ヴェストリの広場にいた誰もが唖然となった。
ギーシュはグシャリと言う音で我に返ったようだ。
気が付けば、自分の作り出した青銅のゴーレムが銅塊同然になっている。
そして、今さっきの光景が目に浮かんだ。
もしも、あれを僕自身が受けていたら……。
杖を持つ手が震える。
目の前の銅塊が自分の姿と重なった。
「クッ!!」
ギーシュは急いで、杖を振り下ろす。
薔薇の造花が舞い、青銅のゴーレムが六体現れる。
そのゴーレムは一斉に一十百に襲い掛かる。
一気に揉みつぶすように、飛びかかったゴーレム。
そこに一瞬、青い閃光が真横に煌めいた。
その瞬間、すべてのゴーレムの上半身だけがなくなっていた。
ガシャと力なく、腰から下だけになったゴーレムが倒れていく。
その中心に何事もなかったかのように一十百が立っていた。
「ひ、ひぇ…」
ギーシュはストンと腰を落とした。
それに合わせるように、ガシャと空からゴーレムの上半身が降ってきた。
何が起こったのかは分からない。
ただ、自分の青銅のゴーレムが一瞬で破壊されたことだけだった。
ゆっくりと一十百が草を踏みしめ近づいてくる。
そして、ギーシュの目の前に立つ。
グッと握った拳がゆっくりと近づいてくる。
「ひっ!」
咄嗟にギーシュは目を閉じた。
自分も目の前のゴーレムのようになると、そんな恐怖に震える。
しかし、いつまでたっても、考えていたような痛みが襲ってこない。
恐る恐る目を開ける。
そこには、握った手を広げて、こちらに差し出している平民の姿が見えた。
「あの~、立てますか?」
「へ?」
「えと、腰を抜かしてしまったみたいだったので、手を貸そうかと思ったんですけど……」
きょとんとした表情で一十百が尋ねた。
コテンと首を横に倒して自分にそう聞いてくる姿は、今さっきまで、自分が作り上げた青銅のゴーレムを屠ってきた姿と似ても似つかなかった。
そう思うと、気が抜けたのか、ギーシュはそのまま後ろに大の字に倒れた。
「参った。完敗だよ」
一十百があっさりとギーシュを負かしたのを見て、周りで見ていた貴族たちから歓声が沸いた。
その歓声の中、一十百がルイズの元に戻る。
「ただ今、戻りました」
「トモモ……。あんたって、すごい使い魔だったのね」
「ふぇ? そうじゃないですよ」
「そうじゃない、って?」
「“すごい人の使い魔”ですよ、ルイズ」
ニコッと一十百が微笑んだ。
「っ!! 何言ってるのよ! さ、さあ、部屋に戻るわよ」
「あ、ルイズ、待ってください」
ルイズは早足で学院の中に向かっていった。
置いていかれないように、一十百も駆け足でルイズの後をついていった。
一十百とギーシュの決闘を見ていたのは、生徒たちだけではなかった。
本塔にある学院長室から、マジックアイテムの『遠見の鏡』を通して二つの影がその決闘を見ていた。
一人はルイズの使い魔召喚に立ち会った、コルベール。
もう一人は、この学院の学院長、オールド・オスマン。
一部始終を見終えると、二人は顔を見合わせた。
「オールド・オスマン」
「うむ」
「あの平民、勝ってしまいましたが……。それも、圧勝です」
「うむ」
「やはり、あのルーンは伝説の使い魔『ガンダールヴ』!」
「うむむ……」
オスマンは深く考え込む。
「ミスタ・コルベール。彼……いや、彼女か? とにかく、あの使い魔は本当にただの平民だったのかね?」
「はい。どこからどう見ても、ただの平民でした。念のため、召喚された時に『ディクテト・マジック』で確かめたのですが、正真正銘ただの平民でした」
「ふ~む……。では、呼び出した方に原因があるのじゃろう?」
「いえ、その、ミス・ヴァリエールはそこまで優秀ではないというか、むしろ無能というか……」
「……謎、じゃな」
「はい」
オスマンはふぅ、と大きなため息を一つ吐いた。
そして、コルベールの方を見る。
「この件は私が預かる。他言は無用じゃ。ミスタ・コルベール」
「は、はい! かしこまりました!」
部屋に戻ったルイズはトモモの事をしっかりと聞くことにした。
かなりの速さで動けることは、さっきのケーキを配ったことでわかった。
しかし、それだけでは青銅のゴーレムをあれほど高々と吹き飛ばすことはできない。
教室に新しい机を運んだ時もそうだ。
中庭では聞きそびれちゃったけど……、やっぱりトモモって……。
「ねえ、トモモ。もしかして……、かなり重いものとか持てる?」
「ほぇ? かなり重いもの? なにか、運んでほしいものでもあるの?」
「そういうわけじゃないわ。ただ、見た目によらず力があるのかも、と思っただけよ」
「う~ん、自分ではそんな風に思ったことはないですけど……」
そう言って、部屋にあるベッドの方を向く。
「でも、あれくらいなら、簡単に運べますよ」
「ええっ! ……ちょっと、持ち上げてみてくれる?」
「わかりました」
トモモはベッドの前に立つ。
そして、その下に両手を入れた。
「よっ」
ふわりとベッドが持ち上げられた。
一十百の小柄な体型からは考えられない光景だ。
「………」
「ルイズ?」
「……あ、ええと、下ろしていいわよ」
ストンとベッドが音もなく下ろされた。
何事もなかったかのようにトモモは振り返る。
……トモモって、本当に人間……よね。
ルイズはそんなことを考える。
考えてみれば、目の前にいるトモモは『サモン・サーヴァント』で呼び出された使い魔だ。
古い歴史の中で、人間を使い魔にしたという例を聞いたことがない。
もしかして……、人間によく似た亜人だった?
