していた他のメイジがその小壜の出所に気が付いたようだ。
「君、それを見せてくれ」
「えっ、は、はい」
一十百がそっと小壜をテーブルの上に置く。
話し合っていたメイジ達の目がきらりと光った。
「おお? その鮮やかな紫色の小壜は、もしやモンモランシーの香水じゃないのか?」
何やら、女性の名前が出てきたようだ。
しかし、一十百は人の恋路をどうこう言う趣味はない。
落し物の事を伝えられれば良かっただけなのだ。
一十百は音もなくそのテーブルから離れていった。
そして、ルイズの所に戻った。
「何やってきたのよ?」
「いえ、ちょっと落とし物を拾ってあげただけです」
「そう……」
ルイズが先ほどの金髪の青年の方を見る。
すると、栗色の髪をした一年生から思いっきり平手打ちを食らっていた。
そのすぐあと、金髪の巻き毛の二年生がその金髪青年に向かって頭からワインをかけていた。
あれは、確か香水のモンモランシーだったかしら?
大方、ギーシュが二股をかけてたのがばれたのね。
やれやれ、とルイズがケーキを食べ始めた。
「えと、今のが修羅場……というやつですか。初めて見ました……」
「二股をかけたものの末路、ってところかしらね」
そんなことを話していると、平手打ちを食らい、ワインを頭からかけられた青年がこっちに向かってきた。
そして、一十百の前に立つと、髪をかきあげた。
「どうしてくれるんだい。君が軽率に小壜を拾い上げるから、二人のレディの名誉に傷がついたじゃないか」
「ふぇっ? その、お言葉ですけど、二股は駄目ですよ」
「二股ではないよ。薔薇はすべての女性に愛されるものだからね」
それを聞いて一十百は、その青年の胸に刺さっている造花の薔薇の杖を見た。
「……今のあなたは、その杖と薔薇と変わりませんよ。見かけだけの薔薇……、造花です」
その一言を聞いて、周りのメイジ達が拍手を送る。
どうやら、かなり上手いことを言ったようだ。
しかし、言われた本人は相当腹が立ったようで、フッと乾いた笑いをした。
そして、杖を引き抜いた。
「どうやら、貴族に対する礼を知らないようだな。いいだろう、君に礼儀を教えてやろう。ケーキを食べ終わったらヴェストリの広場まで来たまえ」
そう言って一十百の前から去っていった。
一緒に話していたメイジ達もわくわくした表情でついていった。
ルイズは面倒くさそうに、トモモを見る。
なんで、わざわざあんな一言を言ったのかしら。
はぁ~、まったく……。
「トモモ」
「はい。なんでしょうか?」
「謝っちゃいなさいよ」
「……う~ん、今回はそういうわけにはいきませんよ」
「なんでよ?」
「さっきの人のためでもありますし、さっきの二人のためでもあります」
すっと一十百は立ち上がった。
そして歩き出す。
「どこに行くのよ?」
「ヴェストリの広場へ」
「……道、逆よ」
「あぅ~、そ、そうですか? えへへ……」
まったくしょうがないわね……。
面倒な使い魔なんだから。
最悪、無理にでも頭を下げさせれば、何とかなるわよね。
そう思って、ルイズもケーキを食べきり、ヴェストリの広場へと向かうのだった。
ヴェストリの広場にはすでに大勢の生徒たちが集まっていた。
決闘をするというので、それを見に来たメイジでいっぱいになっていた。
一十百がその輪の中に入っていく。
「とりあえず、逃げずに来たことは、誉めてやろうじゃないか」
「逃げませんよ」
「それでは、始めるとしようか?」
金髪の青年が杖を構えた。
「あっ、そうでした。もし、負けたなら、ちゃんと謝ってあげてくださいね」
「謝る?」
「さっきの二人にですよ」
そして、冒頭に戻るわけだ。
ギーシュの操っているであろう青銅のゴーレムは、青銅で作られている割には速い動きで一十百に向かっていった。
そして、その右の拳を振り下ろした。
小柄な一十百の容姿では、その拳を受け止めることなどできずに、後ろに吹き飛ばされると誰もが思った。
しかし、それはあっさりと覆された。
振り下ろされた右の拳は、一十百の左手一本であっさりと止められてしまっていた。
「何っ!」
そして、そのまま一十百が左手を上げる。
右手をがっしりとつかまれた青銅のゴーレムの足が地面から離れる。
軽い金属である青銅のゴーレムとはいえ、一十百の容姿程度の力じゃ、持ち上げるどころか動かすことすらできないはずだ。
それを、片手であっさりと持ち上げた。
一十百はそのゴーレムを軽く上に放り投げる。
ふわりと、青銅のゴーレムが浮く。
そして、落ちてきたゴーレムの腹部目掛けて、アッパーを繰り出した。
しかし、ただのアッパーではない。
踏み込んだとき、周りの草がすべて外側になびく程、深い踏み込みのアッパーだ。
ゴウゥンと鐘が鳴ったような音が響く。
青銅のゴーレムは魔法学院の最も高い塔を越え、四十数メートル上に吹き飛んで行った。
見ていた誰もが唖然とその光景を見つめることしかできなかった。
物を持ち上げる魔法でも、それほど高くは飛ばすことはできない。
それを、いともたやすく行ったのだった。
少しして、グシャリと言う音と共に、青銅のゴーレムが地面に叩きつけられた。
~今回の結果~
中庭にいるメイジ達にケーキを配った:経験値10
青銅のゴーレムを一体撃破:経験値15
合計 経験値25
一十百はLvUP!
「僕が次のレベルになるまで 0/170 です!」
現在の称号:不思議な使い魔 Lv3