そう思ってルイズは自分の知っている人間似の亜人を考える。
まず一番初めに思い付いたのは、尖った耳と強力な先住魔法の使い手として有名なエルフ。
しかし、トモモの耳は尖っていない。
それに、エルフならギーシュとの決闘の時、先住魔法を使っただろう。
そう考えるとエルフではない。
次にルイズが思いついたのは、人間を餌とする夜の人狩人、吸血鬼。
人間と見分けがつかず、血を啜るその一瞬前まで牙を隠すことができる。
もしや、と一瞬思ったが、ギーシュとの決闘は真昼から行われていたことを思い出した。
いくら正体を隠すためとはいえ、苦手と言われている日光の中、ずっと外にいようとは思うまい。
それに、もし吸血鬼なら、いくら使い魔とはいえ、私は昨日のうちに血を啜られていたはずだ。
あと考えられるのは、人とは少し違うが、力が強く巨大なトロール鬼くらいなものだ。
人間の五倍はあるトロール鬼だが、もし小さい個体がいたなら、と考えた。
しかし、トロール鬼は人の言葉を話せるほど知性が高くない。
トモモは使い魔のルーンが刻まれる前から人間の言葉を話していた。
つまり、トロール鬼でもない……。
結局、ルイズはトモモに尋ねることにした。
「ねぇ、トモモ。あんたって、人間よね?」
「ふぇっ!?」
「いや、別に人間じゃなくてもいいんだけど……。ちょっと、気になっただけ」
「に、人間ですよ! 前に人外って、よく言われたことがありましたけど、正真正銘、人間です」
トモモは慌てたように手を振りながら、そう言った。
前に人外って言われてたことあったのね……。
ルイズはそんなことを思う。
同時にトモモの反応を見て、人間であることを確信した。
少なくとも本人は自分の事を人間だと思ってるみたいね。
まあ、別に亜人だったからって、何かするつもりじゃなかったけど……。
ふっ、と息を吐きルイズは椅子に腰かけた。
その時、チラリとトモモの左手に刻まれたルーンが見える。
そのルーンをみて、ルイズの表情が驚きのものになった。
「ちょっ、ちょっと! トモモ、左手!」
「ほぇっ?」
「ルーンが……」
トモモも何事かと思って、自分の左手を見る。
手の甲に刻まれたはずのルーンが、始めの一文字だけになっている。
「あれっ? 前はもっと長かったような……」
「ど、どうして使い魔のルーンが消えかけてるのよ!」
がしっとルイズがトモモの左手をつかんだ。
確かに自分が刻んだはずのルーンがほとんど残っていない。
「本当に消えかけてる……」
「えと、どうしましょう?」
このままだと、せっかく呼び出せた使い魔との契約が切れてしまう。
それも、トモモ程の実力の使い魔となると、二度と呼び出せない可能性がある。
「学院長とかなら、何かわかるかもしれないわ! 行くわよ!」
「は、はい!」
二人が飛び出すように部屋を出ていく。
本塔への渡り廊下を駆け抜け、階段を二段飛ばしで駆け上がる。
そして、学院長室の前までたどり着いた。
「はぁはぁ、こ、ここが学院長室よ」
「大丈夫ですか? 一度休んでからでも……」
「そういうわけにはいかないの!」
ルイズは息が上がったままノックをする。
「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールです。お話したいことがあってきました!」
カチャリと扉が開く。
中には、オールド・オスマンとコルベールがいた。
「うむ。どうしたのじゃ、ミス・ヴァリエール?」
「トモモの……、使い魔のルーンについて、聞きたいことが!」
「お、落ち着きたまえ。ミス・ヴァリエール。おお、使い魔君も一緒か」
コルベールが一十百の事を見て、少し驚いた表情をする。
「し、失礼しま~す。えと……、ルイズ」
一十百が確認するように、ルイズの名を呼ぶ。
ルイズは一度頷く。
わかった、と一十百は左手の甲を、二人に見えるように向けた。
一文字だけになってしまった使い魔のルーンを見て、二人の表情が変わる。
コルベールは明らかに、オスマンは眉をひそめる程度だ。
一十百はその二人の表情を見て、何かに気が付く。
特にオスマンの表情の違和感に気が付いた。
もしかして……、何か重要なことをしってる?
でも、あれは言うに言えないような感じだなぁ。
よ~し……。
「ルイズ、ちょっといい?」
「なに? 今は一刻も早くルーンを……」
「そのことなんだけど、杖、忘れてきてるよ?」
「えっ? あっ、本当だわ! ちょっと、取ってくるわね!」
慌てていたのか、ルイズはトモモに頼まず一人で部屋に戻っていった。
それを確認するように、一十百がそっと学院長室の扉を閉めた。
「えと、それじゃ、このルーンの事を教えてください」
「そ、それは、ミス・ヴァリエールが戻ってきてからでも……」
コルベールが少し慌てたように、そう言った。
一十百が軽く首を横に振り、自分の服の袖に手を入れる。
すると、一十百の袖から一本の棒が取り出された。
それは今さっきルイズが部屋に取りに戻ったはずの杖だった。
「それは、ミス・ヴァリエールの!」
「はい。ちょっとの間、ルイズに退出してもらうために、そっと僕が預かっておきました」
「し、しかし、なぜ……?」
一十百の瞳が一瞬だけ青く光る。
そして、学院長の方を向く。
「学院長さん。このルーンについて知ってることを教えてください」
~今回の結果~
青銅のゴーレムを六体撃破:経験値90
使い魔のルーンの異変に気が付く:経験値10
合計 経験値100
「僕が次のレベルになるまで 100/170 です!」
現在の称号:不思議な使い魔 Lv3